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酔生夢死の世の中を渡るには、それなりの覚悟と知恵がいる。そんな覚悟も知恵もなく歩んできた人生の好きなことを、好きなように書き散らしました。

仰天日本語暗記法 [小説]

                仰天日本語暗記法


 先週の土曜日はひどい雨だったが、長年お世話になった会社の先輩が、定年退職の日を迎えたというので、わざわざ僕のところにまで挨拶に来られた。
仮にその人の名前を藤田さんとしておこう。僕は、この藤田さんには新入社員の頃からいろいろと教えて貰い、人間としても尊敬してきた。藤田さんは、能力も充分にあったけれど、どうしてもごますりなどが出来ない人で、上司に対するごますりをしなかったせいか、最終的な社内での地位は課長止まりだった。
「藤田さん。定年退職される前に、一度食事をしませんか。ほら、いつもの居酒屋で一杯飲みませんか」
 僕はそう言って前々から藤田さんを誘っていたのだ。
「田中さん。まだちょっと気持ちが落ち着かないから、退職後に一度連絡するよ」
 そう言われたままで、藤田さんの定年退職の日が来た。
 僕とはだいぶ年の離れた藤田さんだが、二人がよく一緒に飲みに行くようになったきっかけは、僕が通勤に利用している京浜急行の駅で藤田さんをみかけたことだった。
 その時までは、藤田さんがこの駅を通勤に利用していることを知らなかったのだ。
 それは、僕が入社してから三年目に結婚したので、今までの独り暮らしのアパートから住所を移したことにも関係するのだが。
 藤田さんとは帰りが同じ方向だし、僕が結婚した年の入社三年目になってから、我が社ではコスト削減が叫ばれるようになった。
 やがては残業手当削減もその対象となり、遅くまで残業をするなという社命が出ていたので、退社時間もほぼ同じになることが多かった。
 だから、自然に藤田さんとその駅で一緒になることが多かったのだ。三度目に駅で藤田さんと出会った時、藤田さんが、一杯やろうかと声をかけてきた。
 藤田さんとしても、はるかに年の離れた僕と飲み食いしているうちに、自分の息子よりもやや年を食っている程度の青年達の考え方はどうなのかということが、少しずつ理解出来るようになったらしく、二人で時折暇を見つけては居酒屋で一杯やったものだ。
 藤田さんが定年退職されてから二週間後になって、連絡があった。
「田中さん。やっと落ち着いたからいつもの駅前の居酒屋に行こうかね」
「そうですね。退職前には行けなかったですが。ともかく藤田さんはいつがいいですか。僕は出来れば今度の金曜の夜がいいのですが」
「私もそれでいいよ。時間は田中さんに合わせるよ。でも、奥さんに怒られないか。こんな爺さんと飲んでも、面白くないだろうけれど、君とは長年仕事で一緒だったからね。いろいろと仕事の思い出話もしたいしね」
 約束の金曜の夜、藤田さんと一緒に居酒屋に行った。
 その居酒屋で、僕は初めて大変美味しい水茄子の漬け物というものを食べた。
「田中さんは、水茄子というのを食べたことがあるかね。水分が多くてとても美味しいよ。これは大阪の泉州水茄子というもので、水分が普通の茄子よりも多いので、生でも食べられるんだ」
「あ、本当に美味しいですね。この近辺では栽培していないんですか」
「私が知る限りでは、どこにもないな。大阪の泉州地区だけと聞いているけれどね。土壌の問題で、他の土地ではうまく育たないのだろうね」
 僕は、この泉州水茄子がこの付近では滅多に入手できないのを恨むというほど、この水茄子が気に入った。
 だから、藤田さんと別れた後で、水茄子が通信販売で入手できないかと調べようと思ったのだが、その日は自宅に帰ってからすぐに寝た。
 それから暫くの間は、水茄子の事は忘れていたが、ある日、大阪出身のお笑いタレントが、この水茄子のことを喋っていたのをテレビで見て、藤田さんと一緒に食べた水茄子の事を思い出した。
 僕は通信販売でこの水茄子が買えないかと思い、インターネットで検索してみる気になった。検索バーに入力すると時に、うっかり間違えて「アキナス」とカタカナにしてしまった。水茄子と入れるところを、秋茄子と勘違いした上に、カタカナで「アキナス」と入れてしまったのだ。
 間違いに気が付かず検索すると、なんとトマス・アクィナスがヒットしてしまったではないか。イタリア生まれのこの有名な人のことなど、僕にはどうでもよかった。気を取り直して、検索し直してやっと注文出来るサイトを見つけた。
 やっと水茄子を注文した直後に僕は、一人の外国人の友人を思い出した。僕の友達には様々な国籍の人がいるが、オーストラリア出身のトマス・ジョンソンという日本語の上達しなかった男がいたのを思い出した。トマス・アクィナスの名前から、あの愉快でけったいな男のことを思い出したのだ。
 これから僕が語りたいトマスは、トマス・アクィナスとは何の関係もないオーストラリア出身のトマス・ジョンソンのことである。
 あれは、僕がまだ大学に入学して間もない頃だった。僕は当時文京区で独り暮らしをしていた。学校の授業を終わって地下鉄で御茶ノ水駅に出てそこから徒歩で古ぼけたアパートに向かった。
坂道をゆっくり下り、いったん平らな道に出た時、一人の外国人に声をかけられた。
その男は地図を片手にして、背中に大きなバックパックを背負っていた。
「済みません。あなたは英語を話しますか」
「はい。うまくはないけれど、話しますが。どうかしたのですか」
「この駅の近くのAというホテルを予約してあるのですが、場所がよく分からないので、ホテルまでの道順を教えてください」
 彼が手にしていたホテルの名前と住所のメモ書きからはこの近辺なのは間違いがなかったが、僕はその小さなホテルを知らなかった。
 仕方がないので、住所を頼りにその外国人を案内してやることにしたのだ。
 二度ほど道に迷ったが、僕達は無事にそのホテルに到着した。
「ありがとう。あなたの親切のおかげで助かりました。僕はトマス・ジョンソンといいます。オーストラリアから来ました。大学生ですけれど、世界中をほっつき歩いています。今回は、何日か日本にいます」
「僕は、田中弘幸。大学生です。よろしく」
 これが、僕とトマスとの出会いだった。
 次の日、僕はまたトマスと御茶ノ水の街角でトマスと出くわした。
「やあ、君はたしかトマスだったね。元気かい」
「タナカさん。僕は元気ですけれど、日本語はまだ全く分かりません。難しいですね」
 僕とトマスはずっと英語でやり取りをしていたのだが、当時僕はそんなに英語は上手ではなかったし、度胸だけで話していたようなものだ。
「僕は明日から京都に行きます。そして、また東京に帰ってきます。東京と京都の二カ所を見てから、もし日本が気に入ったら今度はある程度長期間日本に滞在します。今度電話するから電話番号を教えてください」
「京都はいいところだから、きっと気に入ると思うよ。それじゃあ、気をつけて」
 そして、東京に舞い戻ったトマスは、日本が気に入ったから、日本に滞在することしたと僕に電話を寄越した。
 次にトマスとあった時に、彼は僕に向かって、日本語の先生になってくれないかと申し込んだ。
僕は、当時まだ学生でもあったし、お金はなくても好奇心と時間はたっぷりあったから快諾した。また、僕もトマスから英語を習おうと思ったので、トマスの提案を受け入れることにしたのだ。

 それから二ヶ月後にトマスは東京に戻ってきた。
「タナカさん。僕は御茶ノ水のこの前泊まったホテルの近くに賃貸マンションを見つけたよ。そこに住みます。あなたのアパートからもそんなには遠くない」
「トマス。僕の事はヒロユキと呼んでよ。ところで、君はどんな部屋に住むんだい。一度部屋を見てもいいかな」
「いいよ」
 彼の部屋を見せて貰ったけれど、なかなかしゃれた造りになっていた。僕の住む老朽化したアパートとは大違いだ。
 いよいよトマスに日本語を教える日が来た。
「トマス。日本語の基礎は、あいうえおという五つの母音だ。これらの母音と子音の組み合わせで四十八文字がある。通常は四十六文字しか使用しないが。まずは、この表でそれを覚えることだ。読み方は僕が教えよう」
 そう言って僕は彼に五十音表を渡した。実際には四十六文字しか使っていないのに、五十音表とはこれいかに、などと心の中では思っていたが。読み方をトマスに教えたが、トマスはなかなか上達しなかった。
 二度目に教える日には、彼を浅草の浅草寺に案内した。僕は日本の観光名所を見ながら日本語を教えてあげようと考えたのだ。
 その日は彼の要望に添って、数の数え方を教えることになっていた。
 雷門の大きな提灯を見ると、トマスは大いに驚いた様子だった。風神と雷神の二体の像を見ると、今度は怖そうな表情になった。なかなか、感情の振幅の激しい男らしいと思った。
 仲見世通りを歩き出すと、表情は一転して明るく楽しそうになった。販売されている土産品や食べ物が珍しいのか、きょろきょろとあちこちを見回していた。
 どうやら、サムライに興味があるのか木刀などを見ると、立ち止まってしげしげと見る。饅頭屋の前では興味津々の表情だったし、煎餅屋の前では、得体の知れない食べ物だという顔付きをしていた。
 やがて浅草寺の本堂前に着いたので、僕はトマスにこう言った。
「トマス。このもうもうと立つ線香の煙を頭にかけると、頭がよくなると言われているよ。ほら、こうするんだよ」
「ヒロユキ。僕は充分に頭がいいから、そんなことはしなくてもいいよ」
 その時、僕は、西洋文化の下で生まれ育った人達というのは、原理原則が明快なのだと感心したものだ。
 僕はいつもどこのお寺に行っても、こうして線香の煙を頭にかけるが、それでも一向に頭がよくならない。それでは、そんなものを信じなければよいではないかと言われても、やっぱり信じる。
 信じないのであれば、線香の煙を頭にかけたりしなければよい。それが、原理原則を重んじる行き方というものだろう。ごく普通の凡人としては、御利益はあると信じる方ことで、気持ちが落ち着くというのが最大の理由である。
 僕は仏教徒なので観音様にお参りをしてくるというと、彼は、自分はクリスチャンだから、お参りはしないという。それはそれでいいから、その場で待っていてくれと言ったのに、僕がささやかな願い事を済ませて戻ってきたら、数人の女性とぺちゃくちゃお喋りをしていた。
 トマスの方に僕が近づいていくと、トマスは女性達に手を振って別れを告げた。
「そうだ、ヒロユキ。今日は数字の数え方を教え下さい。買い物するときでも、数字が分からないと困ります」
「英語のワンに相当するものはイチという。漢数字というのがあるが、それによるとこのように横に棒を一本引っ張る。これがイチだ」
「え、イチですか。はは。面白い」
「何が面白いの、トマス」
「だって、イチは、音だけ聞いているとitchです。つまり、かゆいことです」
「あ、そうか。なるほど。音だけならね。けれども、正確に発音するとichiだよ。日本語は必ず母音で終わる。子音で終わることはない。最後の『ん』という文字だけは別だけれど。まあ、でもトマスが覚え易いというのなら、そんな記憶法でも構わないよ。でも、発音する時には、必ず最後は母音だと覚えていてね。さて、イチの次は二だ。発音はニだが、実際にはイチ、ニーと少し伸ばす場合がある」
「えっ。ニーですか。これはまた面白い」
「何が面白いの、トマス」
「ニーはkneeです。つまり、膝のことです。音だけならね」
「でも、普通は短くニと発音するんだよ。語調を整えるために伸ばす場合もあるけれど、それは例外的な場合だよ」
「でも、ニーの方が覚えやすいよ、外国人には」
「まあいいや。その次は、三だよ。発音はサンだ」
「へえ。sunなの。数字に天体が入っているとは驚きだ。日本語は壮大なものだね」
もう、僕は、この男の発想には付いていけなかった。だから、彼が覚えやすい方法で日本語を覚えるのであれば、それで良いではないかと思い、何も反論したりしないことにした。
「ヒロユキ、sunの次は何ですか」
「ヨン、あるいはシだね。文字はこう書くのだけれど、読み方はどちらでも」
「じゃあ、僕はsheと覚えよう。それが覚えやすい。僕はフェミストだからね」
「その次はゴだよ。漢数字は少し難しいけれど」
「おお、goか。簡単だね。覚えやすい。それ行け、go go!だ」
「それから、ロクだ」
「六番目の数字はrockか。これも覚えやすいな。それで、七番目は」
「セブンに該当するのはシチあるいはなまってヒチ、もしくはナナと発音する」
「hitchならば覚えられる」
「その次はハチだよ」
「hatchだね。つまり、昇降口の蓋だ。潜水艦のハッチかな」
「さらに進むとキューだ」
「ぎゃはは。queueとは。タクシーの順番待ちかな」
「ああ、たしかにね。音だけならそう聞こえるよ。最後がジュウだ」
「Jewとはね。いや、恐れ入った。日本人はイスラエルの失われた十部族のひとつだとも言われているけれども、それと何か関係があるのかね」
トマスとはいちいちまともに受け答えしていられないので、僕は次に進めた。こうして、やっと二十まで教えたら、急に空腹を感じた。
「トマス。昼食を取りに行かないか。日本食は好きかい」
「僕は天麩羅が食べたいです。タナカさんは、天麩羅は好きですか」
「ああ、天麩羅は大好きさ。それじゃ天麩羅を食べに行こう」
「ところで、今何時ですか」
「what time is its now?と聞いたよね。それは、掘った芋いじるなと聞こえるな」
「えっ、何のこと?」
 僕は、これでトマスの変な日本語と英語の関連づけに敵討ちをしてやった。これは彼には何のことだか、さっぱり分からないだろう。ああ、すっきりしたと僕は思った。
 僕達は天麩羅屋に入り、天丼を頼んだ。そこの天丼には穴子、車海老、キス、野菜などが入っていて、天麩羅もからっと揚がっていて大変美味だった。
「そうそう。トマスよ。日本古来の数の数え方というものがもうひとつある。それは、先ほどのイチ、ニ、サン、シ、ゴという数え方とは別のものだ」
「ええ。なんだかややこしくなるな。日本語は複雑だな。でも、それも教えてよ、ヒロユキ」
「それは、ヒトツ、フタツ、ミッツ、ヨッツ、イツツ、ムッツ、ナナツ、ヤッツ、ココノツ、トオ、という。あるいはヒ、フ、ミ、ヨ、イ、ム、ナ、ヤ、コ、ト、と数えるんだ」
「he, who, me, yaw, というのは覚えやすいね」
 またまた、おかしな暗記法を持ち出したが、僕は彼の記憶法を無視した。
 天麩羅を食べるとトマスの変な癖も気にならないようになった。あの苛立ちは、空腹のなせる業だったのだろうと、僕は思った。やっと、心の平衡が取り戻せたのだ。
 こうして、日本語を覚えるのに無茶苦茶な英語と関連づけて強引で独り善がりな解釈をするトマスとの奇妙な一日は無事に終わった。
 それにしても、この調子で日本語を教えて行ったとしたら、何と何を関連づけるのだろうか。英語は子音で終わる単語が多いけれど、日本語は必ず母音で終わる。しかも、綴りと発音は必ず一致する。
 だからこそ、言葉のしりとり遊びなどが出来るのだ。これが子音で終わればしりとり遊びなぞは困難極まる話だ。
 たとえば、appleの次にeggと言えば、間違いだろう。なぜなら、最後のeはたしかに綴りの上では存在するが、発音としては存在しない。耳に聞こえるのはlの音だけでしかない。
 僕の目の前にいるオーストラリア出身の男は、なんとやっかいな記憶法を用いるのだろうか。仕方がない、日本語を覚えたいのはトマスであり、僕ではないのだから、方法論についてまでは僕は口出しする資格はないのだから。
 ただ、日本語を覚えるには彼の方法は有効ではないぞと、僕は密かに心中で彼の記憶法を軽蔑した。
 トマスと駅で別れる時、僕は学校やアルバイトがあるので、しばらくは会えないとトマスに申し渡し、翌週の土曜日に再び会うことにした。

 その土曜日には、僕は彼に動物や果物などの単語を教える準備をしていた。浅草からの帰り道に、いきなり難しい文章を教えても身につかないから、少しずつ前進するようにとトマスを励ましてあげたがどこまで理解したのか。
 トマスと会ってから、僕は彼をスーパーに連れて行った。まずは、果物や野菜を見せる。彼には、彼が知りたいと思う品物の名前を教えてやると話していた。本人があまり興味を持てない事を教えてもすぐに忘れるからだ。
「strawberryは何というのか」
「イチゴだよ」
「おう。itch goか。痒みは去る。文法的にはおかしいが。理解しやすい」
「正しくは、itch goではない。ichigoだ。まあ、トマスがよければその調子で覚えてくれ」
「これは何という」
 彼が指さした物は牛蒡である。牛蒡を英語で何と言うのかは、さすがに僕も知らなかったので、手元の英和辞書を引いた。
「それはゴボウという。英語ではburdockだろう」
「ええ、日本人はこれを食べるのか。僕達は雑草としか考えていないよ」
 果物はイチゴ以外にはめぼしいものがなかったので、質問攻めに会わなくて済んだ。野菜はタマネギ、人参、キャベツ、ジャガイモなど大抵いつもどの季節にもあるようなものばかりだった。それにしても、本来夏の野菜のキュウリまでがこんな春先にあるなんてと思ったが、このデパートにあるのは、日本人が自ら求めたことの縮図なのだ。
 そして、筍を見つけた時に、彼の興味は一際高まった。
「これは何なんだ。皮が付いている大きな黒っぽい植物は。これを食べるのか」
「これはタケノコだ。bamboo sproutだよ」
「へえ。竹というと、あの背の高い植物だろう。緑色をしていて、よく曲がったり撓ったりする。僕は、京都に行った時に、どこかのお寺の庭で見たよ。あんなものも食べるのかい、日本人は。信じられないね」
「トマス。文化の違いはどこの国にもある。君達が食べるワニの肉やダチョウの肉、あるいはウサギの肉は日本人には馴染みがない。だからといって、僕達日本人は、君達が変な物を食べているとは思わない。君達が食べる物だけが、世界中どこでも食べられているというわけでもないだろう。文化には違いがあるだけだ。文化には優劣などはないし、僕達日本人が特に変だというわけでもないよ」
「あ、そう」
 トマスはしらけたように言ったが、外国人にはこのように明快に自分の主張をしておかないと、どんどん譲歩を迫られる。そして、最後に怒りを爆発させても、外国人特に西洋人にはなぜそこまで怒るのか理解してもらえないのが落ちだ。
 次に食料品を回っていると、彼は、今度は海苔に目が行ったようだった。
「ヒロユキ。これは何だろうか。この黒い紙のように畳んである品物は」
「これはノリという。英語ではtoasted laverかな」
「ええ、そんな物まで。おっと。ご免、ご免」
「これにはヨードがたっぷり含まれている。ヨードは甲状腺ホルモンの生成に欠かせない」
「そう言えば、日本人は鯨を食べるのだったね。鯨は海にいる哺乳類で、とてもかしこいじゃないか。なぜ、鯨などを食べようとするんだ」
「日本人は昔から鯨を愛してきた。江戸時代の日本は鎖国政策を採っていた。その日本に開国を迫るきっかけとなったのは、米国の捕鯨船だよ。当時は米国も捕鯨していたが、その目的は油を取るためさ。捕鯨船は水や食料の補給を日本に求めたが、鎖国していたから応じない。そこで、米国は開国を迫ったのだということは、よく知られている。さて、日本人は、鯨を愛するという意味を教えたい。肉はもちろん食べるし、肝臓からは肝油が取られた。軟骨も食用にしたし、髭や歯は櫛などの細工に使ったよ。皮は膠や鯨油に、血は薬用された。欧米では鯨油、鯨髭、鯨歯のみを利用し、他の部分はほとんど廃棄していたのだ。これが、日本人が鯨を愛したという意味だよ」
「しかし、資源が減少したのだから、やはり鯨の捕獲はひかえるべきだ」
「それはそうだが、ある種の鯨はむしろ増えている。それに調査目的で捕獲することは国際的にも合意されている」
「僕は、鯨の捕獲には絶対反対だよ。例え、捕獲目的であっても」
「君の意見がどうであろうと、僕達日本人は鯨を愛する。君達の西洋人の意見にも多々矛盾がある。だからと言って君達と喧嘩をするというのではない。おお、そうだ。思い出したぞ。目くじらを立てる" to raise one's eyebrow "というのがある。他人の欠点を取り上げて非難するとか、あら捜し、つまりfaultfindingとか言う意味だ。動物の鯨とは何も関係がないがね。君達西洋人の鯨に関する意見は、この目くじらを立てるというのに似ているよ」
「分かったよ、ヒロユキ。もうこの件についてはお互い議論をやめよう。ところで、日本人の宗教は神道だと聞いていたが、仏教の寺もずいぶんあるもんだね」
「文化庁という役所がある。そこがまとめている『宗教年鑑』という資料によると、神道系が約1億600万人、仏教系が約9600万人、キリスト教系が約200万人、その他約1100万人、合計2億1500万人だそうだ。これは、日本の総人口の2倍近い信者数になる。祭礼や行事などを通じて、多くの日本人が七五三や初詣、あるいは季節の祭りを神社で行うし、葬式や盆などを仏教式で行うからだ。神仏混淆が行われたため、神道と仏教の間には明確な境界線が存在しないのだよ。神棚を祀っている家庭には仏壇もあることが多い。日本人は、他宗教に対し概して寛容であることから、他宗教との対立という現象はあまりみられないのも特徴かな。だから、確固たる神ないし宗教観と呼べる様なものはそこに存在しないともいえるのかな」
「日本人は忙しいというのか、無原則なんだね。神社に行ったり、お寺にいったりして。僕はクリスチャンだから、そんなのは信じられないね。僕は自分が死ぬまで、キリスト教の教会以外の宗教施設にはいかないよ。神様は絶対にいるし、キリスト教の神様だけが本当の神だと信じているよ」

 こんなやり取りをしてから、三ヶ月も経ったら、トマスの日本語はかなり進歩した。ある日、こんなやり取りがあった。
 それは、再度トマスを浅草に連れて行った時のことである。
「トマス。見ろよ。あの揚げ饅頭屋の前に女の子達が群がっているな。右から三番目の女の子、綺麗だと思わないか」
 僕はテレビでよく見るアイドルにそっくりな女の子を見たので、嬉しくなった。本当に綺麗な子だったので、綺麗と言ったまでであり、他意は一切なかった。
「ヒロユキ。君はあの子と性的関係を持ちたいのか」
「トマス。待てよ。それは下種(げす)の勘繰りというものだ」
 それまでは英語で喋っていたのだが、僕は思わずトマスのあまりにもあからさまな言い方に逆上して日本語で叫んだ。
「ヒロユキはguessしているのか。あの女の子は自分と寝るだろうなとか。でも、guessは理解できるが、何でkangaroo(カンガルー)なんだ」
 僕は、逆上のあまり、トマスに背を向けて走り出した。それ以来、二度とこのおかしな男と会うことはなかったし、変な日本語暗記法に悩まされなくなった。
 秋茄子からトマス・アクィナスに繋がり、トマス・ジョンソンにまで繋がるとは、夢にも思わなかった僕の、秋の長い悪夢はもうそろそろ覚めてもよい頃だと思うが。

                                          終わり




















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仰天国語難問録 [小説]

仰天国語難問録


「今日も暑いな。一体いつまで続くんだろうか、この暑さは。うちのエアコンは故障したままで、夜は寝にくいから堪らないよ」
そう小声で呟くように自分に言うと、男は会社への道を急いだ。朝の陽射しとは思われないような強い陽射しが男の体を締め付ける。アスファルトからの強烈な照り返しが忌々しく思われた。
その男の薄くなった頭髪は、長年自分の人生を必死で生きてきた証でもある。
「あ、鈴木さん。お早うございます」
「あ、お早うございます、田中さん。田中さんはいいね。まだ定年まであと十ニ年くらいあるし、世の中は定年延長の動きもあるから、もっとずっと会社にいられるんだろう。僕はあとニ年で定年だよ。正確には一年半だけど。ところで、例のG社の新製品は開発が延期されそうなんだって。うちの部品も売り上げ増を期待していたのになあ」
「そうですよね。残念ですよ。もう一足のところだったのに」
男の名前は鈴木弘司という。鈴木弘司はあと二年で会社去る平凡なサラリーマンだ。二人の子供はもう成人しており、それぞれによい配偶者をえて家庭を持っている。
妻の美穂は元気な女で、朝から短歌の会に出掛けたり、音楽同好サークルに出掛けたりして飛び回るが日常になっている。時々は、ボランティアで豚汁の炊き出しだとか、おにぎりを大量に作らねばならないとか言って、嬉しそうに動いている。

鈴木は十五年前に父親を亡くし、母親を昨年亡くしたばかりだ。母親が死んだ当初は、辛くて仕方がなかった。鈴木弘司は三人兄弟の末っ子として育ったので、母親にべったりだったのだ。
還暦に近い年になっても、母は母である。だから、父親が亡くなってからは、鈴木が母を引き取って一緒に住んでいた。その大好きな母が突然目の前からいなくなったのだ。両親に孝行を尽くさなかったことを鈴木は今でも後悔していた。
母親の葬儀の際に久し振りにあった兄弟や従兄弟達と幼い頃の母の思い出話に花が咲いた。終戦後の食べ物もろくにない困難な時期を乗り越え、少し落ち着いてきた世の中に自分たちを送り出したくれた父母の様々な思い出は、セピア色の写真のように懐かしいものであった。
最初のうちは父母の話だったが、やがて自分達の健康の話題が移り、あとは病気の話と子供、孫の話ばかりになった。
そのうちに、誰かが子供の頃の思い出を始めて、そこに話題が集中していった。懐かしいヒーロー、テレビ番組、漫画の話、映画の話など話題は尽きなかった。
それらの話題が一巡してからやがて、自分の生きた証として何を残したいかという話に移っていった。
従兄弟の鈴木俊毅は最近俳句に力を入れていて、結社の先生からもなかなかの力量の持ち主として認められているのだという。いずれは句集を出して、自分の人生の証にしたいと話していたのが印象的だった。
弘司はこれといって趣味がない。幼い頃はがらくたの収集に熱を上げていたが、大学を出て社会人として働くことに汲汲とするようになってからは、週末はただ家でごろ寝して疲れた体と心を休めるのが趣味というようになった。
写真には興味があったがお金がかかるし、スポーツはテレビで観戦するだけという方なので、特に自分でプレーするスポーツはない。敢えて言えば時々歴史の本を読んだり、古典を読んだり、クラシック音楽を鑑賞する程度だった。
妻の美穂は弘司と違っていたって活発な女であり、若い頃から短歌結社に属していて技術的にはともかくとして、結社の中ではそれなりの地位を占めていた。
最近では定年後に無趣味では毎日の生活が単調になり、お互いに気疲れするようになるというので、美穂は弘司にも短歌を作らないかと勧めているのだ。弘司としても美穂と一緒に趣味を楽しむのはとてもよいことだと考えていた。
それに何よりも、従兄弟の鈴木俊毅が、自分が生きた証として句集を出したいと言っていたことに強く刺激されたことで、自分も歌集を出せるようになりたいと考えた。妻の美穂もガリ版刷りながら、もう3冊も自分で作って知人に配っていた。
しかし、今更美穂に短歌を習うというのは癪に障るし、結社のような組織に属するのは疲れることなので嫌だと思っていた。
色々と悩んだ揚げ句、大学時代の友人を一人思い出した。湯島昭次郎という著述業に携わる男だ。湯島昭次郎なら出版社と頻繁にやり取りとしているに違いないし、そうだとすれば短歌結社に属さなくても短歌を作り楽しむことが出来る方法に知恵を貸してくれるだろうと期待できると思ったのだ。湯島昭次郎はなんと言っても、大学時代には弘司の一番の仲良しだったのだ。
ここ数年は湯島昭次郎も忙しいらしく、クラス会にも出席していない。多忙な彼に依頼するのであるから、丁重に手紙で依頼することにした。
二日後、湯島と久闊を叙するために、銀座で一緒に食事をすることにした。
「仕方がないな。鈴木君の依頼とあっては断れないな。僕は君に借りがあるからね。これで長年の借りを返すことが出来る」
湯島は美味しそうにビールを飲み干しながら、弘司に悪戯っぽく話す。
「えっ、湯島君が僕に借りがあるだって。僕にはおぼえがないけれど」
「ほら、新宿の小便横町の入り口近くによくみんなで飲みに行った小さな居酒屋があっただろう。あれは、大学三年の夏休み直前のことだったと思うよ。僕のポケットには一銭も入ってなくて、君はアルバイトの給料を貰ったばっかりで懐が豊だった。だから、君にお金を借りたんだよ。金額は、もう忘れたがね。そのまま、返す機会がなくて、と言うより、僕はずっと貧乏だったから、返したくても返せなかったのだ。ずっと、そのことを忘れていたけれど、君の手紙を読んでから、君にお金を借りていた青春時代のあの頃が一度に蘇ってとても愉快だったよ。僕の方こそお礼を言いたい気分だね」

四日後に湯島昭次郎から連絡があり、出版社に相談してみたという。出版社からの情報によると、吉野周一郎という偏屈な歌人がいるらしい。この歌人は特定の短歌結社などに属したことはなくあくまで無師独学で独自の短歌世界を確立した人だという。
しかし、その性格があまりにも狷介であり偏屈なため、歌人としての評価は二分しているらしいというのだ。短歌結社からは無視されていて、歌壇での評価は全くない。
そんな偏屈な歌人なのだが、気に入った弟子には比較的親切に手ほどきをするという。
ただ、問題があって弟子を入門させるに当たっては、日本語の問題を出して、日本語に対する感覚を試すのだという。
言語感覚がよくないと、短歌を作っても独自性のある短歌は作る事が出来ない。平凡な月並みなものしか作れない、というのが吉野偏屈先生の持論らしい。
湯島昭次郎によれば、ともかく吉野偏屈先生に手紙を書いて、入門依頼を診断せよ、とのことだったので、それに従った。
数日後、吉野偏屈先生から日本語の問題が送付されてきた。以下はその質問である。

第一問 次の傍線部分のカタカナを漢字で書け。
A
1 意味: 中国の戦国時代、越王勾践が呉王夫差と戦って、カイケイ山で囲まれ、負けて辱めを受けた。その受けた恥の仕返し、復讐という意味。
(ア) カイケイの恥を雪ぐ
2 意味: 自分で自分の能力や価値などを信じること。自分の考えや行動が正しいと信じて疑わないこと。
(イ) ジシン過剰
3 意味: 簿記で、計算や整理の便宜上、諸種に類別した勘定の名称。
(ウ) カンジョウ科目
4 意味: 心臓と呼吸が止まった状態。心臓の動きが先に止まる場合と、肺の動き(呼吸)が先に止まる場合とがある。しかし、蘇生の可能性が残されているため死亡状態ではない。
(エ) シンパイ停止

B 次にAの質問に出て来た四つの漢字の部分を、総て他の漢字に置き換えて、新しい解釈が出来る創造的物語、あるいは奇抜な解釈を作りなさい。たとえそれが現在ない日本語ではなくても構わない。造語であっても、新しい意味や奇抜さが読み取れればよいものとする。これは学校の日本語の試験ではなく、日本語の感覚を問うものである。

第二問 次の俳句を読んで三種類の解釈を作りなさい。その際、適切と思われるひらがなの部分を回答者の解釈に沿った適切な漢字に変換せよ。なお、元々漢字で書かれた「切り株や」の部分も他の漢字に変換してもよい。俳句として発表するわけではないので、著作権侵害にはならないから。
切り株やあるくぎんなんぎんの夜 加藤 郁也 句集「球體感覺」より

第三問 次の言葉を使用して三種類の短歌を作りなさい。
「いさん」 「かくす」 「しそん」
なお、それぞれの言葉はどのように解釈してもよいし、活用させてもよい。たとえば、「かくす」を「かくせ」あるいは、「かくさん」としてもよい。一首の短歌に総ての言葉を盛り込んでも良いし、盛り込まなくてもよいが、二つの言葉は必ず組み合わせて使うこと。短歌の技術基準を見るのではなく、言語の感覚を問うのであるから、なるべく奔放な発想を期待する。その上で、それぞれの短歌の意味に見合うような漢字に変換せよ。
以 上

鈴木弘司は、この珍問、奇問、難問を読んで仰天してしまった。一般の日本語では考えられないような質問の山である。一体、この珍問、奇問、難問にどのように取り組めば回答をひねり出せるのであろうか。
これに回答せねば、短歌への入門の道が閉ざされる。妻と約束した老後に、一緒に短歌を楽しむということが実行出来なくなる。もし、約束を破る事になると、熟年離婚の危機に遭いかねない。そして、自分の生きた証が欲しい。
しかし、今更短歌結社などに入門するのは嫌だ。会社という組織に縛られ続けてきた人生なので、もうこれ以上組織には縛られたくないのだ。組織には嫉妬が渦巻いているということを長年の経験でよく理解している。
思いあまった鈴木弘司は、湯島昭次郎にこの質問書のコピーを提出してみた。彼の反応を見てから、どうするかを考えようというのだ。
早速、湯島昭次郎から連絡があった。非常に面白い奇抜な質問なので、自分で挑戦してみようというのだ。著述業の湯島が回答するのは、回答者の日本語の感覚を見ようとする質問者の意図とは違っているが、同じ言語活動をする者として、是非挑戦したいというのだ。だから、弘司は湯島が出して来た回答を見てみることにした。
それから、数日経ってから、湯島から回答が提示された。以下は質問に対する回答である。
第一問 次の傍線部分のカタカナを漢字で書け。
A
1 意味: 中国の戦国時代、越王勾践が呉王夫差と戦って、カイケイ山で囲まれ、負けて辱めを受けた。その受けた恥の仕返し、復讐という意味。
カイケイの恥を雪ぐ
回答 会稽

2 意味: 自分で自分の能力や価値などを信じること。自分の考えや行動が正しいと信じて疑わないこと。
ジシン過剰
回答 自信

3 意味: 簿記で、計算や整理の便宜上、諸種に類別した勘定の名称。
カンジョウ科目
回答 勘定

4 意味: 心臓と呼吸が止まった状態。心臓の動きが先に止まる場合と、肺の動き(呼吸)が先に止まる場合とがある。しかし、蘇生の可能性が残されているため死亡状態ではない。
回答 心肺

B 次にAの質問に出て来た漢字の部分を、総て他の漢字に置き換えて、新しい解釈が出来る創造的物語、あるいは奇抜な解釈を作りなさい。たとえそれが現在ない日本語ではなくても構わない。造語であっても、新しい意味や奇抜さが読み取れればよいものとする。これは学校の日本語の試験ではなく、日本語の感覚を問うものである。

1
回答 「会計」
解釈 ある日、同窓会で幹事役を命じられた入谷昭作は、とんでもない失敗をした。幹事役なので、酔っぱらってはいけないのに、すっかり酔ってしまったのだ。それで、店で会計をするときに、一人につき三千八百円を事前に徴収しているにもかかわらず、その場で更に四千円を徴収しようとした。そのため、みんなからおかしいと非難の集中砲火を浴びた。その時以来、入谷昭作を幹事役にしてはいけないというお触れが同窓会で出回った。おかげで、入谷昭作は会計のできない男としてすっかり有名になった。これを「会計」の恥というようになった。

2
回答 「地震」
解釈 世界人口総数は約六十五億人で、日本の人口は約一億二千七百万であるから、世界の人口の約ニパーセントを占める。世界の総面積は一億三千五百万平方キロで、日本の総面積はそのうちのわずか三十七万平方キロである。日本の総面積はなんと世界の総面積のわずか〇.三パーセントに過ぎないのだ。
世界には約八百以上の活火山があると言われている。日本にはその一割以上八三もの活火山があると言われる。そして、世界には十数枚のプレートがあり、日本はそのうちの四枚のプレートがある。太平洋プレート、ユーラシアプレート、北米プレート、フィリピン海プレートである。その結果、専門家によれば世界で発生する地震の一割は日本で発生していると言う。
日本はあきらかに地震が多いのだ。人口比率で言えばわずかニパーセント、総面積比率では〇.三パーセントしか占めない日本に、活火山の数も一割、地震発生も一割である。自然災害が多すぎるのだ。
これを、地震過剰の状態という。しかし、現在のところ、人力ではどのようにもならないし、出来ないのである。

3
回答 「感情」
解釈 成蹊大学経済学部教授の竹内靖雄氏によれば、あらゆる人間に共通した行動原理は「自己利益の追求」であるという。(「日本人らしさとは何か」 PHP文庫より)つまり、人間はいつも損得勘定をしているのだ。同氏によれば、利益には二つある。それは、現実的利益と感情的利益である。現実的利益とはお金、権力、地位、名誉などである。一方、感情的利益とはその人が満足するような利益である。例えば、被災者に義捐金を送る、ボランティアで活動をするなどの利他的行動で、自分の感情を満足させる。
孔子によると、人間には四つの悪徳があるという。克・伐・怨・欲である。克は勝つことを好むこと。伐は自分を誇ること。怨は人を恨むこと。欲はむさぼること。
克伐怨欲不行焉。可以爲仁矣。子曰。可以爲難矣。仁則吾不知也。  「論語」 憲問
克・伐・怨・欲、行なわれざるは、もって仁となすべきか。子曰く、もって難しとなすべし。仁はすなわちわれ知らざるなり。
さらに、三字経では人には、喜・怒・哀・懼(おそれ)・愛・悪・欲の七情があるという。
このように人間はたくさんの「感情」科目をぶら下げて生きているのである。自分の損得勘定、つまり、現実的利益にばかりにしか目がいかないでいて、他人の感情を損なうようなことになると、とんでもない目に遭うということだ。

4
回答 「心配」
解釈 佐藤純一は生まれつき心配性な質だった。遠足の前日には、当日は雨が降らないかと心配し、成績表を貰うときには前年度よりも下がっていないかと心配した。新しい職場に異動されれば、うまく行くのだろうかと心配した。ずっと心配のし通しだったと言っても過言ではない。
そんな佐藤純一も、寄る年波と長年積もりに積もった心配のために、体が蝕まれていた。重い病になって病院に駆け込んだ時には末期の大腸ガンだと診断されたのだ。
そして、病気が発見されてから、半年も経たないうちに危篤状態になった。
佐藤純一は、瀕死の床から看護師に向かってこう言ったという。
「もうこれであれこれと心配しないで済むんだ。これで心配停止だ」
それだけ呟くと、穏やかな終末を迎えたという話だ。

第二問 次の俳句を読んで三種類の解釈を作りなさい。その際、適切と思われるひらがなの部分を回答者の解釈に沿った適切な漢字に変換せよ。なお、元々漢字で書かれた「切り株や」の部分も他の漢字に変換してもよい。俳句として発表するわけではないので、著作権侵害にはならないから。
切り株やあるくぎんなんぎんの夜 加藤 郁也 句集「球體感覺」より

第一の解釈
切り株や歩く銀杏銀の夜
これは、作者が大きな公孫樹の木がたくさんある場所を歩いている風景である。その辺りはあまりにも公孫樹の木が多いので、伐採したのか、切り株がたくさんあった。
時刻は言うまでもなく夜である。春宵一刻値千金というが、残念ながらその時は春宵ではなく、夏の深夜の肝試しだったので、値は「金」ではなく「銀」であった。銀杏の実はまだ実っていなかったこともあったので、その夜の値は「銀」に格落ちしたのである。

第二の解釈
切り株や或る苦吟難吟吟の夜
吟行の俳人は、苦吟し、難吟している。このまま一句も出来ないままに、夜明けが来るのであろうかと、思い悩む俳人の苦悩する姿がよく出ている。
しかし、一句出来ると次々と作品が出来てくる。句が新しい句を呼び起こすのである。
先ほどまでの、苦が苦を呼ぶ現象とは全く別の世界が開けるのだ。もう苦吟も難吟もない。このまま夜明けまでぶんぶん飛ばして書き散らす、素晴らしい吟の夜が来るのだという俳人の歓喜に包まれた一句である。

第三の解釈
切り蕪や歩く吟難吟吟の夜
昔、ある尼寺に吟照尼という尼さんがいた。この尼さんは料理がとても上手なことで近所の人々に大変有名だった。
ある日、吟照尼の下に大きな立派な蕪が届けられた。これを見た吟照尼は、近所の皆さんをご招待してご馳走を振る舞うことが、御仏の心にかなうことだと考えて、ご馳走をすることにした。慈悲の心である。慈悲の心は言うは易く、行うは難(かた)し。
その時、吟照尼は一つの決意をした。ご馳走をする近所の人達のなかに俳句が好きで上手な人がたくさんいた。そこで、俳句など一句も作ったことのない吟照尼は一句ものしてやろうと思った。料理に添えようと考えたのだ。
料理の下ごしらえも準備万端整った招待日の前夜、吟照尼は俳句に挑んだ。しかし、今まで俳句など作ったことはないので、全く何も浮かばない。吟は歩く。虎のようにあちこち歩き回って歩いて俳句を考える。そして、どうにもならないままにとうとう招待日の朝を迎えた。
仕方がないので、自分が歩き回って難吟に苦しんだ揚げ句に、朝を迎えたという屈辱をそのまま読み込んだのがこの俳句である。
「吟」の夜は料理に対する賞賛の声と、俳句に対する非難の声が複雑に入り交じったものになったのであるが、その時の気持ちがよく表れた一句である。

第三問 次の言葉を使用して三種類の短歌を作りなさい。

「いさん」 「かくす」 「しそん」
なお、それぞれの言葉はどのように解釈してもよいし、活用させてもよい。たとえば、「かくす」を「かくせ」あるいは、「かくさん」としてもよい。一首の短歌に総ての言葉を盛り込んでも良いし、盛り込まなくてもよいが、二つの言葉は必ず組み合わせて使うこと。短歌の技術基準を見るのではなく、言語の感覚を問うのであるから、なるべく奔放な発想を期待する。
その上で、それぞれの短歌の意味に見合うような漢字に変換せよ。

回答一
太田胃散龍角散に葛根湯蒲柳の子孫よ手放すなかれ
この歌を詠んだ人は蒲柳の質だったので、いつも胃弱に悩んでいた。だから、太田胃散を手放さなかったのである。また、喉もいつもいがらっぽい感じが取れず、龍角散を愛用していた。そして、風邪を引くと決まって葛根湯を飲んだ。
自分の愛する子孫に対しても、これら薬を手放してはいけないという、ありがたい教えなのである。

回答二
核拡散防止条約締結し子孫に残せ世界遺産を
核爆弾による破壊とその影響には凄まじいものがある。終戦から60年以上経つ今も原爆症に苦しむ人がいるのだ。核拡散防止条約とは、そのような恐ろしい核兵器の保有国を制限して、核軍縮を進めるための条約のひとつである。しかし、現実には核軍縮は進んでおらず、インド、パキスタン、イラン、北朝鮮など拡大する一方である。
核爆弾による人類の共通の遺産として、世界遺産の破壊を守ろうという祈りが込められた一首である。

回答三
仕損じた違算のままの決算書隠さんとして税務署指摘
恐らくは二重帳簿を平気で作るような会社だったのだろう。税務署署員か明らかにおかしいとして指摘して、捜索した結果、違算のままで仕損じた元の帳簿が見つかった。このため、この会社の社長は税務署からこってりと油を絞られたという話である。

ここまで読み進んだ弘司は、腰を抜かしてしまった。あまりにも奇抜な発想の連続に、湯島昭次郎という友人が化け物に思われてきた。
しかし、今はそのような感想に浸っている場合ではないのだ。なんとしてでも吉野偏屈先生に短歌の弟子として受け入れてもらい、短歌を一人前に作れるようにならないといけないのである。
そして、ガリ版刷りでも良いから、短歌集を一冊出して、自分の生きた証にしなければならないのだ。
長年ぺこぺこと馬鹿な上司に頭を下げながら、家族のためにと思い、辛いことも我慢して働いてきた。狐と狸の化かし合いのような同僚との足引っ張り合いにも耐えてた。理路整然と話して、過ちを指摘してやっているのに、不服そうな顔で黙り込む後輩の不貞腐れた態度にも忍の一字で対応してきた。
そのように、耐えに耐えて黙々と職蟻や職蜂のように、営々と働いてきて手に入れた物は、この小さなマンションだけかと思うと、やはりなんとしても自分の生きた証が欲しいのである。
だから、意を決して、湯島昭次郎の回答をそのまま吉野偏屈先生に送った。
その後、吉野偏屈先生からは何も返事がなかったので、吉野偏屈先生の自宅を訪れたら、吉野偏屈先生は急病で入院したという。家族もいずに独り暮らしだったらしい。
近所の人に吉野偏屈先生の病名を聞くと脳梗塞で、再起は難しいだろうとの話だった。
鈴木弘司は、それを聞ききがっくりと肩を落として首を項垂れて駅の方に向かった。最寄りの駅へ向かう道の途中にこんな看板がかかっていた。
「初心者歓迎。短歌入門志望者募集中。ただし、入門試験あり。委細面談 吉野周一郎」
あなたも定年後に備えて、短歌を作りませんか。そして、短歌入門の試験を受けてみませんか。吉野偏屈先生に代わり短歌を教える人がいますよ、きっと。

終わり

注:第二問の第二の解釈については、『加藤郁也詩集』(現代詩文庫 思潮社)松山俊太郎さんの文(『球體感覚』復活)の解釈に基づいていますので、お断りしておきます。


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埋没の理由 第十章 [小説]



ここまで読んだ古愁は大きな溜息をついて、テレパシーで家事ロボットを呼んだ。
「おい。コーヒーを頼むよ。いつものようにブラックだけど、今日はモカとジャワマンデリン、それにキリマンジャロのブレンドだな。僕の好みの配合比率は分かっているだろう」
「はい。承知しております。お待ち下さい」
コーヒーの香りが部屋中に広がり、気分が爽快になった。
今度はテレパシーで妻を呼ぶ。
「おおい、湖路。祖父さん(湖路に向かって古空斎のことを呼ぶときにはこういう言い方をする)の蒐集物の中に掛け軸の入った箱があっただろう。あれは、どこにあったかな。離れの横の物置だったかな」
「ええ、そうですよ。離れの横に物置があるでしょう。その上段にあるわよ。下段はがらくたばかり。ええと、上段の、向かって右側よ」
掛け軸のある場所を湖路に確認すると、古愁は離れに向かった。
『平成かるた考』を読み終えた充実感と、珍奇な発見シリーズの新しい種が出て来たことで気分をよくした古愁は、なんとなく虎の絵の掛け軸を床の間に飾りたくなったのであった。
虎口斎が建てたこの家は、純日本風であり、古空斎も古愁もそれがお気に入りで、なんどかのリフォームをしても、床の間など畳の部屋を置くという基本はきちんと押さえてあった。
最近流行の宇宙ステーションと見まがうような間取りは大嫌いだった。
湖路がいうとおりの場所に目的のものはあった。
その箱を取り出そうとした時、四角い小さな箱が転がってきた。
表には墨痕淋漓と、「虎口斎より子孫へ」と書いてある。
取り敢えず、目的の掛け軸の入った箱と、転がってきた四角い小さな箱を両脇に抱えて、書斎に戻った。
書斎には秋の夕暮れの陽射しが入り込んでいて、いくぶん涼しさを感じるこの頃だった。
掛け軸を湖路に手渡して所定の場所に掛けさせると、心が落ち着いた。
古愁が、虎口斎の小さな四角い箱を開けてみると、丁寧に折りたたんだ紙切れが入っていた。
「何だろう、この紙切れは」
古愁はその紙切れを慎重に開いた。
虎口斎が何かを書いたのだということは分かったが、なにぶん達筆であるし、古愁は老眼鏡がないと読めないので眼鏡を掛けた。
そこにはこう記してあった。

この書き付けを読むであろう私の子孫へ。
近頃、私の仕掛けたいたずらのひとつに、「平成かるた」というのがある。
この作者は「海野良子」という人であることになっている。
ただし、ここで明瞭に書き記すが、この人は実在しない人物である。
つまり、私が勝手に作り上げた想像上の幻の人物なのである。
私は正式に俳句や川柳の勉強をしたわけではないし、知識があったわけでもない。
この分野はわたしのような門外漢が何か言うと無視されるに決まっている。
なぜなら、私も多少は文芸に関わる人間として知られているからだ。
しかし、庶民が作ったものであるという前提なら、面白い埋没した文芸や文化があったものだと、きっとみんなが面白がるだろうと思ったのだ。
それで、俳句や川柳とは評価されないような戯れ句で、なおかつ庶民の感情、価値観、喜怒哀楽、憤怒、恨み、辛み、生死観、生き方、歓喜、触れ合いなどを描き出した作品群を創出することを考えた。
私が「平成かるた」を、さも実存するかるたであるかのように見せかけた最大の目的は、私が作った句をだれがどのように解説し、評論するのかということであった。
もちろん、日本人のどうにもならない価値観に対する猛毒を盛り込んだ句も作ったし、同情を吹き込んだ句もある。
同時代の人であればどう反応するのかを見たかったのである。
そこで、海野良子という人が一般公募した結果出来た「平成かるた」を遺すという形にしたのである。
かな文字数は四十八であり、そのうちの二つは歴史的仮名遣いとして現在は使われていないものが含まれる。
そして、都道府県の数は四十七である。
この二つを結びつけられないかと考えた。
「ん」を抜けばよいのだ。
「ん」はよく使用される文字ではあるのだが、決して語頭には多々ない。
だから、「ん」を抜いたものを作成しようと考えた。
さて、これで各都道府県の一名ずつが一句を詠んだことにできた。
なお、制作年月日、作者名、都道府県名、全て私が創作したいい加減なものである。
ただ、制作年月日のみは、事実に合わせて調整したものが多いことを告白しよう。
だから、この「平成かるた」は純然たる私の遊びであり、決して世間に発表するようなものではない。
私は、私の生きている間にこの「平成かるた」が見つかったときには、世間はどんな反応をするのかが知りたかったのである。
なお、句の方には印刷後にフィルムでラミネートしておいたが、絵の方にはラミネートをしなかったから、きっと長くは保つまいと思う。
海野良子氏の書き付けもまた私が勝手に作成したものだ。
そして、顔なじみの古書店のオヤジに依頼して一定の期間が経てば、「海野良子」の書き付けが、その子孫から入手出来たということにして、我が子孫の手にはいるような仕掛けをしておいたのだ。
「平成かるた」は、実際には私がインクジェットプリンタを使用して、一部のみ制作した。
ラミネートは口の固い事務手伝いの人にお願いした。
一部しか作らなかったのは、あちこちに実物が漏れては困るからだ。
その上で、わたしが昵懇にしているある有名な神社の神主さんに保管を依存した。
その神主さんは顔が広くて好奇心の強い人なので、多方面の人に面白いものがあるよと言って、このかるたを見せるのではないかと期待したのである。
実物はなくても読んだり見たり、触ったりする機会が多数の人にあれば、そのうち人はその実在を信じるようになるだろうと思ったのである。
だから、その神主さんには詳しい事情を知らせないで、この『平成かるた』は人には見せても良いが、大事な物だからなくさないように保管しておいてくれと頼んでいたのだ。
問題は、その神主さんが、私が依頼して「平成かるた」を預けて暫くしてから、脳梗塞で入院してしまい、私もまたその直後に口が利けなくなり、足も動かせないという奇病に冒されてどうにも身動き出来なくなったが、幸いに頭はまだしっかりしていたし、まだ手は動かせたのだ。
この文章は、奇病に罹った後暫くしてから私が書いたものである。
だから、私が創造した「平成かるた」をどこに保管してあるのかを知っている人が身動き出来ないし、依頼した本人である私も身動きできない状態になったのだ。
最近ではどうやら、私の存命中には私の最大のいたずらである「平成かるた」は発見されないだろうと思うようになった。
さて、ここからは私から子孫への願いだ。
私の生存中にこの「平成かるた」が発見されずに、後世になって発見れるようなことがあったら、世間には「平成かるた」の存在を知らせてはならない。
奇人の奇行として世間から隔絶して埋没させることである。
このことは、運家の子孫は必ず守らねばならない。くれぐれもこの教えを守れ。
二00七年十二月 虎口斎記す 

ここまで読んだ古愁は、なぜ古空斎がこの『平成かるた考』を隠したのかという点について納得できたのだった。
先祖のいたずら心に振り回されて、養父古空斎も畢生の仕事と思った『平成かるた考』の発表を諦めたのだ。
古空斎が渾身の力作と考えた『平成かるた考』は、発表するわけにはいかなかった。
しかし、そのまま捨ててしまうには惜しいと思ったので、包みの油紙に「鶏肋」と記したのであろう。
「鶏肋」とは鶏のガラであり、食べようと思っても肉はない。しかし、味はするので捨てるには惜しい。
わざわざとっておくほどの価値もないが捨てるには惜しいというところである。
古代中国の三国志の時代に、魏の曹操が「鶏肋」と叫んだだけで全てを悟った楊修という武将がいた。
おそらくは、古空斎も『平成かるた考』を「鶏肋」と考えたのだろう。
古愁自身もまた、『珍奇な発見シリーズ』の種として使おうと思っていたのに、とうとう使えなくなったという思いでがっかりした。
深い疲労を覚えた古愁は肩を落として、庭の灯籠を恨めしげに眺めた。
「あの時、箱を発見しなければ良かったな。また『珍奇な発見シリーズ』の種を捜さねばならないな」
古愁の頭を過ぎったのは、またもや『珍奇な発見シリーズ』の原稿が大幅に遅れることだった。
古愁は、太田さんになんと言っていいわけしようかということが気になって仕方がなかった。
古愁の淋しい呟きは庭の池にさざ波となって広がっていった。
淋しく肩を落として佇む古愁の足下を、野良猫が大きな顔をして過ぎっていったが、古愁はそれに気付くこともなかったようだ。
夕陽に照らされた古愁の横顔は血に染まったように赤く見えた。

終わり

なお、風水に関する部分は「華僑の風水学」 鮑黎明 東洋経済新報社刊を参考にした。








 

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埋没の理由 第九章 [小説]



このところ古愁はなんとなく体調が優れないので、古空斎の養老三原則に沿って暫く休養を兼ねて、単独で伊豆高原の別荘に行っていた。
『珍奇な発見シリーズ』の材料として、この『平成かるた考』に没頭して、資料を調査したり読んだりしすぎた。
早い話が、古愁自身がWLBの考えを実践しそこなって、変調を来していたのである。
だから、伊豆高原の別荘にはそのような資料は一切持って行かなかった。
ただ、元来が近視なので近視用の眼鏡だけは持参したのだ。
煩わしい世間のことも忘れて小鳥の呼びかけに応えるようにして早起きし、星のささやきに応えるように早く床に着いた。
そういう生活をしていると、二週間ほどで徐々に回復してきたので、湖路に来て貰い、部屋を整理して横浜に戻ることにした。
帰りには久し振りに中華街で夕食を取ることにした。
湖路の健啖ぶりでは、請求書の金額が恐ろしいのだが、湖路は美味しいものに目がないという以外にはいたって質素で倹約家なので、古愁は鷹揚に受け止めていた。
横浜の家に戻ったら、『平成かるた考』を読み始めることにしていた。

㋲悶えおりちょい不良(わる)オヤジ真似できず
作成年月 平成十八年七月 
作者名 結城 和人 五十五才
職業 大工 石川県
この当時、ちょい悪オヤジというのが流行った。
少しばかり不良がかったオヤジたちのワイルドなファッションが、若者達にもてはやされたのだった。
どちらかというと、家庭では購買権を妻に握られ、教育費や住宅ローンにお金がかかるだろうと思われ、地味な感じのする四十代のオヤジが、不良がかったワイルドなファッションで決めるのだ。
それが若い娘達から喝采を受けるのである。
この句の作者は、当時言われた団塊の世代からは外れるがその世代に近く、四十代のちょい不良オヤジには近くない。
ちょい不良オヤジ達には年齢的には近くはないし、そこにはいけないという、じれったさや羨ましさがこの句には滲み出ている。
作者は、今まで家族のためと歯を食いしばって生きてきた生真面目で、手堅く地道に生きる不様な生き方しか知らないのである。
そんな不様な生き方しかしらない男が、自分達よりももっと生活の苦労などが大変だろうなと思っていた、四十代のオヤジ達の存在感を目の当たりにして仰天しながらも、今までの手堅い不様な生き方をしてきた我々五十代半ばの人間にはとても真似ができないと、苦笑している姿が彷彿とする句である。

㋳役に立つ中高年に仕事なし
作成年月 平成十八年九月 
作者名 矢島 健士郎 五十三才
職業 無職 三重県
長かったバブル崩壊後の痛手からようやく立ち直った平成十八年には、ようやく失業率が四パーセント前半にまで落ち着いてきた。
しかし、中高年には仕事がなかった。
企業は若い人を求めるので、いくら即戦力であっても年齢によっては全く声が掛からない。
中高年はそれなりの知識、経験、失敗談などを持っているので役に立つのだが、企業としては若年労働者が欲しいのであった。
この句は、リストラに遭った中高年の悲哀を端的に表現している。
今まで家族のためにと、辛いことも辛抱して働いてきたのに。
下げたくもない頭をぺこぺこと下げてきたのに。
年功序列のおかげで、バカな上司の無茶な要求にも必達を目指して努力してきたのに。
苦労を省いて成功したいという横着な部下の尻ぬぐいもしてきたのに。
秋の日は釣瓶落としというが、中高年という人生の秋もまた、釣瓶落としのように無惨に暮れていくのであった。

㋴許せざる虐待悲惨な親殺し
作成年月 平成十八年六月
 作者名 上山 繁 六十六才
 職業 税務署員 福島県
肉親や家族というものは、普通は愛し合って生きている。
だから、同じ屋根の下で安心して暮らせるのだ。
人間が互いに憎み合っている前提の下では、一つ屋根の下で暮らすのは困難である。
親が子供を殺そうと狙っているとしたら、その子供はどこで暮らせるのだろう。
逆に、子供が親を殺そうと狙っているとしたら、夜もおちおち寝ていられない。
それなのに、である。
幼児虐待は後を絶たないし、親殺しも頻繁に起きていた。
なぜこのようなことになってしまったのだろうか。
赤ちゃんや幼児は大人の思うようにはならないのが当たり前である。
夜中であろうと腹が空いたらミルクをくれと泣くのは当たり前である。
子育ては疲れるが当たり前である。
だから、それが嫌なら赤ちゃんをもうけないことだ。
生まれてきたからには赤ちゃんは大切に育てなければならない。
そのためには、忍苦は当然の前提である。
子供は親に育てて貰ったのである。
子供は勉強するのが仕事である。
親が子供に勉強をしろと迫るのは当然の要求である。
親が余程理不尽な要求をすれば別だが、普通はそれほど無茶なことを言うわけではないと思う。
人間は生まれて病気をするし、やがては老いて死ぬのだ。
だからこそ、それぞれのライフステージでクリアしなければならない事柄がいくつも用意されているのである。
仕事に就く前には、社会人として行動するための知恵を学ぶ。
それが、学校の勉強である。
所謂、読み書き算盤以外にも社会の仕組み、生物の仕組み、外国語等々学ぶことは山ほどある。
そのような勉強の背景があるから、社会人として仕事が出来るのだ。
仕事をし出したら、今度は家庭を作らねばならない。
思想として子供を作らない人は別だが。
子供が出来たら、子供を育てる義務がある。
人間は子供が一人前になるまでには、長い時間がかかるのだ。
子育てを途中で放棄するわけにはいかない。
子供が大きくなったら、今度は自分の人生を反省しなければならない。
他人にどれだけ迷惑をかけたか。
そして、欲望や感情を抑制することを覚えなければならない。
最後に、周囲に迷惑をかけないで気持ちよく死んでいくことを学ばねばならない。
「ありがとう」と家族に告げて、この世と別れることができれば、それは最高の人生であろう。
あなたがそのような人生観を持つことが出来たとしたら素晴らしいことだし、仮にあなたにお金や不動産といった財産がなくても大丈夫だ。

㋵ヨン様も俺様もいずれ年が寄る
作成年月 平成十七年四月
作者名 広田 幸雄 六十二才
職業 元俳優 長野県
現代の日本人には馴染みがないかもしれないが、ここに登場する「ヨン様」とは、ペ・ヨンジュンという名前の韓国の男優で、「冬のソナタ」という韓国ドラマを通じて日本で一躍有名になった人である。
特に当時の中高年女性には圧倒的支持を受けた。
当時は韓流といって、その他にも魅力的韓国男優がいたが、中でも韓流四天王のペ・ヨンジュン、イ・ビョンホン、チャン・ドンゴン、ウォンビンの四人は大変人気を博したものであった。
中には「冬のソナタ」のロケ現場を見るために韓国旅行に行ったり、ペ・ヨンジュン氏のロケ現場を見学するツアーが組まれたりしたものだ。
民間でこれだけ韓国との交流が盛り上がったのは大変よいことだったと私は思う。
最も日本に近くて遠い国だった韓国が、これで一気に近くて近い国になったのである。
日本政府と韓国政府の間の冷えた関係を尻目に、韓流は続いたのである。
政治よりも民間で外交を推進する方がいかによいかという例であったろう。
さて、この句の作者はもちろん無名の人である。
元俳優だったというが、調べてもこの人の名前は見つからなかったから、大部屋俳優だったのだろう。
「平成かるた」自体が、無名の庶民の呟き、怒り、嘆きを蒐集することにあったから、著名な作者は一人も登場しない。
もう高年になったこの句の作者は、俺様も年を取るけれど、ヨン様だっていずれは年を取るのだということを言っているに過ぎないようだが、そのことが逆に人生の無常を感じさせる。
まだ壮年のヨン様はこれから年を取るのだが、俺様はすでにいい加減な高年齢になっていても、これから先もまだ年を取り続けるのだからうんざりだ、というどうにもできない苛立ちのような感覚がこの句から読み取れる。
それにしても、ヨン様という表現に引っ掛けたのだろうが、「俺様」という表現はとてもいただけないものであり、もう少し表現に工夫が欲しかった。

㋶拉致事件長期交渉埒あかず
作成年月 平成十八年九月
作者名 立原 剛 七十一才
職業 幼稚園長 宮崎県
当時日本では拉致事件が大きく取り上げられていた。
北朝鮮が国家ぐるみで日本人や多国籍の無辜の人々を拉致し、洗脳した上で金正日将軍様に忠誠を誓わせ、工作員の教育などの仕事に従事させていたのである。
蓮池薫氏、蓮池祐木子氏ご夫妻およびその子供達、地村保志氏と富貴恵氏ご夫妻と子供達、曽我ひとみ氏と、当時拉致に事件に遭遇した五人とその家族が日本に帰国出来た。
それは二00二年のことであった。
その後、曽我ひとみ氏のご主人である脱走米兵のジェンキンス氏と子供達も日本に帰国できた。
拉致事件に遭遇した五人以外にも、横田めぐみ氏、増元るみ子氏、曽我ひとみ氏の実母ミヨシ氏、有本恵子氏など多数の被害者がいたのである。
そして、拉致被害者は日本人だけではなく、韓国人、タイ人、シンガポール人など多岐にわたった。
日朝国交正常化交渉に基づいて、拉致事件の全貌を明らかにするようにと日本政府は北朝鮮と何度も交渉するが、北朝鮮は、拉致事件は既に解決済みとしてかたくなな姿勢を崩さなかった。
その上、日朝国交正常化でミサイル発射などはしないと宣言していたにも拘わらず、長距離ミサイルを発射するという暴挙に出たのである。
そのため、北朝鮮に制裁が加えられることになった。
ミサイル発射の裏には、金正日体制は政権維持のために軍部の思惑を大事にしたようだというのがもっぱらの噂だった。
金正日は父親の金日成から指名を受けて国家元首の地位に就いた。王国でもない共産主義国家でも血統の論理で独裁者の地位に就くことがあったのだ。
だから、いわば金正日は苦労知らずの二代目であり、他の何よりも自分地位を維持することにしか関心がなかったのだ。
ここにも典型的な「バカの壁」があったのだ。

㋷倫理さえ踏みにじられて年明ける
作成年月 平成十六年一月
作者名 屋良 玲 五十九才
職業 菓子製造 沖縄県
当時、姉歯一級建築士による耐震強度偽装事件というのがあった。
姉歯一級建築士が、構造計算という、建築される建物が安全であるかどうかを客観的な数値として表すために行う計算であり、建築物を設計するときに安全性を計算するもの大切なものを偽装したのであった。
理由は、姉歯建築士に構造計算を依頼すれば、早くて全体のコストが安く上がるというので、たくさん受注したし、引き続き受注したかったというものだ。
つまるところ、お金を人よりも多く稼ぎたかったという理由である。
建築士などは自分の計算技術に誇りを持っているはずで、自分の計算には間違いがないから安全であるし、その自信が、だからこそ私の構造計算を信用してこの住宅を購入してくださいということに繋がるはずである。
人が住むところである限り、最善を尽くして安全性を確認しなければならない。
それが倫理的態度というものであろう。
倫理とは人間が生きていく上での規範となるべきものであり、善悪・正邪の判断の基準となるものである。
ところがこの姉歯建築士は、そういう誇りも倫理も捨てて、人命を無視してお金を手に入れることだけに夢中になったというのであるから、開いた口が塞がらない。
この事件によってマンションの購入者など多数が被害に遭ったが、マンション販売会社や建築業者も人生を滅茶滅茶にされた人達がいたのだ。
倫理とか道徳とか言うと、すぐにだいぶ昔の修身などと一緒にされがちであるが、倫理や道徳は人間が生きていく上で、常識や遵法精神と並んで大切なものである。
哲学や高等な思弁のみが倫理の対象と思われていたが、この作者は常識とは当たり前の事であり、倫理は人が生きていく上での善悪や正邪の判断基準なのだから、もう一度倫理ということについて、考え直してみてはどうかと訴えているのであろう。

㋸留守にして母が気になる認知症
作成年月 平成十八年一月
作者名 松田香  五十八才
職業 食堂経営 岐阜県
この句は少し解説をしないと現代の人には分かりにくい。
認知症というのは、当時社会問題になった病気である。
定義としては、脳や身体の疾患を原因として、記憶・思考・・判断力などの障害がおこったために普通の社会生活がおくれなくなった状態を言う。
主には、アルツハイマー病や脳血管障害による病気であった。
今日では、この病気は克服されているので、あまり注目を浴びないのだが。
この句が作成された当時は高齢化社会を迎えており、国民みんなの一番の悩みは介護の問題であった。
老親を介護する施設もろくにない。
お金さえ出せば立派な施設はあるものの、一番庶民には手が届かない高嶺の花であったのだ。
そうすると、勢い自宅で実の娘なり嫁が介護をするということになる。
娘も嫁もそれぞれに仕事を抱えていたり、家事の切り盛りで多忙を極める上に、さらに介護が加わるである。
その負担は大変なものであったに違いない。
しかし、実の娘であればこそ、介護にも愛情が籠もるのだ。
ただ、当時の「老老介護」という言葉が象徴するように、老人が老人を介護するのであるから、体力的にも精神的にも重荷であったのだ。
中には、年老いた母親を介護するために会社を辞めて、生活保護も受けられないまま、生活資金がなくなり母親と無理心中をしようとした中年男性が母親を殺した事件では、あまりにも哀しい話に同情が集まり、刑の軽減嘆願書が集まったケースもある。
この場合の母親は、少しも息子を恨んでいないだろう。
私は、この哀しい親子は息子が死んだ後にあの世で喜んで再会できたのだと信じたい。
いつの世も、親子の愛は人の心を打つものだ。
そこには、親が子を思い子が親を慕うという純粋な感情だけがあって、打算などは一切ないからである。

㋹恋愛を夢見て女老いゆくか
作成年月 平成十八年九月
作者名 木下由佳 五十才
職業 パート勤務 岡山県
この句は、ずっと恋愛を夢見て老いていきたいという、自分自身の素直な願望を述べたものだろう。
作者はもう更年期に入ったような年齢だ。
ただ、更年期の女性だから恋愛とは無関係であるとは言えないし、いつくになっても恋をするのは、男性にも女性にも許されることだろう。
一般論で言えば、女はいつも恋しているのだろう。
きっと、私には素敵な白馬の王子様が現れると思いながら、夢見ているのだ。
しかし、同時に女は現実も忘れていない。
だから、一生白馬に乗ることなどありそうもない、容貌も身分も収入もごくごく一般的な男と結婚したりもするのである。
そうして掴む平凡な幸せこそが、平凡な自分にとっては一番幸せなことなのだと自分自身に言い聞かせながら。
だからこそ、アイドルとか俳優とかのスキャンダルには寛容なのである。
つまり、自分達が現実の世界では果たせそうもないことを次々とやってくれる俳優などに対しては、自分の代わりに素敵な恋をしていると考え、一種の代償行為と感じて、寛容でいられるのだ。
それが、現実に自分の夫がそのようなスキャンダルや不倫を実行すると、とたんに許せないのである。
女はことほどさように、夢の世界と現実を峻別出来るのである。
だからこそ、「平成かるた」が出来た当時の中高年のオバさん達は、氷川きよしとかいう演歌歌手や、ヨン様、そして甲子園で活躍したという高校生球児の斉藤君を追い掛けたのである。
考えれば分かるように、右に挙げたいずれも若くて素晴らしい男性が、充分に年を取って魅力も色褪せたオバさん達と恋愛をするはずがないのだ。
そして、オバさん達も、充分その事を承知しているのである。
つまり、いわば一種の疑似恋愛とでもいうものを楽しんでいるのである。
そこにいくと、男は子供のようなもの生き物なのだと、私はつくづく思う。
たとえば、「男のロマン」と称して、子供時代からの夢を追い掛けたり、諦めていた夢を定年退職後に再度復活してみたりするのである。
それも、現実の生活と夢のバランスを取りながら追い掛けるという話なら、可愛げがあってよい。
ただ、現実生活を差し置いて叶う望みもない夢を追い掛けるとなると、話は別である。
だから、現実に塗れたオヤジが、トランペットで一流奏者になって生活していきたいとか、いつかは一流のバンドマンになるなどという息子の意見が気にくわないのは当然のことである。
息子は、才能や努力でなんとかなると思っているが、現実世界で苦しみ堪え忍んできたオヤジには、才能や努力だけではどうにもならない限界というものが、見えすぎるのである。
女の句から男に話が移ったが、ここで女の句に戻ろう。
筆者の見解を述べると、女はいつまでも疑似の恋をするのがよいのである。
しかし、現実の生活を崩壊させるようなことをしてはいけない。
夫がありながら不倫をするような妻になってはいけないのである。
裏切りはいつか自分に跳ね返ってくることを知らねばならない。
夫に対する裏切りは、天に唾する行為なのである。

㋺ロンドンもパリもローマもブランドで
作成年月 平成二年七月
作者名 小島 優子 二十八才
職業 ホステス 広島県
この句の作者は、余程贅沢が身についた女性なのであろう。
ロンドン、パリ、ローマという当時のブランド物の本場にパトロンと一緒にブランド物を沢山買い出しに行った時にでも作ったのだろうか。
金満家の助平爺の腕にぶら下がって、昼間は買い物のおねだり、夜は助平爺に組み敷かれ性を提供するという生き方をしている女の、品格も知性も感じられない寝言のような句である。こういう句は読後に強い嫌悪感を覚える。
選者としては、しかし、こういう句も人間のひとつの様相なので選ばざるを得なかったのだろうと推測する。
清く正しく美しくというだけが人間の現実の様相ではないのだ。
欲望に塗れ、愛着に心身を磨り減らし、渇望の大波に息も出来ないで生きている人間は昔から山ほどいたし、現在もなおたくさんいるのである。
世間には人を救うことを使命としている立派な医者もいれば、蛇蝎のように嫌われているやくざもいる。
夢を売る詩人もいれば、その日の日当だけが家族を支える頼みの綱という日雇い人夫もいる。
自分の技術に誇りを持って生きている大工もいれば、人を騙していくらかでも余分に儲けてやろうと企んでいる詐欺師もいるのである。
人の鑑と言いたいような立派な教師もいれば、狂師あるいは凶師と言いたくなるような人間もいるのだ。
世の中のことを綺麗事でばかり考えるのも間違いだし、穢れた面ばかり見るのも間違いである。
あるがままを見て、あるがままを感じて、しかも自分は出来る限り欲望に身を委ねるようなことはしない、というのが最も危険に晒されないですむ生き方なのだ。
つい、言わなくても良いような筆者の信条を述べてしまったが、このような愚かな句を読んだ後では、仕方がない。
読者の寛容なご容赦をお願いしたい。

㋻別れても年金貰える嬉しさよ
作成年月 平成十八年三月
作者名 中西 美苑 六十二才
職業 主婦 高知県
平成十六年の離婚率は、特に同居期間が二十五年以上三十年未満では、前年度比十%超の減少となった。
この背景にあるのは、平成十九年(二00七年)四月から実施されることになった離婚時の年金分割である。
離婚時の年金分割とは、夫がもらえるはずの厚生年金の最大ニ分の一を、結婚していた期間に相当する分だけ、分割してもらえる制度のことをいう。
それ以前は、「一身専属権」という小難しい権利があったので、サラリーマンの妻が離婚しても、夫が年金の半分を払わなければ差し押さえるなどということが出来なかったのだ。
ただ、離婚した時点で年金をもらえるのではなく、将来年金を受給するときに、分割してもらえる制度であった。
だから、平成十六年度に離婚率が低下したのは、平成十九年まで待とうという意志の表れとしか読めないのだ。
ここで、同時に指摘しなければいけないのは、平成十九年は団塊の世代が一斉に退職する始めの年だったということだ。

㋼井戸水や干涸らび果てた句の泉
作成年月 平成八年七月
作者名 米山 滋 七十五才
職業  神主 東京都
ヰという文字は、歴史的仮名遣いとしてはあったが、この「平成かるた」が誕生した当時はすでに使用されていなかった。
さて、詩歌を作った経験のある人にはよく分かることなのだが、美の神ミューズは気まぐれである。
訪れて欲しい時には全く姿を見せないのだが、来たとなると結構長時間滞在してくれたりするものだ。
そして、連続的に細々と活動を続ける人もいるが、間歇的に活躍する人もいる。
この句の作者はどちらのタイプなのかは分からないが、もはやミューズが訪れてくれなくなったことを自覚せざるをえなくなったのであろう。
きわめて個人的な句のようでもあるのだが、詩歌に限らず創作力の泉、闘争心の泉、気力の泉様々な泉が涸れる時は誰にでも来るのだ。
そして、命の泉が涸れ尽きたときに、この世と別れが来るのである。
この句の作者はきっと詩歌の創作に力を入れていて、今後も訪問してくれるものと思っていた美神ミューズが絶えて久しく訪問してくれなくなってからかなりの時間が過ぎ去ってから、ようやく自分の才能の泉が干涸らび果てたことに気が付いたのだろう。

㋽円の価値金利株式みな低く
作成年月 平成十四年五月
作者名 今田 修 四十九才
職業 自営業 宮城県
この文字もまた前項と同様に歴史的仮名遣いとして当時は使用されていなかった。
さて、この句のできた当時の日本の経済的背景を説明しよう。
本格的に契機が回復してデフレの懸念が取り払われるまで、長い間日本銀行は量的拡大政策を採り続けた。
それにも拘わらず、資金需要は拡大しなかった。
企業が、三つの過剰のひとつである過剰債務解消のために、負債の減少に努めたからである。
その結果、銀行の貸出金利も預金の金利も低いまま推移していた。
この句の作者はそれなりの金融資産を保持していたのだろう。
そして、少しも増えない預金通帳の利息と毎晩にらみっこしながら預金金利の低さを呪い、タンスに眠っている株式の株価の低さに怒り心頭に発していたのだろう。
日本円の価値などは、もうないに等しいという思いがあったのだろう。
せめて外国で預金が可能なら、年間四パーセントの金利など当たり前なのに。
かといって、日本で生活している以上はすぐに引き出して使えるお金が必要であるから、一般庶民には簡単に外国で預金などはできるわけはこなかった。
富裕層が余剰資金を運用しているのとはわけが違うのだ。
そういうもどかしさが伝わる。

㋾をこがまし詐欺師が語るその口調
作成年月 平成十八年二月
作者名 岩原 千佳 ニ十九才
職業 調理師 山梨県
現代では「を」は限定された使い方しかしない。
僕は何々を持っていないなどと、目的語を指したりする助詞としてしか使われないのが通例だ。
古語の「をこがまし」とは「ばからしいとか、「見苦しい」とかいう意味である。
さて、平成かるたが作製された当時は、「オレオレ詐欺」という悪質な詐欺が流行していた。
後には他の手口と併せて「振り込め詐欺」と名称が変更される。
振り込め詐欺とは、オレオレ詐欺、架空請求詐欺及び融資保証金詐欺の総称である。
「オレオレ詐欺」という名称の由来は、突然電話してきて、「おれだよ、おれ」と話しかける。
電話に出た者がうっかり「○○ちゃんか」などと問い直すと、「そう、○○だよ。実は事故に遭ったのでお金が必要になった。すぐにお金を振り込んで。口座番号を今から言うからね」などと言うのだ。
そして、騙された人が、指定した銀行等の口座に現金を振り込んで、後で本人に確認すると詐欺だったと気付くのである。
最初は単純な手口だったが、のちには複数の人間が登場し、本人役、弁護士役、警察官役などを担当するという込み入った手口になっていった。
当時の事を調べていて、犯罪について語るのにこういう表現は良くないことは承知しているのだが、面白かったのは、大阪ではこの「振り込め詐欺」の被害が少ないということだった。
もちろん、大阪のオバチャン達がお金を支払うのにきわめて慎重であるということがひとつにはあることは、容易に察しがつく。
しかし、本当の理由は、大阪のオバチャン達が、大阪弁をきちんと聞き分ける極めて精妙な耳を持っているという指摘だった。
大阪弁に似たような言葉を喋っても、和歌山とか兵庫とか聞き分けられのだから、簡単に騙されるはずがないのだというのだ。
これは意外な指摘であった。
たしかに、家族の間では特定の方言を喋るというようにきめていれば、たとえ東京にいても、この手の詐欺にはかからなかったのだろうと想像するとおかしい。
仮に、東京在住の家族間での日常会話は標準語を使用するが、家族が電話で話す時には必ず九州弁を使うというルールがあったとしようか。
会話は次のように進むはずである。
「もしもし、おれだよ、おれ」
「ああ、弘司ね。どげんしたと。なんがあったとね」
電話をかけて来た振り込め詐欺の主が生粋の東京の人あるいは関東生まれの人間であるならば、この段階でもう先に進めないから、電話を切らざるをえなくなる。
方言というのはだんだんと廃れていくかと思われたが、このような意外な効用があり、大切にしなければいけないという認識が、後年広がっていったのは、喜ばしいことだった。
なんと言っても、代々続いた方言というのは、それなりに身に染みついているものであり、簡単に捨てたりはできないものである。

ン なし
日本語には「ん」が先頭に立つ言葉がない。
そこで実際には会話の中で使用されながら、この「平成かるた」では句がなかった。
また、第二番目の言葉が「ん」で始まる句が作られたような形跡もない。
つまり、「ん」のかるたは存在しないのである。

これで「あ」から「ん」に到るまでの字のかるたに関する『平成かるた考』は終わった。
ここまで書いてふと思ったことは、「平成かるた」は当時の四十七都道府県から一名ずつ選ばれるという形になっている。
そして、日本語で通常使われる、かなの五十音表から現在使われている四十六文字から「ん」を引き、さらに歴史的かな遣いの「ヰ」および「ヱ」を足せば四十七文字になり、都道府県数にきれいに対応しているのである。
それにしても「ん」の句がなかったのは残念である。
これは、私の下手なだじゃれだが、「ん」はウンが悪かったのであろうか。
さて、後世の日本人の子孫達が、この『平成かるた考』を読んで、当時の日本人の心理、価値観、感情、信条、哲学、理論、宗教観などを読み取ってくれれば、この埋没された芸術に光りを当てて掘り起こした価値があるというものだ。
そして、グローバルな世界でこれからどのようにして生きていくのが、現代の日本人に相応しいかのという議論が大いに起こることを期待したいのだ。
そうして、後世の読者諸氏の真摯な批判に期待したい。
                                          以 上

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埋没の理由 第八章 [小説]



「こんにちは、運さん。○×企画の太田です」
大型の複合ビジョンの方から突然野太い声がしたので、読んでいた資料から目を離して、顔を複合ビジョンの方に向けると人懐こい太田滋の丸顔が画面の中から飛び出して笑っていた。
今は技術の発達によって、立体画像など当たり前であるから、本物がそこにいるような印象を受ける。
本当はテレパシーでも交信できるのだが、いきなりテレパシーで交信すると、相手の集中力を著しく殺ぐので、太田はわざわざ複合ビジョンを使ったのだ。
「先だってから依頼しています、『珍奇な発見シリーズ』の構想は進んでおりますでしょうか。運さんは、いつも早めに構想をお話下さるので大いに助かっています」
「ああ、あれね。もう少し待っていてくださいよ。かなりいいところまで来ているのだけれど、もう少し煮詰めたい部分があるのでね。あと二ヶ月ほどかな」
「はい。それではお待ちしていますよ。いいものをお願いしますよ」
複合ビジョンから目を外して窓の外を見ると、大きな公孫樹の木が遠くに見えた。
公孫樹の葉ははやくも少し黄ばみつつあるようだ。月日は本当に早く過ぎ去るものだと、大きな溜息をひとつついた。
それから、再び養父の貴重な研究資料に目を落とした。
太田から依頼のあった『珍奇な発見シリーズ』にこの『平成かるた考』が使えないかと徐々に思い始めていたのだ。

㋬変態のロリコン大人多すぎる
作成年月 平成十八年九月
作者名 水野 梢 二十三才
職業 塾教師 山形県
二00四年十一月奈良県で小学生が誘拐され、殺害されるという痛ましい事件が起きた。しかも被害者の母親には「娘は預かった」というメールが送られてきた。
犯人は小林薫という三十六才の男で、職業は新聞販売に従事していた。
犯人逮捕前にはこの事件の犯人は、ゲーム感覚で殺人を楽しんでいるとか、ロリコンだとか、フィギュア愛好の萌え族とか、家族に恐怖心を与えるサディスティックな性格の主だとか様々な推測があった。
奈良地裁は、小林薫被告に対して、平成十八年九月二十五日殺人罪や猥褻罪など八つの罪で死刑を宣告した。
従来は、被害者が一人の殺人事件では、強盗などの金銭目的か殺人の前科がある場合を除いては、どちらかというと死刑は回避される傾向にあった。
子どもを狙った性犯罪など凶悪事件が相次ぐ中、犯行の悪質性や更生可能性のないことを重視して死刑相当と判断したと言われる。
また、東京の杉並区では平成十八年頃には、小学生に「唾をくれ」と言って、フィルムのケースを差し出す白髪の五十がらみの男が出現した。
いったい、何を考えていたのだろうか。
五十絡みの男と小学生と言えば、祖父と孫のようなものだ。
この男は、何がしたかったのか理解に苦しむ行動である。
少子化の時代、大切な子供達を守るのは、大人の責任であったはずだ。
その大人達が子供達から信頼されないようでは、それこそ救いがなかったに違いない。
今日では、変態やロリコンは集中治療や強制措置で完全に治療が可能となったが、当時は有効な手段がなかったのだろう。
誠に不幸なことだったと、言わねばならない。

㋭本気かな国有資産の売却は
作成年月 平成十八年七月
作者名 柏原 恵吾 六十六才
職業 建築家 大分県
政府は国有資産の売却や証券化の推進を図った。
国有資産の売却や証券化は、財政再建のために国の資産や負債を大幅に削減するための試みだった。
「小さな政府」の一環として検討が進められていた。
資産の売却として、政府庁舎や国家公務員宿舎、未利用国有地などを民間に売却することが検討されていた。
証券化は、郵便貯金などから借りたり、財投債を発行したりして調達し、政府が特殊法人などに貸し出した貸付金を株式と同じように証券として、機関投資家など民間に売買してもらうことだ。
売却や証券化することによって国の借金である国債の利払い費を削減することで財政再建を目指していた。
財務省、自民党、経済同友会のそれぞれが政府資産圧縮案をまとめていた。
その総額はそれぞれ十一兆五千億円、百十二兆円、百七十五兆円と大きく分かれていた。
この句は、あまりにも隔たりがある三つの案について、本気で政府は資産売却案をまとめるつもりなのかと疑問を投げかけているのだ。
まとめるつもりなら、このような大きな隔たりのある案を三つも並べないだろうと、根本的疑問を投げかけているのである。

㋮待ちわびた皇子誕生の皇統譜
作成年月 平成十八年九月
作者名 田原 仙蔵 八十三才
職業 画家 長崎県
この句が詠まれた頃の背景を説明しないとこの句はわかりづらいと思うので、先に背景説明をしよう。
平成天皇の皇太子である浩宮徳仁(ひろのみやなるひと)親王家には敬宮愛子(としのみやあいこ)内親王がおられた。
そして、秋篠宮文仁(あきししのみやふみひと)親王家は佳子内親王と眞子内親王がおられた。
千九百六十五年以降、皇室に男子が生まれていないことが問題とされていた。
皇位継承問題とは、次代の天皇・皇太子を誰にすべきか、また皇位継承資格者の不足をいかにして解消出来るかということに尽きた。
史上前例のない女系天皇(女性天皇はいた)を容認すべきか否か、あるいは皇位継承について定める「皇室典範」をいかに改正すればよいのかという問題でもあった。
そんな中、平成十八年九月年に四十一年ぶりの皇族男子として、秋篠宮家に悠仁(ひさひと)親王が誕生したのだ。
皇位継承資格者の不足解消策として、旧皇族の皇籍復帰などによって男系継承を維持すべきとする論もあった。
また、皇位継承原理を改変して女系天皇を容認すべきとする論ともあった。
なお、この句で使用されている皇統譜とは、皇族にのみ使用される一般人の戸籍に相当するものである。
健康な皇子が誕生された喜びが溢れ出ていてよい句であるが、この時皇統譜という言葉を知った一般庶民も多かったのだろう。

㋯見下すな老人はそれほどバカじゃない
作成年月 平成十七年九月
作者名 梅田 初夫 七十二才
建設業 愛媛県
㋩のところで、「話しても分からぬ阿呆バカの壁」という句があった。
この句もまた、バカの壁に囲まれた、当時の青年達に対する凄まじい憤りの句である。
少なくとも以前の青年達は、それがうまく行ったか否かはさておいて、自分の怒りを抑える訓練をしてきたのだが、平成時代になると青少年がすぐに怒りを表すようになった。
つまり、自制心というのがなくなったのである。
これは、バブルの崩壊と何か関連でもあったのだろうか。
あるいは、幼い頃から何でも自分中心に育ってきたために、自制心を持つということがなくなったのだろうか。
やがて、それは自尊感情や根拠のない優越感などが複雑に絡み合い、他人はバカだという、第三者から見れば理解に苦しむ感情を持つに到るのだ。
そして、自分以外はみんなバカという何の根拠もない優越感を持ったなんともやっかいで自己中心的な若者達が出現することになった。
老人だからといっては差別する。
年寄りは引っ込んでいろ、などという議論にならないことを叫ばれては、かつて昭和の暗黒時代に、青年将校に問答無用で射殺された高橋是清と同じになる。
殺されはしないとしても、社会的に老人を抹殺するとは何事かと叫んでいる、老いてもなお自己を知っている人間の心の叫びである。

㋰無理矢理に法人潰し焼け太り
作成年月 平成十八年六月
作者名 伊達 英次 五十七才
職業 飲食業 兵庫県
かつて特殊法人というものが多数あった。
行政改革という名目の下に、この特殊法人を独立行政法人に移行したのだが、多くは看板の掛け替えに終わった。
しかも、結局はスリムな組織になるどころか、かえって焼け太りしたのである。
そのことは、予算が減ったとはいうが、ほんの僅かなものでしかなかったということが、如実に表しているのだった。
日本の官僚のしぶとさとは、ごきぶりのそれよりも強力なのだ。
もはや、このことについていろいろと書く気力も起こらないほどだ。
だから、この項目の解説はこれまでとする。

㋱減り張りを付けず頑張りうつ病に
作成年月 平成十七年十月
作者名 長瀬 千代 五十四才
職業 パート 愛知県
うつ病の原因には様々な要素がある。
例えば、配偶者を亡くしたというような、自分の大切な対象を喪失するという心理的原因などがある。
また、職場での人間関係や夫婦間あるいは親子間の問題などが悪化したなどの環境的要因も挙げられる。
あるいは、ストレスや慢性的な疲労がたまりその結果、身体のバランスを崩したなどの身体的要因もある。
そして、もうひとつうつ病の原因として、性格的要因が挙げられる。
真面目、几帳面、仕事熱心、強い責任感、秩序を守る人、徹底性、正直。
これらのキーワードだけを見ていれば、どれも日本人のみではなく、人間として大切にしなければならない要素ばかりである。
しかし、これらの要素を持っているとうつ病になる確率が高くなるという。
様々な要因が重なって、神経伝達物質であるセロトニンやノルアドレナリンの分泌に異常が起きてしまう。
それがうつ病である。
人間が快楽を感じるとドーパミンが出るし、不愉快な気分になったり驚いたりするとノルアドレナリンが出る。
それを鎮めるためにセロトニンが出るというのが正常な人間のあり方らしい。ということは、セロトニンが不足すると、鎮める力が弱くなるわけだ。
だから、セロトニン不足により不安を感じたり、快楽を求めたり、感情にブレーキがかからなかったりするということになる。
それがうつ病の症状である。
何事も、一直線にまっしぐらというのは、恐ろしい結果になるものだ。
物事というのは、何事もバランスを取りながら、なおかつ減り張りを付けながら、推進しなければならない。
この句の作者が訴えたかったことは、恐らくそのようなことである。
作者の考えの基底にあるのは、前にも解説したWLBの考えであると推測される。

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埋没の理由 第七章 [小説]



古愁はもう百五十年近く前の日本人、つまり自分達の先祖の実態を把握して、愕然としていた。
当時の日本人というものは、自立も自覚もなく、相互依存の只中にあるような生き方をしていたのかと、情けなく思ったものだ。
いわゆるもたれ合いの構造の中にしか生きられなかったのである。
価値観の多様化など現在では当然のことなのだが、当時はまだひとつの価値観にしがみついていた。
というより、何にでもしがみついていれば身過ぎ世過ぎが出来るとでも考えていたのだろう。
それにしても、新しい価値観をもたらすだろうと思われた㋣の項に出て来た、当時の若者達が法律違反で逮捕されたということを残念に思った。
彼らが真面目に活躍していれば、古い価値観も破壊され、新しい価値観が生まれてくるのではないかと期待出来たのが、結局は金儲けという古い価値観に化粧を施して庶民を欺いていたということにすぎなかったことが、残念だったのだ。
「あ、あの野良猫め。今日も庭を過ぎったな」
窓の外には美しい空と豊かな季節の緑が眩しかった。
古愁はもうすぐこの小冊子を書いた頃の古空斎と同じような年齢になる。
もちろん老いを意識しない日はなかったが、最近では一段と老いの自覚が強まった。
時折、階段の昇降が辛いと感じることがあったりする。
そうすると一層老いを感じ、忍び寄る死の臭いにぎくっとするものだ。
次の項目以降は明日読もうと思い、ページを閉じて、老妻の待つ食卓に向かった。それにしても、と古愁は思った。
老妻の湖路はなんという健啖家なのだろうか。
毎日のように肉を食べ、炭水化物も大量に摂取しているのに、少しも太らない。
彼女は脂っこい食事が好きだというのに、古愁は豆腐類が大好きで、あっさりとかさっぱりとかに代表される味付けが好きなのだ。
今日も湯豆腐が古愁を待っているのか、あるいは古愁が湯豆腐を待っているのか判然としないような状態だった。

㋤なくならぬ談合疑惑に天下り
作成年月 平成十八年十月
作者名 橋田 元吉 十九才
職業 農業 富山県
談合をすると一番得をするのは、言うまでもなく高い落札が可能になり、自分達も幾分お零れに預かることが出来る民間業者であった。
それから、自分の裁量で決定することが出来るという影響力を見せつけることが出来る天下り官僚であった。
そして、自分も将来天下り先を確保したい官僚が、情報を漏らしたりして、先輩官僚に恩を売るのであった。
さらに、鼻の利く政治家が既得権益を守った見返りに、パーティ券を買ってもらうのであった。
この構造は、日本道路公団、防衛施設庁と次々に曝かれた談合疑惑で解明され、証明されたのだ。
そのコストが全部、高い落札率となって跳ね返るのである。そのツケは税金の形で出て行くのであった。
国民の血税を、こうして政官財の一致で無駄遣いしながら、談合に関わった関係者一同のみは、恵比寿顔で楽な生活を送るのであった。
このような幸福な政官財の三角関係を、さすがに当時であっても、三位一体とは呼ばなかったようだ。
これが、日本談合物語の全てではないが、基本的構造はここにあるとおりで間違いなかったはずだ。
庶民はいつでも悪政と悪制に苦しむのである。

㋥忍の字の尊厳死なりリビング・ウィル
作成年月 平成十五年八月
作者名 鈴木 美佳 四十二才
職業 看護師 香川県
リビング・ウィルは今日ではごく当たり前のものになったが、この当時はまだそれほど浸透していなかった。
リビング・ウィルとは、生存時の意志という意味であり、「事前宣言書」とも言われる。
人間の尊厳を求めて、治療しても治癒しないなどいくつかの条件下で、無意味な延命治療を拒否し、安らかに死を迎えたいという意志である。
安楽死とは、薬剤などを投与し、積極的に患者以外の医師などの手で、生命を縮める行為のことである。
まず、この場合の要件は以下のようなものだった。
まず、患者に肉体的に耐え難い苦痛があり、死期が迫っていること。さらに、苦痛を和らげる方法がなく、患者の明らかな意思表示がある。
一方、尊厳死とは、人工呼吸器を外す行為などを含む延命治療の中止を指す。
要件としては、死が不可避な末期状態であり、リビング・ウィルなど患者の意思表示がある。
そして、自然の死を迎えさせる目的に沿って中止を決める。
世の中に間違いがない事実はいくつかあるが、最も間違いがない事実は、人間の死亡率は百パーセントである、ということだ。
我々人間は、というより全ての命あるものは、誕生の時から毎日生きながら死に向かって確実に前進しているのである。
樹木、草花、魚介、海藻、爬虫類、鳥類、哺乳類、昆虫、ありとあらゆる生命体がそうなのだ。
やっかいなことに、人間だけが「死」ということを考えることができる。
だからこそ「太陽と死は凝視できない」などという箴言が生まれたりする。
また、人は生きてきたようにしか死ねないものだということも言われる。
ある人の説によれば、妾として生きた人の死に顔は無惨な人が多いとも言われているらしい。
穏やかな死に顔で死にたければ、穏やかな人生を過ごすのが一番よいのだろう。
だからこそ、毎日を無駄に過ごしてはならないし、死ぬことを前提にして物事を考えないといけない。
あなたは、毎日を無駄に過ごしていませんか。

㋦ヌーボーの期待外れてやけ酒し
作成年月 平成十八年十一月
作者名 若林 保 二十五才
職業 漁師 和歌山県
ここにあるヌーボーとは、言うまでもなくボジョレー・ヌーボーのことである。
フランスのブルゴーニュ地方の南に位置するボジョレー地区で生産れたものである。
ボジョレーを名乗るには、赤ワインならガメイ種の葡萄を、白ワインならシャルドネ種の葡萄を使わないといけないという規則があったし、今日でもそうである。
ボジョレー・ヌーボーは、世界中のどこであっても、十一月の第三木曜日が解禁日であり、それ以前には販売することも許されないし、飲むこともできない。
当時の初物好きの日本人には、この制限付きのワインをだれよりも早く飲むという行為自体がたまらない魅力であり、気性にぴったりであったのだろう。
ずっと昔の江戸時代には、日本人は高いお金を出して初鰹を食べたというから、その気質の名残があったのだろうと思う。
しかし、初鰹などというものは、本当は初物を食べているぞという見せびらかしの心理が働いているのに過ぎないのだ。
当時の日本人は、ブランド物といわれるバッグや鞄などが大好きだったようであるが、これと同じようなレベルで、他人に見せびらかして優越感に浸っていたいという心理的動機は全く同じなのである。
時間差がある関係で、当時の先進国の中では日本が一番早く飲めるということで、お祭り的なワインであった。
もちろん、現在の日本人はもっとグローバルになっているから、このようなものに特に惹かれることはない。
当時は、フランスのものならば良い、という信仰があり、むやみやたらとありがたがったものだ。
しかし、ボジョレー・ヌーボーの味の方は今ひとつぴんと来ない人が多かったようだ。
この句の作者もおそらくそうなであろう
まだ、酒の味を覚えてあまり間がない青年が、期待を込めて買ったボジョレー・ヌーボーを味わったのだが、残念ながら期待とは裏腹な結果だった。
しかも、漁師という職業柄、美味しい魚を目の前にしてこの体たらくだったので、なんだこれは、ということで、やけ酒になったものと推測される。
それで、やけ酒を飲みに居酒屋にでも出掛けた時の句であろう。
思えば、遠い昔を振り返ると、太平洋戦争以前には鬼畜米英と叫んでいた日本人が、太平洋戦争終了後には、日本人全員が盲目的な米国崇拝者になった。
フランスのものが優れているとなると、なんでもフランスのものがよいということになる。
中国に企業が進出するとみんな中国に進出する。
インドが良い市場だと思うと、自社に必要かどうかを検討するまでもなく、インドに進出しなければならない、という議論が社内でまかり通るのである。
まさしく、バスの乗り遅れるなという横並び意識の反映でしかない。
そんな指摘をしなくても、日本には古くから日本人の体質をよく表すこんな歌を歌い継いできた。
「佐渡へ佐渡へと草木もなびく」
なぜなんだろうか。
人が佐渡へ行くのなら、自分は対馬に行く、でよいではないか。
どうもこのようなところに、日本人の村八分を恐れる頑固に染みついた体質が垣間見えるのは、哀しいことだ。
人のするとおりにしないと弾き出されるというムラ社会の論理が、日本人の無意識に深く根付いているのである。
それは当時からずっと問題になっていた「いじめ」に繋がるのである。
異質なものは排除するという、免疫システムのように、日本人の心の中で自動的に働き出すのである。
当時の日本人というのは、自分できちんとした判断基準を持っていなかったから、人が薦めるとその尻馬に乗って騒いだのである。
当時の日本人の実態がよく分かる作品であるが、句そのものは何の工夫もなく、新鮮味もない。
また、今日の日本人が、当時の日本人の自分達とは異質な者を排除する村八分の体質を受け継いでいるということは、格別の議論もないほど明白であろう。

㋧年金は貰えるものかと眠られず
作成年月 平成十八年作成月不詳
作者名 平 泰 六十才
職業 会社員 山口県
激しく進行する少子高齢化社会により財源不足が予測され、更に運用益の低下により赤字化が問題視されていた。
そして、社会保険庁による壮大な無駄遣いが指摘されていた。
また、国民保険料不正免除問題などで社会保険庁を解体すべきであるという議論が出ていた。
この問題の分かりにくさは複雑な対立にある。
ひとつは、世代間の思惑の差である。
現役世代は負担増を嫌がり、受給者世代への受取額を下げて貰いたいという気持ちがあり、受給者であるシニア世代は受取額を減らして貰っては困るという気持ちがあった。
さらに、役所間でもそれぞれに思惑が違った。
厚生労働省は、受給者の受取額を重視する姿勢であったのに対して、財務省は国のお金で補てんする額に神経質になっていた。
縦割り行政であるからには、当然すぎる思惑の違いである。
それに、企業の負担する保険料に頭を悩ませる経済界の思惑が加わり、現役世代の支払い保険料の負担増を懸念する経済財政諮問会議の考えもあった。
このような状況下では制度そのものの分かりにくさに悩まされる一般庶民としては、貰えるものか受給額は減るのか、負担は増えるのかということで、悩まされねばならなくなった。
もうすぐ年金が貰えるというのに不安で夜も眠れないという、定年退職したばかりの人の気持ちがよく伝わる句であるが、句そのものには斬新味に欠ける。

㋨野辺行きて我に纏わる枯芒
作成年月 平成十一年十二月
作者名 森田 雄一 七十七才
無職 鹿児島県
この句も私の想像で解釈したい。
寒風の吹きすさぶ冬空の下を、どんな必要があってこの老人は野辺を歩いていたのだろうか。
亡き妻の墓参りの帰り道でもあろうか。
亡き妻に向かって、俺ももうすぐお前の側に行くから待っていろよ、とでも話しかけたのであろうか。
それとも、生活苦に喘いでおり病の身でもあることだし、いっそ死んでやろうかとあばら屋を飛び出したものの、死にきれない思いで、あちらこちらとふらふら歩いていたら、いつの間にか人がいない野辺に出たのであろうか。
冬のこととて、あたりは一面の枯芒ばかりだ。
その枯芒が老人の身に纏うのだろう。
そして、纏わる枯芒に老人はこう呼びかけるのだ。
「俺もすっかり枯れたけれど、お前も枯れたものだな」
「でも、俺は枯れてもまだこうして立っているぞ。そこにいくとお前は立つのさえ怪しいようだな。でも、お前は枯れたとはいえ、まだ生きているじゃないか。それだったら、倒れる日が来るまで生きていろよ。そのうち良いことがあるさ、などとは言わない。だけど、人間の死亡率は百パーセントなんだから、慌てることはないぜ」
「そうか、今も昔も人間の死亡率は百パーセントなんだよな。生まれてきた人で死ななかった人はいないんだよな。いいことを教えてくれた」
そんな枯芒との対話を終わった老人は、気を取り直して再び歩き出した。
私には、右のような光景が浮かぶのだが、みなさんはいかがだろうか。

㋩話しても分からぬ阿呆バカの壁
作成年月 平成十五年六月
作者名 島 敦夫 五十七才
職業 大学教授 徳島県
当時、「バカの壁」という書物が発刊と同時に大評判を呼んだ。著者は、養老孟司という大学教授であった。
「話せばわかる」なんて大嘘!という帯書きが強いショックを与えた。当時の日本人は性善説に立つ人が多く、話せばわかるよ、という人が多かったのである。
要は、y=axという一次方程式があるとする。
Xは入力であり、yは出力である。
そして、aは係数である。
特殊なケースとして、aの部分の係数ゼロだと仮定すると、出力はゼロである。つまり、ゼロを無関心だとすると、yは常にゼロにしかならない。
つまりは無関心な場合には、相手の言うことが分からない。
しかし、反対にaの部分が無限大になると、いわゆる原理主義であり、常に絶対正しいということになる。
そういう無関心や無限大の関心には壁が出来てしまい、相手のいうことが理解できなくなる。
同様に、一元論に陥ると、壁が出来てしまい、相手のことが分からなくなるから、危険であるということだ。
当時の高級官僚などは、この原理主義に冒されていたと言えるだろう。
自分達の組織を守ることがaの係数の部分であり、それが無限大になっているのだから。
この句の作者は、大学教授である。
すると、学生を説得しようとして、受け入れて貰えず、どうせ話しても分かって貰えないと思ったのだろうか。
それとも、夫婦喧嘩でもして、口の達者な奥さんにやり込められて、鬱憤晴らしでこんな駄句を作ったのだろうか。
しかし、この句の作者である大学教授自身が自ら作り出した「バカの壁」に囲まれているかもしれないということに、本人自身気が付いていない可能性があると思うのは筆者だけではあるまい。

㋪貧乏神まあだだよと出て行かぬ
作成年月 平成十六年十二月
作者名 吉川 颯慈 七十一才
職業 庭師 島根県
句そのものの説明は不要であろう。
しかし、この句は、貧乏という状況を悲惨なものとして認識しているのではなく、むしろ貧乏な状態を楽しむ明るい諦念と軽み、そしておかしみが漂い風格を感じさせる一句である。
仏教の考えでは「諦める」とは、「明らめる」であるという説があったと思うが、私はそれが正しいかどうかは知らない。
当時の平均寿命は男性が七十八才程度であった。
作者としても、自分があと何年生きられるのかということは、作者の意識の底にいつもあったに違いない。
平均寿命まであと数年しかないという年齢になったのに、貧乏神はまだだと主張して家を出て行ってくれないのである。
たぶん、土下座しても泣き付いても、この貧乏神は出て行ってくれないだろう。
もしそうだとすると、死ぬまで付き合うしかないという腹の据わった気持ちが伝わる。
平均寿命に近い年齢になって、汚職、収賄、詐欺、などの罪に問われて、名誉も何も一切をなくしてしまうような愚劣極まりない人間に比べると、この人は貧乏であっても、爽やかな生き方をしたと、自分で胸を張って言えるのだろう。
他人の倍以上の苦労を重ね、辛抱と貧乏が習い性となった、この作者の飄々とした詠みぶりに人生の達人という称号を捧げたいと思うのは、筆者だけではあるまい。

㋫不埒なる不倫の亭主別れよう
作成年月 平成十四年三月 
作者名 勅使河原 薫 三十才
職業 美容師 鳥取県
凄く怒っているのがよく伝わる句である。
きっとこの句の作者は、我慢して良妻賢母であろうと努力したのだろう。
そして、少しばかりハンサムで軽薄な亭主は浮気の虫が治まらず、何度も不倫を繰り返したのだろう。
そして、とうとう最終的に離婚話を突き付けたのだろう。
探偵から貰った証拠写真の山と慰謝料の請求と共に。
亭主がハンサムだろうと推測したのは、既婚者の男性で女にモテるのは、金持ちか有名人、あるいは容貌で勝負できる男に限られるからだ。
誠実で優しくても、それらの条件がない既婚者の男性は女性から見向きもされない。
そのことは、長い私の人生経験からも言えることだ。
なにしろ、私の長年にわたるたくさんの知人や友人の中には、素晴らしい既婚男性が山ほどいたが、彼らの艶聞は聞いたことがなかった。
私が見聞した範囲では以上のように、金、名誉、優れた容貌という三つの条件のうちいずれかが当て嵌まる場合にだけ艶聞があったのだ。
恋愛の最中というのは痘痕もえくぼである。しかし、恋愛の感情は永続しないのが特徴でもある。
読者諸氏もご存じのとおり、ブランコなどを揺らすと最初は大きく揺れるが、だんだんと揺れが小さくなってくる。
つまり、時間の経過と共に振動が減衰するのだが、恋愛もそれと同じ事で、最初のうちの逢う度に嬉しいという感情が少しずつ小さくなってくるのは否めない。
恋愛の結果として結婚すると、今までなんでも素晴らしいと思っていた相手の欠点やあらが見えてきたりする。
欠点のない人間などいるわけもないし、理想の人間などもいるわけはないのだが、自分の中で相手のことを勝手にそういう素晴らしい人だと決めつけているのである。
つまり、恋愛による感情の高ぶりが幻想を抱かせているのである。
あるいは、自分で描いた理想が先にあって、この人こそ私の理想だと、決め込むのだ。
そういうことに気がつかず、おもむろに相手のことが分かってくると、こんな人ではなかったはずだとか、もっと優しい人だったはずだのに、とか自分勝手に思いこんでしまうのである。
だから、相手に幻滅を覚えたり嫌になったりする時期が、人間には必ず来るのである。これを倦怠期という。
一夫一婦制を採用した人間に特有の現象であろう。
従って、倦怠期には夫婦で努力してこれを乗り越える必要がある。
ところが、倦怠期であるからということで安易に新鮮さを求めて不倫に走ると、逆になかなか抜けられなくなるのではなかろうかと推測される。
私には経験がないから推測でしかものが言えないが。
不倫の相手に飽きれば、さらに次の不倫相手を捜すということになるのではないかと、思うのだ。
筆者は、本当に妻以外の女性に手を出した経験がないからよくは分からないのだが、当時の芸能界の出来事やニュースを調査してみると、なんと結婚、不倫、離婚そして結婚という循環になっているのが多いのに気付くはずだ。
経済的にも多額の慰謝料を支払えるということもあるのかもしれないが、それにしても犬や猫が繁殖期を迎えたからということで生殖行為をするのとはわけが違うのだ。
どうして、こんなにくっついたり別れたりできるのか、芸能界という特殊な世界だからなのか。
芸能界の話はさておき、痛快な思い切りの良い作者の行動に賛同したい。
不倫を繰り返すような不埒な相手とは、さっさと別れる方が精神にもよいのだ。
そして、とてつもなく高い慰謝料を請求しましょう。

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埋没の理由 第六章 [小説]



ここまで読んだ古愁はふと顔を上げた。
すると、「お風呂が沸きましたよ」という妻の湖路のテレパシーが聞こえた。
たっぷりと張られた風呂の湯に浸かりながら、古愁は先程まで読んだ様々な句に思いを馳せていた。
人間というやつは、昔も今も変わらないものだと思った。
忍苦の果てにあるものが喜びだとは限らない。
ただただ悲惨としかいいようがない人生を歩む者もいる。
苦労の果てに大金を掴み、人も羨む成功者として認知される人もいる。
富豪の家に生を受けながら、犯罪者に成り果てる者もいる。
一生を職人として地道に生きて、多数の人々から賞賛を受ける人もいる。
無常を感じて出家する人もいる。
人はどこから来てどこへ行くのだろうか。
この現世のみが世界だとすると、それはあまりにも哀しいではないか。
そんな感想が古愁の頭を次々過ぎった。
浸かった湯から立ち上る湯気を見ていると古愁は、湯豆腐が食べたいと思った。
湖路と一緒に温かい湯豆腐を取れば、健康にも良いし、また美味しくもあり。
久し振りに湖路と新婚当時の想い出話でもしようか。
髭を剃ってさっぱりした気分になって、古愁は風呂を上がった。
「おい。湯豆腐は出来るかい。なんだか、急に湯豆腐が食べたくなったよ」
「あら。まだ湯豆腐の季節には早いですけれど。豆腐はいつでも用意してあるから、出来ないことはないですけれど。少し待ってくださいね。私は湯豆腐では物足りないから、鴨ロースと豚生姜焼き、それとハンバーグにするわ」
その日は湖路と新婚当時の話や、子供達が生まれた時の話で盛り上がり、久し振りに楽しい夕食を取ることが出来た。

翌日は早朝に目覚めたので、古愁はいつものように散歩に出掛けた。
「おはようございます。運さん。いつもお元気ですな。それにしてもまだ暑いですねえ。いつまで続くのでしようかね」
「おはようございます。田中さん。本当に暑いですね。今日もいい天気ですね。最近の若い者はすぐに飛行車を使いますな。私らのように歩く人はほとんどいませんね」
「本当ですね。飛行車は便利ではあるけれど、動植物の変化を通じて、風を肌で感じて季節の移り変わりを知るというような楽しみがありませんな」
そう言って二人が見上げた空にはたくさんの飛行車が飛び交っていた。
この飛行車はサイズが変化するのが特徴である。
スノボーのように両足を乗せても飛べるし、普通の自動車のように変化させて搭乗することも出来る。
寝袋のようにすっぽりとくるまってとぶことも可能だ。
衝突回避装置が付いているので、事故は起こらない。
「あ、そうだ。今日は新刊の本を買いに行かないといけない。それじゃ、私も飛行車で行きます。お先に失礼」
そういうと田中さんは飛んでいった。
家に戻った古愁は『平成かるた考』を再び手にした。

㋠中年や見飽きた腿の太さかな
作成年月 平成十五年四月頃
作者名 立花 光雄 五十二才
職業 教師 静岡県
この句を一読した時、私は昭和時代に活躍した、好色だが切れの良い俳句を作ったことで有名な西東三鬼の句を思い出した。
「中年や遠く実れる夜の桃」
共通点は忍び寄る老いの避けがたさという意識である。
ただ、三鬼の句にある「夜の桃」は自分と離れた場所で熟れる女体を連想させるエロチックな雰囲気があるのに対して、この句の作者は見飽きた太腿に本当にうんざりしているという大きな違いがある。
私は、この句を詠んでこういう光景を想像した。
これもまた前句と同様に決して事実ではなく、単なる私の想像に過ぎないのだが。
教頭にもなれず定年まで残りわずかになった作者は静かな夕べを迎えて、独りで食卓に向かい、晩酌のビールでも飲みながらテレビでスポーツ観戦をしていたのだろう。
この句の作者の家は狭くて、きっと食卓と風呂場が近かったのだろう。
作者の目の前を風呂上がりの妻が、太った身体をスリップに身を包みながら、食卓の前を過ぎっていったのである。
その時、大事なスポーツ番組のシーンを遮って目に飛び込んだものは、見たくもない妻の大根のような太腿だったのである。
新婚時代の二倍以上に膨れあがった脂肪の塊のような妻の体型。
満月のような見飽きた顔と見飽きた身体。
新婚当時の初々しかった妻はどこに行っただろうか。
さっきまで妄想の中で思い描いていた勤務先の同僚の××先生の若くて美しい容貌や肢体とは全くかけ離れた化け物の突然の出現である。
しかし、妻の腿が視界から去った次の瞬間、彼は現実にかえり冷静に考えたのだ。
それは、妻が更年期を迎える頃には、夫もまた更年期に入っているという事実である。
彼は、妻が更年期であるということは自分もまた更年期なのだと思うと、愕然としてしまった。
自分の醜く出ている腹部と、すっかり薄くなった頭髪。
なによりも、久しく経験しないムスコの朝立ち。
元気で若い時分には、毎朝本人よりも早く起きて始末に困ったものだったのに。
妻の醜く太った身体に見合った、お腹がせり出した自分の身体。
いつの間にか風化してしまった愛情。
お互いに切なかった、若い頃の単身赴任の期間。
それらが胸に蘇り、これから徐々に老いる時間というのも妻と一緒なのだと思うと、先程までの嫌悪感は消えて、妻に対する奇妙な連帯感が沸いてきた。
それから、ビールをぐいと飲み干して、先程まで頭の中に浮かんでいた、同僚の××先生の若くて美しい容貌の映像に別れを告げたのだ。
それから、おもむろに紙とペンを取り出してこの句を認めたのであった。
教師という職業柄、人前では人格高潔な役割を演じなければならない。
その反動なのか、当時から教師による猥褻行為は多かった。
自分が担任になっているクラスの女子児童を、給食の時間にひとりずつ膝の上に乗せて児童の身体を触るという事件を起こしたという報道もあった。
いずれにしても、教師の猥褻罪でけしからぬと思うことは、教師という圧倒的に強い立場を利用して猥褻行為に及ぶという点である。
生徒の立場からすると、敬意を払うべき教師が鬼に見えるし、誰にも相談出来ず悩まねばならない。
生徒の苦悩を解決してやるべき立場の教師が、生徒の苦悩の原因であるとは、許し難いことである。
この句の作者が、生徒に対して猥褻行為を働いたか否かは、知りようもないことだ。
一般的な救いは、その後教師の資格や資質が厳しく問われることになったということである。
この句の作者は、この句を認めてから後には肥満した妻を優しく労ってやったのではないかと、筆者は推測したいのである。

㋡連れ添って何年経てば分かるのよ
作成年月 平成十七年六月
作者名 花山 薫 五十四才
職業 主婦 埼玉県
「あなたは、私と一緒になって何年になるの。何回も言っているでしょう。私はもう我慢出来ません。私はこの家を出ます。お母様の身勝手な要求には付いていけません」
「そんなこと言うなよ。お前も少しは折れてくれよ」
そんな風な喧嘩が何回も、繰り返されたのだろう。
夫は妻と母の間に挟まれて、どうにもならないジレンマに苛立っているし、妻はどうして実の母にずばりと言わないんだと、夫の不甲斐なさを憤っているのであろう。
そして、遂に頑健だった姑が病に倒れたので、嫁の立場として老親の介護をしてくれと夫に要求されたのだ。
妻は以前から、ずっとこう言い続けていたのだ。
「お義母さんの面倒は見ませんよ、あれだけ仲違いしてきたのだから。あなたは、もう何年もその状態を見ているのだから、分かっているでしょう」
夫は、しかしながらそのたび曖昧な態度で、うんうんとしか言わなかったのである。
妻の言い分はこうだ。
あれだけ義母の面倒は見ないと夫に言い続けていたのに、嫁が姑の面倒を見るのは当然だという夫の態度にはもう我慢できない。見切りを付けて家を出てやろう。
この句の作者は、きっと、この時本当に家を出て行ったに違いないと私は推測しているのだが、本当のところはどうだったのだろうか。

㋢テロ組織もぐら叩きの消耗戦
作成年月 平成十六年十月
作者名 佐藤 和宏 三十八才
職業 翻訳業 佐賀県
イスラム原理主義の過激集団が米国で大規模なテロを起こして以来、国際テロ組織アルカーイダの指導者オサーマ・ビンラーディンを保護するイスラム原理主義タリバンを、アフガニスタンから排除するためアメリカとイギリスを始めとした連合軍によって侵攻が行われた。
その後、いったん劣勢に回ったタリバンは、再び勢力を盛り返し、アフガニスタンは混迷に陥った。
それから、イラクのフセイン政権排除に成功した米国は、イラクに於いてもテロに悩まされ続ける羽目になった。
暴力というのは、人間のみならず全ての動物が最も恐れるものだ。
暴力により生命が奪われたりするのは、最も想像したくないことだ。
テロを起こす側の理由は様々にあったのだろうが、テロを容認することは絶対に出来なかったし、これからも出来ない。
ともかく、何の罪もない一般人をある日突然奈落の底に突き落とすのであるから、テロはいかなる口実があっても容認できないのだ。
しかし、当時のテロリスト組織は、あちらを叩けばこちらに現れるという具合で、一向に撲滅が進まなかったのであるが、この句はその当時の様子を最もよく伝えてくれる。
人を救うはずの宗教が、人を大量に殺すための理由を与えているのだとしたら、こんな悲喜劇は他にない。

㋣貪欲に富みてなおまた富求め
作成年月 平成十八年十月
作者名 猪瀬 紀彦 三十五才
職業 銀行員 奈良県
当時は若くして企業を起こし成功を収めた人達がたくさんいた。
いずれも頭脳優秀な若者達で、日本もこういう若くて才能のある人達が活躍する場所が本格的に出て来たなと世間では好意的に受け止められていた。
しかし、彼等は上場企業では致命的な粉飾決算やインサイダー取引などの法律違反の容疑で罪に問われた。
遵法精神のない人間はいくら才能があっても失格である。
これは時代が変わろうと、どんな文化圏に属していようと不変の真理だ。
粉飾決算とは、投資家を騙すという行為である。
嘘つきは盗人の始まりという古い諺のとおりである。
インサイダー取引とは、フェアではない方法で自分だけが利益を得ようとすることである。
特定の人しか知らない情報に基づいて株式投資をすれば、失敗などはありえない。
株式投資というゲームにおいては、みんながルールを守らなくてはゲームそのものの魅力がなくなってしまう。
自分の利益だけを考える人間は、守るべきルールの存在さえも無視出来るというよい例だろう。
恐ろしい身勝手としか言いようがない。
そういう若き成功者というのは、一般庶民レベルから見ると、とてつもないお金持ちなのであった。
しかし、本人達はそれでもまだ富みたいという気持ちがあったから、平気で法律違反をしたのだろう。
この句はそういう富める若き成功者達を嘲ったような句である。
もちろん、この句の作者は根深い嫉妬心からこの句を作ったのである。
なぜならば、出来ることなら誰でもお金持ちになりたいし、贅沢をしたいという気持ちがあるからだ。
清貧などというのは現実にはありえないことだ。
よほど人格高潔な人間でない限り、清貧には無縁である。
明日の米さえも心配しなければならないというような凄まじい貧乏をすれば、どんなに心のきれいな人でも強盗してでもお金が欲しいなどと浅ましいことを考えるものだ。
だから、ほとんどの一般人は、成功者と言われるような人達が蹉跌すると、ざまあ見ろと言わんばかりに、攻撃するである。
他人の不幸を喜ぶというのは嫉妬以外の何者でもない。
そして、自分は正義の味方だとばかりに、正論を振りかざして攻撃するのは、日本人によくあるパターンである。
日本人の嫉妬心の根深さが図らずも露呈された句としては後生にも伝えたいが、句そのものの出来映えはまるで駄目であり、評価に値しない。

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埋没の理由 第五章 [小説]



古愁は祖父古空斎の偉大さに頭が下がった。
平成という時代はなかなか大変な時代だったのだということがよく理解できたのだ。
古愁はテレパシーで家中の家電を取り仕切る機械に命じて、窓のドアを開けるように命じた。
庭の清々しい緑が古愁の疲れた目を優しく労ってくれる。
手をぽんと叩くと、中学生くらいの大きさのロボットが現れた。
「何かご用事でしょうか。ご主人」
「ああ、コーヒーを沸かしておくれ。いつものとおりブラックで」
「かしこりました」
このロボットは人間そっくりの皮膚も付けてある。顔立ちは少女のようでもあるが、少年のようでもある。
つまり、中性的な顔立ちなのだ。
洋服の代わりに、作務衣のようなものを身に着けている。
ロボットはその場で体内からコーヒーポットとコーヒーカップを出して古愁に差し出した。
古愁はテレパシーで複合ビジョンのスイッチを入れた。
複合ビジョンとは、従来の映像、通信、音響などを統合したもので、一台であれば何でも出来るもので、個人の体調管理も出来るのだ。
現在では多数のチャンネルの中から選ぶことが出来るし、自宅にいながら迫力のある映画や臨場感のある音楽を楽しむことが出来る。
文学作品の朗読の番組が古愁のお気に入りのひとつだった。
古愁の好きな番組はやっていなかったので、すぐにスイッチを切った。
コーヒーを飲み干すと、再び祖父の書物に目を落とした。
湖路は階下で洗い物でもしているのか、ほとんど物音がしない。

㋚酒を飲み車でなくす金、命
作成年月 平成十八年五月頃
作者名 行戸 真理 三十六才
職業 僧侶 福岡県
平成十三年道路交通法が改正されて、翌十四年から実施された飲酒運転に対する罰則強化にも拘わらず、飲酒運転は一向に減少しなかった。
しかし、平成十八年に二十代の福岡市職員が飲酒運転の揚げ句に、追突事故を起こして何の罪科もない無垢な三人の幼児が死亡するといういたましい結果になった。
しかも、この職員は飲酒運転の常習犯だったという。
この事故の前後に多くの公務員が飲酒運転で逮捕されたり、幇助の罪に問われたりするケースが相次いだ。
しかも、危険運転致死死傷罪の罪を逃れるため、いったん事故現場を離れて酔いを覚ましてから出頭するという法の抜け道を利用した悪質な犯罪もあった。
酒の上の失敗に甘いというのは、古来連綿と続く日本人の悪い点でもあった。
しかし、酒を飲めば酔うし、酔えば身体能力は落ちることは言うまでもない。
飲酒せずに普通に運転していても、ブレーキを一瞬踏み間違えただけで、恐ろしい事故に繋がるのであるから、飲酒運転の結果は明白である。
また、当時の東京などの大都会と違って、地方では交通機関が発達していないので、どうしても交通手段は自動車に限定されたという背景も忘れてはいけない。
だからといって飲酒運転が許されるわけではないが。
現在ではテレパシーで飛行車を呼べるし、全自動で運転される。なおかつ、飛行車は歩行者のいない空中を飛ぶのだから、この句は現代の読者には、少し分かりにくい点があることは否めない。
さて、この句を詠んだ人は、加害者側だろうか、それとも被害者側だろうか。
私は、この句の作者はどちらでもないような気がする。
この句の作者は尼僧だから、酒は飲まないだろうし、車の運転もしなかったという気がする。
僧侶だけあって、皮肉でもなく、嘆きでもなく、慈悲深く命を大切にしなさいと呼びかけている気が、私にはするのだ。
酒を飲むなら車に乗らなければよいのである。
車に乗るのであれば、自宅に帰ってから静かに酒を飲めばよいのである。
車が悪い訳でもないし、酒が悪い訳でもない。
全ては、人間の心がなす悲劇である。
その人間の哀れさを言い当てて、なおかつ命の尊さを主張しているいかにも僧侶らしい句だと私は思うが、みなさんはどうだろうか。
もっとも、車が「狂魔」にならないように酒を「避け」て、安全運転を心がければ安心して人生を送れる、という保証はどこにもないのだが。

㋛死ぬまでに一度は言いたい馬鹿野郎
作成年月 平成十一年十月
作者名 山下 治朗 六十三才
職業 理髪業 群馬県
この句の作者はよほど気の弱い亭主だったのだろうと思われる。
家の中は嬶天下で、作者は年中女房の尻に敷かれていたのだろうと思う。
口喧嘩でも取っ組み合いの喧嘩でも勝てない相手に対して、馬鹿野郎の一言を浴びせたかったのだろう。
しかし、この作者はきっと死の淵にいても馬鹿野郎とは自分の女房には言えなかったのだろう。
例えば、この作者の怖い鬼女房が死にかけていたとしたら、彼の女房に対する最後の言葉は、決して「馬鹿野郎」ではなく、「ありがとう」だったはずだ。
彼が死の病床にあって死に神と直面していたとしても、やはり女房には「ありがとう」と言ったはずである。
このような心優しい亭主を尻に敷いていた悪妻は、きっと悲惨な死に方をしたのではないかと思われる。
そこの強い奥さん、あなたは自分の亭主を尻に敷いて虐待していませんか。
たまには、わざと喧嘩に負けてやる思い遣りを持ちなさいよ。

㋜睡眠も取れず過労死だれのせい
作成年月 平成十六年六月
作者名 大木 健司 三十七才
職業 会社員 栃木県
平成という時代はバブルが弾けてデフレに突入した時代であった。
大手企業は三つの過剰問題からリストラという名目で大量首切りを行った。
そのため中高年労働者は減少し、企業の労働分配率は下がった。
労働分配率とは、会社が稼ぎ出した付加価値のうち、どれだけが労働側、つまり、人件費や福利厚生費に配分されているかという比率である。
さて、業務の量が一定であり、しかも企業における労働者の人数が減少すれば、人員が減少した分を残った人間が処理しなければならないことになる。
つまり、一人あたりの業務量は増加する。
かといって、リストラを断行したばかりの企業には、新しく人員を増加させるほどの余力はない。
人員を増加すれば、何のためのリストラだったかが株主や社会から厳しく問われる。
そこで、企業は派遣社員、パート社員などの非正社員の数を徐々に増加させたのであった。
非正規社員とは、使い捨て労働者のことを指した。
だから、非正規社員にはキャリアアップも期待しないし、人数には数えずに員数としてしか遇されなかった。
その一方では正社員による長時間労働による対応が日常化したのである。
正社員という立場では、長時間労働を厭えば次のリストラの対象になりかねない。
だから、正社員は全員がただ黙って耐えるしかなかった。
ところで、過労死とは突然死である。
原因は休日不足や長時間労働による働き過ぎで慢性的疲労の蓄積や大きなストレスなど様々である。
もちろん、どんなことにも前兆というものはあるのだ。
過労死の前兆としては、全身の疲労感、胸痛、冷汗、息切れ、首や肩の凝り、手足のしびれ、頭痛などがあるという。
一時的に意識を失ったり、片手がしびれたり、箸を落としたりするような場合は、脳梗塞などの脳血管障害が考えられるという。
後頭部の激痛の場合はクモ膜下出血の前兆であると言われる。
過労死の死因の急性心筋梗塞、急性心不全など心臓の病気が大体七割程度と多かったようだ。
次に多いのがクモ膜下出血や脳出血であった。
当時は全国で一年間に一万人のサラリーマンが過労死になっていると推測されていたという。
突然死しなくてもうつ病になって、自殺したりするケースもあったのだ。
対策は、休養を取るということに尽きたのだろうと思われる。
このような過労死や長時間労働の弊害への反省から、少しずつではあるが、WLBとかWLIということが言われるようになってきた。
WLB(Work Life Balance)とは、つまり仕事と生活は別のものであり、両者をバランスよく生きようという意味である。
WLI(Work Life Integration)とは、仕事と自分の価値観の統合をいう。
自分らしい価値観に基づいて、責任のある仕事をして生きていくという意味である。
現在ではそのようなことはなくなったが、当時の日本のサラリーマンは、給料と命を引き替えに働いているようなものだったのである。
この作者は過労死の当事者ではないと思われる。
なぜなら、突然死は発病から死亡まで二十四時間以内であるから、突然死の当事者ではこのような句を作ることは不可能である。
あるいは事前に自分なりに兆候に気付いていたのかも知れないが。
ただ、私には、この作者は若くして過労死のために死亡してしまった友人を偲んで、長時間労働を強いた会社を恨んで、皮肉っているのではないかと思われて仕方がない。

㋝戦争にノーを突き付け平和あれ
作成年月 平成十七年八月頃
作者名 匿名希望 十四才
中学二年生 茨城県
太平洋戦争が終了してから六十年を迎えた年に作られたこの句は、いかにも純真な中学生らしい、戦争回避の思いをずばりと詠み込んだ句である。
大人というのは厄介なもので、このように直接的で直線的な表現は恥ずかしくてなかなか出来ないのだ。
さて、戦争が起こる原因は様々である。
民族あるいは国家間の対立、宗教の対立、資源の争奪、外交の駆け引き、など数え切れないほど多数の要因がある。
今日では地球連合が抑止力となっているので、もはや戦争などはなくなった。我々は二十二世紀に生きていることを感謝しなければならない。
しかし、この句が作られた二十一世紀には日本でこそ戦争はなかったが、世界各地で紛争があったのである。
この句は大人達に戦争という悲惨な行為をなぜ止められないのかという直接的でストレートな、激烈な思いが籠もっている。
この当時は、世界の中でも米国のみが突出した軍事力を持った国であり、米国一極集中だったのである。
日本政府の方針は対米追従、というよりも盲従でしかなかった。
日米同盟は当時としては、もちろん大切なものではあったが、日本は独立国家なので米国に盲従する必要はなく、ノーという必要があればノーと言えばよかったのに、何があってもイエスしか言えなかったのだ。
それにしても、日本人特有の議論を曖昧にしたまま、問題を先送りするという方法があまりにも長く続いた。
だから、自衛隊が軍隊であるのかないのか、曖昧なままに活動を続けていた。
防衛庁が防衛省になったのはこの後、暫くしてからだった。
今日も、一世紀半前の、この句の作者が訴えた戦争反対という思いは、大事にしなければならない。

㋞族議員死んだふりしてまた起きて
作成年月 平成十八年九月
作者名 佐竹 衛 四十才
職業 新聞記者 秋田県
変人宰相と呼ばれた小泉純一郎氏が「自民党をぶっ壊す」と叫んで、総理の地位に就いてから首相を退陣するまで、いわゆる自民党内の派閥は、牙を失った虎のようになっていた。
そして、何々族と言われた所謂「族議員」も一時は影を潜めたかのように見えた。
「族議員」とは、通常、関係業界の利益保護のために、関係省庁に強い影響力を行使する国会議員を指した。
当時の自民党では、関連部会を全会一致で通さないことには、法案が通らない所から成立していた。
税制族、道路族、郵政族、農林族、商工族、厚生族などに別れていたらしい。要するに利権絡みの話であり、関係省庁に影響力を行使し、その見返りに献金を期待したり、パーティ券を購入してもらったりするであるから、浅ましい、の一言に尽きると言えよう。
それらの族議員は郵政族に見られるように、小泉政権の間は力を殺がれたり、あまり力を発揮できなかったりした。
つまり、死んだふりをしていたのである。
しかし、その後は復活して、またもや族議員として関係省庁に影響力を行使するようになった。
そして、それこそがまさしく自民党政治の終焉の始まりだったのである。
その後のことは、ここに詳しく書き出すまでもあるまい。
歴史を読めば誰にでもすぐに分かる周知の事実であるから。

㋟黄昏れて湯豆腐を恋う鰥かな
作成年月 平成十一年十一月
作者名 山田 仁志 六十四才
職業 医師 福井県
これはもう解説不要の句である。
昭和時代にも湯豆腐を題にした名句があった。
その句はあまりにも有名なのでわざわざここでは引用しないが。
湯豆腐というのは、老年の憂愁と深く繋がる因縁が何かあるのかも知れない。
この句は解説不要ではあるが、それだけに作者の立場や感慨について、様々な妄想や推測を働かせたくなるような句である。
だから、私の妄想として勝手な推測を述べさせていただきたい。
もとより、これはあくまで私の勝手な想像であり事実でもないし、読者諸氏は自分なりの想像を働かせて自分なりの展開を想像すればよい。
この句の作者は人生の黄昏になって、これから長年連れ添った伴侶と楽しくゆっくりと死に向かって生きていこうと決意したのに、突然伴侶を亡くしたのだろうと思う。
思いも掛けない鰥暮らしを余儀なくされている作者の、かつては伴侶が用意してくれたに違いない温かい湯豆腐の湯気と共に、滂沱と流れる涙のしょっぱさが、夕暮れの景色と重なり合ってじいんと胸を打つのである。
人生は忍苦の連続であり、忍苦の合間には喜びや楽しみがささやかながら用意されている。
ささやかな喜びや楽しみを分かち合った、あるいはこれから分かち合おうと思った伴侶が突然目の前からいなくなって、一人でつつく湯豆腐はどんな味がするのだろうか。
夫婦のささやかな想い出は、湯豆腐から立ち上る湯気となって蒸発するのだろうか。
湯豆腐は今も昔もぽん酢か醤油で食べるのだが、伴侶と一緒にいろんな話をしながら楽しんだ晩酌と、一人手酌で飲む酒の味は違うのだろうか。
この作者は、きっと人生の終末に当たっては、三途の川のほとりで(筆者注¨ ものすごく古めかしい表現だが、適切な言葉が浮かばなかったので、ご容赦願いたい。要するに、死んだ人の魂があの世に渡る最期の場所と思えばよい)懐かしい伴侶と出会い昇天していったであろうと思いたい。
このような胸に沁みる句は、私の下手な解説など読まずに、ただなんども口の中で言葉を転がして味わうのが一番よいのである。

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埋没の理由 第四章 [小説]




翌日は早朝から養父古空斎の書いた小冊子を読むことにした。大きさは文庫本くらいの小さなものではあるが、厚さはかなりのものだ。しかし、それにしても古空斎はなぜ、この小冊子を発表しないまま、このような所に隠していたのだろうか。
埋没して世間の表面に現れない文芸に日の目を見させるのが養父古空斎の研究の対象であり、畢生の仕事であり、誇りであったはずなのだ。
古空斎がなぜ、この小冊子を世間に発表しなかったのかという点が、どうしても納得がいかないと古愁は考えていた。

『平成かるた考』

㋐明日からは一文無しのホームレス
作成年月 平成十三年六月頃 
作者名 米山 春男 五十三才
職業 無職 北海道
過剰債務、過剰雇用、過剰設備という三つの過剰に悩まされた日本企業は、本来ならば事業の再構築を意味するリストラクチャリングを、人員整理の意味に使った。
それを短く縮めてリストラと称したのである。
これは、日本人がよく使う手である。
ある言葉が差別用語だと判定されると、公には使用されなくなるので、別の言い方に還ることで問題を回避するのである。
こういう場合には問題そのものは消滅していないのだが、言い回しがなくなることで問題は回避された、あるいは先送りにされたという暗黙の了解を関係者が共有するのである。
人員整理あるいは大量解雇という代わりに、リストラという外国語を変形させた言葉を使ったのであった。
この当時の年間自殺者の数は三万人を超していた。
自殺者のうち三割程度が中高年であると言われていた。
主な理由は経済的理由であったというから、要するに生活苦である。
よほど特殊な技術を持った人以外に、職を失った中高年を雇用する企業などはなかったのである。
めぼしい求人は、三十五才くらいまでで打ち止めとなっていた。
つまり、セーフティネットが確立されないまま大量解雇の時代に突入したのである。
さて、読み方の問題だが、明日は「あした」ではなく、「あす」と読む方がいいだろうと個人的には思われる。
この句の背景についてはこれ以上の説明の必要はないだろう。
しかしながら、この当時の作者の心情は、現代の読者には理解しにくく、伝わりにくいと思うので多少の解説を加えたい。
私にはこの句は、長年忠誠を尽くして働いてきた会社に裏切られてリストラに遭い、長年連れ添った妻からもゴミのように見捨てられて、いっそのこと全てを捨てて自由のみを求めようと思った中年男の呟きであるように思われる。
しかし、この句は決して声高に、社会や会社に対して怒りをぶつけているのではない。
一文無しの境涯をむしろさばさばとした気持ちで楽しんでおり、人生至る所に青山ありという決意を呟きという形で表現したものだと思えるのだ。
それにしても、長年勤務した社員を簡単にリストラと称して首切りを行う、当時の日本の会社には良心というものがなかったのだろうか。
現代人のためにもう少し解説すると、当時の日本企業にあったのは、以下のようなものだ。
貸し手である銀行などの金融機関にあったのは、バブルの原因となった過剰融資を行った貸し手責任の自覚の欠如であった。
そして破綻を来したゼネコン大手やダイエーのような、潰すに潰せないような巨大企業にあったのは、負債返済義務の自覚の欠如であった。
だから、借金棒引きという無茶なことがまかり通ったのである。
一般企業の経営者においては、三つの過剰による経営悪化責任の自覚の欠如であった。
つまり、世の中にはこうして無責任やモラルハザードが蔓延ったのである。
そして、長く日本経済の発展を支え来た日本的経営の特徴のひとつである終身雇用制度は、全面的に崩壊したのである。
また、ずばり言うと、当時にあっては年功序列というカビの生えた人事制度もまた、崩壊させる必要があったのではないかと、私は密かに思っているのだ。
そうしないと、有能な若者達がコンピュータさえ使えないような無能なおっさん達を支えるのかと、絶望して全体の志気喪失に繋がる危険あったのだ。
だからこそある意味では、企業が中高年をリストラして意図的に旧態依然とした人事制度のガス抜きを行ったのかもしれないという疑いがもたれるが、穿ちすぎだろうか。
その後、この「平成かるた」が出来上がる頃には、リストラによる大量人員整理により、日本企業、特に大手企業は蘇った。
そのことは歴史上の事実でもある。
そして、その後の日本企業の課題は、リストラという厳しい現実を見たその当時の若年労働者達が、どのようにして企業に対して忠誠心を持ちうるのか、志気の維持と高揚の手段は何かという点に移行したのだった。

㋑いつまでもお前と一緒死ぬまでは
作成年 平成十五年四月頃
作者名増岡 平蔵 六十六才
職業コンビニ経営 青森県
一読すると愛情の深い亭主が、年老いた妻を見守り、死ぬまで一緒にいようよとも読める。
しかし、これは、実際には狡猾で計算高い句であるとも読めるのだ。
なぜ、そのように断言出来るのだと、現代の読者は思われるだろう。
それは、熟年離婚という危機を前にして、急に従前の態度を変えた、取って付けたような妻に対する愛情表現の句であるとも読めるからだ。
現代の読者は、このような夫の態度の豹変が増えた背景にある、当時の日本の特殊な離婚事情を知らねばならない。
当時の厚生労働省が発表していた人口動態総覧の年次推移表によれば、昭和二十二年度の離婚件数は八万件程度であったが、昭和四十六年には十万件を超えたのだ。
それが平成七年には二十万件に近づいた。
一方、二十年以上連れ添った夫婦の離婚はどのようなのか。
昭和四十五年では五千組だったが、昭和五十年になると一万組を超えたのである。
それが、平成十二年には遂に八万四千組に及ぶ。
それ以降は増加に歯止めがかかり減少傾向にあったが、年金を夫婦別々に貰えるようになると、再び増加するだろうと言われていた。
その後の事実は、みなさんがご承知の通りである。
長年連れ添った夫婦が離婚するというのは、やはり夫婦間の日常のコミュニケーションに問題があることが最大の原因だったのではないか。
「メシ、フロ、ネル」の三語のみを口にする亭主では、いずれ女房から離婚という事実を突き付けられるのは、時間の問題だったのだろうと私には思われる。
この句の当時の背景にはこのような世相や考え、制度の問題が横たわっていたことだけは理解しておかねばならない。
ここで、現代の女性達にも注意を促しておきたい。
もしもあなたのご主人あるいは婚約者が、この句のようなことを若い時分から常に言ってくれるような優しい人であるならば、素直にその愛情を信じることだ。
そして、あなたもご主人を大切にして下さいと、私は言いたい。
そういう心優しいご主人を大切にしないようであれば、あなた自身もいずれ悲惨な目に遭うに違いない。
しかしながら、今まであなたに対して少しも愛情表現などしたことのない亭主が、急にこのようなことを言い出したら要注意である。
今まであなたのことに無関心で夫婦生活を送ってきた夫が、態度を急変して妻を愛していると言い出したのだ。
これは、とどのつまり、自分が年を取ってきて弱気になった夫が、妻が夫の死に水を取るのが当然だと暗に要求しているのである。
これは警戒するに値することである。
何事にも、前兆とか兆候とか言われるものはあるものだ。突然今までとは違うことを言い出したとしたら、警戒あるいは注意するが当然の態度であろう。
このことは、二十二世紀に入った今でも変わらない真実なのである。

㋒運がよきゃ俺にも当たる宝くじ
作成年月 平成十七年作八月 
作者名 金田 孝 三十才
職業 フリーター 滋賀県
この句が作られた当時はフリーターと呼ばれる連中がいた。
フリーターとは、十五歳以上三十五歳未満の学校卒業者であり主婦でない者のうちの、パートやアルバイトで働いている者ならびにパートやアルバイトで働く意志のある無職の者を指した。
しかし、長く続いたバブル崩壊後の不況のために、働きたくても就職口がないという目に遭って、どうするか考えているうちにずるずると年ばかり重ねてきたという人達もいたのだ。
そういう人達は決して怠け者でもないのであり、社会のセーフティネットが完備していなかった当時の犠牲者でもあったのだ。
もちろん、中には労働したくないという怠け者の階層もいた。
そういう連中の中には地道に働くのではなく、僥倖をあてにしてパチンコや競馬、あるいは宝くじというギャンブルで一発当ててやるという考えの持ち主もいたようだと言われている。
当時のフリーター全員がそういう人間ばかりではなかったということは、もう一度強調しておく必要があるのだが。
また、そういう人達に限らず、普通の勤め人や自営業者の中にも「夢を買う」と称して、当選確率の極めて低い宝くじを購入する人達、つまり、僥倖を夢見る人達がいた。
外れて元々だという気持ちや遊び感覚で宝くじを買うのはきわめて個人的行動であり、その人達の勝手であるから、だれも何も言う権利はない。
ただ、外れる度に悔しがったり、残念がってたりしている姿を見ると、本当は僥倖をあてにしていたしか思えないという感想を述べた知識人がかつていたというが、それについては私も全く同感である。
しかし、中には僥倖を本気であてにして、一回に大量の宝くじを買っては、見事に外すという人も多々いたようだ。
そういう人に対しては、同情のかけらさえも感じない。
なぜならば人間というものは、今も昔もやはりそうなのだが、地道に働いてこつこつと少しずつ貯蓄を殖やすしかないのだから。
地道な労働を厭ってギャンブルで一発当てるという発想は不健全でもあるし、何よりも当たる確率の低さから考えても無理というものだ。
それでもギャンブルにのめり込む人達がいるのは、人間という生き物の哀しい性の発露なのであろう。
一等の当選確率は一等の本数を発行本数で割ればよい。だから、仮に一等が一本、発行枚数が一千万枚なら千万分の一である。
こんな僥倖が自分にはあるだろうと信じられるあなたはとても幸せな人だ。
だが、その幸せな人達は、自分の信じた僥倖が来ないと分かった場合にはどのような態度を取るのであろうか。
人間とはなんとも哀しい生き物なのだろうと、つくづく思うこの頃の私である。

㋓ええやんか減るもんじゃなしやらせろよ
作成年月 平成元年四月頃
作者 吉行 照雄 年齢 不詳
職業 不詳 大阪府
これは今でもよく見られる風景である。
酔漢がホステスを口説いている様子がずばり伝えられているので、特に解説は要しないだろうと思う。
ただし、本当に減るものではないのだろうかという疑問を掘り起こしたい。
あなたが女性なら、じっくりとこのことを考えて貰いたいのだ。
まず、自分が愛してもいない男とセックスすると、性病などの心配だとか、気疲れだとかで心が磨り減るだろうと、私は推測するのだが。
そして、激しい運動をすることでとてもお腹が減るだろう。
最後には、あの女は誰とでも簡単に寝る女だと思われると、あなたの信用が減る。
つまり、女にとっては、愛のない男とやすやすと寝るのは、なにもかもが「減るもの」であると、私は結論づけたい。
女は、そんな安易なセックスを受け入れるのは、何もかもが「減るもの」だという事を、知っておかねばならないのである。
だから、私は大いに主張したい。
女達よ、こういう安直にセックスを求める男達の言葉に対しては、「減るもんだ」と主張せよ。
ところで突拍子だが、男が女とセックスするという目的を遂げるにはどんな手段があるのだろうか。
それを考えて、私はいささか慄然とした。
一番安全であり誰にも迷惑をかけないで、社会的にも受け入れられるのは、男が女の愛を勝ち取ることである。
これならば、誰も文句言うことはできない。
結婚している人間ならば社会的に認められているし、恋人同士のセックスも誰にも口を挟めない。
男女の愛情の問題には、社会は口を挟めないのである。
ただし、愛があるからと言っても、既婚者の不倫となると、いささか大きな問題が起きることを知らねばならない。
それは、信頼ベースの上に成り立っている一夫一婦制に於ける、相手の信頼を大きく裏切ることだからだ。
それから、男が女に対して絶対にしてはいけないのがレイプである。
暴力によって嫌がる女とセックスを成し遂げるというのは、非常に重い罪である。
それは、女性の人間の尊厳を損なうものだからである。
暴力によるセックスは犯罪であり、犯罪という反社会的行為は受け入れられないことはいくら強調しても強調しすぎることはない。
次に、金銭的契約とか売春とかいう行為は褒められた行為ではないが、少なくともレイプに比べると、売る側と買う側のそれぞれの自由意志が介在するだけましなのだ。
既婚者の買春行為は、褒められないにせよ、不倫ほどには重い問題ではない。
こういう発言をすると、一部の婦人団体からは金切り声の抗議が来そうだが、事実は事実であって、理想と現実にギャップがあるのは致し方ないことだ。
さて、今まで述べてきた以外に何か方法があるのだろうかと考えた時、私は自分でもどきっとした。
自分でも意識しなかった、もう一つの突拍子もない方法があった。
それは、男が女に対して「頼むからやらせてくれ」と土下座してお願いするのだ。
人間としての誇りも捨てて、相手の哀れみだけに期待して、「やらせてください」とお願いするのである。
これは、少なくとも普通の男にはできないことである。
少なくとも社会に出て、自分で自活している一人前の男にはできないことだ。
だから、セックスしないと鼻血が出続けて死にそうだとか、ダッチワイフ(筆者注 ¨ ダッチワイフとは、当時あった、柔らかい樹脂などで人間に似せて作った人形であり、女房の代わりにこれを抱いて寝るという淋しい男達もいたのだ。なお、間違っても、オランダ人妻などと誤解しないで頂きたい)を使うしかないような男達だけが、そんなことをするのだろう。
ただ、私の腑に落ちないのは、なぜこのような下品で表現上の工夫のかけらも見られない句が採用されたのかということであり、この点は私も芸術に関わりを持つ者として非常に理解に苦しむ。
鑑みるに、監修責任者の海野良子氏は、美しい表現や素晴らしい感動というものも大事だが、一般庶民レベルにはこの句のような下劣な感覚もあるのだ、という事を強調したかったのだろう。
なお、最近では日本語も方言色が薄まったので、「ええやんか」というのがよく理解できないと思われる人もいるか思うので、説明しておこう。
「ええやんか」というは、かつて大阪を中心とした関西弁と言われた日本語の方言の形で、意味は「いいではないか」とかという意味である。
それにしても、酒に酔わないと女を口説けないという日本男子の性質は、平成の昔から今に至るまで少しも進歩していないようだ。

㋔オウムゆえ鸚鵡返しの反論し
作成年月 平成七年十月
作者名 大島 香奈 二十八才
職業 教員 千葉県
平成七年三月二十日午前八時ごろ、丸ノ内線、日比谷線、千代田線の地下鉄車内で、神経ガスであるサリンが散布された。
その結果、乗客や駅員ら十二人が死亡し、五千五百人以上の人が重軽傷を負った。
二十世紀半ばの太平洋戦争以降では当時最大級の無差別殺人行為であった。
実行された場所は大都市、対象となったのは一般市民、使用された武器は火器ではなく化学兵器、しかもこのテロの実行者はオウム真理教というカルト集団であった。
このカルト教団の教祖という人物は、麻原彰晃という常識外れのとんでもない男であった。
インドで修行したことと、空中浮遊が出来るというのが彼の売り物だったという。
空中浮遊が出来たらからといって、何が偉いのだろうかとは、当時の若者達は考えなかったのだ。
非常に高等な学歴の持ち主達が、次々に入信したという事実を見ればそれが分かる。
オウム真理教によるサリン事件で、麻原彰晃こと松本智津夫被告は、最高裁で死刑判決が確定した。
さて、サリン事件が発生した当時は、オウム真理教に上祐史浩という人物がいた。
この人は、連日マスコミに登場し、オウム真理教に対する批判への反論を繰り返していた。
学生時代からディベートが格別に強かったと言われている。
後に「ああいえば上祐」という流行語まで生まれた。
あの憎むべきテロ事件には上祐氏本人は関わってはいなかったが、内心ではおかしいと思いながら連日マスコミに顔を出してはオウム真理教を弁護していた彼の良心はきっと傷ついていたに違いないと思われる。
この句の作者の意図は、この上祐史浩氏のことを、オウム真理教という教団に対する批判に対して、彼は批判があればすぐに鸚鵡返しで反論すると揶揄したのであろう。
この句の作者のシニカルで冷静な人柄が偲ばれる作である。
なお、個人的な事柄で余談であるが、筆者が中学生の頃、祖父がこの教団について口癖のように言っていたことを思い出した。
「昔、オウム真理教というのがあったが、あれは宗教団体ではなかった。集団が狂ったので『集狂団体』とでもいうべき性質のものだ」
これは的を射た指摘であったと、今にして思う。

㋕金は神いつまでも来ぬ神を待ち
作成年月 平成十五年一月頃
作者名 中山 慎司 五十五才
職業 無職 神奈川県
恐らくは、この人は失業者、あるいは会社が倒産して全てをなくした人物なのであろうと私は推測した。
しかも、いったんはそれなりの地位に就いて他人よりも高給を取っていた人ではないかと思われる。
つまり、この句の作者は、お金というものの怖さをよく理解した人物だと思われるのだ。
たしかに、当時は、お金は神であった。
いや、この「平成かるた」が成立した当時は、お金は神以上に崇拝されていたと言って良い。
当時の価値観ではお金持ちは勝ち組であり、成功者であり、尊敬されるべきだという風潮がまかり通っていたのだ。
たとえお金持ちであっても、人格下劣な人や軽蔑に値する人は現代でもいるというのに。
貧乏でも心の清らかな人はいるというのに。
保持している金銭や財産の量と人格とは何の関係もないのであるにも拘わらず、当時はそのような風潮があったのである。
とはいうものの、たしかにお金があれば欲しい物は大抵なんでも入手出来るというのは事実である。
お金だけでは入手できないものも、もちろんあることにはあるのだが。
そして、お金持ちは貧乏人の嫉妬、ひがみ、そねみ、揶揄にも耐えねばならないのである。
だから、心の安定をしばしば欠くことになる。
お金を持っているという自信が、傲慢、偉そう、無礼という態度に見えるし、それが身についてしまうと、他人に敬意を払うことを忘れる。
つまり、お金には何の罪もないのだが、お金があるためにその人の態度が変化したり、偉そうに見えたりするのだ。
お金自体はきれいでもないし、穢れてもいない。
ただ、他人よりはたくさんお金を持っているという事実が、人間の態度をどんどん悪い方に変化させるのである。
これが、お金は怖いという意味なのである。
初めの方でも触れたが作者は、かつてはそれなりの大金を握った事があるのだろう。
だから、怖さを知っているのだろう。
中年になって事業に失敗したか、株式投資で大損をしたのか、あるいはリストラで職を失ったか、あるいは連鎖倒産に巻き込まれて全てを失った時に、もはや自分には巻き返す気力も体力もないことを知らされたのだろう。
そして、自嘲気味に待てど暮らせど来ぬ、お金という「神」を待っている自分を力なく笑っているのではないか。
いっそ、彼が宗教家ででもあれば、こう言い放つことも可能だっただろう。
「お金は汚い。だからお金に対する執着や汚い欲望を捨てなさい」
このような鼻持ちならぬ説教をしながらも、自分は堂々とお金に執着しながらも生きている宗教家は掃いて捨てるほどいる。
しかし、世俗の間に生きる人間としては、お金に見放されると、途轍もない苦しみを味わうことになるのだ。
この句は、対象となるお金を心中では崇拝し、表面では軽蔑しながら、その対象がもたらす苦しみについて、深い洞察を伴った句である。
作者は、決して単純に「金は神」などとは思っていないようだ。
むしろ、作者は「金は紙」と思っていたのではないか。
つまり、筆者としては、この作者はお金なんてただの「紙切れ」じゃないかと無言の裡に抗議しているような気がするのだ。
そのただの「紙切れ」が、なぜこんなにも俺を苦しめるのだという思いを抱いていて、その作者の苦々しい思いが背後に透けて見えるのが辛い。
誠にお金という扱いに困る厄介なものに翻弄される人生の哀歓に満ちた、しかし、なんとなく共感するには抵抗のある作だと評価したい。

㋖危機の前「愛している」を連発し
作成年月 平成十二年一月
作者名 水田 万里 五十六才
職業 パン屋 岩手県
これも熟年離婚をテーマにした作である。
作者はきっと気が強い人で、再三亭主に向かって、そんなに言うのなら家を出てやるわ、と叫んだに違いない。
それからと言うものは、ご亭主が熟年離婚の危機を感じて、作者であるこの奥さんに対して「愛している」を連発するようになったに違いない。
そして、ついにご亭主が何度も口にする言葉を基にして、この句を作ったのであろうと思われる。
私は思うのだ。
日頃は無口な亭主が「愛している」を連発し、それで夫婦の仲がよくなれば幸いなことだ。
なぜならば、夫婦の危機はいつでもあるのだから。
お互いに全く違う環境に生まれ育った人間が一緒に生活して家族を作るのであるから、意見や考えが違うのは当たり前である。
問題は、そこをどのように話し合って乗り越えるか、ということである。
私は現在でも現実問題としてある熟年離婚について、次のように提案したい。
一 常に夫婦間でよく話し合うこと。
この「平成かるた」が成立した当時の会社人間と言われた人達は、たった三語しか言わなかったと報告されている。
それは、会社員達が帰宅してから妻に言う言葉は、「メシ、フロ、ネル」という三語のみであったということだ。
これでは、夫婦間に愛情もコミュニケーションも生まれないのは当然のことだ。
私の祖父の知り合いはこれをもじって「三語症」と名付けた。
その事は、私が直接に祖父から聞いたことがある。
この言葉の発音は南の海に広がるあの美しい「珊瑚礁」と全く同じだが、その中身は相手を無視した、悲劇の結末を招く恐ろしい病である。
二 定年退職したら、家の中では女房が社長だと考えることを世の中のご亭主達に提案したい。
家事というのは、無給の活動であり、年中無休の事業なのである。
亭主がお金を稼いでくるのを期待して家事をするのではない。
定年後も家事を続けられるのは妻の無窮の愛情なのだ。
そういう無償の行為が死ぬまで延々と続くのである。
身体が痛いからという理由で炊事、掃除、洗濯などを休むことは出来ないのである。
それをあなた達の奥さんは毎日当たり前のようにこなしているのである。
これは、感謝しても仕切れないありがたい行為である。
このような尊い行為に対して感謝の念がないから、熟年離婚という事態に追い込まれるのである。
三 転ばぬ先の杖である。
今からでも遅くないから、世の中のご亭主達は、配偶者に対して感謝の言葉と愛情表現をしなさい。
四 お互いに感謝や尊敬の念を持つように努力をすること。
若い時ならば、夫婦間に感情の亀裂が出来ても、同衾することで問題は仲直りできるものだが、中年になると、身体を交えることで問題は解決したりはしない。
中年になれば、感情の亀裂ができたら同衾しようなどとは思わないのが普通だからだ。
だからこそ、中年になったらお互いに尊敬したり感謝したりするように努力しなければならないのである。
老妻に対する愛情は、青年時代の相手を求めてやまない、燃えるような愛情とは質が変化するのである。
人間が人間として、長い苦渋に満ちた人生の道のりを一緒に歩いてくれたものだという感謝と労りに満ちたものに変質するのである。
ずっと昔の英国の作家にアガサ・クリスティという人がいたが、その人にはこんな言葉があるそうだ。
「どんな女性にとっても最良の夫というのは、考古学者に決まっています。妻が年をとればとるほど、夫が興味を持ってくれるでしょうから」
若い女性にばかりしか興味を抱かないという、そこのご主人、気をつけなさいよ。
もっと、年をとってしまった自分の妻に興味を持ち、感謝の気持ちを抱きなさい。 
ただし、感謝の言葉は、必ず言葉に出して言うことである。
なぜなら、女性は言葉による表現に弱いのである。
「男は黙って」などと自分の胸の裡で思っているだけではだめなのだ。
これは二十二世紀の現代の人にも言えることである。

㋗臭いもの蓋を閉めてもまだ臭(にお)い
作成年月 平成十五年二月頃
作者名 佐藤 利夫 四十一才
職業 自営業 熊本県
これは一読して分かるように、日本人の欠点を見事に表している。
典型的なのは、二十世紀半ばから終わりにかけて存在した、当時の自民党と言われた政党にいた族議員という人達である。
こういう族議員が政治に圧力をかけて既得権益を確保していたのだが、自民党体制が終焉していくにつれて、臭いものに蓋をするという日本人独特のあり方は消滅するだろうと期待されていた。
しかし、それから二世紀を経過した今でもやはり、臭いものに蓋をするというやり方はどこの組織でもまかり通っていることは、みなさんも周知の通りである。
特に、腐敗臭のする組織というのはどんなに蓋をしても、腐敗臭がやはり漂ってくるのだ。
どうしてそうなのかと言うと、解決すべき問題を先送りして、いよいよどうにもならなくなって処理をしなければならないという段階になった時は、既に手遅れ状態になっているからだ。
つまり、腐ったものは徐々に臭いが出てくるから、さっさとその時に腐敗部分を切除すれば、腐敗が全体に及ぶことがない。
しかし、実際には抵抗を恐れて問題を先送りするから、全体が腐敗するのである。
この句を作った人は、きっとそんな腐りきった組織に属していたのだろう。
その組織が民間であるのか、それとも官僚の組織か。
あるいは営利組織か、非営利組織か。
そんな事は関係ない。
そして、ある日その臭いに耐えられなくなって、組織を飛び出したのではないかと推測される。
その結果としての自営業なのではないかと推測したい。
この句には、読んでいるだけで腐敗臭が漂ってきそうな迫真の表現がある。
それは、実作者が実際に体験したことがないと醸し出されない表現である。

㋘携帯を扱いすぎて事故起こし
作成年月 平成十一年二月
作者名 中谷 俊郎 二十八才
職業 運転手 新潟県
これは、職業を見れば分かるように、トラック運送業に身を置く運転手さんが、運転中に携帯電話を扱ったために、悲惨な交通事故を起こした時の心境を読んだものだと思われる。
現在では全ての通信がテレパシーあるいは複合ビジョンなので、みなさんにはなかなか当時の携帯電話の便利さなどは実感できないだろう思われるが、当時の日本人は時と場所を選ばず、携帯電話というもので連絡を取り合っていたということだけは理解しておく必要がある。
当時は運転中の携帯電話使用に関する規制がなかったである。
法律で運転中の使用が禁止されたのは、なんと平成十六年のことである。
彼女からの電話か、会社からの電話かは分からないが、どだい運転しながら携帯電話で話そうという横着な姿勢が問題であった。
運転中は一瞬の油断が命取りになる。
ハンズフリーの携帯電話が売れ出したのはその頃からである。
それにしても、当時の人達は何故にそんなに頻繁に携帯電話を使わなければならなかったのだろうか。
本当に緊急の用事がそう多発するわけでもないと思われるのに。
もっとも、私自身の性格がおっとりしているため、しょっちゅう携帯電話を使って忙しそうにしていた当時の人の事が理解しにくいのは事実としてあるのだが。

㋙国民を騙す官僚居座って
作成年月 平成十八年十月
作者名 谷田 渉 四十六才
職業 会社経営者 京都府
当時年金を扱っていた社会保険庁とは厚生労働省の外局であったが、長官や幹部クラスの背任的な不祥事が多発した。
平成十八年には多数の都道府県の社会保険事務局で十一万人以上分の不正免除や猶予をしていたことが明らかになった。
日本道路公団の談合疑惑や防衛施設庁談合など、所謂高級官僚の天下り先確保のために起きた事件が山ほどあるというのに、依然として高級官僚の天下りは続いていた。
「平成かるた」が成立した当時の高級官僚の辞書にはなかった言葉がいくつかあるのでここに紹介しよう。
「誤謬。謝罪。反省。感謝。退職金辞退。高額退職金の二重取りあるいは三重取り。恥。良心。職責。責任感。職務への誇り。過剰接待。贈賄。収賄。少欲」
彼らの好む語彙は次のとおりだった。
「無謬。完璧。既得権益。豪壮。規制。寄生。貪欲。豪華官舎。悠々自適の老後。賄賂。裏金。贅沢。特権。エリート意識。課税。無駄遣い。莫大な退職金」などなど多数。
当時の一般庶民に奉仕する立場の公務員という身分であるにもかかわらず、庶民感覚からすれば気の遠くなるような無駄遣い、裏金、退職金、特権に囲まれて、ぬくぬくと暮らしていたのである。
いわば、人間の腸内で異常に大きくなったサナダムシのような寄生虫と化していた。
そして、公務員の主人であるはずの一般庶民は、官僚に完全に騙され続けたのだ。
その結果、小さな政府への移行がなかなか進展しなかったのである。
会社経営者であるこの句の作者が作った句を読むと次のような叫びが私には聞こえるのである。
苦労を重ねてやっと利益が出たかと思うと、税金でがっぽり持って行かれる。
経営者としての責任を果たすべく、自分の給与を減らしてまで昔からの従業員を大切にして一人の首切りも出さなかった。
その事を、このどうしようもない官僚達は、私がどれだけ辛い思いで仕事をしていると思っているのか。
官僚達の目に余る横行、天下り、数度にわたる高額の退職金、無責任、全く以て許せない奴等ばかりだ。
そういう怒りがひしひと伝わってくる作である。
しかも、この句は単なる私憤に駆られた結果の作ではなくて、公憤であるから万人に理解出来るしまた共感を呼ぶである。


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埋没の理由 第三章 [小説]



古愁は元来、運靖史という名前だったのだが、養子縁組をきっかけに古愁と名前を変えた。古空斎の命名であった。
だから、古愁は、男手ひとつで祖父に育てられたのだ。もっとも、炊事や家事などの実務は古くから通いで来ている家政婦さんが手際よくやってくれた。だから、祖父は養父であり、実の父母のようなものであった。その意味で、祖父は全ての事を古愁に伝えてくれたものだと思っていた。
それなのに、『平成かるた考』という、古愁が聞いたことも見たこともない祖父の手による、油紙に包まれた珍妙な小冊子とかるたが見つかったのだ。
その小冊子はこのように始まっていた。

序に代えて

私は長年に亘り、民間にあって記録されなかったり、忘却されたり、等閑視されたりして埋もれた文芸の研究に従事してきた。従来、私が主張してきた民間に埋もれている「埋没芸術」の掘り起こしとその研究である。それは、磨けば光るダイヤモンドであるが、玉石混淆のため等閑視されているものだ。
このたび、図らずも「平成かるた」という大変珍しく、かつ大変貴重な資料を入手することが出来た。
この「平成かるた」は、二十世紀末から二十一世紀初頭にかけて、一部のマニアの間で密かに読まれてきたと言われるが、実態は全く不明だった。
庶民の本音や風俗、思念、怨念、恨み、泣き言、寝言などが、歌がるたの形式で保存されていたものだという程度しか伝わっていなかった。
平成元年から平成十八年くらいまでの間に作られた句がほとんどである。
いちおう五七五の形式は踏まえてはいるが、俳句でもないし、川柳でもないような句の集まりである。
だから、やはり「かるた」なのだと思うのである。
筆者は(筆者注¨運古空斎のこと)、俳句も川柳もあまり専門家ではないので全く分からないので、詳細は議論しない。
通常は歌がるたというものは、読み札と取り札があって、読み札に文字が書いてあり、取り札には絵と頭文字が描いてあるものだ。
不幸なことにはこの度発見された「平成かるた」は、取り札の部分が欠如していて、読み札のみしか発見されなかった。
この「平成かるた」は、平成二千七年から二千八年にかけて発行されたようで、監修責任者及び発行者名が海野良子ということだけは判明している。
海野良子という名前は、小さな書き付けから判明したものだ。
そこにはこう記載されてあった。
「亡夫が遺してくれた莫大な遺産の一部を使い、平成の庶民の実態、世相、流行した事柄、事件などを後生に残したいという思いから、全国各地から五七五からなる句を広く公募しました。きちんとした川柳や俳句などにならなくてもよいので、オリジナリティに富んでいて、平成の庶民の世相、感情、思いが伝わる句を求めました。私の還暦の年に、『平成かるた』としてまとめたものを発行することが出来ました。わずか十部しか発行していないので長年の友人にのみ配布します。各句の作者には報酬として金銭を渡しましたので、作者には版権はありません。その旨の了解を頂いた人の分のみを取り上げました。出来映えがよい句であっても、私の趣旨にご賛同いただけなかった方の分は採用しておりません。
平成十九年大晦日 神奈川県在住 主婦 海野良子」
どういうものか、海野良子氏の子孫と称する人が、その書き付けだけを持っていたらしい。
それがどういう経緯かは不明だが、私が昵懇にしている古書店主の手に渡ったのである。
私が日頃親しくしている古書店主から、珍しい物好きの私に珍しい資料があるという話があって、入手出来たのが今から五年前のことだった。
海野良子という人は恐らくは、著述業などとは無関係の方だったのであろう。
著述業に関係している人であれば、出版社で調査すれば分かるが、調査の結果では該当者はいなかった。
自分自身で作成し発行したものと思われる証拠し使用さている、インクは当時流行っていたインクジェット方式だと判明した。
紙は普通のコピー用紙よりも厚い紙を使ってあり、トランプの倍くらいの大きさである。
裏側は何もないただの白い紙である。
印刷や出版に携わる人間が、このようないかにも安上がりな仕事をするとは思えない。
ただ、感心したのは印刷後に長期間持つようにフィルムで用紙全体をラミネートして覆ってある。
そのためか、発見された時の保存状態は悪くなかった。
残念な事には、一部にはラミネートのフィルムがうまく密着していなかったり剥がれたりしたものがあり、そういうものは紙が腐食したりインクがかすれたりしていたので判読に苦労したがともかく判読出来たのは喜びだった。
ただ、それぞれの作者の職業や年齢はかなり広範囲にわたるものである。
その点は海野良子氏の書き付けの通りであるで、公募形式で句を募集したというのは事実であろうと推測される。
しかし、なにしろ資料が一切ないので軽々しく断定はできない。
二0十二年に起きた、あの南関東沖大地震の数年前に、わずか数部しか発行されなかったという「平成かるた」は、その全てが逸失したものと考えられていた。
しかし、横浜市の某神社の禰宜である金杉與市氏が、神社の倉庫を清掃しておられた時に、偶然この「平成かるた」を発見されたのだった。
同氏の友人である長田治氏と私は、カメラの趣味を通じてよく知っていた。そのため、長田氏から私に金杉與市氏を紹介していただいて、その全貌を研究するように依頼を受けたのである。
二十世紀末から二十一世紀初頭という時代は、日本がバブル経済の崩壊以来、立ち直るまでのほぼ十数年に相当する。
その頃の不況に喘ぐ日本経済の下で、庶民が何を考え、何を感じていたのか。そのことを、貴重な民間の埋没芸術の「平成かるた」を通して解明するのが、私の仕事である。これは私の畢生の仕事となるだろうという予感がするのだ。つまり、私のライフワークになるのである。
なにはともあれ、このような貴重な埋没した文芸が遺されていた事は、不幸中の幸いとも言うべきだ。別に自慢するわけではないが私は若くして財を成していたので、埋もれた文芸の復興や掘り起こしに財産と精力を注いでいた。
「平成かるた」という存在については、私の祖父の虎口斎が寝言で口にしたのを耳にしたことがあったのだが、実際にそれが存在したとは想像もしなかった。だからこそ、私は一時この「平成かるた」の全貌を知りたいと思って、追い掛け回したものだった。
あの頃からかなりの年月を経てこの資料に出会えたものだから、ようやくかつて恋い焦がれた恋人に出会ったようなもので、毎日わくわくしながら仕事をしている。
これがサラリーマンのような職業であれば、仕事に追い回されて、とてもそんなことに精力を注ぐわけにはいかなかったに違いない。生活の心配をする必要のない身であればこそ、このような仕事が出来たのである。私は、その事を誇りに思っている。
そのように、私が当時から血眼になって捜していた資料とこんな形で巡り会えるとは、望外の喜びである。
さて、この小冊子の構成は次のようになっている。まず、あいうえおの順に読み札に書かれている原文を掲げる。ただし、「ん」の項目だけは最初から作成されていなかったようだが、どのような事情により作成されなかったのかは全く不明である。
次に、作成年月、作者名、年齢、職業、所在都道府県の順に記載した。中には作成年ははっきりしているが、月が不明なものがあった。
現代人に句の意味が分かりにくい場合や、背景の補足説明が必要と思われる場合には補足したが、今日でも充分理解できるものが多い。
注目して欲しいのは、平成という当時の日本の庶民達は、どのような背景あるいは感情でこのかるたを作ったのかということだ。
だから、当時の庶民の心情や価値観の説明を重点に置いて、さらにそれに対する筆者の見解を中心に述べることにした。
最後に、この貴重な資料を快く提出した下さった金杉與市氏および仲介の労を執ってくださった長田治氏に心からの感謝の気持ちを捧げたい。
そして、同時に私の我が儘を影で支えてくれた今は亡き妻の希美子にも、心のそこからの感謝の気持ちで胸がいっぱいであることを告げたい。

終わり

古愁はその時、写真の中でしか見たことがない、自分の祖母の希美子という名前を懐かしく思い出していた。

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埋没の理由 第二章 [小説]



『平成かるた考』というのがその小冊子の題名だった。
養父古空斎は一種の変人であり、他人が興味を示さなかったり、評価しなかったりしたものをわざわざ取り上げて研究するのが生き甲斐というような人だった。
そして、古空斎の孫で養子の古愁もまた変人の血をたっぷりと受け継いでいたし、「珍奇な発見シリーズ」という著書もあるくらいで、こういう風変わりな資料には興味津々なのである。
「あなた。ご飯ですよ。今日は、あなたの大好物のお刺身ですよ。それに、冷や奴も用意しましたよ」
妻の湖路(筆者注¨ 読み方は「こみち」です。つまりフルネームは、「はこびこみち」であり、「うんころ」ではありません。くどいようですが、読み方にはご注意を下さい)がテレパシーで優しく呼びかける。
「はい。すぐにいくよ。今、後片付けしているところだ」
虎口斎という五代前の先祖が建てた家はなかなかよく出来ていた。古愁がそう思う第一の要因はバリアフリー設計である。そのおかげで還暦を過ぎた古愁夫婦も突起物に躓いたりしないですむ。これは年寄りにはありがたいことだ。
年を取ると三つのことに気を付けねばならない、というのが虎口斎のそしてその孫の古空斎の信念だった。なんでも、昭和の時代ある政治家が言っていたということだが、詳細は知らないまま虎口斎が言っていたことを古空斎が鵜呑みにしていたらしい。
それは、次のようなことだったが、古空斎はこれを養老三原則と称していた。
第一には老人は転倒してはいけないということだ。年寄りが転倒すると、そのまま寝たきりになる場合があり、寝たきりになると認知症などになってしまい、認知症の進行が早い場合には、そのまま死に至る場合がある。
次は風邪を引いてはいけないということだが、これは説明の必要がないだろう。今も昔も、風邪は万病の元であるということは真理である。
もうひとつは、世間の義理を無視せよということだ。世間の義理だからということで、あちこちに顔を出したりしてはいけない。どこで転倒した、事故にあったりするか分からないというのがその理由だった。
もちろん、本人が元気な間は大いに義理を果たせ、というのが前提条件だった。とにかく、老人は無理をしないことを最優先にすべきだというのだ。
その意味では、虎口斎という先祖が造ってくれたこの家は素晴らしいし、養父の古空斎は変人ではあったとはいうものの、同時に常識も豊な人だったと古愁には思われた。
その古空斎の養老三原則の第一である物に躓いて転倒しないという教えと、ご先祖の素晴らしい設計のお陰で古愁夫妻はずいぶん助かっている。偉大な先祖というのは、たとえ変人でもありがたいものなのだ。
話を食卓に戻そう。
古愁はごく人並みの食欲の持ち主なのだが、湖路は特別な健啖家なので二人だけの食卓にもかかわらず、いつも品数が多く賑やかである。
二人の間には長男辰雄、次男和己、長女真奈美がいる。
辰雄は既に独立して家族を持っているが、遠い欧州に住んでいる。
次男の和己は独身ではあるが、独立生計をしており家には滅多に寄りつかない。
真奈美は疾うに嫁入りし子供をもうけているから、普段は二人きりの静かな生活である。
二人の最高の楽しみは、時折娘の真奈美夫婦が連れてくる孫達と会うことだった。
「今日は、鯵のタタキと鱸、鯛、ヒラメのお刺身にしました。どう、この冷や奴は美味しそうでしょう。天然にがり使用の京都産の豆腐なんですって。その他に筑前煮を用意しようかとも思ったんだけど、暑いから止めたわ」
「それは残念だ。筑前煮は大好物なんだがな」
「菠薐草のお浸しとそれから蟹の酢のものがあるわよ。あ、そうそう。京都の縮緬山椒が手に入ったのよ。あなたはこれをご飯と一緒に食べるのが好きでしょう。私は、今日は食欲があまりないから、ビーフステーキを五百グラムにしたわ。いつもなら、パスタを三種類とお肉を二種類なのにね。今日はこれで充分よ」
「いや、全く以てお前が羨ましいよ。よくそんなに食欲が出るものだな。少なくとも俺の三倍は食べられるのだから、お前が羨ましいよ。俺は胃下垂だから仕方がないのか」
「あら、これでも若い頃に比べるとだいぶ少なくなったわよ。でも、私はいたって健康だわよ。それはそうと、最近真奈美は颯太と愛ちゃんを連れてこないわね」
真奈美は二人の長女であり、岩波正次郎という大学教授の妻に収まっている。颯太と愛ちゃんというのは孫で、愛ちゃんの本当の名前は愛子である。
「ああ、颯太と愛ちゃんに会いたいな。なに、正次郎さんも忙しいのだよ。近いうち、学会で発表があるらしいから」
湖路はほっそりとした体付きなので、近所のだれもがその健啖ぶりを知らないから、この食卓をご近所の人が見たら、驚愕のあまりに沈黙することだろう。
古愁はゆっくりと時間をかけて夕食を取るのが楽しみである。日本酒をゆっくりとちびりちびりと口に運びながら、我が一族の運家に思いを馳せていた。
運家はいつ頃からあるのか全く分からない。分かっているのは五代前の虎口斎からの事だけだ。虎口斎の出身は神奈川県横浜市×○区だと言われていたが、古愁は戸籍謄本で確認したわけでもないので本当のところはどうなのか知らなかった。
古愁は小学校の高学年の時に、両親と死別していた。両親が勤務先の大学の学会に参加するために欧州へ渡り、各国を旅行している最中に飛行機の墜落事故に遭ったのである。その時の祖父古空斎の嘆きは大きかった。
古空斎は当時既に財を成していたので、自分は現在の家の母屋に住んで、息子の篤雄の家族を離れに住まわせていた。
古空斎は三人の子供をもうけたが、長男憲一を交通事故で亡くし、長女裕子を難病で亡くしていた。だから、篤雄だけが血の繋がった家族であった。
篤雄は前途を期待された優秀な経済学者であったし、夫人の美和子もまた経済学者だった。
偶々フランスのパリで開催される国際学会に参加するために、二人で渡航していた。国際学会終了後、日本に真っ直ぐ帰国すれば問題は起きなかっただろうと思われる。
次のスケジュールをこなすために夫婦でパリからオーストリアのウィーンに向かったのだ。生憎の悪天候により飛行機の墜落事故が起きてしまったのだ。
古空斎は当時すでに連れ合いを亡くしていたので、古愁としても祖母の事は何一つ知らなかった。写真でこれがお前の祖母だと教えられただけだ。写真の祖母は、父の篤雄によく似た人だった。
年老いてから、自分の身内は篤雄夫婦の一粒種であった古愁だけとなった古空斎は、古愁を養子に迎えた。


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埋没の理由 第一章 [小説]

記録的な猛暑と言われた二一五十年の夏、運古愁(筆者注¨読み方は「はこびこしゅう」です。決して、「うんこしゅう」とは読まないで下さい)は、偶然のことから横浜にある自宅の庭の片隅に、古びた箱が埋められているのを見つけた。
その日、古愁は庭掃除をしていたのだが、野良猫が庭を過ぎったので、その猫を追いかけておしおきをしてやろうと思ったのだ。
その際に、庭の石で足を躓いてばったりと倒れたのだが、幸いに頭部に怪我などはなかった。       
古愁は、その時庭の池の手前にある小さな灯籠の下の部分に、かなり大きな空洞があるのを見つけた。
古愁が躓いて倒れた場所は、小さな池の手前で、そこは灯籠があり今まで古愁は何度も灯籠を見ていたのに、そんな空洞があるとは気が付かなかった。
案外、人間というものはある時まで気が付かないでいたり、無視してきたものであっても、時期がくればそれなりの発見をしたり邂逅したりするものかもしれないと古愁はその時思った。
古愁がその空洞を覗いてみると、何か箱のようなものが見えたのだった。古愁は書斎にその古びた木の箱を持ち帰り中身を取り出すことにした。
ところで、少しこの家の設計について説明しておこう。古愁夫妻が現在住んでいる家は、二〇五二年に起きた南関東沖大地震で倒壊した家を、その二年後の二〇五四年に古愁の祖父である古空斎の祖父、虎口斎が立て直したものである。
それを古愁の曾祖父である古偏斎が手直しを加えて、更に祖父であり養父でもある運古空斎(筆者注¨読み方は「はこびこくうさい」です。決して、「うんこくさい」ではありません。どうも運家の一族を紹介すると、妙な名前が多いもので、筆者としましても、うんこくさい、いやうさんくさい奴だと思われているのではないかと心配です)が、リフォームをしたものであり、古愁の代には内部の構造を全く変えたのだ。
この家は虎口斎の好みに従って、風水の考えを取り入れてあった。
風水では、四つの要素を重んじると言われる。それは、龍、穴、砂、水である。山脈のことを風水学では龍脈と呼ぶ。大地の生気が活発であると、それに応じて山脈に高低や起伏が生じるのだそうである。
穴とは「龍穴」のことだ。それは、大地の生気が凝集した地点をいう。砂とは穴地の近辺に存在する丘や小山のことである。つまり、凸地であるのだ。
「龍穴」を中心として、左にあれば青龍、右は白虎、前面なら朱雀、後面ならば玄武という。そして、水は「龍穴」の前の河、池、湖、海などの水のことだ。だから、古来繁栄を誇る都市は臨海地区や河川の近辺であるのは、当然のことなのである。
運虎口斎は、これらの自得した風水の知識を念頭において、百年年以上は保つ家を目指して家の設計を依頼したのだった。ただし、どういうわけか専門の風水師に相談することはしなかったらしい。
虎口斎という人は、大変偏屈な人だったため、風水の知識は尊んだが、風水師を尊敬することはなかった。
だから、虎口斎は風水の知識を自分勝手に解釈して庭を造ったに過ぎない。そんな風だから庭については、建築を請け負った業者といえども、全然口を挟むことが出来なかったという。
ただ、家の設計はしっかりしており、築後百年近い年月を経ていても、頑丈なものでまだ充分に使える。その理由は、外壁などはコンクリートではなく、大きな石を切り出した石材を積極的に用いてあるからだ。
しかし、家の中は虎口斎から古偏斎、古空斎、そして古愁と当主が交代するごとにリフォームしたので、初代当時とはかなり様相が違う。それでも、和風建築にするという信条は固く守られていて、畳の部屋が多いのが特徴である。
例の箱を部屋に持ち帰った古愁は、箱を開いた。箱の中身は油紙にしっかりと包まれていた。油紙には「鶏肋」と書いてあった。古愁はもちろん「鶏肋」の意味は知ってはいたが、中身を確かめないことには明瞭なことは言えなかった。
「何だ、これは。オヤジさんの文字が書かれた紙切れだぞ。それと、これはトランプか。いや、違うな。かるたのようなものだな。それにしても、何でオヤジさんはここにこんなものを埋めたのだろうか」
箱の中身を見た古愁は独り言を呟やいた。古愁の実の祖父であり、養父でもある古空斎のことを古愁は、「オヤジさん」と呼ぶのが常であった。
その呟きのとおりに小さな箱には、祖父の文字が書き付けられた紙切れと何十枚かの「かるた」のようなもの油紙で丁寧に包まれていた。「かるた」のようなものを一枚取りだしてみるとこう書いてあった。
㋖ 危機の前「愛している」を連発し
「何だ、これは。オヤジさんは珍しい品物を蒐集するのが俺の趣味でもあり仕事だと、いつも言っていたな。もっとも、俺もそうなったが。これは、その珍しい品物なんだろうな。おや、ここにもうひとつ小さな本のようなものがあるぞ」
こう呟いて古愁は自分の発見したものが養父の書き物だったことですっかり面白くなって、本来自分が追い回していた野良猫のことなどは忘れていた。
厚かましい顔で塀の上にいた白黒斑のその野良猫は、古愁が家の中に姿を消すと、またぞろ我が物顔で庭を歩き回り、排泄物の処理の砂掛けまでもしていた。
すっかり、日が傾いて暗くなった部屋に明かりを灯すことさえ忘れて、古愁は養父古空斎が書いた本を読みふけっていた。


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狸の和解 十一 和解 [小説]



 こうして最後の一首を読み終わり、それぞれの審査員が一点ずつを投票することになった。審査の経過はここでは省略するが、結果は老狸の勝ちとしたものが四十二票、若者狸の勝ちとしたものが全く同数の四十二票、残りは棄権という意外な結果だった。
 この結果が発表された時は、審査員も一般参加者も驚愕して会場ではざわめきがやまなかったが、罵詈や雑言、ヤジなどは全く飛ばなかった。
これはまさしく希有なことと言わざるをえないが、基本的には狸族はよく躾が行き届いていて礼儀正しいのだと言うことが再確認されたわけだ。
若者が一部跳ね上がっていたのは、なんとなくみんなとは違うぞというデモンストレーションであったのかもしれない。
結論が発表されてからしばらくするとどこからともなく、例の合唱が始まった。
「壊れよ。潰れよ。砕けよ。崩れよ。散れよ。去れよ。滅びよ。滅びよ。滅びよ。そして、立ち上がれ。そして、立ち上がれ」
この大合唱はいつまでも狸大明神の境内に鳴り響き、森の深部にまで届いた。そして、最後には狸亭花鳥が再度凡々和尚とハカセを紹介し、会場は解散することが告げられた。

解散後、ガンジ長老、バン長老、そして それぞれの村の幹部、さらには審査員として参加してくれた山ひとつ向こうの村々の長老と幹部が集合し、話し合いを持つことになった。
議長役は審査員を派遣してくれたA村の長老イチローとC村の長老ジローが務めることになった。
まずはイチローが会議の挨拶をして、イチローとジローが自己紹介をした。もちろん、みんな顔見知りではあるが、改まった席では自己紹介をするのが狸社会の決まり事である。 
そして、おもむろにイチローは口を開いた。
「このたびの狂歌合戦は、奇しくも勝敗が付かず引き分けとなりました。このような結果は、誰も予測をしておりませんでした。狸社会は自由な発言と発想が重んじられます。また、賄賂という習慣もありません。ですから、みんなてんでに勝手に好きなように投票すべきです。だから、一体どちらが勝つのかということには、皆目見当も付かずにいまして、大変関心を持っておりました」
ジローが続ける。
「さて、今回はこのような結果になりましたことを踏まえまして、S村とV村の老狸会と青年団の和解式を執り行いたいと思いますので、賛否の決議を致します」
即座に賛成多数で決議が決まったので、日を改めて和解式が行われることになった。元々、負けた方の青年団が坊主になってそれ以降は全てを水に流して、元の通り仲良く暮らそうという提案で始まった狂歌合戦だったので、引き分けになってほっとしたとうのがほぼ全員の意見でもあった。

以下は、後日行われた和解式の様子であるが、日本人を見ても分かるように、減り張りの利かない挨拶をだらだらと続ける。
日本人の悪いところを見ている日本在住の狸もまた同様であり、そのまま面白くもない挨拶を描写しても無意味なので、いくつかの場面をピックアップしながら、狸達が平和な生活に戻ってゆく様子を見てみたい。
この和解式では、狸の好物の枯れ葉酒が大盤振る舞いされたことは、もちろん言うまでもないことだ。

「凡々和尚。どうも狂歌合戦で鍛えていただきましたことをお礼申し上げます。狂歌か合戦の後で、私達青年団は話し合いました。この狂歌合戦は、元々私達がゲン爺さんやガンジ長老を愚弄したことが発端で、今回の狂歌合戦が始まりました。結果は引き分けということになりましたが、勝ち負けはともかく、今後は私達もご老狸を大切にしていきたいと考え直しました。私達も今は若くても、すぐにゲン爺さんやガンジ長老のようになるのだと、審査員のみなさんの忌憚のない批評で、私達もよく理解できました」
V村の青年団を代表してハカセがそう述べた。
これに対して、凡々和尚は淡々と言うのだった。
「なあに。自分達もいずれは年寄りになると分かればそれでいいのだ。若さがいつまでもあると思うていると大変な目に遭う。もう、君達も十分勉強したと思うから、君達若い者に期待しているぞ。たしかに私ら年寄りは経験に裏打ちされた見方、考え方を持っているが、時としてそれが場合によってはかえって足を引っ張ることもある。昨日の成功体験が明日も有効だとは限らない。また、新しいモノにはなかなか飛びつけない。自分の知っている範囲のことにしか興味がない。つまり、年寄りの冷や水をいやがる。だから、いつまで経っても、摺り切れたレコードみたいに、同じ事ばかりしか言わない。いや、言えないのだ。それで、年寄りが話したことを元にして、時代の要請がどうなのかを見極めて結論を出すのは若い狸達なのだ」
「はあ。これからもよろしくご指導ご鞭撻をお願いします」
「なあに。儂は何も役に立たんが、どこの村にもたくさんの一芸を持った老狸がいる。君達は、それらの老狸から継承すべき一芸を勉強してください。たとえばだ、君達が愚弄したゲン爺さんは鍛冶職人として一流だ。そこのコウ婆さんは裁縫が得意だ。なまじ狸大学に行ったばかりに、口ばかり達者になって一芸を磨かなくなった若狸の多い事よ。まあ、狸大学にも一流から三流以下まであるから、一口には言えないが」
一匹の中年の逞しい体付きの狸が凡々和尚に話しかけた。
「やあ、凡々和尚。今回はお疲れ様でしたな。まあ、一献いかが。おお、ハカセさん達もいたか。ご苦労様でしたね」
「若い狸は羨ましいよ。体力も気力も、まるきりこの年寄りとは違う。経験と判断力なら、まだひけはとらないけれど」
凡々和尚が零して見せた。すると、凡々和尚に話かけていた中年の逞しい狸に、若くて逞しい狸が突然話しかけてきた。
「あのう。あなたは、たしかデンさんですよね。僕は隣村のゲンベといいます。家の親戚から聞いたけれど、デンさんは引っ越し術の名人だとか。今度、僕にも引っ越し術を教えて下さい。僕は、僕の村のみなさんの引っ越しを上手に手伝える狸になりたいのです。想い出が一杯詰まった家を引っ越す狸達に、どんなサポートをすれば、新居で快適に過ごせるのかということを中心に勉強したいのですよ」
「はあ。いいですよ。いつでも。隣村の青年だから、引っ越し術は教えない、などとはい言いませんよ。ただ、現在の掟だとお互いの村に足を踏み入れないことになっているから、それをどうするかだ。お互いにまた昔みたいに行き来するようになればよいが」
その傍らではロンとカンが話している。
「ふむ。カンさんはもう日銭稼ぎをやめて、一芸の修行をしたいと言うのだな。しかし、いささか、カンさんは年を食ってしまったな。まあ、よい。一芸の修行は厳しいぞ。音を上げるなよ。それで、カンさんは何を修行したいのだな。なに。お猿の駕籠屋に弟子入りしたいと」
「はい。ロンさん。よろしくお願いしますよ。もう、日銭稼ぎには疲れました」
さらにその横では、子連れママのミドリが子供と会話していた。
「ほら、マー坊。人間の家にあったスナック菓子の残りもあるわよ。まだ、かなり残っているけれど、これを捨てるなんてもったいないわね。ほら、マー坊、あなたの大好物よ。お食べなさい」
こんな微笑ましい親子の会話を、若い雄狸が割って入った。
この若い狸は、ミドリのことを真剣に愛しているという噂のある狸だ。
「あのう。ミドリさん。考えてくれましたか。僕との生活は」
「タケシさん。ごめんなさいね。私もあなたのことは別に嫌いではないのよ。でもね、私にはこのマー坊がいるしね。こんな子連れのバツイチでは、あなたが苦労するわよ。それに今、私はマン婆様から習っている一芸の裁縫でなんとか社会貢献できているし。あら、そうだわ。手編みの枯れ葉のセーターをあなたに持ってきたのよ。タケシさん。よかったら、着てみて」
「おお。これは、僕にぴったりだ。ミドリさん。僕はきっと立派なマー坊の父親になることを約束するよ。だから、三匹で一緒に暮らそう。狸が一匹で生きていくのは辛いことだが、二匹以上の狸ならなんとか凌げるものだと、僕のお祖母ちゃんがよく言っていたよ」
「タケシさん。あなた、本気で私とマー坊と一緒に暮らしていく覚悟なの。本当にいいのね。こんなバツイチの私でも。本当に嬉しいわ。マー坊。このおじちゃんが、マー坊の新しいパパになる狸よ。ほら、ご挨拶しなさい」
やがて、宴会が最高潮に達した時、ガンジ長老が和解式の締めくくりに余興があると挨拶して、話し始めた。
「本日はS村とV村の老狸会と青年団の和解式に多数の狸にご参加を頂きまして、ありがとうございました。本日は特別ゲストとして、S村唯一の居酒屋『ネボケ』のママさんというよりゴッド・マザーとして有名な『デコちゃん』にお越し頂いています。今日は、和解式を祝して特別に『デコちゃん』が、『お座敷小唄』に合わせて踊りを披露して下さるそうです。みなさん、盛大な拍手でお迎え下さい。それでは、『デコちゃん』、どうぞ」
デコちゃんは、艶やかな衣装に身を包み現れた。人間で言えば、芸者衆のように美しい着物に身を包んでいた。デコちゃんが舞台から聴衆にゆっくりと頭を下げて挨拶をした後で、とても賑やかな演奏が流れた。
「スッチャン、チャカララッチャ。スッチャン、チャカララッチャ」
ハカセは、この歌が流行していた頃はまだ生まれていないが、父親がこの歌が好きで、お酒に酔うと時々歌っていたのでこの歌を全く知らないというわけでもなかった。ただ、お座敷小唄というのは、単に日本人になじみやすい明るいメロディーが特徴というだけの内容のない歌だとハカセは思っていたし、狸族にとっては別に感動するような内容ではないと思っていたのである。
デコちゃんが鮮やかに舞い始めた。
「富士の高嶺に降る雪も、京都先斗町に降る雪も、雪に変わりがないじゃなし、溶けて流れりゃ、みな同じ」
これを生まれて初めて聞いたゴン太はけげんそうに呟いた。
「なんだ、こりゃ。こんな昔の歌は、いったい何が言いたいんだ。雪なんか、どこで降ろうと雪そのものが変わるはずはないという当たり前のことしか言っていないが、こんなんもんで昔は歌が流行ったのかね。でも、どうして富士の高嶺と京都先斗町なんだよ。今なら、ミッドタウンの六本木とかが格好いいと思うけれど。東京は素晴らしい所だよ」
ゴン太の祖父から長老の地位を譲られたバン長老が、落ち着いて特定の誰にということもなく話しかけた。
「いや、これはなかなか奥の深い歌だよ。この歌詞が言っているのは、みんな当たり前のことばかりだ。つまり、当たり前のことを当たり前に受け止めよということさ」
これを横で聞いていたリュウが、頷きながら言う。
「だから、老狸に対するメッセージとしては、年を取れば皺やシミが出来るのは当たり前で、それを嘆いたり不満に思ったりせず、自然なものとして受け止めよ、ということでしょうね。若者に対するメッセージとしては、若いうちは体力、気力、記憶力なんでも十分だけれど、年を取るとそうはいかなくなるぞ、それを自然な変化として受け止めておけ、ということなんでしょう」
ゴン太にはその二匹の狸の会話が理解できなかった。
青年達の傍らで凡々和尚はガンジ長老と感慨深げに話している。
「まったくもって世の中は、『溶けて流れりゃ、みな同じ』ですな。人間も狸も一皮剥けばみんな欲望の塊だし、生きている間はともかく、死んでしまえばみんな灰と骨だけになります。しかし、一皮剥かないで生きているのがこの娑婆の良いところでしょう。みんなが一皮剥いて欲望むき出しで生きていたら、たまりませんよ。この歌は、まさに真理の歌ですな」
「しかし、富士の高嶺に降る雪は、人間や他の動物に踏みつけられずに綺麗なままで溶けますが、先斗町では人間に踏みつけられて泥まみれになって最後には邪魔者扱いにされて、お湯かなんかで強制的に溶かされます。それは大きな違いです」
「そのような違いはあっても、『溶けて流れる』ことには間違いがないんだ、ということがこの歌の力点なんでしょうね」
いきなり、凡々和尚がハカセに呼びかけた。
「ハカセ。こっちに来なさらんか。ガンジ長老とも仲直りされたそうで、愚僧共々語らいあおうではないか」
「はい。すぐにいきます。あっ、長老。今後ともよろしくお願いします。ゴン太も一緒にそちらに行きます」
「どうじゃね、ハカセ。『溶けて流れりゃ、みな同じ』ですぞ。狸、というよりも生き物にはいつかは必ず死が来る。若者もいずれ年寄りになって、死んで灰になる」
「ええ。言われなくても、もう僕達も十分分かりました。『お座敷小唄』というのは、一見ばかばかしい歌ですが、ものすごい真理を歌っていますね。やはり、パンタ・レイですね。万物は流転するんですね。さて、和尚さん。ガンジ長老。それにバン長老もお聞き下さい」
みんな真剣にハカセの話を聞くように、一斉にハカセの方を見た。
「狸社会で昔から言いますよね。『馬鹿な狸は死んだら治る』と。そんな愚かな狸にならないように、僕達S村とV村の青年団は、交互に学習会を開くことにしました。
習得するのは、狸語および外国語、各種動物語、地理。それから、リュウさんは理数系の天才なので、是非ともリュウさんに数学、生物学、統計学などを教えて貰いたいのです。その他にベンジさんにスポーツ関連の理事になってもらい、各種スポーツも勉強します。さらに、職人学校で一芸を習得した若者には各種特典を用意します」
「ははあ。それはよい。学習会の後で合コンや飲み会もあるのだろう。よしよし。私からデコちゃんに話しておくから、『ネボケ』で合コンやら飲み会を開きなさい。うんと、割引するようにいっとくよ。それと、狸一匹につき、泥鰌の酢ものを一杯ただにさせよう。
私も合コンに出て良いかな。若いおなごと話すのは面白い。なに、心配するな。愚僧はもうおなごに手を出すような元気はない。ただ、恋愛の相談事程度なら役にたつぞ」
参加者の誰もがみんな、すっかり体も心もリラックスしていた。
そして、気がつくといつの間にかお座敷小唄の歌も舞も終わっていた。誰からともなく立ち上がり、そして大きなスクラムを組んで歌い始めた。
「壊れよ。潰れよ。砕けよ。崩れよ。散れよ。去れよ。滅びよ。滅びよ。滅びよ。そして、立ち上がれ。そして、立ち上がれ」
狸の大合唱はいつまでもやまず、心底狸社会の再生を願う熱い思いとなって、森に響き渡ったという。

人が、真夜中に我執を去ってこれからの行く末を静かに考えていると、その人の耳になんとなく届いてくる音があって、それこそがあの狸達の連綿と続く「滅びよ、立ち上がれ」の大合唱だというまことしやかな説があるとかないとか。

終わり






十一 和解

 こうして最後の一首を読み終わり、それぞれの審査員が一点ずつを投票することになった。審査の経過はここでは省略するが、結果は老狸の勝ちとしたものが四十二票、若者狸の勝ちとしたものが全く同数の四十二票、残りは棄権という意外な結果だった。
 この結果が発表された時は、審査員も一般参加者も驚愕して会場ではざわめきがやまなかったが、罵詈や雑言、ヤジなどは全く飛ばなかった。
これはまさしく希有なことと言わざるをえないが、基本的には狸族はよく躾が行き届いていて礼儀正しいのだと言うことが再確認されたわけだ。
若者が一部跳ね上がっていたのは、なんとなくみんなとは違うぞというデモンストレーションであったのかもしれない。
結論が発表されてからしばらくするとどこからともなく、例の合唱が始まった。
「壊れよ。潰れよ。砕けよ。崩れよ。散れよ。去れよ。滅びよ。滅びよ。滅びよ。そして、立ち上がれ。そして、立ち上がれ」
この大合唱はいつまでも狸大明神の境内に鳴り響き、森の深部にまで届いた。そして、最後には狸亭花鳥が再度凡々和尚とハカセを紹介し、会場は解散することが告げられた。

解散後、ガンジ長老、バン長老、そして それぞれの村の幹部、さらには審査員として参加してくれた山ひとつ向こうの村々の長老と幹部が集合し、話し合いを持つことになった。
議長役は審査員を派遣してくれたA村の長老イチローとC村の長老ジローが務めることになった。
まずはイチローが会議の挨拶をして、イチローとジローが自己紹介をした。もちろん、みんな顔見知りではあるが、改まった席では自己紹介をするのが狸社会の決まり事である。 
そして、おもむろにイチローは口を開いた。
「このたびの狂歌合戦は、奇しくも勝敗が付かず引き分けとなりました。このような結果は、誰も予測をしておりませんでした。狸社会は自由な発言と発想が重んじられます。また、賄賂という習慣もありません。ですから、みんなてんでに勝手に好きなように投票すべきです。だから、一体どちらが勝つのかということには、皆目見当も付かずにいまして、大変関心を持っておりました」
ジローが続ける。
「さて、今回はこのような結果になりましたことを踏まえまして、S村とV村の老狸会と青年団の和解式を執り行いたいと思いますので、賛否の決議を致します」
即座に賛成多数で決議が決まったので、日を改めて和解式が行われることになった。元々、負けた方の青年団が坊主になってそれ以降は全てを水に流して、元の通り仲良く暮らそうという提案で始まった狂歌合戦だったので、引き分けになってほっとしたとうのがほぼ全員の意見でもあった。

以下は、後日行われた和解式の様子であるが、日本人を見ても分かるように、減り張りの利かない挨拶をだらだらと続ける。
日本人の悪いところを見ている日本在住の狸もまた同様であり、そのまま面白くもない挨拶を描写しても無意味なので、いくつかの場面をピックアップしながら、狸達が平和な生活に戻ってゆく様子を見てみたい。
この和解式では、狸の好物の枯れ葉酒が大盤振る舞いされたことは、もちろん言うまでもないことだ。

「凡々和尚。どうも狂歌合戦で鍛えていただきましたことをお礼申し上げます。狂歌か合戦の後で、私達青年団は話し合いました。この狂歌合戦は、元々私達がゲン爺さんやガンジ長老を愚弄したことが発端で、今回の狂歌合戦が始まりました。結果は引き分けということになりましたが、勝ち負けはともかく、今後は私達もご老狸を大切にしていきたいと考え直しました。私達も今は若くても、すぐにゲン爺さんやガンジ長老のようになるのだと、審査員のみなさんの忌憚のない批評で、私達もよく理解できました」
V村の青年団を代表してハカセがそう述べた。
これに対して、凡々和尚は淡々と言うのだった。
「なあに。自分達もいずれは年寄りになると分かればそれでいいのだ。若さがいつまでもあると思うていると大変な目に遭う。もう、君達も十分勉強したと思うから、君達若い者に期待しているぞ。たしかに私ら年寄りは経験に裏打ちされた見方、考え方を持っているが、時としてそれが場合によってはかえって足を引っ張ることもある。昨日の成功体験が明日も有効だとは限らない。また、新しいモノにはなかなか飛びつけない。自分の知っている範囲のことにしか興味がない。つまり、年寄りの冷や水をいやがる。だから、いつまで経っても、摺り切れたレコードみたいに、同じ事ばかりしか言わない。いや、言えないのだ。それで、年寄りが話したことを元にして、時代の要請がどうなのかを見極めて結論を出すのは若い狸達なのだ」
「はあ。これからもよろしくご指導ご鞭撻をお願いします」
「なあに。儂は何も役に立たんが、どこの村にもたくさんの一芸を持った老狸がいる。君達は、それらの老狸から継承すべき一芸を勉強してください。たとえばだ、君達が愚弄したゲン爺さんは鍛冶職人として一流だ。そこのコウ婆さんは裁縫が得意だ。なまじ狸大学に行ったばかりに、口ばかり達者になって一芸を磨かなくなった若狸の多い事よ。まあ、狸大学にも一流から三流以下まであるから、一口には言えないが」
一匹の中年の逞しい体付きの狸が凡々和尚に話しかけた。
「やあ、凡々和尚。今回はお疲れ様でしたな。まあ、一献いかが。おお、ハカセさん達もいたか。ご苦労様でしたね」
「若い狸は羨ましいよ。体力も気力も、まるきりこの年寄りとは違う。経験と判断力なら、まだひけはとらないけれど」
凡々和尚が零して見せた。すると、凡々和尚に話かけていた中年の逞しい狸に、若くて逞しい狸が突然話しかけてきた。
「あのう。あなたは、たしかデンさんですよね。僕は隣村のゲンベといいます。家の親戚から聞いたけれど、デンさんは引っ越し術の名人だとか。今度、僕にも引っ越し術を教えて下さい。僕は、僕の村のみなさんの引っ越しを上手に手伝える狸になりたいのです。想い出が一杯詰まった家を引っ越す狸達に、どんなサポートをすれば、新居で快適に過ごせるのかということを中心に勉強したいのですよ」
「はあ。いいですよ。いつでも。隣村の青年だから、引っ越し術は教えない、などとはい言いませんよ。ただ、現在の掟だとお互いの村に足を踏み入れないことになっているから、それをどうするかだ。お互いにまた昔みたいに行き来するようになればよいが」
その傍らではロンとカンが話している。
「ふむ。カンさんはもう日銭稼ぎをやめて、一芸の修行をしたいと言うのだな。しかし、いささか、カンさんは年を食ってしまったな。まあ、よい。一芸の修行は厳しいぞ。音を上げるなよ。それで、カンさんは何を修行したいのだな。なに。お猿の駕籠屋に弟子入りしたいと」
「はい。ロンさん。よろしくお願いしますよ。もう、日銭稼ぎには疲れました」
さらにその横では、子連れママのミドリが子供と会話していた。
「ほら、マー坊。人間の家にあったスナック菓子の残りもあるわよ。まだ、かなり残っているけれど、これを捨てるなんてもったいないわね。ほら、マー坊、あなたの大好物よ。お食べなさい」
こんな微笑ましい親子の会話を、若い雄狸が割って入った。
この若い狸は、ミドリのことを真剣に愛しているという噂のある狸だ。
「あのう。ミドリさん。考えてくれましたか。僕との生活は」
「タケシさん。ごめんなさいね。私もあなたのことは別に嫌いではないのよ。でもね、私にはこのマー坊がいるしね。こんな子連れのバツイチでは、あなたが苦労するわよ。それに今、私はマン婆様から習っている一芸の裁縫でなんとか社会貢献できているし。あら、そうだわ。手編みの枯れ葉のセーターをあなたに持ってきたのよ。タケシさん。よかったら、着てみて」
「おお。これは、僕にぴったりだ。ミドリさん。僕はきっと立派なマー坊の父親になることを約束するよ。だから、三匹で一緒に暮らそう。狸が一匹で生きていくのは辛いことだが、二匹以上の狸ならなんとか凌げるものだと、僕のお祖母ちゃんがよく言っていたよ」
「タケシさん。あなた、本気で私とマー坊と一緒に暮らしていく覚悟なの。本当にいいのね。こんなバツイチの私でも。本当に嬉しいわ。マー坊。このおじちゃんが、マー坊の新しいパパになる狸よ。ほら、ご挨拶しなさい」
やがて、宴会が最高潮に達した時、ガンジ長老が和解式の締めくくりに余興があると挨拶して、話し始めた。
「本日はS村とV村の老狸会と青年団の和解式に多数の狸にご参加を頂きまして、ありがとうございました。本日は特別ゲストとして、S村唯一の居酒屋『ネボケ』のママさんというよりゴッド・マザーとして有名な『デコちゃん』にお越し頂いています。今日は、和解式を祝して特別に『デコちゃん』が、『お座敷小唄』に合わせて踊りを披露して下さるそうです。みなさん、盛大な拍手でお迎え下さい。それでは、『デコちゃん』、どうぞ」
デコちゃんは、艶やかな衣装に身を包み現れた。人間で言えば、芸者衆のように美しい着物に身を包んでいた。デコちゃんが舞台から聴衆にゆっくりと頭を下げて挨拶をした後で、とても賑やかな演奏が流れた。
「スッチャン、チャカララッチャ。スッチャン、チャカララッチャ」
ハカセは、この歌が流行していた頃はまだ生まれていないが、父親がこの歌が好きで、お酒に酔うと時々歌っていたのでこの歌を全く知らないというわけでもなかった。ただ、お座敷小唄というのは、単に日本人になじみやすい明るいメロディーが特徴というだけの内容のない歌だとハカセは思っていたし、狸族にとっては別に感動するような内容ではないと思っていたのである。
デコちゃんが鮮やかに舞い始めた。
「富士の高嶺に降る雪も、京都先斗町に降る雪も、雪に変わりがないじゃなし、溶けて流れりゃ、みな同じ」
これを生まれて初めて聞いたゴン太はけげんそうに呟いた。
「なんだ、こりゃ。こんな昔の歌は、いったい何が言いたいんだ。雪なんか、どこで降ろうと雪そのものが変わるはずはないという当たり前のことしか言っていないが、こんなんもんで昔は歌が流行ったのかね。でも、どうして富士の高嶺と京都先斗町なんだよ。今なら、ミッドタウンの六本木とかが格好いいと思うけれど。東京は素晴らしい所だよ」
ゴン太の祖父から長老の地位を譲られたバン長老が、落ち着いて特定の誰にということもなく話しかけた。
「いや、これはなかなか奥の深い歌だよ。この歌詞が言っているのは、みんな当たり前のことばかりだ。つまり、当たり前のことを当たり前に受け止めよということさ」
これを横で聞いていたリュウが、頷きながら言う。
「だから、老狸に対するメッセージとしては、年を取れば皺やシミが出来るのは当たり前で、それを嘆いたり不満に思ったりせず、自然なものとして受け止めよ、ということでしょうね。若者に対するメッセージとしては、若いうちは体力、気力、記憶力なんでも十分だけれど、年を取るとそうはいかなくなるぞ、それを自然な変化として受け止めておけ、ということなんでしょう」
ゴン太にはその二匹の狸の会話が理解できなかった。
青年達の傍らで凡々和尚はガンジ長老と感慨深げに話している。
「まったくもって世の中は、『溶けて流れりゃ、みな同じ』ですな。人間も狸も一皮剥けばみんな欲望の塊だし、生きている間はともかく、死んでしまえばみんな灰と骨だけになります。しかし、一皮剥かないで生きているのがこの娑婆の良いところでしょう。みんなが一皮剥いて欲望むき出しで生きていたら、たまりませんよ。この歌は、まさに真理の歌ですな」
「しかし、富士の高嶺に降る雪は、人間や他の動物に踏みつけられずに綺麗なままで溶けますが、先斗町では人間に踏みつけられて泥まみれになって最後には邪魔者扱いにされて、お湯かなんかで強制的に溶かされます。それは大きな違いです」
「そのような違いはあっても、『溶けて流れる』ことには間違いがないんだ、ということがこの歌の力点なんでしょうね」
いきなり、凡々和尚がハカセに呼びかけた。
「ハカセ。こっちに来なさらんか。ガンジ長老とも仲直りされたそうで、愚僧共々語らいあおうではないか」
「はい。すぐにいきます。あっ、長老。今後ともよろしくお願いします。ゴン太も一緒にそちらに行きます」
「どうじゃね、ハカセ。『溶けて流れりゃ、みな同じ』ですぞ。狸、というよりも生き物にはいつかは必ず死が来る。若者もいずれ年寄りになって、死んで灰になる」
「ええ。言われなくても、もう僕達も十分分かりました。『お座敷小唄』というのは、一見ばかばかしい歌ですが、ものすごい真理を歌っていますね。やはり、パンタ・レイですね。万物は流転するんですね。さて、和尚さん。ガンジ長老。それにバン長老もお聞き下さい」
みんな真剣にハカセの話を聞くように、一斉にハカセの方を見た。
「狸社会で昔から言いますよね。『馬鹿な狸は死んだら治る』と。そんな愚かな狸にならないように、僕達S村とV村の青年団は、交互に学習会を開くことにしました。
習得するのは、狸語および外国語、各種動物語、地理。それから、リュウさんは理数系の天才なので、是非ともリュウさんに数学、生物学、統計学などを教えて貰いたいのです。その他にベンジさんにスポーツ関連の理事になってもらい、各種スポーツも勉強します。さらに、職人学校で一芸を習得した若者には各種特典を用意します」
「ははあ。それはよい。学習会の後で合コンや飲み会もあるのだろう。よしよし。私からデコちゃんに話しておくから、『ネボケ』で合コンやら飲み会を開きなさい。うんと、割引するようにいっとくよ。それと、狸一匹につき、泥鰌の酢ものを一杯ただにさせよう。
私も合コンに出て良いかな。若いおなごと話すのは面白い。なに、心配するな。愚僧はもうおなごに手を出すような元気はない。ただ、恋愛の相談事程度なら役にたつぞ」
参加者の誰もがみんな、すっかり体も心もリラックスしていた。
そして、気がつくといつの間にかお座敷小唄の歌も舞も終わっていた。誰からともなく立ち上がり、そして大きなスクラムを組んで歌い始めた。
「壊れよ。潰れよ。砕けよ。崩れよ。散れよ。去れよ。滅びよ。滅びよ。滅びよ。そして、立ち上がれ。そして、立ち上がれ」
狸の大合唱はいつまでもやまず、心底狸社会の再生を願う熱い思いとなって、森に響き渡ったという。

人が、真夜中に我執を去ってこれからの行く末を静かに考えていると、その人の耳になんとなく届いてくる音があって、それこそがあの狸達の連綿と続く「滅びよ、立ち上がれ」の大合唱だというまことしやかな説があるとかないとか。

終わり













十一 和解

 こうして最後の一首を読み終わり、それぞれの審査員が一点ずつを投票することになった。審査の経過はここでは省略するが、結果は老狸の勝ちとしたものが四十二票、若者狸の勝ちとしたものが全く同数の四十二票、残りは棄権という意外な結果だった。
 この結果が発表された時は、審査員も一般参加者も驚愕して会場ではざわめきがやまなかったが、罵詈や雑言、ヤジなどは全く飛ばなかった。
これはまさしく希有なことと言わざるをえないが、基本的には狸族はよく躾が行き届いていて礼儀正しいのだと言うことが再確認されたわけだ。
若者が一部跳ね上がっていたのは、なんとなくみんなとは違うぞというデモンストレーションであったのかもしれない。
結論が発表されてからしばらくするとどこからともなく、例の合唱が始まった。
「壊れよ。潰れよ。砕けよ。崩れよ。散れよ。去れよ。滅びよ。滅びよ。滅びよ。そして、立ち上がれ。そして、立ち上がれ」
この大合唱はいつまでも狸大明神の境内に鳴り響き、森の深部にまで届いた。そして、最後には狸亭花鳥が再度凡々和尚とハカセを紹介し、会場は解散することが告げられた。

解散後、ガンジ長老、バン長老、そして それぞれの村の幹部、さらには審査員として参加してくれた山ひとつ向こうの村々の長老と幹部が集合し、話し合いを持つことになった。
議長役は審査員を派遣してくれたA村の長老イチローとC村の長老ジローが務めることになった。
まずはイチローが会議の挨拶をして、イチローとジローが自己紹介をした。もちろん、みんな顔見知りではあるが、改まった席では自己紹介をするのが狸社会の決まり事である。 
そして、おもむろにイチローは口を開いた。
「このたびの狂歌合戦は、奇しくも勝敗が付かず引き分けとなりました。このような結果は、誰も予測をしておりませんでした。狸社会は自由な発言と発想が重んじられます。また、賄賂という習慣もありません。ですから、みんなてんでに勝手に好きなように投票すべきです。だから、一体どちらが勝つのかということには、皆目見当も付かずにいまして、大変関心を持っておりました」
ジローが続ける。
「さて、今回はこのような結果になりましたことを踏まえまして、S村とV村の老狸会と青年団の和解式を執り行いたいと思いますので、賛否の決議を致します」
即座に賛成多数で決議が決まったので、日を改めて和解式が行われることになった。元々、負けた方の青年団が坊主になってそれ以降は全てを水に流して、元の通り仲良く暮らそうという提案で始まった狂歌合戦だったので、引き分けになってほっとしたとうのがほぼ全員の意見でもあった。

以下は、後日行われた和解式の様子であるが、日本人を見ても分かるように、減り張りの利かない挨拶をだらだらと続ける。
日本人の悪いところを見ている日本在住の狸もまた同様であり、そのまま面白くもない挨拶を描写しても無意味なので、いくつかの場面をピックアップしながら、狸達が平和な生活に戻ってゆく様子を見てみたい。
この和解式では、狸の好物の枯れ葉酒が大盤振る舞いされたことは、もちろん言うまでもないことだ。

「凡々和尚。どうも狂歌合戦で鍛えていただきましたことをお礼申し上げます。狂歌か合戦の後で、私達青年団は話し合いました。この狂歌合戦は、元々私達がゲン爺さんやガンジ長老を愚弄したことが発端で、今回の狂歌合戦が始まりました。結果は引き分けということになりましたが、勝ち負けはともかく、今後は私達もご老狸を大切にしていきたいと考え直しました。私達も今は若くても、すぐにゲン爺さんやガンジ長老のようになるのだと、審査員のみなさんの忌憚のない批評で、私達もよく理解できました」
V村の青年団を代表してハカセがそう述べた。
これに対して、凡々和尚は淡々と言うのだった。
「なあに。自分達もいずれは年寄りになると分かればそれでいいのだ。若さがいつまでもあると思うていると大変な目に遭う。もう、君達も十分勉強したと思うから、君達若い者に期待しているぞ。たしかに私ら年寄りは経験に裏打ちされた見方、考え方を持っているが、時としてそれが場合によってはかえって足を引っ張ることもある。昨日の成功体験が明日も有効だとは限らない。また、新しいモノにはなかなか飛びつけない。自分の知っている範囲のことにしか興味がない。つまり、年寄りの冷や水をいやがる。だから、いつまで経っても、摺り切れたレコードみたいに、同じ事ばかりしか言わない。いや、言えないのだ。それで、年寄りが話したことを元にして、時代の要請がどうなのかを見極めて結論を出すのは若い狸達なのだ」
「はあ。これからもよろしくご指導ご鞭撻をお願いします」
「なあに。儂は何も役に立たんが、どこの村にもたくさんの一芸を持った老狸がいる。君達は、それらの老狸から継承すべき一芸を勉強してください。たとえばだ、君達が愚弄したゲン爺さんは鍛冶職人として一流だ。そこのコウ婆さんは裁縫が得意だ。なまじ狸大学に行ったばかりに、口ばかり達者になって一芸を磨かなくなった若狸の多い事よ。まあ、狸大学にも一流から三流以下まであるから、一口には言えないが」
一匹の中年の逞しい体付きの狸が凡々和尚に話しかけた。
「やあ、凡々和尚。今回はお疲れ様でしたな。まあ、一献いかが。おお、ハカセさん達もいたか。ご苦労様でしたね」
「若い狸は羨ましいよ。体力も気力も、まるきりこの年寄りとは違う。経験と判断力なら、まだひけはとらないけれど」
凡々和尚が零して見せた。すると、凡々和尚に話かけていた中年の逞しい狸に、若くて逞しい狸が突然話しかけてきた。
「あのう。あなたは、たしかデンさんですよね。僕は隣村のゲンベといいます。家の親戚から聞いたけれど、デンさんは引っ越し術の名人だとか。今度、僕にも引っ越し術を教えて下さい。僕は、僕の村のみなさんの引っ越しを上手に手伝える狸になりたいのです。想い出が一杯詰まった家を引っ越す狸達に、どんなサポートをすれば、新居で快適に過ごせるのかということを中心に勉強したいのですよ」
「はあ。いいですよ。いつでも。隣村の青年だから、引っ越し術は教えない、などとはい言いませんよ。ただ、現在の掟だとお互いの村に足を踏み入れないことになっているから、それをどうするかだ。お互いにまた昔みたいに行き来するようになればよいが」
その傍らではロンとカンが話している。
「ふむ。カンさんはもう日銭稼ぎをやめて、一芸の修行をしたいと言うのだな。しかし、いささか、カンさんは年を食ってしまったな。まあ、よい。一芸の修行は厳しいぞ。音を上げるなよ。それで、カンさんは何を修行したいのだな。なに。お猿の駕籠屋に弟子入りしたいと」
「はい。ロンさん。よろしくお願いしますよ。もう、日銭稼ぎには疲れました」
さらにその横では、子連れママのミドリが子供と会話していた。
「ほら、マー坊。人間の家にあったスナック菓子の残りもあるわよ。まだ、かなり残っているけれど、これを捨てるなんてもったいないわね。ほら、マー坊、あなたの大好物よ。お食べなさい」
こんな微笑ましい親子の会話を、若い雄狸が割って入った。
この若い狸は、ミドリのことを真剣に愛しているという噂のある狸だ。
「あのう。ミドリさん。考えてくれましたか。僕との生活は」
「タケシさん。ごめんなさいね。私もあなたのことは別に嫌いではないのよ。でもね、私にはこのマー坊がいるしね。こんな子連れのバツイチでは、あなたが苦労するわよ。それに今、私はマン婆様から習っている一芸の裁縫でなんとか社会貢献できているし。あら、そうだわ。手編みの枯れ葉のセーターをあなたに持ってきたのよ。タケシさん。よかったら、着てみて」
「おお。これは、僕にぴったりだ。ミドリさん。僕はきっと立派なマー坊の父親になることを約束するよ。だから、三匹で一緒に暮らそう。狸が一匹で生きていくのは辛いことだが、二匹以上の狸ならなんとか凌げるものだと、僕のお祖母ちゃんがよく言っていたよ」
「タケシさん。あなた、本気で私とマー坊と一緒に暮らしていく覚悟なの。本当にいいのね。こんなバツイチの私でも。本当に嬉しいわ。マー坊。このおじちゃんが、マー坊の新しいパパになる狸よ。ほら、ご挨拶しなさい」
やがて、宴会が最高潮に達した時、ガンジ長老が和解式の締めくくりに余興があると挨拶して、話し始めた。
「本日はS村とV村の老狸会と青年団の和解式に多数の狸にご参加を頂きまして、ありがとうございました。本日は特別ゲストとして、S村唯一の居酒屋『ネボケ』のママさんというよりゴッド・マザーとして有名な『デコちゃん』にお越し頂いています。今日は、和解式を祝して特別に『デコちゃん』が、『お座敷小唄』に合わせて踊りを披露して下さるそうです。みなさん、盛大な拍手でお迎え下さい。それでは、『デコちゃん』、どうぞ」
デコちゃんは、艶やかな衣装に身を包み現れた。人間で言えば、芸者衆のように美しい着物に身を包んでいた。デコちゃんが舞台から聴衆にゆっくりと頭を下げて挨拶をした後で、とても賑やかな演奏が流れた。
「スッチャン、チャカララッチャ。スッチャン、チャカララッチャ」
ハカセは、この歌が流行していた頃はまだ生まれていないが、父親がこの歌が好きで、お酒に酔うと時々歌っていたのでこの歌を全く知らないというわけでもなかった。ただ、お座敷小唄というのは、単に日本人になじみやすい明るいメロディーが特徴というだけの内容のない歌だとハカセは思っていたし、狸族にとっては別に感動するような内容ではないと思っていたのである。
デコちゃんが鮮やかに舞い始めた。
「富士の高嶺に降る雪も、京都先斗町に降る雪も、雪に変わりがないじゃなし、溶けて流れりゃ、みな同じ」
これを生まれて初めて聞いたゴン太はけげんそうに呟いた。
「なんだ、こりゃ。こんな昔の歌は、いったい何が言いたいんだ。雪なんか、どこで降ろうと雪そのものが変わるはずはないという当たり前のことしか言っていないが、こんなんもんで昔は歌が流行ったのかね。でも、どうして富士の高嶺と京都先斗町なんだよ。今なら、ミッドタウンの六本木とかが格好いいと思うけれど。東京は素晴らしい所だよ」
ゴン太の祖父から長老の地位を譲られたバン長老が、落ち着いて特定の誰にということもなく話しかけた。
「いや、これはなかなか奥の深い歌だよ。この歌詞が言っているのは、みんな当たり前のことばかりだ。つまり、当たり前のことを当たり前に受け止めよということさ」
これを横で聞いていたリュウが、頷きながら言う。
「だから、老狸に対するメッセージとしては、年を取れば皺やシミが出来るのは当たり前で、それを嘆いたり不満に思ったりせず、自然なものとして受け止めよ、ということでしょうね。若者に対するメッセージとしては、若いうちは体力、気力、記憶力なんでも十分だけれど、年を取るとそうはいかなくなるぞ、それを自然な変化として受け止めておけ、ということなんでしょう」
ゴン太にはその二匹の狸の会話が理解できなかった。
青年達の傍らで凡々和尚はガンジ長老と感慨深げに話している。
「まったくもって世の中は、『溶けて流れりゃ、みな同じ』ですな。人間も狸も一皮剥けばみんな欲望の塊だし、生きている間はともかく、死んでしまえばみんな灰と骨だけになります。しかし、一皮剥かないで生きているのがこの娑婆の良いところでしょう。みんなが一皮剥いて欲望むき出しで生きていたら、たまりませんよ。この歌は、まさに真理の歌ですな」
「しかし、富士の高嶺に降る雪は、人間や他の動物に踏みつけられずに綺麗なままで溶けますが、先斗町では人間に踏みつけられて泥まみれになって最後には邪魔者扱いにされて、お湯かなんかで強制的に溶かされます。それは大きな違いです」
「そのような違いはあっても、『溶けて流れる』ことには間違いがないんだ、ということがこの歌の力点なんでしょうね」
いきなり、凡々和尚がハカセに呼びかけた。
「ハカセ。こっちに来なさらんか。ガンジ長老とも仲直りされたそうで、愚僧共々語らいあおうではないか」
「はい。すぐにいきます。あっ、長老。今後ともよろしくお願いします。ゴン太も一緒にそちらに行きます」
「どうじゃね、ハカセ。『溶けて流れりゃ、みな同じ』ですぞ。狸、というよりも生き物にはいつかは必ず死が来る。若者もいずれ年寄りになって、死んで灰になる」
「ええ。言われなくても、もう僕達も十分分かりました。『お座敷小唄』というのは、一見ばかばかしい歌ですが、ものすごい真理を歌っていますね。やはり、パンタ・レイですね。万物は流転するんですね。さて、和尚さん。ガンジ長老。それにバン長老もお聞き下さい」
みんな真剣にハカセの話を聞くように、一斉にハカセの方を見た。
「狸社会で昔から言いますよね。『馬鹿な狸は死んだら治る』と。そんな愚かな狸にならないように、僕達S村とV村の青年団は、交互に学習会を開くことにしました。
習得するのは、狸語および外国語、各種動物語、地理。それから、リュウさんは理数系の天才なので、是非ともリュウさんに数学、生物学、統計学などを教えて貰いたいのです。その他にベンジさんにスポーツ関連の理事になってもらい、各種スポーツも勉強します。さらに、職人学校で一芸を習得した若者には各種特典を用意します」
「ははあ。それはよい。学習会の後で合コンや飲み会もあるのだろう。よしよし。私からデコちゃんに話しておくから、『ネボケ』で合コンやら飲み会を開きなさい。うんと、割引するようにいっとくよ。それと、狸一匹につき、泥鰌の酢ものを一杯ただにさせよう。
私も合コンに出て良いかな。若いおなごと話すのは面白い。なに、心配するな。愚僧はもうおなごに手を出すような元気はない。ただ、恋愛の相談事程度なら役にたつぞ」
参加者の誰もがみんな、すっかり体も心もリラックスしていた。
そして、気がつくといつの間にかお座敷小唄の歌も舞も終わっていた。誰からともなく立ち上がり、そして大きなスクラムを組んで歌い始めた。
「壊れよ。潰れよ。砕けよ。崩れよ。散れよ。去れよ。滅びよ。滅びよ。滅びよ。そして、立ち上がれ。そして、立ち上がれ」
狸の大合唱はいつまでもやまず、心底狸社会の再生を願う熱い思いとなって、森に響き渡ったという。

人が、真夜中に我執を去ってこれからの行く末を静かに考えていると、その人の耳になんとなく届いてくる音があって、それこそがあの狸達の連綿と続く「滅びよ、立ち上がれ」の大合唱だというまことしやかな説があるとかないとか。

終わり














十一 和解

 こうして最後の一首を読み終わり、それぞれの審査員が一点ずつを投票することになった。審査の経過はここでは省略するが、結果は老狸の勝ちとしたものが四十二票、若者狸の勝ちとしたものが全く同数の四十二票、残りは棄権という意外な結果だった。
 この結果が発表された時は、審査員も一般参加者も驚愕して会場ではざわめきがやまなかったが、罵詈や雑言、ヤジなどは全く飛ばなかった。
これはまさしく希有なことと言わざるをえないが、基本的には狸族はよく躾が行き届いていて礼儀正しいのだと言うことが再確認されたわけだ。
若者が一部跳ね上がっていたのは、なんとなくみんなとは違うぞというデモンストレーションであったのかもしれない。
結論が発表されてからしばらくするとどこからともなく、例の合唱が始まった。
「壊れよ。潰れよ。砕けよ。崩れよ。散れよ。去れよ。滅びよ。滅びよ。滅びよ。そして、立ち上がれ。そして、立ち上がれ」
この大合唱はいつまでも狸大明神の境内に鳴り響き、森の深部にまで届いた。そして、最後には狸亭花鳥が再度凡々和尚とハカセを紹介し、会場は解散することが告げられた。

解散後、ガンジ長老、バン長老、そして それぞれの村の幹部、さらには審査員として参加してくれた山ひとつ向こうの村々の長老と幹部が集合し、話し合いを持つことになった。
議長役は審査員を派遣してくれたA村の長老イチローとC村の長老ジローが務めることになった。
まずはイチローが会議の挨拶をして、イチローとジローが自己紹介をした。もちろん、みんな顔見知りではあるが、改まった席では自己紹介をするのが狸社会の決まり事である。 
そして、おもむろにイチローは口を開いた。
「このたびの狂歌合戦は、奇しくも勝敗が付かず引き分けとなりました。このような結果は、誰も予測をしておりませんでした。狸社会は自由な発言と発想が重んじられます。また、賄賂という習慣もありません。ですから、みんなてんでに勝手に好きなように投票すべきです。だから、一体どちらが勝つのかということには、皆目見当も付かずにいまして、大変関心を持っておりました」
ジローが続ける。
「さて、今回はこのような結果になりましたことを踏まえまして、S村とV村の老狸会と青年団の和解式を執り行いたいと思いますので、賛否の決議を致します」
即座に賛成多数で決議が決まったので、日を改めて和解式が行われることになった。元々、負けた方の青年団が坊主になってそれ以降は全てを水に流して、元の通り仲良く暮らそうという提案で始まった狂歌合戦だったので、引き分けになってほっとしたとうのがほぼ全員の意見でもあった。

以下は、後日行われた和解式の様子であるが、日本人を見ても分かるように、減り張りの利かない挨拶をだらだらと続ける。
日本人の悪いところを見ている日本在住の狸もまた同様であり、そのまま面白くもない挨拶を描写しても無意味なので、いくつかの場面をピックアップしながら、狸達が平和な生活に戻ってゆく様子を見てみたい。
この和解式では、狸の好物の枯れ葉酒が大盤振る舞いされたことは、もちろん言うまでもないことだ。

「凡々和尚。どうも狂歌合戦で鍛えていただきましたことをお礼申し上げます。狂歌か合戦の後で、私達青年団は話し合いました。この狂歌合戦は、元々私達がゲン爺さんやガンジ長老を愚弄したことが発端で、今回の狂歌合戦が始まりました。結果は引き分けということになりましたが、勝ち負けはともかく、今後は私達もご老狸を大切にしていきたいと考え直しました。私達も今は若くても、すぐにゲン爺さんやガンジ長老のようになるのだと、審査員のみなさんの忌憚のない批評で、私達もよく理解できました」
V村の青年団を代表してハカセがそう述べた。
これに対して、凡々和尚は淡々と言うのだった。
「なあに。自分達もいずれは年寄りになると分かればそれでいいのだ。若さがいつまでもあると思うていると大変な目に遭う。もう、君達も十分勉強したと思うから、君達若い者に期待しているぞ。たしかに私ら年寄りは経験に裏打ちされた見方、考え方を持っているが、時としてそれが場合によってはかえって足を引っ張ることもある。昨日の成功体験が明日も有効だとは限らない。また、新しいモノにはなかなか飛びつけない。自分の知っている範囲のことにしか興味がない。つまり、年寄りの冷や水をいやがる。だから、いつまで経っても、摺り切れたレコードみたいに、同じ事ばかりしか言わない。いや、言えないのだ。それで、年寄りが話したことを元にして、時代の要請がどうなのかを見極めて結論を出すのは若い狸達なのだ」
「はあ。これからもよろしくご指導ご鞭撻をお願いします」
「なあに。儂は何も役に立たんが、どこの村にもたくさんの一芸を持った老狸がいる。君達は、それらの老狸から継承すべき一芸を勉強してください。たとえばだ、君達が愚弄したゲン爺さんは鍛冶職人として一流だ。そこのコウ婆さんは裁縫が得意だ。なまじ狸大学に行ったばかりに、口ばかり達者になって一芸を磨かなくなった若狸の多い事よ。まあ、狸大学にも一流から三流以下まであるから、一口には言えないが」
一匹の中年の逞しい体付きの狸が凡々和尚に話しかけた。
「やあ、凡々和尚。今回はお疲れ様でしたな。まあ、一献いかが。おお、ハカセさん達もいたか。ご苦労様でしたね」
「若い狸は羨ましいよ。体力も気力も、まるきりこの年寄りとは違う。経験と判断力なら、まだひけはとらないけれど」
凡々和尚が零して見せた。すると、凡々和尚に話かけていた中年の逞しい狸に、若くて逞しい狸が突然話しかけてきた。
「あのう。あなたは、たしかデンさんですよね。僕は隣村のゲンベといいます。家の親戚から聞いたけれど、デンさんは引っ越し術の名人だとか。今度、僕にも引っ越し術を教えて下さい。僕は、僕の村のみなさんの引っ越しを上手に手伝える狸になりたいのです。想い出が一杯詰まった家を引っ越す狸達に、どんなサポートをすれば、新居で快適に過ごせるのかということを中心に勉強したいのですよ」
「はあ。いいですよ。いつでも。隣村の青年だから、引っ越し術は教えない、などとはい言いませんよ。ただ、現在の掟だとお互いの村に足を踏み入れないことになっているから、それをどうするかだ。お互いにまた昔みたいに行き来するようになればよいが」
その傍らではロンとカンが話している。
「ふむ。カンさんはもう日銭稼ぎをやめて、一芸の修行をしたいと言うのだな。しかし、いささか、カンさんは年を食ってしまったな。まあ、よい。一芸の修行は厳しいぞ。音を上げるなよ。それで、カンさんは何を修行したいのだな。なに。お猿の駕籠屋に弟子入りしたいと」
「はい。ロンさん。よろしくお願いしますよ。もう、日銭稼ぎには疲れました」
さらにその横では、子連れママのミドリが子供と会話していた。
「ほら、マー坊。人間の家にあったスナック菓子の残りもあるわよ。まだ、かなり残っているけれど、これを捨てるなんてもったいないわね。ほら、マー坊、あなたの大好物よ。お食べなさい」
こんな微笑ましい親子の会話を、若い雄狸が割って入った。
この若い狸は、ミドリのことを真剣に愛しているという噂のある狸だ。
「あのう。ミドリさん。考えてくれましたか。僕との生活は」
「タケシさん。ごめんなさいね。私もあなたのことは別に嫌いではないのよ。でもね、私にはこのマー坊がいるしね。こんな子連れのバツイチでは、あなたが苦労するわよ。それに今、私はマン婆様から習っている一芸の裁縫でなんとか社会貢献できているし。あら、そうだわ。手編みの枯れ葉のセーターをあなたに持ってきたのよ。タケシさん。よかったら、着てみて」
「おお。これは、僕にぴったりだ。ミドリさん。僕はきっと立派なマー坊の父親になることを約束するよ。だから、三匹で一緒に暮らそう。狸が一匹で生きていくのは辛いことだが、二匹以上の狸ならなんとか凌げるものだと、僕のお祖母ちゃんがよく言っていたよ」
「タケシさん。あなた、本気で私とマー坊と一緒に暮らしていく覚悟なの。本当にいいのね。こんなバツイチの私でも。本当に嬉しいわ。マー坊。このおじちゃんが、マー坊の新しいパパになる狸よ。ほら、ご挨拶しなさい」
やがて、宴会が最高潮に達した時、ガンジ長老が和解式の締めくくりに余興があると挨拶して、話し始めた。
「本日はS村とV村の老狸会と青年団の和解式に多数の狸にご参加を頂きまして、ありがとうございました。本日は特別ゲストとして、S村唯一の居酒屋『ネボケ』のママさんというよりゴッド・マザーとして有名な『デコちゃん』にお越し頂いています。今日は、和解式を祝して特別に『デコちゃん』が、『お座敷小唄』に合わせて踊りを披露して下さるそうです。みなさん、盛大な拍手でお迎え下さい。それでは、『デコちゃん』、どうぞ」
デコちゃんは、艶やかな衣装に身を包み現れた。人間で言えば、芸者衆のように美しい着物に身を包んでいた。デコちゃんが舞台から聴衆にゆっくりと頭を下げて挨拶をした後で、とても賑やかな演奏が流れた。
「スッチャン、チャカララッチャ。スッチャン、チャカララッチャ」
ハカセは、この歌が流行していた頃はまだ生まれていないが、父親がこの歌が好きで、お酒に酔うと時々歌っていたのでこの歌を全く知らないというわけでもなかった。ただ、お座敷小唄というのは、単に日本人になじみやすい明るいメロディーが特徴というだけの内容のない歌だとハカセは思っていたし、狸族にとっては別に感動するような内容ではないと思っていたのである。
デコちゃんが鮮やかに舞い始めた。
「富士の高嶺に降る雪も、京都先斗町に降る雪も、雪に変わりがないじゃなし、溶けて流れりゃ、みな同じ」
これを生まれて初めて聞いたゴン太はけげんそうに呟いた。
「なんだ、こりゃ。こんな昔の歌は、いったい何が言いたいんだ。雪なんか、どこで降ろうと雪そのものが変わるはずはないという当たり前のことしか言っていないが、こんなんもんで昔は歌が流行ったのかね。でも、どうして富士の高嶺と京都先斗町なんだよ。今なら、ミッドタウンの六本木とかが格好いいと思うけれど。東京は素晴らしい所だよ」
ゴン太の祖父から長老の地位を譲られたバン長老が、落ち着いて特定の誰にということもなく話しかけた。
「いや、これはなかなか奥の深い歌だよ。この歌詞が言っているのは、みんな当たり前のことばかりだ。つまり、当たり前のことを当たり前に受け止めよということさ」
これを横で聞いていたリュウが、頷きながら言う。
「だから、老狸に対するメッセージとしては、年を取れば皺やシミが出来るのは当たり前で、それを嘆いたり不満に思ったりせず、自然なものとして受け止めよ、ということでしょうね。若者に対するメッセージとしては、若いうちは体力、気力、記憶力なんでも十分だけれど、年を取るとそうはいかなくなるぞ、それを自然な変化として受け止めておけ、ということなんでしょう」
ゴン太にはその二匹の狸の会話が理解できなかった。
青年達の傍らで凡々和尚はガンジ長老と感慨深げに話している。
「まったくもって世の中は、『溶けて流れりゃ、みな同じ』ですな。人間も狸も一皮剥けばみんな欲望の塊だし、生きている間はともかく、死んでしまえばみんな灰と骨だけになります。しかし、一皮剥かないで生きているのがこの娑婆の良いところでしょう。みんなが一皮剥いて欲望むき出しで生きていたら、たまりませんよ。この歌は、まさに真理の歌ですな」
「しかし、富士の高嶺に降る雪は、人間や他の動物に踏みつけられずに綺麗なままで溶けますが、先斗町では人間に踏みつけられて泥まみれになって最後には邪魔者扱いにされて、お湯かなんかで強制的に溶かされます。それは大きな違いです」
「そのような違いはあっても、『溶けて流れる』ことには間違いがないんだ、ということがこの歌の力点なんでしょうね」
いきなり、凡々和尚がハカセに呼びかけた。
「ハカセ。こっちに来なさらんか。ガンジ長老とも仲直りされたそうで、愚僧共々語らいあおうではないか」
「はい。すぐにいきます。あっ、長老。今後ともよろしくお願いします。ゴン太も一緒にそちらに行きます」
「どうじゃね、ハカセ。『溶けて流れりゃ、みな同じ』ですぞ。狸、というよりも生き物にはいつかは必ず死が来る。若者もいずれ年寄りになって、死んで灰になる」
「ええ。言われなくても、もう僕達も十分分かりました。『お座敷小唄』というのは、一見ばかばかしい歌ですが、ものすごい真理を歌っていますね。やはり、パンタ・レイですね。万物は流転するんですね。さて、和尚さん。ガンジ長老。それにバン長老もお聞き下さい」
みんな真剣にハカセの話を聞くように、一斉にハカセの方を見た。
「狸社会で昔から言いますよね。『馬鹿な狸は死んだら治る』と。そんな愚かな狸にならないように、僕達S村とV村の青年団は、交互に学習会を開くことにしました。
習得するのは、狸語および外国語、各種動物語、地理。それから、リュウさんは理数系の天才なので、是非ともリュウさんに数学、生物学、統計学などを教えて貰いたいのです。その他にベンジさんにスポーツ関連の理事になってもらい、各種スポーツも勉強します。さらに、職人学校で一芸を習得した若者には各種特典を用意します」
「ははあ。それはよい。学習会の後で合コンや飲み会もあるのだろう。よしよし。私からデコちゃんに話しておくから、『ネボケ』で合コンやら飲み会を開きなさい。うんと、割引するようにいっとくよ。それと、狸一匹につき、泥鰌の酢ものを一杯ただにさせよう。
私も合コンに出て良いかな。若いおなごと話すのは面白い。なに、心配するな。愚僧はもうおなごに手を出すような元気はない。ただ、恋愛の相談事程度なら役にたつぞ」
参加者の誰もがみんな、すっかり体も心もリラックスしていた。
そして、気がつくといつの間にかお座敷小唄の歌も舞も終わっていた。誰からともなく立ち上がり、そして大きなスクラムを組んで歌い始めた。
「壊れよ。潰れよ。砕けよ。崩れよ。散れよ。去れよ。滅びよ。滅びよ。滅びよ。そして、立ち上がれ。そして、立ち上がれ」
狸の大合唱はいつまでもやまず、心底狸社会の再生を願う熱い思いとなって、森に響き渡ったという。

人が、真夜中に我執を去ってこれからの行く末を静かに考えていると、その人の耳になんとなく届いてくる音があって、それこそがあの狸達の連綿と続く「滅びよ、立ち上がれ」の大合唱だというまことしやかな説があるとかないとか。

終わり






















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狸の和解 十 最後の一首 [小説]



とうとう最後の一首の詠み比べの時が来た。もう、あまり時間もないので、狸亭花鳥はすぐに凡々和尚に最後の一首を提示するように求めた。
 
「すぐキレる我慢を知らずムカツけば極楽さえも地獄とぞなる」

「本当に最近の若者は我慢するということを知らないですね。団塊の世代ジュニア以下の若者は、兄弟も少なく甘やかされて育ったのです。人間も狸もこれは同じことです。ただ、狸にとっては人間の乱開発のために、住居可能な地域が減少し、徐々に民家の近くに移行せざるをえなくなりました。だから、ホームレスの狸も増加しました。あっ。そう言えば、凡々和尚は、狐狸狐狸寺の使用していないお堂の床下を、ホームレス狸に提供しているそうですね。慈悲深いことです。どんな狸であっても区別せずに受け入れているようですよ。そのかわりに、そのホームレスに住む狸は、食用のカエル、ネズミ、バッタ、果物、木の実などありとあらゆる餌を捕獲しなければなりません。自分達が捕獲したものを好き勝手に食べることは許されませんので、一旦は全ての餌をお寺に寄進します。それから、適当なバランスのよい食事が住民に提供されます。ですから、住居、食事、それに本能を保つための運動など全てが保証されているのです。これは、素晴らしいことですよ」
「昔はどこの家でも兄弟が多かったから、自分のわがままなんか通りませんでした。しかし、子供の数が少ないと必要以上に甘やかされて、スポイルされます。ですから、自分の思うようにならないと、我慢出来ずにキレる若者が大いのでしょうかねえ」
「そうなんでしょうか。残念ですね。でも、和尚の歌にあるとおり、ムカツクという態度は、普通に考えれば良いものさえも悪くなりますね。要は心の持ちようだということでしょうもね」
「私も経験があります。人間に化けて東京の新宿で働いたことがあります。その頃、私は通勤電車で大森から新宿まで通っていました。この通勤電車というのは、働く人が一斉に電車に乗って移動するわけですから、普通の狸には想像を絶するような混み具合です。
つまり、みんな嫌な思いを抑えて我慢して電車に乗っているわけですよ。だから、多少体を押されても、引っ張られてもお互い様なんです。ところが、ある日、長髪のいかにもまともな職に就いていないような若者が、突然隣の中年のサラリーマン風の男性に怒り出したんです。まあ、電車の中だから殴り合いをするほどの空間はありません。それで、言葉の応酬でしたね。これは、聞くに堪えないようなひどいことを言っていました。中年の男性は怒っていましたが、さすがにこんな馬鹿と言い合いをしても仕方がないと思ったのか、黙って聞いていました。そして、次の駅で降りて電車を代えましたね」
「それに似た経験は僕にもありますよ。やはり通勤電車の中です。僕はインターネットで知り合った人間の友達がいまして、そいつとは電車の趣味が似ていたものですから。そいつが、ホストをしていましてね。僕はその男と会うために、通勤電車に乗っていたんですよ。雨の日でした。電車の中で、僕の腰のあたりに何か固いモノが当たるんです。何かと思っていると、僕よりも少し年かさのサラリーマン風の男が持っていた傘の先端が僕の腰に当たっていたんです。それで、僕がジロリと睨むと、謝りもせずにこう言ったんですよ。『なんだよ。まったく、ムカツク野郎だな』と。僕は、驚きましたね。悪いのは傘を当てている自分だという意識が全くないんですね。傍若無人とはこういう場合に使うのかとも思いましたが」
「ものの見方を変えれば極楽も地獄であるし、地獄も極楽というのは、いかにも仏教の坊主らしい狂歌ですね。はっきりと言えることは、若者にもいずれは老いが忍び寄るということです。いつまでも若々しくいられるということはありません。だから、若者も一方的に老人を愚弄せずに、学べる所を学べば良いと思います。もっとも、自分の経験からしか物事を判断できないような老人では困ります。経験も大切ですが、知識や智慧も大切なものです」
そのやり取りの後、暫く沈黙があったが、司会の狸亭花鳥がうまく間をとって催促した。
「さあ。いよいよハカセさんの最後の一首です。この一首が終わると、すぐに採点に入ります。審査員の方は今までの狂歌と審査員の意見や批判を参考に採点してください。くどいようですが、どちらの方が狂歌を上手く詠んだか、ということではありません。老人と若者のどちらにより反省させられる材料を含んでいたか、ということです」
ハカセは切羽詰まっていた。挑戦状を受けた時には、老人を愚弄することくらいは朝飯前だと思っていたが、気持ちが変化してしまった。であるにも拘わらず、もう一首若者代表として「頑張ら」ねばならぬのだ。

「過去ばかり振り向きたがる鈍くなるせっかちになる頑迷になる」

「そうだ。そうだ。年寄りはすぐに昔は良かったとか、今時の若者はなっていないとか言いたがる。若者が何を考えているのか、もっと若者の気持ちを理解するように努めたらどうだと思う」
「本当に年寄りというのは、動作が鈍くなるのに、気持ちはせっかちになるんだ。合点がいくよ。この狂歌でいいたいこと」
まるで、ノルウェーの有名な画家ムンクの代表作である『叫び』にある人間のような、狸にしては珍しく痩せ細った変な顔の狸が憎々しげな表情で叫んだ。身内か知り合いにこの手の老狸がいるのだろうと思われた。
「年を取れば動作が鈍くなるのはどうにもならないな。自分の動作が鈍った分だけ、気持ちが焦るのだろうけれど、本当にせっかちになる。頑迷になるのはこれも老狸には顕著だなあ。自分はもう生きている時間も限られるし、絶望しかない。従来の自分のやり方を変化させるのは受け入れられない。何よりも面倒である。もういいではないか、俺の好きにさせてくれ。おそらくそのような気持ちが混じり合って、頑迷だとか頑固だとか言われる態度になってしまうのではないかな」
「でも、老狸でなければ伝えられないことだってたくさんあるよね。伝統を伝承するにはそれなりに年齢を重ねていないと、知らないことや分からないことがある。アニメの『ドラゴンと老師』だって、老師はかなりの高齢者だぞ。それにも拘わらず、結構スケベな爺さんだけど。まあ、あれはアニメだから」
「そう言えば、家のお祖母ちゃんは、お手玉が上手でね。近所の女の子に、お手玉を教えているけれど、達者だぞ。あれは、やっぱり、自分がみんなから頼りにされているという気持ちが良い方向に働くのかしら」
「家のお祖父ちゃんなんか、少年狸達に竹とんぼの作り方だとか、紙鉄砲の作り方なんか教えているよ。それに、上手な土竜の見つけ方なんかも。そりゃあ、子供達にとっては、驚きの連続で毎日興奮して遊んでいるよ。お祖父ちゃんも孫みたいな少年達に囲まれて嬉しいと言っている。子供達は、時々方を揉んだりしてくれるらしい。昨今は、そういう触れ合いの機会が少ないな」
「人間もまたそうらしいな。樵夫の権三が、最近観光客相手に夏の間だけ『山の中の歩き方教室』なんか開いているそうだよ。権三は、以前はしょぼくれた爺さんだったが、若い観光客相手に山のことを教えるようになってからは、モダンな爺さんになったと、もっぱら評判だそうだ。若い女の観光客にいやがられないようにしているんだと」
「いやあ、実際私も先日権三を見かけてびっくりしたよ。とても以前と同一人物だとは思えないくらいに変身したぞ」
「そうか。要するにだな、お年寄りでも十分にあなたの経験や技術は価値がありますよ。それを社会のために役立てて下さいというお膳立てをしてあげればいいんだ。狸族は一芸で社会に貢献するのが基本だから、それはいいだろう。なんだか、今までお年寄りというともう賞味期限が切れて、価値がないような偏見を持っていたような気がする。実に申し訳ないことだった」
「でも、そういう風に見直してもらえたとしても、年寄りは先がないだけに寂しいのだろうな。未来がすり減って来て自分には過去しかないという気持ちになってしまうと、堪らないだろうな。そうだとすると、もっと家の祖父ちゃんを大切にしないといけないな。いやあ、俺も少し年寄りの気持ちが分かったよ。これからは、村中の老狸にきちんとご挨拶するようにします」
「そう言えば、『春秋に富む』というのは年若く経験が少ないことを言う。それから、転じて先が長いとか将来性があるということを言う。一方、『春秋高し』とは年齢を重ねたということだ。年を取って、これから過ごせる春と秋の数がどんどん減ってくるのは辛いね。
私もこれからは、自分の得意な狸囃子の演奏の仕方など後進に教えながら、せいぜい一日一日を大事に過ごして後悔しないようにしましょうか」
「そうだね。僕達若者も老狸から学ぶべきことはたくさんあるんじゃないか。老狸にも僕達若者の気持ちを理解して貰いたいし」

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狸の和解 九 狂歌合戦再開 [小説]



第三夜を迎えた狂歌合戦は、凡々和尚の先攻だ。
今日の和尚はダンディな格好だ。白のパンツにワインレッドのシャツ、そして群青の上着、黄色の長目のスカーフとカラフルな出で立ちだ。他の狸だったら変な色遣いだと思われるのだが、凡々和尚の出で立ちは様になっていた。

「白球を追う少年は老いやすく薄給に泣く中年になる」

「ははあ。また和尚の得意な言葉遊びで攻めて来ましたね。白球と薄給ですか。さて、題材になった少年はきっと野球に夢中になっていたんでしょうね。我々狸族の間でも野球は盛んですからね。ベンジさん、この題材はスポーツ関係なので、ベンジさんに是非解説頂きたいと思います」
「僕にも見覚えがあります。僕は狸族のプロスポーツ選手になる前には、テニス、野球、バレー、サッカーなど多種目に亘り勉強してきました。最後にテニスを選んだのですが、当時の僕はまだ高校生にもなっていなくて、毎日勉強などはほったらかして、遊んでいました。僕が特に夢中だったのが野球です。僕としては、当時は個狸競技よりも、集団でプレーする方が好きでしたね。最後には個狸球技のテニスを取りましたが。野球は全員がひとつの気持ちにならないと勝てません。相手の隙を衝いたり、動揺させたり、いろいろな策を弄したりしました。それこそ、白球を追う毎日でした」
「そうでしたか。それは多感な時代に良い経験だったのでしょうね。えーっと、どなたか審査員の方で、白球を追った経験もあり、また薄給に泣いた経験もあるという方はいらっしゃいますか」
「はい。私はどちらも経験しました」
こう言いながらおずおずと手を挙げたのは、すっかり頭の禿げた貧相な狸だ。
「少年の頃の私は、運動神経が鈍くていつもベンチを温めていました。最後の試合の時に、監督さんが僕をライトに起用してくれました。私に打順が回ってきた時、人生、いや狸生で最初にして最後のツーランを放つことが出来ました。私は守備に関しては下手だったけれど、打撃は密かに特訓を重ねていて、特訓の結果を出すことができました」
そこまで話すと、一息ついてまた話し出した。
「私の実家の親が早死にしたもので家計が苦しかったので、人間に化けて普通の会社に勤務した経験があります。この時の経験が、以後の私の狸生を決めました。勤務先が中小企業で、おまけに社長がワンマンしかもドケチだったので、給料は安かったですね。まさしく薄給でしたよ」
「そうですか。それは大変でしたね」
いつになく、花鳥もしんみりとした口調だ。
「薄給であっても、ワンマン社長の会社であっても、私がその会社に勤務し続けたのは、社長の娘さんが社長を手伝って、総務や経理を仕切っていたからです。この娘さんは、ワンマン社長の欠点を全て克服したような素晴らしい人格の持ち主であり、おまけに大変可愛い女性でした。会社全員の憧れであり、アイドルでしたよ。取引先も仕入れ先もみんな誰もがこの娘さんのことを、口を極めて褒めていたものです。ワンマンの社長はみんなから敬遠されていましたが、この娘さんはみんなから慕われていました。口の悪い人は陰でこの親子のことを『鳶鷹』と言っていました。つまり、鳶が鷹を生んだということです。その会社に勤務し出して暫くしてから、この人を手伝うことに私は生き甲斐を見いだしていました。この人は結婚もせずに会社を盛り上げようと頑張っていましたが、三十を目の前にして急性白血病で手当の甲斐なく突然亡くなりました。私は目の前が真っ暗になりましたよ。呆然としてしばらくは痴呆になったような状態でした。私は狸のくせに人間になりきったつもりでいて、いつの間にかこの女性に恋をしていたのですね。その女性が亡くなってからは、好きだったたばこも酒もやめました。そして、私は雌狸を口説いたりせずに現在に至るまで独身を貫きました」
「えーっ。狸のあなたが人間に恋をして、その後独身を貫いたですと」
「今でも心の中では、その女性と結婚したつもりでいます。私は狸のくせに、ですよ。今でもその人の命日には、その人が好きだったバラ、百合、桔梗などの様々なお花を供えています。こんなことを言うと変に聞こえますが、私は大切な人を亡くすという哀しい経験をしましたので、逆に全てが良い想い出になりました。前回でしたか、狸族も人間も哀しみという感情がいかに大切かという議論がありましたけれど、私も全くその通りだと思います。ただ、あの時は私の中に哀しみが強くこみあげてきて、口を開く気になりませんでした」
ここで会場は水を打ったように静かになり、どこからともなく啜り泣く声が聞こえて来たが、貧相な狸は続けた。
「ですから、独身だったら給料なんて薄給でもなんでもいいではないかと思います。自分の好きな事をしたり、男女を問わず自分の好きな人や波長が合う人のために、たとえば上司でも幹部でもいいのですが、働くのであれば楽しいと思います。ただ、所帯持ちにとってあまりの薄給はやはり辛いですよ。私は独身だったから、全く構わなかったのですが」
雌狸の中には感動のあまりに号泣し出す雌狸もいて会場はざわめいた。
一匹の元気のよい若い雌狸が立ち上がって発言した。
「給料の話をするのはどうかという狸もいますが、私は大いに話をすべきだと思います。私は人間に化けてU市内の介護施設で働いています。私は、近い将来、A村に介護施設を作りたいのです。大好きだったお祖父ちゃんの面倒を見てあげられなかったのが残念だからです。これだけ高齢化が進むと、もっと介護施設の充実を図り、介護関係で働く人の給与を上げてたくさんの働き手を確保しなければいけないのに、狸府はなにもせずに手を拱いているだけです。ですから、私は人間の介護施設で勉強してノウハウを身につけたいのです。あ、肝心な話を忘れるところでした。人間の営む介護産業でも薄給ですよ。一番たくさん給料をもらってもいいような重労働なのに給料は安いですね。」
「へえ。なぜなんだろうね。介護産業はもっと良い給料だったら働き手は多いと思うけれど」
「この国はずっと製造業重視の姿勢で来たから、政府は介護産業を重点的に考えるという癖がまだ付いていないのだろうな。そのうちに、介護産業の重大さが分かるさ。民間で出来ることは民間に、という姿勢だったけれど、介護産業は全国民が意識的に育成しないと高齢化がますます進行してそのうち重大な影響が出るぞ」
「ロック歌手のベーちゃんが歌った歌詞には、たしか『止まっておくれ、今この時よ』なんて文句があったな。和尚の歌の意味は、時間は止まらないし不可逆なので、今は少年でもあっという間に中年になるぞという意味だな。そして、中年になればあっという間に年寄りになる。年を取ったらあっという間にあの世に旅立つのが生き物だということだな」
「生老病死の四苦とは、お釈迦様はまさしく生き物のことをよくずばりと本質を言われたものだ。生き物がこの四苦から逃れるには、まさしく執着から逃れるしか方法がないとよく理解できるな」
「さきほどの話で、三十直前に突然亡くなられた女性の話が出ました。年を取らなくても突然死ぬことはあるのです。だから、毎日を真剣に生きなければならないのですよ。明日死んでも後悔しないようにね」
「そう言えば、この国で人間の若い者から先にどんどん戦争で死んでいったのは、人間の時間でも七十年程度前のことだ。あの当時は、日本国民全員が狂気の真っ只中にいたのだ。『天皇陛下万歳』と叫びながらお国のために死んでいくことだけが、国家に対する忠誠心のあり方であり、それ以外の生き方をするのは、日本国民とは呼ばないという状況だった。前途のある若者が、女を抱くこともなく、美味しいものを食べることもなく、本心がどうであれ、お国のために、そして天皇陛下万歳と叫んで死んで行かざるをえなかったのだ。なんという単一な価値観、個人の自由や生き方を無視した、日本人はかくあらねばならぬ、という押しつけの極みだ。そして、これはまた、そのような時代に生きた人は、哀しみの極みを味わったとしか言いようがないのではないか。それに比べると、今の狸族は全く平和なものだ。個性や自由というのを楯にして、義務を放擲し、好き放題、やり放題だ。それにしても、若い者から先に死ぬというのは、どう考えても哀しいな」
「そうやで。若い者は自殺なんか考えんと、しっかりと生きなアカンで。今ではたださえ長生きしてきた年寄りがもっと長生きしたいとうとるで。アンチ・エイジングたら言うて、あの手この手で長生きしたいらしいわ。口を開けば健康情報の洪水や。あの悲惨な戦争で、ほんまは、『おかん。今までありがとう』と叫んで死にたかったのに、無理して『天皇陛下万歳』と叫んで死ぬしかなかった若者達のことを考えると、ただ長生きしたいとばかり言うててええんかいなと、ワイは思うで」
「生き物は、生殖が終わればだいたい後の時間はおまけみたいなものだと、偉い学者が言うとった」
「そう言えば、鮭は産卵が済むとすぐに死ぬな」
「餌になる動物がいる。餌を獲る動物がいる。いったい、生物はなんのために生まれて来るのかな。遺伝子を伝えるためなんだろうか。それとも、何か目的があるんだろうか。この地上では絶滅していく生物が何万種類といるとも言われているな」
「そんなことは、我々狸族は考えないでいいんだ。そんな複雑なことは人間だけが考える。だから、動物の中でも自殺するのは人間だけだ」
「他にも自殺する動物はいるらしいけれど、それらはどちらかというと、そうする方が種のためになると本能が判断するからだろうね。それと比べると、人間の自殺は不可解だよ。うつ病という精神の病があって、うつ病の罹患者は自殺するケースがあるらしい」
「なんと。人間という生き物は病のせいで自殺するのか。我々狸族にはそんなのはないな。よかった」

狸亭花鳥がステージに現れて、ハカセに次の狂歌を促した。
ハカセはいつになく自信なさそうにステージをとぼとぼと歩く。
実は、ハカセは挑戦状を受けた時には、老人をからかう種はいくらでもあると思っていた。
しかし、凡々和尚と狂歌を競ったり、審査員がてんでばらばらに批評するのを聞いていると、だんだんと自信をなくした。
そして、ついこの前まで考えていた、青春こそが大切であり、老残の時間は残酷だという考えが自分の内部で徐々に崩壊するのが分かった。しかし、自分は若者代表として頑張らねばならないのだ。
実は、挑戦状を貰ってから毎日のようにV村の青年団員全員から、頑張れという激励や応援の言葉を貰う度にうんざりしたのだ。
狸を見るとすぐに、「頑張ってください」というのが口癖のような狸府の狸住民の単一な思考にうんざりしていたのだ。
元々は、「頑張る」とは当て字であり、「我を張る」というのが転じたものだと、人間の作った辞書で知っていた。
東北地方の方言の「けっぱれ」とは「気張る」の意味だろうし、「じょっぱり」というのは「情張る」から来ているのだろうと思っていた。
だから、ハカセはいったい「我を張る」ことがいいのかどうか、迷うようになっていたのだ。
好き勝手なことを言う審査員の批評を聞くうちに、我を張らなければ生きるのが楽になるのではないかと、段々と思うようになったのだ。最初の内は、馬鹿どもが何を言うかとと思っていたのだが。
そして、例の「滅びよ。そして立ち上がれ」の大合唱を聞いた時、狸族はこんなにもこの国を愛していたのだと知り、感動したのだった。
ハカセは、自分では感性よりも知性を重んじる狸だと信じていたので、自分があの大合唱に感動したこと自体が不思議でもあり、また新たな感動を呼び起こすのであった。
若者も老人もなく、単なる狸族としての愛国心ゆえに、こんな現状は「滅びよ」と気持ちがひとつになったのだ。
そして、もちろん滅んだままでは、本当に滅亡する。だから、廃墟の中から雄々しく立ち上がるのだ。そして、新しい価値観と倫理観でこの国を作り直そうという思いから、狸族全員が合唱したことに感動したのだ。
本当のところはそんな気持ちなのに、これからあと二首も老人を愚弄した狂歌を自分が作らねばならないことが嫌になっていた。だから、ハカセは今日の戦いは大変気が重いのだった。
しかし、義務感から勇を奮って仁王立ちしたハカセは、昨晩いやいやながら作った狂歌を詠んだ。自分で考えても出来栄えはまるで駄目だと思った。ただ、作るからには老人をとことん愚弄してやらねばならない。
そこで、老人になれば減少するものと、逆に増大するものがあるだろうが、それは何かを考えた。肉体的特徴は仙厓義凡の老人六歌仙ですでに十分に詠み込んであるので、意識面での増大要因を模索した。そして、今その狂歌を発表するのだ。
ただ、ハカセはこの狂歌を若者向けに、単なる老人批判では駄目だよ。自分達はあのようになるまいという自戒の意味を込めたが、果たして老人を遣り込めることしか考えていない若者達に通じるだろうか。
それにしても、確かにS村の青年団の狸達は、自分達の村の若者と違って、まだ長幼の序とか、老人への敬愛とか、自分達が捨てつつある価値観や伝統的考え方を捨てていないことに疾うに気づいていた。
ともかく、今は狂歌に集中したいと考え、声の限りに詠み上げた。

「肥大する前立腺と名誉欲不安妄想孤独絶望」

「たしかに実際男性であれば中年以降では前立腺が肥大します。この問題は深刻で、最悪の場合は前立腺ガンになりますからね。そして、老人になると不安や妄想に支配されます。嫁が自分の悪口を近所に言って回っているとか、ありもしないことを言いますね。自意識が肥大しているのでしょうか。そして、ますます孤立して孤独になるし、絶望するのですが、みんな自分が播いた種ですね。まあ、それだけ頑固になるということでもありましょうか」
「前に『感情の老化』という問題が取り上げられました。今回も詠み手はこれをからかっているのでしょう。ささいなことに拘泥するようになったら、年を取った証拠だと思わねばなりません。お互いに自戒しましょう」
「人間を観察していると、人が老いると名誉欲が強くなるのはかなり頻繁に見られる傾向ですね。特に社会的地位があるような人は、老いとともに勲章を欲しがります。これは狸も同様です」
「儂は、勲章なんか全然縁がないから、そういう気持ちは全く分からんけれど」
「そうそう。名誉欲が強くなるというのは、狸の坊主も同じことだな。今の権大僧正はそうでもないが、先代の権大僧正はとにかく大僧正になりたくて、かなり猟官運動をしたとも聞いている。私の家はあの寺の古くからの檀家だから、色々とうわさ話が聞こえてくる。まあ、坊主だって狸なんだから、欲望はあるだろう。名誉欲というのはやっかいなもので、自分の価値観なり業績を自他共に認められるのが楽しみのひとつであるのは、それになりに理解できるがね。凡人、いや、凡狸には誇れるような実績はないが。でも、この凡々和尚というのは無欲恬淡な狸だと聞いているが。私は山をひとつ越えた村に住んでいるだから、よく知らないけれども」
「それにだ、年を取ると遠慮というものがなくなる。遠慮がないということは、他の狸に対しての配慮に欠けるということだ」
「ああ、全くだな。服装も構わない。髪も伸び放題、ひげも手入れしない。これでは煙たがられるのはしかたがない。異性にモテようと思うと、自然に身なりにも気をつけるだろう。だから、異性を意識するのは、年を取ってからも大切なことだ。直接的かつ直線的な男女間の触れ合いというものは減るにしても、心理面でとてもよいことだと思う」
「そういう狸達は、今の地位に上がるには他の狸を押しのけて、若い有能な狸は将来のライバルとして浮上してこないように地方へ飛ばすなどして退けてきたはずだよ。それなりの地位や名誉を手に入れた狸達は、まだ飽きずに勲章も名誉も欲しいのさ」
「でもなあ。なんだかどれもこれも老人を扱ったハカセさんの狂歌は、確かに老人欠点を突いている。しかし、肉体的な問題はどんなに若い狸であっても、いずれは自分達もそのようになるのだから、そのことで老人をからかってもしかたがないと思うけれど」
「いや。きっと自戒の意味もあるのではないかな。自分達はあのような老人にはなりたくないし、なってはいけないと自戒しているんだよ。そうとしか思えない」
「そうだね。ボンさんが言うとおりだと思うな。学ばないでいると、いたずらに白髪ばかり頂いた人の言うことも聞けないただの老い狸に成り下がる。今は若くて、老い狸を批判しているような若者も、学ばなかったら、自分自身が批判の対象の老い狸そのものになり、今度は自分が若者から批判される立場になる。だから、自戒しながら批判しているんだろうと、僕は好意的に受け止めているんだが。どうだろうか」
「なんと言っても、不安は増えるよなあ。年を取ったからと言って早く死んでも構わないなんぞとは、誰も思わないぜ。それより、いつお迎えが来るか心配でしょうがない。老人は誰しも孤独だし、絶望に苛まされるんだよ、本当に」
「一人で生まれて来たのだから、死ぬのも一人さ。あ、一狸だ。どうも、おいらは人間に化けていた時期が長いのでつい、自分を人間だと勘違いするなあ」
すると、恰幅の良い、しかし、蒼白な表情の中年の狸がか細いがよく通る透き通った声で朗々と一首詠み上げた。
「つひに行く道とはかねて聞きしかどたった今とは思はざりしを」
そうして、大木が倒れるようにゆっくりと神社の境内に倒れ込んだ。
「大変だ。急病狸だ。医者はいないか」
「ははあ。なんとも古い歌が出ました。これは、平安朝の有名な在原業平の歌をもじったものです。でも、こんな辞世の歌もなかなかよいものですね」
「ああ。どうやら、急性の病気のようですが、命に関わるような病気なんでしょうか」
「あ、医者狸が脈を診ています。どうやら瞳孔も調べていますね。心臓の病か何かでしょうか」
後日判明したところでは、遺族の話によれば、この中年の狸は長いこと心臓病を患っていたが、死期の近いのを覚悟したのか、審査員の一狸と相談して、今日は審査員として来ていたのだということだった。
この狸はどうしても一首辞世の歌を詠んでから死にたいと、常々親しい狸に漏らしていたというから、こういう死に方も本望であろうと後年話題になった。


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狸の和解 八 突然の出来事 [小説]


 
翌日の第三幕はハカセの先攻で始まった。このイベントに参加している狸全員がもう興奮気味で、夜行性の狸にとっては、今日の夕暮れが待ち遠しかった。
ハカセが詠んだ第三首目はこうだ。
 
「くどすぎる自慢話を聞かされるきく価値はなしはなのなければ」
 
「えーっと。どなたか、意見はありますか」
花鳥が聞くが、審査員にはこの狂歌があまりぴんと来なかったようで、暫く沈黙が続いた。タカシにとっては、解説するのはそんなに難しいことではなかったが、ハカセの技巧を凝らした詠みぶりにあまり感心できずに黙っていたが、沈黙が思ったよりも長かったので、しかたなく重い口を開いた。
「これはまた言葉遊びの典型ですね。凄く技巧を凝らしていますよ。話の『華』と菊の『花』をかけていますね。さらに、『きく』で『菊』と『聞く』をかけています。つまり、本人は華やかな自慢話と思っているかもしれないが、聞く方からすると何の変哲もないし華やかなこともない話だと冷静に聞いている。さらに、菊は花がなければなんの価値ありませんね。この菊の花と、華がないから聞くに値しないとしいうことをかけていますね。なかなか技巧を凝らした詠みぶりですね。しかし、本日の狂歌は技巧の善し悪しを競うわけではありませんからね。技巧を凝らしすぎるというのもどうかと、思いますけれど。実は、この狂歌もまた仙厓義凡の影響が隠れて見えます。しかし、若いハカセがなぜ、仙厓さんの歌から影響が見えるような歌を作ったのでしょうかね」
「そのハカセの今の歌に影響を与えた仙厓和尚の歌というのは、どんな歌なんでしょうか。タカシさん。ひとつ教えて下さい」
「それは、『此花をきくとは言えど耳もなしははありとてもくいのみもせず』という歌です。つまり、聞くと菊をかけています。そして、葉と歯をかけています。なんとも洒脱な詠みぶりですね」
ハカセの技巧は褒めなかったが、本歌については洒脱だと褒めたタカシの心情は、その時どんなものだったのだろう。会場からは、ほーとか、そうかとか、駄洒落だとか、親父ギャグだとかいろんな声が一度に飛び交ったが、壮年のいかにも頑丈そうな狸が立ち上がって意見を述べた。
「これは強烈なパンチですな。たしかに、年寄りの手柄話や自慢話には付き合いかねますね。そんなに自分が偉いのなら、さぞかしたくさんの狸から尊敬されて、賞賛されているものだと思いますが、そういう狸に限って嫌われているし、非難を浴びていますよね。なんとも皮肉なものです」
「ああ。間違いないですね。自分が年寄りになっても、ああいう手合いにはなりたくないと思うのは、そういう自慢話を滔々と続ける狸ですね」
「あれは、もう自分はそれ以上進歩しないんだと、自ら発言しているんですよね。それに気づかないというのはなんとも可哀想だと、僕なんかはむしろ同情しているんですが」
「それにして、話がくどくなるのは老人に特有のものですね。これはどうしてでしょうか。マキノさん。何かコメントをください」
「さあ。私は大脳生理学に詳しいわけではありませんから、コメントのしようがないのですが、能の働きと何か関係があるのでしょうね」
「推測されるのは、記憶が薄れて自分がさっき何を話したかも分からないから、堂々巡りの話になるとか。あるいは、この現世で結局は浮かび上がれなかったこの狸生で、他に自慢することがないから、自分の自慢話だけ繰り返すとか」
「マキノさんのお話の途中で済みませんが、また仙厓さんの話をさせてもらいます。仙厓さんは、前に紹介した他に年寄りのことをこんな風に狂歌っています。『くどくなる気短くなる愚痴になる出しゃばりたがる世話焼きたがる』。それからもうひとつ、『またしても同じ話に子を褒める達者自慢に人は嫌がる』です。こうして考えると、いつの時代も人間も狸も老人の行動というのは似たり寄ったりで、進歩していないと思われます。若者だっていずれは年寄りになるのですから、若い内から気をつけて、こういう嫌われる老人にならないようにありたいものです」
 さすがに、タカシは言うことがスマートだとベンジは思ったが、ベンジは自分の出番ではないと知っていたので、次に自分の出番があるまでは黙っていようと思った。
「まあ。やはり、私の推測したようなことですわね」
「でも、自慢話は人間の本能みたいなものでしょう。自分は他人よりも優れているんだということを示したいという気持ちは、老人にのみ特有というわけではないでしょうし。自分が他人よりも劣っているというのを素直に認めることができるのは、よほど人間ができていなければ至難の業ですよ。そして、それは我々狸も同じです」
「いずれにしても、自慢話は聞くに堪えませんな。そんなにあんたが偉いのなら、なぜ今ここであんたはそんな惨めな状態でいるんだいと、突っ込みを入れたくなりますね」
「問題は同じ自慢話を繰り返すことです。聞いている方は飽き飽きする。一度だけだったら、本狸が満足するまで喋らせておけと思って、右から左に聞き流しますがね」
「老い先が短いぶん、過去の栄光に縋るしかないのでしょうか。それも他狸から見たらたいしたことのない過去に。まさに聞く価値もない話ですね」
「でも、自慢話は老狸に限らないな。若者でもすぐに自慢話したがる奴もいる」
ざわめく会場の審査員をよそに、狸亭花鳥は話を打ち切る。
「さて、お次は凡々和尚の番です。よろしくお願いします」
ハカセに対して凡々和尚はこう詠んだのだった。
 
「バス電車座席譲らずしゃがみ込み他人は無視し化粧さえする」

「ははあ。たしかに多いですね、このような若者は。私も一時は人間に化けて横浜で暮らしていました。人間が利用する交通機関としてバスやら電車がありますが、それらの乗り物には優先席というのがあります。老人、ハンディキャップの人、乳幼児を抱えたお母さん、妊婦などの方々に優先して座って貰う座席で、空いていれば誰が座ってもいいのですが、社内が混んだらそういう人に優先的に座って貰う座席です」
「でも車内が混んできて、目の前にそういう人が立ったとしても、席を譲らない若者がいるよね。あれは鈍感なのか、それとも優先順位のルールを理解していないのか。あるいは、本当に非常なお馬鹿さんで無知蒙昧なのか。おいらには理解できないよ」
「いや、あれは小さい頃からのしつけがよくないからです。子供のくせにすぐに座りたがる子がいて、それを止めようともしない無知な母親がいるから、大きくなってもああいう行動になるのですよ」
「そうですよね。子供は運賃を払っていないのだから、親の膝に座らせるのが当然です。空いている席は、運賃を払っている大人のために明けておくべきです。たとえ、車内ががら空きでもそうすべきですね。子供がいったん座ってもいいと思ったら、車内が混んでいようとお構いなしに次から座りますよ。やはり、しつけの問題でしょうね」
「やはり、そういつしつけが家庭内でなされていないので自己中心にしか物事を考えられない人が増えたのでしょうね」
「しかし、それは人間の問題であり、我々狸族には無関係ですよね」
「いや。この問題は、狸族にも同様の重みがあります。狸族だから、この問題は我々には関係ないという発言はあまりにも無責任です」
「そうですよ。私も同様の意見です。最近狸族の若者はなんでも人間の真似をする。というより、我々狸族は人間に化けて行動するから、どうしても人間の行動を真似るのです」
「そうなのよ。時と場所を構わず化粧をする女子高生狸の問題は、この村でも問題になっていますよ。最近『狸日報』がこの問題を取り上げて特集を組みましたよ。あなたは『狸日報』を読んでいないのですか。インテリ狸には必須ですよ」
「どうせ私はインテリ狸ではなく、餌捕獲係の馬鹿な狸婆さんですよ」
「この村を通るバスの中でも僕はそんな光景を毎日見ています。あれは、隣村の狸のTさんの子供でした。遠い親戚なので本名は言えませんので仮に名前をTさんとさせてもらいます。その子は中学生に化けてバスで駅まで行って、それから電車に乗り換えてU市内の中学に通っていますが、毎日同じ時間のバスが駅まで混み合うのを知りながら、同じ時間のバスの同じ座席に陣取っています。お婆さんがこようと妊婦さんが来ようと絶対に席を譲らないのです。僕は一度その子を見かけて席を譲ったら、と注意を促したんですがね。その子は、僕が遠い親戚だとは知りませんので、おせっかいなお兄ちゃんだとしか思わなかったのでしょう。僕のことをジロッとにらんで、『ウザイぜ』と言いました」
「しゃがみ込みは困りますよね。私も人間に化けてU市内の会社に通勤していますが、駅の階段でしゃがみ込んでいる高校生がいます。階段を通りにくくて仕方がないけれど、何か言おうものなら暴力の嵐になりますから何も言えません」
「暴力を振るうのは人間だけですよ。我々狸族はそんな野蛮な事はしませんよ」
「いや、それが最近では狸族の若者がみんな人間と同様になって暴力を振るっているのです。お宅が知らないだけです。お宅はずっとこの村から出たことがないから、昔の狸族のイメージで考えているのでしょうが、実態はもう全く違います」
「しゃがみ込んでいるのは、他人を無視しているからでしょうかね。他人なんかいないことにすれば、自分達だけの社会が作れるので、それが楽だと思っているのでしょうね。人間も狸も、若者達は」
「しかし、自分達だけの世界なんかあるわけがないのにね。このグローバル社会で。俳句の同人会や短歌の結社みたいな、内向きのことしかない世界はよほど特殊なものですが。それと同じように少人数の世界をつくりたいのでしょうかね」
「いずれにしても、大人も子供もみんな自己中心的な考えに凝り固まって、どんどん退行しているんじゃないかな。だから、日本人も日本に棲息している狸族も全員で滅亡の方向に向かっているんではないかと心配です」
「いや、こんな社会はもう滅びればいいんだ。一度滅んでからもう一度やり直す。それが一番いいのではないか。かつては恥の文化と言われた日本の文化はどこに行ったのか。昔は、人が落とした金銭を見つけると、必ず届けたものだ。しかし、最近では猫ババする狸が多い。ところで、この猫ババの『ババ』は、糞という意味だよ。我々狸族は公明正大に『貯め糞』をするが、猫の奴らは自分の糞をこっそり隠すところからこういうのだ。つまり、猫族は公明正大ではないが、我々狸族は公明正大なのである。謙虚で勤勉、親切で互助の精神に満ちたかつての美しい日本はどこに行ったのか。江戸時代に日本に来たキリスト教の神父が、このような素晴らしい民族は見たことがないとまで賞賛された日本を取り戻すためには、滅亡するのが一番だ。そして、いったん滅亡した廃墟から力強く立ち直るべきなんだ」
すっかり体毛が抜けたかなり年配の痩せこけた狸が、どこからそんな大声が出るのだとびっくりするような大声で叫んだ。

その時、一般参加者として審査員席には座れなかったS村とV村の住民、そして審査員のほとんどが、その年配の痩せこけた老狸の元にかけより、誰からともなくスクラムを組んだ。
そして、静かな合唱が呪文のように狸大明神の境内に響き渡った。
「壊れよ。潰れよ。砕けよ。崩れよ。散れよ。去れよ。滅びよ。滅びよ。滅びよ。そして、立ち上がれ。そして、立ち上がれ」
狸亭花鳥の口は固く閉ざされて、目からは静かに一筋の涙が流れていた。
「壊れよ。潰れよ。砕けよ。崩れよ。散れよ。去れよ。滅びよ。滅びよ。滅びよ。そして、立ち上がれ。そして、立ち上がれ」
狸亭花鳥は感極まって、思いもかけないことを口にした。
「みなさん、しばらくの間この合唱を続けましょう」
境内にいる全員は花鳥の呼びかけなど聞くまでもなく、酔ったように歌い続けるのだった。
大合唱に疲れ切った狸達が空を見上げると、もはや日が昇りかけ、彼方には人影が見えたので、散会となった。


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狸の和解 七 狂歌合戦第二幕 [小説]



凡々和尚はいつにない神妙な面持ちでゆっくりと舞台の上を歩いた。月は中天にあって美しく澄んだ光を地上に照らしていて、ゆったりとした狸囃子が鳴り響いていた。
凡々和尚は聴衆に向かって丁寧におじぎすると、朗々と一首狂歌い上げた。

「努力せず才能もなく自信持ちみさかいもなく人を見下す」

すると会場からおおっという喚声が上がった。
審査員の一人がいきなり立ち上がり、凡々和尚さんの只今の一首は、最近の若者の生態をよく捉えていて秀逸である。誠に最近の若者は傍若無人だと演説を始めた。
狸亭花鳥が慌てて審査員を制止し、興奮した審査員がさらになにやら叫び続けるので、いったん舞台の幕が下ろされた。
しばらくして会場に静粛にするようにと呼びかけるアナウンスが何度か流れると、さすがに閑静な時が訪れた。
その時、舞台は再び幕が開き、狸亭花鳥が先ほどとは違った派手な衣装で現れて、審査再開の合図を告げた。
「さて、只今不都合がありましたので、舞台は一時中断になりましたが、やっと会場が落ち着きましたので、ここで再開させて頂きます先ほどの凡々和尚の狂歌に関して、社会評論家のマキノさんにコメントして頂きます」
眼鏡をかけた細身の中年の雌狸がおもむろに口を開いた。後で聞いたところでは、彼女は狸高校の元校長だという話だ。
「確かに、最近の若者はすぐにキレると言いますよね。どうやら、喜びや悲しみという感情よりも、怒りを感じやすいらしいのです。最近ではその理由は、『低血糖症』ではないかと言われています。低血糖とは血液中の血糖値が低下してしまうものです」
「ああ。その話は聞いたことがあります。なんでも、脳の唯一のエネルギー源はブドウ糖ですよね。脳というのはブドウ糖を大量に消費するんですよね。そして、都合の悪いことには、脳はエネルギーを貯め込むみことができないんですよね。それで低血糖状態が長く繰り返されると、脳に大きなダメージを与えるというんでしょう」
祖母が糖尿病で苦しんでいるので、栄養士から栄養管理について色々と勉強したと、自己紹介した若い雌狸は滔々と自分の知識を述べた。
「よくご存じですね。そのとおりです。さらに付け加えると、脳は低血糖状態を補うために、アドレナリンというホルモンを分泌します。アドレナリンは、別名を『攻撃ホルモン』といいます。アドレナリンが過剰に分泌されると、興奮状態になって、攻撃的になってしまうと言われています」
「たしか、血糖値は急激に上昇すると、下がるときもまた急激なんですよね。だから、ご飯などの澱粉類は血糖値をゆっくり上昇させるけれど、ブドウ糖や果糖を多く含むものを摂取すると、血糖値は急激に上昇するんですよね」
「はい。そうです。ブドウ糖、果糖を多く含むものとして炭酸飲料やスナック菓子類それにファストフード類だと言われます。つまり、ご飯などで栄養が摂れていればいいのですが、炭酸飲料やスナック菓子類それにファストフードの摂りすぎこそが、最近の子供や若者達がキレる原因になっているのではないかと推測されているのです。これは人間の話であり、我々狸族は民家の近くに行って人間の食べ残したスナック菓子類を食べなければいいのですよ」
「でも、スナック菓子類はおいしいよ。僕はとても好きだな。ああ、ママ。この村の島田さんの家の子供が好きなスナック菓子類は、僕にもちょうどいいんだ。あれを食べに行こうよ。島田さんの家に行こうよ」
まだ小さな狸がこう喚くと、あちこちで失笑が起きた。そして、一般参加者であるにも拘わらず、発言をした幼児とその母親は退場を求められた。

「しかし、先ほど舞台が中断されましたが、あれもキレる状態なんですかね。発言されたのは、かなりご年配の方でしたが」
「そうなんですね。最近では人間界でも六十五歳以上の高齢者の犯罪が増加していますね。特に高齢者の犯罪の特徴は殺人ですね」
「これはどういうことが原因なんでしょうか」
「人間の世界には、和田秀樹という精神医学者がいらっしゃいます。この方は『人間は「感情」から老化する』という説を唱えていらっしゃいます。我々狸族もまた人間と同様に、『感情から老化』しているのだと思います」
「あのう、『「感情」から老化』するとは一体、どういうことでしょうか。もう少し詳しく説明して頂きたいのですが」
「一言で言えば意欲、自発性、好奇心というものが減少することです。何をするにしても、面倒だからとか、もうこんなことしなくてもいいだろうとか言い出すと、感情の老化です。世間一般の理解とは違って、『年寄りの冷や水』は感情に良いのです。年寄りが新しいことに挑戦したり、恋をして胸がときめいたりするのはとても良いのです。どんどん好奇心を燃やして、恋をしましょう」
インテリらしい中年の雌狸が顔を真っ赤にしながら叫んだ。
「済みません。少し寄り道しましたね。さあ、凡々和尚の狂歌に戻りましょうか」
狸亭花鳥は如才ないので、発言の方向が少し変化してもうまく修正してくれる。
今度は、壮年のいかにも統率力のありそうな紳士の狸が、落ち着いた口調で切り出した。
「そうですね。最近の若者は、確かに努力もせず、才能もないくせに、変に自信を持っています。我々の世代では、コンプレックスの塊のようで自分に自信を持てなかったものですが。また、人を見下すようなことは、あまりなかったですね。頭のいい人を見ると、俺もあんな風になりたいと思って、勉強に励みました。結果は、残念ながらだめでしたが。  
また、運動の出来る人を見ると、羨ましく思いました。自分を駄目だと卑下することはありましたが、他人を見下すほどの才能もないし、努力もしていないという自覚がありましたから。だから、最近の若者の奇妙な自信には驚かされるのです」
「生き物の『哀しみ』という感情について、あまり深く考えていないことが原因なんだと思うよ」
「そうだね。この国では昔から人間は『哀しみ』というのを、文芸のひとつのテーマにしてきた。古くは『古事記』のヤマトタケルが死んだ時に白鳥となって飛翔していったというイメージは、哀しみに満ち溢れているよね。近いところでは若山牧水という人の有名な『白鳥は哀しからずや海の青空のあをにもそまずただよふ』などというのもそうだし」
「でも、我々は狸族であるし、人間とは違うのだから、一概に同列で論ずるべきではないんじゃないの」
「いや、狸も人間も同じだ。哀しみというのは生き物の根源的な感情だよ。喪失感、挫折感、悔い、屈辱感、そういうものこそ哀しみの源泉だよ。最近は、ポジティブ・シンキングだとか言って、前向き指向だから、そういう哀しみを感じなくなっているのかもしれない」
「そうですね。そういうことは十分に考えられます。哀しみの感情が少ないから、自分の思うようにならないと怒りを感じたり、自分が受容されないとキレるとかの結果を招くのではないかと思われます」
「まあね。肉親の死というのは、狸生の中でも最大の喪失感だろう。私が思うには、最近は死というものが遠ざけられている。それが哀しみの感情を持ちにくくなっているひとつの大きな要因なのではないか」
「そうですわよ。昔は、狸はみんな家で死んだでしょう。でも、最近ではみんな病院でチューブに繋がれてなんとも情けない姿で死んでいきます。もしも、自分の家で自分の目の前で肉親が死んだら、とても哀しい感情が起きるでしょう。昨日まで話していた肉親が、自分の目の前からいなくなるというのは、哀しい感情を起こす。それが、今ではみんな病院で死ぬようになって、死は日常から隠されているために、哀しいという感情が持ちにくくなったのではないかと。実は私の母も狸病院で亡くなったのですが」
「そうかもしれません。日本の狸にとっては、昔から死は穢れでした。しかし、死は全ての生物を訪れます。どんな生物でも、心臓が約十五億回波打つ間は生きます。しかし、どんなに長生きしても、必ず死は来ます。死は穢れなどではありません。冬になれば葉っぱが落ちるように、とても自然な現象です。それを日常から遠ざけるのは、あまりよくないことだと、私は常々思っていました。やはり、同じような考えの方がいらっしゃるのは、心強いですね」
「済みません。なんか話が少し暗くなったので、努力という点について話させて下さい」
そう言うと中年の太った狸が手を挙げた。
「最近ではなんの努力もせずに、すぐに成果が欲しいと考えている馬鹿なやつらが、多すぎますよ。我々狸族は、昔の諺にある、『苦労と努力をしなければ美味しい餌は手に入らない』という言葉をもう一度よく噛みしめる必要がありますね」
「本当にそうですね。まさしく今のご意見の通りだと思います」
「賛成です」
「ええど、ええど。ほんまにそやな。そう思うで」
「えー。もうそろそろ次に移りましょう。今度の後攻はハカセさんです。ハカセさんは、どんな狂歌を作られたのでしょうか。それではハカセさん、どうぞ」
ハカセは自慢の黒く染めた長髪を掻き上げて狂歌った
「うろうろと有漏路さ迷う老い狸無漏路遙かに地獄は近く」

再びタカシが解説を引き受けた。
「ははあ。これは一休宗純という人間の中でも特別に偉いお坊さんの有名な歌を本歌取りしたものですな。これはわかりやすくていいですね。えーっと、一休さんのお師匠の華叟さんが禅の公案を出したわけです。公案とは、簡単に言うと宿題ですかね。それに対して、『有漏路より無漏路へ帰る一休み雨ふらば降れ風ふかば吹け』と答えたので、一休という道号を授かったそうですよ。僕は、あまり宗教には詳しくないので、それ以上は知りませんが」
「有漏路というのはどういう意味ですか。また、無漏路とは」
「えーっと。『有漏路』というのは、迷いの世界のことですな。つまり、煩悩の世界です。これに対して『無漏路』というのは煩悩から解放された悟りの世界です。つまり、仏の世界です」
「ははあ。そうですか。すると、このハカセさんの狂歌は、煩悩の世界をうろうろとさ迷っていて、いつまでも悟りの世界には入れそうもない老い狸のことを言っているわけですな」
「しかし、さ迷う老い狸を攻撃するのは、どうかと思いますよ。認知症などの病気の場合もありますから。病気の場合だとすると、攻撃するのは間違いですよね。いい年をして病気ではなくてさ迷うのは同情に値しませんが」
「でも、老い狸というのが、病気の狸だけ指しているとは限りませんな。確かに、あまりの馬鹿さ加減や欲の深さにさ迷っているとしか思えないようなお年寄りがいることには間違いはないですよ」
「でもねえ。みんなこの地獄のような娑婆を生きているわけですよ。そんなところで、悟りなんか開けるものですかね。私なんかは死ぬまでこの有漏路をうろつくより他に方法があるとも思えませんがねえ。無漏路などは私にはあまり遠すぎて、無縁の場所だと思います」
「いや。全てのものには仏性があるのですぞ。山川草木悉皆仏性です。なんと、山川や草木にも仏性はあるというのですよ。無漏路には誰もが辿り着けるのです。阿弥陀如来の救いはきっとあります。努力なんかせずとも阿弥陀如来の救いは確定しているのです」
「そうですかねえ。救いなんて、そんなものがあるんですかねえ。私は、赤ちゃんの時の自分は純粋なものでしたが、子供の頃から少しずつずる賢くなって、二十歳の頃になると、結局狸というものは、現世の汚辱とか屈辱に塗れて生きていくんだと知りました。仏の救いだとか神の救済なんかはないと思いますよ。だって、神だ、神だと叫んでいる人間は、キリスト教とかイスラム教とか互いに区別し合うし、あの人達は今でも聖戦だとか、異教徒との戦いだとか言って戦っています。でも、宗教心なんかあまりない我が狸族には戦争はありませんよ。ですから、信仰心の篤いことと戦争は何も関係がないと、私は思いますよ」
「同感ですな。狸族には戦争がない。そして、宗教もない。ただ、少なくとも汚辱には塗れている。実際私もまた、ずいぶんと狸の汚さを見てきましたよ。ある狸はお金になることだったら、法律なんかないに等しいという生き方をしていました。愛読書は何ですかと尋ねたら、預金通帳だと言われました。ご趣味は聞くと、金利の計算だと言う。実はその狸に会った後、私は少し馬鹿げた狂歌を作ったことがあります。『死ねるかと預金通帳抱きかかえ布団の中でも金利計算』。まあ、なんとも無様で下手な歌で済みません」
「ははあ。よくいますよね、そういう狸。自分が必死で稼いだ財産なので、他人はおろか子孫にさえも一狸円も渡したくないという狸。基本的には資本主義ではないから格差もないし、生活に困るものでもないのに、なぜか財産を貯め込みたがる狸がいますねえ」
「そうですね。そういう狸は、窖に籠もって布団の中でも金利の計算をするのですね。しかし、それは疲れることますねえ。全くもって有漏路の真ん中です」
「でも、誰だってお金は持っていたでしょう。お金なんかいらないという狸なんかいませんよ。世の中を渡るのにお金は万能ですよ」
「いや。万能ではない。たしかに、お金があれはほとんど全てのモノが手に入る。しかしですな、仮にですよ、本当に仮にですけれど、あなたがたくさんお金を持っているとしても、お金がなくなるという不安は解消できませんよ。たとえお金をたくさん出してもその不安は解消できません。だけど、お金を持っていなければ、そんなお金をなくすという不安はありません。元々ないものはなくすこともないわけですから。つまり、何が言いたいのかというと、お金ではこの世にある形のあるモノは百パーセン手に出来ても、形のない目に見えないものは手に入れられないものがあるということです。このところをよく理解していなければなりません」
(ここで、筆者が顔を出して申し訳ないのですが、いささか狸円について説明します。狸円は日本に住居する狸族の共通通貨です。一芸で社会貢献すると、食料が保証されます。住居はみんなで掘って調達します。餌を狸円に換金することもできます。ただ、普通の狸の場合は狸円を貯めるという習慣がないため、ほとんどが枯れ葉酒への支払いで消えると言います。狸円は、材料としては枯れ葉を使います。若葉やまだ木から落下しない葉は使いません。なお、余談ですが、狸は枯れ葉の布団で温かくして眠ります。また、服の材料にもなります。そして、なんといっても枯れ葉は狸の好きなお酒である枯れ葉酒の重要な材料のひとつでもあります。枯れ葉酒の材料のひとつは枯れ葉です。果物、木の実が原料で、最後に風味付けとして枯れ葉で濾します。それにしても、お金の材料がお酒の材料でもあるとは、なんとも洒落た国ですね)
 
ここで狸亭花鳥が止めに入った。
「いや、待って下さい。その狸の狂歌に呈するコメントではなくて、ハカセの狂歌に対するコメントを出してください」
「たしか、これも一休さんの歌ですがこうあります。『極楽は十万億土とはるかなりとても行かれぬわらじ一足』と」
「それだけ、極楽や浄土というのは我々凡狸にとって遠いということですか」
「そうでしょうね。動物界で最高の知恵を持つ人間にとってさえも、有漏路をうろうろとさ迷って生きていくしかないのだから、我々狸族にとってはもっと厳しいのでしょうな。究極の問題点は、我々狸族の知能の低さですかな」
「いや。人間はただ、我々狸族よりは単に頭が良いというだけだ。頭が良いのと、智慧の豊かさ、人間性や狸性の豊かさは違うぞ。頭が良いからといって心が豊かとは言えない。無漏路に近いのは心の豊かな人や狸だ。頭の良さよりも心の豊かさが問題だ」
「いや、有漏路も無漏路も心の持ちようひとつだという意味で、一休さんはいろいろと表現を変えて歌を詠んだのではないかな」
「心の豊かさというよりも、むしろ、煩悩に執着すればどこもかしこも有漏路、執着を離れればいつでも無漏路ということが言いたいのではないか」
ここで、狸亭花鳥が止めに入った。
「みなさん、少し待って下さい。我々が欲しいのは一休さんの歌のコメントではありませんよ。ハカセさんの狂歌に対するコメントが欲しいのですよ」
「そうさ。たしかに地獄は近いというより、現世がすでに地獄だわ。ありとあらゆる煩悩が私たちを襲う。子を思う親の闇というのもあるし、名誉を巡る思いもある。ラッツ・レースで少しでも他の狸を抜きたい欲望もある。尽きないのは浜の真砂や盗人だけではないのだ。人間の世界では、凡人を襲う欲望と煩悩の波も尽きることがない。我々狸族もまた、欲望と煩悩の波にきりもみにされて生きていくのだ」
「ちょっと待ってくれ。もし欲望が汚いと言うのなら、狸には進歩がなかったはずだ。しかし、欲望は技術の進歩を生み出すぞ。技術の進歩は狸の生活を楽にした。技術の進歩のお陰で、通勤電車で音楽をずっと聴けるような楽しみも増えたぞ。坊主じゃあるまいし、欲望が汚いなどとは、私は思わない。ただ、狸の欲望があまりにも数が多く、とどまることを知らないというのが恐ろしい」
狸亭花鳥が止めたにも拘わらず、まだ堂々と一休の歌に拘泥している。これも、執着のなせるわざなのか。
まあ、どこの世界にも理屈っぽいのがいるのだ。理屈は治らない病気の最たるものかもしれないと、狸亭花鳥はひそかに思った。
そしてここで、狸亭花鳥が再びストップをかけた。
「もはや、東の空には日が昇りました。本日の狂歌合戦はここまでにします。それでは明晩は、ハカセさんの先攻、凡々和尚の後攻という順で、狂歌を詠んでいただきます。
審査員のみなさんの最終審査投票は最後になります。明日も、どちらが反省させられる種を含んでいるのか、よく考えてみてください」


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狸の和解 五 恋愛基本法 [小説]



ガンジがハカセに対して挑戦状を突きつけた頃、日本国狸府は長い歳月をかけて検討してきた奇妙奇天烈かつ、常識をひっくり返すような法律、「恋愛基本法」を成立させた。
長年に亘り日本国狸府は少子化や高齢化に悩んでいた。人間が環境を破壊し、野生動物が棲息する場所がどんどんと失われていったため、生活ができなくなっていったのだ。
狸は「貯め糞」という習性があり、一匹の狸は基本的に同じ場所で糞をする。ところが人間が乱開発することで、狸が生活をする基本となる森林が喪失し、どんどん餌場や糞の場所がなくなっていった。
そのため、最近では生活苦から逃れるために自らホームレスになったり、ほかの狸の餌を横取りするような不逞な輩まで出てきた。生活苦から自然と結婚をしない狸が出てきたので、これが少子化に拍車をかける。
一方では、医療技術の長足の進歩のお陰で、狸も長生きするようになった。尤も、昔ならばある程度長生きした狸は、みんなで餌を少しずつ分けたり、生存を確認する意味で朝夕の挨拶に来たりしていたが、最近ではそういう美徳が狸の世界でも失われつつあった。  
人間の世界では疾うにそのような美徳は失われていた。狸は人間と同様の無様な世界にならないようにと固く誓い合ったのだが、時間の経過とともに、人間と同様に美徳が無くなりつつあった。
だから、狸の世界でもホームレス、孤独死、認知症、少子化、高齢化と人間と同様の現象が起きつつあったのだ。
ただ、人間と違って狸は自殺しない。それは、人間の本能は破壊されているが、狸の本能はしっかりと破壊されずに残されているからだ。
憂慮した全日本狸府は、仰天の「恋愛基本法」を成立させたのだった。余談だが、狸府には官僚は少人数しか存在しないのである。全ての立法も行政も大部分を国会議員が直接担っている。ただし、司法は専門家が担うことになっていた。
官僚の存在はコストがかかり過ぎるという長年の経験に立った反省から、官僚の数もポストも少ないのである。
また、国会議員が民間に委託して立案することも問題はない。その際の費用は国の費用から一定の負担を流用することしが認められている。さて、恋愛基本法の要点を抜き出すと、次のようになる。

全ての狸民は、健全な恋愛をする権利を有する。
全ての狸民は、健全な恋愛の結果として健全な結婚をしなければならない。
全ての狸民は、健全な結婚の結果として健全な子供を産まなければならない。
全ての狸民は、健全な子供を健全に養育しなければならない。
全ての狸民は、健全に養育した子供に義務教育を受けさせねばならない。
子供の養育と教育にかかるコストは、政府が税金から捻出する。
生まれつき障害のある狸民は、政府がゆとりある生活を保証する。
そのような費用は全てを税金で賄う。
若い時分から一定の年齢まで働いてきた狸が老年になれば、老いた狸が生活できる窖と餌、そして自分の好きな事を楽しめる事を政府が保証する。
若い時分からまともに働かずに年老いた狸は、政府が管轄する保護施設で保護されるが、窖と餌など最低必要限の援助しかしない。

つまり、狸はどんな生活をしようと税金で全てを賄うということらしい。そのためには全ての狸民が高負担の税金を覚悟しているということらしいのだ。
元々、狸府の税はきわめて薄い。それは、何世代にも亘って小さな政府を目指しており、かなりの年月をかけて役所の数や役人の数を減少し、無駄遣いをしたら役人が罰せられるなどの法律が導入されたおかげで無駄遣いはなくなり、税の負担が非常に薄くなったのだった。
だから、高負担になったと言っても、それは今後の老後や子孫の教育を考えると、狸の住民には十分に納得のいくものだったのだ。
この法律の成立には狸族の存亡がかかっていたので、最初の段階ではこの法律は狸府国会で検討されていたが、日増しに国民投票の必要性が説かれるようになり、最終的には国狸投票の形で成立したのである。
国民の人気取りのためには高負担という発言をしない人間の政府とは違って、狸府は堂々とした高福祉・高負担の原則を打ち出して、全狸民が安心して暮らせる社会を作るか田舎の選択を全狸民に問うたのだった。
元来、狸の世界は一芸を以て社会に貢献するということであり、一芸のない狸はみんなの餌を捕獲することに専念するというもので、人間のような資本主義があるわけではない。
従って基本的には狸の世界では格差はないことになっている。だが、裏と表があるのは、現実世界では否めないのも事実である。
格差がないといっても、それは一般の狸のことであり、官僚という名前の役狸は全く別であり、役狸と一般狸との間の格差は存在した。
だから、役狸は一般の狸からすると、まるで悪魔の代名詞のようにずる賢くしかも金には不自由しない連中として毛嫌いされていた。
また、役狸になるのはよほどの頭脳の持ち主でないと無理だったこともあって、絶対数が少なかった。
狸社会は相互扶助と慈愛に満ちており、贅沢する狸でも多少他の狸よりも贅沢な餌を食べるなどはあったけれど、体が不自由な狸や老いた狸にはみんなで労って少しの食物を分け与えるなどの社会の暗黙の了解があったのだ。
この度狸府の発表した「恋愛基本法」というのは、単に青少年に向かって恋愛して小作りに励めというのではなく、全狸民に対する安心で安全な社会への決意を示し、全狸民が自分一匹のことではなく、社会全体を考えて高負担に耐える覚悟をせよと迫るものだったのだ。
この法律の成立は全狸民に衝撃よりも歓迎を与えたのだが、その理由は、高負担耐えるのも自分達が安心して老後を過ごせるためであり、子孫に負担を残さないために自分達が高負担を引き受けようという暗黙の了解が成立していたのだった。
もちろん、反対する狸がいることにはいた。どんなに立派な考え方でも、全員が賛成というようなものはありえないのも生物の宿命である。全会一致とか、全員賛成などは言葉の上の幻想に過ぎないのだ。
これに比べると、人間というものは勝手で、常に自分達のことしか考えないから、負担はいやであるけれど、高福祉は政府の責任だなどという身勝手な考えが後を絶たないのだ。
低負担・低福祉、中負担・中福祉、高負担・高福祉のいずれかの組み合わせしかないのに、低負担・高福祉を望むのである。
狸に比べると、人間というのは本当に身勝手なもので、筆者も人間の一人としてこの物語の狸達に謝罪をしなければならない。
しかも、人間は口が達者ときいているから、綺麗事を言ってみたりその場凌ぎを言ったり、全会一致を唱えたりして混迷に拍車をかけるのである。
何はともあれ、この「恋愛基本法」によって狸府は、少子高齢化社会の危機を脱して、再び活気ある社会ができあがるのだが、それはずっと後年の話である。
法律成立後には、高負担(高負担と言っても、本当にたいしたことはないのだが)を嫌って島伝いに移動しながら最後には中国に渡った大金持ちの狸一族もいたらしいが、彼らが中国で幸福な狸生を送ったとは聞こえてこない。
この法律が成立した年の冬は、地球温暖化のせいか、例年になく暖かい冬であり、冬眠しない狸にとっても、やや暮らしやすい冬場であったと報告されている。
ガンジはこの冬の間も、狐狸狐狸寺の凡々和尚のところに足繁く通って、酒盛りをしたり、和尚の説教をかみしめたりして過ごした。

「ガンジ長老よ。私達狸は、人間にはずいぶんと馬鹿にされておる。寂蓮とかいう坊主がこんなふざけた歌を詠んどるぞ。『人すまで鐘も音せぬ古寺に狸のみこそ鼓うちけれ』だとさ。まったく、馬鹿にしとるな。ところで、日本語に出てくる諺のうちで、どの動物の割合が一番多いと、ガンジ長老は思いなさるかな」
「さあ、犬か猫というのが古くから人間に飼われているし、今でも一番人気のあるペットじゃから、たぶん犬ではないかな」
「大当たりだ。一番は犬で諺の十五パーセント以上は犬に関する諺らしい」
「それでは、二番目は何かな」
ガンジ長老は、そう和尚に聞き返しながら、盃を明けた。
「はーっ。この冬場に飲む枯れ葉の酒は、よく利くなあ。五臓六腑にしみ渡るよ」
「二番目は馬だという。その次が牛で、その次は猫だ。それから鳥、カラス、虫、トラ、猿、キツネという順番じゃ。私達狸は出番がない」
「しかし、出番が少ない割には、『捕らぬ狸の皮算用』とか、『狸の上前をはねる』とか、なんか人間に馬鹿にされておるな」
「まあ、そう怒るな。人間は狸にはなんとなく親しみをもっとるのじゃろうて」
ガンジ長老と凡々和尚のつきない話題と酒で、「恋愛基本法」の成立した冬の一日は、はやくも白々としてきた。

次の日の深夜、居酒屋「ネボケ」で、狸の宴会が開かれた。たくさんの男狸が「ネボケ」の美人、いや美狸のママさんデコちゃんを一目見たくて通ってくる。
デコちゃんは見た目にも若々しいが、実年齢は不詳である。デコちゃんにはちゃんとした亭主がいるし、その亭主は警察の幹部だから、だれも本気でデコちゃんに手を出そうとはしないが、デコちゃんは大変みんなに親切なので、誰からも慕われていた。
女の客もデコちゃんに色々と恋の悩みや、嫌いになった雄と手を切るにはどうしたらいいのかなど様々な相談をしているようだ。
だから、「ネボケ」では、雄の客も雌の客もママさんとは呼ばずに、みんながデコちゃんと呼んでいるのだった。
デコちゃんは、ゴッド・ファザーならぬ、ゴッド・マザーだったのである。デコちゃんは、自分自身では自分のことをただの世話好きなおばさんとしか思っていなかった。
その日の宴会の趣旨は、「恋愛基本法」の成立を祝う連中が開催したものであり、気の済むまで飲んで泥酔しようというものだった。 
狸の好物の果物と木の実を醸造して枯れ葉で濾してから作る酒は、恬淡な味がするのだが、なぜか彼らは枯れ葉酒と呼ぶ。
「デコちゃん。お酒をお燗でね。銚子は三本ほどまとめて持ってきて。つまみはモグラのヌタがいいかな。それと、柿のとろとろに熟したやつと木の実を和え物にしたの。これがかなり甘いけれど、どういうわけか酒が進んで実に酒のつまみとしていい」
ロンは酒が好きであるが、甘いモノも好きで、他の狸が食べないような甘いモノを酒のつまみにするので、周囲の狸は驚かされる。
「デコちゃん。おいらはカエルの干物を頂戴。それと、バッタの佃煮」
シン爺さんが年に似合わぬよく通る大声で叫んだ。
「どうだろうか。恋愛基本法で狸の世界も少子化に歯止めがかかるとよいが」
「ともかく、子孫に負の遺産を負わせるのは絶対に避けたいね。はやく財政の健全化を目指して官製談合の廃止と官僚の天下り、少子化、高齢化などの我々狸族の大問題に歯止めをかけねば」
村きってのインテリであるロンとシン爺さんが小難しい議論を始めた頃、別の比較的若いグループが和気藹々と話し合っていた。
ダンがぽつりと話した。
「昔の人は『それにつけても金のほしさよ』とはよく言ったな。おいらは年中貧乏暇なしだもの。ほら、おいらの実家の斜め向かいに住んでいたモンのやつは、狸大学から狸府財務省に入って、たっぷりと退職金をもらって、今じゃ独立行政法人の『タヌキ族技術学園』の院長に天下りだ。たいしたものだよ。大きな窖をいくつも建ててさ。頭の良い奴は違うねえ。その上、あいつはガリ勉だったし」
「ああ。あの話題の『タヌキ族技術学園』は、どうやら汚職があったらしいぞ。権限を利用して交付金を出してはいけない所に出したとか言って。来週か再来週には警察の手入れがあるらしいと、週刊誌の『奇狸奇狸週間』に記事が載っていたぞ。カンさんは、そのことを知らなかったの」
こう言い放ったのはキンジである。事情通のキンジは何でも早耳だし、どこのグループにも顔を出す。
「ええっ。そうなの。それは知らなかった。おいらは、みんなと違って毎日の日銭稼ぎの獲物の捕獲に追われてそんなニュースを読んでいる暇がない。勉強し学校に行ってちゃんとした職に付いていればよかったな。もう嫌だよ、こんな日銭稼ぎは」
そう言って肩を落としたのはダンだ。ダンは一芸がなくて日銭稼ぎで毎日獲物の捕獲に忙しい。
「でもさ、俺は、こういう汚職のニュースを見る度にいつも思うのだ。汚職するような奴らは、餌の支給量が一般人よりもずっと多くて、それを換金すればとてつもない贅沢な生活ができるはずだよ。なにも汚職しないと餌の食い上げになるという訳ではないよな。こういう汚職する連中というのは。たっぷりと餌を貰った上に、さらにお金が欲しいなんて、おかしな連中だぜ。こついら」
「本当に、なんで汚職してまでお金が欲しいのかしらね。汚職なんかしたら懲戒免職になるだけでしょう。他の狸の信用も失うわよ。だから、得るものよりも失うものの方が多いと思うけれどな、私は」
若くて美しい雌のミーナは、なかなかインテリでもあるのだ。
「そこにいくと、俺たち普通の狸族はいいね。汚職なんかしようと思ってもそんなチャンスはないし。権限のない狸は汚職のしようがない。それは当たり前のことだ。モンみたいに出世したり、偉くなったりした狸だけが汚職のチャンスがあり、誘惑に勝てないだけだ」
「まあ、そんなことより、ドン太よ。得意なカラオケでもどうだ。ドン太の好きな『お座敷小唄』。スッチャン、チャカララッチャ。スッチャン、チャカララッチャ、で始まる何が言いたいんだか分からない歌さ」
「ミーちゃんもどうだ。お得意のプリンセス・タヌキーズの『明日になれば』なんか。あの歌は今大流行だもの。俺も好きだよ、あの歌は」
今まで酒ばかり飲んでいた若い雄狸グループのひとりが、それにつられるようにして叫ぶ。
「じゃ、おいらはサンザン・オーボケ・スッターズの『マリンブルーの恋人』にしよう」
「おいらは、ヘモデーヌズの『星空の恋人』で。こいつは、デートの時にはぴったりだよ。そうだろう。サブロー」
この後も村唯一の居酒屋「ネボケ」での「恋愛基本法」成立の祝宴は、喧々囂々の喚声の中で朝まで延々と続くのだった。

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狸の和解 四 挑戦状 [小説]



冬は動物達には冬眠の時期である。しかし、狸は原則として冬眠しない。ただ、半冬眠の状態で冬を過ごさねばならないが、幸いにS村の付近は冬でも厳しい寒さではなく、結構暖かいので楽だ。
それでも冬にはあまり身動きしたくないのだ。まして、ガンジ長老は秋口から襟巻きや頭巾を手放せないのだ。だから、春が来るまではじっとしていた。
この里の春は美しい。すべての生命が一斉に活動を開始して、冬の間に蓄えていたエネルギーを解放しているようだ。
山並みは霞に覆われて梅や猫柳、マンサク、辛夷、桃、桜などが順番に綺麗な花を咲かせる。それぞれの花は、別に人に己の美しさを誇りたいために咲くのではない。開花の時期が来たから順番に咲いてゆき、散ってゆく。ただそれだけのことだ。ガンジ長老も、凡々和尚と話して、ようやく人間も狸も、熊も、草花も、ありとあらゆる命がそうなのだと理解できたのである。
ガンジ長老は、凡々和尚から教えられた事を思い出していた。そして、隣村のお仕置きをしてやりたい若者達に挑戦状を認めていた。

 V村若者代表ハカセ殿へ一筆啓上つかまつる
さて、昨年の秋口にはこの年寄りを隣村の長老と知りながら大いに侮辱されましたな。ご貴殿達の侮辱のお陰で、あの後三日ほど寝込みましたぞ。
V村というところは、狸族の伝統ある価値観が崩壊しているようで、老人に対する敬意や礼儀というものがないようで、私はこれが寂しい。
わが村のゲンという老人が、以前そちらに悪意ではなく迷い込んで十叩きの刑を受けた。狸の世界では、掟があっても年寄りには掟は緩やかに適用されるという原則があるにも拘わらずに。そして次は私自身がとんでもない屈辱を受けた。
ゲンや私が受けた侮り、屈辱、恥を村同士の戦にはしてはならないと、私は考えているので、今まで沈黙を守ったのだ。なぜならそんなことになればS村もV村も壊滅することは目に見えているからだ。
元々我々狸族は、お互いを殺し合うということは決してないけれど、喧嘩を繰り返してきた歴史はある。喧嘩のために暫く動けなくなる狸が続出し、餌の補給が困難になってそのために栄養状態が悪化したり病気になったりする狸が増えると困るから戦いはしない。 
さて、人間の時間で今から百年ほど前の歴史を振り返ってみよう。その頃はS村もV村ひとつの村だったが、水路が出来て餌場が減少し、そこに派閥争いや権力闘争があったために分裂した。それから現在に至っておる。また、山向こうのA村とC村だって、以前は我らが支配下にあったが、われらが村の分裂を機に独立したのだ。
今回、再び我々が力で争えば、結局は山向こうのA村とC村の連中が間隙を衝いてくる可能性がある。そうなると、山向こうの連中が漁夫の利を占めるにすぎなくなる。
だから、分裂や対立を煽るような暴力での仕返しはしない。そのような大人げないことはしたくない。ただ、このままでは私を始めとしてS村私の連中の怒りが収まらない。
そこで、私は貴殿に老若対決の形で狂歌合戦を提案したい。その狂歌合戦で、貴殿が私に大変ありがたい仙厓和尚の歌を詠んでくれたお礼として、若者と老人のどっちが反省すべきであるか決着をつけたいのである。
ついては、四月十日の午前二時、ベンベン山の山頂付近の狸大明神境内にて狂歌合戦を開始しようではないか。
公明正大な審査を期するので、審査員は山ひとつ向こうのA村とC村から同じ数の五十匹の狸としてはどうか。勝ち負けの判断は全審査員の百匹の狸が一匹それぞれ一点ずつ持って、多くの点数を勝ち取った方が勝ちとすればよい。百匹もの狸が審査すれば勝ち負けははっきりするだろう。引き分けなどは想定できない。
一般参加者はどちらの村からも自由に参加できることにして、一切審査については発言しないことにする。依怙贔屓とか身勝手な判断がないように、公明正大な判断を期待するので、S村の狸もV村の狸もどちらも審査員にはなることができないようにしたい。
狂歌の数はそれぞれ五首とする。題材は、S村の代表は若者批判、V村代表は老人批判とし、多少過激な表現も厭わない。ただし、老人が「死」を連想するような「死ね」とか「くたばれ」などの直接的表現は使わないこと。
条件は負けた方の村の若者達は全員坊主頭になること。ただし、雄のみ。そして、この狂歌合戦では勝っても偉そうにせず、負けても一切遺恨を持たないこと。また、この狂歌合戦で勝敗が決まった後は、過去のすべてを水に流すこと。さらに、それ以降はお互いに仲良くすること。
狂歌の詠み手は、S村では狐狸狐狸寺の住職凡々和尚とし、V村はハカセとする。
以上の条件をのめるか否か、至急返事を頂きたい。

S村年寄り代表 ガンジより

お猿の宅急便で挑戦状を送った翌日の夕刻には挑戦状を受け取ったので、ガンジ長老の申し出を受諾したと、ハカセから返事があった。
狸は夜行性なので、夕刻はあまり好きではない。お猿の宅急便の配達時間を指定しておかなかったのを悔やんだ。宅配の時間はともかく、ハカセが受諾したのが嬉しい。
ついては、事の次第を村中に知らせねばならない。
「おーい。だれかおらぬか」
「はい。なんでしょうか。長老」
「おお。リュウか。ちょうど良い。村中の狸全員を狸大明神の境内に集結させよ。青年団の連中に伝達させよ。大事な話がある」
リュウは村きってのインテリで、医術にも詳しいので医者としても活躍している。大変賢い機転の利く青年だ。
それから三十分ほどで村の狸全員が神社の境内にいた。ガンジは長老として、冬が来る以前に幹部連中には詳細な話をしていたし、了承も取っていた。
すべての段取りが決まった段階で、村の狸全員に伝達することも決めていた。今は、手順に従って話を進めるだけだ。
「よいか。四月十日午前二時からこの狸大明神の境内で、狂歌合戦を行う。一晩で片が付くかどうかは分からんがのう。戦う相手はV村の若い狸でハカセという大変賢い狸だ。こちらの代表は狐狸狐狸寺の住職の凡々和尚にお願いした。この村では、悔しいけれど、狂歌が詠めるほどの教養のあるのは和尚だけだ。儂やコウ婆さんではどうにもならん。シン爺さんは、頭はよいが感受性には欠ける。キンジは色々と事情通だが、単なる受け売りが多いし。ロンさんもそんな才能はないな。最近は狸柄も丸くはなってきたが」
「誰が審判するのですか」
「そのことだが、審査員としては山向こうのA村とC村から同じ数の五十匹の狸を呼ぶことになる。ここにいるS村の狸もV村の狸も一般参加は出来るが、審査員にはならない。当日は特に具合が悪いとか、やむをえない事情がない限り一般参加者として参加してもらいたい。なお、全員に厳重に守って欲しいことがある。もし、我々が負けたら、青年団の連中は全員坊主頭になること。ただし、女子は関係ない」
「そりゃそうだ。女子まで坊主では困るよ。やはり、女子は長い髪が魅力的だよ」
「それから、血気にはやった行動をしないこと。勝っても負けても以前の事はすべて水に流すことだ。遺恨を持つような真似はするな。今の若者はよく知らないことだが、人間の時間で百年ほど前には、この村もV村もひとつの集団だった。ところが、人間が水路を造ったため、餌場が減少した。そこに派閥争い、権力闘争が始まり、分裂したのだ。だから、絶対に暴力による復讐はあってはいけない。暴力は新たな憎しみと新たな暴力の連鎖を呼ぶだけだ」
「ですが、長老。分からん奴らはぶん殴ってやるしかないのでは」
「これ、ハヤオ。お前は喧嘩っ早いから、特に名指しで注意しておくぞ。リュウ。お前とブンでハヤオを監視しておけ。流血沙汰になるようなことがあれば、大問題になる」
「ところで、V村の長老のジンは去年の年末に体調を崩して世代交代したらしと聞いています。ジン長老さんとガンジ長老は友人だと聞いていますが」
「私はジンとは狸中学校から狸大学まで一緒に勉強した仲なので何か事件が起きても話し合いができる。しかし、新しい長老のバンについては、私は全く面識がない。通常ならば、長老が交代すれば挨拶に来るのだが、その挨拶もないような程度の男のようだ。どうも、若者の支持を受けているようだが」
「ガンジ長老、私達は長老と幹部が言われたことに対しては厳しく守ります。ご安心ください。決して喧嘩などはしません。しかし、ハカセというのは狸大学でも最難関の博士号を最年少で獲得したという秀才です。凡々和尚で勝てるのでしょうか」
「先ほども話したが、残念ながらこの村には凡々和尚以外に狂歌が詠める狸がいない。人材がない、いや狸材がいないのだ。この村で一番賢いと思われるリュウは、理数系については近来稀なる素晴らしい頭脳の持ち主と狸大学でも折り紙付きの逸材だが、残念なことに狂歌を作る才能は持ち合わせていない」
ロンがこう言い切った。
「私達年寄りの中にも、壮年組にも青年団にもそんな狸材はいない。だから、ここはもう、長老の言われるとおり、凡々和尚に任せるしかない手がない。それに和尚はあのとおり呑兵衛ではあるが、実は学生時代には狸大学でも一、二を争う秀才だった。若造のハカセの実力はよく知らぬが」

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狸の和解 三 凡々和尚 [小説]

三 凡々和尚

自分の村に帰り着いたガンジはそれから暫くは床に就いた。怒りのあまり熱に魘され、悪夢に脅かされて頭が上がらないのだった。ようやく床を上げたのは、村に帰り着いてから四日目の夕刻だった。
その間、村中が大騒ぎで、若者達の間には隣村に復讐に行くと言って騒ぐ連中もいたが、長老を支える幹部達の説得でなんとか暴発しないで済んでいる状態だった。
コウ婆さんがガンジの破れた頭巾と襟巻きを綺麗に繕ってから届けてくれたのは、昨日の明け方のことだった。
普通は連れ合いのマン婆さんが手がけるけれど、生憎マン婆さんはガンジの看護で裁縫までは手が回らず、コウ婆さんに繕い物を依頼したのだった。
コウ婆さんは裁縫が上手で、村中の繕い物を一手に引き受けている。狸の世界では、何か他人の役に立つことをしていれば住居と餌の至急があって生活の心配はない。
尤も、自分で好物の餌を獲りに出かけるのは自由だ。ただ、鍛冶職人のゲン爺さんの場合は、酒のつまみに何か自分の好物が欲しくて失敗したのだった。
さて、四日目の夕刻になると、ガンジの長年の連れ合いであるマン婆さんが寝床を上げに来てガンジにこう告げた。
「おじいちゃん。狐狸狐狸寺の凡々和尚がお見えになりましたよ。まあ、凡々和尚さん。遙々とお越しいただいて、申し訳ありませんね。あら、小坊主のチンネンさんも一緒なの。少し見ない間にずいぶん大きくなったのね」
「南無阿弥陀仏。ガンジ長老。先日からご病気だと承ったのだが、生憎と四国から狸大僧正がおいでになっていて、やっと今朝お帰りでしたので、ようやくこちらに駆けつける暇が出来ました。大僧正には一生に一度お会いできるかできないかという偉い方でしてな。儂は大僧正にお目にかかるのは、なんとこれで二度目ですぞ。全く幸運です」
「凡々和尚はケータイを持たんから、必要な時に連絡が取れなくて困る」
「私はケータイ電話というのが大嫌いでして。ケータイなんぞ持っていないんで連絡のしようがありませんでした」
「この私でさえも、最近はケータイを使っていますぞ。文字の大きなやつ。和尚も、そろそろ始めてはいかがです」
「まあ、遠慮しましょう。なにはともあれ、長の快復を祝いましょう。私の酒の相手が一人減っては堪らんと思いまして、駆けつけてきた次第ですよ。ご臨終の場合であっても、私がお経を読むので、駆けつけてもまるきり無駄にはならんわけで」
「和尚さんは、すぐに狸を死なせる」
「南無阿弥陀仏。極楽浄土はすぐそこですぞ」
「ああ、そうだ。この前隣村で大変不愉快な目に遭いましてな。その時、隣村の大変賢そうな青年が、一首私に向かって詠み上げました。『身に添うは頭巾になんたらかんたら』と言う歌でしたぞ。これは一体、どういうことでしょうかな。儂は年こそ取っているけれど、難しいことは分からん。若い時分にはおなごの尻ばかり追いかけて、ろくに勉強しなかったから」
「ははあ。その歌を詠んだのは仙厓義凡という禅坊主です。江戸時代に博多の聖福寺というお寺で住職をされたお方です。この方はたいそう偉いお坊さんで、私なんかとは全く違います。もっとも、私は狸であちらは人間ですから、違うのも当たり前ですが」
「そりゃあ、違うでしょうな」
ガンジ長老は面白がって冷やかした。
「えーっと。それはさておき、正しくはこういう狂歌です。『身に添うは襟巻杖眼鏡たんぽ温石尿瓶孫の手』でしたかな。つまり、年寄りになるとその歌にあるようなものが手離せないというわけですな。ガンジ長老にぴったりですな。それにしても、その若い狸はそんな古歌をよく知っていたもんですな。」
「はあ。和尚さんに言われると、全くそのとおりですわい、としか言えませんな。これ、婆さんや。和尚さんの好物を用意しておくれ」
「はい、はい。すぐにお持ちしますよ。山芋に流し込んだ般若湯とおそば。それとジン様から頂いたミミズの塩辛も」
「その前に、ご先祖様のお位牌に読経しなくてはなりませんな。ご仏壇はこっちでしたかな」

和尚の読経が終わると、すぐに酒盛りが始まった。和尚の話はなかなか面白いというので、いつもガンジの家に和尚が来ると、たくさんの狸が入れ替わり立ち替わりして和尚の話し相手になるので、ガンジの家は大賑わいだ。
黙っていてもご近所の主婦が台所に立って、酒の肴になりそうなものや食べられそうなものがずらりと座敷に並べられる。来る方もそれが楽しみであるから、どんな狸であっても断られたりはしない。ただし、S村の狸に限られるのだが。
もはや東雲が見える時間だというのに、和尚はなかなか腰を上げないが、それもいつものことである。
ガンジ家の誰かがちゃんと手際よく、安全に帰れるようにお猿の駕籠屋を予約してあるから、和尚はとろんとした酔眼で村中の狸を相手に話をした。

「これは、これは。いかいお世話になりましたな。長老もお達者で。それではこれで失しましょう」
「凡々和尚。一度ゆっくりと相談したい事がありますから、今度は私が狐狸狐狸寺を訪問しましょう。来月の朔日はいかがですかな」
「はあ。来月の朔日ならばちょうどよい。法事もなくて、一日中空いておりますぞ。是非お越しくだされ。その頃なら銀杏もたくさん採れますぞ。煎って食すれば、おいしゅうござるよ」

和尚と約束した日が来たのでガンジ長老は凡々和尚に面会するために狐狸狐狸寺を訪問した。もちろん、手ぶらで訪問するはずもなく、山海の珍味と樽酒を手土産として運んできた。手伝ってくれたのは、狸の青年団の面々であるが、彼らにも別のねらいがあった。
狐狸狐狸寺の裏手は格好の餌場なのだ。狸の好物のミミズやネズミといった小動物や植物性の餌も豊富にあるので、和尚と長老が話し合っている間はたらふく餌を漁ることができるというものだ。
 
「さて。凡々和尚。この前私の家に来られた時に、ゲン爺やコウ婆さんから隣村と儂らの村の軋轢の事を聞かれたので、それについてはよく知っていなさろう。みんなが、話しておったように私もまた、隣村の若者達に儂の長い狸の一生の中で最大の苦痛と屈辱を味わわされた」
「ほほう。そうでしたか。寝込んだ本当の原因はそれですか。好きなおなごの所に通ってその帰り道に風を引いたわけではないのですね」
「もうおなごを追いかける元気はありませんわ。さて、本当のことを言えば私は、あの村の若者達に復讐をしたいくらいです。しかし、長老の私が復讐を言い出すと、隣村との今までの平和が崩れるので、黙っているのですよ」
「それは、そうでしょうなあ。諍いはなりませんぞ、長老。戦いや憎しみは最も注意しなければいけない愚劣な行為ですからなあ」
「それに、あの村の若者全員が不埒な輩ばかりではないだろうと思います。もちろん、不埒な若者もいるが、こちらが思わず尊敬するような立派な若者達もいるはずだと思います」
「まあ、みんなが不埒というわけでもないでしょうな」
「実際にそうだし、そう思わないと寂しい。それに、長老としては復讐などという軽率な事はできんし。報復は新たな報復を呼ぶだけだから。ただ、隣村の長老の孫のゴン太が若者を煽動していて、どうも狸文化の美質である老人への敬意、親愛、親切などの価値観が崩壊しつつあるのが、どうにも我慢できんのじゃ。凡々和尚。戦争とか喧嘩ではなく、なんとか隣村の若者達をぎゃふんと言わせる方法はないかな」
「はて。それでは狂歌合戦をしたらどうでしょうかな。それぞれの村の代表、というよりも、長老のS村の年寄り代表と隣村のV村の若者代表がそれぞれ何首か狂歌を詠むことにして、どちらか優れた方が勝ちということにしてはどうですか」
「でも、どちらが優れているかなどの判断はどんな基準にするんですか。また、誰がそれを判断するんですか」
「基準は狂歌の上手い、下手ではないようにすればどうですかな。この度の狂歌合戦では技術はともかく、どちらが相手を多く反省させられる種を含んでいるのか、ということにすればどうですかな。二つの村の狸の代表がそれぞれ狂歌を詠むんですよ。それは、ガンジ長老と隣村の賢そうな青年とかいうやつにしたらいかがですかな」
「審査員はどうしますかねえ」
「審査員は、山ひとつ向こうのA村とC村から同じ数の五十匹の狸とする。勝ち負けの判断は全審査員の百匹の狸が一匹それぞれ一点ずつ持って、多くの点数を勝ち取った方が勝ちとすればよい」
「審査員の他には誰が参加しますかな」
「一般参加者はどちらの村からも自由に参加できることにして、審査はおろか、一切の事柄について発言しないことにしましょう。そして、もしも、一般参加者が何か発言したら即退場としましょう。これは、例外なしです。幼児も、老人もみな同様です」
「審査員をA村とC村から出すわけは」
「依怙贔屓とか身勝手な判断がないように公明正大な判断を期待するので、狂歌を詠む村の狸は審査員にはならないのです」
「そうか。それなら、それでよかろう」
「ところであの隣村の賢そうな若い狸は、ハカセと呼ばれておるらしい。狸大学の秀才として有名らしい。実はうちの寺の小僧どもの間でも、ハカセに憧れているのが多いようですな。自分達もあんな秀才になりたいと願っているらしい。うちの小僧どもは、遊び呆けてばかりでろくにお経の勉強もせんのに。あのハカセとかいう若狸は、きっと物知りなんでしょう」
「ふむ。狂歌合戦か。それなら新たな報復を呼ばないな。スポーツでは儂ら年寄りは若者には勝てんし。ほかに競争する方法もあまりないし。狂歌合戦ならば面白いかもしれませんな。ふむ、確かに面白い」
「どうですかな。長老は勝つ自信がありますかな」
「残念ながら私は狂歌なぞ作ったこともない。狂歌というやつをどう作るのかも分からない。そんな私があのハカセとかいう若者に勝てる訳がありません。恥を重ねるだけですな。また、うちの村にはハカセのような物知りはおりませんよ。さて困った」
「それなら、愚僧がS村の年寄り代表として働くか。なあに、この愚僧にお任せあれ。なんとかしてしんぜよう」
「おお。私の代わりに凡々和尚が狂歌を詠んで下さるか。それはなんともありがたいことですな。厚くお礼を申しますぞ」
「そろそろ冬が来るから、私達全狸族は半冬眠になってしまう。だから、狂歌合戦は春が来てからじゃ。まあ、冬の間にゆるりと作戦を考えましょうか。長老よ、それはさておき、一献いかがですかな」
 そう言うと、厨房に向かって今度はこう叫んだ。
「これ、ブンチンや。般若湯の用意はできたか。銀杏は煎ってあるか。塩は薄めにしたか。最近は血圧が高いのでね」
「ああ。年を取ると、どうしても血圧が高くなる。私もかなり血圧が高いので降圧剤を服用している」
「ははあ。『手は震う足はよろつく歯は抜ける耳は聞こえず目は疎くなる』ですな。これも仙厓和尚の歌のひとつじゃ。年を取ればいろいろと不自由な点は出てくるものよ、長老」
「ほう。仙厓和尚というのは面白い歌を詠んだもんだ。まだ、ほかにもありますかのう。和尚さん」
「ああ、ありますぞ。『皺がよる黒子ができる腰曲がる頭ははげるひげ白くなる』などというのもある。さらに、『聞きたがる死にともながる淋しがる心は曲がる欲深くなる』というのもある」
「これは驚いた。なんですかな、人間も狸も同じなんですな。ほんに面白いわな。年寄りは年寄りらしく年寄りの境涯を満喫せよということか。体中に皺が寄ったとしても、別に悪事を働いてそうなったわけではないし。自然にそうなるわな。それは自分のせいじゃない。自然のなせる業じゃもの。それを恥じることもないわい」
「まあ、そういうことでしょうね」
「なるほどねえ。自然に年を取るのだから、避けることもできはしない。年を取ることをそのまま受け入れよということなのかな。そうだとすると別にしゃかりきになって若者と張り合う必要はないな。ただ、ここらであいつらを懲らしめないとのぼせ上がる一方だし」
「まあ、若さとか強さに執着しないで、老狸は老狸の境遇、変化を素直に受け止めろということでしょうか。自然に逆らっても、どうなるものでもないし」
「ふうん。何か他にもその仙厓和尚の話で面白い話はありますかのう」
「ある人がこの仙厓和尚に問うた。真宗、禅宗、真言、日蓮宗、その他にもたくさん宗派があるが、どの宗派が一番良いかと。仙厓和尚曰く、それは『羅宗』だという。問うた人は、『羅宗』だなんてそんな宗派は聞いたことがないと言い返す」
「私も未だかつて『羅宗』なんぞという宗派は聞いたことがない」
和尚は静かに言う。
「子供は子供らしゅう。女は女らしゅう。老人は老人らしゅうあるのが一番だ。どうだ、分かったかと。つまりだ、和尚はあるがままの状況を受け入れよ。そして、それを楽しめ。そうするのが一番よいのだと言いたいのだろうと、愚僧は思うのです。ところで、これからゆるゆると何か若者を戒める狂歌を考えねばならぬのう。骨の折れることですな。ああ、そうだ。長老。報酬はミミズの塩辛を五瓶と枯れ葉酒を三樽で良いが。どうですか。それでよいかのう」
「ああ、おやすいご用ですな。よろしく、お願いしますぞ。和尚」
ガンジ長老は、凡々和尚の勝利を少しも疑っていなかった。
月影は深い森の上に皎々と照り、虫の音はいつまでもやむことがなかった。

々和尚と話して、ようやく人間も狸も、熊も、草花も、ありとあらゆる命がそうなのだと理解できたのである。
ガンジ長老は、凡々和尚から教えられた事を思い出していた。そして、隣村のお仕置きをしてやりたい若者達に挑戦状を認めていた。

 V村若者代表ハカセ殿へ一筆啓上つかまつる
さて、昨年の秋口にはこの年寄りを隣村の長老と知りながら大いに侮辱されましたな。ご貴殿達の侮辱のお陰で、あの後三日ほど寝込みましたぞ。
V村というところは、狸族の伝統ある価値観が崩壊しているようで、老人に対する敬意や礼儀というものがないようで、私はこれが寂しい。
わが村のゲンという老人が、以前そちらに悪意ではなく迷い込んで十叩きの刑を受けた。狸の世界では、掟があっても年寄りには掟は緩やかに適用されるという原則があるにも拘わらずに。そして次は私自身がとんでもない屈辱を受けた。
ゲンや私が受けた侮り、屈辱、恥を村同士の戦にはしてはならないと、私は考えているので、今まで沈黙を守ったのだ。なぜならそんなことになればS村もV村も壊滅することは目に見えているからだ。
元々我々狸族は、お互いを殺し合うということは決してないけれど、喧嘩を繰り返して
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狸の和解 二 ガンジ長老の怒り [小説]



狸は全員が得意技を持っていて、それをみんなのために活かすことで生活が成り立っている。だが、中には一芸がない狸もいる。そういう狸は、仲間の餌を捕獲することにのみ専念して、獲物を納めるのだ。そうして捕獲された獲物が働きに応じて狸達に支給されるというシステムになっているらしい。
普通の狸は、しかし、仲間が捕獲した餌だけでは満足できず、自分の好物を求めて狩りにでかけ、一芸での社会参加もありと結構多忙なのだ。
ただ、最近では一芸を習得しない若い狸が増えた。彼らは一芸を習得するには時間がかかるし面倒だというのだ。ここで言う一芸とは、人間の世界で言う職人技のことであり、裁縫、修理、大工、料理、鍛冶、農作業などの生活に密着した技であって、特殊な才能を要する音楽家、作家、詩人などの芸術活動は指さない。
もちろん、それで貢献する狸もいるけれど、彼らは生まれ持った才能、環境、努力など様々な課題をクリア出来ている狸達であり、やはり非常に特殊な狸達なのである。
そういう特殊な才能も持たないのに、あるいは死に物狂いの努力をするわけでもないのに、最近では職人技の習得を嫌って、一芸としてプロのミュージシャンとして活躍するだの、プロの作家になるだとか、芸能人として一芸を確立すると言う若い狸が増えた。
どこからどのような角度から考えても才能はなく、しかも血の滲むような努力はせずに、平気かつ本気でそのようなことを言う狸が増えたのである。
だから、最近では徐々に一芸の持ち主が減少し、伝統の継承が問題になりつつあった。そのことについては、また別の機会に触れるおりがあるだろう。

さて、S 村の狸の長老ガンジの一芸は農作業である。村の狸の要望に応じて、枝豆、果物、トウモロコシ、芋、なんでも作る。狸は雑食だから、どんなものでも食べるのだ。最近では人間と狸の居住区が接近していて、狸の子供達がスナック菓子や炭酸飲料を欲しがるのが問題となっている。
ガンジは人望、いや狸望が高い。人間で言えば二十年近い年月を長としてS 村の狸達を安全で平和な暮らしに導いてきたのだ。
しかし、かつては村を統率してきた気力満点の男も寄る年波には勝てない。最近はすっかり寒がりになって、枯れ葉で作った頭巾や襟巻きをしないと外出できないのだった。
この枯れ葉を材料とした裁縫は、ガンジの連れ合いのマン婆さんや前に出たコウ婆さんの得意技である。
まだ、秋の収穫が終わったばかりだというのに、今日も襟巻きをしなければでかけられないのかと、いささか自分に嫌気がさした。今日はV村の長であるジンと話し合いをしようと思っているのだ。
ゴン太という悪戯好きなガキ大将が、長年の親友でありV村の長であるジンの孫だということは、知ってはいたがみんなには言わずにいた。
ジンの肉親だからこそ、ガキ大将のゴン太に説得してもらい、今後同じような問題が起きないように善処を求めるつもりだった。事前に通告してあるから、V村との往来には問題はない、はずだった。

「おお。ガンジか。久し振りじゃないか。お前も年を取ったものだな。若い時分に二人で一人の女を巡って争ったことが、昨日のように思われるがのう」
「ジンも年を取ったな。昔の美少年も時間が経てばただの老爺だな。ところで、今日はゴン太達の事で話をしにきた」
「最近は儂も具合が良くない。そろそろ長を若い世代に譲ろうかと思っている。ところで、ゴン太が何かしでかしたか。あいつは悪戯がすきだから」
「実は三日ほど前のことだが、お前のところのV村にうちのゲンという狸が迷い込んだ。ずっと長雨で餌が捕れなくていらいらしているところに、大好きなネズミを見つけたものだから、本能でネズミを追いかけたのだ」
「おお。動物は狩猟本能が壊れていなければ結構なことだ。で、どうした。そのゲンという狸は」
「ゲンはそのまま、ネズミを追ってV村に迷い込んだというわけさ。正確にはまだ境界のところだがのう。そこをゴン太達に見つかって、木に逆さ吊りにされて十叩きのお仕置きを受けたというわけだ」
「そのゲンとかいうのは若い狸なのか。もしも、若い狸ならお仕置きは仕方がないぞ。掟に従ってお仕置きするのが正道だもの。年寄りの場合は、事情を勘案してやらねばなるまい。認知症などの病気によって徘徊して、それで境界からこちらの村に迷い込んだなどという場合は、お仕置きはできんわな。本人、いや本狸のせいではなくて、それは病気のせいだもんなあ」
「いや。俺より少し年下程度の爺さん狸だよ」
「げっ。そうなのか。俺はいつも年寄りを大切にせよと、この村の若い衆には常々言っているが。でも、本当にゴン太達の仕業なのか。ゲンとかいう年寄りの見間違いではないか。あいつは悪戯好きだが、年寄りに迷惑をかけるようなことはせんと思うが」
「見間違いではない。ゴン太は俺の村でも、お前には悪いが、はっきり言って悪戯好きな狸として有名だ。それに、他の仲間とおぼしき若い連中が、その大将格の狸をゴン太と呼ぶのを聞いておる。俺はお前とは長年の付き合いがあるから、ゴン太という名前を聞いてお前の孫だとすぐに分かったよ。誰にも言わなかったけれど。とかく身内のことにはつい甘くなるのは、狸のよくないところだ」
「ふむ。そりゃ済まないことじゃったな。よし、ガンジよ。儂からよく言うて聞かせておく。あいつは、早くに父親を亡くして、しかも儂にはたった一匹の可愛い孫だから、つい甘やかしとった。ところで、久し振りに一献汲み交わさんか。昔のよしみじゃ。昔話などしようぜ。せっかくじゃもの」
まだ夜になったばかりだというのに、昔馴染みの老人二匹はささやかな酒宴を開き、昔話に興じた。
「のう、ジンよ。以前はこの村もあの村もなくて、みんな互いに行き来したものだと、年寄りからよく聞かされたものじゃなあ。俺達の親の若い頃も、まだお互いの親類などと行き来していたが、最近はとんとどっちも交流がないのう」
「ほんまに」
「もうずいぶん前に人間の勝手で水路があちこちに出来て餌場が減少したお陰で、ひとつの村が分裂し、段々と交流が減ってしまって、今ではもう、あそこはお前の村、ここはお前の村ではないというようになってしまったが。もはや何ともならぬなあ。まあ、せいぜい喧嘩しないように平和に暮らそうな」
「そうだな。なってしまったことは元に戻せんし。さっきの話は、儂からゴン太によく言っておく。ガンジよ。もっと飲め。このつまみのミミズは、今朝獲ってきたばかりで新鮮だから、これで一献やるとたまらんぞ。お前の大好物のバッタの唐揚げも用意しとるぞ」
「ジンよ。おれの大好物をよく覚えていてくれたなあ。しかし、バッタの唐揚げは、最近はあまり食せぬ。ジンよ。今では少し寒くなると、俺は湯豆腐が恋しくなってなあ。家の婆さんがこさえる湯豆腐はうまいぞ。出汁昆布は一番上等のやつを使うからな」
「そうか。かつての大食漢の美少年は、もはやすっかり枯れてしまったのか。まあ、バッタの唐揚げは残っても、ゴン太が食べるだろうて」
「おう。このミミズの刺身もなかなかいけるぞ。特上の大きなミミズで作ったからなのか。やはり、料理は素材の良さが大切だな。ジンよ。頼みがある。このミミズを後で塩辛にして送ってくれぬか。お猿の宅急便で、俺の自宅に宛てて送っておくれ」
「そうか。それではそうしよう」
「おお、ありがたい。ところで、ジンよ。お前の若い頃の一番苦い想い出はなんだ」
「そうだな。お袋が予想に反して早く他界したものだから、親孝行ができなかったことが一番の気がかりだった。これは、お前の質問の苦い想い出というのとは違うが、ともかくそれが一番心残りなもので。全く、俺はお袋には心配かけたものだ」
「そうか。プレイボーイのお前が、次から次へと相手を変えるものだから、女たちの親から苦情が続々と舞い込んだな。だけどもお前のお袋さんはお前には何も言わずに、全部裏で苦情処理をしてくれていたと、お前の姉上からこっそり聞いたことがある。お前の姉上は、みんなの憧れ的だったなあ。まあ、しかし、子を思う親の迷いはいつも同じだな」
「それから、狸大学の近くの居酒屋で、大勢で落花狼藉の大暴れをしたことがあったなあ。あの時、みんなを代表してお前と俺、そしてお前のお袋さんでお土産を携えて、居酒屋の女将に一緒に謝りに行ってこともあったな。お互い母親には迷惑も苦労もかけた」
そう言うジンの老いた両目はうっすらと潤んでいた。

ガンジは秋の日の夜明け近い時刻にとぼとぼと自分の村へ歩いた。お猿の駕籠屋を予約しようと思っていたが、健康のために歩いて帰ろうと思ったのだった。
ちょうど、村境の、ゲンが十叩きの刑に遭ったらしい場所で、若者達の喚声が聞こえた。
「おい、見ろよ。なんともみすぼらしい爺さんが通るぜ。あれでもS村の長老だというぜ。ひどい格好だぜ。襟巻きなんかしてさ。年寄りは嫌だね。ああはなりたくないな」
「それに杖なんか突いているぜ。杖に頼らなきゃ歩けないようでは、狸もおしまいだな。あの爺さんはいったいいくつまで生きるつもりなのか」
ガンジはそんな声を無視して歩こうと思ったが、若者達が周囲をぐるりと囲んでいるから歩けない。
まさか、いくら隣村の年寄りとはいえ、長老とまで言われている狸に対してなんのいわれもないままに暴力を振るうことはないだろうと思っていた。
「どれ。道を空けてくれ。儂は先を急ぐのだ。ここを通行することは事前に告げてあるぞ。ふむ。どうやらさすがにゴン太はいないようだな。ゴン太の祖父と儂は長年の友人だ」
「おいおい。爺さんよう。偉そうに話すのはやめた方がいいぜ。ここはまだ俺達の村だぜ。あんたの村はもう少し先だ。それに、ゴン太がいようといまいと俺達にゃ関係ねえよ。俺達はただ汚い年寄りが嫌いなのさ」
「ふむ。年寄りは汚いから嫌いか。しかし、いずれお前達も儂のような汚い年寄りになるぞ。今は若くても、動物は年を取るものだ」
「ふん。俺達は、年寄りになる前に死んでやるさ。若くて元気なうちに好きなことをして、太く短くたくましい人生、いや狸生を送るのさ。だから、俺達はあんたのようなみすぼらしい年寄りにはならねえんだよ。分かったかい」
「なんとも失礼なやつらだ。年寄りに対する口の利き方も知らないのか。いったい、お前達はどんな家庭教育を受けているんだ。親の顔が見たい」
「なんだと。このじじい。こっちが温和しくしているといい気になりやがって」
「まあまあ。みんな待て」
こう言いながら一匹の眼鏡をかけたいかにも賢そうな、勉強が大好きというタイプの若者が輪の中から現れた。
「長老。色々と言いたいことがおありだと言うのは分かりますが、それにしても今の親の顔が見たいという発言は良くないですね。それは、私達を育ててくれた親に対する侮辱ですからね。それに、ゴン太の祖父は、確かに今は長ですが、そろそろ世代交代を求める声が出ています。まあ、あまり、長という権威を振り回したりしない方がいいですよ。それに私達若い世代に負けまいとして、言い争いはしない方がいいですよ。年寄りの冷や水になりますよ」
「なんと。君達は」
ガンジはそういいかけて絶句してしまった。自分達の村では絶対に考えられないことが起きているのだ。年寄りに向かって暴言を吐く若者、あまつさえ蕩々と説教する若者、事があれば暴力を振るいかねない若者達が、隣村の長老と言われる自分に刃向かっているのだ。絶句したままでいるゲンジに向かって、あの賢そうな若者がよく通る声で一首詠み上げた。

「身に添うは頭巾襟巻杖眼鏡たんぽ温石尿瓶孫の手」

「そうや。そうや。このじじいは、全くの襟巻きじじいや」
「みてみい。このじじい。杖でやっと立っとるで。自分の両足で立つこともできんらしいぜ。それなら、真ん中の足なんかもっと立たんわい」
「じいさんさあ。もう女は抱けるからだじゃないんだから、温石とやらを抱いてさ、ついでにおしっこを漏らさないように、尿瓶でも抱いて寝た方がいいよ。じいさん」
「そうだよな。俺達は女をたくさん抱けるもの。俺なんか、毎日抜かずの三発だよ。それにしても、この前の雌はよかったよ。実にいい雌だった」
「げっ。俺は抜かずの三発なんてできない」
銘々が勝手に好き放題にお喋りをしている。
「よう。じいさんや。どうしたのかね。その赤い頭巾は。頭巾でも被らないと、頭がズキン、ズキンと痛いかもね」
「はっ、はっ、はっ。そいつは面白いな。頭巾を被らないと頭がズキン、ズキンか」
「そう言えば、背中が痒くても孫にも背中を掻いてもらえないよな。汚い爺さんだもの。孫の手使って自分で痒いのを始末しな」
それからもしつこく若者達の悪態は続くのだが、ガンジは怒りのあまり若者達の悪態はもはや耳に入らなかった。
そして、いきなり杖を振りかざして、猛烈に杖を振り回しながら若者達の輪を突破して自分の村に帰った。あの時、どうしてあんなに速く走ることができたのか、後で考えてもよく分からなかった。
隣村の若者達に受けた屈辱はなんとしても晴らしたいと考えてひたすら走るしかなかったし、ガンジの感情は大いなる怒りの渦の中に燃えていた。
ただ、ガンジは友人の孫のゴン太が現場にいなかったのは不幸中の幸いだと思った。


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狸の和解 一 ゲン爺の災難 [小説]



秋だというのにしとしとと降り続く雨にS 村の狸達は遊びに出ることも出来ず、窖に籠もっているばかりだった。T県とU県の県境に近いS 村は、山間の美しい水田が広がる閑静な山里である。
ついこの間までは黄金色のよく実った稲穂が見られたが、もはや水田に稲藁の山が見られるだけで、夕景の中で水田の周囲には枯れ果てた芒の穂が風に揺れていた。
狸の集団は、S 村の水田の広がる山里をもう少し山を奥に入ったところに住居を構えていた。この集団は長老もいれば和尚もいるし、赤ちゃんも、妙齢の雌狸だっているごく普通の狸の集団だった。普段は狸の集団同士で無益な軋轢を生まないように平和な生活を送る狸達だった。
この日はいささか平時の平和な様子とは違った殺気だった雰囲気の中で、村中の狸が鎮守の森の裏手にある小高い丘に、一堂に会して会議を開催していた。
「ゲン爺。みんなに話してくれ。お前が、隣村のゴン太とかいう悪戯好きなガキ大将にどんなひどい目に遭わされたのか」
ゲンは狸達の中で鍛冶仕事ができるので、村中のみんなが鋏を研いでくれだとか、鍋の破れを修理してくれとかで結構忙しいし、ゲンがいなくなると忽ちみんなは困ってしまうのだ。普段はもの静かで、ほとんどろくに話もせずに、自分の仕事だけをしているいかにも職人気質丸出しのゲンだったが、この日はみんながびっくりするほど怒っていた。

「あれは二日前のことだった。儂は仕事が終わった後で、いつものように餌を捕りに出かけた。なにしろ支給される餌というのは、腹は膨れるけれど酒のつまみにはならん」
「ほんまにゲン爺さんは、呑兵衛やし、またつまみもぎょうさん欲しがるわ」
こういって茶々を入れたのは、ガンジの隣家の狸コウ婆さんだ。
ゲン爺は、コウ婆さんのそんな茶々には全く構わず淡々と話を続ける。
「いや、別に支給される餌に不満があるというわけではないんだ。ただ、仕事が終わった後の晩酌は堪らんのさ。だから、ちょいと、そのう、酒のつまみになるようなものを獲りに行ったのさ」
「しかし、このとおりの秋の長雨では、近辺にはろくな獲物はいなかっただろうよ」
村の幹部のロンが心配そうに言う。ロンはゲンの友人でもある。
「ああ。だいぶ獲物を捜したがなんの成果もなくて、仕方なく窖に帰ろうと、道を横切ろうとした時だった。それは、もうすぐ夜明けが近いという時刻だったので儂は疲れていた。そこは隣村との境界ぎりぎりのところだった」
「ゲンさん。隣村の領域に入らないように注意はしていたんだろう。でも、ゲンさん位の老狸なら、掟に抵触しても多少のことには目を瞑ってくれると思うが」
コウ婆さんが聞いた。
「おうさ。それよ。隣村の境界でもあるし、掟に抵触しないように注意はしとったさ。ただ、その時儂の目の前をよく太ったネズミが走った。それで、つい本能のままにネズミを追いかけて、隣村の領域に踏み込んでしまったとうわけだ」
「そこで隣村の悪戯好きのゴン太達と鉢合わせしたというわけか」
「そうじゃ。実は遠くから儂のことを見ていて、罠をしかけようとしたらしい。あのネズミは、儂を隣村に入り込ませるために、隣村の若者達がわざと解き放ったとしか思えない」
「なんでそう思うんだい、ゲンさんは」
再びコウ婆さんが聞いた。
「その証拠に、儂がネズミを追いかけ始めるとすぐに儂を取り囲むように何匹もの若い狸がわんさと集まってきた。その中で一段と体格が良くて悪賢い青年風で大将格の奴がいた。みんながそいつを『ゴン太さん』と呼んでいたので、その大将格がゴン太というのだと知った」
「なんと。その大将格のゴン太と取り巻きの若い衆がゲン爺になにかしでかしたか。考えられんことだ」
「ガンジ長老よ。これは問題ですぞ」
幹部のロンが大きな目玉をむいて悔しそうに言った。
「まあ、ゲン爺の話を最後まで聞こうではないか」
「儂ら狸の世界では、昔から若者は目上や年寄りに敬意を払い大切にする、というのが良き伝統として尊ばれたというのに。このS 村ではまだその良き伝統があるというのに、隣のV村ではその伝統は崩れたのか」
「そういえば、俺の親戚がV村にいるけれど、あの村の長は、最近では体も気力も弱ったのかしらないが、みんなの支持を得るためには何でもなりふりかまわずみんなの言うこと聞くようだと、零しとったぞ」
中年のキンジが事情通のところを見せた。
「ゲンさん。それで、ゴン太らはお前さんに何をどうしたんだい」
「儂は、自分が掟破りの行為を咎められたのだとすぐに悟ったので、素直に謝ったんだよ。年寄りなもんで儂は足が遅いし、最近の長雨でろくな食い物を口にしていなかったんで、大好物のネズミを見たら本能でネズミを追いかけてしまったのだ」
「おお、おお。いかにもそうだ。本能が追いかけるのだよ。別に俺達が意識して追いかけるわけではないぞ。動物はみんなそうだ」
「ああ。またシン爺さんの持論が始まったよ。本能が壊れたら生きてはいけない。本能の前には隣村の境界なんかないのは当然だ。本能が壊れても生きていけるのは、人間という化け物だけだ、と言いたいんだろう。シン爺さん」
「そうじゃ」
話の途中で他の狸が色々とせわしなく茶々を入れたり、合いの手を入れたりするが、ゲン爺はあまり気にすることなく続けた。
「そこでついV村の境界に入り込んだ。隣村には入り込まないという約束があるのは当然知ってはおるが、悪気があったわけではないので許してくれと頼んだ」
「本能の問題だと説明しても分からんのか。なんとも仕方がない連中だ」
「シン爺さん、すみませんがやめてください。あなたが持論を展開すると、いつ終わりになるか分かりません。ゲン爺さんの話が聞けなくなります」
「そうだ。リュウの言うとおりだ。シン爺さんは黙っていたほうがいい」
「シンお祖父さん。誠にすみませんが、リュウさんの言われるとおりにして頂けませんか。僕達からもお願いします」
「ブンまでもそういうのか。分かったよ。口を挟むのはやめよう」
シン爺さんは、かつては狸大学で犬語や熊語、さらには蜂語なども習得し、哲学も勉強して大学者になるはずだった。しかし、父親が急死したためやむなくこの故郷に帰り、しがない田舎のS 村狸高校の教師として暮らすことにしたのだった。
東京で人間に化けて大学者になる夢を捨てたのは、故郷に残った心優しい母親への思いだった。母親想いのシン青年は自分の夢を諦めて、母親と故郷の後輩に大学者の夢を託そうと決心したのだ。
だから、今も理屈っぽいところがあり、みんなから尊敬を受けながらも、ある意味では敬遠されていた。ブンはシンの可愛い孫であるから、ブンのいうことにはシンはなんでも素直に従う。
ゲン爺は再び口を開いたが、目からは涙が流れていた。悔しい思いをしたことをまた思い出したに違いない。
「大将格のゴン太は、儂が謝っても掟は掟だと強く主張して譲らないのだ。若者の中にはお年寄りのことだから大目に見てやるべきだというのもいたのだが。ともかく儂の話には耳を貸さないで、掟に従って木に逆さ吊りにした上で十叩きの刑だというのだ」
「十叩きだと」
ロンが、鐘の割れるような大声で叫んだ。
ゲン爺は、ロンの大声は全く気にせずに、またもや淡々と語った。
「儂は長生きしていて哀しいと思ったのは、この時が初めてだったよ。長生きすれば恥多しとはいうけれどな。もう、儂は死んでしまうのかと思ったが、たまたまそこに人間が通りかかったのさ。それが、樵夫の兵蔵だったからよかった。兵蔵の姿を見ると、ゴン太達は一目散に逃げた。兵蔵は怖い顔をしているが、心根の優しい男だ。木につり下げられた儂を解放してくれたのだ」
「そりゃあ、ひどい話だな。よしよし、儂が隣村の長と直接会って今後の処置を話し合ってこよう。みんな、軽率な振る舞いをするではないぞ。無益な争いはいかん。よし、今日はこれで解散じゃ」
長老のガンジの一言でみんな一斉に立ち上がり、それぞれの塒に帰って行った。

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七妖伝 第十一回 義一、真正七福神像を入手する [小説]



西洋の悪魔が全滅したのを見ていた九尾の狐は、いまいましそうに妖怪達を叱りつけた。
「お前達がしっかりしていないから、七福神にはコテンパンにやっつけられるし、西洋の悪魔も全滅したよ。本当に、腹が立つわね。なんとか、ならないのかね」
妖怪達は恐れをなしていたが、どう転んでも怒られるのならばと思い、全員で九尾の狐に申し立てた。
「恐れながら、九尾の狐様に申し上げます。我々妖怪ではとても七福神には太刀打ちできませんし、期待していた晴洋の悪魔達でさえも簡単に退けられました。こうなった以上は、七福神とは距離をおいて構わないことです。人間にもちょっかいを出さないことです。触らぬ神に祟りなしとは、言い得て妙です。九尾の狐様、どうぞお願いします。我々は魔界で静かに暮らしましょう」
「ええい、不甲斐ない。でも、ともかく暫くは放っておくしかないね」

その頃、憧れだった鎌倉・江の島七福神巡りを果たした義一は、また何の感動もない日常の中に埋没していった。今の義一にとっては、七福神を崇拝することだけが生き甲斐となっていて、他のことには何の関心もない。
ただ、収入をえるための農作業だけは、早朝から日没まで全力投球している。だから、日々の暮らしは単調であり、犬のタローと時折散歩したりする程度である。
鎌倉・江の島七福神巡りを済ませてからの義一は、ますます信仰心が篤くて穏やかな人となった。
例の九尾の狐が夢の中で示唆して金塊と思いこんでいるただの土塊は、神様から授かった宝物として手つかずのままにしてあった。
七福神は至高の天界から、義一の行為を見守っていたが、信仰心はますます篤くなるし、日々の行いも淡々と農作業をしており、欲張りな願い事をしたりしないので、義一のことは人間としてはなかなかのものだと評価されていた。
しかし、七福神としては九尾の狐の配下の妖怪たちが、術によって自分たち神様に化けて、義一の夢の中で告げたでたらめな言葉を義一が信じて、その結果裏庭から掘り起こされたただの土塊を金塊と思いこんだままでいるのを、何とかしてやろうと考えていた。
このような状態を放置しているのは、七福神に対する義一の信仰心が本物にはならないと考えているのだ。早く、義一の目を覚ましてやらねばならないと考えているのである。

「どうだろうか。みなさんにお聞きしたいが、義一の目をそろそろ覚ましてやらねばいけないと思いますが」
「九尾の狐に化かされたままでは、義一も可哀想たが、我々神様が嘘をつくのかという疑問を義一に抱かせかねない」
「早く解決せねば。具体的にどうするかな」
「土塊を本物の金塊に変えるか」
「いや。それではよくないでしょう。やはり、きちんと妖怪に化かされたのだと教えてあげることでしょう」
「そうですね。何も努力しないで金塊が手に入るなどということはありえない、と教えるのが一番いいでしょう」
「そうしますか。あの男は元々金塊が欲しいというよりは、七福神崇拝の証拠として何か良い物が欲しいと思ったわけで、我々の像と交換してあげますか」
「まあ、そんなところでいいのでは」
こうして、七福神は、義一が九尾の狐の詐術によって保管せざるをえない状態になっている土塊と、真正七福神像とを取り替えることにした。

夏の終わりのある夜、義一はかんかん照りの中で農作業に全力投球したため、すっかり疲れていた。風呂上がりにビールで喉を潤して枝豆と焼き鳥で軽くお腹を満たして、後で簡単な食事をしようと思いつつ、ごろりと横になった義一は、深い眠りに入った。
七福神は、今日は夢の中で哀れな信仰心の篤い義一を救う絶好の機会だと判断して、夢に現れた。
「これ、義一よ。私たちは鎌倉・江の島七福神である。この前は、遙々と参拝に来てくれてありがとう。さて、ひとつお前に言っておくことがある。以前お前に金塊を授けたが、あれは本物の七福神の仕業ではない。詳しくは説明しないが、お前は九尾の狐の詐術に遭ったのだ。だから、あの金塊と真正七福神像とを取り替えてやろう。お前は、ただ七福神をありがたがって崇拝するのみで特に何も祈願しないから、お前の信仰心を本物と認める。だから、明日起きたら金塊を保存してある金庫を確かめるのだ」
宝船に乗って七福神は、威厳のある神様として厳かに義一に申し渡した。義一は、夢の中でも、荘厳な尊いものだと分かったので、以前の九尾の狐の詐術の時には、義一もうち解けた雰囲気で接したが、今回は前回とは違った対応で接した。平伏して七福神の申し渡しを聞いていたのだ。
そして、翌朝例の金庫を開けた義一は、まさしく七福神像があるのに感じ入った。それからは、一切の七福神を片付けて金庫から出てきた七福神像のみを拝むことにした。
ここに到っては邪悪な九尾の狐も、これ以上義一をからかったり、攻撃したりすることはできないと悟ってきっぱりと諦めた。
また、西洋の七つの大罪を司る悪魔は、いずれも七福神によって粉々にされたのだが、そのかけらを一つずつ拾い集めた悪魔の仲間がいた。
「まあ。今回は七福神にやられてしまったが、人間の欲望は無際限だから、いつでも俺達の出番はあるだろうよ。さて、このかけらを拾い集めたら、再生しなくてはならないな。全くもっと、手間暇がかかることだが、こいつらを再生させないことには、人間の悪徳の歯止めも出来ないことだし。さあ、さっさとここは、去っていこうか」
この悪魔の仲間の名前も容貌も不明だが、こうして七つの大罪を司る悪魔は、人間の知らないどこかで再生されるのだろう。
粉々になった悪魔のかけらを拾い集めた悪魔が、この日本を去る時、闇黒の虹が架かっていたけれど、もちろんそれは人間の目には不可視であった。
「ほお。どうやら、西洋の悪魔が退散するが、どうやら消滅した悪魔のかけらを拾っている悪魔の仲間がいるようだ。また、西洋の悪魔はすぐに蘇生するのだろうな。まあ、よいか。人間がいる限りは悪魔も消えんのだろう。私達の出番もまた来るかもしれないな」
大黒天と寿老人、福禄寿の三柱の神が同時に同じ事を呟いた。残りの四柱の神様もそれを聞いて、もっともな事だとばかり頷いた。

そして、今日もまた、多くの老若を問わず善男善女が、七福神を巡って、「ああしてください、こうもしてください」と、自分の努力も経緯も考えずに、欲望を七福神に丸投げするのであった。
丸投げする方は、別に悪意があるわけではなく、名もなく貧しい善男善女であるだけに、七福神としても困ってしまう。そういう時には、七福神は何もせずただにっこりと微笑んでいるだけだった。
終わり


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七妖伝 第十回 悪魔の軍団崩壊する [小説]



「ええい。西洋の悪魔もたいしたことはないわね。いっそのこと、妾が一気に七福神と対決して片付けてやろうかしら」
「九尾の狐様に申し上げます。相手は神様ですから慎重にしなければ。それにまだ、西洋の悪魔は三匹残っていますから、奴らと七福神の対決の結果を見てから、作戦を立ててはいかがでしょうか」
「ああ、八房の言うとおりだね。まずは、西洋の悪魔のお手並みを見ていよう」
妖怪の中では少しは人間と暮らしたことがあるだけあって、八房はなかなかまともなことを言うのである。それに比べると、猫又は長いこと人間に飼われていたにしては、頭が良くない。犬の比べると猫は元々、脳みそが足りないのだろうと推察できる。

義一は再び歩き出した。いよいよ次の妙隆寺に祀られる寿老人に参拝するのだ。義一は、小町大路を妙隆寺の方向に歩いた。途中で義一は、有名な日蓮辻説法跡を見た。
寿老人は言うまでもなく長寿の神様である。死するものとして定義される人間の最大のしかも傲慢極まりない望みが不老不死である。秦の始皇帝ほどの権力者でも不老不死を願っていたのである。しかし、不老不死など望むべくもないことを知っている、普通の人間はせめて長寿を手に入れたいと思うのである。
「長生きすれば恥多し」と言った中国古代の聖人の考えは、そのように素朴に長寿を願う普通の人間には少し理解しにくい。普通と違うからこそ、聖人なのであろう。
ただ、単なる長寿では困ってしまう。やはり、健康であると言う前提でなおかつ長寿でなければそれこそ「恥多し」という状況になる。
人間が最後まで自分自身で始末をつけたいと思うのは排泄物である。万一、寝たきりになって、排泄物の始末を他人に依頼しなければならないというのは、やはりとても辛いことであると、義一は常々思っていた。
それで天涯孤独の義一は、あまり長寿には拘っていなかった。それよりもぴんぴんしているうちにころりと死にたいと常々願っていた。だから、今日も長寿の神様である寿老人に、「ぴんぴんころり」をお願いしたのであった。このようなところが、義一が周囲から変人呼ばわりされる由縁である。
義一が妙隆寺を出た途端、一瞬身動き出来なくなった。今度は「嫉妬」を司る悪魔レヴイアタンが出現したのだ。
なぜ、「嫉妬」を司る悪魔が、長寿の神様である寿老人と対決することになったのか。寿命というものは人間が勝手に操作できないものだから、人間にとっては最大の願望なのであり、それを手にしていない人は、それを手にしている人に対して嫉妬するのでる。
女、金、豪壮な家、高級車、地位、名声、名誉、勲章といろいろなものを次々に入手できたとしても、寿命ばかりは保証の限りにあらずである。もっとも、最近ではアンチ・エイジングとかいって、お金さえ出せば若さを保つことができるようなものがあるらしいが、寿命までは操作出来ないだろうと思うのだが。
嫉妬は女性が、自分が愛する男性が自分以外の女性を愛する時に抱く焼き餅の感情だけではない。男が逆に嫉妬する場合には、「甚助を起こす」という言葉があるくらいだ。
さらに、男同士の嫉妬は根深い。中でも組織とりわけ会社の中での昇格あるいは出世に関する嫉妬は、信じられないほどのものである。これは、組織の大小を問わずに、組織で働く人間なら誰しも経験していることだろう。足の引っ張り合いというのもまた嫉妬のなせる業なのである。
貧乏人が金持ちに羨望の念を抱く。足の遅い少年が足の速い少年を羨む。不細工な少女が美少女を嫉妬する。頭の悪い人間が頭の良い人間をねたむ。
深く考えなくても我々人間は、物心ついてから死ぬまでに、何度他人と自分を比較し、何度嫉妬の業火に身を苛まされることか。他人と比較しなければ嫉妬などは生まれないのかというと、それは違うだろうと思われる。他人との比較がなくても、やはり嫉妬はあるのだろうと思われる。嫉妬は、単に人を羨むのみではなく、幸せになっている人が不幸になればよいというおぞましい感情である。
そういう業突張りの人間が最後に手に入れたいのが長寿である。酒も煙草も人一倍という人間が長生きだったり、品行方正で健康に留意して運動も食事も注意している人間が短命だったりするのだ。人間として生まれたら、不条理からは逃げられないのである。
さて、寿老人に目を転じよう。「嫉妬」を司る悪魔レヴイアタンと対峙する寿老人は、鹿を伴って杖を突いている。
「何だい。ただの老人ではないか。この国では、老人というだけで神様になれるのか。それなら,俺達悪魔はずっと昔から生きているぜ。これから先も生きるさ。さあ、老人はさっさと帰るがよい」
「ははは。私は帰らないよ。お前を滅ぼすためにここに来たのだよ。どれ、ひとつ片付けるか」
「ほほう。俺とやり合うと言うのだな。面白い。それでは、まずはこれを受けてみよ」
そう言いながら、レヴイアタンはなにやらねばねばとした物質を投げつけたが、寿老人が鋭く繰り出す杖によって打ち砕かれる。レヴイアタンは懲りずに何度も同じ動作を繰り返した。
どうやらこの物質は、嫉妬という劣情がもたらす、他人には不幸をもたらし、自分には幸運をもたらすという身勝手な思いが粘着性物質になったようだ。これに当たると、一生付きまとって離せないのである。ベタベタとした気味の悪い悪質な嫉妬が一生付きまとう不吉な塊なのだ。
しかし、こんなにものは神様の一員の寿老人には何も利かない。
「うぬ。それではこれではどうだ」
無数の火炎弾が寿老人に襲いかかる。樹木は非常に長くその生命を保つことから、長寿の象徴として樹老人とも表記される寿老人に対して、火で木を燃やし尽くそうと思ったのだ。雷獣が寿老人と戦った時には、樹老人ならば雷で樹木を引き裂こうとしたのだが、それは見事に失敗した。今、レヴイアタンは、火炎弾で樹老人を焼き尽くそうというのだが、寿老人が杖を振りかざしただけで、大量の水が火炎弾を鎮めて、寿老人は何事もなかったかのように静かに佇んでいる。足下の鹿にいたつては、全くのんびりとした表情で身を横たえている。
「おのれ。それではとどめをさしてやろう」
元々は、鯨あるいはワニを象ったとも言われるこの悪魔は、巨大な鯨になって寿老人に襲いかかる。口からは火を噴いて、鼻からは白煙を上げている。その巨大な尻尾で寿老人を打つが、寿老人は鹿に乗って素早く動くので、全く見当違いの所を打つことになる。
寿老人を背中に乗せた鹿が、鯨の背中を跳ね回り、その度に寿老人が杖で突く。あちこちを突かれるうちに、徐々に鯨は小さくなってとうとう最後には破裂してしまった。
不気味な三色の虹から、青い虹がすうーっと消えて、残りの虹は二色になってしまった。

一瞬だけ身動きできなくなった義一は、今日はたびたび動きが一瞬だけ止まるということが起きるので、七福神巡りが終わって田舎に帰ったら、隣のF市の大きな病院に行って、診察してもわらねばならないと本気で考えた。
義一は、毘沙門天が祀られている宝戒名寺に向けて足を速めた。毘沙門天の他には、鶴岡八幡宮の旗揚弁財天、浄智寺の布袋尊の三柱の神様を参拝すれば、念願だった鎌倉・江の島七福神巡りは完了するのである。
旗揚弁財天は中に安置された弁財天を拝むことはできないようだから、外から拝むのみだ。江島神社で弁財天の参拝は済ませたから、それでもよいだろうと、義一は考えたのだ。
宝戒寺は、北条義時が小町邸を造って以来、北条執権の屋敷であった所に建っている。現在の地名では小町三丁目になる。義一は、さすがに鎌倉というところは古都だけあって、昔ながらの地名が残っているのは喜ばしいと、素直に思った。この寺は秋になると白い萩の鼻で埋め尽くされるそうだ、という程度は義一も知っていた。
ご本尊の地蔵菩薩の左に安置された毘沙門天を参拝し終わり、義一は境内に戻った。境内の中では何も以上はなかったのだが、境内から一歩踏み出した途端に、またもやあの不可解な身動き不能の状態を一瞬だけだが味わったのだ。
「憤怒」を司る悪魔サタンが毘沙門天と対決すべく待ちかまえていた。元々はサタンとは、「妨げる者」という意味だったようだが、徐々に「敵対者」という意味になったようだ。通俗的には、背中に羽根が生えた恐ろしい表情の悪魔であり、悪魔の代表でもある。
対する毘沙門天は鎧兜に身を固めて、手にはいつもの宝棒を持っている。西洋の悪魔と対決するからといって、普段とは変わらないのが神様の原則で、他の神様もそうであった。
サタンは鋭く尖った尻尾を切り離して次から次へと毘沙門天に撃ち込む。悪魔の尻尾は切り離されるそばから再生し、次々に屋のように放たれるのだ。
毘沙門天は宝棒をぐるぐると回転させて全て弾き返す。毘沙門天が背負った火焔は、ゆらゆらと揺れる。
サタンは羽根を広げて宙に舞い、口を尖らせて息を吐く。すると、空気が鋭い槍のようになり、毘沙門天に撃ち込まれる。
毘沙門天は背中の火焔を手に取り、火焔を槍に投げつけると、空気の槍は火焔によって簡単に消滅した。
空気の槍も無駄に終わったとしるや、悪魔は空中にとどまり、なにやら呪文のようなものを口にした。すると、暗雲が広がり、激しい風雨が毘沙門天の火焔に吹き付けた。毘沙門天の火焔は、このためローソクの炎くらいに小さくなったが、それでも完全に消えてしまったわけではなかった。
毘沙門天は、悪魔に向かって自分の兜を投げつけた。兜はサタンの羽根をもぎ取り、まるでブーメランのように毘沙門天の手に戻る。
二度目で完全に羽根をもぎ取られたサタンは、すっかり戦闘意欲をなくした。それを見て取った毘沙門天が、今度は宝棒を槍のように投げた。宝棒はサタンの胸にささり、こに悪魔は消滅した。
その時、邪悪な虹が大きく揺らめいて黄色の虹が消滅し、虹はとうとう橙色一色になったのであった。

再び元に戻った義一は、何が起きたのかもほとんど自覚しないまま、鶴岡八幡宮へと、若宮大路を足早に歩いた。
鶴岡八万宮に安置される旗揚弁財天を拝観するのはできないので、外から拝むだけにしようと義一は最初から決めていた。
鎌倉五山の一角を占める淨智寺は、禅宗が栄えた時期に創建された。現在の北鎌倉の駅からは徒歩でも十分程度で行ける所にある。
ここの布袋尊は背中に袋を負わず、右手で前方を指しているが、神様の姿は一定していないので、あまり実際の像の姿に囚われないほうがよい。
古狸と戦った時の姿は、袋を背負っていたし、今から出現する布袋尊もまた、袋を背負っている。
境内を奥に進むと洞窟があり、その中に布袋尊は安置されていた。ここの布袋尊は、家庭円満の神様とされているが、天涯孤独の義一には家庭円満を祈る必要はなかったが、鎌倉・江の島七福神巡りの順番の最後に当たったのが布袋尊なので、家庭円満をお祈りした。浄智寺の境内を一歩出ると、またあの身動きできない感覚が一瞬義一を襲った。
その時、人間には不可視の世界で、「傲慢」を司る悪魔のルシファーと布袋尊が対峙していた。
布袋尊は、七福神の中で唯一実在の人物が神様となったものであるが、大黒天が持つ福袋とは違って、布袋尊が持つのは堪忍袋である。つまり、傲慢とは対極の精神が対峙しているのだ。
全天使の長であったルシファーは、土から作られたアダムとイブに仕えよという神の命令に不満を持ち、堕天使となり追放されたという。誠に、傲慢という病気は治療法補がない難病中の難病とも言えるだろう。
「へん。汚い爺さんだな。それにほとんど裸同然だぜ。もっとましな衣装はないのかい。それに、そんなに膨れた腹では、身動きできないのではないか。全天使の長であった俺様に戦いを挑むなんて、そんなだいそれた考えはやめておけ」
「ははは。私はなにものにも囚われない。服などは破れたらどこか誰かが恵んでくれよう。それにこのお腹にはたくさんの善男善女から頂いたお布施が詰まっておる。そこにいくと、お前は自分だけが最高の存在だと思い上がっておるな。さあ、消えてもらおうか」
「この国では神様は八百万もいるらしいな。中近東とか西洋では神様というのは唯一至高の存在だぞ。俺様は、その唯一至高の存在に仕えていた。しかも、全天使の長だったのだ。つまりだ、俺様は唯一至高の神に次ぐ尊い存在だったのだ。お前なぞ、八百万もいる神々の一員に過ぎないではないか。しかも、元々は中国から来たのではないか。そんなちっぽけな貧乏くさい汚い神が、この尊い俺様に向かって偉そうな口を利くな。お前こそ滅びてしまうがよい」
「はは。たしかにこの国には神様がたくさんおられるわい。しかも、仲間の弁財天、毘沙門天、大黒天は元々インドの神様だ。寿老人、福禄寿、そして私の三柱の神は元々中国出身だ。これは、この国がいかに外国の文化や考え方に柔軟であり、寛容であり、よいものは受け入れるという素晴らしい文化を持っているかの証だわ。ここには、お前のように自分だけが偉いとか地位が高いとかなどと思う神様はいないぞ。偏狭なるが故の傲慢か」
「くそ.ああ言えばこういうやつだな。この光線を受けてみよ」
そう言うと凄まじい量の光の束が布袋尊に向かって放たれた。ルシファーはラテン語のlux「光」 とfer「帯びる」という言葉の意味であるので、悪魔でも光を駆使するのだ。
この光の束を浴びれば物質は切断されたり、穿孔されたりするという恐ろしいものなのだが、布袋尊は少しも慌てない。
猛烈な勢いで大量の光の束が近づくと、布袋尊は大きな袋の口を広げた。すると、光の束は何の疑いもないようにその袋に入っていった。布袋尊はニコニコとほほえみを浮かべたまま何もなかったかのように佇んでいる。
「おお。お布施か。僧はお布施をもらってもありがとうとは言わないのでな」
強襲に失敗したルシファーは、今度は大きく広げた両手から次々に光の矢を飛ばす。この矢に射貫かれれば爆発して一瞬で全てが水蒸気になるというものだ。
布袋尊は手にした杖をくるくると回した。全ての矢が弾き返されてしまった。
「ほほほ。どうしたかな。西洋の悪魔よ。お前の手のうちはそれだけか。傲慢なくせに技の少ない奴だ」
「何を。それではこれではどうだ」
今度は光が円盤となって無数に押し寄せる。悪魔が放つ凄まじいばかりの風に乗った光の円盤に触れればずたずたに切り裂かれてしまうのだ。
布袋尊は大きなお腹を一揺すりすると、お腹を叩いた。物凄い衝撃波が放たれて、光の円盤はことごとく微塵に砕かれた。
「どうだな。この衝撃波の威力は。お前の次の手はなんだ。見せてもらおうか」
悪魔は怒りに燃えていた。恐ろしげな形相が一層際だつ。
対して布袋尊はいつものニコニコした表情だが、急に回転しだした。速度が徐々にまして行く。最初は横方向に回転していたが、やがて上下、斜めと複雑に回転しだした。暫く回転を続けていたら、白い光の塊となって悪魔に向かって弾け飛んだ。
その衝撃を受けて悪魔は吹き飛ばされる。衝突の激痛に耐えかねてか、悪魔は経っているのがやっとという感じだ。
このような攻撃が三度続いた後、悪魔は最期の力を振り絞って光の攻撃をしてきたが、もはや弱々しいものでしかなかった。
その直後には布袋尊の腹鼓による衝撃波が起きた。
「今度はお前をこの衝撃波で打ち砕いてやろう。もう二度とこの日本に出現するではない。さあ、砕けよ」
布袋尊は連続して腹鼓を打って衝撃波を出した。ルシファーはとうとう衝撃波に耐えきれずに、ものの見事に木っ端微塵に粉砕してしまった。
この時、最期まで架かっていた不気味な橙色の虹は消えた。そして、闇黒の虹が出現して、その闇黒の虹は明滅しながら徐々に小さくなっていった。

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七妖伝 第九回 二匹の悪魔滅亡する [小説]


鎌倉の長谷寺は、十一面観音で有名である。長谷寺は高いところにあるため、湘南の海がここから望めるのもよい。大黒堂に安置されている大黒天は、「出世開運授け大黒天」として有名である。
義一は、今更出世などには興味がない。別に開運を望んでいるわけでもない。ただ、母親を奇跡的に快復させてくれた七福神をありがたく思い、七福神への純粋な信仰心だけで、遙々二泊三日の旅に来たのであった。
だからこそ、七福神もまた義一を邪悪な妖怪や悪魔から守護してやらねばならぬと、考えているのだ。
大黒天を参拝し終わった義一は、寺の境内から初夏の光る海を見ていた。サーフィンを楽しむ人たちや多数のヨットが走っているのが見えた。
義一は、ヨットに乗って遊ぶことが出来る人たちのことを羨ましく思ったりしたことはなかった。彼らは金持ち階級であり、自分はただの農夫なのだと知っていたからだ。
自分のために金を授けて欲しいという気持ちで七福神を参拝して回ったという記憶は、義一にはなかった。
たとえ、人が義一は御利益を期待して七福神巡りをしていると見ていても、それはそれで構わないと思っているのだ。
山間部で生まれ育った義一だが、遠くに光る海をじっと見ているとなんとなく心が落ち着いた。長谷寺の境内から眺める海は、きらきらと初夏の光に照らされて美しかった。

長谷寺の境内を一歩出た義一は、またもや突然身動きが出来なくなった。これで本日三回目の不可思議な現象に襲われたが、いずれもすぐに快復したので、その時まで義一はじっとしているより他に方法がなかった。
人間の視界には入らない大空の一角では、米俵の上に立ち袋を担いだ大黒天が現れ、「暴飲・暴食」を司る悪魔のベルゼブブと戦いを開始していた。
「お前は、食べるという行為がどういう意味なのかを理解していないようだな」
「食べるのは、快楽だよ。飲むのも快楽だ。快楽こそが、悪魔の根源であり、人間のもっとも欲しがるものだ」
「食べるという行為は、植物なり動物なりの生命を奪うことだが、それは理解しているのか」
「ああ。食べるのは他の命を奪うことだ。それは、自然界では猛獣が草食獣をねらう。つまり、弱肉強食の世界だ。自然なことではないか。それがどうした」
「生命体として自分の生命を維持するために、他の生命を奪って食べるというのは仕方がないことだ。だから、食べ物をいただく時には感謝の年を持たねばならぬ。そして、最低限だけ食べればよいではないか。川を遡る鮭を食べるために一匹の鮭を捕獲したら、一匹は熊のために大地に置いておくということをする民族がいるというぞ。これは、まさしく慈悲の心、共存の心だ。お前一人で、全世界の全ての食べ物を口にするなどできない話だろう。お前の胃袋や腸にも限界があるではないか」
「満腹になれば、鵞鳥の羽で喉を刺激して嘔吐すればよい。そしてら、またたらふく食べ物を口に出来る。まあ、俺には限界なんかないし、乱獲も熊のための行為なんかも、そんなことはどうでもよい。欲望のままに、食べたいだけ食べて、飲みたいだけ飲む。それがどうしてお前ごときに咎められる」
「そうか。それでは仕方がない。お前のために山海の珍味を打ち出の小槌で打ち出してやろう。西洋では椅子いうものに座るらしいから、椅子と卓袱台も用意してやろう」
「卓袱台とはなんだ。ああ、テーブルのことか。」
すると、目の前に出てきたのはどれも素晴らしい料理だ。大黒天は、西洋の料理はさっぱり知識がなかったので、学問の神様の弁財天に調査を事前にお願いしていたのだ。戦いの前に熱心に研究するとても謙虚な神様なのである。
弁財天の話を聞いて、西洋の悪魔はきっと刺身なんか見向きもしないだろうと思ったら、やはりそうだった。この悪魔は、仔牛、牛、仔羊、羊、豚、鳥、兎、鹿、七面鳥、駝鳥などありとあらゆる種類の肉料理を食べ尽くした。さらに、鮭、鱒、海老、貝、牡蠣その他多数の海産物も。さらには、何本もの西洋のワインも。さらには、牛の乳や羊の乳から出来たチーズという発酵食品も食べた。
ベルゼブブは目の前にあった食品と飲料をすっかり食べ尽くし飲み尽くしたので、あまりにお腹いっぱいで気持ちが悪くなったので、鵞鳥の羽根で喉を刺激して嘔吐しようとしたが、全然嘔吐できない。椅子から立ち上がろうとしても体が重すぎるのか、全く身動きができないではないか。
「これはどうしたことだ」
胃袋はもたれるし、まるで犀か河馬にでもなったみたいに、自分の体がすごく重たく感じられる。
「どうだ。好きなだけ食べられて幸せだろう。ほら、もっと食べるのだ。さきほどの倍くらいの料理があるぞ」
「いや。もう入らないぞ」
「なんのなんの。良い胃薬がある。すぐに消化するさ。これを飲んでもっと食べろ。日本の神はケチだと思われてはかなわない。古来、日本はお客人を飲食でもてなす習慣があるのだ。もっと、食べ物と飲み物をやろう。どうだ、さっきの薬がもう効いてきただろう」
「おお。たしかに。胃も腸も楽になった。これならもっと飲み食いできるな。今度はボルドーのフルボディの赤ワインがよい」
ベルゼブブは大黒天の術によりどんどんと食べ進むが、自分の体がまるで風船のように膨らんでいくのに気が付かなかった。胃と腸の調子がよいから、体型の変化に気付いていないのである。ただ、体重が一層重く感じられたが。
やがて、真ん丸になったところで、大黒天がベルゼブブの両脇、正面、背中と四方にいくつも米俵をぶら下げた。そして、その米俵は悪魔を締め付け始めた。
「おい。何をする。痛いじゃないか」
「ふむ。お前はその米俵に締め付けられて、破裂して消滅するのだ。さっさとはじけてしまえ」
真ん丸い体が米俵に締め付けられて、どんどん変形し、最後に大きな爆発音とともに、「暴飲・暴食」の悪魔は消滅した。そして天空に架かる邪悪な虹から藍色が消えた。

義一がはっと気が付くと、湘南の光る海と初夏の爽やかな風が、義一の遠い記憶を呼び起こした。
義一にも青春時代があったのだ。この湘南の海岸ではないけれど、自分の生まれた県内の海岸まで、その時付き合っていた女の子と一緒に出かけた時のことを思い出した。
あの時も、先ほど長谷寺の境内から見たように、海はきらきらと光っていた。義一の青春も希望に満ちて輝いていた。
それから、社会人になって都会で働くようになった義一は、現実世界の厳しさと人間の欲望と虚栄に満ちた社会で汚れきった自分に嫌気がさしていたが、さきほどのきらきと光る海を見て、もう少しだけあの頃の純粋な気持ちに帰って生きてみようかとふと思った。
そして、義一は次の本覚寺に向かって行く。まずは、江ノ電で鎌倉駅まで行き、そこから徒歩で向かう。その寺は鎌倉郵便局の角を曲がるとすぐであった。
恵比寿を祀る夷堂を目指してひたすら歩く義一は、そばから見るといかにも初老の男という感じだが、本人は先ほどの純粋だった頃の事を思い出して高揚感に満ちていた。
ここ本覚寺の八角の夷堂がある。そこには黒い恵比寿が祀られている。この寺では夷となっているが、いちいち表記を変えるのは面倒なので恵比寿で統一する。
ここでは正月三が日と十日には鎌倉えびすという祭りがあり、福娘が御神酒を出してくれるというが、義一にはその祭りには興味がなかった。
今は初夏でもあるし、寒い雪の降りしきる故郷から、ここ鎌倉まで遙々と旅行するのは、義一には負担である。
境内を一歩出た義一は、またもや身動きできなくなった。ただ、ほんの一瞬だけ「あれ、どうしたんだ」と思うだけのことだ。
人間の目にはとても見えない遙か上空では、恵比寿が「強欲」を司る悪魔マモンと対峙していた。
恵比寿が持つ釣り竿は、竿では釣りをするが網は使わないという意味で、強欲とは正反対の意味があるという説がある。
真偽のほどはともかく、たまたま恵比寿とマモンが戦うことになった。
「強欲」の悪魔マモンは、紅の火焔を恵比寿に向かって次々と放つが、元来が海神である恵比寿は、海水で防ぐので全く埒があかない。次には大量の土砂を恵比寿にかけるが、これも大量の海水で泥水と化すだけだ。
次にマモンは大量の油を注ぎ込み、火焔を発するが、海水が燃えるはずもなくただ油が燃えるのみである。
ここに至ってマモンは最終兵器である強欲を恵比寿に投げつけた。恵比寿を自分と同様の強欲に塗れさせてやろう、そして神様ではなく悪魔の一員にしてやろうと考えた。狙いのとおりに強欲弾が恵比寿に向かってはじけた。
性欲、権力欲、食欲、名誉欲、金銭欲、愛欲、情欲、肉欲、物欲、利欲、私欲、独占欲、我欲、欲得、欲念、多欲、貪欲、欲心、獣欲、邪欲、淫欲、胴欲ありとあらゆる欲望が一段となって恵比寿に襲いかかる。
恵比寿は手にした釣り竿で一気にそれらの欲を釣り上げ、遠くに放り投げた。いずれからともなく無数の魚が出現してそれらを尻尾で叩く。叩かれた欲望たちは徐々に小さくなり、とうとう消滅した。マモンは、人間なら欲望で易々と誘惑できるのだが、神様には全く歯が立たないということを、全く理解していなかったのであった。
神様はそんな小さな欲望などに全く見向きもしない。欲望など必要がないからである。しかも、恵比寿は清廉潔白極まりないからこそ信用を得て、やがて商売繁盛の神様となるのである。
強欲に惑わされて、一円でも多く販売しよう、一円でも多く儲けよう、としか考えていない数々の企業による偽装や偽造というのは、まさしくマモンに支配されている姿である。そのような偽装や偽造、誇示に明け暮れた企業のトップは、恵比寿の前に頭を下げて、清廉潔白による商売繁盛の秘訣をよく勉強すべきである。
庶民というものは、誰が正直であり、誰が強欲かをよく見ているものだ。だから、老舗だからとか、大きな会社だとか、有名なブランドだとか思い上がってマモンに支配されたままでいると、そのうちに大変なしっぺ返しを食らうことになる。最近頻繁に起きた食品関係の偽装はその典型であろう。それにしても、他社で起きた不祥事を他山の石としない企業の多いことか。
閑話休題。

呆然とするマモンを恵比寿は釣り上げて、左手に抱えていた大きな鯛を投げつけると、マモンは完全に溶解してしまった。
もはや影も形もないと恵比寿が納得した時、赤い虹が消滅した。義一の七福神巡りの道順に従って、「色欲」の悪魔アスモデウス、「怠惰」の悪魔ベルフェゴール、「暴飲・暴食」の悪魔ベルゼブブ、そして今、「強欲」の悪魔マモンが消滅した。
西洋の悪魔は九尾の狐が管轄するわけではないので、九尾の狐はただ手を拱いて成り行きをじっと見守るしかなかった。
空には不気味な三色の虹がゆらゆらと揺れていた。無論、その不気味な虹が人間には見えるはずはなかった。

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七妖伝 第八回 邪悪な七色の虹、五色になる [小説]


翌朝は、昨日の荒天が嘘のようによく晴れ渡った日だった。旅館から歩いて江ノ島に向かうが、初夏の風が肌に心地よかった。義一は、鎌倉に来られたことを本当に素直に喜んでいた。
江の島は島全体が聖域とされる。周囲四キロほどの江の島まで徒歩で橋を渡ることにした。橋を渡る途中で、海の上に大きな虹が見えたので、義一は思わず見とれた。その虹からは不思議な妖気が立ち籠めていた。
不思議な妖気が漂う虹を凝視していた義一の体に、突然七色の虹が飛び込んだ。義一とすれ違う人達にはそんな虹など見えていなかったし、義一に注意を払う人など一人もいなかった。
海には多数のヨットが浮かんでいて、海は光っていた。サーファーもたくさんいたが、義一にはもはや何も視界に入ってこなかった。立ち止まったままで一点を見つめている義一を、不思議そうにながめながら多数の人が橋の上ですれ違った。義一が正気に戻ったのはそれから暫くしてだった。
「あれ。俺は何をしていたんだろうか」
すぐに正気に戻った義一は、再び歩き出した。
橋を渡りきると広場があり、江島神社へ階段があった。階段の左右には、いくつかの旅館と多数の食堂や土産物の店、あるいは海産物販売店などがあった。
義一には、タコせんべいを店頭で作って販売しているお店が面白かった。小振りなタコに水溶きした小麦粉のようなものを塗して、上下でプレスする鉄板で焼いていた。海から遠い水田と畑、そして山しか見えないような田舎で生まれ育った義一には、タコせんべいなどという存在すらも知らなかったのだ。
東京で暮らしている間も、鎌倉などには無関心だったため、全く鎌倉についての知識がなかった。単調な長い階段を、あちこちと脇見しながら、義一は上に進む。
江島神社の御祭神は、一番低い所にある辺津宮に祀られる田寸津比賣命(たぎつひめのみこと)、真ん中にある中津宮の市寸島比賣命(いちきしまひめのみこと)、そして一番高い所の奥津宮の多紀理比賣命(たぎりひめのみこと)の三柱の神々だと言う。この三柱の神々を江島大神としている。この三柱の神々は、天照大神が須佐之男命と誓約された時に生まれた神だということだ。
古くは江島明神と呼ばれていたらしいが、仏教との習合によって弁財天女とされ、江島弁財天として信仰されるに至った。海の神、水の神として、幸福・財宝を招き、芸道上達の功徳を持つ神として、今日まで仰がれている。
義一は辺津宮の境内の奉安殿に祀られる八臂弁財天と妙音弁財天をどうしても参拝したかった。三大弁財天の安芸の宮島、近江の竹生島の弁財天はまだ参拝していないが、来年はどちらかに参拝したいと思っていた。
義一が参拝した七福神では、どちらかというと八臂弁財天を見ることが多かった。もちろん、琵琶を抱えた妙音弁財天も何度かは見ていた。ただ、ここの妙音弁財天は、全裸で琵琶を抱いていた。このような珍しいお姿は、義一としては初めて目の当たりにしたのだが、白く輝く全裸の弁財天は美しかった。神様をこのようなお姿にしてあるとは、どういう意義があるのかと思ったが。

やがて、境内に戻った義一は、突然自分の体の自由が利かなくなったので驚いた。周囲は暗黒に包まれていたが、義一の体内から紫色の一筋の光が奉安殿に迸った。
七つの大罪のひとつ、「色欲」を司る悪魔アスモデウスの再生である。アスモデウスは、義一の体内深くに潜んでいたのだが、義一の目を通して裸弁財天を見てしまったので、劣情を催してしまったのだ。それで自分の抑制が利かなくなり、裸弁財天の下にもう一度舞い戻った次第である。
もちろん、その現象が人間の目に見えるわけはなく、奉安殿の中はいつもと変わらない賑わいである。
裸弁財天は、色欲の悪魔アスモデウスを少しも気になさらず、静かに座っておいでだった。人間とは違って、神様には裸だから恥ずかしいなどという意識はない。あくまでも自然体である。
「おお。日本の女神も美しいな」
「ああ。西洋の悪魔はすっかり穢れていますね」
「どうだ。俺とお前とどちらが優れているのか術比べをしないか。負けた方が勝った方の言うことを聞くのだ」
「ああ。いいでしょう。それでは、この島の沖でたっぷり戦いましょうか」

こうして、欲の悪魔アスモデウスと弁財天の戦いが始まった。弁財天は八臂弁財天の姿で現れた。
「なんだ。お前は裸ではないのか」
色欲の強いアスモデウスは、裸弁財天の裸が見たい一心で戦いをいどんだのである。
「いいえ。私は、琵琶を抱いた姿もあるし八臂の姿もあります。どちらも私なんですよ。ただ、戦う以上は武器もいることだし、裸では戦いにくいのでね」
「まあ、いい。私が勝ったら、お前は裸になれ」
「さあ、どうかしら。私を女神だと思って莫迦にすると後悔するわよ。さあ、かかって来なさい」
アスモデウスはまず、全身を金銀財宝で飾り立てた。
「どうだ。俺の女にならないか。俺の女になったら、こんなに素晴らしい財宝が無尽蔵
に手に入るぞ」
「遠慮しておきます。私はそんなものには魅せられない。それより、貧しい心の優しい庶民がなけなしの財貨を持ってきて、もっと増やして欲しいと願う、そのいじらしい可愛い気持ちを大切にしている。私も財貨を司るが、はっきり言うと財貨は努力の結果でしかない。どんなに祈っても、いきなり空から財貨が降っては来ない。また、そんなことは庶民も百も承知で、もっと財貨を増やしてくれと祈っているのだ。それが可愛いじゃないの。お前みたいに、いきなり金銀財宝を上げると言うのは、相手を莫迦にしている証拠だわ」
言い終わると、弁財天は手にしていた弓矢で金銀財宝を射貫いた。悪魔を飾る煌びやかな金銀財宝は全て弾け散った。
「なんと、お前も財貨を司っているのか。ふむ」
そう言うと、今度は絶世の美男子に変身した。
「どうだ。このような美男子はいないぞ。さあ、俺の女にならないか」
「お生憎様ね。天界にはお前のような穢らわしい外見が美しいだけの男子はいないわよ。みんな身も心も美しい美男子ばかりよ。私、美男子なんか見飽きているの。周りがみんなそうだから、少しも何とも思わないわ」
そう言うと、弁財天手に持っている宝棒で、びしっと美男子を叩く。すると、美男子はただの醜い悪魔の姿になった。
「くそ。俺様を莫迦にしやがったな。これではどうだ」
今度は、悪魔は輝く巨大な悪魔に変身したのである。なんとも悪魔の一方的な思いこみで、女なら必ず怖がると思ったのだ。
ところが、七福神の一角を占める紅一点の弁財天は、そんなものにはなんの恐怖も興味も価値も感じない。
手にしていた羂策で巨大な悪魔を捕獲し、宝棒でびしりと叩く。叩く度に悪魔の体全体が縮まる。そして、いかにもがこうと羂策からは逃れられない。悪魔が藻掻くるうちにとうとう最後には、小さな蛙ほどの大きさになってしまったが、それでもまだ羂策に縛られたままだ。
「まあ、可哀想に、こんなに小さくなって。悪いことにお前は人間に似てしまったのだね。動物なら繁殖期にしか発情しないのに、人間はいつでもどこでも発情するから、女なら簡単に誘惑できると思ったのね。いつでも、どこでも、誰にでもなんて、まるでユビキタス発情よね。そんな人間のどうしようもない所なんか、似なくても良かったのにね。発情しなければ、私に戦いを挑むこともなかったのにね」
心優しい弁財天が悪魔に同情していた隙を突いて、堅く縛られた羂策から悪魔が逃げた。
「ええい。それではこれではどうだ」
そういうと「色欲」を司る悪魔は、今度は巨大な男根に変身した。
「いずれは、そんなしょうもないものに化けると思っていたわ。こうなったら以上は仕方がないから、魚の心臓と肝臓を燻したものでお前を追放するしかないわね。この中にお入りなさい。これはお前の好きな女性器を象った陰核爆弾よ」
大空には巨大な女性器が出現した。それには大きな陰核、大陰唇、小陰唇までもがついていた。それはぬめぬめと光って、色欲の悪魔を引きつけずにはいられない。
弁財天は静かに、痛ましそうに悪魔に告げた。
「さあ、お前の好きな陰核爆弾で滅びておゆきなさい。その中には、魚の心臓と肝臓を燻したものが入っているので、もうお前は破滅あるのみです」
悪魔が変身した男根は、ひたすら好物の玉門を目指して突撃する。しっかりと玉門に咥え込まれた男根は、すぐに玉門の陰核爆弾と一緒に爆発した。花火のように次々と爆発を重ねてもう跡形もない。
「まあ。とうとう影も形もなくなったのね」
七福神の紅一点弁財天は、八臂弁財天の勇ましいお姿の時であっても、心優しい女性の心根を失われていないのだった。今時の日本では滅びてしまった優しい大和撫子の心根があるのだ。
こうして紫色の光は、一条の煙となって大空に消えた。その時、天空に架かった邪悪な七色の虹の紫が消えて、六色の虹になった。ただし、これが見えたのは、天界と魔界の住民だけであり、人間には何も見えなかった。
義一は、一瞬身動きが出来なくなったが、すぐにまた普通に戻ったので、さらに上にまで進んでから、中津宮、奥津宮を参拝した。さらに、それから稚児ヶ淵に下ってから、岩屋という洞窟も見ておこうと思った。
江の島に滞在する時間だけでも半日はかかると元々計算していたので、ゆっくりと見て回ったのだ。
江の島の島内を歩き疲れた義一は、生シラスが食べられるお店を探したが、評判の店はどこも行列ができていた。わりとせっかちな義一としては、行列を作ってまでは食べたくないので、適当に江ノ電江ノ島駅近くの食堂で昼食を済ませた。

昼食をとってから義一は、江ノ電江の島駅まで戻り、長谷まで電車に乗った。義一が次に目指すのは、御霊神社である。
義一がまず驚いたのは、電車の踏切を渡ってすぐのところに別名を権五郎神社ともいうこの神社があったことだ。この神社は、もとは関東平氏五家の始祖、すなわち鎌倉氏・梶原氏・村岡氏・長尾氏・大庭氏の五氏の霊を祀った神社であったとされる。 
後に五霊から転じて御霊神社と通称されるようになった。後に、鎌倉権五郎景政の一体のみに祭神は集約された。
ここには福禄寿が祀られているのだ。宝蔵庫にある福禄寿は、長大な頭に長い顎髭があり、ニコニコと笑っている姿が実にお目でたい。自分も年をとったら、あのような穏やかに笑う老人になれるだろうかと、義一は真剣に考えた。
ここの福禄寿は知恵の神様だから、お迎えの時が来るまで老後を不平不満なく穏やかに過ごす知恵を授かりたいものだと思った。欲望には恬淡な義一としては珍しく、穏やかに老後を過ごす知恵が欲しいと思った。
参拝を終えた義一は、この近くには極楽寺という寺があるので、ついでに見ていこうと思った。極楽寺は、七福神とは何も関係がないのだが、江ノ電の車窓から見た小さな駅の印象に心が惹かれたのだ。極楽寺に行くには元来た踏切を渡り、長谷寺とは反対方向に向かわねばならない。
元来た踏切を渡った瞬間のことだった。義一は、再び江の島で経験したのと同じように身動きが出来なくなった。周囲も何も見えない。その時、義一の体内から緑色の光が抜け出した。
「怠惰」を司る悪魔ベルフェゴールの出現だ。ちなみに、「ベルフェゴールの探求」というのは「ありえない企て」を意味するという。
人間にとって「ありえない企て」とは、まさしく「福・禄・寿」の三つを兼ね備えることだ。お金があっても不幸な目に遭っている人はたくさんいる。社会的位置が高くて、お金があっても、意外な若さで亡くなる人も多い。一方で、体だけは頑丈で風邪ひとつ引かないが、地位もお金もない人もいる。
普通の人間にとっては、このうちの一つでさえも手にするのは至難の業である。一つでも手に入ればありがたいことである。だから、三つの好条件が揃う人などほとんどいないに等しい。しかし、逆に言えば、だからこそ人間は、「福・禄・寿」の三つを手に入れたいと願うのである。
空中で鶴に乗った福禄寿と悪魔ベルフェゴールが対峙する。
「どうだな。西洋の悪魔よ。これから心を入れ替えて一生懸命働いてみないか。そうすれば、ほれ、幸福、俸禄、長寿が手に入るぞ。お前みたいに怠けていては、何も手に入らないぞ」
「ふん。おおきなお世話だ。俺は怠惰に身を委ねているのが一番で、怠惰にさえしていれば何でも悪魔の大王様が俺にくれる。今、欲しいものはお前の命だ」
「そうか。それなら仕方がない。どれ、戦いますかな」
ベルフェゴールは福禄寿の長大な頭部に狙いを定めて、鋭く斬り込んできた。手にしているのは、いわゆる真空がおりなす鎌鼬である。
福禄寿にとってはこんな児戯にも等しい鎌鼬など恐れもしない。鶴に乗ってひょいひょいと躱すだけである。何度やっても同じことなのだが、怠惰に慣れた悪魔にとっては、作戦変更など思いもつかない。
「もう一度聞くぞ。お前は、本当に怠惰が好きなのだな。この日本では、恥知らずというのと並んで、怠け者というのは最大の侮辱だ。というより、他人の評判を気にするというのが本当のところだがね」
「ああ、日本の価値観はよく知らんが、私には怠惰こそ最高の悦楽だ」
「そうか。それなら、お前にも、ふく・ろく・じゅ、の三つを上げよう」
「えっ。本当か。怠惰にしていても福・禄・寿がもらえるのか。それは是非とも欲しいな。ただ、礼は言わぬぞ」
「それ、受け取れ。まずは『拭く』じゃ。次は『漉』じゃ。次は『呪』じゃ。まずは、自分自身の怠惰によって、努力すれば授かるはずの福・禄・寿をすべて『拭き』取ってやろう。それから、『漉』という文字には濾過する、つまり『こす』という意味があるが、同時に『尽きる』という意味もある。自分自身の怠惰のせいで、福・禄・寿のすべてが尽きるのじゃ。さらに、怠惰でいても福・禄・寿が手にはいると思った自分の愚かさを『呪』うがよかろう。お前が怠惰を好きであるのならば、ずっとそうしているのじゃ」
鎌倉御霊神社の知恵の神様は、知恵を授けてくれるそうだが、怠惰にしていながらよい結果のみ欲しがるという態度には、諾とされないのだ。
努力と精進に明け暮れる正直者が知恵を願うときに、ようやく動くのだ。それが、この物語の神様の原則なのである。
福禄寿は悪魔に向かって、「ふく・ろく・じゅ」の説明を終わると、手にした杖で西洋の悪魔を打ち砕いた。さらに、鶴が嘴で悪魔の全身を突っつくのであった怠惰が好きな悪魔は動きも緩慢極まりない。神様が悪魔と対決する時の姿勢には手加減などないのだひとかけらもないのだった。
布袋尊が古狸と対決しと時に生み出した白菊丸の幻影でもそうだったが、言霊のさきわう国日本に来たのが、悪魔の命運の尽きる証だった。この国では言葉の力は想像を絶する強さがあるのを、西洋の悪魔は理解しなかったのである。
「この試合は負けるだろうとお前が言ったから、本当に負けたじゃないか」などという会話が、日常あちこちで起きている国なのである。試合の結果と、予測の間の因果関係などはないのに。ことほどさように言霊は力が強いのである。
福禄寿がかけた呪いの言霊によって、怠惰の悪魔は空中で粉々に砕け散ってしまった。そしてこれにより、邪悪な虹を構成する緑色は消滅した。空には邪悪な五色の虹が明滅したが、人間の目には何も見えなかった。
義一は、御霊神社の踏切を渡って、一瞬身動きできなくなったが、また元の通りに動き出した。
鎌倉・江ノ島七福神巡りを実行できた嬉しさで心が満たされているのだ。まだ、あと五カ所も回らねばならない。
義一は極楽寺切通しをゆっくりと、極楽寺の方に向かった。新田義貞が鎌倉に攻め入った頃は、現在の成就院くらいの高さにあって険しい切通しだったそうだ。
小さなお寺の極楽寺を拝観した義一は、再び同じ道を引き返して長谷寺に向かった。義一の立てた計画によれば、鎌倉・江ノ島七福神の第三番目は、長谷寺の大黒堂に祀られる大黒天であり、義一は今からそこ参拝に行くのだ。帰りにはかの高徳院の大仏も参拝するつもりである。
普通なら七福神のみを参拝して回るのだが、鎌倉は寺院が多いので、特に七福神巡りの途中で立ち寄りたい所には素直に立ち寄るように計画したのであった。
なにしろ、義一の田舎は首都圏から遠く、義一も鎌倉などには滅多なことでは来ないのだから、そうなるのも仕方がない。

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七妖伝 第七回 術比べその三 [小説]


「なんと。古狸も全く歯が立たぬか。ええい。八房、おゆき」
八房の対戦相手は弁財天だ。女性であるとはいえ、八房の対戦相手は神様である。少しくらいは八房も勉強しておかねばならなかった。八房の脚力がいくらあろうとも、そのような術が通用するような相手ではない。
ゆっくりと九尾の狐が広げた巨大な尻尾に乗って、八房は弁財天と向き合う。
弁財天は八本の手に刀、弓、矢、矛、鉄輪、羂索、投げ縄などを持って現れた。穏やかな表情であり、妖怪を相手に戦う雰囲気など全く無かった。
驚異的な脚力にものを言わせて、弁財天の周囲をぐるぐると駆け回っていた八房は、相手に隙がないと見て取ると、大きな体を捻り弁財天に飛びかかった。これを弁財天は宝棒で軽くいなすだけだ。それだけで、八房の大きな体は弾き返される。
八房はこんな小柄な女に莫迦にされるのが悔しい。かつて、自分は人間の女の伏姫を妻としたのだ。もちろん、伏姫は人間であり神様ではなかったが。
八房にしてみれば、弁財天などは姿形だけを見れば、かつての妻の伏姫とさほど変わるとは思えない。もちろん、客観的には弁財天の方が遙かに美しいのだが、自分の妻を不美人だとは言えないし。
とにかく女神であろうとも、ねじ伏せてやればよいのだ。俺の力を見せてやれば、畏れて降参するだろうから、それから可愛がってやろうと八房は思った。
八方を自由自在に大きく跳躍して、噛み付いてやろうと思ったが、飛び回る度に投げ縄が飛んできて体のどこかにびしっと当たる。さすがに、八房も何度もそんな事が重なると体が痛くなる。
そう思って休んでいると、宝棒が飛んできて叩かれる。そんなことの繰り返しで、どんどん八房は追い詰められた。
最後の跳躍と思って後ろ脚を縮めた時、なんと今まで武器を手にした勇ましい八臂弁財天の姿だったのに、弁財天の姿は、妙音弁財天、つまりかの有名な裸弁財天になっているではないか。
月影もない風雨で荒れた海の上には、月よりも白い輝く裸身があるではないか。犬のくせに人間の姫に恋したというスケベな妖怪は、その裸弁財天のあまりの美しさに、その姿をよく見ようというスケベな気持ちから思わず後ろ脚を伸ばしたのだった。その瞬間、弁財天は琵琶をかき鳴らし、伏姫の幻影が現れた。またしても、幻影に心を躍らせた八房はその時、バランスを失い海に落ちた。
八房が落ちた場所からゆらゆらと出現したのは、「憤怒」を司るサタンであった。サタンは悪魔の代名詞と考えられるほど有名な悪魔大王であり、全ての悪魔を統制する悪魔の中の悪魔である。「憤怒」はラテン語で 「ira」、英語は「wrath」である。
サタンが海から姿を消したとき、黄色の光がいずこへともなく一筋すうーっと消えた。
そして、びしょ濡れの八房が犬掻きで九尾の狐が垂らした尻尾に近づいて、無事に尻尾に戻った。

「ちぇっ。だらしないねえ。八房の莫迦は、裸弁財天なんかに気を取られるからよ。それに、私の裸の方が弁財天なんかよりも、もっと美しいし」
女に化けることの多い九尾の狐は、どうやら女の本性が根深くあるらしく、嫉妬深いのであった。
妖怪のくせに神様を超越していると思うところが可笑しいが、悪魔も神様よりも優れているという慢心から反逆して転落したのであり、その意味では東洋の妖怪も西洋の悪魔もたいして違いはないのかもしれない。

「それ蛟よ。最強の毘沙門天と戦いなさい」
この蛟龍ともいわれる妖怪は、龍の成長の一過程とも言われている。
九尾の狐の九つの尻尾のうち、七つには妖怪が乗っているが、あとの二つには高い木と、大きな樽が積んであった。
その大樽には酒が入っているが、蛟は酒を飲み、体内でアルコールを濃縮して火焔の術を施そうというものだ。この術は猩猩のような呑兵衛には出来ない術である。呑兵衛ではない蛟にしかできない術である。
大量の酒を一気に流し込み、アルコールを濃縮させて火焔を毘沙門天に向かって放つ。毘沙門天は鎧甲冑に身を固めていて、火焔などにはびくともしない。
四肢のついた蛇のような胴体で毘沙門天をぐるぐる巻きにして角で毘沙門天の顔を突こうとするが、毘沙門天が持つ宝棒は、自由自在に曲がり蛟の胴体のあちこちを打つ。
宝棒にも火焔が吹き付けられるが、全く焼けたりしないままだ。尻尾の先に瘤があるのでこの瘤で毘沙門天の頭を打つのだが、この作戦も全く通じない。さすがに、毘沙門天は最強の武神である。防御力も攻撃力も最大限にあるのだ。
ゆっくりと、胴体を締め付ける蛟を振り払うと、とてつもない力で宝棒を振り下ろし、蛟はたまらず海に振り落とされた。
蛟は龍にまでは成長していないから、毘沙門天に力が及ばないのではない。元々妖怪ごときが神様に挑んだのが大間違いなのであるが、妖怪を束ねる九尾の狐の感情に振り回されているので、妖怪達にもどうにもならないのである。
実を言うと、妖怪達は元より自分達の力が神様に勝るなどとは思っていなかったのだ。特訓などしても神様に対抗する力など付く訳がないことは知っていた。ただ、頭領である九尾の狐に向かって何か意見をすれば、恐ろしいお仕置きが待っているので、何も意見を言えないのだ。 
ましてや、九尾の狐は冥界にいた自分達を死霊として呼び出し妖怪に仕立ててくれた恩人でもあるのだ。九尾の狐が怒りに駆られたら、再び冥界に戻らねばならないかもしれないのである。そう言う意味では、妖怪の世界も人間の世界もワンマン支配は困ったものなのである。
悪魔の代表のサタンの場合は、全知全能の神に逆らったのであり、人間のように全知全能ではない中でワンマンになるというのとは意味が違う。悪魔は、自分の分際が分からずに悪魔になったのである。全知全能の神には従うという選択肢しかない。
人間の場合には、ワンマンの集団から抜け出すという選択肢もありうるからだ。ただ、それでうまく行くか否かは保証の限りではない、というだけの話だ。
海に振り落とされた蛟はなかなか姿を現さず、「色欲」を司るアスモデウスが出現し、ゆらゆらと陽炎のように揺れてそのまま消えた。色欲はラテン語で「luxuria」、英語では「lust」である。
そして、一条の紫色の光がすうーっと海の彼方に消えた。それから蛟が申し訳なさそうに九尾の狐の尻尾に戻った。

「ふん。今回は完敗したけど、この次はこうは行かないからね。なんだい、神様のくせに、私達妖怪を虐めるなんて」
「おいおい。別に虐めてはおらんぞ。戦いを挑んで来たのはお前達ではないか。ともかく、人間の信仰心や畏れの感情を破壊するな。そんなことをしたら、人間は欲望の放出しっぱなしで抑制が利かなくなってしまう。私達神がおそれるのはその事なのだ。別にお前達の事を憎んだりしているわけではない」
「まあ、憎らしいわね。格好付けて。とにかく今回は引き上げるわよ。覚えていなさい」
そういうと空に向かっておおきく啼いて、九尾の狐とその尻尾に乗った妖怪達は姿を消した。
江ノ島沖の海上での神様と妖怪の戦いは、もちろん人間には見えるはずもなく、人間達はただ、えらく風雨の強い夜だと思ったにすぎない。
戦いが完了して妖怪達の姿が見えなくなると、七福神が乗った宝船は、ゆっくりと走り、風雨も収まってやがて白々と夜が明けた。


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七妖伝 第六回 術比べその二 [小説]


三番手は猩猩である。これに対するのは恵比須である。猩猩は人間に似た容貌以外にはこれといって特徴がない。人語を解するのはここに登場する全ての妖怪がそうだし、猩猩には武器らしいものは特にない。
それで、猩猩は自分の好きなお酒を利用して、体内でお酒を猛烈な悪臭に変化させ、相手を昏倒させるという技術を習得したのである。
対する恵比須は、左手に大きな鯛を抱えて、右手に釣り竿を持っている。恵比寿がにこにこと微笑んでいる姿は、誠に日本の神様に相応しく福々しいものだった。
恵比須が釣り竿をひょいと投げると、猩猩の目の前に大きな酒樽が出現した。
「さあ。猩猩よ。お前の好きな酒だぞ。好きなだけ飲むがよい。この酒は天上の美酒で、お前達妖怪などは滅多なことでは口に出来ぬ尊い酒だぞ。酒の肴にはこの鯛の刺身が良かろう。それとも、中国出身のお前には刺身の旨さが分からぬかな」
「いや、もらおう。俺の出身がどこであろうと、日本の刺身はたしかに旨い。旨いものは旨いんだ。鯛の刺身は酒の肴には最高だ」
猩猩は、こういうとあっという間に大樽にあったお酒をごくごくと飲んだ。
「もっとお代わりをくれ。肴ももっと刺身をくれ」
「ほいきた。今度は勘八にしてやろうか。それともヒラマサがよいか。ヒラメもあるぞ。いずれにしても、極上の新鮮な魚だぞ。樽酒ももっと飲め」
「勘八で頼もうか。たしかに旨い酒だ。こんな旨い酒は飲んだことがない。だがな、恵比須よ。礼は言わぬぞ。私の悪臭を受けてみよ」
そう言うと大きな口を開けて生臭い息を吹きかけた。しかし、恵比須はニコニコしているだけで、何の変化もない。焦った猩猩は、もっと酒を出せと喚いた。戦う相手に対して酒を要求するというなんとも奇妙な戦いである。
「ほいきた。もっと酒を飲め。魚も食べろ。この釣り竿でいくらでも魚を釣ってやろう」
対戦相手に酒と肴を施すとは、恵比寿はなんとも親切な神様である。
またしても、大量の酒と肴を口にして、濃縮した悪臭を恵比寿に吹きかけた。しかし、恵比寿はいっこうに動じない。自分の悪臭で相手を昏倒させる術を習得して以来、この術にかからなかった相手はいないのに、恵比須には一向に通じないのだ。
焦った猩猩がよく見ると、恵比須の横には大黒天がいて、大黒天が大きな袋で猩猩の悪臭を吸い込んでいるではないか。このため、恵比須には悪臭が一向に届かないのだ。
自分の唯一の武器が通じないと絶望した猩猩は、大きなため息をついた。戦闘の途中でため息をつくのは厳禁である。溜息をつけば、その時全身の緊張が一瞬だけ緩んでしまう。その隙を衝かれてはたまらない。
猩猩がため息をついた一瞬の隙に、恵比須の釣り竿がひょいと投げられ、猩猩の体は宙につり上げられた。そして、そのまま海中にどぼんと投げ込まれて沈んだ。
猩猩の代わりにゆっくりと出現したのは悪魔ベルゼブブである。ベルゼブブは「暴飲・暴食・大食」を司る。「暴食」はラテン語では「gula」、英語では「gluttony」である。
ベルゼブブが現れたのと同時に藍色の光が一筋海の彼方に消え去った時、ベルゼブブの姿もまた見えなくなった。このベルゼブブは、ヘブライ語で「ハエの王」という意味らしい。
「暴飲・暴食」を司る悪魔が消えてから暫く経って、ずぶ濡れの猩猩がぶるっと身を震わせて、すごすごと九尾の狐の尻尾に乗った。

「おのれ。どいつもこいつ役に立たないわね。次は猫又の番よ。さっさとおゆき」
猫又は、足音も立てずに大黒天に近づくと、大きく跳躍した。狼は空を飛んで相手に小便をひっかけるという。狼の排泄物が目にはいると物凄く痛いらしい。それで、猫でもその術が習得出来ると思い、狼の真似をしようと思ったのである。
さらに、猫又は毒物も研究して自分が死なない程度の毒物を摂取して、排泄物に毒素が混ざっているようにまで努力して特訓を重ねた。大きな体に似合わない小さな陽物だが、特訓を重ねて最近では狙ったところに百発百中である。
大黒天の目を狙い澄まして小便を絞り出した。すると、大黒天が被っている烏帽子がくるくると回って猫又の小便を全てはじき返すのだった。
二回目も三回目も同様の結果だった。これでは、猫又に残された得意技としては、せいぜい噛み付くかあるいは引っ掻くくらいしか技がない。
迷った猫又は烏帽子を引っ掻く作戦に出た。烏帽子を爪で引っかけて奪ってしまうのだ。それから、もう一度大黒手の目に小便をかけてやろうと企んだのだ。だから、今度は慎重に動いて、陽動作戦で大黒手の体を引っ掻くと見せかけて烏帽子を取ってやろうと考えたのであった。
大黒天はものの見事に烏帽子を奪われた。
しかし、その下には真新しい烏帽子があるではないか。大黒天は初めから作戦を見抜いていたので準備をしていたのだった。焦った猫又はもう一度同じ手を使おうとしたが、もう大黒天はその手には乗らない。
今度は、大黒天が打ち出の小槌を一振りすると、無数の魚が飛び出した。鰺、鯖、鮃、鮪、鰯、勘八、サンマ、ヒラマサ、鰤、ハマチ、オコゼ、ハゼ、ウナギ、ハタ、蛸、烏賊、海老、蟹、その他ありとあらゆる魚介類である。
主に寒流に棲息する鰤と暖流に乗って回遊する鰹が一緒にここにいることはありえないし、現実を全く無視したものなので冷静に考えればありうるはずがないということが、猫又には分からなかった。ただ、目の前に出現した魚介類の夢の饗宴に舞い上がってしまったのだ。
そして、そこには猫又よりも大きな真っ黒い猫が何匹もいて、がつがつと魚を貪り食っているのが見えた。
これは言うまでもなく大黒天が打ち出の小槌から打ち出した魚介類の幻影にすぎないし、猫もまた幻影に過ぎない。
しかし、猫又は猫の嫉妬深い本能に翻弄されて、真実など何も見えていない。最初のうちは、用心深くしていたが、多数の猫が魚を貪って食べるのを見ているとも、だんだんと嫉妬心が湧いてきた。あいつらが、あんなに旨そうに魚を貪るのだったら、俺だって貪ってもいいではないかと、思い始めたのである。
大黒天は打ち出の小槌から魚をいくらでも出すし、恵比寿はニコニコしながら、魚を釣っては他の猫にやっている。とうとう我慢出来なくなった猫又は、魚の群れに飛び込んだのだった。
そして、見事に大黒天の幻影術にまたもやかかったのである。二度も同じ術にかかるとは、実に情けない妖怪だが、本能に絡みついた嫉妬深さゆえの失敗であり、これに似た失敗は人間にもたくさんある。
さて、大黒天の生み出した魚群の幻影に惑わされて魚群の中に飛び込んだつもりの猫又は、どぼんと海の中に落ちたまま暫く海中から上がってこなかった。
変わりに上がってきたのは、悪魔のレヴィアタンである。同時に青色の光が一筋すうーっと海上に消えて見えなくなった。
レヴィアタンは「嫉妬」を司るとされる。英語で読めば、レヴィアサンとなる。「嫉妬」はラテン語では「invidia」、英語では「envy」である。ヘブライ語の「ねじれた」とか「渦を巻いた」とか言う意味からきているらしい。
それから、猫又がようやくのことで海上に浮かび上がり、九尾の狐の尻尾に乗った。

「次は古狸よ。布袋尊との戦いよ。早くおゆき」
古狸は化けるのは巧みだが、戦いは得意ではない。だから、ともかく大きなお腹を抱えてニコニコと笑っている布袋尊に化けてじっとしているだけだ。
布袋尊は、七福神の中では唯一実在の人物である。中国の浙江省にある明州の出身と言われる契此(かいし)と言う僧侶らしい。いつも布施を貰いに出かけるのに大きな袋を背負っていたと言われている。
布袋尊が何にも反応しないでいると分かった古狸は、布袋尊の父母、兄弟、親類、親友、師弟、美女、芸妓、舞子、僧侶、ありとあらゆる幻影に化けて布袋尊の心を乱そうとするが、布袋尊は少しの動揺も見せず、ただニコニコと微笑んでいるだけである。
それで今度は尻尾を大きく膨らませて布袋尊に叩き付ける。布袋尊は、大きな袋から強い風を出して、古狸の尻尾を吹き飛ばす。古狸はなす術もなく吹き飛ばされる。
さらに、布袋尊が座したままで袋を大きく揺すると、稚児姿の美少年が現れた。鎌倉鶴岡相承院の稚児白菊丸だ。
「しら菊と忍ぶの里の人問はば 思ひ入江の島とこたえよ」
江ノ島の稚児ヶ淵に自休と情死した稚児の声が海上に響き渡った。
古狸は稚児ヶ淵伝説など何も知らないので、どうしたものかおろおしていたら、何でも知っている九尾の狐から叱咤が飛んだ。
「私が教えるから、そのとおりに歌を詠めばよい」
それに応えて、元来がお調子者の古狸は、九尾の狐が教えてくれた、情死相手だという自休の歌を詠んだ。
「白菊の花の情けに深き海に 共に入江の島ぞうれしき」
でも、古狸には稚児と僧侶の情死などは理解できないものだったので、ふと独り言を呟いてしまった。
「俺なら、普通の雌狸がいいけれど。雄同士で恋愛なんかするものか」
布袋尊が呼び出した白菊丸の歌に呼応して、古狸の呼びだした自休が歌を返したということは、布袋尊が呼び出した白菊丸と一緒に心中するという意味合いになってしまったのである。
この布袋が仕掛けた術の特徴は、術を受けた者もまた、その幻影と同じような目に遭うという術なのである。
布袋尊はさらに大きなお腹を叩いて太鼓のような音を出した。古狸は、自分も負けじとばかりに腹鼓を打つ。
音の衝撃は非常に強く、古狸は布袋尊の出す音波の衝撃によって、腹の一部を破られた。その衝撃のあまり、バランスを失ったこともあるが、なによりも布袋尊がしかけた白菊丸の幻影が歌を歌い、その歌に古狸が応えたため、術にはまってしまい海に落ちた。
古狸が落ちた海上には「怠惰」を司るベルフェゴールという悪魔がゆっくりと浮かび上がった。「怠惰」はラテン語では「acedia」、英語では「sloth」である。
ベルフェゴールはゆっくりと海の彼方に消え去ったが、その時緑の光が一筋海上を走った。
古狸が海中から顔を出したのはそれからしばらくしてのことだ。


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七妖伝 第五回 七福神と妖怪の術比べ [小説]



義一が鎌倉・江ノ島七福神巡りの計画を作り上げてから三日後、義一はまたもや七福神の夢を見た。今度は、邪悪な九尾の狐が懲りずにまたもや夢を操作したのだ。
九尾の狐は、江の島沖の海の上空を七福神との決戦の場にしようと考え、早く義一に鎌倉・江ノ島七福神巡りをさせようと思ったのである。
なぜ、江の島沖なのかというと、自分よりも美しいと評判の弁財天の本拠地で、弁財天に恥を掻かせてやろうと思ったのである。いかにも嫉妬深い女性の嫌らしい一面が出たのだ。
この夢で、早く鎌倉・江ノ島七福神巡りをした方が良いと思いこまされて、九尾の狐の術に操られた義一は、三年後になってしまう小田原の伯母の七回忌を待たずに、鎌倉を訪問することにした。
従妹の堂島真智子が義一の自宅を訪ねて来た時には、真智子に鎌倉を案内してくれと頼んだが、結局真智子には連絡を取らなかった。
なぜなら、真智子その人は従妹だから何も気兼ねがないのだが、二度ほどしか会ったことがない真智子の夫である堂島幸一のことを、どうしても好きになれなかったのだ。
堂島幸一は二十代で起業してから、順調に実業家としての道を歩み、辣腕を振るっているのだけれど、成功者としての自信の故か、他人に対してひどく尊大なのだ。
色々と宿泊先で悩んだ義一は、江ノ電の江ノ島駅に近い旅館を予約した。まずは、新横浜から横浜中華街に行き、そこで昼食を摂ってから関帝廟に参拝し、それから江の島駅に投宿するように計画したのだ。

計画実行の当日は平日だったので、中華街もさほど混み合っていなかった。中華街での昼食ということで、義一がたまにいくF 市の中華料理屋ではまず食べられない本格的料理で、しかも一人であるため、一品で満足できるメニューとして「牛腩飯」を注文した。
義一の田舎では、普通の中華料理店でさえも村内にはあるはずがなく、隣のF 市まで行かねばならないのだ。
義一はいつも、自分一人の分を作るが、ほとんどは野菜の煮込みや湯豆腐、近所の何でも売っている唯一の店でたまに入荷した刺身などを食べるばかりだ。だから、ごくたまに休日になると、F 市に出かけて旨いものを食べるのが唯一の楽しみでもあるのだ。
その店で食べた「牛腩飯」は、牛のばら肉と青菜を柔らかく煮込んであり、それをご飯の上にかけて食べるのだが、中華料理特有の香辛料の香りが良かった。
たまのご馳走に、義一はすっかり機嫌をよくして、計画のとおりに関帝廟を参拝することにした。関帝廟は三国志に出てくる関羽雲長が神格化されて、信義に厚い男だということから、商売の神様になった「関聖帝君」が祀られている。
関帝廟に使用されている赤い色や黄金色の装飾が日本人である義一にはひどく違和感を覚えたが、中国人や華僑には大変喜ばしい目出度い彩りなのだろうと納得した。
民族の違いと共に信仰の対象となるものが違うというのは当然のことなので、七福神というのは、誠に何でも取り入れる日本文化の象徴のようなものだと、改めて義一は感心したのだった。
その後、港の見える丘公園に行ったり、洋館の建ち並ぶ山手地区を歩き回った。すっかり日が暮れて、江ノ電江ノ島駅に着いた頃には、ぽつりと雨が降りだした。
目的の旅館を予約する時、江ノ島の島内にある旅館にしようかとも思ったが、歩いて江ノ島へ向かう方がよいと考え直したのだった。
また、江ノ島まではこの旅館から歩いて数分で着くし、料金が安い上に料理もなかなかだという評判なので、その旅館を予約したのだった。
すてきな夕食を頂いて、義一が七福神の依を枕の下に置いて眠りに就いた頃、江ノ島沖の海は荒れていた。
なんと、人の目には見えないが神様と妖怪の戦いが、江ノ島沖の海の上空で繰り広げられようとしていたのである。
海上を七福神が乗った宝船がするすると滑るように走る。神様の乗る宝船は、荒波の影響などまったく受けないのだ。
一方、空には巨大な九尾の狐が、九つに分岐した大きな尻尾を広げて浮かんでいた。その尻尾のひとつひとつに妖怪が乗っている。九尾の狐はゆっくりと空を飛んでいく。
やがて、宝船がある地点に到着すると、静かに上空に浮上した。
福禄寿が長い頭を伸ばして空を見ていた。福禄寿が鶴を解き放つと、鶴はある方向へ飛んでいく。暫くしてから、鶴が舞い戻り福禄寿に九尾の狐が来たことを告げた。

「こら。妖怪達よ。よく聞け。今夜はお前達を徹底的に懲らしめてやる。我々神様は、本来は戦いや復讐などしない。だが、お前達、再び私達七福神に化けて義一を誑かそうと企んでいると知ったからには黙視できぬ」
毘沙門天のよく響き渡る張りのある男らしい声が素晴らしかった。
「ふん。黙るのはそっちだよ。八房を大池に蹴り飛ばしたのは、その毘沙門天だろう。この大きな妖怪犬を蹴り飛ばすことが出来るのは、よほど足腰が強い、戦闘力に長けた神様だと、すぐに見当がついたわ」
「やかましい。妖怪のくせに四の五のほざくな。我々神々の恐ろしさを今夜は見せてやろう」
どうも、毘沙門天は短気である。
「信仰心の厚い男を誑かして痛い目に遭わせてやろうと企むとはね。そんなことであの男の信仰心を失わせてやろうなんて、つまらない考えはおやめなさい」
弁財天がソプラノのように甲高い美しい澄んだ声で言った。
「うるさい神様だな。我々妖怪が温和しく神様の言うことを聞くなんて、思っているのは大間違いだ。こっちも、術を色々と研究したのだ」
これは蛟が虚勢を張っているのである。神様との戦いということで、内心はびくびくしているのだが、ワンマンなボスの九尾の狐に逆らえない自分達妖怪が情けないと思っているのである。
「信仰心や神に対する畏れこそが、人間の欲望に歯止めがかけられる大切なものだ。それを無くしては、人間は欲望の塊と化す。多少の欲望は人間に必要だが、欲望の虜や塊になった人間には次々と不幸が起こるのだ。我々神は、あの男の信仰心を嘉している。ここで、温和しく妖怪界に引き返せば、我々神も何もしないが、さもなくば痛い目に遭うぞ」
布袋尊が厳かな声で諭す。
「ふん。痛い目に遭うのはあんた達よ。まずは、雷獣からおゆき」
九尾の狐が言い終わらないうちに、風雨は一層激しさを増して、大きな雷鳴がした。そのとたん、寿老人を狙って雷獣が空中から落雷を命中させようと投げ放つ。
だが、寿老人は何事もなかったかのように佇んでいる。雷獣が描いた、落雷で樹を裂くという作戦は全く通じないのだ。
雷獣はこのところずっと猛特訓をして、どんなに大きな樹木であろうと、雷で裂くことができるようになったのだが、そんな特訓は何も役に立たなかったのだ。
「寿老人は樹老人ではないか。なぜ、落雷で樹を裂けないのだろうか」
雷獣が叫ぶと、猩猩は全く同じ事を不思議そうに呟いた。
「あ、あの杖だ。あの杖を避雷針代わりに使って、雷を海に落としているのか」
妖怪の中では比較的頭の良い八房が叫んだ。
その八房の推察のとおり、寿老人は杖を避雷針の代わりとして使っているのだった。もちろん、人間では出来ない離れ技であり、神様だからこそ出来る技なのである。
「ええい。それでは鋭い爪で顔を引き裂いてやる」
雷獣が鋭い爪を長く伸ばして寿老人の顔を引き裂こうとしたが、爪は全く役に立たずに、つるりと寿老人の顔を滑るだけだ。
「ううむ。それでは寿老人の持っている瓢箪と桃を引き裂いてやる」
寿老人は長い杖を右手に持ち、不死の霊薬が入った瓢箪と不老長寿の象徴である桃を左手に持っている。
不老不死の象徴の桃がなければ、寿老人は困る。不死の霊薬の入った瓢箪がなければ、寿老人はただの長命な老いた神様になる。
そう思った雷獣だが、雷獣の爪は右手の杖に払われてしまう。老人だから力などないと思って侮っていたが大変な力である。何度やっても同じ結果だ。
とうとうしびれを切らした雷獣は、狐のような長い尻尾で瓢箪と桃を叩き落とそうとするが、寿老人に伴われた鹿が尻尾に噛み付いた。
あまりの痛さに雷獣は海に落ちた。すると、海上から姿を現したのは、西洋で七つの大罪のひとつである「強欲」を司るマモンという悪魔であった。「強欲」はラテン語では「avaritia」であり、英語では「greed」である。
マモンという言葉は、元々は富とか財を意味するギリシャ語だったらしいが、いかにもキリスト教らしい解釈で、富と神は相反するということから悪魔とされるようになったといわれる。
七つの大罪そのものが、キリスト教の神父が作り上げたものである。人間のあくどさを分かりきった、カトリックならではというべきか。それとも、心地よい悪徳のぬるま湯からは、なかなか人間が出られないと言うべきか。
それはさておき、まさか妖怪が神様に打ち負かされて、そこから西洋の悪魔が出現するとは、七福神にも思いもよらなかった。古来悪魔などいなかった日本で、初めて悪魔をみた七福神のみならず、九尾の狐以外の妖怪たちも驚愕の表情をしていた。
勝手が違った寿老人は、どうしたものかと呆然としていたが、マモンはやがてすうーっと空に舞い上がっていずこへともなく姿を消した時、橙色の一筋の光がすうーっと走ったのが見えた。
悪魔マモンが抜け出した雷獣は、再び姿を現すと申し訳なさそうに九尾の狐の尻尾に戻った。
「九尾の狐様。あれはいったいなにでしょうか。私は初めて見ましたが、どうやら日本の妖怪ではなく西洋の化け物のようでしだけれど」
九尾の狐は自分の術を磨くために参考として西洋の事も学んでいたから、あくまについては当然知識があった。 
「あれは悪魔というものです。元々は西洋の神の下にいた天使だけれど、自分が神様よりも偉いと思ったため、神様に反逆して追放されて天使ではなくなったので。所謂悪魔ですよ。西洋には悪魔がたくさんいるけれど、日本の妖怪よりも恐ろしいわね。それにしても、どうして西洋の悪魔がお前たち妖怪の中から出現したのかしら。お前たちを妖怪に仕立てる時に、何か紛れ込んだのかしらねえ」
「九尾の狐様。申し上げます。私達も神様の七福神に逆らっていますが、やはり負けたら、私たちも悪魔になるのでしょうか。あんなおぞましい姿にはなりたくありません」
「莫迦。西洋と日本では事情が違うんだよ。日本は八百万の神様がいるし、我々妖怪や化け物の種類も多いだろう。西洋で神様はただひとつ。悪魔はたくさんいるが、妖怪の種類はそんなに多くはない。国によって独特の妖怪はいるけれどね。日本は、一つの国でたくさん妖怪がいるからね。それに日本の妖怪はなんとなく愛嬌があるだろう。古狸なんかは特にそうだね」
「ははあ。西洋では神様に逆らえないんだ。でも、日本では妖怪が神様に逆らっていいのかなあ」
「これ。お前たちは、私の指示を聞いておればよい。考えるのは私だ。お前たちは私が考えたことを実行するだけだよ。それに、いつまでも悪魔の事を考えてもしかたがない。次は鵺の番です。さあ、おゆきなさい。お前は福禄寿と戦うのだったね」
鵺は、巨大な九尾の狐の尻尾に高く聳える木から、福禄寿の長大な頭をめがけて飛び立った。
ヒョー、ヒョーと不気味な声で啼いた鵺は、なんとも不気味な姿で、福禄寿を攻撃しようと近づいた。
その時、福禄寿に伴われていた鶴が高く舞い上がり、鵺の狸に似た胴体を鋭い嘴で突いた。思いがけない攻撃にいささかたじろいだが、鵺はトラのような前脚で鶴を叩く。しかし、さすがに神様に伴われている鶴だけあって、簡単には叩かれない。鵺は、三度ほど同じ事を繰り返したが鶴は一歩も引かない。
とうとう鶴をもてあました鵺は、今度は福禄寿をめがけて鋭い爪で長大な頭を鷲摑みにしようとする。すっと杖を上げた福禄寿がその爪をはたくと、大事な武器である爪が切られてしまった。
再びヒョーヒョーと不気味な声で啼くと、今度は蛇の尻尾で福禄寿の頭に噛み付こうとした。その時、福禄寿の長大な頭から、強い光が出て蛇の尻尾は丸焦げになった。その途端に鵺はバランスを失い、海に落ちたのだった。
やがて姿を表したのは悪魔ルシファーである。ルシファーは七つの大罪のひとつ「傲慢」を司る悪魔である。
「傲慢」はラテン語では「superbia」、 英語では「pride」である。この罪は、七つの大罪中最大の罪とされる。ルシファーは元々全天使の長であったが、神に反逆して追放されたといわれる。
ルシファーとはラテン語では「光を帯びたもの」という意味だ。ルシファーの姿もまた静かに海のどこかに消えた。同時に赤色の光が一筋すうーっと走った。
それからしばらくしてようやく鵺が姿を現し、濡れた羽根を震わせながら、よろよろと九尾の狐の尻尾に戻っていった。
「またもや、西洋の悪魔が出たのかえ。私には、一体どこで何が紛れ込んだのか分からないね。ああ、そう言えば、妖怪に仕立てる施術の際に、風が吹いたね。あれで何かが混ざったのかしらねえ。それにしても、西洋の悪魔の姿は、本では絵をみたことがあるが、実物は初めて見たけれど、本当に気持ち悪いねえ」


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七妖伝 第四回 九尾の狐怒る [小説]

 

九尾の狐が配下の妖怪達を前にして、演説していた。
「皆の者。よくお聞きなさい。私達妖怪は七福神に莫迦にされました。八房と猫又が毘沙門天によって、真冬の大きな池に放り投げられました。その結果、暫く熱を出しました。この事は知っていますね」
「はい。もちろんです」
「それで、私は七福神に復讐をしようと思っています。ただ、今のままでは勝ち目はない。これは私達妖怪と七福神の戦いですから、私達妖怪はそれなりに実力をつけねばなりません。それで本日から妖怪の特殊な武器を色々とみんなに身につけて貰います。そうでもしないと、今のままで七福神と戦ってもとても勝ち目はないのよ」
「はあ。戦うのですか、我々妖怪が七福神と戦うのですか。それは、いかがなものかと思います。人間との戦いなら楽勝ですが、相手が神様ではまず勝ち目はないものと思いますが」
「お黙りなさい。何を弱気な事を言っているの。神なんかちっとも怖くないわよ。ともかく、みんなは特殊な武器を使えるようにこれから特訓を受けるのよ。まずは雷獣からね。お前は、雷とともにやって来るから、寿老人を相手にしなさい。寿老人は樹老人とも書きますよ。ですから、樹を落雷で引き裂くのです。これなら出来るでしょう。だから、どんな樹でも引き裂く強さを身に付けなさい。それと、お前は風雨の日にしか登場できないのが駄目ね。晴れの日でも雷に乗ってこられるようにしなければいけないわね」
「はい。雷神と相談してそのように致します」
晴天の日には柔懦であるが、風雨に会うと猛烈になり落雷とともに地上に落ちて、樹木を裂くというこの奇怪な妖怪は答えた。
この妖怪は全体に灰色であり、くちばしは黒くて尾は狐である。また、爪は鷲であるという。この妖怪を見た者は発狂するといわれているが、トウモロコシを食べさせれば治るというが、それはこの妖怪がトウモロコシを好物とするからである。
「それから猩猩は、どうしようか」
「私は人間に似た容貌と人語を解するといった点以外では、これという特技がありませんので困りましたが、猿の親戚みたいなのもですから、樹木の上から七福神を攻撃しましょうか。また、私の好きなお酒を利用して、悪臭のあまり気絶するような気息を出す術を習得中です」
「それがいいでしょう。私も他には思い付かぬ。鵺はどうしますか」
「私は空からの攻撃が得意ですから、その能力を強化訓練いたしましょう。弓矢などに負けないようにしなくては。私は福禄寿と戦いましょう。福禄寿は、七福神の中でただひとり鶴を連れていますから」
弓矢などに負けないようにと鵺が言ったのは、鵺が現役だった頃に、当時妖怪退治の第一人者とされた源頼政に山鳥の尾で作ったという矢に射貫かれて殺された事を恥としているのだ。
源氏としては、異例の従三位を授かったところから源三位頼政と称された妖怪退治で名を馳せた勇ましい武士は、後年平氏との戦いで敗北し自らの命を絶った。妖怪退治は出来ても権力闘争には敗北したのである。
この鵺という怪鳥はサルの顔、タヌキあるいは虎の胴体、トラの手足を持ち、尾はヘビであり、鳥のトラツグミの声に似た大変に気味の悪い声で鳴いたという。
時を経て死霊の妖怪と化した現在の鵺は、山鳥の尾で作られた弓矢ごときには負けてはならないのだ。
「猫又は今回は汚名を返上しなくていけないよ」
「はい。今度は鯛なんかには引っかかりません。風邪が治ってからは、狼の小便術の特訓をしております。九尾の狐様」
「狼の小便術だと。それは難のことだね」
「はい。狼というのはぴょんと飛び上がって、攻撃相手の目を狙って小便を引っかけるのだそうです。すると、猛烈に目が痛むのだそうです。目の見えない相手と戦うのは簡単なことです。私の場合には、毒を飲んで、排泄物に毒が混ざるようにしています。月月火水木金金の猛特訓です」
「すこし汚いけれど、頼もしい限りね。頼んだわよ」
「ははあ」
「八房はどうです。現役の頃を思い出しなさい。お前は敵の首まで取ってきたではないか。伏姫がいないとやる気が出ないというわけでもあるまい」
「ははっ。九尾の狐様に申し上げます。私は必ず神を退治致します。雷獣が乗る風雲よりも早く走るように特訓を続けた結果をごらんください」
「それは、頼もしいかぎりですね。ところで蛟はどこにいるの」
「はい。ここにおりまする」
「そのような所にとぐろを巻いていたのかえ」
この蛟という妖怪は、蛇体に四肢を有している。頭には角と赤い髭をもち、背には青い斑点がある。体側は錦のように輝き、腰から下はすべて逆鱗となっており、尾の先に瘤、あるいは肉環があるという。蛟の天敵はスッポンとも言われている。
「私は必ずいずれかの神を打ち負かしてごらんにいれましょう。酒を火焔に変化する術を習得しておりますぞ」
こうして妖怪達は自分の必殺技を磨き上げ来たるべき決戦の日に備えた。

これにひきかえ一方の七福神は呑気なものだ。毎日老若男女、善男善女が軒を連ねて願掛けに来るので、その相手をしなければならないが、ほとんどが耳を素通りだ。人間の身勝手な欲望をいちいち本気で聞いていたら莫迦らしくてやっていられないからだ。
なんの努力もせずにお金持ちになりたいと願掛けする若者がいる。努力してもあまり報われないのが現実世界なのに、なんとも無知な願掛けをするのだろう。彼らは必至の思いで努力に次ぐ努力を重ねている人達の事をなんと考えているのか。
不倫の相手と結婚できますようにという願いをしてくる未婚の女性もいる。不倫相手の妻のことはどう考えているのかと、怒鳴りたくなるが神様は怒鳴ってはいけないのだ。
商売繁盛を祈願するのはよいが、目先の利益に囚われるあまり、偽装や欺瞞に満ちた製品を世に送り出して、信用をなくす莫迦な経営者が多いのは、神様としてはどう解釈すればよいのか戸惑うのである。
学業達成の願掛けはよいが、自分が希望する大学に入れば、そこに入れなかった人のことを少しでも思い遣ったことがあるのか。
善を行えば良い結果がもたらされるが、それは本人にもたらされるかどうかの保証はない。善因善果は間違いがないけれど、自分の善が自分の成果となるかどうかは分からない。 
自分がそれなりに、健康で人様よりも少ない苦労で生きていけるのは、ご先祖の積善の結果であるかもしれないではないか。それを無視して、自分は善を行っているのに、良い結果が出ないと不平・不満に思うのは、人間の思い上がりというものだ。
努力したからといって、努力が報われるとは限らない。他人はもっと努力しているのかもしれない。そこが分からないまま、自分はこんなに頑張っているのにと、不満や不平をぶつけてくる莫迦な人間もいる。
こういうわけで、神様は神妙に人間の身勝手な願掛けを聞き入れるふりだけしていればよいのだということになっている。だから、多忙なようでも多忙ではない。
ただ、個人の欲望に基づかない、真剣に祈願する人に対してはその動機が不純でさえなければ、時々は干天の慈雨のような恵みをもたらすことにしている。
ともかく、自分にとって良い結果だけしか求めないような強欲な人の祈りには耳を貸さないのがほとんどだ。神様は八百万でも、この基本原則は変わらないのである。
そのような日々を過ごす神様の下にも、様々な情報が入ってくる。
「どうやら古狸が、あの七福神巡りに熱心な義一の跡をつけ回しているようだな。九尾の狐めが、何を企んでいることやら」
「あの程度の妖怪ごときが何か企んでも、我々には通じはしない。放っておけばよい」
「それもそうか。放っておこうか。弁財天さん。済まないがまたひとつ妙なる音楽をお願いできませんかね。美しい音楽は心を蕩かすので、人間にはあまり勧められないが、我々は神様だから、聞いてもよいだろう。ねえ、布袋尊さん」
「はあ。問題はないです。是非とも聞かせてくださらんかな。弁財天さん」
「そうですね、ついでにあの義一の耳にもこの音楽を届けてあげましょう。なにしろ、毎晩のように私達七福神のことを崇拝していますよ。たまには睡眠中の義一がぐっすりと眠れるように音楽を聴かせてやりましょうね」
弁天様は思い遣りのある優しいお方なのである。
義一は、以前から行きたいと思っていた鎌倉・江ノ島七福神巡りを夢で見ていた。そして夢の中で今までに聞いたこともないような美しい音楽を味わっていた。大きな安心感と深い悦びに満たされた義一の翌朝の目覚めは爽快だった。
もちろん、正月の初夢のためだけではなくて、寝る時は枕の下に七福神の絵を置いてから寝るのだ。それは、様々な願望を叶えて欲しいという意味ではなかった。
義一の場合は、本当に七福神を崇拝する気持ちが強くて、毎晩でも夢の中でお姿を拝見したかったのである。つまり、今時の人間にしては、御利益など考えないでひどく純粋に神様を崇拝していたのだ。だからこそ、七福神としても、義一が良からぬ妖怪などに誑かされるようなことがあってはならぬと、注意をしていたのである。

さて、義一が夢の中で弁財天が奏でる天上の音楽を聴いてから、二月ほど後のことである。ようやく春の野菜作りを終わった義一は、鎌倉・江ノ島七福神巡りの計画を完成させた。
隣のF市から横浜に出るつもりだ。義一は食いしん坊でもあるので、横浜の中華街には是非行っておきたい。
面倒なことが嫌いな義一は、東京に住んでいる時には、わざわざ横浜まで出かけるようなことはしなかったので、有名な中華街には行ったことがなかった。中華街にある関帝廟にも行きたいと考えた。
日本独特の七福神信仰とは違うが、信義を重んじ理財に明るい商売の神様として祀られている所を見たいと思った。
F市からだと新横浜駅には十一時過ぎには着ける計算だ。それから横浜に出ればちょうど良い時間になると、義一は考えたのだ。その日は江ノ島に一泊して、次の日一日で七福神巡りを果たす予定だ。

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