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酔生夢死の世の中を渡るには、それなりの覚悟と知恵がいる。そんな覚悟も知恵もなく歩んできた人生の好きなことを、好きなように書き散らしました。

埋没の理由 第六章 [小説]



ここまで読んだ古愁はふと顔を上げた。
すると、「お風呂が沸きましたよ」という妻の湖路のテレパシーが聞こえた。
たっぷりと張られた風呂の湯に浸かりながら、古愁は先程まで読んだ様々な句に思いを馳せていた。
人間というやつは、昔も今も変わらないものだと思った。
忍苦の果てにあるものが喜びだとは限らない。
ただただ悲惨としかいいようがない人生を歩む者もいる。
苦労の果てに大金を掴み、人も羨む成功者として認知される人もいる。
富豪の家に生を受けながら、犯罪者に成り果てる者もいる。
一生を職人として地道に生きて、多数の人々から賞賛を受ける人もいる。
無常を感じて出家する人もいる。
人はどこから来てどこへ行くのだろうか。
この現世のみが世界だとすると、それはあまりにも哀しいではないか。
そんな感想が古愁の頭を次々過ぎった。
浸かった湯から立ち上る湯気を見ていると古愁は、湯豆腐が食べたいと思った。
湖路と一緒に温かい湯豆腐を取れば、健康にも良いし、また美味しくもあり。
久し振りに湖路と新婚当時の想い出話でもしようか。
髭を剃ってさっぱりした気分になって、古愁は風呂を上がった。
「おい。湯豆腐は出来るかい。なんだか、急に湯豆腐が食べたくなったよ」
「あら。まだ湯豆腐の季節には早いですけれど。豆腐はいつでも用意してあるから、出来ないことはないですけれど。少し待ってくださいね。私は湯豆腐では物足りないから、鴨ロースと豚生姜焼き、それとハンバーグにするわ」
その日は湖路と新婚当時の話や、子供達が生まれた時の話で盛り上がり、久し振りに楽しい夕食を取ることが出来た。

翌日は早朝に目覚めたので、古愁はいつものように散歩に出掛けた。
「おはようございます。運さん。いつもお元気ですな。それにしてもまだ暑いですねえ。いつまで続くのでしようかね」
「おはようございます。田中さん。本当に暑いですね。今日もいい天気ですね。最近の若い者はすぐに飛行車を使いますな。私らのように歩く人はほとんどいませんね」
「本当ですね。飛行車は便利ではあるけれど、動植物の変化を通じて、風を肌で感じて季節の移り変わりを知るというような楽しみがありませんな」
そう言って二人が見上げた空にはたくさんの飛行車が飛び交っていた。
この飛行車はサイズが変化するのが特徴である。
スノボーのように両足を乗せても飛べるし、普通の自動車のように変化させて搭乗することも出来る。
寝袋のようにすっぽりとくるまってとぶことも可能だ。
衝突回避装置が付いているので、事故は起こらない。
「あ、そうだ。今日は新刊の本を買いに行かないといけない。それじゃ、私も飛行車で行きます。お先に失礼」
そういうと田中さんは飛んでいった。
家に戻った古愁は『平成かるた考』を再び手にした。

㋠中年や見飽きた腿の太さかな
作成年月 平成十五年四月頃
作者名 立花 光雄 五十二才
職業 教師 静岡県
この句を一読した時、私は昭和時代に活躍した、好色だが切れの良い俳句を作ったことで有名な西東三鬼の句を思い出した。
「中年や遠く実れる夜の桃」
共通点は忍び寄る老いの避けがたさという意識である。
ただ、三鬼の句にある「夜の桃」は自分と離れた場所で熟れる女体を連想させるエロチックな雰囲気があるのに対して、この句の作者は見飽きた太腿に本当にうんざりしているという大きな違いがある。
私は、この句を詠んでこういう光景を想像した。
これもまた前句と同様に決して事実ではなく、単なる私の想像に過ぎないのだが。
教頭にもなれず定年まで残りわずかになった作者は静かな夕べを迎えて、独りで食卓に向かい、晩酌のビールでも飲みながらテレビでスポーツ観戦をしていたのだろう。
この句の作者の家は狭くて、きっと食卓と風呂場が近かったのだろう。
作者の目の前を風呂上がりの妻が、太った身体をスリップに身を包みながら、食卓の前を過ぎっていったのである。
その時、大事なスポーツ番組のシーンを遮って目に飛び込んだものは、見たくもない妻の大根のような太腿だったのである。
新婚時代の二倍以上に膨れあがった脂肪の塊のような妻の体型。
満月のような見飽きた顔と見飽きた身体。
新婚当時の初々しかった妻はどこに行っただろうか。
さっきまで妄想の中で思い描いていた勤務先の同僚の××先生の若くて美しい容貌や肢体とは全くかけ離れた化け物の突然の出現である。
しかし、妻の腿が視界から去った次の瞬間、彼は現実にかえり冷静に考えたのだ。
それは、妻が更年期を迎える頃には、夫もまた更年期に入っているという事実である。
彼は、妻が更年期であるということは自分もまた更年期なのだと思うと、愕然としてしまった。
自分の醜く出ている腹部と、すっかり薄くなった頭髪。
なによりも、久しく経験しないムスコの朝立ち。
元気で若い時分には、毎朝本人よりも早く起きて始末に困ったものだったのに。
妻の醜く太った身体に見合った、お腹がせり出した自分の身体。
いつの間にか風化してしまった愛情。
お互いに切なかった、若い頃の単身赴任の期間。
それらが胸に蘇り、これから徐々に老いる時間というのも妻と一緒なのだと思うと、先程までの嫌悪感は消えて、妻に対する奇妙な連帯感が沸いてきた。
それから、ビールをぐいと飲み干して、先程まで頭の中に浮かんでいた、同僚の××先生の若くて美しい容貌の映像に別れを告げたのだ。
それから、おもむろに紙とペンを取り出してこの句を認めたのであった。
教師という職業柄、人前では人格高潔な役割を演じなければならない。
その反動なのか、当時から教師による猥褻行為は多かった。
自分が担任になっているクラスの女子児童を、給食の時間にひとりずつ膝の上に乗せて児童の身体を触るという事件を起こしたという報道もあった。
いずれにしても、教師の猥褻罪でけしからぬと思うことは、教師という圧倒的に強い立場を利用して猥褻行為に及ぶという点である。
生徒の立場からすると、敬意を払うべき教師が鬼に見えるし、誰にも相談出来ず悩まねばならない。
生徒の苦悩を解決してやるべき立場の教師が、生徒の苦悩の原因であるとは、許し難いことである。
この句の作者が、生徒に対して猥褻行為を働いたか否かは、知りようもないことだ。
一般的な救いは、その後教師の資格や資質が厳しく問われることになったということである。
この句の作者は、この句を認めてから後には肥満した妻を優しく労ってやったのではないかと、筆者は推測したいのである。

㋡連れ添って何年経てば分かるのよ
作成年月 平成十七年六月
作者名 花山 薫 五十四才
職業 主婦 埼玉県
「あなたは、私と一緒になって何年になるの。何回も言っているでしょう。私はもう我慢出来ません。私はこの家を出ます。お母様の身勝手な要求には付いていけません」
「そんなこと言うなよ。お前も少しは折れてくれよ」
そんな風な喧嘩が何回も、繰り返されたのだろう。
夫は妻と母の間に挟まれて、どうにもならないジレンマに苛立っているし、妻はどうして実の母にずばりと言わないんだと、夫の不甲斐なさを憤っているのであろう。
そして、遂に頑健だった姑が病に倒れたので、嫁の立場として老親の介護をしてくれと夫に要求されたのだ。
妻は以前から、ずっとこう言い続けていたのだ。
「お義母さんの面倒は見ませんよ、あれだけ仲違いしてきたのだから。あなたは、もう何年もその状態を見ているのだから、分かっているでしょう」
夫は、しかしながらそのたび曖昧な態度で、うんうんとしか言わなかったのである。
妻の言い分はこうだ。
あれだけ義母の面倒は見ないと夫に言い続けていたのに、嫁が姑の面倒を見るのは当然だという夫の態度にはもう我慢できない。見切りを付けて家を出てやろう。
この句の作者は、きっと、この時本当に家を出て行ったに違いないと私は推測しているのだが、本当のところはどうだったのだろうか。

㋢テロ組織もぐら叩きの消耗戦
作成年月 平成十六年十月
作者名 佐藤 和宏 三十八才
職業 翻訳業 佐賀県
イスラム原理主義の過激集団が米国で大規模なテロを起こして以来、国際テロ組織アルカーイダの指導者オサーマ・ビンラーディンを保護するイスラム原理主義タリバンを、アフガニスタンから排除するためアメリカとイギリスを始めとした連合軍によって侵攻が行われた。
その後、いったん劣勢に回ったタリバンは、再び勢力を盛り返し、アフガニスタンは混迷に陥った。
それから、イラクのフセイン政権排除に成功した米国は、イラクに於いてもテロに悩まされ続ける羽目になった。
暴力というのは、人間のみならず全ての動物が最も恐れるものだ。
暴力により生命が奪われたりするのは、最も想像したくないことだ。
テロを起こす側の理由は様々にあったのだろうが、テロを容認することは絶対に出来なかったし、これからも出来ない。
ともかく、何の罪もない一般人をある日突然奈落の底に突き落とすのであるから、テロはいかなる口実があっても容認できないのだ。
しかし、当時のテロリスト組織は、あちらを叩けばこちらに現れるという具合で、一向に撲滅が進まなかったのであるが、この句はその当時の様子を最もよく伝えてくれる。
人を救うはずの宗教が、人を大量に殺すための理由を与えているのだとしたら、こんな悲喜劇は他にない。

㋣貪欲に富みてなおまた富求め
作成年月 平成十八年十月
作者名 猪瀬 紀彦 三十五才
職業 銀行員 奈良県
当時は若くして企業を起こし成功を収めた人達がたくさんいた。
いずれも頭脳優秀な若者達で、日本もこういう若くて才能のある人達が活躍する場所が本格的に出て来たなと世間では好意的に受け止められていた。
しかし、彼等は上場企業では致命的な粉飾決算やインサイダー取引などの法律違反の容疑で罪に問われた。
遵法精神のない人間はいくら才能があっても失格である。
これは時代が変わろうと、どんな文化圏に属していようと不変の真理だ。
粉飾決算とは、投資家を騙すという行為である。
嘘つきは盗人の始まりという古い諺のとおりである。
インサイダー取引とは、フェアではない方法で自分だけが利益を得ようとすることである。
特定の人しか知らない情報に基づいて株式投資をすれば、失敗などはありえない。
株式投資というゲームにおいては、みんながルールを守らなくてはゲームそのものの魅力がなくなってしまう。
自分の利益だけを考える人間は、守るべきルールの存在さえも無視出来るというよい例だろう。
恐ろしい身勝手としか言いようがない。
そういう若き成功者というのは、一般庶民レベルから見ると、とてつもないお金持ちなのであった。
しかし、本人達はそれでもまだ富みたいという気持ちがあったから、平気で法律違反をしたのだろう。
この句はそういう富める若き成功者達を嘲ったような句である。
もちろん、この句の作者は根深い嫉妬心からこの句を作ったのである。
なぜならば、出来ることなら誰でもお金持ちになりたいし、贅沢をしたいという気持ちがあるからだ。
清貧などというのは現実にはありえないことだ。
よほど人格高潔な人間でない限り、清貧には無縁である。
明日の米さえも心配しなければならないというような凄まじい貧乏をすれば、どんなに心のきれいな人でも強盗してでもお金が欲しいなどと浅ましいことを考えるものだ。
だから、ほとんどの一般人は、成功者と言われるような人達が蹉跌すると、ざまあ見ろと言わんばかりに、攻撃するである。
他人の不幸を喜ぶというのは嫉妬以外の何者でもない。
そして、自分は正義の味方だとばかりに、正論を振りかざして攻撃するのは、日本人によくあるパターンである。
日本人の嫉妬心の根深さが図らずも露呈された句としては後生にも伝えたいが、句そのものの出来映えはまるで駄目であり、評価に値しない。

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埋没の理由 第五章 [小説]



古愁は祖父古空斎の偉大さに頭が下がった。
平成という時代はなかなか大変な時代だったのだということがよく理解できたのだ。
古愁はテレパシーで家中の家電を取り仕切る機械に命じて、窓のドアを開けるように命じた。
庭の清々しい緑が古愁の疲れた目を優しく労ってくれる。
手をぽんと叩くと、中学生くらいの大きさのロボットが現れた。
「何かご用事でしょうか。ご主人」
「ああ、コーヒーを沸かしておくれ。いつものとおりブラックで」
「かしこりました」
このロボットは人間そっくりの皮膚も付けてある。顔立ちは少女のようでもあるが、少年のようでもある。
つまり、中性的な顔立ちなのだ。
洋服の代わりに、作務衣のようなものを身に着けている。
ロボットはその場で体内からコーヒーポットとコーヒーカップを出して古愁に差し出した。
古愁はテレパシーで複合ビジョンのスイッチを入れた。
複合ビジョンとは、従来の映像、通信、音響などを統合したもので、一台であれば何でも出来るもので、個人の体調管理も出来るのだ。
現在では多数のチャンネルの中から選ぶことが出来るし、自宅にいながら迫力のある映画や臨場感のある音楽を楽しむことが出来る。
文学作品の朗読の番組が古愁のお気に入りのひとつだった。
古愁の好きな番組はやっていなかったので、すぐにスイッチを切った。
コーヒーを飲み干すと、再び祖父の書物に目を落とした。
湖路は階下で洗い物でもしているのか、ほとんど物音がしない。

㋚酒を飲み車でなくす金、命
作成年月 平成十八年五月頃
作者名 行戸 真理 三十六才
職業 僧侶 福岡県
平成十三年道路交通法が改正されて、翌十四年から実施された飲酒運転に対する罰則強化にも拘わらず、飲酒運転は一向に減少しなかった。
しかし、平成十八年に二十代の福岡市職員が飲酒運転の揚げ句に、追突事故を起こして何の罪科もない無垢な三人の幼児が死亡するといういたましい結果になった。
しかも、この職員は飲酒運転の常習犯だったという。
この事故の前後に多くの公務員が飲酒運転で逮捕されたり、幇助の罪に問われたりするケースが相次いだ。
しかも、危険運転致死死傷罪の罪を逃れるため、いったん事故現場を離れて酔いを覚ましてから出頭するという法の抜け道を利用した悪質な犯罪もあった。
酒の上の失敗に甘いというのは、古来連綿と続く日本人の悪い点でもあった。
しかし、酒を飲めば酔うし、酔えば身体能力は落ちることは言うまでもない。
飲酒せずに普通に運転していても、ブレーキを一瞬踏み間違えただけで、恐ろしい事故に繋がるのであるから、飲酒運転の結果は明白である。
また、当時の東京などの大都会と違って、地方では交通機関が発達していないので、どうしても交通手段は自動車に限定されたという背景も忘れてはいけない。
だからといって飲酒運転が許されるわけではないが。
現在ではテレパシーで飛行車を呼べるし、全自動で運転される。なおかつ、飛行車は歩行者のいない空中を飛ぶのだから、この句は現代の読者には、少し分かりにくい点があることは否めない。
さて、この句を詠んだ人は、加害者側だろうか、それとも被害者側だろうか。
私は、この句の作者はどちらでもないような気がする。
この句の作者は尼僧だから、酒は飲まないだろうし、車の運転もしなかったという気がする。
僧侶だけあって、皮肉でもなく、嘆きでもなく、慈悲深く命を大切にしなさいと呼びかけている気が、私にはするのだ。
酒を飲むなら車に乗らなければよいのである。
車に乗るのであれば、自宅に帰ってから静かに酒を飲めばよいのである。
車が悪い訳でもないし、酒が悪い訳でもない。
全ては、人間の心がなす悲劇である。
その人間の哀れさを言い当てて、なおかつ命の尊さを主張しているいかにも僧侶らしい句だと私は思うが、みなさんはどうだろうか。
もっとも、車が「狂魔」にならないように酒を「避け」て、安全運転を心がければ安心して人生を送れる、という保証はどこにもないのだが。

㋛死ぬまでに一度は言いたい馬鹿野郎
作成年月 平成十一年十月
作者名 山下 治朗 六十三才
職業 理髪業 群馬県
この句の作者はよほど気の弱い亭主だったのだろうと思われる。
家の中は嬶天下で、作者は年中女房の尻に敷かれていたのだろうと思う。
口喧嘩でも取っ組み合いの喧嘩でも勝てない相手に対して、馬鹿野郎の一言を浴びせたかったのだろう。
しかし、この作者はきっと死の淵にいても馬鹿野郎とは自分の女房には言えなかったのだろう。
例えば、この作者の怖い鬼女房が死にかけていたとしたら、彼の女房に対する最後の言葉は、決して「馬鹿野郎」ではなく、「ありがとう」だったはずだ。
彼が死の病床にあって死に神と直面していたとしても、やはり女房には「ありがとう」と言ったはずである。
このような心優しい亭主を尻に敷いていた悪妻は、きっと悲惨な死に方をしたのではないかと思われる。
そこの強い奥さん、あなたは自分の亭主を尻に敷いて虐待していませんか。
たまには、わざと喧嘩に負けてやる思い遣りを持ちなさいよ。

㋜睡眠も取れず過労死だれのせい
作成年月 平成十六年六月
作者名 大木 健司 三十七才
職業 会社員 栃木県
平成という時代はバブルが弾けてデフレに突入した時代であった。
大手企業は三つの過剰問題からリストラという名目で大量首切りを行った。
そのため中高年労働者は減少し、企業の労働分配率は下がった。
労働分配率とは、会社が稼ぎ出した付加価値のうち、どれだけが労働側、つまり、人件費や福利厚生費に配分されているかという比率である。
さて、業務の量が一定であり、しかも企業における労働者の人数が減少すれば、人員が減少した分を残った人間が処理しなければならないことになる。
つまり、一人あたりの業務量は増加する。
かといって、リストラを断行したばかりの企業には、新しく人員を増加させるほどの余力はない。
人員を増加すれば、何のためのリストラだったかが株主や社会から厳しく問われる。
そこで、企業は派遣社員、パート社員などの非正社員の数を徐々に増加させたのであった。
非正規社員とは、使い捨て労働者のことを指した。
だから、非正規社員にはキャリアアップも期待しないし、人数には数えずに員数としてしか遇されなかった。
その一方では正社員による長時間労働による対応が日常化したのである。
正社員という立場では、長時間労働を厭えば次のリストラの対象になりかねない。
だから、正社員は全員がただ黙って耐えるしかなかった。
ところで、過労死とは突然死である。
原因は休日不足や長時間労働による働き過ぎで慢性的疲労の蓄積や大きなストレスなど様々である。
もちろん、どんなことにも前兆というものはあるのだ。
過労死の前兆としては、全身の疲労感、胸痛、冷汗、息切れ、首や肩の凝り、手足のしびれ、頭痛などがあるという。
一時的に意識を失ったり、片手がしびれたり、箸を落としたりするような場合は、脳梗塞などの脳血管障害が考えられるという。
後頭部の激痛の場合はクモ膜下出血の前兆であると言われる。
過労死の死因の急性心筋梗塞、急性心不全など心臓の病気が大体七割程度と多かったようだ。
次に多いのがクモ膜下出血や脳出血であった。
当時は全国で一年間に一万人のサラリーマンが過労死になっていると推測されていたという。
突然死しなくてもうつ病になって、自殺したりするケースもあったのだ。
対策は、休養を取るということに尽きたのだろうと思われる。
このような過労死や長時間労働の弊害への反省から、少しずつではあるが、WLBとかWLIということが言われるようになってきた。
WLB(Work Life Balance)とは、つまり仕事と生活は別のものであり、両者をバランスよく生きようという意味である。
WLI(Work Life Integration)とは、仕事と自分の価値観の統合をいう。
自分らしい価値観に基づいて、責任のある仕事をして生きていくという意味である。
現在ではそのようなことはなくなったが、当時の日本のサラリーマンは、給料と命を引き替えに働いているようなものだったのである。
この作者は過労死の当事者ではないと思われる。
なぜなら、突然死は発病から死亡まで二十四時間以内であるから、突然死の当事者ではこのような句を作ることは不可能である。
あるいは事前に自分なりに兆候に気付いていたのかも知れないが。
ただ、私には、この作者は若くして過労死のために死亡してしまった友人を偲んで、長時間労働を強いた会社を恨んで、皮肉っているのではないかと思われて仕方がない。

㋝戦争にノーを突き付け平和あれ
作成年月 平成十七年八月頃
作者名 匿名希望 十四才
中学二年生 茨城県
太平洋戦争が終了してから六十年を迎えた年に作られたこの句は、いかにも純真な中学生らしい、戦争回避の思いをずばりと詠み込んだ句である。
大人というのは厄介なもので、このように直接的で直線的な表現は恥ずかしくてなかなか出来ないのだ。
さて、戦争が起こる原因は様々である。
民族あるいは国家間の対立、宗教の対立、資源の争奪、外交の駆け引き、など数え切れないほど多数の要因がある。
今日では地球連合が抑止力となっているので、もはや戦争などはなくなった。我々は二十二世紀に生きていることを感謝しなければならない。
しかし、この句が作られた二十一世紀には日本でこそ戦争はなかったが、世界各地で紛争があったのである。
この句は大人達に戦争という悲惨な行為をなぜ止められないのかという直接的でストレートな、激烈な思いが籠もっている。
この当時は、世界の中でも米国のみが突出した軍事力を持った国であり、米国一極集中だったのである。
日本政府の方針は対米追従、というよりも盲従でしかなかった。
日米同盟は当時としては、もちろん大切なものではあったが、日本は独立国家なので米国に盲従する必要はなく、ノーという必要があればノーと言えばよかったのに、何があってもイエスしか言えなかったのだ。
それにしても、日本人特有の議論を曖昧にしたまま、問題を先送りするという方法があまりにも長く続いた。
だから、自衛隊が軍隊であるのかないのか、曖昧なままに活動を続けていた。
防衛庁が防衛省になったのはこの後、暫くしてからだった。
今日も、一世紀半前の、この句の作者が訴えた戦争反対という思いは、大事にしなければならない。

㋞族議員死んだふりしてまた起きて
作成年月 平成十八年九月
作者名 佐竹 衛 四十才
職業 新聞記者 秋田県
変人宰相と呼ばれた小泉純一郎氏が「自民党をぶっ壊す」と叫んで、総理の地位に就いてから首相を退陣するまで、いわゆる自民党内の派閥は、牙を失った虎のようになっていた。
そして、何々族と言われた所謂「族議員」も一時は影を潜めたかのように見えた。
「族議員」とは、通常、関係業界の利益保護のために、関係省庁に強い影響力を行使する国会議員を指した。
当時の自民党では、関連部会を全会一致で通さないことには、法案が通らない所から成立していた。
税制族、道路族、郵政族、農林族、商工族、厚生族などに別れていたらしい。要するに利権絡みの話であり、関係省庁に影響力を行使し、その見返りに献金を期待したり、パーティ券を購入してもらったりするであるから、浅ましい、の一言に尽きると言えよう。
それらの族議員は郵政族に見られるように、小泉政権の間は力を殺がれたり、あまり力を発揮できなかったりした。
つまり、死んだふりをしていたのである。
しかし、その後は復活して、またもや族議員として関係省庁に影響力を行使するようになった。
そして、それこそがまさしく自民党政治の終焉の始まりだったのである。
その後のことは、ここに詳しく書き出すまでもあるまい。
歴史を読めば誰にでもすぐに分かる周知の事実であるから。

㋟黄昏れて湯豆腐を恋う鰥かな
作成年月 平成十一年十一月
作者名 山田 仁志 六十四才
職業 医師 福井県
これはもう解説不要の句である。
昭和時代にも湯豆腐を題にした名句があった。
その句はあまりにも有名なのでわざわざここでは引用しないが。
湯豆腐というのは、老年の憂愁と深く繋がる因縁が何かあるのかも知れない。
この句は解説不要ではあるが、それだけに作者の立場や感慨について、様々な妄想や推測を働かせたくなるような句である。
だから、私の妄想として勝手な推測を述べさせていただきたい。
もとより、これはあくまで私の勝手な想像であり事実でもないし、読者諸氏は自分なりの想像を働かせて自分なりの展開を想像すればよい。
この句の作者は人生の黄昏になって、これから長年連れ添った伴侶と楽しくゆっくりと死に向かって生きていこうと決意したのに、突然伴侶を亡くしたのだろうと思う。
思いも掛けない鰥暮らしを余儀なくされている作者の、かつては伴侶が用意してくれたに違いない温かい湯豆腐の湯気と共に、滂沱と流れる涙のしょっぱさが、夕暮れの景色と重なり合ってじいんと胸を打つのである。
人生は忍苦の連続であり、忍苦の合間には喜びや楽しみがささやかながら用意されている。
ささやかな喜びや楽しみを分かち合った、あるいはこれから分かち合おうと思った伴侶が突然目の前からいなくなって、一人でつつく湯豆腐はどんな味がするのだろうか。
夫婦のささやかな想い出は、湯豆腐から立ち上る湯気となって蒸発するのだろうか。
湯豆腐は今も昔もぽん酢か醤油で食べるのだが、伴侶と一緒にいろんな話をしながら楽しんだ晩酌と、一人手酌で飲む酒の味は違うのだろうか。
この作者は、きっと人生の終末に当たっては、三途の川のほとりで(筆者注¨ ものすごく古めかしい表現だが、適切な言葉が浮かばなかったので、ご容赦願いたい。要するに、死んだ人の魂があの世に渡る最期の場所と思えばよい)懐かしい伴侶と出会い昇天していったであろうと思いたい。
このような胸に沁みる句は、私の下手な解説など読まずに、ただなんども口の中で言葉を転がして味わうのが一番よいのである。

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埋没の理由 第四章 [小説]




翌日は早朝から養父古空斎の書いた小冊子を読むことにした。大きさは文庫本くらいの小さなものではあるが、厚さはかなりのものだ。しかし、それにしても古空斎はなぜ、この小冊子を発表しないまま、このような所に隠していたのだろうか。
埋没して世間の表面に現れない文芸に日の目を見させるのが養父古空斎の研究の対象であり、畢生の仕事であり、誇りであったはずなのだ。
古空斎がなぜ、この小冊子を世間に発表しなかったのかという点が、どうしても納得がいかないと古愁は考えていた。

『平成かるた考』

㋐明日からは一文無しのホームレス
作成年月 平成十三年六月頃 
作者名 米山 春男 五十三才
職業 無職 北海道
過剰債務、過剰雇用、過剰設備という三つの過剰に悩まされた日本企業は、本来ならば事業の再構築を意味するリストラクチャリングを、人員整理の意味に使った。
それを短く縮めてリストラと称したのである。
これは、日本人がよく使う手である。
ある言葉が差別用語だと判定されると、公には使用されなくなるので、別の言い方に還ることで問題を回避するのである。
こういう場合には問題そのものは消滅していないのだが、言い回しがなくなることで問題は回避された、あるいは先送りにされたという暗黙の了解を関係者が共有するのである。
人員整理あるいは大量解雇という代わりに、リストラという外国語を変形させた言葉を使ったのであった。
この当時の年間自殺者の数は三万人を超していた。
自殺者のうち三割程度が中高年であると言われていた。
主な理由は経済的理由であったというから、要するに生活苦である。
よほど特殊な技術を持った人以外に、職を失った中高年を雇用する企業などはなかったのである。
めぼしい求人は、三十五才くらいまでで打ち止めとなっていた。
つまり、セーフティネットが確立されないまま大量解雇の時代に突入したのである。
さて、読み方の問題だが、明日は「あした」ではなく、「あす」と読む方がいいだろうと個人的には思われる。
この句の背景についてはこれ以上の説明の必要はないだろう。
しかしながら、この当時の作者の心情は、現代の読者には理解しにくく、伝わりにくいと思うので多少の解説を加えたい。
私にはこの句は、長年忠誠を尽くして働いてきた会社に裏切られてリストラに遭い、長年連れ添った妻からもゴミのように見捨てられて、いっそのこと全てを捨てて自由のみを求めようと思った中年男の呟きであるように思われる。
しかし、この句は決して声高に、社会や会社に対して怒りをぶつけているのではない。
一文無しの境涯をむしろさばさばとした気持ちで楽しんでおり、人生至る所に青山ありという決意を呟きという形で表現したものだと思えるのだ。
それにしても、長年勤務した社員を簡単にリストラと称して首切りを行う、当時の日本の会社には良心というものがなかったのだろうか。
現代人のためにもう少し解説すると、当時の日本企業にあったのは、以下のようなものだ。
貸し手である銀行などの金融機関にあったのは、バブルの原因となった過剰融資を行った貸し手責任の自覚の欠如であった。
そして破綻を来したゼネコン大手やダイエーのような、潰すに潰せないような巨大企業にあったのは、負債返済義務の自覚の欠如であった。
だから、借金棒引きという無茶なことがまかり通ったのである。
一般企業の経営者においては、三つの過剰による経営悪化責任の自覚の欠如であった。
つまり、世の中にはこうして無責任やモラルハザードが蔓延ったのである。
そして、長く日本経済の発展を支え来た日本的経営の特徴のひとつである終身雇用制度は、全面的に崩壊したのである。
また、ずばり言うと、当時にあっては年功序列というカビの生えた人事制度もまた、崩壊させる必要があったのではないかと、私は密かに思っているのだ。
そうしないと、有能な若者達がコンピュータさえ使えないような無能なおっさん達を支えるのかと、絶望して全体の志気喪失に繋がる危険あったのだ。
だからこそある意味では、企業が中高年をリストラして意図的に旧態依然とした人事制度のガス抜きを行ったのかもしれないという疑いがもたれるが、穿ちすぎだろうか。
その後、この「平成かるた」が出来上がる頃には、リストラによる大量人員整理により、日本企業、特に大手企業は蘇った。
そのことは歴史上の事実でもある。
そして、その後の日本企業の課題は、リストラという厳しい現実を見たその当時の若年労働者達が、どのようにして企業に対して忠誠心を持ちうるのか、志気の維持と高揚の手段は何かという点に移行したのだった。

㋑いつまでもお前と一緒死ぬまでは
作成年 平成十五年四月頃
作者名増岡 平蔵 六十六才
職業コンビニ経営 青森県
一読すると愛情の深い亭主が、年老いた妻を見守り、死ぬまで一緒にいようよとも読める。
しかし、これは、実際には狡猾で計算高い句であるとも読めるのだ。
なぜ、そのように断言出来るのだと、現代の読者は思われるだろう。
それは、熟年離婚という危機を前にして、急に従前の態度を変えた、取って付けたような妻に対する愛情表現の句であるとも読めるからだ。
現代の読者は、このような夫の態度の豹変が増えた背景にある、当時の日本の特殊な離婚事情を知らねばならない。
当時の厚生労働省が発表していた人口動態総覧の年次推移表によれば、昭和二十二年度の離婚件数は八万件程度であったが、昭和四十六年には十万件を超えたのだ。
それが平成七年には二十万件に近づいた。
一方、二十年以上連れ添った夫婦の離婚はどのようなのか。
昭和四十五年では五千組だったが、昭和五十年になると一万組を超えたのである。
それが、平成十二年には遂に八万四千組に及ぶ。
それ以降は増加に歯止めがかかり減少傾向にあったが、年金を夫婦別々に貰えるようになると、再び増加するだろうと言われていた。
その後の事実は、みなさんがご承知の通りである。
長年連れ添った夫婦が離婚するというのは、やはり夫婦間の日常のコミュニケーションに問題があることが最大の原因だったのではないか。
「メシ、フロ、ネル」の三語のみを口にする亭主では、いずれ女房から離婚という事実を突き付けられるのは、時間の問題だったのだろうと私には思われる。
この句の当時の背景にはこのような世相や考え、制度の問題が横たわっていたことだけは理解しておかねばならない。
ここで、現代の女性達にも注意を促しておきたい。
もしもあなたのご主人あるいは婚約者が、この句のようなことを若い時分から常に言ってくれるような優しい人であるならば、素直にその愛情を信じることだ。
そして、あなたもご主人を大切にして下さいと、私は言いたい。
そういう心優しいご主人を大切にしないようであれば、あなた自身もいずれ悲惨な目に遭うに違いない。
しかしながら、今まであなたに対して少しも愛情表現などしたことのない亭主が、急にこのようなことを言い出したら要注意である。
今まであなたのことに無関心で夫婦生活を送ってきた夫が、態度を急変して妻を愛していると言い出したのだ。
これは、とどのつまり、自分が年を取ってきて弱気になった夫が、妻が夫の死に水を取るのが当然だと暗に要求しているのである。
これは警戒するに値することである。
何事にも、前兆とか兆候とか言われるものはあるものだ。突然今までとは違うことを言い出したとしたら、警戒あるいは注意するが当然の態度であろう。
このことは、二十二世紀に入った今でも変わらない真実なのである。

㋒運がよきゃ俺にも当たる宝くじ
作成年月 平成十七年作八月 
作者名 金田 孝 三十才
職業 フリーター 滋賀県
この句が作られた当時はフリーターと呼ばれる連中がいた。
フリーターとは、十五歳以上三十五歳未満の学校卒業者であり主婦でない者のうちの、パートやアルバイトで働いている者ならびにパートやアルバイトで働く意志のある無職の者を指した。
しかし、長く続いたバブル崩壊後の不況のために、働きたくても就職口がないという目に遭って、どうするか考えているうちにずるずると年ばかり重ねてきたという人達もいたのだ。
そういう人達は決して怠け者でもないのであり、社会のセーフティネットが完備していなかった当時の犠牲者でもあったのだ。
もちろん、中には労働したくないという怠け者の階層もいた。
そういう連中の中には地道に働くのではなく、僥倖をあてにしてパチンコや競馬、あるいは宝くじというギャンブルで一発当ててやるという考えの持ち主もいたようだと言われている。
当時のフリーター全員がそういう人間ばかりではなかったということは、もう一度強調しておく必要があるのだが。
また、そういう人達に限らず、普通の勤め人や自営業者の中にも「夢を買う」と称して、当選確率の極めて低い宝くじを購入する人達、つまり、僥倖を夢見る人達がいた。
外れて元々だという気持ちや遊び感覚で宝くじを買うのはきわめて個人的行動であり、その人達の勝手であるから、だれも何も言う権利はない。
ただ、外れる度に悔しがったり、残念がってたりしている姿を見ると、本当は僥倖をあてにしていたしか思えないという感想を述べた知識人がかつていたというが、それについては私も全く同感である。
しかし、中には僥倖を本気であてにして、一回に大量の宝くじを買っては、見事に外すという人も多々いたようだ。
そういう人に対しては、同情のかけらさえも感じない。
なぜならば人間というものは、今も昔もやはりそうなのだが、地道に働いてこつこつと少しずつ貯蓄を殖やすしかないのだから。
地道な労働を厭ってギャンブルで一発当てるという発想は不健全でもあるし、何よりも当たる確率の低さから考えても無理というものだ。
それでもギャンブルにのめり込む人達がいるのは、人間という生き物の哀しい性の発露なのであろう。
一等の当選確率は一等の本数を発行本数で割ればよい。だから、仮に一等が一本、発行枚数が一千万枚なら千万分の一である。
こんな僥倖が自分にはあるだろうと信じられるあなたはとても幸せな人だ。
だが、その幸せな人達は、自分の信じた僥倖が来ないと分かった場合にはどのような態度を取るのであろうか。
人間とはなんとも哀しい生き物なのだろうと、つくづく思うこの頃の私である。

㋓ええやんか減るもんじゃなしやらせろよ
作成年月 平成元年四月頃
作者 吉行 照雄 年齢 不詳
職業 不詳 大阪府
これは今でもよく見られる風景である。
酔漢がホステスを口説いている様子がずばり伝えられているので、特に解説は要しないだろうと思う。
ただし、本当に減るものではないのだろうかという疑問を掘り起こしたい。
あなたが女性なら、じっくりとこのことを考えて貰いたいのだ。
まず、自分が愛してもいない男とセックスすると、性病などの心配だとか、気疲れだとかで心が磨り減るだろうと、私は推測するのだが。
そして、激しい運動をすることでとてもお腹が減るだろう。
最後には、あの女は誰とでも簡単に寝る女だと思われると、あなたの信用が減る。
つまり、女にとっては、愛のない男とやすやすと寝るのは、なにもかもが「減るもの」であると、私は結論づけたい。
女は、そんな安易なセックスを受け入れるのは、何もかもが「減るもの」だという事を、知っておかねばならないのである。
だから、私は大いに主張したい。
女達よ、こういう安直にセックスを求める男達の言葉に対しては、「減るもんだ」と主張せよ。
ところで突拍子だが、男が女とセックスするという目的を遂げるにはどんな手段があるのだろうか。
それを考えて、私はいささか慄然とした。
一番安全であり誰にも迷惑をかけないで、社会的にも受け入れられるのは、男が女の愛を勝ち取ることである。
これならば、誰も文句言うことはできない。
結婚している人間ならば社会的に認められているし、恋人同士のセックスも誰にも口を挟めない。
男女の愛情の問題には、社会は口を挟めないのである。
ただし、愛があるからと言っても、既婚者の不倫となると、いささか大きな問題が起きることを知らねばならない。
それは、信頼ベースの上に成り立っている一夫一婦制に於ける、相手の信頼を大きく裏切ることだからだ。
それから、男が女に対して絶対にしてはいけないのがレイプである。
暴力によって嫌がる女とセックスを成し遂げるというのは、非常に重い罪である。
それは、女性の人間の尊厳を損なうものだからである。
暴力によるセックスは犯罪であり、犯罪という反社会的行為は受け入れられないことはいくら強調しても強調しすぎることはない。
次に、金銭的契約とか売春とかいう行為は褒められた行為ではないが、少なくともレイプに比べると、売る側と買う側のそれぞれの自由意志が介在するだけましなのだ。
既婚者の買春行為は、褒められないにせよ、不倫ほどには重い問題ではない。
こういう発言をすると、一部の婦人団体からは金切り声の抗議が来そうだが、事実は事実であって、理想と現実にギャップがあるのは致し方ないことだ。
さて、今まで述べてきた以外に何か方法があるのだろうかと考えた時、私は自分でもどきっとした。
自分でも意識しなかった、もう一つの突拍子もない方法があった。
それは、男が女に対して「頼むからやらせてくれ」と土下座してお願いするのだ。
人間としての誇りも捨てて、相手の哀れみだけに期待して、「やらせてください」とお願いするのである。
これは、少なくとも普通の男にはできないことである。
少なくとも社会に出て、自分で自活している一人前の男にはできないことだ。
だから、セックスしないと鼻血が出続けて死にそうだとか、ダッチワイフ(筆者注 ¨ ダッチワイフとは、当時あった、柔らかい樹脂などで人間に似せて作った人形であり、女房の代わりにこれを抱いて寝るという淋しい男達もいたのだ。なお、間違っても、オランダ人妻などと誤解しないで頂きたい)を使うしかないような男達だけが、そんなことをするのだろう。
ただ、私の腑に落ちないのは、なぜこのような下品で表現上の工夫のかけらも見られない句が採用されたのかということであり、この点は私も芸術に関わりを持つ者として非常に理解に苦しむ。
鑑みるに、監修責任者の海野良子氏は、美しい表現や素晴らしい感動というものも大事だが、一般庶民レベルにはこの句のような下劣な感覚もあるのだ、という事を強調したかったのだろう。
なお、最近では日本語も方言色が薄まったので、「ええやんか」というのがよく理解できないと思われる人もいるか思うので、説明しておこう。
「ええやんか」というは、かつて大阪を中心とした関西弁と言われた日本語の方言の形で、意味は「いいではないか」とかという意味である。
それにしても、酒に酔わないと女を口説けないという日本男子の性質は、平成の昔から今に至るまで少しも進歩していないようだ。

㋔オウムゆえ鸚鵡返しの反論し
作成年月 平成七年十月
作者名 大島 香奈 二十八才
職業 教員 千葉県
平成七年三月二十日午前八時ごろ、丸ノ内線、日比谷線、千代田線の地下鉄車内で、神経ガスであるサリンが散布された。
その結果、乗客や駅員ら十二人が死亡し、五千五百人以上の人が重軽傷を負った。
二十世紀半ばの太平洋戦争以降では当時最大級の無差別殺人行為であった。
実行された場所は大都市、対象となったのは一般市民、使用された武器は火器ではなく化学兵器、しかもこのテロの実行者はオウム真理教というカルト集団であった。
このカルト教団の教祖という人物は、麻原彰晃という常識外れのとんでもない男であった。
インドで修行したことと、空中浮遊が出来るというのが彼の売り物だったという。
空中浮遊が出来たらからといって、何が偉いのだろうかとは、当時の若者達は考えなかったのだ。
非常に高等な学歴の持ち主達が、次々に入信したという事実を見ればそれが分かる。
オウム真理教によるサリン事件で、麻原彰晃こと松本智津夫被告は、最高裁で死刑判決が確定した。
さて、サリン事件が発生した当時は、オウム真理教に上祐史浩という人物がいた。
この人は、連日マスコミに登場し、オウム真理教に対する批判への反論を繰り返していた。
学生時代からディベートが格別に強かったと言われている。
後に「ああいえば上祐」という流行語まで生まれた。
あの憎むべきテロ事件には上祐氏本人は関わってはいなかったが、内心ではおかしいと思いながら連日マスコミに顔を出してはオウム真理教を弁護していた彼の良心はきっと傷ついていたに違いないと思われる。
この句の作者の意図は、この上祐史浩氏のことを、オウム真理教という教団に対する批判に対して、彼は批判があればすぐに鸚鵡返しで反論すると揶揄したのであろう。
この句の作者のシニカルで冷静な人柄が偲ばれる作である。
なお、個人的な事柄で余談であるが、筆者が中学生の頃、祖父がこの教団について口癖のように言っていたことを思い出した。
「昔、オウム真理教というのがあったが、あれは宗教団体ではなかった。集団が狂ったので『集狂団体』とでもいうべき性質のものだ」
これは的を射た指摘であったと、今にして思う。

㋕金は神いつまでも来ぬ神を待ち
作成年月 平成十五年一月頃
作者名 中山 慎司 五十五才
職業 無職 神奈川県
恐らくは、この人は失業者、あるいは会社が倒産して全てをなくした人物なのであろうと私は推測した。
しかも、いったんはそれなりの地位に就いて他人よりも高給を取っていた人ではないかと思われる。
つまり、この句の作者は、お金というものの怖さをよく理解した人物だと思われるのだ。
たしかに、当時は、お金は神であった。
いや、この「平成かるた」が成立した当時は、お金は神以上に崇拝されていたと言って良い。
当時の価値観ではお金持ちは勝ち組であり、成功者であり、尊敬されるべきだという風潮がまかり通っていたのだ。
たとえお金持ちであっても、人格下劣な人や軽蔑に値する人は現代でもいるというのに。
貧乏でも心の清らかな人はいるというのに。
保持している金銭や財産の量と人格とは何の関係もないのであるにも拘わらず、当時はそのような風潮があったのである。
とはいうものの、たしかにお金があれば欲しい物は大抵なんでも入手出来るというのは事実である。
お金だけでは入手できないものも、もちろんあることにはあるのだが。
そして、お金持ちは貧乏人の嫉妬、ひがみ、そねみ、揶揄にも耐えねばならないのである。
だから、心の安定をしばしば欠くことになる。
お金を持っているという自信が、傲慢、偉そう、無礼という態度に見えるし、それが身についてしまうと、他人に敬意を払うことを忘れる。
つまり、お金には何の罪もないのだが、お金があるためにその人の態度が変化したり、偉そうに見えたりするのだ。
お金自体はきれいでもないし、穢れてもいない。
ただ、他人よりはたくさんお金を持っているという事実が、人間の態度をどんどん悪い方に変化させるのである。
これが、お金は怖いという意味なのである。
初めの方でも触れたが作者は、かつてはそれなりの大金を握った事があるのだろう。
だから、怖さを知っているのだろう。
中年になって事業に失敗したか、株式投資で大損をしたのか、あるいはリストラで職を失ったか、あるいは連鎖倒産に巻き込まれて全てを失った時に、もはや自分には巻き返す気力も体力もないことを知らされたのだろう。
そして、自嘲気味に待てど暮らせど来ぬ、お金という「神」を待っている自分を力なく笑っているのではないか。
いっそ、彼が宗教家ででもあれば、こう言い放つことも可能だっただろう。
「お金は汚い。だからお金に対する執着や汚い欲望を捨てなさい」
このような鼻持ちならぬ説教をしながらも、自分は堂々とお金に執着しながらも生きている宗教家は掃いて捨てるほどいる。
しかし、世俗の間に生きる人間としては、お金に見放されると、途轍もない苦しみを味わうことになるのだ。
この句は、対象となるお金を心中では崇拝し、表面では軽蔑しながら、その対象がもたらす苦しみについて、深い洞察を伴った句である。
作者は、決して単純に「金は神」などとは思っていないようだ。
むしろ、作者は「金は紙」と思っていたのではないか。
つまり、筆者としては、この作者はお金なんてただの「紙切れ」じゃないかと無言の裡に抗議しているような気がするのだ。
そのただの「紙切れ」が、なぜこんなにも俺を苦しめるのだという思いを抱いていて、その作者の苦々しい思いが背後に透けて見えるのが辛い。
誠にお金という扱いに困る厄介なものに翻弄される人生の哀歓に満ちた、しかし、なんとなく共感するには抵抗のある作だと評価したい。

㋖危機の前「愛している」を連発し
作成年月 平成十二年一月
作者名 水田 万里 五十六才
職業 パン屋 岩手県
これも熟年離婚をテーマにした作である。
作者はきっと気が強い人で、再三亭主に向かって、そんなに言うのなら家を出てやるわ、と叫んだに違いない。
それからと言うものは、ご亭主が熟年離婚の危機を感じて、作者であるこの奥さんに対して「愛している」を連発するようになったに違いない。
そして、ついにご亭主が何度も口にする言葉を基にして、この句を作ったのであろうと思われる。
私は思うのだ。
日頃は無口な亭主が「愛している」を連発し、それで夫婦の仲がよくなれば幸いなことだ。
なぜならば、夫婦の危機はいつでもあるのだから。
お互いに全く違う環境に生まれ育った人間が一緒に生活して家族を作るのであるから、意見や考えが違うのは当たり前である。
問題は、そこをどのように話し合って乗り越えるか、ということである。
私は現在でも現実問題としてある熟年離婚について、次のように提案したい。
一 常に夫婦間でよく話し合うこと。
この「平成かるた」が成立した当時の会社人間と言われた人達は、たった三語しか言わなかったと報告されている。
それは、会社員達が帰宅してから妻に言う言葉は、「メシ、フロ、ネル」という三語のみであったということだ。
これでは、夫婦間に愛情もコミュニケーションも生まれないのは当然のことだ。
私の祖父の知り合いはこれをもじって「三語症」と名付けた。
その事は、私が直接に祖父から聞いたことがある。
この言葉の発音は南の海に広がるあの美しい「珊瑚礁」と全く同じだが、その中身は相手を無視した、悲劇の結末を招く恐ろしい病である。
二 定年退職したら、家の中では女房が社長だと考えることを世の中のご亭主達に提案したい。
家事というのは、無給の活動であり、年中無休の事業なのである。
亭主がお金を稼いでくるのを期待して家事をするのではない。
定年後も家事を続けられるのは妻の無窮の愛情なのだ。
そういう無償の行為が死ぬまで延々と続くのである。
身体が痛いからという理由で炊事、掃除、洗濯などを休むことは出来ないのである。
それをあなた達の奥さんは毎日当たり前のようにこなしているのである。
これは、感謝しても仕切れないありがたい行為である。
このような尊い行為に対して感謝の念がないから、熟年離婚という事態に追い込まれるのである。
三 転ばぬ先の杖である。
今からでも遅くないから、世の中のご亭主達は、配偶者に対して感謝の言葉と愛情表現をしなさい。
四 お互いに感謝や尊敬の念を持つように努力をすること。
若い時ならば、夫婦間に感情の亀裂が出来ても、同衾することで問題は仲直りできるものだが、中年になると、身体を交えることで問題は解決したりはしない。
中年になれば、感情の亀裂ができたら同衾しようなどとは思わないのが普通だからだ。
だからこそ、中年になったらお互いに尊敬したり感謝したりするように努力しなければならないのである。
老妻に対する愛情は、青年時代の相手を求めてやまない、燃えるような愛情とは質が変化するのである。
人間が人間として、長い苦渋に満ちた人生の道のりを一緒に歩いてくれたものだという感謝と労りに満ちたものに変質するのである。
ずっと昔の英国の作家にアガサ・クリスティという人がいたが、その人にはこんな言葉があるそうだ。
「どんな女性にとっても最良の夫というのは、考古学者に決まっています。妻が年をとればとるほど、夫が興味を持ってくれるでしょうから」
若い女性にばかりしか興味を抱かないという、そこのご主人、気をつけなさいよ。
もっと、年をとってしまった自分の妻に興味を持ち、感謝の気持ちを抱きなさい。 
ただし、感謝の言葉は、必ず言葉に出して言うことである。
なぜなら、女性は言葉による表現に弱いのである。
「男は黙って」などと自分の胸の裡で思っているだけではだめなのだ。
これは二十二世紀の現代の人にも言えることである。

㋗臭いもの蓋を閉めてもまだ臭(にお)い
作成年月 平成十五年二月頃
作者名 佐藤 利夫 四十一才
職業 自営業 熊本県
これは一読して分かるように、日本人の欠点を見事に表している。
典型的なのは、二十世紀半ばから終わりにかけて存在した、当時の自民党と言われた政党にいた族議員という人達である。
こういう族議員が政治に圧力をかけて既得権益を確保していたのだが、自民党体制が終焉していくにつれて、臭いものに蓋をするという日本人独特のあり方は消滅するだろうと期待されていた。
しかし、それから二世紀を経過した今でもやはり、臭いものに蓋をするというやり方はどこの組織でもまかり通っていることは、みなさんも周知の通りである。
特に、腐敗臭のする組織というのはどんなに蓋をしても、腐敗臭がやはり漂ってくるのだ。
どうしてそうなのかと言うと、解決すべき問題を先送りして、いよいよどうにもならなくなって処理をしなければならないという段階になった時は、既に手遅れ状態になっているからだ。
つまり、腐ったものは徐々に臭いが出てくるから、さっさとその時に腐敗部分を切除すれば、腐敗が全体に及ぶことがない。
しかし、実際には抵抗を恐れて問題を先送りするから、全体が腐敗するのである。
この句を作った人は、きっとそんな腐りきった組織に属していたのだろう。
その組織が民間であるのか、それとも官僚の組織か。
あるいは営利組織か、非営利組織か。
そんな事は関係ない。
そして、ある日その臭いに耐えられなくなって、組織を飛び出したのではないかと推測される。
その結果としての自営業なのではないかと推測したい。
この句には、読んでいるだけで腐敗臭が漂ってきそうな迫真の表現がある。
それは、実作者が実際に体験したことがないと醸し出されない表現である。

㋘携帯を扱いすぎて事故起こし
作成年月 平成十一年二月
作者名 中谷 俊郎 二十八才
職業 運転手 新潟県
これは、職業を見れば分かるように、トラック運送業に身を置く運転手さんが、運転中に携帯電話を扱ったために、悲惨な交通事故を起こした時の心境を読んだものだと思われる。
現在では全ての通信がテレパシーあるいは複合ビジョンなので、みなさんにはなかなか当時の携帯電話の便利さなどは実感できないだろう思われるが、当時の日本人は時と場所を選ばず、携帯電話というもので連絡を取り合っていたということだけは理解しておく必要がある。
当時は運転中の携帯電話使用に関する規制がなかったである。
法律で運転中の使用が禁止されたのは、なんと平成十六年のことである。
彼女からの電話か、会社からの電話かは分からないが、どだい運転しながら携帯電話で話そうという横着な姿勢が問題であった。
運転中は一瞬の油断が命取りになる。
ハンズフリーの携帯電話が売れ出したのはその頃からである。
それにしても、当時の人達は何故にそんなに頻繁に携帯電話を使わなければならなかったのだろうか。
本当に緊急の用事がそう多発するわけでもないと思われるのに。
もっとも、私自身の性格がおっとりしているため、しょっちゅう携帯電話を使って忙しそうにしていた当時の人の事が理解しにくいのは事実としてあるのだが。

㋙国民を騙す官僚居座って
作成年月 平成十八年十月
作者名 谷田 渉 四十六才
職業 会社経営者 京都府
当時年金を扱っていた社会保険庁とは厚生労働省の外局であったが、長官や幹部クラスの背任的な不祥事が多発した。
平成十八年には多数の都道府県の社会保険事務局で十一万人以上分の不正免除や猶予をしていたことが明らかになった。
日本道路公団の談合疑惑や防衛施設庁談合など、所謂高級官僚の天下り先確保のために起きた事件が山ほどあるというのに、依然として高級官僚の天下りは続いていた。
「平成かるた」が成立した当時の高級官僚の辞書にはなかった言葉がいくつかあるのでここに紹介しよう。
「誤謬。謝罪。反省。感謝。退職金辞退。高額退職金の二重取りあるいは三重取り。恥。良心。職責。責任感。職務への誇り。過剰接待。贈賄。収賄。少欲」
彼らの好む語彙は次のとおりだった。
「無謬。完璧。既得権益。豪壮。規制。寄生。貪欲。豪華官舎。悠々自適の老後。賄賂。裏金。贅沢。特権。エリート意識。課税。無駄遣い。莫大な退職金」などなど多数。
当時の一般庶民に奉仕する立場の公務員という身分であるにもかかわらず、庶民感覚からすれば気の遠くなるような無駄遣い、裏金、退職金、特権に囲まれて、ぬくぬくと暮らしていたのである。
いわば、人間の腸内で異常に大きくなったサナダムシのような寄生虫と化していた。
そして、公務員の主人であるはずの一般庶民は、官僚に完全に騙され続けたのだ。
その結果、小さな政府への移行がなかなか進展しなかったのである。
会社経営者であるこの句の作者が作った句を読むと次のような叫びが私には聞こえるのである。
苦労を重ねてやっと利益が出たかと思うと、税金でがっぽり持って行かれる。
経営者としての責任を果たすべく、自分の給与を減らしてまで昔からの従業員を大切にして一人の首切りも出さなかった。
その事を、このどうしようもない官僚達は、私がどれだけ辛い思いで仕事をしていると思っているのか。
官僚達の目に余る横行、天下り、数度にわたる高額の退職金、無責任、全く以て許せない奴等ばかりだ。
そういう怒りがひしひと伝わってくる作である。
しかも、この句は単なる私憤に駆られた結果の作ではなくて、公憤であるから万人に理解出来るしまた共感を呼ぶである。


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埋没の理由 第三章 [小説]



古愁は元来、運靖史という名前だったのだが、養子縁組をきっかけに古愁と名前を変えた。古空斎の命名であった。
だから、古愁は、男手ひとつで祖父に育てられたのだ。もっとも、炊事や家事などの実務は古くから通いで来ている家政婦さんが手際よくやってくれた。だから、祖父は養父であり、実の父母のようなものであった。その意味で、祖父は全ての事を古愁に伝えてくれたものだと思っていた。
それなのに、『平成かるた考』という、古愁が聞いたことも見たこともない祖父の手による、油紙に包まれた珍妙な小冊子とかるたが見つかったのだ。
その小冊子はこのように始まっていた。

序に代えて

私は長年に亘り、民間にあって記録されなかったり、忘却されたり、等閑視されたりして埋もれた文芸の研究に従事してきた。従来、私が主張してきた民間に埋もれている「埋没芸術」の掘り起こしとその研究である。それは、磨けば光るダイヤモンドであるが、玉石混淆のため等閑視されているものだ。
このたび、図らずも「平成かるた」という大変珍しく、かつ大変貴重な資料を入手することが出来た。
この「平成かるた」は、二十世紀末から二十一世紀初頭にかけて、一部のマニアの間で密かに読まれてきたと言われるが、実態は全く不明だった。
庶民の本音や風俗、思念、怨念、恨み、泣き言、寝言などが、歌がるたの形式で保存されていたものだという程度しか伝わっていなかった。
平成元年から平成十八年くらいまでの間に作られた句がほとんどである。
いちおう五七五の形式は踏まえてはいるが、俳句でもないし、川柳でもないような句の集まりである。
だから、やはり「かるた」なのだと思うのである。
筆者は(筆者注¨運古空斎のこと)、俳句も川柳もあまり専門家ではないので全く分からないので、詳細は議論しない。
通常は歌がるたというものは、読み札と取り札があって、読み札に文字が書いてあり、取り札には絵と頭文字が描いてあるものだ。
不幸なことにはこの度発見された「平成かるた」は、取り札の部分が欠如していて、読み札のみしか発見されなかった。
この「平成かるた」は、平成二千七年から二千八年にかけて発行されたようで、監修責任者及び発行者名が海野良子ということだけは判明している。
海野良子という名前は、小さな書き付けから判明したものだ。
そこにはこう記載されてあった。
「亡夫が遺してくれた莫大な遺産の一部を使い、平成の庶民の実態、世相、流行した事柄、事件などを後生に残したいという思いから、全国各地から五七五からなる句を広く公募しました。きちんとした川柳や俳句などにならなくてもよいので、オリジナリティに富んでいて、平成の庶民の世相、感情、思いが伝わる句を求めました。私の還暦の年に、『平成かるた』としてまとめたものを発行することが出来ました。わずか十部しか発行していないので長年の友人にのみ配布します。各句の作者には報酬として金銭を渡しましたので、作者には版権はありません。その旨の了解を頂いた人の分のみを取り上げました。出来映えがよい句であっても、私の趣旨にご賛同いただけなかった方の分は採用しておりません。
平成十九年大晦日 神奈川県在住 主婦 海野良子」
どういうものか、海野良子氏の子孫と称する人が、その書き付けだけを持っていたらしい。
それがどういう経緯かは不明だが、私が昵懇にしている古書店主の手に渡ったのである。
私が日頃親しくしている古書店主から、珍しい物好きの私に珍しい資料があるという話があって、入手出来たのが今から五年前のことだった。
海野良子という人は恐らくは、著述業などとは無関係の方だったのであろう。
著述業に関係している人であれば、出版社で調査すれば分かるが、調査の結果では該当者はいなかった。
自分自身で作成し発行したものと思われる証拠し使用さている、インクは当時流行っていたインクジェット方式だと判明した。
紙は普通のコピー用紙よりも厚い紙を使ってあり、トランプの倍くらいの大きさである。
裏側は何もないただの白い紙である。
印刷や出版に携わる人間が、このようないかにも安上がりな仕事をするとは思えない。
ただ、感心したのは印刷後に長期間持つようにフィルムで用紙全体をラミネートして覆ってある。
そのためか、発見された時の保存状態は悪くなかった。
残念な事には、一部にはラミネートのフィルムがうまく密着していなかったり剥がれたりしたものがあり、そういうものは紙が腐食したりインクがかすれたりしていたので判読に苦労したがともかく判読出来たのは喜びだった。
ただ、それぞれの作者の職業や年齢はかなり広範囲にわたるものである。
その点は海野良子氏の書き付けの通りであるで、公募形式で句を募集したというのは事実であろうと推測される。
しかし、なにしろ資料が一切ないので軽々しく断定はできない。
二0十二年に起きた、あの南関東沖大地震の数年前に、わずか数部しか発行されなかったという「平成かるた」は、その全てが逸失したものと考えられていた。
しかし、横浜市の某神社の禰宜である金杉與市氏が、神社の倉庫を清掃しておられた時に、偶然この「平成かるた」を発見されたのだった。
同氏の友人である長田治氏と私は、カメラの趣味を通じてよく知っていた。そのため、長田氏から私に金杉與市氏を紹介していただいて、その全貌を研究するように依頼を受けたのである。
二十世紀末から二十一世紀初頭という時代は、日本がバブル経済の崩壊以来、立ち直るまでのほぼ十数年に相当する。
その頃の不況に喘ぐ日本経済の下で、庶民が何を考え、何を感じていたのか。そのことを、貴重な民間の埋没芸術の「平成かるた」を通して解明するのが、私の仕事である。これは私の畢生の仕事となるだろうという予感がするのだ。つまり、私のライフワークになるのである。
なにはともあれ、このような貴重な埋没した文芸が遺されていた事は、不幸中の幸いとも言うべきだ。別に自慢するわけではないが私は若くして財を成していたので、埋もれた文芸の復興や掘り起こしに財産と精力を注いでいた。
「平成かるた」という存在については、私の祖父の虎口斎が寝言で口にしたのを耳にしたことがあったのだが、実際にそれが存在したとは想像もしなかった。だからこそ、私は一時この「平成かるた」の全貌を知りたいと思って、追い掛け回したものだった。
あの頃からかなりの年月を経てこの資料に出会えたものだから、ようやくかつて恋い焦がれた恋人に出会ったようなもので、毎日わくわくしながら仕事をしている。
これがサラリーマンのような職業であれば、仕事に追い回されて、とてもそんなことに精力を注ぐわけにはいかなかったに違いない。生活の心配をする必要のない身であればこそ、このような仕事が出来たのである。私は、その事を誇りに思っている。
そのように、私が当時から血眼になって捜していた資料とこんな形で巡り会えるとは、望外の喜びである。
さて、この小冊子の構成は次のようになっている。まず、あいうえおの順に読み札に書かれている原文を掲げる。ただし、「ん」の項目だけは最初から作成されていなかったようだが、どのような事情により作成されなかったのかは全く不明である。
次に、作成年月、作者名、年齢、職業、所在都道府県の順に記載した。中には作成年ははっきりしているが、月が不明なものがあった。
現代人に句の意味が分かりにくい場合や、背景の補足説明が必要と思われる場合には補足したが、今日でも充分理解できるものが多い。
注目して欲しいのは、平成という当時の日本の庶民達は、どのような背景あるいは感情でこのかるたを作ったのかということだ。
だから、当時の庶民の心情や価値観の説明を重点に置いて、さらにそれに対する筆者の見解を中心に述べることにした。
最後に、この貴重な資料を快く提出した下さった金杉與市氏および仲介の労を執ってくださった長田治氏に心からの感謝の気持ちを捧げたい。
そして、同時に私の我が儘を影で支えてくれた今は亡き妻の希美子にも、心のそこからの感謝の気持ちで胸がいっぱいであることを告げたい。

終わり

古愁はその時、写真の中でしか見たことがない、自分の祖母の希美子という名前を懐かしく思い出していた。

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埋没の理由 第二章 [小説]



『平成かるた考』というのがその小冊子の題名だった。
養父古空斎は一種の変人であり、他人が興味を示さなかったり、評価しなかったりしたものをわざわざ取り上げて研究するのが生き甲斐というような人だった。
そして、古空斎の孫で養子の古愁もまた変人の血をたっぷりと受け継いでいたし、「珍奇な発見シリーズ」という著書もあるくらいで、こういう風変わりな資料には興味津々なのである。
「あなた。ご飯ですよ。今日は、あなたの大好物のお刺身ですよ。それに、冷や奴も用意しましたよ」
妻の湖路(筆者注¨ 読み方は「こみち」です。つまりフルネームは、「はこびこみち」であり、「うんころ」ではありません。くどいようですが、読み方にはご注意を下さい)がテレパシーで優しく呼びかける。
「はい。すぐにいくよ。今、後片付けしているところだ」
虎口斎という五代前の先祖が建てた家はなかなかよく出来ていた。古愁がそう思う第一の要因はバリアフリー設計である。そのおかげで還暦を過ぎた古愁夫婦も突起物に躓いたりしないですむ。これは年寄りにはありがたいことだ。
年を取ると三つのことに気を付けねばならない、というのが虎口斎のそしてその孫の古空斎の信念だった。なんでも、昭和の時代ある政治家が言っていたということだが、詳細は知らないまま虎口斎が言っていたことを古空斎が鵜呑みにしていたらしい。
それは、次のようなことだったが、古空斎はこれを養老三原則と称していた。
第一には老人は転倒してはいけないということだ。年寄りが転倒すると、そのまま寝たきりになる場合があり、寝たきりになると認知症などになってしまい、認知症の進行が早い場合には、そのまま死に至る場合がある。
次は風邪を引いてはいけないということだが、これは説明の必要がないだろう。今も昔も、風邪は万病の元であるということは真理である。
もうひとつは、世間の義理を無視せよということだ。世間の義理だからということで、あちこちに顔を出したりしてはいけない。どこで転倒した、事故にあったりするか分からないというのがその理由だった。
もちろん、本人が元気な間は大いに義理を果たせ、というのが前提条件だった。とにかく、老人は無理をしないことを最優先にすべきだというのだ。
その意味では、虎口斎という先祖が造ってくれたこの家は素晴らしいし、養父の古空斎は変人ではあったとはいうものの、同時に常識も豊な人だったと古愁には思われた。
その古空斎の養老三原則の第一である物に躓いて転倒しないという教えと、ご先祖の素晴らしい設計のお陰で古愁夫妻はずいぶん助かっている。偉大な先祖というのは、たとえ変人でもありがたいものなのだ。
話を食卓に戻そう。
古愁はごく人並みの食欲の持ち主なのだが、湖路は特別な健啖家なので二人だけの食卓にもかかわらず、いつも品数が多く賑やかである。
二人の間には長男辰雄、次男和己、長女真奈美がいる。
辰雄は既に独立して家族を持っているが、遠い欧州に住んでいる。
次男の和己は独身ではあるが、独立生計をしており家には滅多に寄りつかない。
真奈美は疾うに嫁入りし子供をもうけているから、普段は二人きりの静かな生活である。
二人の最高の楽しみは、時折娘の真奈美夫婦が連れてくる孫達と会うことだった。
「今日は、鯵のタタキと鱸、鯛、ヒラメのお刺身にしました。どう、この冷や奴は美味しそうでしょう。天然にがり使用の京都産の豆腐なんですって。その他に筑前煮を用意しようかとも思ったんだけど、暑いから止めたわ」
「それは残念だ。筑前煮は大好物なんだがな」
「菠薐草のお浸しとそれから蟹の酢のものがあるわよ。あ、そうそう。京都の縮緬山椒が手に入ったのよ。あなたはこれをご飯と一緒に食べるのが好きでしょう。私は、今日は食欲があまりないから、ビーフステーキを五百グラムにしたわ。いつもなら、パスタを三種類とお肉を二種類なのにね。今日はこれで充分よ」
「いや、全く以てお前が羨ましいよ。よくそんなに食欲が出るものだな。少なくとも俺の三倍は食べられるのだから、お前が羨ましいよ。俺は胃下垂だから仕方がないのか」
「あら、これでも若い頃に比べるとだいぶ少なくなったわよ。でも、私はいたって健康だわよ。それはそうと、最近真奈美は颯太と愛ちゃんを連れてこないわね」
真奈美は二人の長女であり、岩波正次郎という大学教授の妻に収まっている。颯太と愛ちゃんというのは孫で、愛ちゃんの本当の名前は愛子である。
「ああ、颯太と愛ちゃんに会いたいな。なに、正次郎さんも忙しいのだよ。近いうち、学会で発表があるらしいから」
湖路はほっそりとした体付きなので、近所のだれもがその健啖ぶりを知らないから、この食卓をご近所の人が見たら、驚愕のあまりに沈黙することだろう。
古愁はゆっくりと時間をかけて夕食を取るのが楽しみである。日本酒をゆっくりとちびりちびりと口に運びながら、我が一族の運家に思いを馳せていた。
運家はいつ頃からあるのか全く分からない。分かっているのは五代前の虎口斎からの事だけだ。虎口斎の出身は神奈川県横浜市×○区だと言われていたが、古愁は戸籍謄本で確認したわけでもないので本当のところはどうなのか知らなかった。
古愁は小学校の高学年の時に、両親と死別していた。両親が勤務先の大学の学会に参加するために欧州へ渡り、各国を旅行している最中に飛行機の墜落事故に遭ったのである。その時の祖父古空斎の嘆きは大きかった。
古空斎は当時既に財を成していたので、自分は現在の家の母屋に住んで、息子の篤雄の家族を離れに住まわせていた。
古空斎は三人の子供をもうけたが、長男憲一を交通事故で亡くし、長女裕子を難病で亡くしていた。だから、篤雄だけが血の繋がった家族であった。
篤雄は前途を期待された優秀な経済学者であったし、夫人の美和子もまた経済学者だった。
偶々フランスのパリで開催される国際学会に参加するために、二人で渡航していた。国際学会終了後、日本に真っ直ぐ帰国すれば問題は起きなかっただろうと思われる。
次のスケジュールをこなすために夫婦でパリからオーストリアのウィーンに向かったのだ。生憎の悪天候により飛行機の墜落事故が起きてしまったのだ。
古空斎は当時すでに連れ合いを亡くしていたので、古愁としても祖母の事は何一つ知らなかった。写真でこれがお前の祖母だと教えられただけだ。写真の祖母は、父の篤雄によく似た人だった。
年老いてから、自分の身内は篤雄夫婦の一粒種であった古愁だけとなった古空斎は、古愁を養子に迎えた。


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埋没の理由 第一章 [小説]

記録的な猛暑と言われた二一五十年の夏、運古愁(筆者注¨読み方は「はこびこしゅう」です。決して、「うんこしゅう」とは読まないで下さい)は、偶然のことから横浜にある自宅の庭の片隅に、古びた箱が埋められているのを見つけた。
その日、古愁は庭掃除をしていたのだが、野良猫が庭を過ぎったので、その猫を追いかけておしおきをしてやろうと思ったのだ。
その際に、庭の石で足を躓いてばったりと倒れたのだが、幸いに頭部に怪我などはなかった。       
古愁は、その時庭の池の手前にある小さな灯籠の下の部分に、かなり大きな空洞があるのを見つけた。
古愁が躓いて倒れた場所は、小さな池の手前で、そこは灯籠があり今まで古愁は何度も灯籠を見ていたのに、そんな空洞があるとは気が付かなかった。
案外、人間というものはある時まで気が付かないでいたり、無視してきたものであっても、時期がくればそれなりの発見をしたり邂逅したりするものかもしれないと古愁はその時思った。
古愁がその空洞を覗いてみると、何か箱のようなものが見えたのだった。古愁は書斎にその古びた木の箱を持ち帰り中身を取り出すことにした。
ところで、少しこの家の設計について説明しておこう。古愁夫妻が現在住んでいる家は、二〇五二年に起きた南関東沖大地震で倒壊した家を、その二年後の二〇五四年に古愁の祖父である古空斎の祖父、虎口斎が立て直したものである。
それを古愁の曾祖父である古偏斎が手直しを加えて、更に祖父であり養父でもある運古空斎(筆者注¨読み方は「はこびこくうさい」です。決して、「うんこくさい」ではありません。どうも運家の一族を紹介すると、妙な名前が多いもので、筆者としましても、うんこくさい、いやうさんくさい奴だと思われているのではないかと心配です)が、リフォームをしたものであり、古愁の代には内部の構造を全く変えたのだ。
この家は虎口斎の好みに従って、風水の考えを取り入れてあった。
風水では、四つの要素を重んじると言われる。それは、龍、穴、砂、水である。山脈のことを風水学では龍脈と呼ぶ。大地の生気が活発であると、それに応じて山脈に高低や起伏が生じるのだそうである。
穴とは「龍穴」のことだ。それは、大地の生気が凝集した地点をいう。砂とは穴地の近辺に存在する丘や小山のことである。つまり、凸地であるのだ。
「龍穴」を中心として、左にあれば青龍、右は白虎、前面なら朱雀、後面ならば玄武という。そして、水は「龍穴」の前の河、池、湖、海などの水のことだ。だから、古来繁栄を誇る都市は臨海地区や河川の近辺であるのは、当然のことなのである。
運虎口斎は、これらの自得した風水の知識を念頭において、百年年以上は保つ家を目指して家の設計を依頼したのだった。ただし、どういうわけか専門の風水師に相談することはしなかったらしい。
虎口斎という人は、大変偏屈な人だったため、風水の知識は尊んだが、風水師を尊敬することはなかった。
だから、虎口斎は風水の知識を自分勝手に解釈して庭を造ったに過ぎない。そんな風だから庭については、建築を請け負った業者といえども、全然口を挟むことが出来なかったという。
ただ、家の設計はしっかりしており、築後百年近い年月を経ていても、頑丈なものでまだ充分に使える。その理由は、外壁などはコンクリートではなく、大きな石を切り出した石材を積極的に用いてあるからだ。
しかし、家の中は虎口斎から古偏斎、古空斎、そして古愁と当主が交代するごとにリフォームしたので、初代当時とはかなり様相が違う。それでも、和風建築にするという信条は固く守られていて、畳の部屋が多いのが特徴である。
例の箱を部屋に持ち帰った古愁は、箱を開いた。箱の中身は油紙にしっかりと包まれていた。油紙には「鶏肋」と書いてあった。古愁はもちろん「鶏肋」の意味は知ってはいたが、中身を確かめないことには明瞭なことは言えなかった。
「何だ、これは。オヤジさんの文字が書かれた紙切れだぞ。それと、これはトランプか。いや、違うな。かるたのようなものだな。それにしても、何でオヤジさんはここにこんなものを埋めたのだろうか」
箱の中身を見た古愁は独り言を呟やいた。古愁の実の祖父であり、養父でもある古空斎のことを古愁は、「オヤジさん」と呼ぶのが常であった。
その呟きのとおりに小さな箱には、祖父の文字が書き付けられた紙切れと何十枚かの「かるた」のようなもの油紙で丁寧に包まれていた。「かるた」のようなものを一枚取りだしてみるとこう書いてあった。
㋖ 危機の前「愛している」を連発し
「何だ、これは。オヤジさんは珍しい品物を蒐集するのが俺の趣味でもあり仕事だと、いつも言っていたな。もっとも、俺もそうなったが。これは、その珍しい品物なんだろうな。おや、ここにもうひとつ小さな本のようなものがあるぞ」
こう呟いて古愁は自分の発見したものが養父の書き物だったことですっかり面白くなって、本来自分が追い回していた野良猫のことなどは忘れていた。
厚かましい顔で塀の上にいた白黒斑のその野良猫は、古愁が家の中に姿を消すと、またぞろ我が物顔で庭を歩き回り、排泄物の処理の砂掛けまでもしていた。
すっかり、日が傾いて暗くなった部屋に明かりを灯すことさえ忘れて、古愁は養父古空斎が書いた本を読みふけっていた。


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狸の和解 十一 和解 [小説]



 こうして最後の一首を読み終わり、それぞれの審査員が一点ずつを投票することになった。審査の経過はここでは省略するが、結果は老狸の勝ちとしたものが四十二票、若者狸の勝ちとしたものが全く同数の四十二票、残りは棄権という意外な結果だった。
 この結果が発表された時は、審査員も一般参加者も驚愕して会場ではざわめきがやまなかったが、罵詈や雑言、ヤジなどは全く飛ばなかった。
これはまさしく希有なことと言わざるをえないが、基本的には狸族はよく躾が行き届いていて礼儀正しいのだと言うことが再確認されたわけだ。
若者が一部跳ね上がっていたのは、なんとなくみんなとは違うぞというデモンストレーションであったのかもしれない。
結論が発表されてからしばらくするとどこからともなく、例の合唱が始まった。
「壊れよ。潰れよ。砕けよ。崩れよ。散れよ。去れよ。滅びよ。滅びよ。滅びよ。そして、立ち上がれ。そして、立ち上がれ」
この大合唱はいつまでも狸大明神の境内に鳴り響き、森の深部にまで届いた。そして、最後には狸亭花鳥が再度凡々和尚とハカセを紹介し、会場は解散することが告げられた。

解散後、ガンジ長老、バン長老、そして それぞれの村の幹部、さらには審査員として参加してくれた山ひとつ向こうの村々の長老と幹部が集合し、話し合いを持つことになった。
議長役は審査員を派遣してくれたA村の長老イチローとC村の長老ジローが務めることになった。
まずはイチローが会議の挨拶をして、イチローとジローが自己紹介をした。もちろん、みんな顔見知りではあるが、改まった席では自己紹介をするのが狸社会の決まり事である。 
そして、おもむろにイチローは口を開いた。
「このたびの狂歌合戦は、奇しくも勝敗が付かず引き分けとなりました。このような結果は、誰も予測をしておりませんでした。狸社会は自由な発言と発想が重んじられます。また、賄賂という習慣もありません。ですから、みんなてんでに勝手に好きなように投票すべきです。だから、一体どちらが勝つのかということには、皆目見当も付かずにいまして、大変関心を持っておりました」
ジローが続ける。
「さて、今回はこのような結果になりましたことを踏まえまして、S村とV村の老狸会と青年団の和解式を執り行いたいと思いますので、賛否の決議を致します」
即座に賛成多数で決議が決まったので、日を改めて和解式が行われることになった。元々、負けた方の青年団が坊主になってそれ以降は全てを水に流して、元の通り仲良く暮らそうという提案で始まった狂歌合戦だったので、引き分けになってほっとしたとうのがほぼ全員の意見でもあった。

以下は、後日行われた和解式の様子であるが、日本人を見ても分かるように、減り張りの利かない挨拶をだらだらと続ける。
日本人の悪いところを見ている日本在住の狸もまた同様であり、そのまま面白くもない挨拶を描写しても無意味なので、いくつかの場面をピックアップしながら、狸達が平和な生活に戻ってゆく様子を見てみたい。
この和解式では、狸の好物の枯れ葉酒が大盤振る舞いされたことは、もちろん言うまでもないことだ。

「凡々和尚。どうも狂歌合戦で鍛えていただきましたことをお礼申し上げます。狂歌か合戦の後で、私達青年団は話し合いました。この狂歌合戦は、元々私達がゲン爺さんやガンジ長老を愚弄したことが発端で、今回の狂歌合戦が始まりました。結果は引き分けということになりましたが、勝ち負けはともかく、今後は私達もご老狸を大切にしていきたいと考え直しました。私達も今は若くても、すぐにゲン爺さんやガンジ長老のようになるのだと、審査員のみなさんの忌憚のない批評で、私達もよく理解できました」
V村の青年団を代表してハカセがそう述べた。
これに対して、凡々和尚は淡々と言うのだった。
「なあに。自分達もいずれは年寄りになると分かればそれでいいのだ。若さがいつまでもあると思うていると大変な目に遭う。もう、君達も十分勉強したと思うから、君達若い者に期待しているぞ。たしかに私ら年寄りは経験に裏打ちされた見方、考え方を持っているが、時としてそれが場合によってはかえって足を引っ張ることもある。昨日の成功体験が明日も有効だとは限らない。また、新しいモノにはなかなか飛びつけない。自分の知っている範囲のことにしか興味がない。つまり、年寄りの冷や水をいやがる。だから、いつまで経っても、摺り切れたレコードみたいに、同じ事ばかりしか言わない。いや、言えないのだ。それで、年寄りが話したことを元にして、時代の要請がどうなのかを見極めて結論を出すのは若い狸達なのだ」
「はあ。これからもよろしくご指導ご鞭撻をお願いします」
「なあに。儂は何も役に立たんが、どこの村にもたくさんの一芸を持った老狸がいる。君達は、それらの老狸から継承すべき一芸を勉強してください。たとえばだ、君達が愚弄したゲン爺さんは鍛冶職人として一流だ。そこのコウ婆さんは裁縫が得意だ。なまじ狸大学に行ったばかりに、口ばかり達者になって一芸を磨かなくなった若狸の多い事よ。まあ、狸大学にも一流から三流以下まであるから、一口には言えないが」
一匹の中年の逞しい体付きの狸が凡々和尚に話しかけた。
「やあ、凡々和尚。今回はお疲れ様でしたな。まあ、一献いかが。おお、ハカセさん達もいたか。ご苦労様でしたね」
「若い狸は羨ましいよ。体力も気力も、まるきりこの年寄りとは違う。経験と判断力なら、まだひけはとらないけれど」
凡々和尚が零して見せた。すると、凡々和尚に話かけていた中年の逞しい狸に、若くて逞しい狸が突然話しかけてきた。
「あのう。あなたは、たしかデンさんですよね。僕は隣村のゲンベといいます。家の親戚から聞いたけれど、デンさんは引っ越し術の名人だとか。今度、僕にも引っ越し術を教えて下さい。僕は、僕の村のみなさんの引っ越しを上手に手伝える狸になりたいのです。想い出が一杯詰まった家を引っ越す狸達に、どんなサポートをすれば、新居で快適に過ごせるのかということを中心に勉強したいのですよ」
「はあ。いいですよ。いつでも。隣村の青年だから、引っ越し術は教えない、などとはい言いませんよ。ただ、現在の掟だとお互いの村に足を踏み入れないことになっているから、それをどうするかだ。お互いにまた昔みたいに行き来するようになればよいが」
その傍らではロンとカンが話している。
「ふむ。カンさんはもう日銭稼ぎをやめて、一芸の修行をしたいと言うのだな。しかし、いささか、カンさんは年を食ってしまったな。まあ、よい。一芸の修行は厳しいぞ。音を上げるなよ。それで、カンさんは何を修行したいのだな。なに。お猿の駕籠屋に弟子入りしたいと」
「はい。ロンさん。よろしくお願いしますよ。もう、日銭稼ぎには疲れました」
さらにその横では、子連れママのミドリが子供と会話していた。
「ほら、マー坊。人間の家にあったスナック菓子の残りもあるわよ。まだ、かなり残っているけれど、これを捨てるなんてもったいないわね。ほら、マー坊、あなたの大好物よ。お食べなさい」
こんな微笑ましい親子の会話を、若い雄狸が割って入った。
この若い狸は、ミドリのことを真剣に愛しているという噂のある狸だ。
「あのう。ミドリさん。考えてくれましたか。僕との生活は」
「タケシさん。ごめんなさいね。私もあなたのことは別に嫌いではないのよ。でもね、私にはこのマー坊がいるしね。こんな子連れのバツイチでは、あなたが苦労するわよ。それに今、私はマン婆様から習っている一芸の裁縫でなんとか社会貢献できているし。あら、そうだわ。手編みの枯れ葉のセーターをあなたに持ってきたのよ。タケシさん。よかったら、着てみて」
「おお。これは、僕にぴったりだ。ミドリさん。僕はきっと立派なマー坊の父親になることを約束するよ。だから、三匹で一緒に暮らそう。狸が一匹で生きていくのは辛いことだが、二匹以上の狸ならなんとか凌げるものだと、僕のお祖母ちゃんがよく言っていたよ」
「タケシさん。あなた、本気で私とマー坊と一緒に暮らしていく覚悟なの。本当にいいのね。こんなバツイチの私でも。本当に嬉しいわ。マー坊。このおじちゃんが、マー坊の新しいパパになる狸よ。ほら、ご挨拶しなさい」
やがて、宴会が最高潮に達した時、ガンジ長老が和解式の締めくくりに余興があると挨拶して、話し始めた。
「本日はS村とV村の老狸会と青年団の和解式に多数の狸にご参加を頂きまして、ありがとうございました。本日は特別ゲストとして、S村唯一の居酒屋『ネボケ』のママさんというよりゴッド・マザーとして有名な『デコちゃん』にお越し頂いています。今日は、和解式を祝して特別に『デコちゃん』が、『お座敷小唄』に合わせて踊りを披露して下さるそうです。みなさん、盛大な拍手でお迎え下さい。それでは、『デコちゃん』、どうぞ」
デコちゃんは、艶やかな衣装に身を包み現れた。人間で言えば、芸者衆のように美しい着物に身を包んでいた。デコちゃんが舞台から聴衆にゆっくりと頭を下げて挨拶をした後で、とても賑やかな演奏が流れた。
「スッチャン、チャカララッチャ。スッチャン、チャカララッチャ」
ハカセは、この歌が流行していた頃はまだ生まれていないが、父親がこの歌が好きで、お酒に酔うと時々歌っていたのでこの歌を全く知らないというわけでもなかった。ただ、お座敷小唄というのは、単に日本人になじみやすい明るいメロディーが特徴というだけの内容のない歌だとハカセは思っていたし、狸族にとっては別に感動するような内容ではないと思っていたのである。
デコちゃんが鮮やかに舞い始めた。
「富士の高嶺に降る雪も、京都先斗町に降る雪も、雪に変わりがないじゃなし、溶けて流れりゃ、みな同じ」
これを生まれて初めて聞いたゴン太はけげんそうに呟いた。
「なんだ、こりゃ。こんな昔の歌は、いったい何が言いたいんだ。雪なんか、どこで降ろうと雪そのものが変わるはずはないという当たり前のことしか言っていないが、こんなんもんで昔は歌が流行ったのかね。でも、どうして富士の高嶺と京都先斗町なんだよ。今なら、ミッドタウンの六本木とかが格好いいと思うけれど。東京は素晴らしい所だよ」
ゴン太の祖父から長老の地位を譲られたバン長老が、落ち着いて特定の誰にということもなく話しかけた。
「いや、これはなかなか奥の深い歌だよ。この歌詞が言っているのは、みんな当たり前のことばかりだ。つまり、当たり前のことを当たり前に受け止めよということさ」
これを横で聞いていたリュウが、頷きながら言う。
「だから、老狸に対するメッセージとしては、年を取れば皺やシミが出来るのは当たり前で、それを嘆いたり不満に思ったりせず、自然なものとして受け止めよ、ということでしょうね。若者に対するメッセージとしては、若いうちは体力、気力、記憶力なんでも十分だけれど、年を取るとそうはいかなくなるぞ、それを自然な変化として受け止めておけ、ということなんでしょう」
ゴン太にはその二匹の狸の会話が理解できなかった。
青年達の傍らで凡々和尚はガンジ長老と感慨深げに話している。
「まったくもって世の中は、『溶けて流れりゃ、みな同じ』ですな。人間も狸も一皮剥けばみんな欲望の塊だし、生きている間はともかく、死んでしまえばみんな灰と骨だけになります。しかし、一皮剥かないで生きているのがこの娑婆の良いところでしょう。みんなが一皮剥いて欲望むき出しで生きていたら、たまりませんよ。この歌は、まさに真理の歌ですな」
「しかし、富士の高嶺に降る雪は、人間や他の動物に踏みつけられずに綺麗なままで溶けますが、先斗町では人間に踏みつけられて泥まみれになって最後には邪魔者扱いにされて、お湯かなんかで強制的に溶かされます。それは大きな違いです」
「そのような違いはあっても、『溶けて流れる』ことには間違いがないんだ、ということがこの歌の力点なんでしょうね」
いきなり、凡々和尚がハカセに呼びかけた。
「ハカセ。こっちに来なさらんか。ガンジ長老とも仲直りされたそうで、愚僧共々語らいあおうではないか」
「はい。すぐにいきます。あっ、長老。今後ともよろしくお願いします。ゴン太も一緒にそちらに行きます」
「どうじゃね、ハカセ。『溶けて流れりゃ、みな同じ』ですぞ。狸、というよりも生き物にはいつかは必ず死が来る。若者もいずれ年寄りになって、死んで灰になる」
「ええ。言われなくても、もう僕達も十分分かりました。『お座敷小唄』というのは、一見ばかばかしい歌ですが、ものすごい真理を歌っていますね。やはり、パンタ・レイですね。万物は流転するんですね。さて、和尚さん。ガンジ長老。それにバン長老もお聞き下さい」
みんな真剣にハカセの話を聞くように、一斉にハカセの方を見た。
「狸社会で昔から言いますよね。『馬鹿な狸は死んだら治る』と。そんな愚かな狸にならないように、僕達S村とV村の青年団は、交互に学習会を開くことにしました。
習得するのは、狸語および外国語、各種動物語、地理。それから、リュウさんは理数系の天才なので、是非ともリュウさんに数学、生物学、統計学などを教えて貰いたいのです。その他にベンジさんにスポーツ関連の理事になってもらい、各種スポーツも勉強します。さらに、職人学校で一芸を習得した若者には各種特典を用意します」
「ははあ。それはよい。学習会の後で合コンや飲み会もあるのだろう。よしよし。私からデコちゃんに話しておくから、『ネボケ』で合コンやら飲み会を開きなさい。うんと、割引するようにいっとくよ。それと、狸一匹につき、泥鰌の酢ものを一杯ただにさせよう。
私も合コンに出て良いかな。若いおなごと話すのは面白い。なに、心配するな。愚僧はもうおなごに手を出すような元気はない。ただ、恋愛の相談事程度なら役にたつぞ」
参加者の誰もがみんな、すっかり体も心もリラックスしていた。
そして、気がつくといつの間にかお座敷小唄の歌も舞も終わっていた。誰からともなく立ち上がり、そして大きなスクラムを組んで歌い始めた。
「壊れよ。潰れよ。砕けよ。崩れよ。散れよ。去れよ。滅びよ。滅びよ。滅びよ。そして、立ち上がれ。そして、立ち上がれ」
狸の大合唱はいつまでもやまず、心底狸社会の再生を願う熱い思いとなって、森に響き渡ったという。

人が、真夜中に我執を去ってこれからの行く末を静かに考えていると、その人の耳になんとなく届いてくる音があって、それこそがあの狸達の連綿と続く「滅びよ、立ち上がれ」の大合唱だというまことしやかな説があるとかないとか。

終わり






十一 和解

 こうして最後の一首を読み終わり、それぞれの審査員が一点ずつを投票することになった。審査の経過はここでは省略するが、結果は老狸の勝ちとしたものが四十二票、若者狸の勝ちとしたものが全く同数の四十二票、残りは棄権という意外な結果だった。
 この結果が発表された時は、審査員も一般参加者も驚愕して会場ではざわめきがやまなかったが、罵詈や雑言、ヤジなどは全く飛ばなかった。
これはまさしく希有なことと言わざるをえないが、基本的には狸族はよく躾が行き届いていて礼儀正しいのだと言うことが再確認されたわけだ。
若者が一部跳ね上がっていたのは、なんとなくみんなとは違うぞというデモンストレーションであったのかもしれない。
結論が発表されてからしばらくするとどこからともなく、例の合唱が始まった。
「壊れよ。潰れよ。砕けよ。崩れよ。散れよ。去れよ。滅びよ。滅びよ。滅びよ。そして、立ち上がれ。そして、立ち上がれ」
この大合唱はいつまでも狸大明神の境内に鳴り響き、森の深部にまで届いた。そして、最後には狸亭花鳥が再度凡々和尚とハカセを紹介し、会場は解散することが告げられた。

解散後、ガンジ長老、バン長老、そして それぞれの村の幹部、さらには審査員として参加してくれた山ひとつ向こうの村々の長老と幹部が集合し、話し合いを持つことになった。
議長役は審査員を派遣してくれたA村の長老イチローとC村の長老ジローが務めることになった。
まずはイチローが会議の挨拶をして、イチローとジローが自己紹介をした。もちろん、みんな顔見知りではあるが、改まった席では自己紹介をするのが狸社会の決まり事である。 
そして、おもむろにイチローは口を開いた。
「このたびの狂歌合戦は、奇しくも勝敗が付かず引き分けとなりました。このような結果は、誰も予測をしておりませんでした。狸社会は自由な発言と発想が重んじられます。また、賄賂という習慣もありません。ですから、みんなてんでに勝手に好きなように投票すべきです。だから、一体どちらが勝つのかということには、皆目見当も付かずにいまして、大変関心を持っておりました」
ジローが続ける。
「さて、今回はこのような結果になりましたことを踏まえまして、S村とV村の老狸会と青年団の和解式を執り行いたいと思いますので、賛否の決議を致します」
即座に賛成多数で決議が決まったので、日を改めて和解式が行われることになった。元々、負けた方の青年団が坊主になってそれ以降は全てを水に流して、元の通り仲良く暮らそうという提案で始まった狂歌合戦だったので、引き分けになってほっとしたとうのがほぼ全員の意見でもあった。

以下は、後日行われた和解式の様子であるが、日本人を見ても分かるように、減り張りの利かない挨拶をだらだらと続ける。
日本人の悪いところを見ている日本在住の狸もまた同様であり、そのまま面白くもない挨拶を描写しても無意味なので、いくつかの場面をピックアップしながら、狸達が平和な生活に戻ってゆく様子を見てみたい。
この和解式では、狸の好物の枯れ葉酒が大盤振る舞いされたことは、もちろん言うまでもないことだ。

「凡々和尚。どうも狂歌合戦で鍛えていただきましたことをお礼申し上げます。狂歌か合戦の後で、私達青年団は話し合いました。この狂歌合戦は、元々私達がゲン爺さんやガンジ長老を愚弄したことが発端で、今回の狂歌合戦が始まりました。結果は引き分けということになりましたが、勝ち負けはともかく、今後は私達もご老狸を大切にしていきたいと考え直しました。私達も今は若くても、すぐにゲン爺さんやガンジ長老のようになるのだと、審査員のみなさんの忌憚のない批評で、私達もよく理解できました」
V村の青年団を代表してハカセがそう述べた。
これに対して、凡々和尚は淡々と言うのだった。
「なあに。自分達もいずれは年寄りになると分かればそれでいいのだ。若さがいつまでもあると思うていると大変な目に遭う。もう、君達も十分勉強したと思うから、君達若い者に期待しているぞ。たしかに私ら年寄りは経験に裏打ちされた見方、考え方を持っているが、時としてそれが場合によってはかえって足を引っ張ることもある。昨日の成功体験が明日も有効だとは限らない。また、新しいモノにはなかなか飛びつけない。自分の知っている範囲のことにしか興味がない。つまり、年寄りの冷や水をいやがる。だから、いつまで経っても、摺り切れたレコードみたいに、同じ事ばかりしか言わない。いや、言えないのだ。それで、年寄りが話したことを元にして、時代の要請がどうなのかを見極めて結論を出すのは若い狸達なのだ」
「はあ。これからもよろしくご指導ご鞭撻をお願いします」
「なあに。儂は何も役に立たんが、どこの村にもたくさんの一芸を持った老狸がいる。君達は、それらの老狸から継承すべき一芸を勉強してください。たとえばだ、君達が愚弄したゲン爺さんは鍛冶職人として一流だ。そこのコウ婆さんは裁縫が得意だ。なまじ狸大学に行ったばかりに、口ばかり達者になって一芸を磨かなくなった若狸の多い事よ。まあ、狸大学にも一流から三流以下まであるから、一口には言えないが」
一匹の中年の逞しい体付きの狸が凡々和尚に話しかけた。
「やあ、凡々和尚。今回はお疲れ様でしたな。まあ、一献いかが。おお、ハカセさん達もいたか。ご苦労様でしたね」
「若い狸は羨ましいよ。体力も気力も、まるきりこの年寄りとは違う。経験と判断力なら、まだひけはとらないけれど」
凡々和尚が零して見せた。すると、凡々和尚に話かけていた中年の逞しい狸に、若くて逞しい狸が突然話しかけてきた。
「あのう。あなたは、たしかデンさんですよね。僕は隣村のゲンベといいます。家の親戚から聞いたけれど、デンさんは引っ越し術の名人だとか。今度、僕にも引っ越し術を教えて下さい。僕は、僕の村のみなさんの引っ越しを上手に手伝える狸になりたいのです。想い出が一杯詰まった家を引っ越す狸達に、どんなサポートをすれば、新居で快適に過ごせるのかということを中心に勉強したいのですよ」
「はあ。いいですよ。いつでも。隣村の青年だから、引っ越し術は教えない、などとはい言いませんよ。ただ、現在の掟だとお互いの村に足を踏み入れないことになっているから、それをどうするかだ。お互いにまた昔みたいに行き来するようになればよいが」
その傍らではロンとカンが話している。
「ふむ。カンさんはもう日銭稼ぎをやめて、一芸の修行をしたいと言うのだな。しかし、いささか、カンさんは年を食ってしまったな。まあ、よい。一芸の修行は厳しいぞ。音を上げるなよ。それで、カンさんは何を修行したいのだな。なに。お猿の駕籠屋に弟子入りしたいと」
「はい。ロンさん。よろしくお願いしますよ。もう、日銭稼ぎには疲れました」
さらにその横では、子連れママのミドリが子供と会話していた。
「ほら、マー坊。人間の家にあったスナック菓子の残りもあるわよ。まだ、かなり残っているけれど、これを捨てるなんてもったいないわね。ほら、マー坊、あなたの大好物よ。お食べなさい」
こんな微笑ましい親子の会話を、若い雄狸が割って入った。
この若い狸は、ミドリのことを真剣に愛しているという噂のある狸だ。
「あのう。ミドリさん。考えてくれましたか。僕との生活は」
「タケシさん。ごめんなさいね。私もあなたのことは別に嫌いではないのよ。でもね、私にはこのマー坊がいるしね。こんな子連れのバツイチでは、あなたが苦労するわよ。それに今、私はマン婆様から習っている一芸の裁縫でなんとか社会貢献できているし。あら、そうだわ。手編みの枯れ葉のセーターをあなたに持ってきたのよ。タケシさん。よかったら、着てみて」
「おお。これは、僕にぴったりだ。ミドリさん。僕はきっと立派なマー坊の父親になることを約束するよ。だから、三匹で一緒に暮らそう。狸が一匹で生きていくのは辛いことだが、二匹以上の狸ならなんとか凌げるものだと、僕のお祖母ちゃんがよく言っていたよ」
「タケシさん。あなた、本気で私とマー坊と一緒に暮らしていく覚悟なの。本当にいいのね。こんなバツイチの私でも。本当に嬉しいわ。マー坊。このおじちゃんが、マー坊の新しいパパになる狸よ。ほら、ご挨拶しなさい」
やがて、宴会が最高潮に達した時、ガンジ長老が和解式の締めくくりに余興があると挨拶して、話し始めた。
「本日はS村とV村の老狸会と青年団の和解式に多数の狸にご参加を頂きまして、ありがとうございました。本日は特別ゲストとして、S村唯一の居酒屋『ネボケ』のママさんというよりゴッド・マザーとして有名な『デコちゃん』にお越し頂いています。今日は、和解式を祝して特別に『デコちゃん』が、『お座敷小唄』に合わせて踊りを披露して下さるそうです。みなさん、盛大な拍手でお迎え下さい。それでは、『デコちゃん』、どうぞ」
デコちゃんは、艶やかな衣装に身を包み現れた。人間で言えば、芸者衆のように美しい着物に身を包んでいた。デコちゃんが舞台から聴衆にゆっくりと頭を下げて挨拶をした後で、とても賑やかな演奏が流れた。
「スッチャン、チャカララッチャ。スッチャン、チャカララッチャ」
ハカセは、この歌が流行していた頃はまだ生まれていないが、父親がこの歌が好きで、お酒に酔うと時々歌っていたのでこの歌を全く知らないというわけでもなかった。ただ、お座敷小唄というのは、単に日本人になじみやすい明るいメロディーが特徴というだけの内容のない歌だとハカセは思っていたし、狸族にとっては別に感動するような内容ではないと思っていたのである。
デコちゃんが鮮やかに舞い始めた。
「富士の高嶺に降る雪も、京都先斗町に降る雪も、雪に変わりがないじゃなし、溶けて流れりゃ、みな同じ」
これを生まれて初めて聞いたゴン太はけげんそうに呟いた。
「なんだ、こりゃ。こんな昔の歌は、いったい何が言いたいんだ。雪なんか、どこで降ろうと雪そのものが変わるはずはないという当たり前のことしか言っていないが、こんなんもんで昔は歌が流行ったのかね。でも、どうして富士の高嶺と京都先斗町なんだよ。今なら、ミッドタウンの六本木とかが格好いいと思うけれど。東京は素晴らしい所だよ」
ゴン太の祖父から長老の地位を譲られたバン長老が、落ち着いて特定の誰にということもなく話しかけた。
「いや、これはなかなか奥の深い歌だよ。この歌詞が言っているのは、みんな当たり前のことばかりだ。つまり、当たり前のことを当たり前に受け止めよということさ」
これを横で聞いていたリュウが、頷きながら言う。
「だから、老狸に対するメッセージとしては、年を取れば皺やシミが出来るのは当たり前で、それを嘆いたり不満に思ったりせず、自然なものとして受け止めよ、ということでしょうね。若者に対するメッセージとしては、若いうちは体力、気力、記憶力なんでも十分だけれど、年を取るとそうはいかなくなるぞ、それを自然な変化として受け止めておけ、ということなんでしょう」
ゴン太にはその二匹の狸の会話が理解できなかった。
青年達の傍らで凡々和尚はガンジ長老と感慨深げに話している。
「まったくもって世の中は、『溶けて流れりゃ、みな同じ』ですな。人間も狸も一皮剥けばみんな欲望の塊だし、生きている間はともかく、死んでしまえばみんな灰と骨だけになります。しかし、一皮剥かないで生きているのがこの娑婆の良いところでしょう。みんなが一皮剥いて欲望むき出しで生きていたら、たまりませんよ。この歌は、まさに真理の歌ですな」
「しかし、富士の高嶺に降る雪は、人間や他の動物に踏みつけられずに綺麗なままで溶けますが、先斗町では人間に踏みつけられて泥まみれになって最後には邪魔者扱いにされて、お湯かなんかで強制的に溶かされます。それは大きな違いです」
「そのような違いはあっても、『溶けて流れる』ことには間違いがないんだ、ということがこの歌の力点なんでしょうね」
いきなり、凡々和尚がハカセに呼びかけた。
「ハカセ。こっちに来なさらんか。ガンジ長老とも仲直りされたそうで、愚僧共々語らいあおうではないか」
「はい。すぐにいきます。あっ、長老。今後ともよろしくお願いします。ゴン太も一緒にそちらに行きます」
「どうじゃね、ハカセ。『溶けて流れりゃ、みな同じ』ですぞ。狸、というよりも生き物にはいつかは必ず死が来る。若者もいずれ年寄りになって、死んで灰になる」
「ええ。言われなくても、もう僕達も十分分かりました。『お座敷小唄』というのは、一見ばかばかしい歌ですが、ものすごい真理を歌っていますね。やはり、パンタ・レイですね。万物は流転するんですね。さて、和尚さん。ガンジ長老。それにバン長老もお聞き下さい」
みんな真剣にハカセの話を聞くように、一斉にハカセの方を見た。
「狸社会で昔から言いますよね。『馬鹿な狸は死んだら治る』と。そんな愚かな狸にならないように、僕達S村とV村の青年団は、交互に学習会を開くことにしました。
習得するのは、狸語および外国語、各種動物語、地理。それから、リュウさんは理数系の天才なので、是非ともリュウさんに数学、生物学、統計学などを教えて貰いたいのです。その他にベンジさんにスポーツ関連の理事になってもらい、各種スポーツも勉強します。さらに、職人学校で一芸を習得した若者には各種特典を用意します」
「ははあ。それはよい。学習会の後で合コンや飲み会もあるのだろう。よしよし。私からデコちゃんに話しておくから、『ネボケ』で合コンやら飲み会を開きなさい。うんと、割引するようにいっとくよ。それと、狸一匹につき、泥鰌の酢ものを一杯ただにさせよう。
私も合コンに出て良いかな。若いおなごと話すのは面白い。なに、心配するな。愚僧はもうおなごに手を出すような元気はない。ただ、恋愛の相談事程度なら役にたつぞ」
参加者の誰もがみんな、すっかり体も心もリラックスしていた。
そして、気がつくといつの間にかお座敷小唄の歌も舞も終わっていた。誰からともなく立ち上がり、そして大きなスクラムを組んで歌い始めた。
「壊れよ。潰れよ。砕けよ。崩れよ。散れよ。去れよ。滅びよ。滅びよ。滅びよ。そして、立ち上がれ。そして、立ち上がれ」
狸の大合唱はいつまでもやまず、心底狸社会の再生を願う熱い思いとなって、森に響き渡ったという。

人が、真夜中に我執を去ってこれからの行く末を静かに考えていると、その人の耳になんとなく届いてくる音があって、それこそがあの狸達の連綿と続く「滅びよ、立ち上がれ」の大合唱だというまことしやかな説があるとかないとか。

終わり













十一 和解

 こうして最後の一首を読み終わり、それぞれの審査員が一点ずつを投票することになった。審査の経過はここでは省略するが、結果は老狸の勝ちとしたものが四十二票、若者狸の勝ちとしたものが全く同数の四十二票、残りは棄権という意外な結果だった。
 この結果が発表された時は、審査員も一般参加者も驚愕して会場ではざわめきがやまなかったが、罵詈や雑言、ヤジなどは全く飛ばなかった。
これはまさしく希有なことと言わざるをえないが、基本的には狸族はよく躾が行き届いていて礼儀正しいのだと言うことが再確認されたわけだ。
若者が一部跳ね上がっていたのは、なんとなくみんなとは違うぞというデモンストレーションであったのかもしれない。
結論が発表されてからしばらくするとどこからともなく、例の合唱が始まった。
「壊れよ。潰れよ。砕けよ。崩れよ。散れよ。去れよ。滅びよ。滅びよ。滅びよ。そして、立ち上がれ。そして、立ち上がれ」
この大合唱はいつまでも狸大明神の境内に鳴り響き、森の深部にまで届いた。そして、最後には狸亭花鳥が再度凡々和尚とハカセを紹介し、会場は解散することが告げられた。

解散後、ガンジ長老、バン長老、そして それぞれの村の幹部、さらには審査員として参加してくれた山ひとつ向こうの村々の長老と幹部が集合し、話し合いを持つことになった。
議長役は審査員を派遣してくれたA村の長老イチローとC村の長老ジローが務めることになった。
まずはイチローが会議の挨拶をして、イチローとジローが自己紹介をした。もちろん、みんな顔見知りではあるが、改まった席では自己紹介をするのが狸社会の決まり事である。 
そして、おもむろにイチローは口を開いた。
「このたびの狂歌合戦は、奇しくも勝敗が付かず引き分けとなりました。このような結果は、誰も予測をしておりませんでした。狸社会は自由な発言と発想が重んじられます。また、賄賂という習慣もありません。ですから、みんなてんでに勝手に好きなように投票すべきです。だから、一体どちらが勝つのかということには、皆目見当も付かずにいまして、大変関心を持っておりました」
ジローが続ける。
「さて、今回はこのような結果になりましたことを踏まえまして、S村とV村の老狸会と青年団の和解式を執り行いたいと思いますので、賛否の決議を致します」
即座に賛成多数で決議が決まったので、日を改めて和解式が行われることになった。元々、負けた方の青年団が坊主になってそれ以降は全てを水に流して、元の通り仲良く暮らそうという提案で始まった狂歌合戦だったので、引き分けになってほっとしたとうのがほぼ全員の意見でもあった。

以下は、後日行われた和解式の様子であるが、日本人を見ても分かるように、減り張りの利かない挨拶をだらだらと続ける。
日本人の悪いところを見ている日本在住の狸もまた同様であり、そのまま面白くもない挨拶を描写しても無意味なので、いくつかの場面をピックアップしながら、狸達が平和な生活に戻ってゆく様子を見てみたい。
この和解式では、狸の好物の枯れ葉酒が大盤振る舞いされたことは、もちろん言うまでもないことだ。

「凡々和尚。どうも狂歌合戦で鍛えていただきましたことをお礼申し上げます。狂歌か合戦の後で、私達青年団は話し合いました。この狂歌合戦は、元々私達がゲン爺さんやガンジ長老を愚弄したことが発端で、今回の狂歌合戦が始まりました。結果は引き分けということになりましたが、勝ち負けはともかく、今後は私達もご老狸を大切にしていきたいと考え直しました。私達も今は若くても、すぐにゲン爺さんやガンジ長老のようになるのだと、審査員のみなさんの忌憚のない批評で、私達もよく理解できました」
V村の青年団を代表してハカセがそう述べた。
これに対して、凡々和尚は淡々と言うのだった。
「なあに。自分達もいずれは年寄りになると分かればそれでいいのだ。若さがいつまでもあると思うていると大変な目に遭う。もう、君達も十分勉強したと思うから、君達若い者に期待しているぞ。たしかに私ら年寄りは経験に裏打ちされた見方、考え方を持っているが、時としてそれが場合によってはかえって足を引っ張ることもある。昨日の成功体験が明日も有効だとは限らない。また、新しいモノにはなかなか飛びつけない。自分の知っている範囲のことにしか興味がない。つまり、年寄りの冷や水をいやがる。だから、いつまで経っても、摺り切れたレコードみたいに、同じ事ばかりしか言わない。いや、言えないのだ。それで、年寄りが話したことを元にして、時代の要請がどうなのかを見極めて結論を出すのは若い狸達なのだ」
「はあ。これからもよろしくご指導ご鞭撻をお願いします」
「なあに。儂は何も役に立たんが、どこの村にもたくさんの一芸を持った老狸がいる。君達は、それらの老狸から継承すべき一芸を勉強してください。たとえばだ、君達が愚弄したゲン爺さんは鍛冶職人として一流だ。そこのコウ婆さんは裁縫が得意だ。なまじ狸大学に行ったばかりに、口ばかり達者になって一芸を磨かなくなった若狸の多い事よ。まあ、狸大学にも一流から三流以下まであるから、一口には言えないが」
一匹の中年の逞しい体付きの狸が凡々和尚に話しかけた。
「やあ、凡々和尚。今回はお疲れ様でしたな。まあ、一献いかが。おお、ハカセさん達もいたか。ご苦労様でしたね」
「若い狸は羨ましいよ。体力も気力も、まるきりこの年寄りとは違う。経験と判断力なら、まだひけはとらないけれど」
凡々和尚が零して見せた。すると、凡々和尚に話かけていた中年の逞しい狸に、若くて逞しい狸が突然話しかけてきた。
「あのう。あなたは、たしかデンさんですよね。僕は隣村のゲンベといいます。家の親戚から聞いたけれど、デンさんは引っ越し術の名人だとか。今度、僕にも引っ越し術を教えて下さい。僕は、僕の村のみなさんの引っ越しを上手に手伝える狸になりたいのです。想い出が一杯詰まった家を引っ越す狸達に、どんなサポートをすれば、新居で快適に過ごせるのかということを中心に勉強したいのですよ」
「はあ。いいですよ。いつでも。隣村の青年だから、引っ越し術は教えない、などとはい言いませんよ。ただ、現在の掟だとお互いの村に足を踏み入れないことになっているから、それをどうするかだ。お互いにまた昔みたいに行き来するようになればよいが」
その傍らではロンとカンが話している。
「ふむ。カンさんはもう日銭稼ぎをやめて、一芸の修行をしたいと言うのだな。しかし、いささか、カンさんは年を食ってしまったな。まあ、よい。一芸の修行は厳しいぞ。音を上げるなよ。それで、カンさんは何を修行したいのだな。なに。お猿の駕籠屋に弟子入りしたいと」
「はい。ロンさん。よろしくお願いしますよ。もう、日銭稼ぎには疲れました」
さらにその横では、子連れママのミドリが子供と会話していた。
「ほら、マー坊。人間の家にあったスナック菓子の残りもあるわよ。まだ、かなり残っているけれど、これを捨てるなんてもったいないわね。ほら、マー坊、あなたの大好物よ。お食べなさい」
こんな微笑ましい親子の会話を、若い雄狸が割って入った。
この若い狸は、ミドリのことを真剣に愛しているという噂のある狸だ。
「あのう。ミドリさん。考えてくれましたか。僕との生活は」
「タケシさん。ごめんなさいね。私もあなたのことは別に嫌いではないのよ。でもね、私にはこのマー坊がいるしね。こんな子連れのバツイチでは、あなたが苦労するわよ。それに今、私はマン婆様から習っている一芸の裁縫でなんとか社会貢献できているし。あら、そうだわ。手編みの枯れ葉のセーターをあなたに持ってきたのよ。タケシさん。よかったら、着てみて」
「おお。これは、僕にぴったりだ。ミドリさん。僕はきっと立派なマー坊の父親になることを約束するよ。だから、三匹で一緒に暮らそう。狸が一匹で生きていくのは辛いことだが、二匹以上の狸ならなんとか凌げるものだと、僕のお祖母ちゃんがよく言っていたよ」
「タケシさん。あなた、本気で私とマー坊と一緒に暮らしていく覚悟なの。本当にいいのね。こんなバツイチの私でも。本当に嬉しいわ。マー坊。このおじちゃんが、マー坊の新しいパパになる狸よ。ほら、ご挨拶しなさい」
やがて、宴会が最高潮に達した時、ガンジ長老が和解式の締めくくりに余興があると挨拶して、話し始めた。
「本日はS村とV村の老狸会と青年団の和解式に多数の狸にご参加を頂きまして、ありがとうございました。本日は特別ゲストとして、S村唯一の居酒屋『ネボケ』のママさんというよりゴッド・マザーとして有名な『デコちゃん』にお越し頂いています。今日は、和解式を祝して特別に『デコちゃん』が、『お座敷小唄』に合わせて踊りを披露して下さるそうです。みなさん、盛大な拍手でお迎え下さい。それでは、『デコちゃん』、どうぞ」
デコちゃんは、艶やかな衣装に身を包み現れた。人間で言えば、芸者衆のように美しい着物に身を包んでいた。デコちゃんが舞台から聴衆にゆっくりと頭を下げて挨拶をした後で、とても賑やかな演奏が流れた。
「スッチャン、チャカララッチャ。スッチャン、チャカララッチャ」
ハカセは、この歌が流行していた頃はまだ生まれていないが、父親がこの歌が好きで、お酒に酔うと時々歌っていたのでこの歌を全く知らないというわけでもなかった。ただ、お座敷小唄というのは、単に日本人になじみやすい明るいメロディーが特徴というだけの内容のない歌だとハカセは思っていたし、狸族にとっては別に感動するような内容ではないと思っていたのである。
デコちゃんが鮮やかに舞い始めた。
「富士の高嶺に降る雪も、京都先斗町に降る雪も、雪に変わりがないじゃなし、溶けて流れりゃ、みな同じ」
これを生まれて初めて聞いたゴン太はけげんそうに呟いた。
「なんだ、こりゃ。こんな昔の歌は、いったい何が言いたいんだ。雪なんか、どこで降ろうと雪そのものが変わるはずはないという当たり前のことしか言っていないが、こんなんもんで昔は歌が流行ったのかね。でも、どうして富士の高嶺と京都先斗町なんだよ。今なら、ミッドタウンの六本木とかが格好いいと思うけれど。東京は素晴らしい所だよ」
ゴン太の祖父から長老の地位を譲られたバン長老が、落ち着いて特定の誰にということもなく話しかけた。
「いや、これはなかなか奥の深い歌だよ。この歌詞が言っているのは、みんな当たり前のことばかりだ。つまり、当たり前のことを当たり前に受け止めよということさ」
これを横で聞いていたリュウが、頷きながら言う。
「だから、老狸に対するメッセージとしては、年を取れば皺やシミが出来るのは当たり前で、それを嘆いたり不満に思ったりせず、自然なものとして受け止めよ、ということでしょうね。若者に対するメッセージとしては、若いうちは体力、気力、記憶力なんでも十分だけれど、年を取るとそうはいかなくなるぞ、それを自然な変化として受け止めておけ、ということなんでしょう」
ゴン太にはその二匹の狸の会話が理解できなかった。
青年達の傍らで凡々和尚はガンジ長老と感慨深げに話している。
「まったくもって世の中は、『溶けて流れりゃ、みな同じ』ですな。人間も狸も一皮剥けばみんな欲望の塊だし、生きている間はともかく、死んでしまえばみんな灰と骨だけになります。しかし、一皮剥かないで生きているのがこの娑婆の良いところでしょう。みんなが一皮剥いて欲望むき出しで生きていたら、たまりませんよ。この歌は、まさに真理の歌ですな」
「しかし、富士の高嶺に降る雪は、人間や他の動物に踏みつけられずに綺麗なままで溶けますが、先斗町では人間に踏みつけられて泥まみれになって最後には邪魔者扱いにされて、お湯かなんかで強制的に溶かされます。それは大きな違いです」
「そのような違いはあっても、『溶けて流れる』ことには間違いがないんだ、ということがこの歌の力点なんでしょうね」
いきなり、凡々和尚がハカセに呼びかけた。
「ハカセ。こっちに来なさらんか。ガンジ長老とも仲直りされたそうで、愚僧共々語らいあおうではないか」
「はい。すぐにいきます。あっ、長老。今後ともよろしくお願いします。ゴン太も一緒にそちらに行きます」
「どうじゃね、ハカセ。『溶けて流れりゃ、みな同じ』ですぞ。狸、というよりも生き物にはいつかは必ず死が来る。若者もいずれ年寄りになって、死んで灰になる」
「ええ。言われなくても、もう僕達も十分分かりました。『お座敷小唄』というのは、一見ばかばかしい歌ですが、ものすごい真理を歌っていますね。やはり、パンタ・レイですね。万物は流転するんですね。さて、和尚さん。ガンジ長老。それにバン長老もお聞き下さい」
みんな真剣にハカセの話を聞くように、一斉にハカセの方を見た。
「狸社会で昔から言いますよね。『馬鹿な狸は死んだら治る』と。そんな愚かな狸にならないように、僕達S村とV村の青年団は、交互に学習会を開くことにしました。
習得するのは、狸語および外国語、各種動物語、地理。それから、リュウさんは理数系の天才なので、是非ともリュウさんに数学、生物学、統計学などを教えて貰いたいのです。その他にベンジさんにスポーツ関連の理事になってもらい、各種スポーツも勉強します。さらに、職人学校で一芸を習得した若者には各種特典を用意します」
「ははあ。それはよい。学習会の後で合コンや飲み会もあるのだろう。よしよし。私からデコちゃんに話しておくから、『ネボケ』で合コンやら飲み会を開きなさい。うんと、割引するようにいっとくよ。それと、狸一匹につき、泥鰌の酢ものを一杯ただにさせよう。
私も合コンに出て良いかな。若いおなごと話すのは面白い。なに、心配するな。愚僧はもうおなごに手を出すような元気はない。ただ、恋愛の相談事程度なら役にたつぞ」
参加者の誰もがみんな、すっかり体も心もリラックスしていた。
そして、気がつくといつの間にかお座敷小唄の歌も舞も終わっていた。誰からともなく立ち上がり、そして大きなスクラムを組んで歌い始めた。
「壊れよ。潰れよ。砕けよ。崩れよ。散れよ。去れよ。滅びよ。滅びよ。滅びよ。そして、立ち上がれ。そして、立ち上がれ」
狸の大合唱はいつまでもやまず、心底狸社会の再生を願う熱い思いとなって、森に響き渡ったという。

人が、真夜中に我執を去ってこれからの行く末を静かに考えていると、その人の耳になんとなく届いてくる音があって、それこそがあの狸達の連綿と続く「滅びよ、立ち上がれ」の大合唱だというまことしやかな説があるとかないとか。

終わり














十一 和解

 こうして最後の一首を読み終わり、それぞれの審査員が一点ずつを投票することになった。審査の経過はここでは省略するが、結果は老狸の勝ちとしたものが四十二票、若者狸の勝ちとしたものが全く同数の四十二票、残りは棄権という意外な結果だった。
 この結果が発表された時は、審査員も一般参加者も驚愕して会場ではざわめきがやまなかったが、罵詈や雑言、ヤジなどは全く飛ばなかった。
これはまさしく希有なことと言わざるをえないが、基本的には狸族はよく躾が行き届いていて礼儀正しいのだと言うことが再確認されたわけだ。
若者が一部跳ね上がっていたのは、なんとなくみんなとは違うぞというデモンストレーションであったのかもしれない。
結論が発表されてからしばらくするとどこからともなく、例の合唱が始まった。
「壊れよ。潰れよ。砕けよ。崩れよ。散れよ。去れよ。滅びよ。滅びよ。滅びよ。そして、立ち上がれ。そして、立ち上がれ」
この大合唱はいつまでも狸大明神の境内に鳴り響き、森の深部にまで届いた。そして、最後には狸亭花鳥が再度凡々和尚とハカセを紹介し、会場は解散することが告げられた。

解散後、ガンジ長老、バン長老、そして それぞれの村の幹部、さらには審査員として参加してくれた山ひとつ向こうの村々の長老と幹部が集合し、話し合いを持つことになった。
議長役は審査員を派遣してくれたA村の長老イチローとC村の長老ジローが務めることになった。
まずはイチローが会議の挨拶をして、イチローとジローが自己紹介をした。もちろん、みんな顔見知りではあるが、改まった席では自己紹介をするのが狸社会の決まり事である。 
そして、おもむろにイチローは口を開いた。
「このたびの狂歌合戦は、奇しくも勝敗が付かず引き分けとなりました。このような結果は、誰も予測をしておりませんでした。狸社会は自由な発言と発想が重んじられます。また、賄賂という習慣もありません。ですから、みんなてんでに勝手に好きなように投票すべきです。だから、一体どちらが勝つのかということには、皆目見当も付かずにいまして、大変関心を持っておりました」
ジローが続ける。
「さて、今回はこのような結果になりましたことを踏まえまして、S村とV村の老狸会と青年団の和解式を執り行いたいと思いますので、賛否の決議を致します」
即座に賛成多数で決議が決まったので、日を改めて和解式が行われることになった。元々、負けた方の青年団が坊主になってそれ以降は全てを水に流して、元の通り仲良く暮らそうという提案で始まった狂歌合戦だったので、引き分けになってほっとしたとうのがほぼ全員の意見でもあった。

以下は、後日行われた和解式の様子であるが、日本人を見ても分かるように、減り張りの利かない挨拶をだらだらと続ける。
日本人の悪いところを見ている日本在住の狸もまた同様であり、そのまま面白くもない挨拶を描写しても無意味なので、いくつかの場面をピックアップしながら、狸達が平和な生活に戻ってゆく様子を見てみたい。
この和解式では、狸の好物の枯れ葉酒が大盤振る舞いされたことは、もちろん言うまでもないことだ。

「凡々和尚。どうも狂歌合戦で鍛えていただきましたことをお礼申し上げます。狂歌か合戦の後で、私達青年団は話し合いました。この狂歌合戦は、元々私達がゲン爺さんやガンジ長老を愚弄したことが発端で、今回の狂歌合戦が始まりました。結果は引き分けということになりましたが、勝ち負けはともかく、今後は私達もご老狸を大切にしていきたいと考え直しました。私達も今は若くても、すぐにゲン爺さんやガンジ長老のようになるのだと、審査員のみなさんの忌憚のない批評で、私達もよく理解できました」
V村の青年団を代表してハカセがそう述べた。
これに対して、凡々和尚は淡々と言うのだった。
「なあに。自分達もいずれは年寄りになると分かればそれでいいのだ。若さがいつまでもあると思うていると大変な目に遭う。もう、君達も十分勉強したと思うから、君達若い者に期待しているぞ。たしかに私ら年寄りは経験に裏打ちされた見方、考え方を持っているが、時としてそれが場合によってはかえって足を引っ張ることもある。昨日の成功体験が明日も有効だとは限らない。また、新しいモノにはなかなか飛びつけない。自分の知っている範囲のことにしか興味がない。つまり、年寄りの冷や水をいやがる。だから、いつまで経っても、摺り切れたレコードみたいに、同じ事ばかりしか言わない。いや、言えないのだ。それで、年寄りが話したことを元にして、時代の要請がどうなのかを見極めて結論を出すのは若い狸達なのだ」
「はあ。これからもよろしくご指導ご鞭撻をお願いします」
「なあに。儂は何も役に立たんが、どこの村にもたくさんの一芸を持った老狸がいる。君達は、それらの老狸から継承すべき一芸を勉強してください。たとえばだ、君達が愚弄したゲン爺さんは鍛冶職人として一流だ。そこのコウ婆さんは裁縫が得意だ。なまじ狸大学に行ったばかりに、口ばかり達者になって一芸を磨かなくなった若狸の多い事よ。まあ、狸大学にも一流から三流以下まであるから、一口には言えないが」
一匹の中年の逞しい体付きの狸が凡々和尚に話しかけた。
「やあ、凡々和尚。今回はお疲れ様でしたな。まあ、一献いかが。おお、ハカセさん達もいたか。ご苦労様でしたね」
「若い狸は羨ましいよ。体力も気力も、まるきりこの年寄りとは違う。経験と判断力なら、まだひけはとらないけれど」
凡々和尚が零して見せた。すると、凡々和尚に話かけていた中年の逞しい狸に、若くて逞しい狸が突然話しかけてきた。
「あのう。あなたは、たしかデンさんですよね。僕は隣村のゲンベといいます。家の親戚から聞いたけれど、デンさんは引っ越し術の名人だとか。今度、僕にも引っ越し術を教えて下さい。僕は、僕の村のみなさんの引っ越しを上手に手伝える狸になりたいのです。想い出が一杯詰まった家を引っ越す狸達に、どんなサポートをすれば、新居で快適に過ごせるのかということを中心に勉強したいのですよ」
「はあ。いいですよ。いつでも。隣村の青年だから、引っ越し術は教えない、などとはい言いませんよ。ただ、現在の掟だとお互いの村に足を踏み入れないことになっているから、それをどうするかだ。お互いにまた昔みたいに行き来するようになればよいが」
その傍らではロンとカンが話している。
「ふむ。カンさんはもう日銭稼ぎをやめて、一芸の修行をしたいと言うのだな。しかし、いささか、カンさんは年を食ってしまったな。まあ、よい。一芸の修行は厳しいぞ。音を上げるなよ。それで、カンさんは何を修行したいのだな。なに。お猿の駕籠屋に弟子入りしたいと」
「はい。ロンさん。よろしくお願いしますよ。もう、日銭稼ぎには疲れました」
さらにその横では、子連れママのミドリが子供と会話していた。
「ほら、マー坊。人間の家にあったスナック菓子の残りもあるわよ。まだ、かなり残っているけれど、これを捨てるなんてもったいないわね。ほら、マー坊、あなたの大好物よ。お食べなさい」
こんな微笑ましい親子の会話を、若い雄狸が割って入った。
この若い狸は、ミドリのことを真剣に愛しているという噂のある狸だ。
「あのう。ミドリさん。考えてくれましたか。僕との生活は」
「タケシさん。ごめんなさいね。私もあなたのことは別に嫌いではないのよ。でもね、私にはこのマー坊がいるしね。こんな子連れのバツイチでは、あなたが苦労するわよ。それに今、私はマン婆様から習っている一芸の裁縫でなんとか社会貢献できているし。あら、そうだわ。手編みの枯れ葉のセーターをあなたに持ってきたのよ。タケシさん。よかったら、着てみて」
「おお。これは、僕にぴったりだ。ミドリさん。僕はきっと立派なマー坊の父親になることを約束するよ。だから、三匹で一緒に暮らそう。狸が一匹で生きていくのは辛いことだが、二匹以上の狸ならなんとか凌げるものだと、僕のお祖母ちゃんがよく言っていたよ」
「タケシさん。あなた、本気で私とマー坊と一緒に暮らしていく覚悟なの。本当にいいのね。こんなバツイチの私でも。本当に嬉しいわ。マー坊。このおじちゃんが、マー坊の新しいパパになる狸よ。ほら、ご挨拶しなさい」
やがて、宴会が最高潮に達した時、ガンジ長老が和解式の締めくくりに余興があると挨拶して、話し始めた。
「本日はS村とV村の老狸会と青年団の和解式に多数の狸にご参加を頂きまして、ありがとうございました。本日は特別ゲストとして、S村唯一の居酒屋『ネボケ』のママさんというよりゴッド・マザーとして有名な『デコちゃん』にお越し頂いています。今日は、和解式を祝して特別に『デコちゃん』が、『お座敷小唄』に合わせて踊りを披露して下さるそうです。みなさん、盛大な拍手でお迎え下さい。それでは、『デコちゃん』、どうぞ」
デコちゃんは、艶やかな衣装に身を包み現れた。人間で言えば、芸者衆のように美しい着物に身を包んでいた。デコちゃんが舞台から聴衆にゆっくりと頭を下げて挨拶をした後で、とても賑やかな演奏が流れた。
「スッチャン、チャカララッチャ。スッチャン、チャカララッチャ」
ハカセは、この歌が流行していた頃はまだ生まれていないが、父親がこの歌が好きで、お酒に酔うと時々歌っていたのでこの歌を全く知らないというわけでもなかった。ただ、お座敷小唄というのは、単に日本人になじみやすい明るいメロディーが特徴というだけの内容のない歌だとハカセは思っていたし、狸族にとっては別に感動するような内容ではないと思っていたのである。
デコちゃんが鮮やかに舞い始めた。
「富士の高嶺に降る雪も、京都先斗町に降る雪も、雪に変わりがないじゃなし、溶けて流れりゃ、みな同じ」
これを生まれて初めて聞いたゴン太はけげんそうに呟いた。
「なんだ、こりゃ。こんな昔の歌は、いったい何が言いたいんだ。雪なんか、どこで降ろうと雪そのものが変わるはずはないという当たり前のことしか言っていないが、こんなんもんで昔は歌が流行ったのかね。でも、どうして富士の高嶺と京都先斗町なんだよ。今なら、ミッドタウンの六本木とかが格好いいと思うけれど。東京は素晴らしい所だよ」
ゴン太の祖父から長老の地位を譲られたバン長老が、落ち着いて特定の誰にということもなく話しかけた。
「いや、これはなかなか奥の深い歌だよ。この歌詞が言っているのは、みんな当たり前のことばかりだ。つまり、当たり前のことを当たり前に受け止めよということさ」
これを横で聞いていたリュウが、頷きながら言う。
「だから、老狸に対するメッセージとしては、年を取れば皺やシミが出来るのは当たり前で、それを嘆いたり不満に思ったりせず、自然なものとして受け止めよ、ということでしょうね。若者に対するメッセージとしては、若いうちは体力、気力、記憶力なんでも十分だけれど、年を取るとそうはいかなくなるぞ、それを自然な変化として受け止めておけ、ということなんでしょう」
ゴン太にはその二匹の狸の会話が理解できなかった。
青年達の傍らで凡々和尚はガンジ長老と感慨深げに話している。
「まったくもって世の中は、『溶けて流れりゃ、みな同じ』ですな。人間も狸も一皮剥けばみんな欲望の塊だし、生きている間はともかく、死んでしまえばみんな灰と骨だけになります。しかし、一皮剥かないで生きているのがこの娑婆の良いところでしょう。みんなが一皮剥いて欲望むき出しで生きていたら、たまりませんよ。この歌は、まさに真理の歌ですな」
「しかし、富士の高嶺に降る雪は、人間や他の動物に踏みつけられずに綺麗なままで溶けますが、先斗町では人間に踏みつけられて泥まみれになって最後には邪魔者扱いにされて、お湯かなんかで強制的に溶かされます。それは大きな違いです」
「そのような違いはあっても、『溶けて流れる』ことには間違いがないんだ、ということがこの歌の力点なんでしょうね」
いきなり、凡々和尚がハカセに呼びかけた。
「ハカセ。こっちに来なさらんか。ガンジ長老とも仲直りされたそうで、愚僧共々語らいあおうではないか」
「はい。すぐにいきます。あっ、長老。今後ともよろしくお願いします。ゴン太も一緒にそちらに行きます」
「どうじゃね、ハカセ。『溶けて流れりゃ、みな同じ』ですぞ。狸、というよりも生き物にはいつかは必ず死が来る。若者もいずれ年寄りになって、死んで灰になる」
「ええ。言われなくても、もう僕達も十分分かりました。『お座敷小唄』というのは、一見ばかばかしい歌ですが、ものすごい真理を歌っていますね。やはり、パンタ・レイですね。万物は流転するんですね。さて、和尚さん。ガンジ長老。それにバン長老もお聞き下さい」
みんな真剣にハカセの話を聞くように、一斉にハカセの方を見た。
「狸社会で昔から言いますよね。『馬鹿な狸は死んだら治る』と。そんな愚かな狸にならないように、僕達S村とV村の青年団は、交互に学習会を開くことにしました。
習得するのは、狸語および外国語、各種動物語、地理。それから、リュウさんは理数系の天才なので、是非ともリュウさんに数学、生物学、統計学などを教えて貰いたいのです。その他にベンジさんにスポーツ関連の理事になってもらい、各種スポーツも勉強します。さらに、職人学校で一芸を習得した若者には各種特典を用意します」
「ははあ。それはよい。学習会の後で合コンや飲み会もあるのだろう。よしよし。私からデコちゃんに話しておくから、『ネボケ』で合コンやら飲み会を開きなさい。うんと、割引するようにいっとくよ。それと、狸一匹につき、泥鰌の酢ものを一杯ただにさせよう。
私も合コンに出て良いかな。若いおなごと話すのは面白い。なに、心配するな。愚僧はもうおなごに手を出すような元気はない。ただ、恋愛の相談事程度なら役にたつぞ」
参加者の誰もがみんな、すっかり体も心もリラックスしていた。
そして、気がつくといつの間にかお座敷小唄の歌も舞も終わっていた。誰からともなく立ち上がり、そして大きなスクラムを組んで歌い始めた。
「壊れよ。潰れよ。砕けよ。崩れよ。散れよ。去れよ。滅びよ。滅びよ。滅びよ。そして、立ち上がれ。そして、立ち上がれ」
狸の大合唱はいつまでもやまず、心底狸社会の再生を願う熱い思いとなって、森に響き渡ったという。

人が、真夜中に我執を去ってこれからの行く末を静かに考えていると、その人の耳になんとなく届いてくる音があって、それこそがあの狸達の連綿と続く「滅びよ、立ち上がれ」の大合唱だというまことしやかな説があるとかないとか。

終わり






















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狸の和解 十 最後の一首 [小説]



とうとう最後の一首の詠み比べの時が来た。もう、あまり時間もないので、狸亭花鳥はすぐに凡々和尚に最後の一首を提示するように求めた。
 
「すぐキレる我慢を知らずムカツけば極楽さえも地獄とぞなる」

「本当に最近の若者は我慢するということを知らないですね。団塊の世代ジュニア以下の若者は、兄弟も少なく甘やかされて育ったのです。人間も狸もこれは同じことです。ただ、狸にとっては人間の乱開発のために、住居可能な地域が減少し、徐々に民家の近くに移行せざるをえなくなりました。だから、ホームレスの狸も増加しました。あっ。そう言えば、凡々和尚は、狐狸狐狸寺の使用していないお堂の床下を、ホームレス狸に提供しているそうですね。慈悲深いことです。どんな狸であっても区別せずに受け入れているようですよ。そのかわりに、そのホームレスに住む狸は、食用のカエル、ネズミ、バッタ、果物、木の実などありとあらゆる餌を捕獲しなければなりません。自分達が捕獲したものを好き勝手に食べることは許されませんので、一旦は全ての餌をお寺に寄進します。それから、適当なバランスのよい食事が住民に提供されます。ですから、住居、食事、それに本能を保つための運動など全てが保証されているのです。これは、素晴らしいことですよ」
「昔はどこの家でも兄弟が多かったから、自分のわがままなんか通りませんでした。しかし、子供の数が少ないと必要以上に甘やかされて、スポイルされます。ですから、自分の思うようにならないと、我慢出来ずにキレる若者が大いのでしょうかねえ」
「そうなんでしょうか。残念ですね。でも、和尚の歌にあるとおり、ムカツクという態度は、普通に考えれば良いものさえも悪くなりますね。要は心の持ちようだということでしょうもね」
「私も経験があります。人間に化けて東京の新宿で働いたことがあります。その頃、私は通勤電車で大森から新宿まで通っていました。この通勤電車というのは、働く人が一斉に電車に乗って移動するわけですから、普通の狸には想像を絶するような混み具合です。
つまり、みんな嫌な思いを抑えて我慢して電車に乗っているわけですよ。だから、多少体を押されても、引っ張られてもお互い様なんです。ところが、ある日、長髪のいかにもまともな職に就いていないような若者が、突然隣の中年のサラリーマン風の男性に怒り出したんです。まあ、電車の中だから殴り合いをするほどの空間はありません。それで、言葉の応酬でしたね。これは、聞くに堪えないようなひどいことを言っていました。中年の男性は怒っていましたが、さすがにこんな馬鹿と言い合いをしても仕方がないと思ったのか、黙って聞いていました。そして、次の駅で降りて電車を代えましたね」
「それに似た経験は僕にもありますよ。やはり通勤電車の中です。僕はインターネットで知り合った人間の友達がいまして、そいつとは電車の趣味が似ていたものですから。そいつが、ホストをしていましてね。僕はその男と会うために、通勤電車に乗っていたんですよ。雨の日でした。電車の中で、僕の腰のあたりに何か固いモノが当たるんです。何かと思っていると、僕よりも少し年かさのサラリーマン風の男が持っていた傘の先端が僕の腰に当たっていたんです。それで、僕がジロリと睨むと、謝りもせずにこう言ったんですよ。『なんだよ。まったく、ムカツク野郎だな』と。僕は、驚きましたね。悪いのは傘を当てている自分だという意識が全くないんですね。傍若無人とはこういう場合に使うのかとも思いましたが」
「ものの見方を変えれば極楽も地獄であるし、地獄も極楽というのは、いかにも仏教の坊主らしい狂歌ですね。はっきりと言えることは、若者にもいずれは老いが忍び寄るということです。いつまでも若々しくいられるということはありません。だから、若者も一方的に老人を愚弄せずに、学べる所を学べば良いと思います。もっとも、自分の経験からしか物事を判断できないような老人では困ります。経験も大切ですが、知識や智慧も大切なものです」
そのやり取りの後、暫く沈黙があったが、司会の狸亭花鳥がうまく間をとって催促した。
「さあ。いよいよハカセさんの最後の一首です。この一首が終わると、すぐに採点に入ります。審査員の方は今までの狂歌と審査員の意見や批判を参考に採点してください。くどいようですが、どちらの方が狂歌を上手く詠んだか、ということではありません。老人と若者のどちらにより反省させられる材料を含んでいたか、ということです」
ハカセは切羽詰まっていた。挑戦状を受けた時には、老人を愚弄することくらいは朝飯前だと思っていたが、気持ちが変化してしまった。であるにも拘わらず、もう一首若者代表として「頑張ら」ねばならぬのだ。

「過去ばかり振り向きたがる鈍くなるせっかちになる頑迷になる」

「そうだ。そうだ。年寄りはすぐに昔は良かったとか、今時の若者はなっていないとか言いたがる。若者が何を考えているのか、もっと若者の気持ちを理解するように努めたらどうだと思う」
「本当に年寄りというのは、動作が鈍くなるのに、気持ちはせっかちになるんだ。合点がいくよ。この狂歌でいいたいこと」
まるで、ノルウェーの有名な画家ムンクの代表作である『叫び』にある人間のような、狸にしては珍しく痩せ細った変な顔の狸が憎々しげな表情で叫んだ。身内か知り合いにこの手の老狸がいるのだろうと思われた。
「年を取れば動作が鈍くなるのはどうにもならないな。自分の動作が鈍った分だけ、気持ちが焦るのだろうけれど、本当にせっかちになる。頑迷になるのはこれも老狸には顕著だなあ。自分はもう生きている時間も限られるし、絶望しかない。従来の自分のやり方を変化させるのは受け入れられない。何よりも面倒である。もういいではないか、俺の好きにさせてくれ。おそらくそのような気持ちが混じり合って、頑迷だとか頑固だとか言われる態度になってしまうのではないかな」
「でも、老狸でなければ伝えられないことだってたくさんあるよね。伝統を伝承するにはそれなりに年齢を重ねていないと、知らないことや分からないことがある。アニメの『ドラゴンと老師』だって、老師はかなりの高齢者だぞ。それにも拘わらず、結構スケベな爺さんだけど。まあ、あれはアニメだから」
「そう言えば、家のお祖母ちゃんは、お手玉が上手でね。近所の女の子に、お手玉を教えているけれど、達者だぞ。あれは、やっぱり、自分がみんなから頼りにされているという気持ちが良い方向に働くのかしら」
「家のお祖父ちゃんなんか、少年狸達に竹とんぼの作り方だとか、紙鉄砲の作り方なんか教えているよ。それに、上手な土竜の見つけ方なんかも。そりゃあ、子供達にとっては、驚きの連続で毎日興奮して遊んでいるよ。お祖父ちゃんも孫みたいな少年達に囲まれて嬉しいと言っている。子供達は、時々方を揉んだりしてくれるらしい。昨今は、そういう触れ合いの機会が少ないな」
「人間もまたそうらしいな。樵夫の権三が、最近観光客相手に夏の間だけ『山の中の歩き方教室』なんか開いているそうだよ。権三は、以前はしょぼくれた爺さんだったが、若い観光客相手に山のことを教えるようになってからは、モダンな爺さんになったと、もっぱら評判だそうだ。若い女の観光客にいやがられないようにしているんだと」
「いやあ、実際私も先日権三を見かけてびっくりしたよ。とても以前と同一人物だとは思えないくらいに変身したぞ」
「そうか。要するにだな、お年寄りでも十分にあなたの経験や技術は価値がありますよ。それを社会のために役立てて下さいというお膳立てをしてあげればいいんだ。狸族は一芸で社会に貢献するのが基本だから、それはいいだろう。なんだか、今までお年寄りというともう賞味期限が切れて、価値がないような偏見を持っていたような気がする。実に申し訳ないことだった」
「でも、そういう風に見直してもらえたとしても、年寄りは先がないだけに寂しいのだろうな。未来がすり減って来て自分には過去しかないという気持ちになってしまうと、堪らないだろうな。そうだとすると、もっと家の祖父ちゃんを大切にしないといけないな。いやあ、俺も少し年寄りの気持ちが分かったよ。これからは、村中の老狸にきちんとご挨拶するようにします」
「そう言えば、『春秋に富む』というのは年若く経験が少ないことを言う。それから、転じて先が長いとか将来性があるということを言う。一方、『春秋高し』とは年齢を重ねたということだ。年を取って、これから過ごせる春と秋の数がどんどん減ってくるのは辛いね。
私もこれからは、自分の得意な狸囃子の演奏の仕方など後進に教えながら、せいぜい一日一日を大事に過ごして後悔しないようにしましょうか」
「そうだね。僕達若者も老狸から学ぶべきことはたくさんあるんじゃないか。老狸にも僕達若者の気持ちを理解して貰いたいし」

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狸の和解 九 狂歌合戦再開 [小説]



第三夜を迎えた狂歌合戦は、凡々和尚の先攻だ。
今日の和尚はダンディな格好だ。白のパンツにワインレッドのシャツ、そして群青の上着、黄色の長目のスカーフとカラフルな出で立ちだ。他の狸だったら変な色遣いだと思われるのだが、凡々和尚の出で立ちは様になっていた。

「白球を追う少年は老いやすく薄給に泣く中年になる」

「ははあ。また和尚の得意な言葉遊びで攻めて来ましたね。白球と薄給ですか。さて、題材になった少年はきっと野球に夢中になっていたんでしょうね。我々狸族の間でも野球は盛んですからね。ベンジさん、この題材はスポーツ関係なので、ベンジさんに是非解説頂きたいと思います」
「僕にも見覚えがあります。僕は狸族のプロスポーツ選手になる前には、テニス、野球、バレー、サッカーなど多種目に亘り勉強してきました。最後にテニスを選んだのですが、当時の僕はまだ高校生にもなっていなくて、毎日勉強などはほったらかして、遊んでいました。僕が特に夢中だったのが野球です。僕としては、当時は個狸競技よりも、集団でプレーする方が好きでしたね。最後には個狸球技のテニスを取りましたが。野球は全員がひとつの気持ちにならないと勝てません。相手の隙を衝いたり、動揺させたり、いろいろな策を弄したりしました。それこそ、白球を追う毎日でした」
「そうでしたか。それは多感な時代に良い経験だったのでしょうね。えーっと、どなたか審査員の方で、白球を追った経験もあり、また薄給に泣いた経験もあるという方はいらっしゃいますか」
「はい。私はどちらも経験しました」
こう言いながらおずおずと手を挙げたのは、すっかり頭の禿げた貧相な狸だ。
「少年の頃の私は、運動神経が鈍くていつもベンチを温めていました。最後の試合の時に、監督さんが僕をライトに起用してくれました。私に打順が回ってきた時、人生、いや狸生で最初にして最後のツーランを放つことが出来ました。私は守備に関しては下手だったけれど、打撃は密かに特訓を重ねていて、特訓の結果を出すことができました」
そこまで話すと、一息ついてまた話し出した。
「私の実家の親が早死にしたもので家計が苦しかったので、人間に化けて普通の会社に勤務した経験があります。この時の経験が、以後の私の狸生を決めました。勤務先が中小企業で、おまけに社長がワンマンしかもドケチだったので、給料は安かったですね。まさしく薄給でしたよ」
「そうですか。それは大変でしたね」
いつになく、花鳥もしんみりとした口調だ。
「薄給であっても、ワンマン社長の会社であっても、私がその会社に勤務し続けたのは、社長の娘さんが社長を手伝って、総務や経理を仕切っていたからです。この娘さんは、ワンマン社長の欠点を全て克服したような素晴らしい人格の持ち主であり、おまけに大変可愛い女性でした。会社全員の憧れであり、アイドルでしたよ。取引先も仕入れ先もみんな誰もがこの娘さんのことを、口を極めて褒めていたものです。ワンマンの社長はみんなから敬遠されていましたが、この娘さんはみんなから慕われていました。口の悪い人は陰でこの親子のことを『鳶鷹』と言っていました。つまり、鳶が鷹を生んだということです。その会社に勤務し出して暫くしてから、この人を手伝うことに私は生き甲斐を見いだしていました。この人は結婚もせずに会社を盛り上げようと頑張っていましたが、三十を目の前にして急性白血病で手当の甲斐なく突然亡くなりました。私は目の前が真っ暗になりましたよ。呆然としてしばらくは痴呆になったような状態でした。私は狸のくせに人間になりきったつもりでいて、いつの間にかこの女性に恋をしていたのですね。その女性が亡くなってからは、好きだったたばこも酒もやめました。そして、私は雌狸を口説いたりせずに現在に至るまで独身を貫きました」
「えーっ。狸のあなたが人間に恋をして、その後独身を貫いたですと」
「今でも心の中では、その女性と結婚したつもりでいます。私は狸のくせに、ですよ。今でもその人の命日には、その人が好きだったバラ、百合、桔梗などの様々なお花を供えています。こんなことを言うと変に聞こえますが、私は大切な人を亡くすという哀しい経験をしましたので、逆に全てが良い想い出になりました。前回でしたか、狸族も人間も哀しみという感情がいかに大切かという議論がありましたけれど、私も全くその通りだと思います。ただ、あの時は私の中に哀しみが強くこみあげてきて、口を開く気になりませんでした」
ここで会場は水を打ったように静かになり、どこからともなく啜り泣く声が聞こえて来たが、貧相な狸は続けた。
「ですから、独身だったら給料なんて薄給でもなんでもいいではないかと思います。自分の好きな事をしたり、男女を問わず自分の好きな人や波長が合う人のために、たとえば上司でも幹部でもいいのですが、働くのであれば楽しいと思います。ただ、所帯持ちにとってあまりの薄給はやはり辛いですよ。私は独身だったから、全く構わなかったのですが」
雌狸の中には感動のあまりに号泣し出す雌狸もいて会場はざわめいた。
一匹の元気のよい若い雌狸が立ち上がって発言した。
「給料の話をするのはどうかという狸もいますが、私は大いに話をすべきだと思います。私は人間に化けてU市内の介護施設で働いています。私は、近い将来、A村に介護施設を作りたいのです。大好きだったお祖父ちゃんの面倒を見てあげられなかったのが残念だからです。これだけ高齢化が進むと、もっと介護施設の充実を図り、介護関係で働く人の給与を上げてたくさんの働き手を確保しなければいけないのに、狸府はなにもせずに手を拱いているだけです。ですから、私は人間の介護施設で勉強してノウハウを身につけたいのです。あ、肝心な話を忘れるところでした。人間の営む介護産業でも薄給ですよ。一番たくさん給料をもらってもいいような重労働なのに給料は安いですね。」
「へえ。なぜなんだろうね。介護産業はもっと良い給料だったら働き手は多いと思うけれど」
「この国はずっと製造業重視の姿勢で来たから、政府は介護産業を重点的に考えるという癖がまだ付いていないのだろうな。そのうちに、介護産業の重大さが分かるさ。民間で出来ることは民間に、という姿勢だったけれど、介護産業は全国民が意識的に育成しないと高齢化がますます進行してそのうち重大な影響が出るぞ」
「ロック歌手のベーちゃんが歌った歌詞には、たしか『止まっておくれ、今この時よ』なんて文句があったな。和尚の歌の意味は、時間は止まらないし不可逆なので、今は少年でもあっという間に中年になるぞという意味だな。そして、中年になればあっという間に年寄りになる。年を取ったらあっという間にあの世に旅立つのが生き物だということだな」
「生老病死の四苦とは、お釈迦様はまさしく生き物のことをよくずばりと本質を言われたものだ。生き物がこの四苦から逃れるには、まさしく執着から逃れるしか方法がないとよく理解できるな」
「さきほどの話で、三十直前に突然亡くなられた女性の話が出ました。年を取らなくても突然死ぬことはあるのです。だから、毎日を真剣に生きなければならないのですよ。明日死んでも後悔しないようにね」
「そう言えば、この国で人間の若い者から先にどんどん戦争で死んでいったのは、人間の時間でも七十年程度前のことだ。あの当時は、日本国民全員が狂気の真っ只中にいたのだ。『天皇陛下万歳』と叫びながらお国のために死んでいくことだけが、国家に対する忠誠心のあり方であり、それ以外の生き方をするのは、日本国民とは呼ばないという状況だった。前途のある若者が、女を抱くこともなく、美味しいものを食べることもなく、本心がどうであれ、お国のために、そして天皇陛下万歳と叫んで死んで行かざるをえなかったのだ。なんという単一な価値観、個人の自由や生き方を無視した、日本人はかくあらねばならぬ、という押しつけの極みだ。そして、これはまた、そのような時代に生きた人は、哀しみの極みを味わったとしか言いようがないのではないか。それに比べると、今の狸族は全く平和なものだ。個性や自由というのを楯にして、義務を放擲し、好き放題、やり放題だ。それにしても、若い者から先に死ぬというのは、どう考えても哀しいな」
「そうやで。若い者は自殺なんか考えんと、しっかりと生きなアカンで。今ではたださえ長生きしてきた年寄りがもっと長生きしたいとうとるで。アンチ・エイジングたら言うて、あの手この手で長生きしたいらしいわ。口を開けば健康情報の洪水や。あの悲惨な戦争で、ほんまは、『おかん。今までありがとう』と叫んで死にたかったのに、無理して『天皇陛下万歳』と叫んで死ぬしかなかった若者達のことを考えると、ただ長生きしたいとばかり言うててええんかいなと、ワイは思うで」
「生き物は、生殖が終わればだいたい後の時間はおまけみたいなものだと、偉い学者が言うとった」
「そう言えば、鮭は産卵が済むとすぐに死ぬな」
「餌になる動物がいる。餌を獲る動物がいる。いったい、生物はなんのために生まれて来るのかな。遺伝子を伝えるためなんだろうか。それとも、何か目的があるんだろうか。この地上では絶滅していく生物が何万種類といるとも言われているな」
「そんなことは、我々狸族は考えないでいいんだ。そんな複雑なことは人間だけが考える。だから、動物の中でも自殺するのは人間だけだ」
「他にも自殺する動物はいるらしいけれど、それらはどちらかというと、そうする方が種のためになると本能が判断するからだろうね。それと比べると、人間の自殺は不可解だよ。うつ病という精神の病があって、うつ病の罹患者は自殺するケースがあるらしい」
「なんと。人間という生き物は病のせいで自殺するのか。我々狸族にはそんなのはないな。よかった」

狸亭花鳥がステージに現れて、ハカセに次の狂歌を促した。
ハカセはいつになく自信なさそうにステージをとぼとぼと歩く。
実は、ハカセは挑戦状を受けた時には、老人をからかう種はいくらでもあると思っていた。
しかし、凡々和尚と狂歌を競ったり、審査員がてんでばらばらに批評するのを聞いていると、だんだんと自信をなくした。
そして、ついこの前まで考えていた、青春こそが大切であり、老残の時間は残酷だという考えが自分の内部で徐々に崩壊するのが分かった。しかし、自分は若者代表として頑張らねばならないのだ。
実は、挑戦状を貰ってから毎日のようにV村の青年団員全員から、頑張れという激励や応援の言葉を貰う度にうんざりしたのだ。
狸を見るとすぐに、「頑張ってください」というのが口癖のような狸府の狸住民の単一な思考にうんざりしていたのだ。
元々は、「頑張る」とは当て字であり、「我を張る」というのが転じたものだと、人間の作った辞書で知っていた。
東北地方の方言の「けっぱれ」とは「気張る」の意味だろうし、「じょっぱり」というのは「情張る」から来ているのだろうと思っていた。
だから、ハカセはいったい「我を張る」ことがいいのかどうか、迷うようになっていたのだ。
好き勝手なことを言う審査員の批評を聞くうちに、我を張らなければ生きるのが楽になるのではないかと、段々と思うようになったのだ。最初の内は、馬鹿どもが何を言うかとと思っていたのだが。
そして、例の「滅びよ。そして立ち上がれ」の大合唱を聞いた時、狸族はこんなにもこの国を愛していたのだと知り、感動したのだった。
ハカセは、自分では感性よりも知性を重んじる狸だと信じていたので、自分があの大合唱に感動したこと自体が不思議でもあり、また新たな感動を呼び起こすのであった。
若者も老人もなく、単なる狸族としての愛国心ゆえに、こんな現状は「滅びよ」と気持ちがひとつになったのだ。
そして、もちろん滅んだままでは、本当に滅亡する。だから、廃墟の中から雄々しく立ち上がるのだ。そして、新しい価値観と倫理観でこの国を作り直そうという思いから、狸族全員が合唱したことに感動したのだ。
本当のところはそんな気持ちなのに、これからあと二首も老人を愚弄した狂歌を自分が作らねばならないことが嫌になっていた。だから、ハカセは今日の戦いは大変気が重いのだった。
しかし、義務感から勇を奮って仁王立ちしたハカセは、昨晩いやいやながら作った狂歌を詠んだ。自分で考えても出来栄えはまるで駄目だと思った。ただ、作るからには老人をとことん愚弄してやらねばならない。
そこで、老人になれば減少するものと、逆に増大するものがあるだろうが、それは何かを考えた。肉体的特徴は仙厓義凡の老人六歌仙ですでに十分に詠み込んであるので、意識面での増大要因を模索した。そして、今その狂歌を発表するのだ。
ただ、ハカセはこの狂歌を若者向けに、単なる老人批判では駄目だよ。自分達はあのようになるまいという自戒の意味を込めたが、果たして老人を遣り込めることしか考えていない若者達に通じるだろうか。
それにしても、確かにS村の青年団の狸達は、自分達の村の若者と違って、まだ長幼の序とか、老人への敬愛とか、自分達が捨てつつある価値観や伝統的考え方を捨てていないことに疾うに気づいていた。
ともかく、今は狂歌に集中したいと考え、声の限りに詠み上げた。

「肥大する前立腺と名誉欲不安妄想孤独絶望」

「たしかに実際男性であれば中年以降では前立腺が肥大します。この問題は深刻で、最悪の場合は前立腺ガンになりますからね。そして、老人になると不安や妄想に支配されます。嫁が自分の悪口を近所に言って回っているとか、ありもしないことを言いますね。自意識が肥大しているのでしょうか。そして、ますます孤立して孤独になるし、絶望するのですが、みんな自分が播いた種ですね。まあ、それだけ頑固になるということでもありましょうか」
「前に『感情の老化』という問題が取り上げられました。今回も詠み手はこれをからかっているのでしょう。ささいなことに拘泥するようになったら、年を取った証拠だと思わねばなりません。お互いに自戒しましょう」
「人間を観察していると、人が老いると名誉欲が強くなるのはかなり頻繁に見られる傾向ですね。特に社会的地位があるような人は、老いとともに勲章を欲しがります。これは狸も同様です」
「儂は、勲章なんか全然縁がないから、そういう気持ちは全く分からんけれど」
「そうそう。名誉欲が強くなるというのは、狸の坊主も同じことだな。今の権大僧正はそうでもないが、先代の権大僧正はとにかく大僧正になりたくて、かなり猟官運動をしたとも聞いている。私の家はあの寺の古くからの檀家だから、色々とうわさ話が聞こえてくる。まあ、坊主だって狸なんだから、欲望はあるだろう。名誉欲というのはやっかいなもので、自分の価値観なり業績を自他共に認められるのが楽しみのひとつであるのは、それになりに理解できるがね。凡人、いや、凡狸には誇れるような実績はないが。でも、この凡々和尚というのは無欲恬淡な狸だと聞いているが。私は山をひとつ越えた村に住んでいるだから、よく知らないけれども」
「それにだ、年を取ると遠慮というものがなくなる。遠慮がないということは、他の狸に対しての配慮に欠けるということだ」
「ああ、全くだな。服装も構わない。髪も伸び放題、ひげも手入れしない。これでは煙たがられるのはしかたがない。異性にモテようと思うと、自然に身なりにも気をつけるだろう。だから、異性を意識するのは、年を取ってからも大切なことだ。直接的かつ直線的な男女間の触れ合いというものは減るにしても、心理面でとてもよいことだと思う」
「そういう狸達は、今の地位に上がるには他の狸を押しのけて、若い有能な狸は将来のライバルとして浮上してこないように地方へ飛ばすなどして退けてきたはずだよ。それなりの地位や名誉を手に入れた狸達は、まだ飽きずに勲章も名誉も欲しいのさ」
「でもなあ。なんだかどれもこれも老人を扱ったハカセさんの狂歌は、確かに老人欠点を突いている。しかし、肉体的な問題はどんなに若い狸であっても、いずれは自分達もそのようになるのだから、そのことで老人をからかってもしかたがないと思うけれど」
「いや。きっと自戒の意味もあるのではないかな。自分達はあのような老人にはなりたくないし、なってはいけないと自戒しているんだよ。そうとしか思えない」
「そうだね。ボンさんが言うとおりだと思うな。学ばないでいると、いたずらに白髪ばかり頂いた人の言うことも聞けないただの老い狸に成り下がる。今は若くて、老い狸を批判しているような若者も、学ばなかったら、自分自身が批判の対象の老い狸そのものになり、今度は自分が若者から批判される立場になる。だから、自戒しながら批判しているんだろうと、僕は好意的に受け止めているんだが。どうだろうか」
「なんと言っても、不安は増えるよなあ。年を取ったからと言って早く死んでも構わないなんぞとは、誰も思わないぜ。それより、いつお迎えが来るか心配でしょうがない。老人は誰しも孤独だし、絶望に苛まされるんだよ、本当に」
「一人で生まれて来たのだから、死ぬのも一人さ。あ、一狸だ。どうも、おいらは人間に化けていた時期が長いのでつい、自分を人間だと勘違いするなあ」
すると、恰幅の良い、しかし、蒼白な表情の中年の狸がか細いがよく通る透き通った声で朗々と一首詠み上げた。
「つひに行く道とはかねて聞きしかどたった今とは思はざりしを」
そうして、大木が倒れるようにゆっくりと神社の境内に倒れ込んだ。
「大変だ。急病狸だ。医者はいないか」
「ははあ。なんとも古い歌が出ました。これは、平安朝の有名な在原業平の歌をもじったものです。でも、こんな辞世の歌もなかなかよいものですね」
「ああ。どうやら、急性の病気のようですが、命に関わるような病気なんでしょうか」
「あ、医者狸が脈を診ています。どうやら瞳孔も調べていますね。心臓の病か何かでしょうか」
後日判明したところでは、遺族の話によれば、この中年の狸は長いこと心臓病を患っていたが、死期の近いのを覚悟したのか、審査員の一狸と相談して、今日は審査員として来ていたのだということだった。
この狸はどうしても一首辞世の歌を詠んでから死にたいと、常々親しい狸に漏らしていたというから、こういう死に方も本望であろうと後年話題になった。


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狸の和解 八 突然の出来事 [小説]


 
翌日の第三幕はハカセの先攻で始まった。このイベントに参加している狸全員がもう興奮気味で、夜行性の狸にとっては、今日の夕暮れが待ち遠しかった。
ハカセが詠んだ第三首目はこうだ。
 
「くどすぎる自慢話を聞かされるきく価値はなしはなのなければ」
 
「えーっと。どなたか、意見はありますか」
花鳥が聞くが、審査員にはこの狂歌があまりぴんと来なかったようで、暫く沈黙が続いた。タカシにとっては、解説するのはそんなに難しいことではなかったが、ハカセの技巧を凝らした詠みぶりにあまり感心できずに黙っていたが、沈黙が思ったよりも長かったので、しかたなく重い口を開いた。
「これはまた言葉遊びの典型ですね。凄く技巧を凝らしていますよ。話の『華』と菊の『花』をかけていますね。さらに、『きく』で『菊』と『聞く』をかけています。つまり、本人は華やかな自慢話と思っているかもしれないが、聞く方からすると何の変哲もないし華やかなこともない話だと冷静に聞いている。さらに、菊は花がなければなんの価値ありませんね。この菊の花と、華がないから聞くに値しないとしいうことをかけていますね。なかなか技巧を凝らした詠みぶりですね。しかし、本日の狂歌は技巧の善し悪しを競うわけではありませんからね。技巧を凝らしすぎるというのもどうかと、思いますけれど。実は、この狂歌もまた仙厓義凡の影響が隠れて見えます。しかし、若いハカセがなぜ、仙厓さんの歌から影響が見えるような歌を作ったのでしょうかね」
「そのハカセの今の歌に影響を与えた仙厓和尚の歌というのは、どんな歌なんでしょうか。タカシさん。ひとつ教えて下さい」
「それは、『此花をきくとは言えど耳もなしははありとてもくいのみもせず』という歌です。つまり、聞くと菊をかけています。そして、葉と歯をかけています。なんとも洒脱な詠みぶりですね」
ハカセの技巧は褒めなかったが、本歌については洒脱だと褒めたタカシの心情は、その時どんなものだったのだろう。会場からは、ほーとか、そうかとか、駄洒落だとか、親父ギャグだとかいろんな声が一度に飛び交ったが、壮年のいかにも頑丈そうな狸が立ち上がって意見を述べた。
「これは強烈なパンチですな。たしかに、年寄りの手柄話や自慢話には付き合いかねますね。そんなに自分が偉いのなら、さぞかしたくさんの狸から尊敬されて、賞賛されているものだと思いますが、そういう狸に限って嫌われているし、非難を浴びていますよね。なんとも皮肉なものです」
「ああ。間違いないですね。自分が年寄りになっても、ああいう手合いにはなりたくないと思うのは、そういう自慢話を滔々と続ける狸ですね」
「あれは、もう自分はそれ以上進歩しないんだと、自ら発言しているんですよね。それに気づかないというのはなんとも可哀想だと、僕なんかはむしろ同情しているんですが」
「それにして、話がくどくなるのは老人に特有のものですね。これはどうしてでしょうか。マキノさん。何かコメントをください」
「さあ。私は大脳生理学に詳しいわけではありませんから、コメントのしようがないのですが、能の働きと何か関係があるのでしょうね」
「推測されるのは、記憶が薄れて自分がさっき何を話したかも分からないから、堂々巡りの話になるとか。あるいは、この現世で結局は浮かび上がれなかったこの狸生で、他に自慢することがないから、自分の自慢話だけ繰り返すとか」
「マキノさんのお話の途中で済みませんが、また仙厓さんの話をさせてもらいます。仙厓さんは、前に紹介した他に年寄りのことをこんな風に狂歌っています。『くどくなる気短くなる愚痴になる出しゃばりたがる世話焼きたがる』。それからもうひとつ、『またしても同じ話に子を褒める達者自慢に人は嫌がる』です。こうして考えると、いつの時代も人間も狸も老人の行動というのは似たり寄ったりで、進歩していないと思われます。若者だっていずれは年寄りになるのですから、若い内から気をつけて、こういう嫌われる老人にならないようにありたいものです」
 さすがに、タカシは言うことがスマートだとベンジは思ったが、ベンジは自分の出番ではないと知っていたので、次に自分の出番があるまでは黙っていようと思った。
「まあ。やはり、私の推測したようなことですわね」
「でも、自慢話は人間の本能みたいなものでしょう。自分は他人よりも優れているんだということを示したいという気持ちは、老人にのみ特有というわけではないでしょうし。自分が他人よりも劣っているというのを素直に認めることができるのは、よほど人間ができていなければ至難の業ですよ。そして、それは我々狸も同じです」
「いずれにしても、自慢話は聞くに堪えませんな。そんなにあんたが偉いのなら、なぜ今ここであんたはそんな惨めな状態でいるんだいと、突っ込みを入れたくなりますね」
「問題は同じ自慢話を繰り返すことです。聞いている方は飽き飽きする。一度だけだったら、本狸が満足するまで喋らせておけと思って、右から左に聞き流しますがね」
「老い先が短いぶん、過去の栄光に縋るしかないのでしょうか。それも他狸から見たらたいしたことのない過去に。まさに聞く価値もない話ですね」
「でも、自慢話は老狸に限らないな。若者でもすぐに自慢話したがる奴もいる」
ざわめく会場の審査員をよそに、狸亭花鳥は話を打ち切る。
「さて、お次は凡々和尚の番です。よろしくお願いします」
ハカセに対して凡々和尚はこう詠んだのだった。
 
「バス電車座席譲らずしゃがみ込み他人は無視し化粧さえする」

「ははあ。たしかに多いですね、このような若者は。私も一時は人間に化けて横浜で暮らしていました。人間が利用する交通機関としてバスやら電車がありますが、それらの乗り物には優先席というのがあります。老人、ハンディキャップの人、乳幼児を抱えたお母さん、妊婦などの方々に優先して座って貰う座席で、空いていれば誰が座ってもいいのですが、社内が混んだらそういう人に優先的に座って貰う座席です」
「でも車内が混んできて、目の前にそういう人が立ったとしても、席を譲らない若者がいるよね。あれは鈍感なのか、それとも優先順位のルールを理解していないのか。あるいは、本当に非常なお馬鹿さんで無知蒙昧なのか。おいらには理解できないよ」
「いや、あれは小さい頃からのしつけがよくないからです。子供のくせにすぐに座りたがる子がいて、それを止めようともしない無知な母親がいるから、大きくなってもああいう行動になるのですよ」
「そうですよね。子供は運賃を払っていないのだから、親の膝に座らせるのが当然です。空いている席は、運賃を払っている大人のために明けておくべきです。たとえ、車内ががら空きでもそうすべきですね。子供がいったん座ってもいいと思ったら、車内が混んでいようとお構いなしに次から座りますよ。やはり、しつけの問題でしょうね」
「やはり、そういつしつけが家庭内でなされていないので自己中心にしか物事を考えられない人が増えたのでしょうね」
「しかし、それは人間の問題であり、我々狸族には無関係ですよね」
「いや。この問題は、狸族にも同様の重みがあります。狸族だから、この問題は我々には関係ないという発言はあまりにも無責任です」
「そうですよ。私も同様の意見です。最近狸族の若者はなんでも人間の真似をする。というより、我々狸族は人間に化けて行動するから、どうしても人間の行動を真似るのです」
「そうなのよ。時と場所を構わず化粧をする女子高生狸の問題は、この村でも問題になっていますよ。最近『狸日報』がこの問題を取り上げて特集を組みましたよ。あなたは『狸日報』を読んでいないのですか。インテリ狸には必須ですよ」
「どうせ私はインテリ狸ではなく、餌捕獲係の馬鹿な狸婆さんですよ」
「この村を通るバスの中でも僕はそんな光景を毎日見ています。あれは、隣村の狸のTさんの子供でした。遠い親戚なので本名は言えませんので仮に名前をTさんとさせてもらいます。その子は中学生に化けてバスで駅まで行って、それから電車に乗り換えてU市内の中学に通っていますが、毎日同じ時間のバスが駅まで混み合うのを知りながら、同じ時間のバスの同じ座席に陣取っています。お婆さんがこようと妊婦さんが来ようと絶対に席を譲らないのです。僕は一度その子を見かけて席を譲ったら、と注意を促したんですがね。その子は、僕が遠い親戚だとは知りませんので、おせっかいなお兄ちゃんだとしか思わなかったのでしょう。僕のことをジロッとにらんで、『ウザイぜ』と言いました」
「しゃがみ込みは困りますよね。私も人間に化けてU市内の会社に通勤していますが、駅の階段でしゃがみ込んでいる高校生がいます。階段を通りにくくて仕方がないけれど、何か言おうものなら暴力の嵐になりますから何も言えません」
「暴力を振るうのは人間だけですよ。我々狸族はそんな野蛮な事はしませんよ」
「いや、それが最近では狸族の若者がみんな人間と同様になって暴力を振るっているのです。お宅が知らないだけです。お宅はずっとこの村から出たことがないから、昔の狸族のイメージで考えているのでしょうが、実態はもう全く違います」
「しゃがみ込んでいるのは、他人を無視しているからでしょうかね。他人なんかいないことにすれば、自分達だけの社会が作れるので、それが楽だと思っているのでしょうね。人間も狸も、若者達は」
「しかし、自分達だけの世界なんかあるわけがないのにね。このグローバル社会で。俳句の同人会や短歌の結社みたいな、内向きのことしかない世界はよほど特殊なものですが。それと同じように少人数の世界をつくりたいのでしょうかね」
「いずれにしても、大人も子供もみんな自己中心的な考えに凝り固まって、どんどん退行しているんじゃないかな。だから、日本人も日本に棲息している狸族も全員で滅亡の方向に向かっているんではないかと心配です」
「いや、こんな社会はもう滅びればいいんだ。一度滅んでからもう一度やり直す。それが一番いいのではないか。かつては恥の文化と言われた日本の文化はどこに行ったのか。昔は、人が落とした金銭を見つけると、必ず届けたものだ。しかし、最近では猫ババする狸が多い。ところで、この猫ババの『ババ』は、糞という意味だよ。我々狸族は公明正大に『貯め糞』をするが、猫の奴らは自分の糞をこっそり隠すところからこういうのだ。つまり、猫族は公明正大ではないが、我々狸族は公明正大なのである。謙虚で勤勉、親切で互助の精神に満ちたかつての美しい日本はどこに行ったのか。江戸時代に日本に来たキリスト教の神父が、このような素晴らしい民族は見たことがないとまで賞賛された日本を取り戻すためには、滅亡するのが一番だ。そして、いったん滅亡した廃墟から力強く立ち直るべきなんだ」
すっかり体毛が抜けたかなり年配の痩せこけた狸が、どこからそんな大声が出るのだとびっくりするような大声で叫んだ。

その時、一般参加者として審査員席には座れなかったS村とV村の住民、そして審査員のほとんどが、その年配の痩せこけた老狸の元にかけより、誰からともなくスクラムを組んだ。
そして、静かな合唱が呪文のように狸大明神の境内に響き渡った。
「壊れよ。潰れよ。砕けよ。崩れよ。散れよ。去れよ。滅びよ。滅びよ。滅びよ。そして、立ち上がれ。そして、立ち上がれ」
狸亭花鳥の口は固く閉ざされて、目からは静かに一筋の涙が流れていた。
「壊れよ。潰れよ。砕けよ。崩れよ。散れよ。去れよ。滅びよ。滅びよ。滅びよ。そして、立ち上がれ。そして、立ち上がれ」
狸亭花鳥は感極まって、思いもかけないことを口にした。
「みなさん、しばらくの間この合唱を続けましょう」
境内にいる全員は花鳥の呼びかけなど聞くまでもなく、酔ったように歌い続けるのだった。
大合唱に疲れ切った狸達が空を見上げると、もはや日が昇りかけ、彼方には人影が見えたので、散会となった。


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狸の和解 七 狂歌合戦第二幕 [小説]



凡々和尚はいつにない神妙な面持ちでゆっくりと舞台の上を歩いた。月は中天にあって美しく澄んだ光を地上に照らしていて、ゆったりとした狸囃子が鳴り響いていた。
凡々和尚は聴衆に向かって丁寧におじぎすると、朗々と一首狂歌い上げた。

「努力せず才能もなく自信持ちみさかいもなく人を見下す」

すると会場からおおっという喚声が上がった。
審査員の一人がいきなり立ち上がり、凡々和尚さんの只今の一首は、最近の若者の生態をよく捉えていて秀逸である。誠に最近の若者は傍若無人だと演説を始めた。
狸亭花鳥が慌てて審査員を制止し、興奮した審査員がさらになにやら叫び続けるので、いったん舞台の幕が下ろされた。
しばらくして会場に静粛にするようにと呼びかけるアナウンスが何度か流れると、さすがに閑静な時が訪れた。
その時、舞台は再び幕が開き、狸亭花鳥が先ほどとは違った派手な衣装で現れて、審査再開の合図を告げた。
「さて、只今不都合がありましたので、舞台は一時中断になりましたが、やっと会場が落ち着きましたので、ここで再開させて頂きます先ほどの凡々和尚の狂歌に関して、社会評論家のマキノさんにコメントして頂きます」
眼鏡をかけた細身の中年の雌狸がおもむろに口を開いた。後で聞いたところでは、彼女は狸高校の元校長だという話だ。
「確かに、最近の若者はすぐにキレると言いますよね。どうやら、喜びや悲しみという感情よりも、怒りを感じやすいらしいのです。最近ではその理由は、『低血糖症』ではないかと言われています。低血糖とは血液中の血糖値が低下してしまうものです」
「ああ。その話は聞いたことがあります。なんでも、脳の唯一のエネルギー源はブドウ糖ですよね。脳というのはブドウ糖を大量に消費するんですよね。そして、都合の悪いことには、脳はエネルギーを貯め込むみことができないんですよね。それで低血糖状態が長く繰り返されると、脳に大きなダメージを与えるというんでしょう」
祖母が糖尿病で苦しんでいるので、栄養士から栄養管理について色々と勉強したと、自己紹介した若い雌狸は滔々と自分の知識を述べた。
「よくご存じですね。そのとおりです。さらに付け加えると、脳は低血糖状態を補うために、アドレナリンというホルモンを分泌します。アドレナリンは、別名を『攻撃ホルモン』といいます。アドレナリンが過剰に分泌されると、興奮状態になって、攻撃的になってしまうと言われています」
「たしか、血糖値は急激に上昇すると、下がるときもまた急激なんですよね。だから、ご飯などの澱粉類は血糖値をゆっくり上昇させるけれど、ブドウ糖や果糖を多く含むものを摂取すると、血糖値は急激に上昇するんですよね」
「はい。そうです。ブドウ糖、果糖を多く含むものとして炭酸飲料やスナック菓子類それにファストフード類だと言われます。つまり、ご飯などで栄養が摂れていればいいのですが、炭酸飲料やスナック菓子類それにファストフードの摂りすぎこそが、最近の子供や若者達がキレる原因になっているのではないかと推測されているのです。これは人間の話であり、我々狸族は民家の近くに行って人間の食べ残したスナック菓子類を食べなければいいのですよ」
「でも、スナック菓子類はおいしいよ。僕はとても好きだな。ああ、ママ。この村の島田さんの家の子供が好きなスナック菓子類は、僕にもちょうどいいんだ。あれを食べに行こうよ。島田さんの家に行こうよ」
まだ小さな狸がこう喚くと、あちこちで失笑が起きた。そして、一般参加者であるにも拘わらず、発言をした幼児とその母親は退場を求められた。

「しかし、先ほど舞台が中断されましたが、あれもキレる状態なんですかね。発言されたのは、かなりご年配の方でしたが」
「そうなんですね。最近では人間界でも六十五歳以上の高齢者の犯罪が増加していますね。特に高齢者の犯罪の特徴は殺人ですね」
「これはどういうことが原因なんでしょうか」
「人間の世界には、和田秀樹という精神医学者がいらっしゃいます。この方は『人間は「感情」から老化する』という説を唱えていらっしゃいます。我々狸族もまた人間と同様に、『感情から老化』しているのだと思います」
「あのう、『「感情」から老化』するとは一体、どういうことでしょうか。もう少し詳しく説明して頂きたいのですが」
「一言で言えば意欲、自発性、好奇心というものが減少することです。何をするにしても、面倒だからとか、もうこんなことしなくてもいいだろうとか言い出すと、感情の老化です。世間一般の理解とは違って、『年寄りの冷や水』は感情に良いのです。年寄りが新しいことに挑戦したり、恋をして胸がときめいたりするのはとても良いのです。どんどん好奇心を燃やして、恋をしましょう」
インテリらしい中年の雌狸が顔を真っ赤にしながら叫んだ。
「済みません。少し寄り道しましたね。さあ、凡々和尚の狂歌に戻りましょうか」
狸亭花鳥は如才ないので、発言の方向が少し変化してもうまく修正してくれる。
今度は、壮年のいかにも統率力のありそうな紳士の狸が、落ち着いた口調で切り出した。
「そうですね。最近の若者は、確かに努力もせず、才能もないくせに、変に自信を持っています。我々の世代では、コンプレックスの塊のようで自分に自信を持てなかったものですが。また、人を見下すようなことは、あまりなかったですね。頭のいい人を見ると、俺もあんな風になりたいと思って、勉強に励みました。結果は、残念ながらだめでしたが。  
また、運動の出来る人を見ると、羨ましく思いました。自分を駄目だと卑下することはありましたが、他人を見下すほどの才能もないし、努力もしていないという自覚がありましたから。だから、最近の若者の奇妙な自信には驚かされるのです」
「生き物の『哀しみ』という感情について、あまり深く考えていないことが原因なんだと思うよ」
「そうだね。この国では昔から人間は『哀しみ』というのを、文芸のひとつのテーマにしてきた。古くは『古事記』のヤマトタケルが死んだ時に白鳥となって飛翔していったというイメージは、哀しみに満ち溢れているよね。近いところでは若山牧水という人の有名な『白鳥は哀しからずや海の青空のあをにもそまずただよふ』などというのもそうだし」
「でも、我々は狸族であるし、人間とは違うのだから、一概に同列で論ずるべきではないんじゃないの」
「いや、狸も人間も同じだ。哀しみというのは生き物の根源的な感情だよ。喪失感、挫折感、悔い、屈辱感、そういうものこそ哀しみの源泉だよ。最近は、ポジティブ・シンキングだとか言って、前向き指向だから、そういう哀しみを感じなくなっているのかもしれない」
「そうですね。そういうことは十分に考えられます。哀しみの感情が少ないから、自分の思うようにならないと怒りを感じたり、自分が受容されないとキレるとかの結果を招くのではないかと思われます」
「まあね。肉親の死というのは、狸生の中でも最大の喪失感だろう。私が思うには、最近は死というものが遠ざけられている。それが哀しみの感情を持ちにくくなっているひとつの大きな要因なのではないか」
「そうですわよ。昔は、狸はみんな家で死んだでしょう。でも、最近ではみんな病院でチューブに繋がれてなんとも情けない姿で死んでいきます。もしも、自分の家で自分の目の前で肉親が死んだら、とても哀しい感情が起きるでしょう。昨日まで話していた肉親が、自分の目の前からいなくなるというのは、哀しい感情を起こす。それが、今ではみんな病院で死ぬようになって、死は日常から隠されているために、哀しいという感情が持ちにくくなったのではないかと。実は私の母も狸病院で亡くなったのですが」
「そうかもしれません。日本の狸にとっては、昔から死は穢れでした。しかし、死は全ての生物を訪れます。どんな生物でも、心臓が約十五億回波打つ間は生きます。しかし、どんなに長生きしても、必ず死は来ます。死は穢れなどではありません。冬になれば葉っぱが落ちるように、とても自然な現象です。それを日常から遠ざけるのは、あまりよくないことだと、私は常々思っていました。やはり、同じような考えの方がいらっしゃるのは、心強いですね」
「済みません。なんか話が少し暗くなったので、努力という点について話させて下さい」
そう言うと中年の太った狸が手を挙げた。
「最近ではなんの努力もせずに、すぐに成果が欲しいと考えている馬鹿なやつらが、多すぎますよ。我々狸族は、昔の諺にある、『苦労と努力をしなければ美味しい餌は手に入らない』という言葉をもう一度よく噛みしめる必要がありますね」
「本当にそうですね。まさしく今のご意見の通りだと思います」
「賛成です」
「ええど、ええど。ほんまにそやな。そう思うで」
「えー。もうそろそろ次に移りましょう。今度の後攻はハカセさんです。ハカセさんは、どんな狂歌を作られたのでしょうか。それではハカセさん、どうぞ」
ハカセは自慢の黒く染めた長髪を掻き上げて狂歌った
「うろうろと有漏路さ迷う老い狸無漏路遙かに地獄は近く」

再びタカシが解説を引き受けた。
「ははあ。これは一休宗純という人間の中でも特別に偉いお坊さんの有名な歌を本歌取りしたものですな。これはわかりやすくていいですね。えーっと、一休さんのお師匠の華叟さんが禅の公案を出したわけです。公案とは、簡単に言うと宿題ですかね。それに対して、『有漏路より無漏路へ帰る一休み雨ふらば降れ風ふかば吹け』と答えたので、一休という道号を授かったそうですよ。僕は、あまり宗教には詳しくないので、それ以上は知りませんが」
「有漏路というのはどういう意味ですか。また、無漏路とは」
「えーっと。『有漏路』というのは、迷いの世界のことですな。つまり、煩悩の世界です。これに対して『無漏路』というのは煩悩から解放された悟りの世界です。つまり、仏の世界です」
「ははあ。そうですか。すると、このハカセさんの狂歌は、煩悩の世界をうろうろとさ迷っていて、いつまでも悟りの世界には入れそうもない老い狸のことを言っているわけですな」
「しかし、さ迷う老い狸を攻撃するのは、どうかと思いますよ。認知症などの病気の場合もありますから。病気の場合だとすると、攻撃するのは間違いですよね。いい年をして病気ではなくてさ迷うのは同情に値しませんが」
「でも、老い狸というのが、病気の狸だけ指しているとは限りませんな。確かに、あまりの馬鹿さ加減や欲の深さにさ迷っているとしか思えないようなお年寄りがいることには間違いはないですよ」
「でもねえ。みんなこの地獄のような娑婆を生きているわけですよ。そんなところで、悟りなんか開けるものですかね。私なんかは死ぬまでこの有漏路をうろつくより他に方法があるとも思えませんがねえ。無漏路などは私にはあまり遠すぎて、無縁の場所だと思います」
「いや。全てのものには仏性があるのですぞ。山川草木悉皆仏性です。なんと、山川や草木にも仏性はあるというのですよ。無漏路には誰もが辿り着けるのです。阿弥陀如来の救いはきっとあります。努力なんかせずとも阿弥陀如来の救いは確定しているのです」
「そうですかねえ。救いなんて、そんなものがあるんですかねえ。私は、赤ちゃんの時の自分は純粋なものでしたが、子供の頃から少しずつずる賢くなって、二十歳の頃になると、結局狸というものは、現世の汚辱とか屈辱に塗れて生きていくんだと知りました。仏の救いだとか神の救済なんかはないと思いますよ。だって、神だ、神だと叫んでいる人間は、キリスト教とかイスラム教とか互いに区別し合うし、あの人達は今でも聖戦だとか、異教徒との戦いだとか言って戦っています。でも、宗教心なんかあまりない我が狸族には戦争はありませんよ。ですから、信仰心の篤いことと戦争は何も関係がないと、私は思いますよ」
「同感ですな。狸族には戦争がない。そして、宗教もない。ただ、少なくとも汚辱には塗れている。実際私もまた、ずいぶんと狸の汚さを見てきましたよ。ある狸はお金になることだったら、法律なんかないに等しいという生き方をしていました。愛読書は何ですかと尋ねたら、預金通帳だと言われました。ご趣味は聞くと、金利の計算だと言う。実はその狸に会った後、私は少し馬鹿げた狂歌を作ったことがあります。『死ねるかと預金通帳抱きかかえ布団の中でも金利計算』。まあ、なんとも無様で下手な歌で済みません」
「ははあ。よくいますよね、そういう狸。自分が必死で稼いだ財産なので、他人はおろか子孫にさえも一狸円も渡したくないという狸。基本的には資本主義ではないから格差もないし、生活に困るものでもないのに、なぜか財産を貯め込みたがる狸がいますねえ」
「そうですね。そういう狸は、窖に籠もって布団の中でも金利の計算をするのですね。しかし、それは疲れることますねえ。全くもって有漏路の真ん中です」
「でも、誰だってお金は持っていたでしょう。お金なんかいらないという狸なんかいませんよ。世の中を渡るのにお金は万能ですよ」
「いや。万能ではない。たしかに、お金があれはほとんど全てのモノが手に入る。しかしですな、仮にですよ、本当に仮にですけれど、あなたがたくさんお金を持っているとしても、お金がなくなるという不安は解消できませんよ。たとえお金をたくさん出してもその不安は解消できません。だけど、お金を持っていなければ、そんなお金をなくすという不安はありません。元々ないものはなくすこともないわけですから。つまり、何が言いたいのかというと、お金ではこの世にある形のあるモノは百パーセン手に出来ても、形のない目に見えないものは手に入れられないものがあるということです。このところをよく理解していなければなりません」
(ここで、筆者が顔を出して申し訳ないのですが、いささか狸円について説明します。狸円は日本に住居する狸族の共通通貨です。一芸で社会貢献すると、食料が保証されます。住居はみんなで掘って調達します。餌を狸円に換金することもできます。ただ、普通の狸の場合は狸円を貯めるという習慣がないため、ほとんどが枯れ葉酒への支払いで消えると言います。狸円は、材料としては枯れ葉を使います。若葉やまだ木から落下しない葉は使いません。なお、余談ですが、狸は枯れ葉の布団で温かくして眠ります。また、服の材料にもなります。そして、なんといっても枯れ葉は狸の好きなお酒である枯れ葉酒の重要な材料のひとつでもあります。枯れ葉酒の材料のひとつは枯れ葉です。果物、木の実が原料で、最後に風味付けとして枯れ葉で濾します。それにしても、お金の材料がお酒の材料でもあるとは、なんとも洒落た国ですね)
 
ここで狸亭花鳥が止めに入った。
「いや、待って下さい。その狸の狂歌に呈するコメントではなくて、ハカセの狂歌に対するコメントを出してください」
「たしか、これも一休さんの歌ですがこうあります。『極楽は十万億土とはるかなりとても行かれぬわらじ一足』と」
「それだけ、極楽や浄土というのは我々凡狸にとって遠いということですか」
「そうでしょうね。動物界で最高の知恵を持つ人間にとってさえも、有漏路をうろうろとさ迷って生きていくしかないのだから、我々狸族にとってはもっと厳しいのでしょうな。究極の問題点は、我々狸族の知能の低さですかな」
「いや。人間はただ、我々狸族よりは単に頭が良いというだけだ。頭が良いのと、智慧の豊かさ、人間性や狸性の豊かさは違うぞ。頭が良いからといって心が豊かとは言えない。無漏路に近いのは心の豊かな人や狸だ。頭の良さよりも心の豊かさが問題だ」
「いや、有漏路も無漏路も心の持ちようひとつだという意味で、一休さんはいろいろと表現を変えて歌を詠んだのではないかな」
「心の豊かさというよりも、むしろ、煩悩に執着すればどこもかしこも有漏路、執着を離れればいつでも無漏路ということが言いたいのではないか」
ここで、狸亭花鳥が止めに入った。
「みなさん、少し待って下さい。我々が欲しいのは一休さんの歌のコメントではありませんよ。ハカセさんの狂歌に対するコメントが欲しいのですよ」
「そうさ。たしかに地獄は近いというより、現世がすでに地獄だわ。ありとあらゆる煩悩が私たちを襲う。子を思う親の闇というのもあるし、名誉を巡る思いもある。ラッツ・レースで少しでも他の狸を抜きたい欲望もある。尽きないのは浜の真砂や盗人だけではないのだ。人間の世界では、凡人を襲う欲望と煩悩の波も尽きることがない。我々狸族もまた、欲望と煩悩の波にきりもみにされて生きていくのだ」
「ちょっと待ってくれ。もし欲望が汚いと言うのなら、狸には進歩がなかったはずだ。しかし、欲望は技術の進歩を生み出すぞ。技術の進歩は狸の生活を楽にした。技術の進歩のお陰で、通勤電車で音楽をずっと聴けるような楽しみも増えたぞ。坊主じゃあるまいし、欲望が汚いなどとは、私は思わない。ただ、狸の欲望があまりにも数が多く、とどまることを知らないというのが恐ろしい」
狸亭花鳥が止めたにも拘わらず、まだ堂々と一休の歌に拘泥している。これも、執着のなせるわざなのか。
まあ、どこの世界にも理屈っぽいのがいるのだ。理屈は治らない病気の最たるものかもしれないと、狸亭花鳥はひそかに思った。
そしてここで、狸亭花鳥が再びストップをかけた。
「もはや、東の空には日が昇りました。本日の狂歌合戦はここまでにします。それでは明晩は、ハカセさんの先攻、凡々和尚の後攻という順で、狂歌を詠んでいただきます。
審査員のみなさんの最終審査投票は最後になります。明日も、どちらが反省させられる種を含んでいるのか、よく考えてみてください」


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狸の和解 六 狂歌合戦の幕開け [現代詩]



辛夷の白い花、薄紅や白の桜、ユキヤナギ、そして可憐な色とりどりに咲き乱れる野の花の大饗宴も、午前二時の漆黒の闇に包まれては何の意味もない。その漆黒の闇を続々と狸達が集まる。
神社の境内に至るまでの階段では狸達は好き勝手なことを喋りあっていても、狸大明神の境内に一歩踏み込むと森閑として咳払いひとつしない。狸族は狸大明神の神様への信仰心に厚いのだ。
A村とC村から招待された百匹の狸の審査員、凡々和尚、ハカセはそれぞれ席についている。ガンジ長老とバン長老も、それぞれの村の幹部と一緒に着席している。
司会は特別に四国から話の上手い狸亭花鳥に来てもらった。狸亭花鳥への報酬は高いが、途中で大勢の観客に飽きられないためには、狸亭花鳥のような一般に良く知られたエンターテナーに来てもらう必要があった。
A村とC村からも一般参加者がいたが、山を越えて来なければならないので、人数は少ない。しかし、S村とV村の狸は病気で動けない老狸を除いて、ほとんど全員が参加していた。ゲストにはアスリートもいるし、狂歌に詳しい文化狸もいる。
やがて暗闇の中から照明を浴びて、仮設ステージから狸亭花鳥が登場した。
「みなさん、今晩は。司会の狸亭花鳥でございます」
ここで、会場は大きな拍手につつまれたが、一般参加者が声を出すことは禁止されているのでなんともちぐはぐな気分だった。
「さて、今回の催し物は『狂歌合戦』です。今からS村代表の凡々和尚とV村の代表ハカセさんがそれぞれ狂歌を五首詠みます。ここで争う方法は次のとおりです」
花鳥はゆっくりと聴衆を見回すと、言葉を継いだ。
「まず、原則として自由律はいけません。古来の五七五七七というのが大原則です。これが七五五七七になっても構いません。また、字余りや字足らずでも構いません。それから、本歌取りということがありますが、これも構いません。ただし、内容は必ず創作であらねばなりません」
「おい、本歌取りとはなんのことだ」
あちこちで、小さなざわめきが起きたが、それを無視するように花鳥は続けた。
「また、審査員のみなさんには技術の上手、下手を審査するのではなく、どちらの狂歌が共感出来るか、反省させられるのかということに重点を置いて審査頂きたいと思います。審査員の皆さんは、一首につきそれぞれ一点ずつの持ち点がありますから、それぞれどちらか自分が良いと思う方に点を投じてください」
「そんなことを言われても、よく分からんな」
審査員の一人が呟いたが、花鳥は先に進んだ。
「くどくどと言いますが狂歌の良い、良くないという判断の基準は、狂歌の上手い、下手ではなく、審査員の一匹一匹が狸族の一員としての価値観、倫理観に焦点を当てて、どちらの方が相手に対して反省の種を多く含んでいるか、共感できるのかということです。これは自分の良心に照らしてよく考えて点を入れて下さいね」
「はい、分かりました」
審査員の中で最も若い狸が元気よく叫んだのをきっかけに、緊張した雰囲気が和んだ。
「さて、ここでそれぞれの代表者を簡単にご紹介しましょう。まずはS村代表の凡々和尚です。和尚さん、今晩は。よろしくお願いします。凡々和尚は、現在狐狸狐狸寺の住職をなさっています。和尚さんの好物は何ですか」
「山芋をすり込んだ枯れ葉酒とそば。さらに、ミミズの塩辛。カエルの干物、ネズミの活き作り」
「このとおり、凡々和尚はお酒の好きなお方で、昨日も打ち合わせをしながら、ずいぶんたくさんのお酒を飲んでいらっしゃいました。ご自分の事を『酒無二駄仏』と自称していらっしゃいます」
和尚はさりげない渋茶色の作務衣に身を固めていた。丁寧に会場を見回して、ゆっくりと頭を下げた。
「一方、V村代表のハカセさんは、酒は健康に良くないし、たばこはもっと悪いと、酒もたばこも嗜まないそうです。お好きなものは何ですか」
「そうですね。僕は勉強が好きです。嫌いなのは権威を振り回すことです。大学でも実力がないのに権威を振り回して威張っている教授なんかが多いですからね」
狸亭花鳥はそう言うと、一口水を飲み干した。今日の日中は快晴だったから、湿気は少なくて空気も乾燥気味で喉も渇きやすいのだろう。
その後、ゲスト解説者として、文化界からタカシ、社会評論家のマキノ、スポーツ界からはベンジが紹介された。
ハカセは、びしっとしたスーツに身を固めていたが、いささか緊張した面持ちでいた。やや青ざめた表情が、一層知性を強調していた。

「ゲストの方々の発言は私が指名してコメントを頂きますので、ゲスト解説者のみなさん、よろしくお願いします。あ、ひとつ言い忘れました。審査員の方々は詠み手の方が一首詠み上げたら、批評やコメントを言いたい狸はお手元の札を上げてから始めて下さい。なお、みなさんにお願いがあります。一匹の狸が発言している間は、絶対に途中で発言を遮るようなことはやめて下さい。古くからの狸族の格言を思い出しましょう。『狸は自由な発言と発想を重んじる』でしたね。ただし、私が進行の具合を考えてストップをかける場合もあります。あまりにも感情的な批判がある場合も同様です。なお、くどいようですが、一般参加者の発言は厳禁です。発言された場合には、例外なく直ちに退場してもらいます。さて、それでは先攻はハカセさんからです。どうぞお願いします」

ハカセは親からもらった茶褐色の髪の毛を、黒くそめていた。V村では髪の毛を黒く染めるのが若者の間で流行っているらしい。
ガンジ長老の友人でもあったV村のジン長老が引退してから跡を継いだ新しい長老のバンは、親に貰った茶褐色の髪の毛を大切にしないで、黒色に染める若者を咎めないので、どんどん流行っているという話だ。
ひそひそとハカセの黒い髪の毛を批判するような雰囲気が感じられたが、ハカセはそんな批判など気にしない。今日は、艶々とした立派な毛を一層綺麗に見せるように工夫してきたのだ。ハカセの顔は自信に満ち溢れていた。
ハカセは真面目な顔ですらすらと狂歌を詠み上げた。おそらくは挑戦状を受け取った時から、推敲を重ねたのだろう。

「加齢臭しみ皺たるみ疣ホクロ咳痰よだれ目脂尿漏れ」

狸亭花鳥がまず、ゲストの一人にコメントを聞いた。
「ゲストのタカシさん。何かコメントを頂けますか」
「はあ。早くも本歌取りですね。元になる狂歌は仙厓義凡のこの狂歌です。『皺がよる黒子ができる背は屈む頭は禿げるひげ白くなる』です。それにしても、ハカセさんの狂歌は老人の特徴をよく捉えていますね。尤も、捉えているのはどちらも老人の肉体的な特徴ですね」
そう解説したのは、狸の狂歌界でも比較的有名なタカシという狸だ。狂歌はどんな題材でもどんな詠み方でも構わなというタカシもまた自由奔放な発想で、詩とも短狂歌ともつかないような作品を狸に突きつけ続けた異才の持ち主でもあるのだ。
「肉体的な衰えは確かに、この狂歌のとおりですよ。それにしても、詠み手のハカセは、老人をよく観察していますね。感心しますよ」
「ところで、カレー臭というのは、どういうものであり、どういう理由で出てくるものですか。私は人間の食べるカレーというのが大嫌いです。なぜ、あんなに臭いのする食べ物を人間は好むのですか。日本人の家庭の中でも、最も頻繁に食卓に上る食べ物だとも言われていますが」
審査員の一人がこう切り出した。すると、まだ若い眼鏡をかけたいかにもインテリという感じの雌狸の審査員がこう言い出した。
「加齢臭というのは人間の食べ物のカレーのにおいのことではありませんよ。加齢臭というのは、中高年特有の体臭を指す言葉です。某化粧品会社研究所で、中高年特有の体臭の原因が突き止められました。それはノネナールという物質らしいです」
「なんだい、そりゃそのネノナールとは」
いかにも田舎の狸という感じの爺さん狸は聞くことは間抜けだが、馴染みの深い昔ながらの狸の素朴な味わいがあって、知性だけが狸の良いところではないことが再認識された。
「ネノナールではなく、ノネナールです。なんでも化学品には既存化学物質というものがあって、それぞれの物質に番号が振ってあるらしいのですが、この物質の番号は、二四六三―五三―八だということです」
「そんな、既存化学物質なんぞと言っても、私達には分からんなあ」
農作業以外のことは知らないというような日焼けした中年の狸が呟いた。
「その化粧品会社によって『加齢臭』と名付けられたんです。この体臭の成分には青臭さと脂臭さを併せ持っていますよ。男女ともに性差なく四十代以降に増加が認められると言いますよ。私も娘から加齢臭だと冷やかされていますが」
「まあ、確かに年を取るとシミ、皺、たるみ、ホクロが増えますね。しかし、それは生きている証拠でもありますからねえ。死んでしまえばそのような肉体の変化もありませんよ。おかしな譬えですが、古酒には新酒ではない味わいがありますが、狸も同様に長生きした、狸生を生き抜いた狸でないと醸し出せない味わいがあります。ただ単に若いというだけでは、未熟さをさらけ出す場合もあります」
「はい。そうですね。若さゆえに未熟さを露呈したケースと言えば、最近行われた全国狸空手大会で話題になった、メカダ家の三兄弟の次男坊がそうでしたね。試合前にチャンピオンを相手に大口叩いていましたが、結局は負けました。最後にはスポーツマンらしくきちんと謝罪をしたようで、一見落着になったのですが」
そう言って、興奮気味に話し出したのは、元プロテニスの名手であり、今はスポーツ解説者として有名なベンジである。
「あの時の彼が犯した反則には胸糞が悪くなりましたね。あれは、もはや空手とは言えないですよ。後日謝罪したらしいですが。勝つためには手段を選ばないというのは、スポーツ界ではあってはならないことなんです。ルールはルールとして守るべきで、それを守れないのは選手自身が未熟だからです。勝ちたいのなら、練習を重ねて相手よりも強くなって勝つのが本当のスポーツマンです」
 すると、口々にそうだ、そうだの連発が始まった。
そこで、狸亭花鳥が全審査員およびゲストに対して次の狂歌に進行するので静粛にしてくれと注意を促して、会場は静かになった。
「さて、次は凡々和尚の番です。凡々和尚は型破りの生臭坊主としても、また、切れ味のいい語り口でも狸界の人気を博しています。それでは、凡々和尚、よろしくお願いします」

「身に添うはケ―タイパソコンiPodアニメのフィギュア漫画本かな」

誤解のないように言っておくが、狸は人間に化けて様々な事柄を習得した。だから、ケータイも電気もパソコンもこの村の狸も、あの村の狸も使用できるのだ。
狸は電気なんか使えないと思っているそこのあなた。認識を改めた方がいいですよ。森の近くに家がある人間の家庭で、最近どうも電気使用量が高いと思われる方は、狸による盗電を一度疑った方がよい。都会でも人間に化けた狸は盗電してみたりするから、注意してください。
さて、本題に戻ろう。
タカシは、今度は狸亭花鳥が聞きもしないのに自ら解説を始めた。
「今度もまた仙厓義凡の本狂歌取りですね。元の狂歌は『身に添うは頭巾襟巻杖眼鏡たんぽ温石尿瓶孫の手』です。これは、老人が手放せないモノを狂歌ったものです。しかし、和尚さんは、これを逆手にとって、若者が手放せないものは、老人から見ると、みんなそんなに価値があるものとは思えないものばかりだとからかっているのですね。何しろ、長い狸生を生き抜いた老人ですから、生きていくには何が必要で何が余計なお荷物なのかは知っているぞ、と言いたいのでしょうかね」
「でも、老人で長生きしているから、必要なモノと余分なモノの区別がついているとは考えにくいのですが。年寄りは、ますます欲深くなるのが通常ですからね」
皮肉たっぷりに、年若い狸が言い放った。
「ところで、タカシさん。その温石とはなんですか。他のモノは分かりますが、温石とは聞いたことがないですね。温かい石とはなんの意味ですか」
これも、審査員の中では比較的若い狸が聞いた。この狸は、密かにタカシのような文化人になりたいと憧れていた。
狸亭花鳥は暫くの間は沈黙を守っていた方がよいと判断したのか何も言わずに、事態が進行するに任せていた。
「温石というのは、軽石を焼いて布などに包んで体を温めるものです。老人にはよいですね」
「はあ。昔うちの母親がよく使っていた行火みたいなものか。行火には豆炭などをつかっていましたね。でも、そう言えば最近はあの行火は見かけないなあ」
「昔は豆炭なんか使っていたね。電気のやつは不良品が多くてね。最近は、あれが小型化して懐炉になっているんですよ。大型化したのが炬燵というわけで」
ここで、狸亭花鳥が審査員に注意した。
「えーっ、みなさん。話題がそれていますよ。行火の話ではなく、若者がいつも身につけるケータイやiPodの話をしてください」
「和尚さんの狂歌を聞いてから、ああなるほどねと思いました。よく分かりますね。確かに今時の若者はケータイやパソコンは必須ですね。一時も手放せないですね。うちの子供なんか、食事時でもケータイをピコピコやっています。あれは許せませんね。私はいつも子供を叱るんですが、少しも改まらないので、子供のケータイの使用料金は自分で払うようにしました」
「そうですね。ケータイやパソコンなどは年を取ってからでは覚える気持ちも湧かないというのがありますね。しかし、年寄りは別にそれでも済みます。もちろん狸によりますよ。老狸の中にもパソコンのヘビーユーザーもいれば、若者の中にもパソコンはゲームとメールしかできないという狸もいるだろうし」
そう言ったのは審査員の中の一匹で、狸にはあるまじき細い体付きの中年の雌狸だった。それに反論するかのように別の意見が出た。
「ケータイとかパソコンなんか、みんなきちんとしたコミュニケーションが出来ないから、そういうものに頼るんじゃないのかな。普通に固定電話で話したり、普通の読み書き算盤ができれば、それでいいんじゃないかな。E―メールなんかしなくても、葉書か手紙で用事が足せればじゅうぶんじゃないかな」
「まあ、どっちも理屈はあるけれどね。でも、とにもかくにもこの狂歌は、若者の欠点をとてもよく衝いていると、僕は思うよ。まともな本を読んでいる若者は少ないな」
「僕は、東京の狸大学分校に人間に化けて通っていました。多摩丘陵の一角にあるんですが、そこに電車で通っていました。我々は夜行性なので、昼間の授業を受けるのは結構辛かったです。通学途上の電車の中では、いい年の狸教授達でさえ、漫画本を読んでしましたよ。だから、若者だけというのではないと思いますが」
「社会評論に詳しいマキノさんのご意見はいかがですか」
「外国人が東京に来て、電車に乗って驚くことがいくつかあります。まず、たくさんの日本人が電車の中で居眠りしていること。外国人の反応には、二種類あるらしい。ひとつは、そんな日本人は疲れているのかと思う外国人もいるし、電車の中で居眠りしてもスリに財布を取られたりしないのか、なんと安全な国だと感心する外国人もいる」
「ははあ。そんなもんですかねえ。外国人の反応というのは。たしかに、酔っぱらいの財布を狙うスリはいるかもしれないが、昼間は電車の中で居眠りしていても、あまり財布を取られたりはしませんね」
マキノは満足そうに大きく頷いて、言葉を継いだ。
「もうひとつが、立派な紳士でさえも漫画を読んでいることです。まあ、漫画と一口に申しましても、低俗極まりないものや、幼稚なものもあれば、難しい事柄を理解しやすくした質の良い漫画などもありますから、一概に漫画だから幼稚なもの、くだらないものだとは決められません。ただ、若者達にはマンガだけでなく、読解力が身につく普通の本にも是非親しんで貰いたいですね」
「でも、漫画の方が難しいことを分かりやすく書いてあるし」
このように眼鏡の学生風の若い狸が発言したとたん、マキノはすぐさま反論した。
「本を全く読まないでいると自分の頭で考えるという力が身に付きません。そうなると、なんでも他狸が言うことが正しいのではないかとか、他狸の意見に従えばよいなどという考えに冒され、適正な判断力を失います」
「でも。偉い狸の意見は、たいていの場合、間違っていないと、僕は思いますけれど」
「偉い狸だからと言って、盲従するのは考えものです。それは自立の放棄を意味します。個狸が個狸として生きていく上で、最も大切な自立を放棄してはなりません。だから、読書に努めて下さい。マンガが悪いとは言いませんが、マンガだけ読んでいるのはよくないですよ」
「そうだよ。狸府の国会議員で政治家のアソも、漫画には詳しいというぞ。しかし、アソが馬鹿で低能だとは聞いたことがない。アソだって政治家として立派な見識の持ち主だ。それに、アソは外国語もうまいぞ。留学の経験もあるし。まあ、政治的には私の意見とは相容れないがね。私は、もっと国民の生活を重視した政策が欲しい。全国狸党でもこの事を主張したが、誰も聞いておらん」
「あのう。アニメというのは知っているけれど、そのフィギュアとやらは、一体なにですかね。この婆にも分かるように教えて下さらんかな」
「本来は人形のような人の形をしたものを指しますが、今ではアニメの主人公やロボットなどの立体造形物を指します。なかには何十万円もするようなものが東京の秋葉原あたりで売られているようです」
「まあ、我々狸族の中でも、人間に化けて東京に行ったことのある狸にはとても魅力的なんでしょうけれど、そうでもない狸には何の魅力もありませんよ。ただし、子供は別ですよ。子供はすぐにああいうものを欲しがります。子供には都会の子も田舎の子もないので、ああいうものを欲しがります」
「いや。どう考えても漫画はくだらないぞ。漫画といいフィギュアといい、くだらないものはくだらないのだよ。儂が思うには、アソは若者の気を引くために漫画を利用しているのだろう」
「そうじゃないよ。アソは本当に漫画が好きなんだよ。それに、漫画はくだらなくなんかないよ。老人の好きな演歌の方がくだらない。節も歌詞もどれも同じようだし、特にご当地ソングなどくだらない」
「でも世界中で人気を呼んでいる漫画だってたくさんあるぞ。一概に漫画はくだらないと決めつけるのはどうかなと思うよ。演歌だって、嫌いな狸は聞かなければよいだけの話だ。クラシックが高級で演歌が低級だという意見なら、聞くに値しない」
「そうだ。私もそう思う。私はクラシックが好きだが、別に演歌が低級だとは思わない。漫画は好きじゃないから読まないが、漫画が好きなら漫画を読むことが悪いとは思わない。ただ、漫画もよいけれど、読書もまた別の豊かな世界を広げてくれるから、青年諸君には是非多様な本を読んでもらいたい」
「そうよ。あれは下らんとか、あれは良いとか、頭から決めつけるのが年寄りの嫌なところのひとつよ」
そんな議論が続いている最中に、頭をモヒカン刈のように刈り込んだ一見悪そうな若い狸がすっくと立ち上がった。
そして、ずばり一言で会場の審査員達の議論を止めた。
「みなさんは、昔からの狸の格言をみなさんは思い出しませんか。『能ある狸は本も読む』といいますよ。『本を』ではなくて、『本も』です」
一瞬会場が静かになったところを、狸亭花鳥がうまくまとめた。
「色々と議論はございますが、限られた時間の中を進行しなければなりません。ここで、次は先攻と後攻を入れ替えて、まずは第二首目を凡々和尚に捻って頂きましょう」


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