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酔生夢死の世の中を渡るには、それなりの覚悟と知恵がいる。そんな覚悟も知恵もなく歩んできた人生の好きなことを、好きなように書き散らしました。

ギリシャ語諺の人生観  その2 [現代詩]

 沈黙が言葉に勝る場合もあるだろう、言葉が沈黙に勝る場合もあるだろう。
 エウリピデス『オレステス』より

 日本は自然災害が多い国である。地震、台風、火山爆発、大雨などを始めとする自然災害による被害は、日本中ありとあらゆる時、場所で起きる可能性があるが、被災発生直後のテレビの取材などで、「頑張れますか」などという馬鹿な言葉をかける記者がいる。あれを聞く度に腹が立つ。被災者は、いつだって「頑張って」必至で生きているのだ。それなのに、追い打ちを掛けるように「頑張ってください」などと言われれば、被災者にしてみれば、「もうさっさと諦めてしまえ」と言われているのとに等しい気分になるだろう。
 被災者に希望を持たせる温かい言葉になるのか、あるいは突き放して失意のどん底に追いやるような冷酷な言葉になるのか。それには、言葉を使う際のTPOに対する配慮が必要になる。
 もっとも、腐敗しきった日本のメディアは、事実の報道などには興味がないようで、ひたすら国民を誤った方向に導くための、あるいは己の信念をアピールするためのフェークニュースを流すことに熱心だから、被災者の気持ちなどに配慮するはずもない。最近では、日本のメディアに限らず、世界のどのメディアもそういうものだと正体が知れてきた。
 



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ラテン語諺人生観その1 [現代詩]

 
Date et dabitur vobis. 「ダテ・エト・ダビトゥル・ウォービース」と読む。
 『新約聖書』ルカの福音書6章の言葉「与えよ、さらば与えられん」 という意味である。
 この言葉は、しかし、先に何かを相手に与えれば見返りが後から回り回って帰ってくる、というような物的な報酬の関係を表すのではない。無償・無条件の奉仕によって、自己の内面や他者を通じて神の祝福が与えられるという、精神的な報酬の関係として捉えられるべきである。
 自分にとって価値のあるものを相手に与えることは、なかなか難しいものだ。自分にとって不要になったものを与えるのは、「捨てる」という行為と何ら変わりない。しかも、感謝して貰いたいとか、見返りをきたいしたりしては意味がない。無償かつ無条件の施しが出来なければ、神の祝福はないというのだ。
 これは、伝教大師最澄の『己を忘れて他を利するは慈悲の極みなり』という言葉とぴったり重なる。自分のことは後にして、まず人に喜んでいただくことをする、それは仏さまの行いで、そこに幸せがあるのだという意味だろう。つまり我欲が先に立つような生活からは幸せは生まれないのだということである。「言うは易し、行うは難し」である。
 

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狸の和解 六 狂歌合戦の幕開け [現代詩]



辛夷の白い花、薄紅や白の桜、ユキヤナギ、そして可憐な色とりどりに咲き乱れる野の花の大饗宴も、午前二時の漆黒の闇に包まれては何の意味もない。その漆黒の闇を続々と狸達が集まる。
神社の境内に至るまでの階段では狸達は好き勝手なことを喋りあっていても、狸大明神の境内に一歩踏み込むと森閑として咳払いひとつしない。狸族は狸大明神の神様への信仰心に厚いのだ。
A村とC村から招待された百匹の狸の審査員、凡々和尚、ハカセはそれぞれ席についている。ガンジ長老とバン長老も、それぞれの村の幹部と一緒に着席している。
司会は特別に四国から話の上手い狸亭花鳥に来てもらった。狸亭花鳥への報酬は高いが、途中で大勢の観客に飽きられないためには、狸亭花鳥のような一般に良く知られたエンターテナーに来てもらう必要があった。
A村とC村からも一般参加者がいたが、山を越えて来なければならないので、人数は少ない。しかし、S村とV村の狸は病気で動けない老狸を除いて、ほとんど全員が参加していた。ゲストにはアスリートもいるし、狂歌に詳しい文化狸もいる。
やがて暗闇の中から照明を浴びて、仮設ステージから狸亭花鳥が登場した。
「みなさん、今晩は。司会の狸亭花鳥でございます」
ここで、会場は大きな拍手につつまれたが、一般参加者が声を出すことは禁止されているのでなんともちぐはぐな気分だった。
「さて、今回の催し物は『狂歌合戦』です。今からS村代表の凡々和尚とV村の代表ハカセさんがそれぞれ狂歌を五首詠みます。ここで争う方法は次のとおりです」
花鳥はゆっくりと聴衆を見回すと、言葉を継いだ。
「まず、原則として自由律はいけません。古来の五七五七七というのが大原則です。これが七五五七七になっても構いません。また、字余りや字足らずでも構いません。それから、本歌取りということがありますが、これも構いません。ただし、内容は必ず創作であらねばなりません」
「おい、本歌取りとはなんのことだ」
あちこちで、小さなざわめきが起きたが、それを無視するように花鳥は続けた。
「また、審査員のみなさんには技術の上手、下手を審査するのではなく、どちらの狂歌が共感出来るか、反省させられるのかということに重点を置いて審査頂きたいと思います。審査員の皆さんは、一首につきそれぞれ一点ずつの持ち点がありますから、それぞれどちらか自分が良いと思う方に点を投じてください」
「そんなことを言われても、よく分からんな」
審査員の一人が呟いたが、花鳥は先に進んだ。
「くどくどと言いますが狂歌の良い、良くないという判断の基準は、狂歌の上手い、下手ではなく、審査員の一匹一匹が狸族の一員としての価値観、倫理観に焦点を当てて、どちらの方が相手に対して反省の種を多く含んでいるか、共感できるのかということです。これは自分の良心に照らしてよく考えて点を入れて下さいね」
「はい、分かりました」
審査員の中で最も若い狸が元気よく叫んだのをきっかけに、緊張した雰囲気が和んだ。
「さて、ここでそれぞれの代表者を簡単にご紹介しましょう。まずはS村代表の凡々和尚です。和尚さん、今晩は。よろしくお願いします。凡々和尚は、現在狐狸狐狸寺の住職をなさっています。和尚さんの好物は何ですか」
「山芋をすり込んだ枯れ葉酒とそば。さらに、ミミズの塩辛。カエルの干物、ネズミの活き作り」
「このとおり、凡々和尚はお酒の好きなお方で、昨日も打ち合わせをしながら、ずいぶんたくさんのお酒を飲んでいらっしゃいました。ご自分の事を『酒無二駄仏』と自称していらっしゃいます」
和尚はさりげない渋茶色の作務衣に身を固めていた。丁寧に会場を見回して、ゆっくりと頭を下げた。
「一方、V村代表のハカセさんは、酒は健康に良くないし、たばこはもっと悪いと、酒もたばこも嗜まないそうです。お好きなものは何ですか」
「そうですね。僕は勉強が好きです。嫌いなのは権威を振り回すことです。大学でも実力がないのに権威を振り回して威張っている教授なんかが多いですからね」
狸亭花鳥はそう言うと、一口水を飲み干した。今日の日中は快晴だったから、湿気は少なくて空気も乾燥気味で喉も渇きやすいのだろう。
その後、ゲスト解説者として、文化界からタカシ、社会評論家のマキノ、スポーツ界からはベンジが紹介された。
ハカセは、びしっとしたスーツに身を固めていたが、いささか緊張した面持ちでいた。やや青ざめた表情が、一層知性を強調していた。

「ゲストの方々の発言は私が指名してコメントを頂きますので、ゲスト解説者のみなさん、よろしくお願いします。あ、ひとつ言い忘れました。審査員の方々は詠み手の方が一首詠み上げたら、批評やコメントを言いたい狸はお手元の札を上げてから始めて下さい。なお、みなさんにお願いがあります。一匹の狸が発言している間は、絶対に途中で発言を遮るようなことはやめて下さい。古くからの狸族の格言を思い出しましょう。『狸は自由な発言と発想を重んじる』でしたね。ただし、私が進行の具合を考えてストップをかける場合もあります。あまりにも感情的な批判がある場合も同様です。なお、くどいようですが、一般参加者の発言は厳禁です。発言された場合には、例外なく直ちに退場してもらいます。さて、それでは先攻はハカセさんからです。どうぞお願いします」

ハカセは親からもらった茶褐色の髪の毛を、黒くそめていた。V村では髪の毛を黒く染めるのが若者の間で流行っているらしい。
ガンジ長老の友人でもあったV村のジン長老が引退してから跡を継いだ新しい長老のバンは、親に貰った茶褐色の髪の毛を大切にしないで、黒色に染める若者を咎めないので、どんどん流行っているという話だ。
ひそひそとハカセの黒い髪の毛を批判するような雰囲気が感じられたが、ハカセはそんな批判など気にしない。今日は、艶々とした立派な毛を一層綺麗に見せるように工夫してきたのだ。ハカセの顔は自信に満ち溢れていた。
ハカセは真面目な顔ですらすらと狂歌を詠み上げた。おそらくは挑戦状を受け取った時から、推敲を重ねたのだろう。

「加齢臭しみ皺たるみ疣ホクロ咳痰よだれ目脂尿漏れ」

狸亭花鳥がまず、ゲストの一人にコメントを聞いた。
「ゲストのタカシさん。何かコメントを頂けますか」
「はあ。早くも本歌取りですね。元になる狂歌は仙厓義凡のこの狂歌です。『皺がよる黒子ができる背は屈む頭は禿げるひげ白くなる』です。それにしても、ハカセさんの狂歌は老人の特徴をよく捉えていますね。尤も、捉えているのはどちらも老人の肉体的な特徴ですね」
そう解説したのは、狸の狂歌界でも比較的有名なタカシという狸だ。狂歌はどんな題材でもどんな詠み方でも構わなというタカシもまた自由奔放な発想で、詩とも短狂歌ともつかないような作品を狸に突きつけ続けた異才の持ち主でもあるのだ。
「肉体的な衰えは確かに、この狂歌のとおりですよ。それにしても、詠み手のハカセは、老人をよく観察していますね。感心しますよ」
「ところで、カレー臭というのは、どういうものであり、どういう理由で出てくるものですか。私は人間の食べるカレーというのが大嫌いです。なぜ、あんなに臭いのする食べ物を人間は好むのですか。日本人の家庭の中でも、最も頻繁に食卓に上る食べ物だとも言われていますが」
審査員の一人がこう切り出した。すると、まだ若い眼鏡をかけたいかにもインテリという感じの雌狸の審査員がこう言い出した。
「加齢臭というのは人間の食べ物のカレーのにおいのことではありませんよ。加齢臭というのは、中高年特有の体臭を指す言葉です。某化粧品会社研究所で、中高年特有の体臭の原因が突き止められました。それはノネナールという物質らしいです」
「なんだい、そりゃそのネノナールとは」
いかにも田舎の狸という感じの爺さん狸は聞くことは間抜けだが、馴染みの深い昔ながらの狸の素朴な味わいがあって、知性だけが狸の良いところではないことが再認識された。
「ネノナールではなく、ノネナールです。なんでも化学品には既存化学物質というものがあって、それぞれの物質に番号が振ってあるらしいのですが、この物質の番号は、二四六三―五三―八だということです」
「そんな、既存化学物質なんぞと言っても、私達には分からんなあ」
農作業以外のことは知らないというような日焼けした中年の狸が呟いた。
「その化粧品会社によって『加齢臭』と名付けられたんです。この体臭の成分には青臭さと脂臭さを併せ持っていますよ。男女ともに性差なく四十代以降に増加が認められると言いますよ。私も娘から加齢臭だと冷やかされていますが」
「まあ、確かに年を取るとシミ、皺、たるみ、ホクロが増えますね。しかし、それは生きている証拠でもありますからねえ。死んでしまえばそのような肉体の変化もありませんよ。おかしな譬えですが、古酒には新酒ではない味わいがありますが、狸も同様に長生きした、狸生を生き抜いた狸でないと醸し出せない味わいがあります。ただ単に若いというだけでは、未熟さをさらけ出す場合もあります」
「はい。そうですね。若さゆえに未熟さを露呈したケースと言えば、最近行われた全国狸空手大会で話題になった、メカダ家の三兄弟の次男坊がそうでしたね。試合前にチャンピオンを相手に大口叩いていましたが、結局は負けました。最後にはスポーツマンらしくきちんと謝罪をしたようで、一見落着になったのですが」
そう言って、興奮気味に話し出したのは、元プロテニスの名手であり、今はスポーツ解説者として有名なベンジである。
「あの時の彼が犯した反則には胸糞が悪くなりましたね。あれは、もはや空手とは言えないですよ。後日謝罪したらしいですが。勝つためには手段を選ばないというのは、スポーツ界ではあってはならないことなんです。ルールはルールとして守るべきで、それを守れないのは選手自身が未熟だからです。勝ちたいのなら、練習を重ねて相手よりも強くなって勝つのが本当のスポーツマンです」
 すると、口々にそうだ、そうだの連発が始まった。
そこで、狸亭花鳥が全審査員およびゲストに対して次の狂歌に進行するので静粛にしてくれと注意を促して、会場は静かになった。
「さて、次は凡々和尚の番です。凡々和尚は型破りの生臭坊主としても、また、切れ味のいい語り口でも狸界の人気を博しています。それでは、凡々和尚、よろしくお願いします」

「身に添うはケ―タイパソコンiPodアニメのフィギュア漫画本かな」

誤解のないように言っておくが、狸は人間に化けて様々な事柄を習得した。だから、ケータイも電気もパソコンもこの村の狸も、あの村の狸も使用できるのだ。
狸は電気なんか使えないと思っているそこのあなた。認識を改めた方がいいですよ。森の近くに家がある人間の家庭で、最近どうも電気使用量が高いと思われる方は、狸による盗電を一度疑った方がよい。都会でも人間に化けた狸は盗電してみたりするから、注意してください。
さて、本題に戻ろう。
タカシは、今度は狸亭花鳥が聞きもしないのに自ら解説を始めた。
「今度もまた仙厓義凡の本狂歌取りですね。元の狂歌は『身に添うは頭巾襟巻杖眼鏡たんぽ温石尿瓶孫の手』です。これは、老人が手放せないモノを狂歌ったものです。しかし、和尚さんは、これを逆手にとって、若者が手放せないものは、老人から見ると、みんなそんなに価値があるものとは思えないものばかりだとからかっているのですね。何しろ、長い狸生を生き抜いた老人ですから、生きていくには何が必要で何が余計なお荷物なのかは知っているぞ、と言いたいのでしょうかね」
「でも、老人で長生きしているから、必要なモノと余分なモノの区別がついているとは考えにくいのですが。年寄りは、ますます欲深くなるのが通常ですからね」
皮肉たっぷりに、年若い狸が言い放った。
「ところで、タカシさん。その温石とはなんですか。他のモノは分かりますが、温石とは聞いたことがないですね。温かい石とはなんの意味ですか」
これも、審査員の中では比較的若い狸が聞いた。この狸は、密かにタカシのような文化人になりたいと憧れていた。
狸亭花鳥は暫くの間は沈黙を守っていた方がよいと判断したのか何も言わずに、事態が進行するに任せていた。
「温石というのは、軽石を焼いて布などに包んで体を温めるものです。老人にはよいですね」
「はあ。昔うちの母親がよく使っていた行火みたいなものか。行火には豆炭などをつかっていましたね。でも、そう言えば最近はあの行火は見かけないなあ」
「昔は豆炭なんか使っていたね。電気のやつは不良品が多くてね。最近は、あれが小型化して懐炉になっているんですよ。大型化したのが炬燵というわけで」
ここで、狸亭花鳥が審査員に注意した。
「えーっ、みなさん。話題がそれていますよ。行火の話ではなく、若者がいつも身につけるケータイやiPodの話をしてください」
「和尚さんの狂歌を聞いてから、ああなるほどねと思いました。よく分かりますね。確かに今時の若者はケータイやパソコンは必須ですね。一時も手放せないですね。うちの子供なんか、食事時でもケータイをピコピコやっています。あれは許せませんね。私はいつも子供を叱るんですが、少しも改まらないので、子供のケータイの使用料金は自分で払うようにしました」
「そうですね。ケータイやパソコンなどは年を取ってからでは覚える気持ちも湧かないというのがありますね。しかし、年寄りは別にそれでも済みます。もちろん狸によりますよ。老狸の中にもパソコンのヘビーユーザーもいれば、若者の中にもパソコンはゲームとメールしかできないという狸もいるだろうし」
そう言ったのは審査員の中の一匹で、狸にはあるまじき細い体付きの中年の雌狸だった。それに反論するかのように別の意見が出た。
「ケータイとかパソコンなんか、みんなきちんとしたコミュニケーションが出来ないから、そういうものに頼るんじゃないのかな。普通に固定電話で話したり、普通の読み書き算盤ができれば、それでいいんじゃないかな。E―メールなんかしなくても、葉書か手紙で用事が足せればじゅうぶんじゃないかな」
「まあ、どっちも理屈はあるけれどね。でも、とにもかくにもこの狂歌は、若者の欠点をとてもよく衝いていると、僕は思うよ。まともな本を読んでいる若者は少ないな」
「僕は、東京の狸大学分校に人間に化けて通っていました。多摩丘陵の一角にあるんですが、そこに電車で通っていました。我々は夜行性なので、昼間の授業を受けるのは結構辛かったです。通学途上の電車の中では、いい年の狸教授達でさえ、漫画本を読んでしましたよ。だから、若者だけというのではないと思いますが」
「社会評論に詳しいマキノさんのご意見はいかがですか」
「外国人が東京に来て、電車に乗って驚くことがいくつかあります。まず、たくさんの日本人が電車の中で居眠りしていること。外国人の反応には、二種類あるらしい。ひとつは、そんな日本人は疲れているのかと思う外国人もいるし、電車の中で居眠りしてもスリに財布を取られたりしないのか、なんと安全な国だと感心する外国人もいる」
「ははあ。そんなもんですかねえ。外国人の反応というのは。たしかに、酔っぱらいの財布を狙うスリはいるかもしれないが、昼間は電車の中で居眠りしていても、あまり財布を取られたりはしませんね」
マキノは満足そうに大きく頷いて、言葉を継いだ。
「もうひとつが、立派な紳士でさえも漫画を読んでいることです。まあ、漫画と一口に申しましても、低俗極まりないものや、幼稚なものもあれば、難しい事柄を理解しやすくした質の良い漫画などもありますから、一概に漫画だから幼稚なもの、くだらないものだとは決められません。ただ、若者達にはマンガだけでなく、読解力が身につく普通の本にも是非親しんで貰いたいですね」
「でも、漫画の方が難しいことを分かりやすく書いてあるし」
このように眼鏡の学生風の若い狸が発言したとたん、マキノはすぐさま反論した。
「本を全く読まないでいると自分の頭で考えるという力が身に付きません。そうなると、なんでも他狸が言うことが正しいのではないかとか、他狸の意見に従えばよいなどという考えに冒され、適正な判断力を失います」
「でも。偉い狸の意見は、たいていの場合、間違っていないと、僕は思いますけれど」
「偉い狸だからと言って、盲従するのは考えものです。それは自立の放棄を意味します。個狸が個狸として生きていく上で、最も大切な自立を放棄してはなりません。だから、読書に努めて下さい。マンガが悪いとは言いませんが、マンガだけ読んでいるのはよくないですよ」
「そうだよ。狸府の国会議員で政治家のアソも、漫画には詳しいというぞ。しかし、アソが馬鹿で低能だとは聞いたことがない。アソだって政治家として立派な見識の持ち主だ。それに、アソは外国語もうまいぞ。留学の経験もあるし。まあ、政治的には私の意見とは相容れないがね。私は、もっと国民の生活を重視した政策が欲しい。全国狸党でもこの事を主張したが、誰も聞いておらん」
「あのう。アニメというのは知っているけれど、そのフィギュアとやらは、一体なにですかね。この婆にも分かるように教えて下さらんかな」
「本来は人形のような人の形をしたものを指しますが、今ではアニメの主人公やロボットなどの立体造形物を指します。なかには何十万円もするようなものが東京の秋葉原あたりで売られているようです」
「まあ、我々狸族の中でも、人間に化けて東京に行ったことのある狸にはとても魅力的なんでしょうけれど、そうでもない狸には何の魅力もありませんよ。ただし、子供は別ですよ。子供はすぐにああいうものを欲しがります。子供には都会の子も田舎の子もないので、ああいうものを欲しがります」
「いや。どう考えても漫画はくだらないぞ。漫画といいフィギュアといい、くだらないものはくだらないのだよ。儂が思うには、アソは若者の気を引くために漫画を利用しているのだろう」
「そうじゃないよ。アソは本当に漫画が好きなんだよ。それに、漫画はくだらなくなんかないよ。老人の好きな演歌の方がくだらない。節も歌詞もどれも同じようだし、特にご当地ソングなどくだらない」
「でも世界中で人気を呼んでいる漫画だってたくさんあるぞ。一概に漫画はくだらないと決めつけるのはどうかなと思うよ。演歌だって、嫌いな狸は聞かなければよいだけの話だ。クラシックが高級で演歌が低級だという意見なら、聞くに値しない」
「そうだ。私もそう思う。私はクラシックが好きだが、別に演歌が低級だとは思わない。漫画は好きじゃないから読まないが、漫画が好きなら漫画を読むことが悪いとは思わない。ただ、漫画もよいけれど、読書もまた別の豊かな世界を広げてくれるから、青年諸君には是非多様な本を読んでもらいたい」
「そうよ。あれは下らんとか、あれは良いとか、頭から決めつけるのが年寄りの嫌なところのひとつよ」
そんな議論が続いている最中に、頭をモヒカン刈のように刈り込んだ一見悪そうな若い狸がすっくと立ち上がった。
そして、ずばり一言で会場の審査員達の議論を止めた。
「みなさんは、昔からの狸の格言をみなさんは思い出しませんか。『能ある狸は本も読む』といいますよ。『本を』ではなくて、『本も』です」
一瞬会場が静かになったところを、狸亭花鳥がうまくまとめた。
「色々と議論はございますが、限られた時間の中を進行しなければなりません。ここで、次は先攻と後攻を入れ替えて、まずは第二首目を凡々和尚に捻って頂きましょう」


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教育勅語 [現代詩]

教育ニ関スル勅語
Know ye, Our subjects:

朕(ちん)惟(おも)フニ、我ガ皇祖(こうそ)皇宗(こうそう)、國ヲ肇(はじ)ムルコト宏遠(こうえん)ニ、徳ヲ樹(た)ツルコト深厚(しんこう)ナリ。
私は、私達の祖先が、遠大な理想のもとに、道義国家の実現をめざして、日本の国をおはじめになったものと信じます。
Our Imperial Ancestors have founded Our Empire on a basis broad and everlasting and have deeply and firmly implanted virtue

我ガ臣民(しんみん)、克(よ)ク忠ニ克(よ)ク孝ニ、億兆(おくちょう)心ヲ一(いつ)ニシテ、世々(よよ)厥(そ)ノ美ヲ済(な)セルハ、此(こ)レ我ガ國体ノ精華(せいか)ニシテ、教育ノ淵源(えんげん)、亦(また)実ニ此(ここ)ニ存ス。
そして、国民は忠孝両全の道を完うして、全国民が心を合わせて努力した結果、今日に至るまで、美事な成果をあげて参りましたことは、もとより日本のすぐれた国柄の賜物といわねばなりませんが、私は教育の根本もまた、道義立国の達成にあると信じます。
Our subjects ever united in loyalty and filial piety have from generation to generation illustrated the beauty thereof. This is the glory of the fundamental character of Our Empire, and herein also lies the source of Our education.

爾(なんじ)臣民、父母ニ孝(こう)ニ、兄弟(けいてい)ニ友(ゆう)ニ、夫婦相和(あいわ)シ、朋友(ほうゆう)相信ジ、恭倹(きょうけん)己(おの)レヲ持(じ)シ、博愛衆(しゅう)ニ及ボシ、学ヲ修メ、業(ぎょう)ヲ習ヒ、以テ智能ヲ啓発シ、徳器(とっき)ヲ成就(じょうじゅ)シ、進ンデ公益(こうえき)ヲ広メ、世務(せいむ)ヲ開キ、常ニ國憲ヲ重(おもん)ジ、國法ニ遵(したが)ヒ、一旦緩急(かんきゅう)アレバ、義勇公(こう)ニ奉(ほう)ジ、以テ天壌(てんじょう)無窮(むきゅう)ノ皇運ヲ扶翼(ふよく)スベシ。
国民の皆さんは、子は親に孝養をつくし、兄弟、姉妹はたがいに力を合わせて助け合い、夫婦は仲むつまじく解け合い、友人は胸襟を開いて信じあい、そして自分の言動をつつしみ、すべての人々に愛の手をさしのべ、学問を怠らず、職業に専念し、知識を養い、人格をみがき、さらに進んで、社会公共のために貢献し、また法律や、秩序を守ることは勿論のこと、非常事態の発生の場合は、真心をささげて、国の平和と、安全に奉仕しなければなりません。
Ye, Our subjects, be filial to your parents, affectionate to your brothers and sisters: as husbands and wives be harmonious, as friends true; bear yourselves in modesty and moderation; extend your benevolence to all; pursue learning and cultivate arts, and thereby develop intellectual faculties and perfect moral powers; furthermore advance public good and promote common interests; always respect the Constitution and observe the laws; should emergency arise, offer yourselves courageously to the State; and thus guard and maintain the prosperity of Our Imperial Throne coeval with heaven and earth.
是(かく)ノ如(ごと)キハ、独(ひと)リ朕ガ忠良(ちゅうりょう)ノ臣民タルノミナラズ、又以テ爾(なんじ)祖先ノ遺風(いふう)ヲ顕彰(けんしょう)スルニ足ラン。
そして、これらのことは、善良な国民としての当然のつとめであるばかりでなく、また、私達の祖先が今日まで身をもって示し残された伝統的美風を、更にいっそう明らかにすることでもあります。
So shall ye not only be Our good and faithful subjects, but render illustrious the best traditions of your forefathers.

斯(こ)ノ道ハ、実ニ我ガ皇祖皇宗ノ遺訓(いくん)ニシテ、子孫臣民ノ倶(とも)ニ遵守(じゅんしゅ)スベキ所、之(これ)ヲ古今ニ通ジテ謬(あやま)ラズ、之(これ)ヲ中外(ちゅうがい)ニ施(ほどこ)シテ悖(もと)ラズ。
このような国民の歩むべき道は、祖先の教訓として、私達子孫の守らなければならないところであると共に、このおしえは、昔も今も変わらぬ正しい道であり、また日本ばかりでなく、外国で行っても、まちがいのない道であります。
The Way here set forth is indeed the teaching bequeathed by Our Imperial Ancestors, to be observed alike by Their Descendants and the subjects, infallible for all ages and true in all places.

朕、爾臣民ト倶ニ拳々(けんけん)服膺(ふくよう)シテ咸(みな)其(その)徳(とく)ヲ一(いつ)ニセンコトヲ庶幾(こいねが)フ。
私もまた国民の皆さんとともに、父祖の教えを胸に抱いて、立派な日本人となるように、心から念願するものであります。
It is Our wish to lay it to heart in all reverence, in common with you, Our subjects, that we may all thus attain to the same virtue.

明治二十三年十月三十日
The 30th day of the 10th month of the 23rd year of Meiji (1890)

御名(ぎょめい)御璽(ぎょじ)
(Imperial Sign Manual. Imperial Seal)
________________________________________

参考
『昭和天皇の教科書 教育勅語』杉浦重剛、勉誠出版
口語訳は国民道徳協会の訳文による(対訳用に一部変更)
英訳は、明治40年の文部省発表による

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愚人の見るは恐ろし [現代詩]

 愚人の見るは恐ろし おのれに利欲あれば、人もその心を以て見るなり。深きは色を以て見るなり - 至道無難

 愚かな人間は、自分が卑しければ他人もみなそうだと決めつけ、淫欲が強ければみなも淫乱だと判断する。愚人とは、このように視野の狭い人間をいうのだろう。

 人の価値観は人それぞれである。金儲けを最優先で考える人には、純粋に趣味に全力投球する人の気持ちが理解出来ないだろう。中には趣味を活かしながら金儲けをする人も居るが、その場合は金儲けが最優先ではない。金よりも異性に興味が集中する人は、年がら年中異性のことを考える。異性のことには全く興味を示さないが、食べることが大好きという人もいるだろう。
そして、人の能力またそうだ。計算に強い人、運動神経が抜群な人、語学が上手な人、写真の上手な人、それぞれだ。中には何でも器用にこなす器用貧乏も居る。
道具だってそうだ。体重を量るのに物差しは使えないし、身長を測るのに体重計は使えない。

 人間の最悪の罪は、この「愚」である。そして、利欲と色欲がその次の敵だ。ずっと年を取って色欲もなさそうな枯れた人でも名誉欲がある。人は欲望の塊なのである。

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源実朝の和歌 [現代詩]



 萩の花くれぐれまでもありつるが月いでて見るになきがはかなさ

 源実朝は、政治家としては三流以下だろうが歌人としては一流であり大変評価が高い。病弱であり、霊感も強かったようだ。

 私は、源実朝という名前を聞くと必ず思い出す事がある。それは、渡宋計画のことである。
 1216年(建保4年)6月15日、東大寺大仏の再建に尽力した宋の僧陳和卿が三代将軍源実朝に対面して、「前世で、あなたは宋の医王山の長老で、私はその門弟だった」と語ったそうである。
かつて実朝の夢の中に現れた高僧も同じことを言っていたのだという。
 そんな事から、実朝は医王山参詣を思い立ち、11月24日、陳和卿に宋へ渡るための船の建造を命じた。しかし、翌年4月、船は完成したものの、進水に失敗し、砂浜で朽ち果てたという。
 将軍に宋に渡られたら困ってしまうと考えた幕府の重臣達が、船に細工をして動かないように細工をした可能性もある。陳和卿がとんでもない詐欺師だった可能性もある。

 実朝は、医王山に行きたかっただけだろうか。北条氏を滅ぼさないと自分たちが滅ぼされると焦燥感を持った畠山重忠や和田義盛たちが、次々に滅ぼされていく。そういう中で、実朝は次に滅ぼされるのは自分だろうと思っていたことは想像に難くない。何しろ、自分の兄である第二代将軍頼家でさえ、自ら墓穴を掘った。
 だから、実朝はきっと逃げたかったのだ。何からか。母政子と北条一族の桎梏から。現実から。三代将軍の地位から。鎌倉の地を逃れたい。海の外に逃げたいと強烈に思ったのだろう。

 そのような実朝の現実の人生の儚さと、この歌が象徴する萩の花の儚さが奇妙に折り重なって、私の心の奥底に下りていく。

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しんみりと [現代詩]


「もし今日、トリエステに着いて、もう一度サバに会えるとしたら、そして、なにげなく選んだ道をサバとともに散歩できたなら……」1958年、すなわちサバがなくなった翌年に、評論家のジャコモ・デベネッデッティは書いている。
 須賀敦子全集第五巻 ウンベルト・サバの冒頭部分より。
 トリエステというのは、イタリアの最も東側にある港町で、スロベニアはすぐそこというくらいに近い。オーストリアのハプスブルグ家の影響を強く受けた街である。第二次大戦後はイタリアとユーゴスラビアの間で、その帰属を巡る争いがあったらしい。そこにこの須賀敦子さんも住んでいる。
 私はそこに行ったことがないが、陽光溢れる港町として描かれていることが多い。
 さて、歴史にはIfは禁物であるが、その禁物を無視して、ジャコモ・デベネッデッティのような空想を巡らすとすれば、あなたは誰を訪ね、その人と何を語りたいだろうか。
 ある人は坂本龍馬を長崎に訪ね、幕末の情勢について語りあいたと思うだろう。ある人は、歴代天皇の即位前のお姿を遠くから一目だけでもみたいと思うだろう。
 またある人は、自分の父や母が結婚する前の、つまり独身時代の父や母に、どんな家族像を描いているのかをこっそり聞き出したいと思うだろう。
 そういう空想は、精神衛生的にはとても楽しいし、有用である。
 引用ここから
 ぼくは散歩しながらあれこれと考える。
 ひょっとしたら 自分の恋する女が こんなところで
 ぼくを 僕だけを愛して 昔ながらの
 生きる喜びを もう一度花さかせてくれるのではないかと。
 そして 子供にはもっとばらいろの運明を。
 引用ここまで
 詩集『トリエステと一人の女』より「三つの道」から
 私は疾うに還暦を過ぎた。今の妻と連れ添ってから30数年になる。ウンベルト・サバが書いたような、素敵な恋をしたのはもうずいぶんと昔の話だ。
 私の心の中に今でも生きている美少女「洋子」さんは、私の中では永遠の美少女であるが、あの頃の純情だった私は今はすでにない。
 すれっからしになって、尾羽打ち枯らしてしまった私には、もうあの頃の純粋な気持ちは戻ってこない。また、それを哀しむ気持もまた全く起きない。
 畢竟、人間は生きていく間に様々な穢れを身に纏い、俗臭を漂わせながらもがき苦しみ、やがて寂しくこの世から消え去る定めなのだから。
 さて、私は永遠の美少女「洋子」さんに会い、トリエステの町ならぬ我が故郷の田舎道を一緒に散歩したくて話すだろううか。否である。
 それとも、最も激しく恋をし、なす術もないままに破れた女に会うだろうか。否である。
 あるいは、お互いに好意を持っていたのに、青春のさなかのふとした行き違いから、さようならも言わないで去ってしまった女と会うだろうか。否である。
 それでは、出会った頃の今の妻と会うだろうか。否である。ただし、それは、愛していないからではない。
 最も激しい恋が良いとは限らないし、短くて淡い恋が不滅の記憶にならないとは限らない。思い合っていた二人が別れる羽目になったのも定めであり、現在の妻と巡り会って夫婦になったのも定めである。そのように受容するしかない。
 今の妻との淡々とした生活には、思い出には変換できない重みがあるのである。それは、私をして「まだ生きていたい」という思いに駆り立てるものであり、それがささやかな妻への感謝の気持ちである。
 思い出は思い出としてだけ残しておく。それはそれでいいではないか。無料だし、だれに迷惑をかける訳でもない。
 やはり、大好きだった両親と、我が故郷の町で会い、一緒に散歩するのが一番だ。そして思い切って言おう。
「親父、お袋。俺を産んでくれて、本当にありがとう」と。
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吾唯知足 [現代詩]

 竜安寺には「知足のつくばい」と呼ばれるものがあります。

 真ん中には大きな「口」があります。時計の十二時時の処には、「五」の文字があります。そして、三時の方角には「唯」の字から口偏を除いた文字があります。さらに、六時の処には「足」の字の足偏だけがあります。最後に、九時の処には「知る」というの矢偏だけが書いてあります。
 
 これを良く見ると次のようになります。

  水を溜めておくための中央の四角い穴、つまり口の文字が全部の文字に共通であります。だから、十二時の処から、吾、唯、足、知、となり「吾唯知足」と読むことができます。

 吾唯知足には『われ、ただ足るを知る』という意味が込められているのです。

 つまり、「不満に思わず満足する心を持ちなさい」という戒めの意味が込められているのです。

 竜安寺の石庭には大小併せて15個の石が設置されていますが、どこから見ても1個は見えず、14個までしか見えないのだそうです。

 そうすると、大小15の石の最後のひとつが見えなくても、それで満足しろという意味とか、不満を言わずに「足る」と言うことを知れという意味とも取れます。

 そして、老子が説いた「小欲知足」というむ言葉と会わせますと、「足る」、「充足する」というのは非常に大切なことです。

 大昔、人間は食料を備蓄することなど知りませんでしたから、確保した獲物は全員で分けました。やがて、穀物などの栽培によって、食料備蓄の技術が発達すると、富の偏在が発生します。
 そうなると、今度は力の強い者が他者を薙ぎ倒して食料や土地、女を独り占めにします。他の男達は、それでは食べていけませんから、力のある支配者の家来になります。家来は親分から食料、土地、女を分けて貰い、その代償として親分の命令に従うようになります。

 現代社会でもこの構図はさほど変わっていません。国際社会を見ましても、大きな意味で同じ構図になっています。米国親分、死那親分、ロシア親分のそれぞれの子分達が、子分達同士で闘ったり、米国一家あるいはロシア一家、死那一家として闘ったりしています。ここで言う闘いとは、戦争だけではなく、論争、主張、裁判などすべての次元の争いを指します。

 国家、民族、宗教、文化、政治体制、思考方法などの違いというものは実にやっかいなものであり、それぞれの利益、信念、主張を争うわけですから、簡単には収まりません。また、ひとつの国内でも保守派と左翼の闘いが在りますから、ますます混迷を深めます。

 しかしながら、私達個人レベルでなら、この「吾唯知足」や「小欲知足」ということを念頭に置いて生きていくことができます。

 他人の財産や名声、人望、名誉などを羨ましがったり、妬んだり、憎悪したりしても、自分のそれはひとつも増えません。ですから、他人と比較しないことが、安心して生きられる第一歩です。この第一歩が全くできないでいると、いつも他人と比較して自分の惨めさを再確認しながら生きることになります。再確認しながら生きることに、どんな意味や意義を見つけられますか。全く無意味です。そんなことをする意義などどこにも見つかりません。



 

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「~」のない人生 [現代詩]



僕の人生には何があったのかとつくづく考えた

子供のころはお菓子と母ちゃん そして近所の遊び友達
中学生になると可愛い女子生徒の面影と部活の友達
そしてアイドルやお気に入りの歌手
高校生になってもそれは変わらなかった
大学生になると本とアルバイトがあった

やがて社会人になると
仕事を覚えるのが精一杯で
あれもこれも欲しいものばかりだった
他人よりも高い給与 組織の中でのより高い地位
多くの人からの称賛 
部屋がいくつもある豪邸
美しくだけでなく聡明な恋人
心地よく酔わせてくれる酒
両親が喜んでくれるような社会的成功
全てはなかなか手に入らないままに時間は流れた

そして 気が付くと僕は
あまり美しくも聡明でもない妻と
たいして賢くなく平凡な子供たちに囲まれて
父親と呼ばれる存在になった
僕が手にしたものは 生活に困らない程度の給与
世間並みの地位 普通に誰でもが得られる称賛
家族四人がやっと住める小さなマンション
そんな平々凡々とした暮らしだった

お菓子はほとんど食べなくなった
母ちゃんは疾うに亡くなった
近所の遊び友達はみんな散り散りになって行方が知れない
かつての憧れの女子生徒も 
今ではすっかり年を取ってお婆さんになったことだろう
部活の友達もどうなったのか所在は知らない
アイドルもお気に入りの歌手ももう記憶の中に埋もれた
アルバイトの楽しい思い出も悔しい思いでもどこかに消えた
仕事の上の出来事は覚えてはいるが懐かしいものではない
輝かしかった頃の記憶さえも 雪に埋もれた地下茎のようだ

でも 手に入らなかったものも手に入れたものも
夢や希望 怒りや絶望 懊悩と逡巡 
喜びと哀しみ 満足と不満
そんな感情や心の動きさえもが
僕という人間には 全て 必要だったのだ

そして今
僕と共にしわの数を増やしてきた老妻が
僕の隣で静かに座っている
しわの数は増え続け
足腰は弱りつつあるが
まだまだ 歩いて行ける妻よ
ありがとう
これから先も ずっとずっと
ありがとう ありがとう
僕たちの子どもたちよ 
ありがとう
手に入ったものにもありがとう
手に入らなかった数々の
夢や憧れにもありがとう

やがて僕が静かにこの世を去るときには
一際大きな声で ありがとうと言おう


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領収書 [現代詩]



僕の妻は腕の良い料理人だから
僕が空腹で悩んでいると
美味しい料理で僕を慰めてくれる

僕の妻は腕の良い心理カウンセラーだから
僕が不安で悩んでいると
暖かい言葉で慰めてくれる

僕の妻は腕の良い居酒屋の女将さんだから
僕が酒を呷って
上司の愚痴をこぼすと
飲み過ぎないように
悪酔いしないように
上手に制御してくれる

僕の妻は腕の良い妻だから
僕の面子を潰すこともなく
僕を我が儘なままで
しかも怒りっぽいおじさんで
いさせてくれる

そんな妻は一度だって僕に請求書を
差し出さなかったから
今度は僕の方から頼もう

どうぞ 受け取っておくれ
心優しい妻に捧げる
空っぽの領収書

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自獄論1-4 [現代詩]

歌集 自獄論より


「私」はただどこまでも「私」この自獄の輪に沈む「わたくし」

納豆で絡めて取った自我ひとつ生の始めに自我などありや

納豆の粘りに勝る自我があり天網恢々密なるを知る

死は治癒か生は病か知らねどもわが聞く声は汝自身を知れ(グノーティ・サウトン)

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「~」のない人生 [現代詩]



僕の人生には何があったのかとつくづく考えた

子供のころはお菓子と母ちゃん そして近所の遊び友達
中学生になると可愛い女子生徒の面影と部活の友達
そしてアイドルやお気に入りの歌手
高校生になってもそれは変わらなかった
大学生になると本とアルバイトがあった

やがて社会人になると
仕事を覚えるのが精一杯で
あれもこれも欲しいものばかりだった
他人よりも高い給与 組織の中でのより高い地位
多くの人からの称賛 
部屋がいくつもある豪邸
美しくだけでなく聡明な恋人
心地よく酔わせてくれる酒
両親が喜んでくれるような社会的成功
全てはなかなか手に入らないままに時間は流れた

そして 気が付くと僕は
あまり美しくも聡明でもない妻と
たいして賢くなく平凡な子供たちに囲まれて
父親と呼ばれる存在になった
僕が手にしたものは 生活に困らない程度の給与
世間並みの地位 普通に誰でもが得られる称賛
家族四人がやっと住める小さなマンション
そんな平々凡々とした暮らしだった

お菓子はほとんど食べなくなった
母ちゃんは疾うに亡くなった
近所の遊び友達はみんな散り散りになって行方が知れない
かつての憧れの女子生徒も 
今ではすっかり年を取ってお婆さんになったことだろう
部活の友達もどうなったのか所在は知らない
アイドルもお気に入りの歌手ももう記憶の中に埋もれた
アルバイトの楽しい思い出も悔しい思いでもどこかに消えた
仕事の上の出来事は覚えてはいるが懐かしいものではない
輝かしかった頃の記憶さえも 雪に埋もれた地下茎のようだ

でも 手に入らなかったものも手に入れたものも
夢や希望 怒りや絶望 懊悩と逡巡 
喜びと哀しみ 満足と不満
そんな感情や心の動きさえもが
僕という人間には 全て 必要だったのだ

そして今
僕と共にしわの数を増やしてきた老妻が
僕の隣で静かに座っている
しわの数は増え続け
足腰は弱りつつあるが
まだまだ 歩いて行ける妻よ
ありがとう
これから先も ずっとずっと
ありがとう ありがとう
僕たちの子どもたちよ 
ありがとう
手に入ったものにもありがとう
手に入らなかった数々の
夢や憧れにもありがとう

やがて僕が静かにこの世を去るときには
一際大きな声で ありがとうと言おう

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東京は素晴らしいところ [現代詩]

 
東京は巨大で素晴らしい磁石である

東京は素晴らしいところだと
みんながそう思うから
東京には人が集まる
人が集まるから
仕事が集まる

東京は素敵なところ
仕事が集まるから
お金が集まる
どんな高級な食材だって集まる
だから世界中のいろんな料理が楽しめる
東京ではたとえそれがどんなものであっても 
物質である限り 集めることができる
お金という神の力で

俺たちは知っている
東京は何でも吸着する
一個の巨大な磁石であることを

東京は喜びにあふれたところ
そこには いらないものや いやなものは集まらない
原発も放射能もない
でも 原発が作る電気だけはある

福島には原発がある
原発では大きな事故など
起きないと言われていたのに
もう 福島は放射能を引き離せない
福島は東京と同じ磁石になったのだ

東京の磁石には富と喜びが吸い寄られるのに
福島の磁石は放射能を引き寄せたまま
他の何も吸い寄せない

東京は平和なところ
東京都の総面積は約2103KM2で
その1.5パーセントは在日米軍の施設だ
沖縄県の総面積は2275KM2平米であり、
その22.68パーセントを在日米軍施設が占める
米軍専用施設に限れば
沖縄に75パーセントが集中しているのだ
東京は平和だが沖縄は苦しみに満ちている

東京は哀しみを知らないところ
そこには 人間が必要とするもの 
欲しいものが 欲しいだけ 集められ
いらないもの いやなもの あって欲しくないものは
全部「地方」に押しつけられる

東京は都合のいいところ
いらないものや いやなものは 全部切り捨てて
東京以外のところに 置いておけばよい
「地方」には補助金を出しておけばよいのだ
政治家はみんなそう考えるのだ

沖縄にはたくさんの在日米軍基地がある
在日米軍は必要だけど
なぜ沖縄だけにこんなにたくさんあるのか
誰も知らぬふり
沖縄は在日米軍を切り離せない

沖縄は東京と同じ磁石になったのだ
在日米軍を切り離したくても
誰も切り離そうとしない
福島も沖縄も東京と同じ磁石なのに
重くて辛いことばかりある

だから 東京では
人間の良心は 問われない
良心を問われないから
東京には 原発も設置されず
在日米軍基地もたったひとつあるだけで
富、食材、電気、武力ありとあらゆる
物質は東京に引きつけられる

そして今日も大勢の人が
東京を目指して集まる
誰もが最初から良心がないわけではない
ただ 東京で暮らしているうちに
良心を少しずつ忘れるのだ

凍てついたままで 立ち尽くすしかない
「地方」には 原子力発電所が残され
そこから放出される放射能はそのまま残り
職場は失われたままだ
「地方」に基地は押しつけられ
ヘリや飛行機の墜落の危険性を
抱えたままで
不安な眠りを続けねばならない

東京はひどいところ
良心をなくした人たちが
いやなものや 汚いものを全部
「地方」に押しつけて
今日も楽しく宴会をしているのだ

凍てついたままで いまでも立ち尽くしている
「地方」に向かって
俺たちは どんな言葉をかけたらいいのだろうか
それを問うことが唯一の良心なのだと
俺は みんなに静かに語りかけたい
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道歌その6 [現代詩]


 忌めば忌む忌まねば忌まぬ 忌むという文字は己が心なりけり 
 
 己という文字に心を足すと、忌という文字ができる。刻苦勉励という四字熟語があるが、なぜか私はながいこと「克己勉励」だと覚えていた。己に打ち勝つことが大事だと思い込んでいたのだ。
 それはさておき、他人に何かを忠告されたり指摘されると、己の心の中で反発心が起きる。だから、忠告してくれたり、指摘してくれた人に感謝するのではなく、「忌む」という行為に走ってしまうのだ。忠告や指摘を素直に受け止めれば、相手は気づきという恩恵をもたらしてくれる人だが、自分の心の中で己だけが大切というバイアスがかかると、相手は忌むべき人となる。
 心という魔物は、いつでもあなたの隙をつこうとして待ち構えているのだ。
 
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辞世その16 [現代詩]


 若い衆や死ぬがいやなら今死にや 一たび死ねばもう死なぬぞや 白隠慧鶴

 この人は500年に一度しか出ない大器とまで言われた人であり、非常に有名なので説明は不要だろう。
 禅僧の言葉は、我々のような一般人には理解しがたい。だから、この辞世で白隠が何を言いたかったのかは、よく分からない。
ただ、自分に執着するなとか、こだわるな、拘泥するなということを言いたかったのではないかと思う。
 あるいは、何かを成し遂げようと思うのであれば、死んだ気になってやらないと、成し遂げられないぞ。楽をしようとか、手抜きをしようとか思ったら、成し遂げられないぞ、と言いたかったのかもしれない。

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死季 [現代詩]

ジューという音と共に
焦臭い臭いがした時 私はもうすでに
一片の木と化していた
まだ浅い春の午後であった

光る驟雨に打たれ
握りしめた一束の色褪せた花を
遠い空へ捨てたのは
真夏の光がぎらぎらする午後だった

金色の波打つ稲穂の代りに
掴みきれないほどの重い
夢をみたのは 澄明な空の下に
散る紅葉の季節だった

凋落の静寂な朝を迎えた日
緑の谷間に戻る決心を
鈍らせたのは
私の痛い夢を眠りにつかせる雪だった

四季の移り変りは早かった
私は口数も少なく象のように歩き
猫のように鳴いたけれども
私の死季への愛を語るには
友人の一人もいなかったのだ

今も時おり
ジューという音が聞える
あれは私の死体を焼く音だろうか

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生きる [現代詩]

何が何だかわからないうちに
僕はこの地球という星の 
日本という国の一員になっていた
生まれるということは
お腹空くということだから
僕は声のありったけを絞って
おっぱいを 要求した

やがて おっぱいではなく
少しずつ ご飯というものを
食べるようになった
それにしても 生きていくには
たくさんの 食べ物と水
そして空気が必要なのだと わかってきた

もう少し大きくなると
生き延びるためには
生活とか暮らし
あるいは 身過ぎ世過ぎ
というものが必要だとわかった
つまり 「阿堵物」
というものが必要だと知った

やがて僕は
その阿堵物つまり金銭というものに
振り回されて生きていくことになった
この期間は随分と長いものだ
僕は中国の賢人のようには超越できないから
阿堵物をまるで神様のように
尊んで生きてきた

こんなものがなければ
心が迷うことはないのに
と思ってはみても 結局は
この薄汚い神様には勝てはしないのだった
でも いつかはこの薄汚い神様から離れようと
思っているうちに
今度は 病気が僕を離さないので
結局は 
生きている間はこの薄汚い神様の意のままになるしかない

だがいつの日にかこの肉体が滅びるときは
薄汚い神様ともお別れできる
そのときこそ言ってやろう

「ご苦労」と

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はなす [現代詩]

幼い頃、僕は死というものがとても怖かった
だから、毎晩のように母にしがみついては
母の手を決して放さなかった

中学生になって友達ができると
友達に嫌われないように
いつも面白い話を放さなかった

青年になると
実らなかった恋の想い出を
放さなかった

やがて家庭を持つと
妻子の写真を肌身から離すことはなかったし
家族との会話を大切にしてきたつもりだ

そんな僕も現役の会社員ではなくなる日がきた
そして僕はひとつずつ 手放すことを覚えた
仕事を 収入を 手放した

下り坂をいろいろなものを背負ったまま
渡っていくのは とてもつらいことだ
だから ひとつずつ切り放していって
最後にはこの身ひとつになりたいと
ずっと思っていた

そして 今日もまたひとつこの身から
手放さなければならないものがある

でも 僕の大好きだった両親の思い出や
家族との楽しかった数々の思い出は
まだ手放すわけにはいかないので
もうしばらくだけは 
このままで生きていようと思う

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抱く [現代詩]

十代の僕はたくさんの夢や希望を抱いていた
世界中を駆け回りたくさんの人々と
言葉を交わし仲良くなりたいと
ただ単純に思っていたのだ

二十代の僕は才能がなくて努力も足りなかったので
十代の夢を叶えることができないとわかった
それでもまだ薄れかけた希望を
ひっそりと胸の奥に抱いていた

三十代になった僕は結婚をして
毎晩妻を抱くことを覚えた
そして赤ちゃんという不思議な生き物が
僕たち夫婦の間にできてからは
毎晩のように赤ちゃんを妻と争って
この腕に抱いたものだ

やがて 赤ちゃんはどんどん大きくなっていき
その年齢が十代に差し掛かると
もう僕と一緒にお風呂に入ってはくれなくなった
その頃の僕はもう四十代になろうとしていた

四十代の僕が胸に抱いたのは
生きることへの疑問というやっかいなものだった
それは手強くていつも僕を苦しめた
どこまでも僕を苦しめた

五十代になった僕はもう
生きることへの疑問には苦しめられないように
疑問を抱くこともやめた

そして 夏になればステテコ姿で
冬になれば暖かい褞袍を着込んで
ただにこにこしながら懐手をして生きていようと決めた
今度は、僕は待つしかないのだ
僕の父と母を抱いてくれたあの大地が
僕を優しく抱いてくれるときが来るのを

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明日地球が終わるなら [現代詩]

明日、地球が終わりであっても、私はリンゴの樹を植える。マルチン・ルター

明日地球が終わるとしたら
僕は今日中に父と母が眠るお墓に行こう
なぜなら 父と母が僕をこの世の中に送り出してくれたから
僕は生きてこられた
だから この地球が終わる前に
今日中に父と母に最後の挨拶をしたい

明日この世界が終わるとしたら
僕は妻の手を取り 目を見つめながら
優しく「今までありがとう。そしてさようなら」と言おう
なぜなら 家事や育児をしてくれる妻がいたから
僕は生きてこられた
だから 明日この世界が終わる前に妻と二人で
最後のひとときを語らいながら過ごしたい

明日この世が終わるとしたら
僕は息子と娘を抱きしめて彼らの背中をさすってやりながら
「僕たちの子どもとして生まれてくれてありがとう」と言おう 
なぜなら 僕の帰りを待っていてくれる息子や娘がいたから
僕は生きてこられた
だから 明日この世が終わる前に家族四人で
静かに最後のささやかな夕餉を楽しみたい

明日この星が終わるとしたら
僕はこの地球上のすべての生き物に呼びかけよう
美しい花や美味しい実を付けてくれてありがとう
生存競争の厳しさを教えてくれてありがとう
君たちのおかげで僕たちは生きてこられた
だから 明日この星が終わる前に
世界中の動植物に感謝を捧げよう

明日この星が終わるとしたら
しなやかに生きてこられたことを感謝しながら
明日この地球で終わりを迎える前に
生きとし生けるものは
太陽と大気そして水を与えてくれた
地球に感謝しながら
静かな終末を迎えるだろう

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小さな母への讃歌 [現代詩]

 

小さな土間の片隅で
竈の前に竈よりも
小さくうずくまって
薪を燃やしていた
母よ
その小さな体の何処に
私が宿ったというのだろう
母よ
あなたのその小さな体の一部を
一時占領していた
私の小さな命を
慈しんでくれた
あなたの愛の深さを
私は今更のように驚く
父と私が一緒に入るこぢんまりとした風呂のために
薪をくべ
紙を燃やし
ついでに己をも
燃やしていたかのような
母よ
今私も
二人の子供の父親となって
子供の我が儘に手を焼いています
あなたもきっと私の我が儘に泣かされたことを思うと
私の胸は
ほのぼのと満たされ
熱い透明なものが
止まりません

ああ、母よ
あなたが生きていた時には
示せなかった
私のあなたへの
愛の音楽は
ささやかな鎮魂歌として
今、私の魂を揺さぶります
母よ
私は覚えています
初めて幼稚園に
上がった時のことを 
かあちゃん、いっちゃいやだと
何度も泣いては
あなたを困らせた
振り返っては私に
手を振ったあなたの
困惑した顔
母よ
もう一度できることならば
幼かったあの日に還って
あなたの姿を
まぶたに映したいものです


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台所から [現代詩]

台所から 朝餉の匂いがかすかにしてくる
トントンと軽快な音を立てて
妻が野菜を刻む音が聞こえてくる
そして時々
包丁の音ではない不思議な音がする

僕は寝床の中で一度だけ
思いきり大きく背伸びをする
そして いつものように 
数々の儀礼の後で
親子四人で仲良く朝餉を摂る

そして かつては母が
幼い私のために食事を作ってくれた
食事の好き嫌いを言って困らせた頃を
懐かしく思い出す
あの頃も
包丁の音ではない不思議な音が
時々台所から聞こえてきた

妻のこさえた朝餉のおかげで
僕の体内にはエネルギーが充満しているが
通勤電車の中だけでも半分は消費される

会社に着くとおもむろに机の前に座り
朝食の残りのエネルギーで仕事に取りかかる
毎日味わう成し遂げる喜びと
鋭い痛み
新しく生まれてくる仕事
ふいに消えていく仕事
老残の姿にまみれた仕事
仕事というのは なんだか
人間の生き死に にも似ているものだ
そんなことを
会社の玄関を去りながら
思ってみたりする

一日の仕事で疲れ切った僕の体を家に運ぶと
妻がこさえてくれた
ささやかな夕餉が僕を待っている

そうして 次の日の朝も
トントン トントンと
軽やかな音が聞こえるだろう
時々混じる
包丁の音ではない不思議な音も

ああ そうだ
かつてぼくの母が刻み
二人の子供の母となった僕の妻が刻んでいるのは
ただ野菜を刻む音ではないのだ

あれは、あれは、
命を刻んでいる音だったのだ
僕が幼いころ聞いた
台所から響いてきたあの音は
母が命を刻む音だったのだ
自分の命を刻みながら
僕を育ててくれたように
僕の妻もまた
息子や娘のために
自らの命を刻むのだ

母よ 妻よ
あなたたちの偉大で平凡な行為は
誰も褒めないけれど
無償の愛に満ちた行為に
僕は頭を下げよう
そして僕は
感謝の気持ちで満たされている


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狂訓 [現代詩]

君は知るべきである
人生とは茹卵への道であると
君は知るべきである
愛とは茹卵の器
沸騰する湯であると
一人の男の愛したものが
女優のポスター
古ぼけたレコード
薄っぺらな詩集
忙しいだけの仕事
であるとしても
君は彼の愛を認めよ
彼の愛する女が
君の愛する女であれば
君は否認せよ!
君は一個の茹卵を得ることはなく
ただ待つためにのみこの狂訓を
覚えておくべきである
そうして理解せよ
地上の動物たちが喜々として
生きることの意味を
その時一切の夢は
顕花となり隠花植物の中の
美しい星となり咲き乱れるだろう
希望は電線となり
君の闇に灯りをともすだろう
だから待たねばならぬ
得られることのない茹卵を!

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忘れ物 [現代詩]

 

夏雲の下に置き忘れたもの
それが悔恨であれ闘いであれ
もう私は振り向けない
記憶の谷間に転がり落ちる
幾人もの男女の顔
動物たち 玩具や風景
私の光栄はそれらのために
輝くであろうか 否!
透明な扉の隙間からわずかに
苦痛の響きが漏れる
噴水が高いところで破裂する
それらの低い爆音の間に
短く私の栄光が光る
ただひとつの想いに沿って


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湿った陰謀 [現代詩]


暗闇の果てにほのかに明るく
白い残雪が時として
僕の脳裏をかすめる……それが
君の庭先の桃やら
辛夷の花が咲き始めるのも近い
春の訪れを知らせるような
青空の下で語ろうとしたことの
名残だったとしても
おお僕たちの今日の痛みは
皮膚と皮膚が裂けるような痛みは
そのせいではあるまいに
友よ 君には信じることができまい
僕たちを覆う湿った陰謀を あるいは
空無への情熱を
だが僕にはほとんど可視領域の
細菌どもが
今日もまた繁殖し続けるのが
ああ 辛い!などとも言ってはいられまい
僕の目にも君の目にも見えるものが
もはや暗闇のみにならないとは
誰も保証できない 今日の痛みが
続く限りは

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無題その4 [現代詩]

けれども夜っぴての陳謝は功を奏さず、急須や鍋、
釜たちは鋭い歯をむき出して唸っていた。
僕のたばこの吸い方についてまで口出しすることは無いはずだ
とつぶやいたのが、しかし、彼らにそれほど気になったのだろうか。
いわば僕を縛り上げるのだ、そんな風に少しずつ。
僕はだからこそ、橋、星、花、川の流れ、雲を愛するのだ、
みかんやポットよりも。
むろん、真面目な人生を異郷で送ってきた
父や母がそんな僕をどう思っていたか……
許さない、とも、許す、とも思わぬ。
それでこうして日々の侵入は放置されていた。
しかも、荒波の打ち寄せる砂浜に残された足跡みたいに。
焚かれ、流されて!
が、知ろうとも思わぬ、知ることができないのではなく。
こうして僕らを縛り上げるの、焚いたり流したりするものが何であり、
何の目的でそのように行為するのか。
むしろ、聞こえてくるのだった、捨ててこそ浮かぶ瀬もあると。
まんざら嘘っぱちではなく、ああ夜っぴての陳謝と日中のささやかな言い訳。
僕らをなおも遠くへと運ぶものへの抗いはどのようにして可能であろうかと。

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無題その3 [現代詩]

 

雪に覆われた竹群の上方に
輝く星の遠い光がある
妹よ みるがいい
僕たちの父と母も眺めたその光を
未来が直立している
不安が傾いている
欲望がうずくまっている
決して届くことのないあの光の下には
だから僕たちは
歩かねばならぬ
あのささやか楽しみを
少しでも保つには

霧の中に薄く照る光は
燈台の優しいまなざしだから
海は恥ずかしそうに横たわり
時々見苦しい姿勢を見せたりもする
妹よ 聞くがいい
海の水面を渡る風の
なんと荒々しく力強い声を
想い出を語る
伝統を語る
沈黙を爆発させる
その声という声を
妹よ
俺たちも
受け継がねばならぬ


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無題 [現代詩]

時計が時を告げるその様には俺は告げまい
やがて生まれくる新しい歌を
河が流れていくその秩序のようには俺は振る舞うまい
哀しい野菜の嘆きの舞踏を
白雪の連嶺が遠のいた今
汚物にまみれた幻想の占いのようには
鳴らすまい
無人のバスが走る師走の昼や
絶望的な音階!
腐乱した果実の嘆きが漂泊する
漆黒の光の中に一段と輝きを
増してくる
夢の群像に近似してゆく
恋人の裸像を包む
円周率の俺の求愛
窓の外は雪
アワビ貝の寂しい口笛も
風を裂いて届いてくる
この夕べの
歴史と社会への瞑想を猫がなめずり
俺は更に完璧な
不等辺三角形となって
明日の方へと傾斜する

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驟雨 [現代詩]


驟雨が林を抜けると
少女よ 間もなく来るだろう
僕たちが長いこと待っていたもの
幸福な太陽の輝きが
僕たちの歌を しかし
太陽に歌ってはならぬ
全ての命あるもの
低い祈り声や讃歌を
僕たちの姿勢に組み込む前には

ああ そのようにしてのみ
可能な浄福の歓び
少女よ 人と人とをつなぐのは
何も愛と憎しみのみではない
僕たちには聞こえぬ願いや
見えない優しさ
不毛への抗いや不気味な
砂漠への憧れ
それらが馬にまたがり
一陣の砂を立てて
南下していくとき
人は人に優しくなれる
だから 少女よ 君の
唇を開いてはならぬ
歌さえも沈黙させて
僕たちの姿勢を少しずつ
固めねばならぬ時が
近づいたのだから
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夢想 [現代詩]


失われることさえなかった
私の恋よ!とは呼びかけるまい。
一度高く弾んだボールは
もう元の高みには戻れぬ。
ならば、まして弾むことさえなかった
淋しいボールがどうして…
などと愚痴が始まり、
あるはずもない二人の姿が
海のように暗い鏡に映る。
いや、意志で映すのだ。
そうして再び
確認するのだ。
いつか己が
人を愛するほど狂っているのを。
自分をさえもてあます己が!
などと人は認めることはしないし、また
恐らくはそれでいいのだ。
狂ったのなら思い切り取り乱せ、淋しい!
と叫び、むしろ泣き喚いてこそ。
(私は深夜私自身の呼びかけに頷く……)
夢なら深く、そして優しく
抱きすくめるがいい、湿原の
中でこそこの私を!(おお 失われることさえなかった私の恋よ…)

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