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酔生夢死の世の中を渡るには、それなりの覚悟と知恵がいる。そんな覚悟も知恵もなく歩んできた人生の好きなことを、好きなように書き散らしました。

幸せに関する考察  [エッセー]



月影の いたらぬ里は なけれども 眺むる人の 心にぞすむ 法然上人

 この歌は念仏の心を読んだ教えだそうだ。
「月の光が届かない人里などないのですが、月を眺める人の心の中にこそ月(月の影)は、はっきりと存在してくるのです。」
 
 月光は阿弥陀仏の救いを指す。月光はすべての里に届く。ただ、目で見て認識しない限り月はないも同然であり、見れば必ず見る人の心にまで届く。(念仏さえすればよい)。

 一般的にはそのような解釈でよいのだろう。私は念仏信者ではないので、一般的解釈とは別の解釈をしている。

 幸せとは誰の上にでも降り注いでいるものだ。しかし、その幸せを認識しなければ、幸せはないのと同じことだ。幸せがあるのに「眺むる」人の認識次第では、幸せなどない。

 私は特に金持ちでもなければ有名人でもない。男前でもなければ、何一つ悪いところがないというほどの健康体でもない。何を取り上げても平々凡々とした爺様であるが、いつも幸せを感じている。

 生きている。息をしている。ご飯が食べられる。酒が飲める。妻や子をとても愛している。日本語の読み書きができる。音楽が聞ける。歩ける。風を感じられる。虫の音に耳を澄ませることができる。
 まだまだ、たくさんある。それだけでも「幸せ」を感じられものなのだ。

 歌手のアスカが「多幸感」を感じるにはクスリしかなかったと話している。私のような平凡な爺様でもこれだけ幸せなのに、アスカのような有名で稼ぎのいい男が、なぜさらなる多幸感を求めたのだろう。

 それは、人間の欲望には際限がないということを表しているのだろう。

 キリスト教では「七つの大罪」ということがある。人間を罪に導く可能性があると見做されてきた欲望や感情のことを指すという。

日本語      ラテン語         英語
傲慢        superbia         pride
物欲(貪欲)   avaritia          avarice
ねたみ(嫉妬)  invidia          envy
憤怒        ira      wrath
貪食        gula      gluttony
色欲(肉欲)   luxuria      lust
怠惰      pigritia seu acedia      sloth or acedia

 このキーワードで思い浮かべる国がいろいろとある。
 傲慢というと中国と米国を思う。貪欲は、英国と米国を、ねたみは韓国を、憤怒はイスラエルという具合に続く。貪食は中国とフランス、色欲はイタリア、怠惰はどこか南の島々。

 もちろん、それぞれの国の中には該当する人もいれば該当しない人もいるのは当然だ。日本人の中にも、この全部が該当する人だっているのは当然のことである。

 私が何を言いたいのかというと、私たち人間はだれでもがこのような欲望に振り回されて生きている。アスカのように多幸感を求めるのは愚の骨頂であるとしても、欲望を完全に振り切ることなど人間にはできない。多かれ少なかれ、欲望には振り回される。
 澄ました顔をして人間の道はかくかくであるなどと説いて回っている宗教者がとんでもない色魔だったり、強欲な人間だったりするのはよくあることだ。

 だから、「少欲知足」という生き方が、一番被害が少なくて済む。

 長生きしたい。ずっと若いままでいたい。ずっと異性にもてたい。そういう願いを胸に秘めておくのは卑しいことではないが、そのことばかりに気をとられていると、時として思わぬけがをしてしまう。
 だから、加齢とともに「徒然草」のような生き方がよいと、ますます強く感じる今日この頃である。

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だしぬけに [エッセー]


だしぬけに 咲かねばならぬ 曼珠沙華 (後藤夜半)

私達は、どんな時代、国、民族、都市、地方、親の下に生まれてくるのか、全く選択の余地はない。

ローマ時代の貴族に生まれたいと今更願ってもそれが叶うはずもない。全く選択の余地がないままに、この世に放り出される。

まさに「だしぬけに」生まれる。どんな綺麗事を言っても、生まれた時点から格差は付いている。容貌、能力、環境、性質、運勢等は選択できない。

私個人の話をすれば、大変裕福な家に生まれた。これについては、親には感謝しても感謝仕切れない。私は父親が50歳の時にできた長男であるから、たいそう可愛がって貰った。たが、父は途中で仕事に失敗し、借金を抱えてしまった。私が大学に入る頃には、父は年老いて仕事を止めねばならなかった。
 
そのため、私は自分の生活費は、自分で稼がねばならなかった。それで、四年間は牛乳屋に住み込み、牛乳配達のアルバイトをやり抜いた。授業の間もアルバイトに精を出した。
 
 友だちが遊び惚けているときに、アルバイトをしなければならぬのは辛かったが、私の人生にとても豊かな経験だったと思う。

つまり、幼い頃は裕福だったが、大学に入る頃にはもはや裕福とは言えない人生だった。それで、私はとにもかくにも安定した仕事に就くことにしたが、大手の会社は嫌だったので中規模の会社に入った。

さて、ここからは一般論に入る。
人生に対する態度を、大雑把に4種類に分けてみた。

精神的満足:これは仕事に使う道具や製品に対する美意識や善などを大切にする生き方であり、日本人は比較的この範疇に入る人が多い。この生き方には、職人意識が高く、金銭的報酬の多寡よりも、自分の仕事の出来映えや打ち込みの度合いを大切にするという生き方も含む。

世俗的満足:これは有名になることや金持ちになることを大切にする生き方である。中国人や超汚染人は、この範疇に入る人が多い。仕事の出来映えとか、仕事に打ち込む態度よりも、結果としていくら儲かったのか、どれくらい有名になったのか、どのくらいの地位に就けたのかがたいせつなのである。

哲学的満足:「哲学的」とはいうものの、ここには音楽、文学、建築、美術などの芸術、つまり精神的満足度で触れた美意識とは別の次元の美意識のことである。どらかと言うと、自分の美意識を具体化したものが作品になる。
 
宗教的満足度:宗教を何よりも重んじる態度のことである。イスラム教徒やヒンズー教徒、カトリック教徒などはこの範疇だろう。プロテスタントは、どちらかというとこの範疇ではなく、世俗的満足を大事にする態度である。

もちろん、日本人の中にも、世俗的満足しか頭にない態度の人はいる。また、そのような生き方が悪いなどということはない。また、ここでは範疇を4四つだけに絞ったが、他の考え方もあるのは言うまでもない。
 
いつも言うことだが、人生に対する態度などは、十人十色であるし、一人の人間の中でも様々な要素が混ざり合っているものだ。

 さて、そういう人生の態度とは別に、私達は食べていかねばならないという問題がある。いくら音楽が好きでも、音楽を飯の種にできる人は、ほんの一握りに過ぎない。役者や俳優なども同様だ。
 
それなのに、我が馬鹿息子は、音楽に入れあげて、それで生きている。何とも貧乏な生活をしているので、溜息が出るばかりだ。
 
退職して新築の一戸建てを購入したが、それも私達夫婦が死んでも、馬鹿息子には住むところだけは用意しておこうと、夫婦で何度も話し合った結果である。

馬鹿息子が専門学校を卒業しても就職しないと分かった時、私は作戦を立てた。馬鹿息子をうまく追い出して自活させるための作戦である。
 
最初の年は月額2万円の家賃で住まわせてやる。次の年は4万円、翌年は6万円と家賃を2万円ずつ上げるので、それでよければ住ませてやると宣言したのだ。(その当時はマンション暮らし)

さすがに、月額8万円になったら、家を出て行った。そして、今は家賃13万円くらいの処に住んでいるが、一応仕事の関係だというので、会社から金が出ている。つまり、それくらいの収入はもらえる程度の仕事には成長したのだ。

そんな馬鹿息子だって、親としては可愛いのは当然である。

ともかく、この世に生を受けた以上は、生きねばならない。途中で自死したり、こんな人生は気に入らないからと放棄したりすることは許されないのである。

曼珠沙華 葉を纏うなく 朽ちはてぬ 咲くとはいのち 曝しきること 
(斉藤史)

まさに、生きるとは「命曝しきる」ことなのだ。ひたむきに生きるしかない。

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「伝説」 [エッセー]

スペインのバレンシア郊外のアルブフエラ湖を訪問したときに、ふと会田綱雄という詩人の「伝説」という詩を思い出したことに触れた。今日はその詩を紹介したい。

伝説 会田綱雄 詩集 『鹹湖』(かんこ)より

湖から
蟹が這いあがってくると
わたくしたちはそれを縄にくくりつけ
山をこえて
市場の
石ころだらけの道に立つ

蟹を食うひともあるのだ

縄につるされ
毛の生えた十本の脚で
空を掻きむしりながら
蟹は銭になり
わたくしたちはひとにぎりの米と塩を買い
山をこえて
湖のほとりにかえる

ここは
草も枯れ
風はつめたく
わたくしたちの小屋は灯をともさぬ

くらやみのなかでわたくしたちは
わたくしたちのちちははの思い出を
くりかえし
くりかえし
わたくしたちのこどもにつたえる
わたくしたちのちちははも
わたくしたちのように
この湖の蟹をとらえ
あの山をこえ
ひとにぎりの米と塩を買い
わたくしたちのために
熱いお粥をたいてくれたのだった

わたくしたちはやがてまた
わたくしたちのちちははのように
痩せほそったちいさなからだを
かるく
かるく
湖にすてにゆくだろう
そしてわたくしたちちのぬけがらを
蟹はあとかたもなく食いつくすだろう
むかし
わたくしたちのちちははのぬけがらを
あとかたもなく食いつくしたように

それはわたくしたちのねがいである

こどもたちが寝いると
わたくしたちは小屋をぬけだし
湖に舟をうかべる
湖の上はうすらあかるく
わたくしたちはふるえながら
やさしく
くるしく
むつびあう


吉本隆明はこの詩を読んで「蟹を食うひともあるのだ」という一行が効いていると表した。私もそう思う。戦時中、会田は南京特務機関という特殊な行政機関に配属されていた。そのとき「伝説」の発想をえたという。そのことを会田綱雄がこんなふうに書いているので、少し長くなるが引用しよう。

「ひとつの体験として」より
前略
「(南京大虐殺の目撃話のこと)その話のあとで、戦こういうことを聞いた。戦争のあった年にとれるカニは大変おいしいということ。これは日本時がそういうのではなく、占領され虐殺された側の民衆間の、一つ口承としてあるということ。そのことを特務機関の同僚が教えてくれたのだ。戦争のあった年にとれるカニがおいしいというのは、戦死者をカニが食べるので、脂が乗っておいしいというのである。はたしてカニが、人間そのままの形ではなく、腐乱しプランクトンのようになった人間をであろうが、食べるかどうか、調べてみたことはないが多分食べるだろうと思う。だから、中国人は、戦争中は、よほどのことがなければカニを食わなかったのではないかと思う。」
 後略

しかし、歴史的には南京大虐殺などはなかったのだということは、私は主張しておきたい。


 ここに書かれてあることが本当かどうかは会田綱雄本人にでも確認しない限りは、分かりはしない。しかし、会田綱雄という人は、寺山修司のような虚構に満ちた作品とはほど遠い人柄だから、信用できるのではないかと思う。私は、寺山修司の虚構地獄も好きだが。

 そうしてみると、なるほどこの一行は確かによく効いている。そして、読み進める度に、命の尊さ・生の営みの哀しさや愛おしさが一度にこみ上げてきて、私の視界は塩気のある液体で満たされてしまいすっかり霞んでしまう。命は、他の命を奪うというごく単純明快な真実を忘れて暮らしてはいけない。私が昨晩食べたイカやエビにも命があり、ナスビやキャベツにも命がある。命があるから育つ。育ったまま放置しておけば、やがては枯れてしまう。他の命をもらうことで、私達動物は命を繋いでいるが、人間だから当然だと思うのは傲慢だろう。似変人は、だから、ご飯を食べるときには「頂きます」という。命を頂いてるという自覚を持っていたから、こんな美しい言葉が生まれた。

しかし、この詩を読んでからでも、甲殻類が好きな私は、だからと言って甲殻類が食べられなくなったということはない。戦争がない、平和な時代の甲殻類の美味に舌鼓を打っても罰は当たるまい。

 みなさんも、この詩のような命の尊さを教えてくれる詩歌や話をお持ちであろう。ときには、それを取り出して読み直せば、この世の中をあくせく生きるのが、ばからしくなるはずだ。余裕を持ってゆっくりと、生きたいものだと思い直すことだろう。

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己の欲するところ [エッセー]

文化とか習慣というものは東洋と西洋では大きく違うのは自明のことだが、二つの事柄を取り上げてどんな意味があるのかを考えてみたい。このようなことは、数多の先人が試みているだろうけれど、私は自分の言葉と自分の考えで繙いてみたいと思う。

まず、一つ目は郵便を出したり、届けてもらったりするための住所の書き方を取り上げよう。
日本人ならば大きい範疇(神奈川県など)から小さい範疇(横浜市中区など)に移るというのが当然だという意識があるだろう。私自身に中国や韓国ではどうなのかという知見がないので、この部分は日本を以て東洋の代表とする。悪しからず。
それに対して、欧米などではピン・ポイントの個人の住んでいる場所(小さい範疇)から、徐々に大きい範疇に移る。

あと一つは、全く別のことを取り上げたい。
新約聖書マタイによる福音書7章12節には、「己の欲する所を人に施せ」というイエスの言葉がある。
また、『論語』の衛霊公第十五にはこうある。
子貢問うて曰く、「一元にして以て終身之を行うべきものあるか」
「其れ、恕か。己の欲せざる所を人に施す勿れ」

これら二つのことからだけでは、西洋と東洋の違いを論ずることはできないが、少なくとも私たちに理解できることがある。それは、西洋では個人を中心軸にして考えや行動が広がるということであり、日本(東洋)ではその逆である。日本(東洋)としたのは、私は中国や韓国ではどのような手紙の書き方をするのか知らないからだ。

イエスの「己の欲する所を人に施せ」という言葉からは、西洋の思想では自己を中心軸にして、善行を施せと言っているのが分かる。
一方、『論語』の「其れ、恕か。己の欲せざる所を人に施す勿れ」という部分を読むと、東洋では他者を中心軸にして「人の嫌がることをするな。」と説いているのが分かる。
このことから、西洋では愛であるにせよ、善意にせよ他人からの働きかけを快く思い、好意を持って受け取る傾向があるのではなかろうか。
一方、東洋ではどうだろうか。
まず、「恕」とは何か。恕とは、己の心を推して人を思いやるということである。したがって、東洋では他人からの働きかけはたとえそれが愛や好意から出たものであれ、余分なことはしないほうが良いと考える傾向があるのではないか。
つまり、好意を有り難く感じる西洋の人たちは、他人にも同じ有り難さを感じてほしいと思うから、「己の欲する所を人にも施せ」という考え方になるのでしはないか。一方、他人からの迷惑を強く意識する東洋人は、同じ迷惑を人におよぼさないように「己の欲せざる所を人に施す勿れ」と考えるようになるのではないか。

前者はキリスト教の「人間愛」にもとづく博愛精神であり、後者は儒教の「恕」にもとづく道徳観念なのだろう。
人間愛や博愛の中に愛の押しつけとエゴイズムを嗅ぎ付ける東洋人は、自己抑制とその上に成立する慈しみや思いやりの方向に向かわざるを得ない。
個人から他者へ向かう発進の仕方と、他者への思い遣りから個人の守るべき規範を考える文化というようにも考えられる。
しかし、現在の中国共産党政府には「恕」という考え方はないようだ。いつでも自国のみが正しくて、他国政府は間違いであると決めつけるのだから。それとも、「恕」という概念は元々国益などとはそりが合わない性格のものだと考えていて、別々に取り扱うとい原則なのか。
先年の中国の若者の行動は、単なる暴動と略奪であり、平和的に自己主張をするデモからはほど遠い。その背景には「愛国無罪」という共産党政府が押し出した愚かで幼稚な考え方がある。このツケは、いずれは共産党政府に向かう。天に向かって吐いた唾は、自分に返ってくるのだ。

さて、翻って日本のやっかいな隣人である朝鮮人はどうだろうか。その答えは朝鮮人が嫌いな人なら誰でも知っていることだろう。
「「己の欲せざる所を人に施せ」

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十七条の憲法 [エッセー]

 私はいつも十人十色ということを唱えている。そして、人の物の見方には必ずバイアスがかかっているとも思っている。家族の間でも意見や考え方に違いがあるのは、至極当然のことである。
 考え方などという抽象的な次元ではなく、もっと感覚魔笛菜事柄においてもそうだ。例えば、食べ物の嗜好、行ってみたい外国、住みたい場所、自分に合う温泉の質、憧れの人やご贔屓のスポーツマンなどについても、何もかもが一致するなどということはまずないだろう。
 
 また、聖徳太子が制定された十七条の憲法第十条にはこう書かれている。

 十にいわく、こころの忿(いか)りを絶ち、おもての瞋(いか)りを棄てて、人の違(たが)うことを怒らざれ。人みな心あり。心おのおの執るところあり。かれ是とすれば、われは非とする。われ是とすれば、かれ非とす。われはかならずしも聖にあらず。かれかならずしも愚にあらず。ともにこれ凡夫のみ。是非の理、たれかよく定むべけんや。あいともに賢愚なること、鐶(みみがね)の端なきがごとし。ここをもって、かの人は瞋るといえども、かえってわが失を恐れよ。われひとり得たりといえども、衆に従いて同じく挙(おこな)え。

 つまり、端的に言うなら、自説に固執するな、人の考えや物の見方は人それぞれだということである。

 感覚の問題から思考方法、社会制度のあり方から生死を巡る問題まで、様々な違いを内包したままに、生かされているのが実状である。

「愚人の見るはおそろし。おのれの利欲あれば、人をもその心を以て見るなり。色ふかきは、、色を以て見るなり。聖賢の人にあらざれば、見ることあやうし。」
この言葉は、江戸時代の至道無難という禅僧の言葉だ。金のことばかり考える人は、年から年中金のことを考えてばかり居るから、きっと他人もそうなのだと思ってしまう。異性が好きな人は、いつでも異性のことを考えているから、他の人もそうだと思ってしまう。

 しかし、このようなことは、民族単位でも当て嵌まる。例えば米国のような移民国家で、自分たちの価値観だけ、物の見方だけが正しいと主張すれば、収拾が付かなくなるのは目に見えている。
 そして、そのような価値観、物の見方がぶつかり合い、どうにもならなくなると紛争が始まる。イスラエル対アラブの戦い、中国と周辺国の紛争、米国とロシアの冷戦やウクライナを巡る争い等々、例を挙げれば切りがない。彼らに向かって聖徳太子の十七条の憲法のことを話しても、無駄であることは明白だ。そこにはお互いに「利益」を巡る争いであることが明白だからだ。

 さて、朝鮮人の物の見方がどのようなものであるかについて、ここでいくつかの例を挙げよう。
 歴代中華帝国の民は髪の毛を総髪にした。朝鮮民族がこれを取り入れたのは新羅の時代からだという。それからは、高度な文明を持つ者は髪の形を総髪にするという意識が朝鮮人に芽生えた。だから、遊牧民や狩猟民族が髪の毛を剃る風習を野蛮人の証と決めつけた。即ち、深く理由も考えずに、外見からだけで野蛮か否かを決めつけたのだ。
 なぜ、遊牧民や狩猟民族が髪の毛を剃るかというと、彼らは集団ごとに広大な土地を、牧草地を求めて移動する。新たな牧草地を見つけた部族集団の所属を知る必要があったのだ。
 マタ、日本人がなぜ髷を結うのかと言うと、湿気の多い季候の中で兜を被って戦うのが苦痛だった空、丁髷を結って兜と頭の間に風が入るように工夫をしたのである。平安時代の末期から丁髷の習慣が始まったらしい。一般庶民もやがて、暑さを避ける工夫として丁髷を模倣したのだ。
 そのように、それぞれの民族には、そうする理由があるにも関わらず、朝鮮人は、外見だけで、総髪は文明が高い証拠だと思い込んだ。
 このような発想は今でも続いている。だから、朝鮮人は進歩しないのである。
 

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