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酔生夢死の世の中を渡るには、それなりの覚悟と知恵がいる。そんな覚悟も知恵もなく歩んできた人生の好きなことを、好きなように書き散らしました。

さようなら [エッセー]

                    さようなら

 私はいくつもの「さようなら」を重ねてきた。どんな人でも何らかの形で「さよなら」をいくつかは経験しているだろう。
 最初の「さようなら」は、故郷との別れである。大学に入る前から、私は故郷に戻るという気持ちを捨てていた。私が就きたいと思った職が故郷にはなかったからだ。これは、意識的な別れである。
 そして、故郷を離れると同時に、故郷で一緒に遊んだ友人たちとも、自然に疎遠になっていった。これは、意識的な別れではなく、結果的に別れという形になったものだ。また、今更彼らと再会しても、過ごしてきた時間が違いすぎて、意思の疎通はできないと思うから、再会するつもりはさらさらない。
 次の「さようなら」は、会社に入ってから出会った人たちとの「さようなら」である。会社には転勤が付き物であるから、これは数が多い。私は、ほぼニ年に一回の割合であちこちと勤務場所が変わった。大阪、東京、ジャカルタ、東京、ジャカルタ、東京、バンコク、東京、欧州、東京というような具合である。当然ながら、同じ会社の人間でも勤務場所が変われば「さようなら」があり、取引先の人々もまた顔ぶれが変わっていく。また、転職すれば新たな出会いもあるし、「さようなら」もたくさんある。仕事柄華僑との付き合いも多かったが、彼らのうちの何人かは、もうこの地上では会えなくなった。
 そして、この地上で私を最も深く愛してくれた、また、私が最も愛した両親との別れを経験した。妻の義父母とも永遠の別れをした。肉親との別れは、愛が深い分辛いものだ。
「さようなら」が明日に繋がるのなら、辛くない。子どもの頃の「さようなら」は、その下に「また、明日」が続くから、少しも辛くない。しかし、年老いた親が亡くなったときの「さようなら」は本当に辛い。それは、親に恩返しをしようと思いながらも、少しも経済的、精神的余裕ができなかった自分を責めるしかないからだ。
 さて、ここから少し個人的感想から離れる。竹内整一という東大教授が書いた本に、『日本人はどうして「さよなら」と別れるのか』というのがある。その本によると、世界のいろいろな言葉の「さようなら」に該当する別れの意味を持つ言葉を分類してみると、ほぼ三つに分類できるそうだ。
 一つ目は「神とともにあれ」というタイプである。これは英語の”Good-bye”つまり “God be with you”だとか、フランス語の”Adieu” 、あるいはスペイン語の“Adios”とかである。それにイスラム教徒なら朝も昼も、さらに夜でも挨拶は「アッサラム・アライコム」だ。「あなたに平安がありますように」という意味だ。
 二つ目には、再び会いましょうという意味である。これには、中国語の「再見」とか、スペイン語の”Hasta la vista”あるいは” Hast manana”、イタリア語の”Arrivederci”とかである。
 三つ目はうまくやれという意味の言葉だ。英語では”Farewell”、韓国語では「アンニョンヒ・ケセヨ」(アンニョンは漢字では安寧)などがそれに該当する。
 さて、人と別れるときには、日本語では「さようなら」と言う。元々、「さようなら」というのは「然様ならば」(そうであるならば、すなわち、それでは)という意味だ。

 どうして日本人は、世界の標準的意味合いとは全く違う別れの挨拶をするのか、というのがこの著書の眼目である。この本を読み進めていくうちに、日本人の持つ文化や死生観が読み取れて実に面白くて、刺激的な本である。私も、いつかこのような形で、自分なりの経験や感想をまとめることができたらいいなと思う。
 ところで、最近の若い人は「さようなら」という美しい日本語を使わないで、「バイバイ」とか、ふざけた形の「バイナラ」とかですませるのだろう。若い人たちにも、「さようなら」という美しい響きのある言葉をもっと大切にしてもらいたいものだと思うのは、私ばかりではないはずだ。


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利に関する考え  [エッセー]

利に関する考え 

 遼(契丹)の末裔に耶律楚材という人がいた。モンゴルが現在の北京に攻め込んだ時は、女真族の国家「金」に仕えていた。彼は背が高く見栄えが良かったので、チンギス・ハンの目に留まった。それして、オゴデイにも仕える。
 
 彼が残した言葉にはこんな名言がある。

 興一利不如除一害、生一事不如省一事
 一利を興すは一害を除くにしかず。一事を生(ふ)やすは一事を省ずるにしかず。
 有利なことをひとつはじめるよりは、有害なことをひとつ取り除いた方がよい。新しいことをひとつはじめるよりは、余計なことをひとつやめる方がよい。
 利、つまり、得になることは何も付け足すことだけではない。何かを差し引く事である。私は、タイの子会社で働いていたときには、このことを心懸けた。そして、そのように実行できた。

 そしてもうひとつ『韓詩外伝』からの言葉。

 「三利あれば、必ず三患あり」

 有利な点が三つあれば、その裏に必ず不利な点も三つあるということである。

 上り調子のときは、万事順調に行くという前提で物事を考えてしまうので、マイナスになる事柄を顧みないになってしまいがちだ。

 またその逆に、状況が落ち込み、裏目に出ることが多くなってくると、物事のマイナス面しか見られなくなってしまう。

 調子に乗っているときには、三患を見極めて自分を戒め、落ち込んだときは有利な面に目を向けることで浮上する契機を掴みたいものである。

 

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万世一系の大切さ [エッセー]

万世一系の大切さ

 最初にお断りしておくが、これはあるコラムからの孫引きである。
『神道とは何か―小泉八雲のみた神の国、日本』 平川祐弘・牧野陽子著の一節にはこうあるそうだ。
 
 引用ここから
 明治神宮の近くに住む私はよく参拝する。月替りで掲げられる明治天皇のお歌を拝誦するたびにそのお人柄を感じる。だが多くの参詣者は明治天皇やその時代とは必ずしも関係なく、代々木の森のたたずまいに動かれ、一種の漠とした宗教心から元旦に参拝し、お賽銭をあげ祈禱をするのではあるまいかのように教義化されずに無自覚的なのが実は神道の宗教心なのである。内藤鳴雪はそんな日本人の心象風景を次の句に詠んだ。

 元日や一系の天子不二の山

 初日の出、気分が一新する。万世一系の天皇をいただき、遠くに富士山が見える。その目出たさを寿ぐのである。外国人で日本のこのような神道的雰囲気をさとく捉え文章に書き留めた作家にラフカデイオ・ハーン(1850ー1904)とポール・クローデル(1868-1955)がいた。世界の中の神道を評価する際、知日派外国人の発言は大切である。
 引用ここまで

 そして、こう続くそうだ。
「個人は死ぬが子孫や民族はつづく、天皇がつづくことに民族の永世を感じるから〃一系の天子〃をありがたく思うのであろう。」

 私達日本人は「一世一元の制」を末代まで大切にしなければならない。遡りうる日本の歴史は天皇制と共にある。日本語を話し、日本の神話を共有し、『古事記』の世界に思いを馳せることが出来るのは日本人だけである。天皇は、その日本人の象徴である。選挙では選出されず、学歴の優秀さにも関係なく、資産の保有高などの俗世間の価値とは全く違っていて、古代より連綿と続く血筋の大切さだけが天皇をして天皇であらしめるのである。
 普通の日本人が先祖を遡ってもせいぜい三、四世代前までだろう。しかし、皇室はずっと遡ることが出来る。そのことが皇室の血筋がいかに貴重なものであるかを証明する。万世一系の天皇を大切に思わなくなったとき、日本と日本民族は滅びる。
 そして、万世一系とは、男系のみに継承される。女系では駄目である。最近、ダマスゴミが女系天皇の誕生を煽るようなことを言っているが、宮家を復活させれば良いだけだ。


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小林秀雄 「西行」から [エッセー]

 小林秀雄 「西行」から

 歴史的仮名遣いは一部現代仮名遣いに改めた。ただし、小林秀雄自身が引用した「 」部分および西行の和歌はそのまま原文の通りである。
 引用ここから
 世の中を思へばなべて散る花のわが身をさてもいづちかもせん
 
右の歌を、定家は次の様に評した。「左歌、世の中を思へばなべてといへるより終の句の末まで、句ごとに思ひ入れて、作者の心深くなやませる所侍れば、いかにも勝侍らん」(宮河歌合)。群書類従の伝へるところを信ずるなら、西行は、この評言に非常に心を動かされた様である。「九番の左の、わが身をさてもといふ歌の判の御詞に、作者の心ふかくなやませる所侍ればとかかれ候。かへすがへす面白く候物かな。なぞませなど申御詞に、万みなこもりてめでたく覚候。これあたらしくいでき候ぬる判の御詞にてこそさふらふらめ。古ぽいと覚候はねば、歌のすがたに似て、いひくだされたる様に覚候」(贈定家卿文)
 中略
「地獄絵を見て」という連作がある。
 見るも憂しいかにかすべき我心かかる報いの罪やありける
 こういう歌の力を、僕等は直かに感ずる事は難かしいのであるが、地獄絵の前に俯が身動きも出来なくなった西行の心の苦痛を、努めて想像してみるのはよい事だ。
「黒きほむらの中に、をとこをみな燃えけるところを」の詞書あるものを数首挙げて置こう。彼は巧みに詠もうとは少しも思っていまいし、誰に読んでもらおうとさえ思ってはいまい。「わが心」を持て余した人の何か執拗な感じのする自虐とでも言うべきものがよく解るだらう。自意識が彼の最大の煩悩だった事がよく解ると思ふ。
 なべてなき黒きほむらの苦しみは夜の思ひの報いなるべし
 わきてなほあかがねの湯のまうけこそ心に入りて身を洗ふらめ
 塵灰にくだけ果てなばさてもあらでよみがへらする言の葉ぞ憂き
 あはれみし乳房のことも忘れけり我悲しみの苦のみおぼえて
 たらちをの行方をわれも知らぬかなおなじ焔にむせぶらめども
「いかにかすべき我心」これが西行が執拗に繰返し続けた呪文である。彼は、そうして何処に連れて行かれるかは知らなかったが、歩いて行く果てしのない一筋の道は恐らくはっきりと見えていた。
 引用ここまで

 西行は詩人だったからこそ、敏感な自意識に悩まされたのであろう。そして、もう一人の詩人藤原定家は、それを深く読み取った。だからこそ、西行は「かへすがへす面白く候物かな。」と言ったのである。


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老い [エッセー]

老い

 老(おい)ふたり互(たがひ)に空気となり合ひて有るには忘れ無きを思はず 窪田空穂

 高浜虚子にこんな句があるそうだ。「秋灯や夫婦互に無き如く」

 空気も水も普段は意識しないが、どちらもなければ生物も植物も生き延びることが出来ない。必要不可欠であり、意識はしていないが「無い」とも思わない。こういう句や短歌は、自身が老境に入らないと理解できないだろう。
私の老妻に対する感情は、男女間の愛などではなく、長い人生を一緒に戦ってきた戦友愛のようなものかとも思う。いや、もはや人類愛なのかも知れない。

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幸せに関する考察  [エッセー]

幸せに関する考察 

月影の いたらぬ里は なけれども 眺むる人の 心にぞすむ 法然上人

この歌は念仏の心を読んだ教えだそうだ。
「月の光が届かない人里などないのですが、月を眺める人の心の中にこそ月(月の影)は、はっきりと存在してくるのです。」
 
 月光は阿弥陀仏の救いを指す。月光はすべての里に届く。ただ、目で見て認識しない限り月はないも同然であり、見れば必ず見る人の心にまで届く。(念仏さえすればよい)。

 一般的にはそのような解釈でよいのだろう。私は念仏信者ではないので、一般的解釈とは別の解釈をしている。

 幸せとは誰の上にでも降り注いでいるものだ。しかし、その幸せを認識しなければ、幸せはないのと同じことだ。幸せがあるのに「眺むる」人の認識次第では、幸せなどない。

 私は特に金持ちでもなければ有名人でもない。男前でもなければ、何一つ悪いところがないというほどの健康体でもない。何を取り上げても平々凡々とした爺様であるが、いつも幸せを感じている。

 生きている。息をしている。ご飯が食べられる。酒が飲める。妻や子をとても愛している。日本語の読み書きができる。音楽が聞ける。歩ける。風を感じられる。虫の音に耳を澄ませることができる。
 まだまだ、たくさんある。それだけでも「幸せ」を感じられものなのだ。

 歌手のアスカが「多幸感」を感じるにはクスリしかなかったと話している。私のような平凡な爺様でもこれだけ幸せなのに、アスカのような有名で稼ぎのいい男が、なぜさらなる多幸感を求めたのだろう。

 それは、人間の欲望には際限がないということを表しているのだろう。

 キリスト教では「七つの大罪」ということがある。人間を罪に導く可能性があると見做されてきた欲望や感情のことを指すという。

日本語      ラテン語         英語
傲慢        superbia         pride
物欲(貪欲)    avaritia          avarice
ねたみ(嫉妬)   invidia          envy
憤怒        ira       wrath
貪食        gula       gluttony
色欲(肉欲)    luxuria      lust
怠惰        pigritia seu acedia     sloth or acedia

 このキーワードで思い浮かべる国がいろいろとある。
 傲慢というと中国と米国を思う。貪欲は、英国と米国を、ねたみは韓国を、憤怒はイスラエルという具合に続く。貪食は中国とフランス、色欲はイタリア、怠惰はどこか南の島々。

 もちろん、それぞれの国の中には該当する人もいれば該当しない人もいるのは当然だ。日本人の中にも、この全部が該当する人だっているのは当然のことである。

 私が何を言いたいのかというと、私たち人間はだれでもがこのような欲望に振り回されて生きている。アスカのように多幸感を求めるのは愚の骨頂であるとしても、欲望を完全に振り切ることなど人間にはできない。多かれ少なかれ、欲望には振り回される。
 澄ました顔をして人間の道はかくかくであるなどと説いて回っている宗教者がとんでもない色魔だったり、強欲な人間だったりするのはよくあることだ。

 だから、「少欲知足」という生き方が、一番被害が少なくて済む。

 長生きしたい。ずっと若いままでいたい。ずっと異性にもてたい。そういう願いを胸に秘めておくのは卑しいことではないが、そのことばかりに気をとられていると、時として思わぬけがをしてしまう。
 だから、加齢とともに「徒然草」のような生き方がよいと、ますます強く感じる今日この頃である。




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今生 [エッセー]

今生

 今生の今が幸せ衣被ぎ 鈴木真砂女

 馬齢を重ねて生きていると、ほんの小さなことに幸せを覚えることがある。吉本ばななに下記のような言葉があるのを思いだした。この言葉は、イタリア語の勉強をしているときに、「幸せ」に関するイタリア語に翻訳された様々な人の考えを調べているときに見つけたものだ。普段は、吉本ばななの著作など読まないが、この人生観は同じ日本人として非常に理解しやすい。
「人生とは小さな花に似て、意味のない幸せからできている」
 イタリア語 La vita è fatta di piccole felicità insignificanti, simili a minuscoli fiori.

 閑話休題。

 さて、掲題の鈴木真砂女の句だが、これも馬齢を重ねれば腑に落ちる句である。中年くらいまではだれしも、金、地位、名誉、美人、仕事、高級車などの様々な外部的要因に「幸せ」があるものだという錯覚を抱きやすい。
 しかし、そういうものを格別手に入れられないままに老齢に突入すると、人は二種類に分かれる。一つは、その価値観を変えられないまま、自分に失望し、失意の内に老年を過ごす人達だ。
 もう一つは、そういう外部的要因に左右されずに、小さなことに幸せを見いだせるタイプの人達だ。

 どうやら、この句の作者は後者のようだ。ところで、この句に出てくる「衣被」とは何なのか。
 一つは、「昔、高貴な女性が外出する際、顔を隠すために被った衣」である。もう一つは、「小粒の里芋を皮のまま茹でるか蒸すかしたもの」である。この句の場合は後者である。この衣被ぎに、ゆずの皮を振りかけると、ゆずの香りが立ちこめて大変豊かな気持になる。それこそ、あまり意味のない小さな幸せが楽しめる。




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束の間 [エッセー]

束の間

 生ける者(ひと)遂(つひ)にも死ぬるものにあればこの世なる間(ま)は楽しくをあらな 大伴旅人

「酒を讃(ほ)むる歌十三首」の一首である。ただし、本当に旅人はお酒が好きだったのか、どうかは分からない。本当に酒好きだったかも知れないし、心の憂さを取り除いてくれる酒の魔力に魅入られていただけかも知れない。
 私は酒好きである。そして、酒の魔力に取り憑かれた大馬鹿者でもある。酒は多くを飲むと体に良くない。それでも、途中で「今日はこれくらいで止めよう」とは思わない。とことん飲んでしまう。
 しかし、どうせいつかは死ぬのだから、生きている間は楽しく過ごそうよ、という旅人の感慨には深く同意しており、その考えずっと染まったままだ。

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ラテン語諺人生観その4 [エッセー]

その4
 Carpe diem(カルペ・ディエム)と読む。
 意味は「その日を摘め」である。 
 紀元前1世紀の古代ローマの詩人ホラティウスの詩に登場する語句である。
「一日の花を摘め」、「一日を摘め」などとも訳される。また英語では「seize the day」(その日をつかめ/この日をつかめ)とも訳される。
 ホラティウスは「今日という日の花を摘め」というこの部分で、「今この瞬間を楽しめ」「今という時を大切に使え」と言おうとしている。
 「明日は明日の風が吹く」のである。
 くよくよと遠い明日のことを考えずに、「今とここ」を大切にして生きるのが、人間が取るべき態度である。

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如露亦如電応作如是観 [エッセー]

如露亦如電応作如是観

うつ人もうたるる人ももろ共に如露亦如電応作如是観(にょろやくにょうさおうさにょぜかん) 大内義隆

 言うまでもなく、この人は戦国時代の武将であったが、京都あるいは朝廷に憧れて独自の文化を築き上げた。結局は、部下の陶隆房によって攻め滅ぼされる。
 
 如露亦如電応作如是観という言葉は金剛経というお経にあるらしいが、門外漢の私には詳細は分からない。この言葉の意味するところは、人生は露の如く、また雷の如く儚いものだという意味である。
 
 その昔は人生五十年といった。平均寿命が伸びた現在でも、たかだか八十年前後の命である。どんなに長く生きたとしても、せいぜい百二十年程度の人生である。心臓の鼓動が20億回鬱程度、あるいは成人になるまでの5倍の期間と言われていいる。ヒトは成人になるまでは25年を要するらしい。

 いずれにしろ、地球ができてからの長さに比べれば、まことに一瞬の長さでしかない。しかも、ヒトは進化の過程でどうしても癌が発生してしまうような体になった。最近では、癌は老化の一種だとも言われる。考えれば、自分の体の中で発生することであり、決して最近やウィルスのような外部からもたらされたものではないので、納得のいく話ではある。
 
 そんな偉大な地球に対して我々人間は非礼を働いていないか。自然が長年かけて造成した森林をむやみやたらに伐採し、先祖が長い時間をかけて作り上げてきた水田を潰したり、耕作放棄したりして、その結果保水力が衰退した。それは、大洪水となって、結局人間に跳ね返ってくるのだ。
 
 日本の場合は、お金になるということで、雑木林を杉に変えてしまった。だから、森林の保水力がなくなり、すぐに洪水が起きる。これなど、自然に手を加えすぎて、人間が自然からのしっぺ返しを食らうわかりやすい見本であろう。

 また、温暖化が進行するにつれ、北極の氷塊が溶ける。すると、海中の塩分濃度に変化が起きる。塩分濃度が変化すると、海中の深層部ではさまざまな編が呼び起こされて、。やがては寒冷化につながると言われている。寒冷化に至るまでには数千年という長い時間が必要だが、地球は、そのような複雑かつ精巧窮まりない動きをしているのである。

 儚い露のごとき人生だからこそ、自然の脅威を忘れずに自然に対してまた人に対して謙虚な姿勢で生きていきたいものだ。


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湯浴み [エッセー]

湯浴み

 雪の日の浴(よく)身(しん)一(いっ)指(し)一(いっ)趾(し)愛(かな)し 橋本多佳子

 最後の入院を前にした火に、湯浴みをしたときの歌だという。雪がしんしんと降る日に、手の指、足の指を一つ一つ丹念に洗う。身体は病が巣くっている。もうすぐ地上から姿を消すであろう我が身を思い、我が身を「愛(かな)し」んでいる。
 私は俳句を作らないが、このような句は男にはひねり出せないだろうと思う。男なら、病み果てた己の肉体を愛おしむより、己の最期にはどんな肉体的、あるいは精神的苦痛が待ち受けているのかと、心配ばかりすることだろう

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仰天日本語暗記法 [小説]

                仰天日本語暗記法


 先週の土曜日はひどい雨だったが、長年お世話になった会社の先輩が、定年退職の日を迎えたというので、わざわざ僕のところにまで挨拶に来られた。
仮にその人の名前を藤田さんとしておこう。僕は、この藤田さんには新入社員の頃からいろいろと教えて貰い、人間としても尊敬してきた。藤田さんは、能力も充分にあったけれど、どうしてもごますりなどが出来ない人で、上司に対するごますりをしなかったせいか、最終的な社内での地位は課長止まりだった。
「藤田さん。定年退職される前に、一度食事をしませんか。ほら、いつもの居酒屋で一杯飲みませんか」
 僕はそう言って前々から藤田さんを誘っていたのだ。
「田中さん。まだちょっと気持ちが落ち着かないから、退職後に一度連絡するよ」
 そう言われたままで、藤田さんの定年退職の日が来た。
 僕とはだいぶ年の離れた藤田さんだが、二人がよく一緒に飲みに行くようになったきっかけは、僕が通勤に利用している京浜急行の駅で藤田さんをみかけたことだった。
 その時までは、藤田さんがこの駅を通勤に利用していることを知らなかったのだ。
 それは、僕が入社してから三年目に結婚したので、今までの独り暮らしのアパートから住所を移したことにも関係するのだが。
 藤田さんとは帰りが同じ方向だし、僕が結婚した年の入社三年目になってから、我が社ではコスト削減が叫ばれるようになった。
 やがては残業手当削減もその対象となり、遅くまで残業をするなという社命が出ていたので、退社時間もほぼ同じになることが多かった。
 だから、自然に藤田さんとその駅で一緒になることが多かったのだ。三度目に駅で藤田さんと出会った時、藤田さんが、一杯やろうかと声をかけてきた。
 藤田さんとしても、はるかに年の離れた僕と飲み食いしているうちに、自分の息子よりもやや年を食っている程度の青年達の考え方はどうなのかということが、少しずつ理解出来るようになったらしく、二人で時折暇を見つけては居酒屋で一杯やったものだ。
 藤田さんが定年退職されてから二週間後になって、連絡があった。
「田中さん。やっと落ち着いたからいつもの駅前の居酒屋に行こうかね」
「そうですね。退職前には行けなかったですが。ともかく藤田さんはいつがいいですか。僕は出来れば今度の金曜の夜がいいのですが」
「私もそれでいいよ。時間は田中さんに合わせるよ。でも、奥さんに怒られないか。こんな爺さんと飲んでも、面白くないだろうけれど、君とは長年仕事で一緒だったからね。いろいろと仕事の思い出話もしたいしね」
 約束の金曜の夜、藤田さんと一緒に居酒屋に行った。
 その居酒屋で、僕は初めて大変美味しい水茄子の漬け物というものを食べた。
「田中さんは、水茄子というのを食べたことがあるかね。水分が多くてとても美味しいよ。これは大阪の泉州水茄子というもので、水分が普通の茄子よりも多いので、生でも食べられるんだ」
「あ、本当に美味しいですね。この近辺では栽培していないんですか」
「私が知る限りでは、どこにもないな。大阪の泉州地区だけと聞いているけれどね。土壌の問題で、他の土地ではうまく育たないのだろうね」
 僕は、この泉州水茄子がこの付近では滅多に入手できないのを恨むというほど、この水茄子が気に入った。
 だから、藤田さんと別れた後で、水茄子が通信販売で入手できないかと調べようと思ったのだが、その日は自宅に帰ってからすぐに寝た。
 それから暫くの間は、水茄子の事は忘れていたが、ある日、大阪出身のお笑いタレントが、この水茄子のことを喋っていたのをテレビで見て、藤田さんと一緒に食べた水茄子の事を思い出した。
 僕は通信販売でこの水茄子が買えないかと思い、インターネットで検索してみる気になった。検索バーに入力すると時に、うっかり間違えて「アキナス」とカタカナにしてしまった。水茄子と入れるところを、秋茄子と勘違いした上に、カタカナで「アキナス」と入れてしまったのだ。
 間違いに気が付かず検索すると、なんとトマス・アクィナスがヒットしてしまったではないか。イタリア生まれのこの有名な人のことなど、僕にはどうでもよかった。気を取り直して、検索し直してやっと注文出来るサイトを見つけた。
 やっと水茄子を注文した直後に僕は、一人の外国人の友人を思い出した。僕の友達には様々な国籍の人がいるが、オーストラリア出身のトマス・ジョンソンという日本語の上達しなかった男がいたのを思い出した。トマス・アクィナスの名前から、あの愉快でけったいな男のことを思い出したのだ。
 これから僕が語りたいトマスは、トマス・アクィナスとは何の関係もないオーストラリア出身のトマス・ジョンソンのことである。
 あれは、僕がまだ大学に入学して間もない頃だった。僕は当時文京区で独り暮らしをしていた。学校の授業を終わって地下鉄で御茶ノ水駅に出てそこから徒歩で古ぼけたアパートに向かった。
坂道をゆっくり下り、いったん平らな道に出た時、一人の外国人に声をかけられた。
その男は地図を片手にして、背中に大きなバックパックを背負っていた。
「済みません。あなたは英語を話しますか」
「はい。うまくはないけれど、話しますが。どうかしたのですか」
「この駅の近くのAというホテルを予約してあるのですが、場所がよく分からないので、ホテルまでの道順を教えてください」
 彼が手にしていたホテルの名前と住所のメモ書きからはこの近辺なのは間違いがなかったが、僕はその小さなホテルを知らなかった。
 仕方がないので、住所を頼りにその外国人を案内してやることにしたのだ。
 二度ほど道に迷ったが、僕達は無事にそのホテルに到着した。
「ありがとう。あなたの親切のおかげで助かりました。僕はトマス・ジョンソンといいます。オーストラリアから来ました。大学生ですけれど、世界中をほっつき歩いています。今回は、何日か日本にいます」
「僕は、田中弘幸。大学生です。よろしく」
 これが、僕とトマスとの出会いだった。
 次の日、僕はまたトマスと御茶ノ水の街角でトマスと出くわした。
「やあ、君はたしかトマスだったね。元気かい」
「タナカさん。僕は元気ですけれど、日本語はまだ全く分かりません。難しいですね」
 僕とトマスはずっと英語でやり取りをしていたのだが、当時僕はそんなに英語は上手ではなかったし、度胸だけで話していたようなものだ。
「僕は明日から京都に行きます。そして、また東京に帰ってきます。東京と京都の二カ所を見てから、もし日本が気に入ったら今度はある程度長期間日本に滞在します。今度電話するから電話番号を教えてください」
「京都はいいところだから、きっと気に入ると思うよ。それじゃあ、気をつけて」
 そして、東京に舞い戻ったトマスは、日本が気に入ったから、日本に滞在することしたと僕に電話を寄越した。
 次にトマスとあった時に、彼は僕に向かって、日本語の先生になってくれないかと申し込んだ。
僕は、当時まだ学生でもあったし、お金はなくても好奇心と時間はたっぷりあったから快諾した。また、僕もトマスから英語を習おうと思ったので、トマスの提案を受け入れることにしたのだ。

 それから二ヶ月後にトマスは東京に戻ってきた。
「タナカさん。僕は御茶ノ水のこの前泊まったホテルの近くに賃貸マンションを見つけたよ。そこに住みます。あなたのアパートからもそんなには遠くない」
「トマス。僕の事はヒロユキと呼んでよ。ところで、君はどんな部屋に住むんだい。一度部屋を見てもいいかな」
「いいよ」
 彼の部屋を見せて貰ったけれど、なかなかしゃれた造りになっていた。僕の住む老朽化したアパートとは大違いだ。
 いよいよトマスに日本語を教える日が来た。
「トマス。日本語の基礎は、あいうえおという五つの母音だ。これらの母音と子音の組み合わせで四十八文字がある。通常は四十六文字しか使用しないが。まずは、この表でそれを覚えることだ。読み方は僕が教えよう」
 そう言って僕は彼に五十音表を渡した。実際には四十六文字しか使っていないのに、五十音表とはこれいかに、などと心の中では思っていたが。読み方をトマスに教えたが、トマスはなかなか上達しなかった。
 二度目に教える日には、彼を浅草の浅草寺に案内した。僕は日本の観光名所を見ながら日本語を教えてあげようと考えたのだ。
 その日は彼の要望に添って、数の数え方を教えることになっていた。
 雷門の大きな提灯を見ると、トマスは大いに驚いた様子だった。風神と雷神の二体の像を見ると、今度は怖そうな表情になった。なかなか、感情の振幅の激しい男らしいと思った。
 仲見世通りを歩き出すと、表情は一転して明るく楽しそうになった。販売されている土産品や食べ物が珍しいのか、きょろきょろとあちこちを見回していた。
 どうやら、サムライに興味があるのか木刀などを見ると、立ち止まってしげしげと見る。饅頭屋の前では興味津々の表情だったし、煎餅屋の前では、得体の知れない食べ物だという顔付きをしていた。
 やがて浅草寺の本堂前に着いたので、僕はトマスにこう言った。
「トマス。このもうもうと立つ線香の煙を頭にかけると、頭がよくなると言われているよ。ほら、こうするんだよ」
「ヒロユキ。僕は充分に頭がいいから、そんなことはしなくてもいいよ」
 その時、僕は、西洋文化の下で生まれ育った人達というのは、原理原則が明快なのだと感心したものだ。
 僕はいつもどこのお寺に行っても、こうして線香の煙を頭にかけるが、それでも一向に頭がよくならない。それでは、そんなものを信じなければよいではないかと言われても、やっぱり信じる。
 信じないのであれば、線香の煙を頭にかけたりしなければよい。それが、原理原則を重んじる行き方というものだろう。ごく普通の凡人としては、御利益はあると信じる方ことで、気持ちが落ち着くというのが最大の理由である。
 僕は仏教徒なので観音様にお参りをしてくるというと、彼は、自分はクリスチャンだから、お参りはしないという。それはそれでいいから、その場で待っていてくれと言ったのに、僕がささやかな願い事を済ませて戻ってきたら、数人の女性とぺちゃくちゃお喋りをしていた。
 トマスの方に僕が近づいていくと、トマスは女性達に手を振って別れを告げた。
「そうだ、ヒロユキ。今日は数字の数え方を教え下さい。買い物するときでも、数字が分からないと困ります」
「英語のワンに相当するものはイチという。漢数字というのがあるが、それによるとこのように横に棒を一本引っ張る。これがイチだ」
「え、イチですか。はは。面白い」
「何が面白いの、トマス」
「だって、イチは、音だけ聞いているとitchです。つまり、かゆいことです」
「あ、そうか。なるほど。音だけならね。けれども、正確に発音するとichiだよ。日本語は必ず母音で終わる。子音で終わることはない。最後の『ん』という文字だけは別だけれど。まあ、でもトマスが覚え易いというのなら、そんな記憶法でも構わないよ。でも、発音する時には、必ず最後は母音だと覚えていてね。さて、イチの次は二だ。発音はニだが、実際にはイチ、ニーと少し伸ばす場合がある」
「えっ。ニーですか。これはまた面白い」
「何が面白いの、トマス」
「ニーはkneeです。つまり、膝のことです。音だけならね」
「でも、普通は短くニと発音するんだよ。語調を整えるために伸ばす場合もあるけれど、それは例外的な場合だよ」
「でも、ニーの方が覚えやすいよ、外国人には」
「まあいいや。その次は、三だよ。発音はサンだ」
「へえ。sunなの。数字に天体が入っているとは驚きだ。日本語は壮大なものだね」
もう、僕は、この男の発想には付いていけなかった。だから、彼が覚えやすい方法で日本語を覚えるのであれば、それで良いではないかと思い、何も反論したりしないことにした。
「ヒロユキ、sunの次は何ですか」
「ヨン、あるいはシだね。文字はこう書くのだけれど、読み方はどちらでも」
「じゃあ、僕はsheと覚えよう。それが覚えやすい。僕はフェミストだからね」
「その次はゴだよ。漢数字は少し難しいけれど」
「おお、goか。簡単だね。覚えやすい。それ行け、go go!だ」
「それから、ロクだ」
「六番目の数字はrockか。これも覚えやすいな。それで、七番目は」
「セブンに該当するのはシチあるいはなまってヒチ、もしくはナナと発音する」
「hitchならば覚えられる」
「その次はハチだよ」
「hatchだね。つまり、昇降口の蓋だ。潜水艦のハッチかな」
「さらに進むとキューだ」
「ぎゃはは。queueとは。タクシーの順番待ちかな」
「ああ、たしかにね。音だけならそう聞こえるよ。最後がジュウだ」
「Jewとはね。いや、恐れ入った。日本人はイスラエルの失われた十部族のひとつだとも言われているけれども、それと何か関係があるのかね」
トマスとはいちいちまともに受け答えしていられないので、僕は次に進めた。こうして、やっと二十まで教えたら、急に空腹を感じた。
「トマス。昼食を取りに行かないか。日本食は好きかい」
「僕は天麩羅が食べたいです。タナカさんは、天麩羅は好きですか」
「ああ、天麩羅は大好きさ。それじゃ天麩羅を食べに行こう」
「ところで、今何時ですか」
「what time is its now?と聞いたよね。それは、掘った芋いじるなと聞こえるな」
「えっ、何のこと?」
 僕は、これでトマスの変な日本語と英語の関連づけに敵討ちをしてやった。これは彼には何のことだか、さっぱり分からないだろう。ああ、すっきりしたと僕は思った。
 僕達は天麩羅屋に入り、天丼を頼んだ。そこの天丼には穴子、車海老、キス、野菜などが入っていて、天麩羅もからっと揚がっていて大変美味だった。
「そうそう。トマスよ。日本古来の数の数え方というものがもうひとつある。それは、先ほどのイチ、ニ、サン、シ、ゴという数え方とは別のものだ」
「ええ。なんだかややこしくなるな。日本語は複雑だな。でも、それも教えてよ、ヒロユキ」
「それは、ヒトツ、フタツ、ミッツ、ヨッツ、イツツ、ムッツ、ナナツ、ヤッツ、ココノツ、トオ、という。あるいはヒ、フ、ミ、ヨ、イ、ム、ナ、ヤ、コ、ト、と数えるんだ」
「he, who, me, yaw, というのは覚えやすいね」
 またまた、おかしな暗記法を持ち出したが、僕は彼の記憶法を無視した。
 天麩羅を食べるとトマスの変な癖も気にならないようになった。あの苛立ちは、空腹のなせる業だったのだろうと、僕は思った。やっと、心の平衡が取り戻せたのだ。
 こうして、日本語を覚えるのに無茶苦茶な英語と関連づけて強引で独り善がりな解釈をするトマスとの奇妙な一日は無事に終わった。
 それにしても、この調子で日本語を教えて行ったとしたら、何と何を関連づけるのだろうか。英語は子音で終わる単語が多いけれど、日本語は必ず母音で終わる。しかも、綴りと発音は必ず一致する。
 だからこそ、言葉のしりとり遊びなどが出来るのだ。これが子音で終わればしりとり遊びなぞは困難極まる話だ。
 たとえば、appleの次にeggと言えば、間違いだろう。なぜなら、最後のeはたしかに綴りの上では存在するが、発音としては存在しない。耳に聞こえるのはlの音だけでしかない。
 僕の目の前にいるオーストラリア出身の男は、なんとやっかいな記憶法を用いるのだろうか。仕方がない、日本語を覚えたいのはトマスであり、僕ではないのだから、方法論についてまでは僕は口出しする資格はないのだから。
 ただ、日本語を覚えるには彼の方法は有効ではないぞと、僕は密かに心中で彼の記憶法を軽蔑した。
 トマスと駅で別れる時、僕は学校やアルバイトがあるので、しばらくは会えないとトマスに申し渡し、翌週の土曜日に再び会うことにした。

 その土曜日には、僕は彼に動物や果物などの単語を教える準備をしていた。浅草からの帰り道に、いきなり難しい文章を教えても身につかないから、少しずつ前進するようにとトマスを励ましてあげたがどこまで理解したのか。
 トマスと会ってから、僕は彼をスーパーに連れて行った。まずは、果物や野菜を見せる。彼には、彼が知りたいと思う品物の名前を教えてやると話していた。本人があまり興味を持てない事を教えてもすぐに忘れるからだ。
「strawberryは何というのか」
「イチゴだよ」
「おう。itch goか。痒みは去る。文法的にはおかしいが。理解しやすい」
「正しくは、itch goではない。ichigoだ。まあ、トマスがよければその調子で覚えてくれ」
「これは何という」
 彼が指さした物は牛蒡である。牛蒡を英語で何と言うのかは、さすがに僕も知らなかったので、手元の英和辞書を引いた。
「それはゴボウという。英語ではburdockだろう」
「ええ、日本人はこれを食べるのか。僕達は雑草としか考えていないよ」
 果物はイチゴ以外にはめぼしいものがなかったので、質問攻めに会わなくて済んだ。野菜はタマネギ、人参、キャベツ、ジャガイモなど大抵いつもどの季節にもあるようなものばかりだった。それにしても、本来夏の野菜のキュウリまでがこんな春先にあるなんてと思ったが、このデパートにあるのは、日本人が自ら求めたことの縮図なのだ。
 そして、筍を見つけた時に、彼の興味は一際高まった。
「これは何なんだ。皮が付いている大きな黒っぽい植物は。これを食べるのか」
「これはタケノコだ。bamboo sproutだよ」
「へえ。竹というと、あの背の高い植物だろう。緑色をしていて、よく曲がったり撓ったりする。僕は、京都に行った時に、どこかのお寺の庭で見たよ。あんなものも食べるのかい、日本人は。信じられないね」
「トマス。文化の違いはどこの国にもある。君達が食べるワニの肉やダチョウの肉、あるいはウサギの肉は日本人には馴染みがない。だからといって、僕達日本人は、君達が変な物を食べているとは思わない。君達が食べる物だけが、世界中どこでも食べられているというわけでもないだろう。文化には違いがあるだけだ。文化には優劣などはないし、僕達日本人が特に変だというわけでもないよ」
「あ、そう」
 トマスはしらけたように言ったが、外国人にはこのように明快に自分の主張をしておかないと、どんどん譲歩を迫られる。そして、最後に怒りを爆発させても、外国人特に西洋人にはなぜそこまで怒るのか理解してもらえないのが落ちだ。
 次に食料品を回っていると、彼は、今度は海苔に目が行ったようだった。
「ヒロユキ。これは何だろうか。この黒い紙のように畳んである品物は」
「これはノリという。英語ではtoasted laverかな」
「ええ、そんな物まで。おっと。ご免、ご免」
「これにはヨードがたっぷり含まれている。ヨードは甲状腺ホルモンの生成に欠かせない」
「そう言えば、日本人は鯨を食べるのだったね。鯨は海にいる哺乳類で、とてもかしこいじゃないか。なぜ、鯨などを食べようとするんだ」
「日本人は昔から鯨を愛してきた。江戸時代の日本は鎖国政策を採っていた。その日本に開国を迫るきっかけとなったのは、米国の捕鯨船だよ。当時は米国も捕鯨していたが、その目的は油を取るためさ。捕鯨船は水や食料の補給を日本に求めたが、鎖国していたから応じない。そこで、米国は開国を迫ったのだということは、よく知られている。さて、日本人は、鯨を愛するという意味を教えたい。肉はもちろん食べるし、肝臓からは肝油が取られた。軟骨も食用にしたし、髭や歯は櫛などの細工に使ったよ。皮は膠や鯨油に、血は薬用された。欧米では鯨油、鯨髭、鯨歯のみを利用し、他の部分はほとんど廃棄していたのだ。これが、日本人が鯨を愛したという意味だよ」
「しかし、資源が減少したのだから、やはり鯨の捕獲はひかえるべきだ」
「それはそうだが、ある種の鯨はむしろ増えている。それに調査目的で捕獲することは国際的にも合意されている」
「僕は、鯨の捕獲には絶対反対だよ。例え、捕獲目的であっても」
「君の意見がどうであろうと、僕達日本人は鯨を愛する。君達の西洋人の意見にも多々矛盾がある。だからと言って君達と喧嘩をするというのではない。おお、そうだ。思い出したぞ。目くじらを立てる" to raise one's eyebrow "というのがある。他人の欠点を取り上げて非難するとか、あら捜し、つまりfaultfindingとか言う意味だ。動物の鯨とは何も関係がないがね。君達西洋人の鯨に関する意見は、この目くじらを立てるというのに似ているよ」
「分かったよ、ヒロユキ。もうこの件についてはお互い議論をやめよう。ところで、日本人の宗教は神道だと聞いていたが、仏教の寺もずいぶんあるもんだね」
「文化庁という役所がある。そこがまとめている『宗教年鑑』という資料によると、神道系が約1億600万人、仏教系が約9600万人、キリスト教系が約200万人、その他約1100万人、合計2億1500万人だそうだ。これは、日本の総人口の2倍近い信者数になる。祭礼や行事などを通じて、多くの日本人が七五三や初詣、あるいは季節の祭りを神社で行うし、葬式や盆などを仏教式で行うからだ。神仏混淆が行われたため、神道と仏教の間には明確な境界線が存在しないのだよ。神棚を祀っている家庭には仏壇もあることが多い。日本人は、他宗教に対し概して寛容であることから、他宗教との対立という現象はあまりみられないのも特徴かな。だから、確固たる神ないし宗教観と呼べる様なものはそこに存在しないともいえるのかな」
「日本人は忙しいというのか、無原則なんだね。神社に行ったり、お寺にいったりして。僕はクリスチャンだから、そんなのは信じられないね。僕は自分が死ぬまで、キリスト教の教会以外の宗教施設にはいかないよ。神様は絶対にいるし、キリスト教の神様だけが本当の神だと信じているよ」

 こんなやり取りをしてから、三ヶ月も経ったら、トマスの日本語はかなり進歩した。ある日、こんなやり取りがあった。
 それは、再度トマスを浅草に連れて行った時のことである。
「トマス。見ろよ。あの揚げ饅頭屋の前に女の子達が群がっているな。右から三番目の女の子、綺麗だと思わないか」
 僕はテレビでよく見るアイドルにそっくりな女の子を見たので、嬉しくなった。本当に綺麗な子だったので、綺麗と言ったまでであり、他意は一切なかった。
「ヒロユキ。君はあの子と性的関係を持ちたいのか」
「トマス。待てよ。それは下種(げす)の勘繰りというものだ」
 それまでは英語で喋っていたのだが、僕は思わずトマスのあまりにもあからさまな言い方に逆上して日本語で叫んだ。
「ヒロユキはguessしているのか。あの女の子は自分と寝るだろうなとか。でも、guessは理解できるが、何でkangaroo(カンガルー)なんだ」
 僕は、逆上のあまり、トマスに背を向けて走り出した。それ以来、二度とこのおかしな男と会うことはなかったし、変な日本語暗記法に悩まされなくなった。
 秋茄子からトマス・アクィナスに繋がり、トマス・ジョンソンにまで繋がるとは、夢にも思わなかった僕の、秋の長い悪夢はもうそろそろ覚めてもよい頃だと思うが。

                                          終わり




















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仰天国語難問録 [小説]

仰天国語難問録


「今日も暑いな。一体いつまで続くんだろうか、この暑さは。うちのエアコンは故障したままで、夜は寝にくいから堪らないよ」
そう小声で呟くように自分に言うと、男は会社への道を急いだ。朝の陽射しとは思われないような強い陽射しが男の体を締め付ける。アスファルトからの強烈な照り返しが忌々しく思われた。
その男の薄くなった頭髪は、長年自分の人生を必死で生きてきた証でもある。
「あ、鈴木さん。お早うございます」
「あ、お早うございます、田中さん。田中さんはいいね。まだ定年まであと十ニ年くらいあるし、世の中は定年延長の動きもあるから、もっとずっと会社にいられるんだろう。僕はあとニ年で定年だよ。正確には一年半だけど。ところで、例のG社の新製品は開発が延期されそうなんだって。うちの部品も売り上げ増を期待していたのになあ」
「そうですよね。残念ですよ。もう一足のところだったのに」
男の名前は鈴木弘司という。鈴木弘司はあと二年で会社去る平凡なサラリーマンだ。二人の子供はもう成人しており、それぞれによい配偶者をえて家庭を持っている。
妻の美穂は元気な女で、朝から短歌の会に出掛けたり、音楽同好サークルに出掛けたりして飛び回るが日常になっている。時々は、ボランティアで豚汁の炊き出しだとか、おにぎりを大量に作らねばならないとか言って、嬉しそうに動いている。

鈴木は十五年前に父親を亡くし、母親を昨年亡くしたばかりだ。母親が死んだ当初は、辛くて仕方がなかった。鈴木弘司は三人兄弟の末っ子として育ったので、母親にべったりだったのだ。
還暦に近い年になっても、母は母である。だから、父親が亡くなってからは、鈴木が母を引き取って一緒に住んでいた。その大好きな母が突然目の前からいなくなったのだ。両親に孝行を尽くさなかったことを鈴木は今でも後悔していた。
母親の葬儀の際に久し振りにあった兄弟や従兄弟達と幼い頃の母の思い出話に花が咲いた。終戦後の食べ物もろくにない困難な時期を乗り越え、少し落ち着いてきた世の中に自分たちを送り出したくれた父母の様々な思い出は、セピア色の写真のように懐かしいものであった。
最初のうちは父母の話だったが、やがて自分達の健康の話題が移り、あとは病気の話と子供、孫の話ばかりになった。
そのうちに、誰かが子供の頃の思い出を始めて、そこに話題が集中していった。懐かしいヒーロー、テレビ番組、漫画の話、映画の話など話題は尽きなかった。
それらの話題が一巡してからやがて、自分の生きた証として何を残したいかという話に移っていった。
従兄弟の鈴木俊毅は最近俳句に力を入れていて、結社の先生からもなかなかの力量の持ち主として認められているのだという。いずれは句集を出して、自分の人生の証にしたいと話していたのが印象的だった。
弘司はこれといって趣味がない。幼い頃はがらくたの収集に熱を上げていたが、大学を出て社会人として働くことに汲汲とするようになってからは、週末はただ家でごろ寝して疲れた体と心を休めるのが趣味というようになった。
写真には興味があったがお金がかかるし、スポーツはテレビで観戦するだけという方なので、特に自分でプレーするスポーツはない。敢えて言えば時々歴史の本を読んだり、古典を読んだり、クラシック音楽を鑑賞する程度だった。
妻の美穂は弘司と違っていたって活発な女であり、若い頃から短歌結社に属していて技術的にはともかくとして、結社の中ではそれなりの地位を占めていた。
最近では定年後に無趣味では毎日の生活が単調になり、お互いに気疲れするようになるというので、美穂は弘司にも短歌を作らないかと勧めているのだ。弘司としても美穂と一緒に趣味を楽しむのはとてもよいことだと考えていた。
それに何よりも、従兄弟の鈴木俊毅が、自分が生きた証として句集を出したいと言っていたことに強く刺激されたことで、自分も歌集を出せるようになりたいと考えた。妻の美穂もガリ版刷りながら、もう3冊も自分で作って知人に配っていた。
しかし、今更美穂に短歌を習うというのは癪に障るし、結社のような組織に属するのは疲れることなので嫌だと思っていた。
色々と悩んだ揚げ句、大学時代の友人を一人思い出した。湯島昭次郎という著述業に携わる男だ。湯島昭次郎なら出版社と頻繁にやり取りとしているに違いないし、そうだとすれば短歌結社に属さなくても短歌を作り楽しむことが出来る方法に知恵を貸してくれるだろうと期待できると思ったのだ。湯島昭次郎はなんと言っても、大学時代には弘司の一番の仲良しだったのだ。
ここ数年は湯島昭次郎も忙しいらしく、クラス会にも出席していない。多忙な彼に依頼するのであるから、丁重に手紙で依頼することにした。
二日後、湯島と久闊を叙するために、銀座で一緒に食事をすることにした。
「仕方がないな。鈴木君の依頼とあっては断れないな。僕は君に借りがあるからね。これで長年の借りを返すことが出来る」
湯島は美味しそうにビールを飲み干しながら、弘司に悪戯っぽく話す。
「えっ、湯島君が僕に借りがあるだって。僕にはおぼえがないけれど」
「ほら、新宿の小便横町の入り口近くによくみんなで飲みに行った小さな居酒屋があっただろう。あれは、大学三年の夏休み直前のことだったと思うよ。僕のポケットには一銭も入ってなくて、君はアルバイトの給料を貰ったばっかりで懐が豊だった。だから、君にお金を借りたんだよ。金額は、もう忘れたがね。そのまま、返す機会がなくて、と言うより、僕はずっと貧乏だったから、返したくても返せなかったのだ。ずっと、そのことを忘れていたけれど、君の手紙を読んでから、君にお金を借りていた青春時代のあの頃が一度に蘇ってとても愉快だったよ。僕の方こそお礼を言いたい気分だね」

四日後に湯島昭次郎から連絡があり、出版社に相談してみたという。出版社からの情報によると、吉野周一郎という偏屈な歌人がいるらしい。この歌人は特定の短歌結社などに属したことはなくあくまで無師独学で独自の短歌世界を確立した人だという。
しかし、その性格があまりにも狷介であり偏屈なため、歌人としての評価は二分しているらしいというのだ。短歌結社からは無視されていて、歌壇での評価は全くない。
そんな偏屈な歌人なのだが、気に入った弟子には比較的親切に手ほどきをするという。
ただ、問題があって弟子を入門させるに当たっては、日本語の問題を出して、日本語に対する感覚を試すのだという。
言語感覚がよくないと、短歌を作っても独自性のある短歌は作る事が出来ない。平凡な月並みなものしか作れない、というのが吉野偏屈先生の持論らしい。
湯島昭次郎によれば、ともかく吉野偏屈先生に手紙を書いて、入門依頼を診断せよ、とのことだったので、それに従った。
数日後、吉野偏屈先生から日本語の問題が送付されてきた。以下はその質問である。

第一問 次の傍線部分のカタカナを漢字で書け。
A
1 意味: 中国の戦国時代、越王勾践が呉王夫差と戦って、カイケイ山で囲まれ、負けて辱めを受けた。その受けた恥の仕返し、復讐という意味。
(ア) カイケイの恥を雪ぐ
2 意味: 自分で自分の能力や価値などを信じること。自分の考えや行動が正しいと信じて疑わないこと。
(イ) ジシン過剰
3 意味: 簿記で、計算や整理の便宜上、諸種に類別した勘定の名称。
(ウ) カンジョウ科目
4 意味: 心臓と呼吸が止まった状態。心臓の動きが先に止まる場合と、肺の動き(呼吸)が先に止まる場合とがある。しかし、蘇生の可能性が残されているため死亡状態ではない。
(エ) シンパイ停止

B 次にAの質問に出て来た四つの漢字の部分を、総て他の漢字に置き換えて、新しい解釈が出来る創造的物語、あるいは奇抜な解釈を作りなさい。たとえそれが現在ない日本語ではなくても構わない。造語であっても、新しい意味や奇抜さが読み取れればよいものとする。これは学校の日本語の試験ではなく、日本語の感覚を問うものである。

第二問 次の俳句を読んで三種類の解釈を作りなさい。その際、適切と思われるひらがなの部分を回答者の解釈に沿った適切な漢字に変換せよ。なお、元々漢字で書かれた「切り株や」の部分も他の漢字に変換してもよい。俳句として発表するわけではないので、著作権侵害にはならないから。
切り株やあるくぎんなんぎんの夜 加藤 郁也 句集「球體感覺」より

第三問 次の言葉を使用して三種類の短歌を作りなさい。
「いさん」 「かくす」 「しそん」
なお、それぞれの言葉はどのように解釈してもよいし、活用させてもよい。たとえば、「かくす」を「かくせ」あるいは、「かくさん」としてもよい。一首の短歌に総ての言葉を盛り込んでも良いし、盛り込まなくてもよいが、二つの言葉は必ず組み合わせて使うこと。短歌の技術基準を見るのではなく、言語の感覚を問うのであるから、なるべく奔放な発想を期待する。その上で、それぞれの短歌の意味に見合うような漢字に変換せよ。
以 上

鈴木弘司は、この珍問、奇問、難問を読んで仰天してしまった。一般の日本語では考えられないような質問の山である。一体、この珍問、奇問、難問にどのように取り組めば回答をひねり出せるのであろうか。
これに回答せねば、短歌への入門の道が閉ざされる。妻と約束した老後に、一緒に短歌を楽しむということが実行出来なくなる。もし、約束を破る事になると、熟年離婚の危機に遭いかねない。そして、自分の生きた証が欲しい。
しかし、今更短歌結社などに入門するのは嫌だ。会社という組織に縛られ続けてきた人生なので、もうこれ以上組織には縛られたくないのだ。組織には嫉妬が渦巻いているということを長年の経験でよく理解している。
思いあまった鈴木弘司は、湯島昭次郎にこの質問書のコピーを提出してみた。彼の反応を見てから、どうするかを考えようというのだ。
早速、湯島昭次郎から連絡があった。非常に面白い奇抜な質問なので、自分で挑戦してみようというのだ。著述業の湯島が回答するのは、回答者の日本語の感覚を見ようとする質問者の意図とは違っているが、同じ言語活動をする者として、是非挑戦したいというのだ。だから、弘司は湯島が出して来た回答を見てみることにした。
それから、数日経ってから、湯島から回答が提示された。以下は質問に対する回答である。
第一問 次の傍線部分のカタカナを漢字で書け。
A
1 意味: 中国の戦国時代、越王勾践が呉王夫差と戦って、カイケイ山で囲まれ、負けて辱めを受けた。その受けた恥の仕返し、復讐という意味。
カイケイの恥を雪ぐ
回答 会稽

2 意味: 自分で自分の能力や価値などを信じること。自分の考えや行動が正しいと信じて疑わないこと。
ジシン過剰
回答 自信

3 意味: 簿記で、計算や整理の便宜上、諸種に類別した勘定の名称。
カンジョウ科目
回答 勘定

4 意味: 心臓と呼吸が止まった状態。心臓の動きが先に止まる場合と、肺の動き(呼吸)が先に止まる場合とがある。しかし、蘇生の可能性が残されているため死亡状態ではない。
回答 心肺

B 次にAの質問に出て来た漢字の部分を、総て他の漢字に置き換えて、新しい解釈が出来る創造的物語、あるいは奇抜な解釈を作りなさい。たとえそれが現在ない日本語ではなくても構わない。造語であっても、新しい意味や奇抜さが読み取れればよいものとする。これは学校の日本語の試験ではなく、日本語の感覚を問うものである。

1
回答 「会計」
解釈 ある日、同窓会で幹事役を命じられた入谷昭作は、とんでもない失敗をした。幹事役なので、酔っぱらってはいけないのに、すっかり酔ってしまったのだ。それで、店で会計をするときに、一人につき三千八百円を事前に徴収しているにもかかわらず、その場で更に四千円を徴収しようとした。そのため、みんなからおかしいと非難の集中砲火を浴びた。その時以来、入谷昭作を幹事役にしてはいけないというお触れが同窓会で出回った。おかげで、入谷昭作は会計のできない男としてすっかり有名になった。これを「会計」の恥というようになった。

2
回答 「地震」
解釈 世界人口総数は約六十五億人で、日本の人口は約一億二千七百万であるから、世界の人口の約ニパーセントを占める。世界の総面積は一億三千五百万平方キロで、日本の総面積はそのうちのわずか三十七万平方キロである。日本の総面積はなんと世界の総面積のわずか〇.三パーセントに過ぎないのだ。
世界には約八百以上の活火山があると言われている。日本にはその一割以上八三もの活火山があると言われる。そして、世界には十数枚のプレートがあり、日本はそのうちの四枚のプレートがある。太平洋プレート、ユーラシアプレート、北米プレート、フィリピン海プレートである。その結果、専門家によれば世界で発生する地震の一割は日本で発生していると言う。
日本はあきらかに地震が多いのだ。人口比率で言えばわずかニパーセント、総面積比率では〇.三パーセントしか占めない日本に、活火山の数も一割、地震発生も一割である。自然災害が多すぎるのだ。
これを、地震過剰の状態という。しかし、現在のところ、人力ではどのようにもならないし、出来ないのである。

3
回答 「感情」
解釈 成蹊大学経済学部教授の竹内靖雄氏によれば、あらゆる人間に共通した行動原理は「自己利益の追求」であるという。(「日本人らしさとは何か」 PHP文庫より)つまり、人間はいつも損得勘定をしているのだ。同氏によれば、利益には二つある。それは、現実的利益と感情的利益である。現実的利益とはお金、権力、地位、名誉などである。一方、感情的利益とはその人が満足するような利益である。例えば、被災者に義捐金を送る、ボランティアで活動をするなどの利他的行動で、自分の感情を満足させる。
孔子によると、人間には四つの悪徳があるという。克・伐・怨・欲である。克は勝つことを好むこと。伐は自分を誇ること。怨は人を恨むこと。欲はむさぼること。
克伐怨欲不行焉。可以爲仁矣。子曰。可以爲難矣。仁則吾不知也。  「論語」 憲問
克・伐・怨・欲、行なわれざるは、もって仁となすべきか。子曰く、もって難しとなすべし。仁はすなわちわれ知らざるなり。
さらに、三字経では人には、喜・怒・哀・懼(おそれ)・愛・悪・欲の七情があるという。
このように人間はたくさんの「感情」科目をぶら下げて生きているのである。自分の損得勘定、つまり、現実的利益にばかりにしか目がいかないでいて、他人の感情を損なうようなことになると、とんでもない目に遭うということだ。

4
回答 「心配」
解釈 佐藤純一は生まれつき心配性な質だった。遠足の前日には、当日は雨が降らないかと心配し、成績表を貰うときには前年度よりも下がっていないかと心配した。新しい職場に異動されれば、うまく行くのだろうかと心配した。ずっと心配のし通しだったと言っても過言ではない。
そんな佐藤純一も、寄る年波と長年積もりに積もった心配のために、体が蝕まれていた。重い病になって病院に駆け込んだ時には末期の大腸ガンだと診断されたのだ。
そして、病気が発見されてから、半年も経たないうちに危篤状態になった。
佐藤純一は、瀕死の床から看護師に向かってこう言ったという。
「もうこれであれこれと心配しないで済むんだ。これで心配停止だ」
それだけ呟くと、穏やかな終末を迎えたという話だ。

第二問 次の俳句を読んで三種類の解釈を作りなさい。その際、適切と思われるひらがなの部分を回答者の解釈に沿った適切な漢字に変換せよ。なお、元々漢字で書かれた「切り株や」の部分も他の漢字に変換してもよい。俳句として発表するわけではないので、著作権侵害にはならないから。
切り株やあるくぎんなんぎんの夜 加藤 郁也 句集「球體感覺」より

第一の解釈
切り株や歩く銀杏銀の夜
これは、作者が大きな公孫樹の木がたくさんある場所を歩いている風景である。その辺りはあまりにも公孫樹の木が多いので、伐採したのか、切り株がたくさんあった。
時刻は言うまでもなく夜である。春宵一刻値千金というが、残念ながらその時は春宵ではなく、夏の深夜の肝試しだったので、値は「金」ではなく「銀」であった。銀杏の実はまだ実っていなかったこともあったので、その夜の値は「銀」に格落ちしたのである。

第二の解釈
切り株や或る苦吟難吟吟の夜
吟行の俳人は、苦吟し、難吟している。このまま一句も出来ないままに、夜明けが来るのであろうかと、思い悩む俳人の苦悩する姿がよく出ている。
しかし、一句出来ると次々と作品が出来てくる。句が新しい句を呼び起こすのである。
先ほどまでの、苦が苦を呼ぶ現象とは全く別の世界が開けるのだ。もう苦吟も難吟もない。このまま夜明けまでぶんぶん飛ばして書き散らす、素晴らしい吟の夜が来るのだという俳人の歓喜に包まれた一句である。

第三の解釈
切り蕪や歩く吟難吟吟の夜
昔、ある尼寺に吟照尼という尼さんがいた。この尼さんは料理がとても上手なことで近所の人々に大変有名だった。
ある日、吟照尼の下に大きな立派な蕪が届けられた。これを見た吟照尼は、近所の皆さんをご招待してご馳走を振る舞うことが、御仏の心にかなうことだと考えて、ご馳走をすることにした。慈悲の心である。慈悲の心は言うは易く、行うは難(かた)し。
その時、吟照尼は一つの決意をした。ご馳走をする近所の人達のなかに俳句が好きで上手な人がたくさんいた。そこで、俳句など一句も作ったことのない吟照尼は一句ものしてやろうと思った。料理に添えようと考えたのだ。
料理の下ごしらえも準備万端整った招待日の前夜、吟照尼は俳句に挑んだ。しかし、今まで俳句など作ったことはないので、全く何も浮かばない。吟は歩く。虎のようにあちこち歩き回って歩いて俳句を考える。そして、どうにもならないままにとうとう招待日の朝を迎えた。
仕方がないので、自分が歩き回って難吟に苦しんだ揚げ句に、朝を迎えたという屈辱をそのまま読み込んだのがこの俳句である。
「吟」の夜は料理に対する賞賛の声と、俳句に対する非難の声が複雑に入り交じったものになったのであるが、その時の気持ちがよく表れた一句である。

第三問 次の言葉を使用して三種類の短歌を作りなさい。

「いさん」 「かくす」 「しそん」
なお、それぞれの言葉はどのように解釈してもよいし、活用させてもよい。たとえば、「かくす」を「かくせ」あるいは、「かくさん」としてもよい。一首の短歌に総ての言葉を盛り込んでも良いし、盛り込まなくてもよいが、二つの言葉は必ず組み合わせて使うこと。短歌の技術基準を見るのではなく、言語の感覚を問うのであるから、なるべく奔放な発想を期待する。
その上で、それぞれの短歌の意味に見合うような漢字に変換せよ。

回答一
太田胃散龍角散に葛根湯蒲柳の子孫よ手放すなかれ
この歌を詠んだ人は蒲柳の質だったので、いつも胃弱に悩んでいた。だから、太田胃散を手放さなかったのである。また、喉もいつもいがらっぽい感じが取れず、龍角散を愛用していた。そして、風邪を引くと決まって葛根湯を飲んだ。
自分の愛する子孫に対しても、これら薬を手放してはいけないという、ありがたい教えなのである。

回答二
核拡散防止条約締結し子孫に残せ世界遺産を
核爆弾による破壊とその影響には凄まじいものがある。終戦から60年以上経つ今も原爆症に苦しむ人がいるのだ。核拡散防止条約とは、そのような恐ろしい核兵器の保有国を制限して、核軍縮を進めるための条約のひとつである。しかし、現実には核軍縮は進んでおらず、インド、パキスタン、イラン、北朝鮮など拡大する一方である。
核爆弾による人類の共通の遺産として、世界遺産の破壊を守ろうという祈りが込められた一首である。

回答三
仕損じた違算のままの決算書隠さんとして税務署指摘
恐らくは二重帳簿を平気で作るような会社だったのだろう。税務署署員か明らかにおかしいとして指摘して、捜索した結果、違算のままで仕損じた元の帳簿が見つかった。このため、この会社の社長は税務署からこってりと油を絞られたという話である。

ここまで読み進んだ弘司は、腰を抜かしてしまった。あまりにも奇抜な発想の連続に、湯島昭次郎という友人が化け物に思われてきた。
しかし、今はそのような感想に浸っている場合ではないのだ。なんとしてでも吉野偏屈先生に短歌の弟子として受け入れてもらい、短歌を一人前に作れるようにならないといけないのである。
そして、ガリ版刷りでも良いから、短歌集を一冊出して、自分の生きた証にしなければならないのだ。
長年ぺこぺこと馬鹿な上司に頭を下げながら、家族のためにと思い、辛いことも我慢して働いてきた。狐と狸の化かし合いのような同僚との足引っ張り合いにも耐えてた。理路整然と話して、過ちを指摘してやっているのに、不服そうな顔で黙り込む後輩の不貞腐れた態度にも忍の一字で対応してきた。
そのように、耐えに耐えて黙々と職蟻や職蜂のように、営々と働いてきて手に入れた物は、この小さなマンションだけかと思うと、やはりなんとしても自分の生きた証が欲しいのである。
だから、意を決して、湯島昭次郎の回答をそのまま吉野偏屈先生に送った。
その後、吉野偏屈先生からは何も返事がなかったので、吉野偏屈先生の自宅を訪れたら、吉野偏屈先生は急病で入院したという。家族もいずに独り暮らしだったらしい。
近所の人に吉野偏屈先生の病名を聞くと脳梗塞で、再起は難しいだろうとの話だった。
鈴木弘司は、それを聞ききがっくりと肩を落として首を項垂れて駅の方に向かった。最寄りの駅へ向かう道の途中にこんな看板がかかっていた。
「初心者歓迎。短歌入門志望者募集中。ただし、入門試験あり。委細面談 吉野周一郎」
あなたも定年後に備えて、短歌を作りませんか。そして、短歌入門の試験を受けてみませんか。吉野偏屈先生に代わり短歌を教える人がいますよ、きっと。

終わり

注:第二問の第二の解釈については、『加藤郁也詩集』(現代詩文庫 思潮社)松山俊太郎さんの文(『球體感覚』復活)の解釈に基づいていますので、お断りしておきます。


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 [エッセー]



 皮にこそをとこをんなのいろもあれ骨にはかはるあとかたもなし 一遍上人

 一皮剥けば人間は誰しも私利私欲の塊である。しかし、その私利私欲を押さえて行動するからこそ、相互信頼、友情、尊敬の念が生まれる。私利私欲を剥き出しにしたままで行動していては、友好な関係など生まれるはずがない。それは、人間同士、民族同士、国同士もおなじである。だから、人間同士が衝突しないように付き合いがあるし、国家間の衝突を阻止するために外交というものがあるのだ。
 男と女の愛憎もまた、これとおなじようなものである。生きていて皮や肉があるからこそ、男としてあるいは女としての色・形・愛着・憎悪・迷妄・妄執などがある。死んで骨になってしまっては、それらは何も残らない。私達は毎日のように無常を感じないで平気で生きているが、無常こそは人生を支配する真理である。

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『菜根譚』前集第百六十一項から [エッセー]

『菜根譚』前集第百六十一項から
 
 為善不見其益、如草裡東瓜。
 自応暗長。
 為悪不見其損、如庭前春雪。
 当必潜消。
 
 善を為(な)すも其の益を見ざるは、草裡(そうり)の 東瓜(とうか)の如し。
 自(おのず)から応(まさ)に暗(あん)に長(ちょう)ずべし。
 悪を為(な)すも其の損を見ざるは、庭前(ていぜん)の春雪(しゅんせつ)の如し。
 当(まさ)に必(かなら)ず潜(ほそか)に消(き)ゆべし。

 良いことをしても、その結果が見えないのは、草むらに自生するウリのようなもので、見えずとも自然に大きくなっているのだ。
 これに対し、悪事を働いても、その報いが現れないのは庭先に積もった春の雪のようなもので、気が付かないうちに身を滅ぼしてゆくものだ。

 つまり、良いことでも、悪いことでも、直ぐには結果が見えないことがあるが、良いことは良いことなり、悪いことは悪いことなりの結果が自然に出るということだ。
 言換えれば、因果応報という法則を心に焼き付けておけということ。
 

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Cognosce te ipsum. [エッセー]

Cognosce te ipsum. 「コグノスケ・テー・イプスム」と読む。

 cognosce は、「知る」という意味の第三変化動詞の命令法で、「知れ」をを意味する。te は、「人称代名詞」tu の対格で、「あなたを」である。ipsum は、te を強調する「強意代名詞」であり、「自身を」ということだ。つまり、「汝自らを知れ」という意味である。この言葉はデルポイの神殿に刻まれたギリシア語(グノーティ・セアウトン)のラテン語訳である。
 さて、この元々「汝自身を知れ」(グノーティ・セアウトン)という言葉は、ギリシアの七賢人の言葉であったものが後にデルフォイ神殿に刻まれた格言とも密接に関係する内容です。「グノーティ・セアウトン」という言葉は、「度を越すなかれ」という意味で使われ、現在のギリシアでは、酒場の店の入り口付近に張ってあるそうだ。正体を失うまで飲むなよ、ということだ。いわゆる自己知の問題である。
 ソクラテスは、自分がどういう人間であるかを、十分には知らなかったにしても、少なくとも、世の知者以上には知っていたし、知ろうとした。知ろうとすることができた。この点で、ソクラテスと世の知者たちとは違っていた。他人から知者の名声・評判を得、その名声・評判を基準にして、それと意識するにせよ意識しないにせよ自分自身を知者だと思い、それで満足していたのに比べて、ソクラテスはそうした名声・評判を基準に自分のあり方を捉えなかった。自分で自分のあり方を捉えようとしたと言われる。

 さて、私はこの「汝自身を知れ」ということばがデルポイ神殿に書かれたという時点から、この言葉の意味することは「お前達人間は死すべき者であることを知れ」と言っているような気がして仕方がない。不老不死の神に対して儚い命しかない人間。つまり、そういうものだと知れと言っているように思える。それはあくまで私個人の感じ方ではあるが。


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はずれ   [エッセー]

はずれ

 たった一年の/作はづれでも/十九年育て上げたる/娘売るのか 中村孝助

 大岡信『新編 折々の歌』の解説に拠れば、この歌人は明治34年(1901年)に千葉県で生まれたということだ。わずか118年前には、この歌のような現実があったのである。それを思えば、現在の日本では食べていくために娘を売るなどということはまずない。それもこれも、明治・大正・昭和と激変していった日本のために、子孫のことを思って対処してこられた、御先祖様達のおかげであり、この恩恵を末永く感謝しなければならない。そして、子孫のために、日本が世界から爪弾きにされないように、悪を慎み善を積極的に行うような、国作りをしていかねばならない。



 
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地獄への道は善意で舗装されている [エッセー]

 The road to hell is paved with good intensions. ]

「地獄への道は善意で敷き詰められている」あるいは「地獄への道は善意で舗装されている」とも言う。
 善意を持っている人は「いい人」であっても、その考え方が「正しい」とは限らない。むしろ、間違っていることが少なくないのだ。「善意」によって、誰かをむしろ悪い方向に導いてしまう、ということはよくある。これが政治のように規模が大きく、重大な判断である場合、「善意の間違い」が多数派を占めたり、権力を持ったりすると、それが「地獄への道」になりうるわけだ。
「善意の間違い」が恐ろしいのは、表向きは「悪」に見えないこと、また善意の持ち主である本人は「悪」だと思っておらず、正しさを確信していることだ。だからこそ、それが多数派になったり、権力を持ったりする。
 いかにも悪い人とか、悪意が見えているような悪事・間違いは、わかりやすい。悪であることには違いないが、悪であることが明白なので、支持されず、権力を持ちにくい。その意味で、この種の悪は「弱い」ものであり、「本質的な危険性」を持っていない。
 つまり、「地獄への道は善意で敷き詰められている」という言葉は、「わかりやすい悪」よりも「善意の間違い」のほうがはるかに恐ろしく、危険だということを実にうまく表現していると思う。
 1709年生まれのイギリスの文学者、サミュエル・ジョンソンが「Hell is paved with good intentions(地獄は善意で敷き詰められている)」と書いているのがもっとも早い例で、その後の1800年頃には、あたまに「The road to」がついたものが「一般的なことわざ」として定着していたように思われる。
 クレルヴォーのベルナルドゥス(Saint Bernard of Clairvaux 1091-1153)が書いた、「Hell is full of good intentions or desires.」という例があるそうだ。もう1000年近く前だ。未だにこの言葉が使われているのは、1000年の昔から人間は大して進歩していない大いなる証拠なのである。

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妻を恋う [エッセー]

妻を恋う

 逢う期(ご)なき妻にしあるをそのかみの処女(をとめ)となりてわれを恋はしむ 窪田空穂

 作者の妻は出産の際に三十歳の若さで急逝したという。現実には二度と会うことのない妻が、かつての清らかな乙女となってまぶたに蘇る。その悲しみの深さはいかばかりであろうか。大岡信は、『新編 折々の歌』の中で、この歌を近代挽歌の白眉だと評した。
 
 そういう意味では、シミも皺もすっかり増えてしまって、口うるさい婆様になってしまった古女房と、今まで長い間一緒にいられた私は、このような悲しみを味わわなくて幸運だったなとしみじみと思うのである。若くて美しかった女房に恋い焦がれるのは、本当に気の毒なことである。
 人の世の幸せというものは、このような小さな出来事の詰め合わせでできている。欠けた部分があることの不幸と、全部揃ってはいるが全てがちまちまとしたものばかりではあるが、不満ながら噛み締めることの出来る幸せとを比較しても意味がない。欠けてしまったものは返らないし、ちまちまとした欠片が大きくなるわけではない。だから、全てを受け入れて現状に感謝するしかない。

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スペイン語諺による私の人生観 その3 [エッセー]

その3
 Aquellos polvos traen estos lodos.
 あの埃が この泥をもたらす。
 一言で言えば、因果応報、自業自得ということである。また、「撒かぬ種は生えぬ」という諺もある。原因や理由のない結果は存在しない。悪因悪果、善因善果いう言葉の重みをしっかりと噛み締めれば、悪事を働こうなどとは思わないものだ。
「三思後行」(さんしこうこう)という四字熟語もある。これは、物事を行う前に三度熟考せよという意味である。くれぐれも軽い気持で悪への道を踏み出してはならない。


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 [エッセー]


 
 なにせうぞ くすんで 一期は夢よ ただ狂へ 閑吟集

 人生は儚い。まさしく夢みたいなものだ。せいぜい長く生きても120歳くらいまで。それでもネズミ、イヌ、ネコなどに比べると長い。
 だが、なんと言っても人間が他の生物と違うのは、成人するまでに20年もかかるということだ。馬の赤ちゃんなどは生まれてすぐに母親の後をよちよちと歩く。
 人間はそうはいかない。言葉がしゃべれるようになり、ひとりで歩けるようになっても、まだ一人前にはならない。学問を身につけ、善悪の判断が出来、働いて稼げるようにならないと一人前にはならない。だから、無事に産み育ててくれた父母、見守ってくれた親類のおじさんやおばさん、イトコ達、学校の先生、仕事を教えてくれた先輩、一緒に遊んで成長した友達には感謝をしなければいけない。


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秋風辞 漢武帝 [エッセー]

秋風辞 漢武帝

  秋風起兮白雲飛    秋風起って 白雲飛び
  草木黄落兮雁南歸   草木黄落して 雁南に歸る
  蘭有秀兮菊有芳    蘭に秀有り 菊に芳有り
  懷佳人兮不能忘    佳人を懷うて 忘るる能はず
  泛樓船兮濟汾河    樓船を泛べて 汾河を濟り
  橫中流兮揚素波    中流に橫たはりて 素波を揚ぐ
  簫鼓鳴兮發棹歌    簫鼓鳴りて 棹歌を發す
  歡樂極兮哀情多    歡樂極りて 哀情多し
  少壯幾時兮奈老何   少壯幾時ぞ 老いを奈何せん

  秋風が立って白雲が飛び、草木は黄ばみ落ちて雁が南に歸る、蘭(ふじばかま)や菊が香るこの季 
 節、佳人が思い起こされて忘れることができない。樓船(2階建ての船)を泛べて汾河を渡り、中流
 に横たわって白い波をあげる、船内は弦歌が鳴り響いて歓楽が極まるうちにも、なぜか憂いの感情
 が起こってくる。若いときはいつまでも続かぬ、老いていく身をどうすることもできない。

  さて、「歓楽極まりて哀情多し」と言う言葉は、老いの迫った私には一層の深みをまして響いて
 くるけれど、若い人にはなかなかぴんと来ないことだろうと思う。この言葉は私に若山牧水の「幾
 山河越えさり行かば寂しさの終てなむ国ぞ今日も旅ゆく」を想起させる。
  だが、両者に違いはある。武帝は素直に歓楽が窮まれば哀しみが多いと詠んだ。一方、牧水は、 
 「寂しさの尽きるところなどない」と言うことを十分に承知した上で、反語的に「終てなむ国」と
 詠んだ。
  武帝の「哀しみ」と牧水の「寂しさ」の違いもある。
  人であれ、動植物であれ、命のあるものは最終的に死を迎える。形のあるものは壊れる。「哀し
 み」とはそういう終焉の場面にぽっかりと浮かぶ大きな落とし穴なのだ。一方、「寂しさ」とはか
 つて所有していたものを喪失し満たされない気分でいることだ。この違いは大きい。そして、武帝
 は、若年の喪失の寂しさをも哀しみの残響として響かせた。
  

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寂光土 [エッセー]

寂光土

 ぜんまいののの字ばかりの寂光土 川端茅舎

 ゼンマイは湿気の多い場所に生えるらしい。私は植物には疎いので、ゼンマイのことはよく知らない。また、春先に頂く山菜の一首だと言うことも知ってはいるが、都会暮らしが長く、ゼンマイが採れる様なところに行かないので、滅多に食べることもない。
 しかし、誰もいない処で「の」の字みたいに見えるゼンマイの新芽が、ずらりと並んだ光景は静寂そのものだろう。実に見事なまでの浄土である。それ以外の言葉が見付からない。この人は病気がちだったらしいから、闘病の日々の中で仏教に近づいたのだろう。この句を詠んだとき、かれのこころは寂光土に包まれていたのだろう。

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『菜根譚』前集第百四十七項から [エッセー]

『菜根譚』前集第百四十七項から
 
 反己者、触事皆成薬石。
 尤人者、動念即是戈矛。
 一以闢衆善之路、一以濬諸悪之源。
 相去霄壤矣。

 己れを反(かえり)みる者は、事に触れて皆薬石と成る。
 人を尤(とが)むる者は、念を動かせば即(すなわ)ち是れ戈矛(かほう)なり。
 一を以って衆善(しゅうぜん)の路(みち)を闢(ひら)き、一を以って諸悪の源を濬(ふか)くす。
 相(あい)去ること霄壤(しょうじょう)なり。
 
 自責の念をもつ者は、全ての出来事を良薬に出来る。
 他責的な者は、その思いが、全てが自分を傷つける刃物となる。
 前者の場合は善行に至る道を開き、後者の場合は悪事を働く源となる。
 よって、自責と他責では、天地の差が開くのである。
 つまり、謙虚な人間には学ぶ機会が多い上に、素直に学べるので成長が大きいが、高慢な人間は学ぶ機会も少なく学ぶ意志が無いので、悪くなる一方だ、ということだ。
 如何なる場合であっても最終的には謙虚な人間の方が有利になるということである。傲慢不遜な人間が他人の信頼を勝ち取ることはない。一時的には栄えても、そういう人からは人は自然に離れてゆくものだ。

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