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酔生夢死の世の中を渡るには、それなりの覚悟と知恵がいる。そんな覚悟も知恵もなく歩んできた人生の好きなことを、好きなように書き散らしました。

ワイン考1 [エッセー]

イタリア語にはこんな諺がある。

 Botte buona fa buon vino ( いい樽はいいワインをつくる )

 どんなに良い葡萄が収穫できたとしても、それを熟成せる良い樽がないことには良いワインはできない。

 考えれば至極当然のことだ。人間も同じことだ。どんなに良い経験や知識を得ても、それをじっくりと寝かせて、熟成させないと良い人生にはならない。

 ましてや、良い経験や知識を得なければ、野生の動物よりも悲惨なことになる。

 野生の動物は餌を自分で獲ることができるが、人間は様々なものを買わないことには生活できない。買い物をするにはお金がいる。お金を得るためには、働かなくてはならない。働くためには会社の命令を聞かなければならない。会社の指令や命令を聞いて理解するにはそれなりの知識が必要である。そのためには読み書きそろばんを勉強しておく必要がある。

  さらに、実用的な読み書きそろばん以外の勉強もしないと新しい知識を増やすことはできない。芸術を理解するにせよ、宗教に取り組むにせよ、実用敵読み書きそろばん以外にある程度の勉学をしていないと、お手上げになってしまう。

 こうして得た知識と経験を併せて思索を深めれば、豊穣なワインにも似た人生が得られる。

 芸能・大工・庭師などの職人と呼ばれる人達の中にはとても味わい深い顔をしたり、味わい深いことを言う人がいるが、そういう人たちはきっと自分の経験だけに頼らず思索を深めることで、自分の人生を深く掘り下げることに成功した人達なのだろう。

 これから死ぬまでの間に、私という樽の中でどんなワインが醸されるのか。それは、今後のお楽しみだ。

 おっと、誰だい、おまえさんの樽では渋いワインしかできないよと言っているのは。
 


2016-07-20 [道歌]


世の中は 白黒赤く 移りゆく わがみ一つは 元の身にして

我が身もまた変わる。2秒前の自分と10分後の自分が同じ自分であるはずがない。腹が減ったときの自分と満腹になった時の自分が同じであるはずがない。


正氣歌 文天祥 [エッセー]



天地有正氣
雜然賦流形
下則爲河嶽
上則爲日星
於人曰浩然
沛乎塞蒼冥
皇路當淸夷
含和吐明庭
時窮節乃見
一一垂丹靑
在齊太史簡
在晉董狐筆
在秦張良椎
在漢蘇武節
爲嚴將軍頭
爲嵇侍中血
爲張睢陽齒
爲顏常山舌
或爲遼東帽
淸操厲冰雪
或爲出師表
鬼神泣壯烈
或爲渡江楫
慷慨呑胡羯
或爲撃賊笏
逆豎頭破裂
是氣所磅礴
凜烈萬古存
當其貫日月
生死安足論
地維賴以立
天柱賴以尊
三綱實繋命
道義爲之根
嗟予遘陽九
隸也實不力
楚囚纓其冠
傳車送窮北
鼎鑊甘如飴
求之不可得
陰房闃鬼火
春院閟天黑
牛驥同一皂
鷄棲鳳凰食
一朝蒙霧露
分作溝中瘠
如此再寒暑
百沴自闢易
哀哉沮洳場
爲我安樂國
豈有他繆巧
陰陽不能賊
顧此耿耿在
仰視浮雲白
悠悠我心悲
蒼天曷有極
哲人日已遠
典型在夙昔
風檐展書讀
古道照顏色


 正氣の歌
 並びに序

 天地 正氣 有り
 雜然として 流形に 賦す
 下れば則(すなわ)ち 河嶽と爲り
 上れば則ち 日星と爲る
 人に於いては 浩然と 曰ひ
 沛乎として 蒼冥に 塞(み)つ
 皇路 淸夷に 當れば
 和を含み 明庭に 吐く
 時 窮らば 節 乃ち見(あらは)れ
 一一 丹靑に 垂る
 齊に在りては 太史の簡
 晉に在りては 董狐の筆
 秦に在りては 張良の椎
 漢に在りては 蘇武の節
 嚴將軍の 頭と 爲り
 嵇侍中の 血と 爲る
 張睢(すい)陽(よう)の 齒と 爲り
 顏常山の 舌と 爲る
 或は 遼東の 帽と 爲り
 淸操は 冰雪よりも 厲し
 或は 出師の表と 爲り
 鬼神 壯烈たるに 泣く
 或は 渡江の楫と 爲り
 慷慨 胡羯を 呑む
 或は 賊を撃つ 笏と爲り
 逆豎 頭は破裂す
 是れ 氣の 磅礴たる 所
 凜烈として 萬古に 存す
 其の日月を 貫くに 當りては
 生死 安んぞ 論ずるに 足らん
 地維 賴りて 以て立ち
 天柱 賴りて 以て尊ぶ
 三綱 實(まこと)に 命を 繋ぎ
 道義 之(こ)の 根と 爲る
 嗟(ああ) 予 陽九に 遘(あ)ひ
 隸(われ)なる也(や) 實(まこと)に 力(つと)めず
楚囚 其の冠を 纓(むす)び
傳車にて 窮北に 送らる
鼎鑊 甘きこと 飴の如く
之を求むれど 得(う) 可(べ)からず
陰房 闃(しづか)にして 鬼火ありて
春院 閟(とざ)して 天 黑(くら)し
牛 驥 同(とも)に一つの皂(をけ)
鷄棲に 鳳凰 食す
一朝 霧露を 蒙むらば
分かる 溝中の 瘠(むくろ)と作(な)るを
此(かく)の如く 再びの 寒暑
百沴 自ら 闢(さ)け易(やす)し
哀しい哉 沮洳の場は
我が爲に 安樂の國たらん
豈に 他(そ)の 繆巧の有りても
陰陽 賊(そこな)ふ 能(あた)はず
此の 耿耿たるの 在るを 顧みて
浮雲の 白きを 仰ぎ視る
悠悠たる 我が心の 悲(いた)み
蒼天 曷(なん)ぞ 極り 有らんや
哲人の 日 已(すで)に遠のけど
典型は 夙昔に 在り
風檐(ふうえん)に 書を展(ひら)きて 讀めば
古道 顏色を 照らす
******************

私感訳註:

※正氣歌:正気の歌「正気」(せいき)とは、万物に宿る根本の精気大きく正しい天地の元気(万物の根本の精気)の歌この作品では、天・地・人に宿る根本の気・正義と人倫を貫き、忠君愛国の信念と道義でもって、身を殺して悠久の大義に生きることの気概を高らかにうたいあげている日本や中国で、これに基づいたいくつか異なった正気の歌が派生している謝枋得も、文天祥と同様に元朝に仕えることを求められ、拒絶して自尽したが、二人の境遇が同じなため、この『正氣歌』は謝枋得の『初到建寧賦詩』「雪中松柏愈青青」 に構成や主張が似ている日本では、幕末の水戸学の儒者・藤田東湖の『和文天祥正氣歌・有序』「天地正大氣粹然鍾神州秀爲不二嶽巍巍聳千秋注爲大瀛水洋洋環八洲發爲萬朶櫻衆芳難與儔…」 や、明治・廣瀨武夫の『正氣歌』「死生有命不足論鞠躬唯應酬至尊奮躍赴難不辭死慷慨就義日本魂一世義烈赤穗里三代忠勇楠氏門憂憤投身薩摩海從容就死小塚原或爲芳野廟前壁遺烈千載見鏃痕或爲菅家筑紫月詞存忠愛不知冤可見正氣滿乾坤一氣磅礴萬古存嗚呼正氣畢竟在誠字呶呶何必要多言誠哉誠哉斃不已七生人閒報國恩」 等がある

※文天祥:南宋末の人宝祐四年に状元で合格祖国の危急存亡に際して、兵を率いて転戦するこの作品は、彼が元に捕らえられ、至元十八年、獄中にて作る獄中の様子は序文 に詳しい

※並序:並びに序文この『正氣歌』には序文 が付いている

※天地有正氣:この天地(宇宙、世界)の間には、「正気」という真理・精気なるものがあって ・正氣:大きく正しい天地の元気(万物の根本の精気)

※雜然賦流形:入り混じって、いろいろな物にその「正気」を与えている ・雜然:入り混じってごたごたしているさま ・賦:あたえる授ける賦与する ・流形:世間にあまねく行き渡っている万物の形森羅万象を謂う

※下則爲河嶽:(重くて濁ったものは)下って(しずんで)河や山となり *神話では、盤古が天地を開いたとき、重くて濁ったものは、沈んで大地となったことを言う ・則:「レバ則」とも謂い、条件、結果の関係を表す現代(日本)語の「…れば…になる」で、上古、中古の(日本)国文法に則れば「ラバ則」という方が合っているかもしれないが、慣用故

※上則爲日星:(軽くて清らかなものは、浮かび)上がって、太陽や星となる *盤古が天地を開いたとき、軽くて清らかなものは、浮かび上がって天となったことを指す

※於人曰浩然:人の場合では、それを「浩然」と呼び ・浩然:天地に漲っている正しく強くたゆまない天地正義に基づいた何者にも屈しない道徳的勇気

※沛乎塞蒼冥:(浩然の気が)勢いよく天地に満ちていく ・沛乎:盛大なさま水などが勢いよく流れるさま ・塞:みちるふさぐ *ここは、前者の意天地の根本の精気が広くみちていること ・蒼冥:果てしない天地、宇宙青海原、大海原 *ここは、前二者の意

※皇路當淸夷:(政治の)大道が清く治まっておれば、和やかさが増進して ・含……吐……:…を入れて…を出す鄭錫の「拂水初含綠驚林未吐紅」や、錢起の「西日橫山含碧空東方吐月滿禪宮」などのように ・皇路:大いなる道大道君道・淸夷:世の中がよく治まること清平夷=平

※含和吐明庭:(その結果が)朝廷のまつりごとにも出てくる ・明庭:昔、神霊に朝見する地をいう明廷聖朝

※時窮節乃見:困難な状況の時こそ、節操のある者の姿が現れてくる *六朝(南朝)宋・鮑照の『代出自薊北門行』に「羽檄起邊亭烽火入咸陽徴騎屯廣武分兵救朔方嚴秋筋竿勁虜陣精且彊天子按劍怒使者遙相望鴈行縁石徑魚貫度飛梁簫鼓流漢思旌甲被胡霜疾風衝塞起沙礫自飄揚馬毛縮如蝟角弓不可張時危見臣節世亂識忠良投躯報明主身死爲國殤」 とある ・時窮:時運が行き詰まる時節が行き詰まる時代閉塞の状況下 ・節:節度節操蘇武 の節から起こった ・乃:そこで、ようやくすなわち ・見:現れる『史記卷八十六・刺客列傳』に「圖窮而匕首見」 がある

※一一垂丹靑:(その「時窮」の際に「気節」があらわれることは、」)一つ一つ史書に(以下のように)書き記されている *この後、正気が顕現した歴史上の事例を列挙していくこの聯は、次の章に展開するための聯でもある ・垂丹靑:史書に書き記す(困難な時節こそ、節義のある者が出現することは)、史書にも書き残されている(そうして、以下に歴史上の実例を一一挙げている) ・垂:後世まで伝え残す「名垂千古」「永垂不朽」に同じ後出「遼東帽」に該当する『魏書』中の管寧を叙述している部分で言えば「優賢揚歴垂聲千載」になる

※在A□□B:以下、「A(国、時代)では、□□のB」の句形で列挙している
※爲□□□C:「□□□(姓名)のCとなる」の句形

※太史簡:太子の簡春秋、齊の崔杼が君主を弑した時、太史が死を犯し之を簡に直書し、太史が殺された後もその弟が引き継いでその記録を続け、弟がなおも殺されてもそのまた弟が引き継いで記録を残したという故事春秋、左氏傳にあり資治通鑑にも詳しい『資治通鑑・齊紀・和帝中興元年』 「先臣之忠有識所知南、董之筆千載可期南、董謂齊南史、晉董狐也崔杼弑齊莊公太史書曰:「崔杼弑其君」崔子殺之弟嗣書而死者二人;其弟又書乃舍之南史氏聞太史盡死執簡以往聞既書矣乃還晉、趙盾弟穿弑靈公董狐以盾不討賊書曰:「趙盾弑其君」以示於朝孔子曰:「董狐古之良史也書法不隱」(文字の大小は原典通り)前赴(訃)後継と言う言葉を実践したわけであり、まことに悲壮である

※董狐筆:董狐の筆春秋、晋の大史董狐が、趙盾がその君霊公を弑したと直筆したことをいう君を実際に弑したのは趙穿であったが、趙盾は正卿の位にありながらこれを討たなかったので、罪を趙盾に帰した記録者が憚らないで記録することを謂う『左氏傳』にあり『資治通鑑』には、前掲青字の部分のようになっている

※張良椎:張良の椎張良が東海に力士を得、重さ百二十斤の鉄椎を作り、韓のために、秦の始皇帝を博浪沙に狙撃した故事(紀元前218年)鉄槌は副車の方にあたって、始皇帝は無事だった『史記』に『史記・留侯世家』「(張)良…得力士爲鐵椎重百二十斤秦皇帝東游(張)良與客狙撃秦皇帝博浪沙中誤中(中:動詞;あたる)副車秦皇帝大怒大索天下求賊甚急爲張良故也良乃更名姓亡匿下 」とある

※蘇武節:蘇武の節漢の武帝の時、蘇武は命を受け、匈奴に使いした使者として節を携えていったが、「『屈節辱命雖生何面目以歸漢!』引佩刀自刺衛律驚自抱持武…」やがて艱難辛苦の結果、節を全うして、十九年後、漢に還るを得た(『漢書』)ただし、『漢書』での「節」は、外国への使者が携えていく物であるのに対し、後漢書では「蘇武之節」として「蘇武のような節義」を謂う但し原註で「蘇武使匈奴會衛律所將降者陰相與謀劫單于母閼氏歸漢事發單于使衛律考其事召武受辭武不屈節引佩刀自刺單于欲降武武不降杖節牧羊海上(海上:辺鄙な処、地のはて)臥起操持節節髦盡落在匈奴中十九年乃得歸漢見前書(『漢書』)也」とあり、漢書の内容を略述しているので間違って使っているのではなく、象徴・比喩として使っているここは後者の意詩が残っている

※爲嚴將軍頭:嚴將軍の頭となる蜀の張飛に生け捕られた巴郡の太守厳顔が「頭を断たれる将軍はいるが、降(服)する将軍はいない」と降伏を拒絶した(そのため感服した張飛に賓客として迎えられた)故事を謂う『三國志・蜀書・關張馬黄趙傳』に「(張飛與諸葛亮)…破璋將巴郡太守嚴顏生獲(嚴)顏(張)飛呵…(嚴)顏答曰:『卿等無状侵奪我州我州但有斷頭將軍無有降將軍也』(張)飛怒令左右牽去斫頭(嚴)顏色不變曰:『斫頭便斫頭何爲怒邪!』(張)飛壯而釋之引爲賓客」と雄々しい

※嵇侍中血:嵇侍中の血晋の永興の初め、叛乱があり、帝は落ちのびるや、嵇紹(官職は侍中)は行在所に駆けつけ、儼然と帝を衛って賊を防いだしかし飛箭雨集し、嵇紹は帝の側に倒れたその血が帝の御衣に濯いだ平定後、家来は帝に衣の血を洗うことを請うたが、帝は、「此れは嵇侍中の血去る勿れ」と言った『晋書・列伝忠義』にある原文は「紹以天子蒙塵承詔馳詣行在所値王師敗績于蕩陰百官及侍衛莫不散潰唯紹儼然端冕以身捍衛兵交御輦飛箭雨集紹遂被害于帝側血濺御服天子深哀歎之及事定左右欲浣衣帝曰:『此嵇侍中血勿去』」とある

※張睢陽齒:張睢陽(すゐやう)の齒唐代の人、張巡は、安禄山の乱のとき、睢陽を護って戦った忠臣 ・張:張巡のこと ・睢陽:〔すゐやう;Sui1yang2○○〕地名河南省商丘県の南流れる川の北岸にある商丘北西100キロメートルのところか『中国歴史地図集』第五冊 隋・唐・五代十国時期(中国地図出版社)44-45ページ「都畿道河南道」では見つからない蛇足になるが、「雎」〔しょ;ju1○〕字は別字「睢」〔すゐ;Sui1○〕河南省を流れる汴水の支流の名でこの詩に出る睢陽(すゐやう)は睢水〔すゐすゐ〕という川の陽(北岸)にあった城市 ・歯:張巡は、戦の折り、歯をかみしめて戦ったので、歯をだめにしたとまた、最期の時、敵を罵って死んだ『資治通鑑・唐紀・肅宗文明武徳大聖大宣孝宣皇帝…』に「顏杲卿、袁履謙以守常山死許遠、張巡以守雎陽死」とある

※顏常山舌:顏常山の舌唐代、常山の太守である顔杲卿のこと忠烈無比の唐臣安禄山の乱のとき、抗戦したが、矢尽き、安禄山に臣従を迫られたが、逆に忘恩負義を責めたので、舌を抜かれ、切り刻まれて殺されたなお、従弟に名跡の顔真卿がいる常山は地名であり、官職でもある『(新)唐書・列伝』に「(安)祿山至陝…賊急攻城…(顏)杲卿畫夜戰井竭糧、矢盡六日而陷…賊脅使降不應…杲卿不答…杲卿至洛陽祿山怒曰:「吾擢爾太守何所負而反」杲卿瞋目罵曰:「汝營州牧羊羯奴耳竊荷恩寵天子負汝何事而乃反乎我世唐臣守忠義恨不斬汝以謝上乃從爾反耶」祿山不勝忿縛之天津橋柱節解以肉 之詈不絶賊鉤斷其舌曰:「復能罵否」杲卿含胡(含胡:はっきりしないこと)而絶年六十五履謙既斷手足何千年弟適在傍咀血噴其面賊臠之見者垂泣杲卿宗子近屬皆被害」 とある『資治通鑑・唐紀 ・肅宗文明武徳大聖大宣孝皇帝…』では、舌は、抜かれたかどうかは分からないが、咼(人の肉を刔って骨と分ける)されたとなっている「(顏)杲卿至洛陽(安)祿山數之曰:…『汝自范陽戸曹我奏汝爲判官不數年超至太守…何負於汝而反邪』(顏)杲卿瞋目罵曰:『汝本營州牧羊羯奴…天子擢汝爲三道節度使恩幸無比何負於汝而反我世爲唐臣祿位皆唐有雖爲汝所奏豈從汝反邪!我爲國討賊…恨不斬汝何謂反也 羯狗何不速殺我!』(安)祿山大怒并袁履謙等縛於中之柱而咼之…(顏)杲卿、履謙比死…罵不虚口顏氏一門死於刀鋸者三十餘人」と、その壮絶な様が記されているまた、『資治通鑑』では、「顏杲卿、袁履謙以守常山死」と簡単に記されている(前掲紫字)この事績は、前出・謝枋得の『初到建寧賦詩』 にも出てくる

※遼東帽:遼東の帽魏の管寧のこと黄巾の乱を避けて遼東に移ったことからこういう 『魏書・三国志・魏書・巻十一 袁・張・涼・國・田・王・邴・管伝』に「…後與邴原、管寧等避亂遼東」とある太中大夫などに任じられても受けなかった有能で驕ることがない淸官身分の低い者がかぶる黒い粗末な帽子で、質素な白い木綿の衣服であった前出 『魏書・三国志・魏書・巻十一 袁・張・涼・國・田・王・邴・管伝』には、「寧常著皁帽、布襦袴、布裙隨時單復出入閨庭能自任杖不須扶持四時祠祭輒自力強改加衣服著絮巾故在遼東所有白布單衣親薦饌饋跪拜成禮」とある

※淸操厲冰雪:清らかな節操は、はげしくきびしいことは雪や氷の如くである ・厲:はげしいきびしい

※或爲出師表:あるいは、忠誠心溢れた『出師の表』となって ・出師表:蜀の諸葛亮の『前出師表』、『後出師表』 が有名『昭明文選』『古文觀止』『文章軌範』に『前出師表』は諸葛武侯として、『後出師表』は諸葛孔明として出ている『前出師表』は「臣亮言先帝創業未半而中道崩 今天下三分益州疲弊此誠危急存亡之秋也…」から始まり、「…臣不勝受恩感激今當遠離臨表涕泣不知所云」と、後主劉禅に、忠誠心のこもった表を奉った『文章軌範』の外、『三国志巻三十五・蜀書五・諸葛亮伝第五』等に見えるなお、上掲の原文は「文章軌範」のものであり、僅かに異同がある

※鬼神泣壯烈:出師表に吐露された諸葛亮の忠誠心をいう

※渡江楫:南渡した時の祖国恢復の誓いのかい川の流れを撃って、中原の回復を誓うこと *豪放詞では常に出てくる下りで、陳亮の「因笑王謝諸人登高懷遠也學英雄涕憑却江山管不到、河洛腥無際正好長驅不須反顧尋取中流誓」 毛澤東の「到中流撃水浪遏飛舟」 等がある但し、毛澤東は異なった意味で使っている原典は、『晋書巻六十二・列伝第三十二』「仍…百餘家渡江中流撃楫而誓曰:『祖逖不能淸中原而復濟者有如大江!』辭色壯烈衆皆慨歎」である

※慷慨呑胡羯:心意気の昂ぶりは、北方の異民族を圧倒してしまう ・胡羯:〔こけつ;hu2jie2○●〕北方の異民族羯は匈奴の一

※撃賊笏:叛逆者を笏で打ち据えた *ここでの「賊」は、唐の徳宗の時代に謀反をたくらんだ朱泚を、段秀実が笏で以て打ち据えた故実に拠る

※逆豎頭破裂:叛逆者の頭は割れてしまった ・逆豎:〔ぎゃくじゅ;ni4shu4●●〕道理に悖る青二才叛逆者賊叛徒

※是氣所磅礴:これら(歴史上の事例)のことは正義の意気の噴出するところの(為せるわざ)である *この聯は、前章の歴史上の事例列挙のまとめと、この章のつなぎでもある ・是:(前述の事例)は…であるこれ(…なり) ・氣:意気正気 ・所:…のところ ・磅礴:〔はうはく;peng2bo2〕満ちふさがる一団となる混同する混ざる磅薄、旁薄ともする

※凜烈萬古存:(「氣所旁薄」は、)厳然として太古から今まで存在している ・凜烈:厳しいさま寒さの厳しいさまりりしいさま ・萬古:太古昔昔から今まで歴史上永遠に

※當其貫日月:それ(正義の気概)が日月を貫こうとする時は正義を実行しようという時には ・當:…に当たっては…の時は

※生死安足論:(個人的な)生死の問題は、どうして論ずるに足りようか *大義と一個人の生死の問題とを対比させているそこから、悠久の大義に生きる、ということを導き出している ・安:どうして…かいずこんぞなんぞ…や

※地維賴以立:大地の支えである地維は、正気のおかげで存立でき ・地維:世界の四隅を繋ぐ大綱この世の中、世界を構成するもの、秩序、の謂いで使われている「大地を支える綱は正気のおかげで立ち 天の柱も正気のおかげでそびえたつ 君臣・父子・夫婦もまさに正気にその命がかかり 道義も正気がその根底と為る 」

※天柱賴以尊:天の支えである天柱は、正気のおかげで大事にされる *後世、現代・毛沢東は『十六字令』其三(一九三四年到三五年)で「山刺破靑天鍔未殘天欲墮賴以拄其間」 と使う ・天柱:天を支える柱地維と同様、この世の中、世界の謂いで使われている

※三綱實繋命:君臣の道、父子の道、夫婦の道という三綱の人倫は、本当に(この正気に因って)命脈を保ち ・三綱:君臣の道、父子の道、夫婦の道、の三つの道

※道義爲之根:道義は、この(正気を)もって根本としている

※嗟予遘陽九:ああ、わたしは厄災にでくわして ・嗟:ああ舌を巻いて感嘆、嘆き悲しむ声 ・予:わたし「余」ともする ・遘:遭うであうでくわすぶつかる=逅 ・陽九:わざわい災禍災難陽のわざわい五つと陰のわざわい四つ、あわせて九つとするここでは、南宋の滅亡に伴う多くの混乱を指していよう

※隸也實不力:わたしは、力不足だった臣下たるべき者が自己の責務に努力不足である ・隸:わたくしめ卑下した自称 ・也:語調を強め、語頭を強調する主語の後に附く ・實:まことに ・不力:力が足らない「力」は動詞

※楚囚纓其冠:(力及ばず、)敵国に捕らえられたが、なおも祖国の制度、習慣を忘れないようにした俘囚となっても、愛国心は忘れていない *春秋時代の楚の鍾儀が晉に捕らえられてもなおも祖国・楚の冠をかぶって、祖国を忘れないことをいう ・楚囚:楚の鍾儀のこと鍾儀は晉に捕らえられてもなおも祖国・楚の冠をかぶって、祖国を忘れないようにした転じて、捕らえられて他国にいる人 ・纓:本来は冠のひもここでは動詞として、(冠のひもを)むすぶ ・其冠:祖国の制度に則った祖国の冠

※傳車送窮北:伝車にて北方の果てまでつれてこられた ・傳車:駅(宿場)から宿場へついでいく車 ・窮北:中国北方の荒れ果てたところ現在の北京辺りになる

※鼎鑊甘如飴:釜ゆでの刑の 鼎鑊も、甘美で、まるでアメのようである ・鼎鑊〔ていくゎく:ding3huo4●●〕:脚の無い大きなかなえここでは、刑具石川五右衛門の釜?

※求之不可得:求めてもなかなか得られるものではない

※陰房闃鬼火:牢房は人気が無く静かで、鬼火が出て ・陰房:牢房 ・闃:〔げき;qu4●〕しずかひっそりとしてしずか人気がないさま

※春院閟天黑:春の庭は閉ざされて、空も真っ暗である ・閟:〔ひ;bi4●〕とざす

※牛驥同一皂:牛も駿馬も同じ馬草桶である *玉石混淆、味噌も糞も一緒の扱いいである ・驥:駿馬 ・皂:〔さう;zao4●〕飼い葉桶魏・曹操の『歩出夏門行』に「神龜雖壽猶有竟時騰蛇乘霧終爲土灰老驥伏櫪志在千里烈士暮年壯心不已盈縮之期不但在天養怡之福可得永年幸甚至哉歌以詠志」 とある

※鷄棲鳳凰食:鶏小屋に鳳凰が飼われ *本末転倒が甚だしいことをいう ・鷄棲:鶏小屋 *内容は異なるが、表現は『詩經・王風・君子于役』「君子于役不知其期曷至哉鷄棲于塒日之夕矣羊牛下來君子于役如之何勿思 君子于役不日不月曷其有 鷄棲于桀日之夕矣羊牛下括君子于役苟無飢渇」 を聯想させる ・鳳凰:ホウオウ高貴な鳥前出の「驥」に対応している ・食:やしなう飼う動詞ここは『楚辭』中の屈原の最期の作『懷沙』 で、世の中の順序が乱れ、本末転倒が甚だしいことを憂い嘆いた「變白以爲黑兮倒上以爲下 鳳皇在 兮鷄鶩翔舞 同糅玉石兮一概而相量 夫惟黨人鄙固兮羌不知余之所臧」に基づく

※一朝蒙霧露:ひとたび毒気や天気の急変に因る露を被って病気になってしまえばひとたび体をこわして病気になってしまえば ・一朝:一旦ある朝ひとたび ・蒙:こうむる…になってしまう ・霧露:毒気や天気の急変に因る露(をこうむり病気になること)

※分作溝中瘠:ミゾにうち捨てられる屍体となることは分かっている野外に屍体がうち捨てられることは分かっている ・分:わかる見聞きしてわかる考えてわかる ・作:…となる ・溝中:みぞ、用水路「填溝壑」と同じで、野垂れ死にすること屍体がうち捨てられること ・瘠:〔せき;ji2〕≒ 〔し;zi1〕腐肉で、ここでは屍体のこと

※如此再寒暑:このようにして、さらにもう一年(二年目)になる(ので) ・如此:このようにして ・再寒暑:もう一年つまり、二年目になる ・寒暑:寒さと暑さで、冬と夏、つまり一年のことをいう

※百沴自闢易:多くの妖気や病魔から、自然と身を避けることが た易いことになった病気にも自然と、ならなくなった ・百沴:多くの妖気、悪気ここでは多くの疫病をいう ・沴:〔れい;li4●〕(陰陽の気が合わないので、)そこなう害する妖気、悪気名詞 ・闢:開く避ける

※哀哉沮洳場:お気の毒なことだが、この湿り気の多い(牢獄も) ・沮洳:〔そじょ;ju4ru4●●〕ぬかるみ沼地 ・哀哉:哀しいなあ、になるが、相手の立場で謂っている意気軒昂としていることを表している

※爲我安樂國:わたしの手にかかると楽園となってしまった

※豈有他繆巧:どうして巧緻な計略でもって ・他:そのそれ ・繆巧〔びうかう:miu4qiao3●●〕たくみなはかりごとここでは、元への臣従を謂う

※陰陽不能賊:(どうして巧みなはかりごともってして)根本の原理をぬすみそこなうことができようか ・陰陽:万物を創出する二つの気創造の根元根本の原理 ・賊:そこなうぬすむ

※顧此耿耿在:この光り輝くものの存在を顧みればこの光り輝く忠義の精神の存在を見れば ・耿耿:光るさま輝くさまここでは、光り輝く精神になる

※仰視浮雲白:(光り輝く忠義の精神の存在を)以て、天を流れる白雲を見る天道に向かう或いは、不義にして富み且つ貴きものになることを軽く見る後者は、『論語・述而篇』「子曰:「飯疏食(「食」:名詞:し;si4)飮水曲肱而枕之樂亦在其中矣不義而富且貴於我如浮雲」に基づくただ、作者はこの時同時に、陶潜の持った達観に到ったろう陶淵明『和郭主簿』「營己良有極…遙遙望白雲懷古一何深」 の部分の感情の動きが似てきている詩句は、前漢・蘇子卿(蘇武)の『詩四首 其四』「燭燭晨明月馥馥秋蘭芳芳馨良夜發隨風聞我堂徴夫懷遠路遊子戀故鄕寒冬十二月晨起踐嚴霜俯觀江漢流仰視浮雲翔良友遠別離各在天一方山海隔中州相去悠且長嘉會難再遇歡樂殊未央願君崇令德隨時愛景光」 とに基づく初唐・狄仁傑(?)の『歸省』に「幾度天涯望白雲今朝歸省見雙親春秋雖富朱顏在歳月無憑白髮新美味調羹呈玉筍佳肴入饌膾冰鱗人生百行無如孝此志眷眷慕古人」 とある ・浮雲:空に浮いて漂っている雲空に浮く雲のように、遠く離れていて、何の関係もないことあてにならないこと漂泊や別離を表す語前出・蘇武の『(蘇武與李陵)詩』其四に「俯觀江漢流仰視浮雲翔」 とあり、『古詩十九首』之一『行行重行行』に「行行重行行與君生別離相去萬餘里各在天一涯道路阻且長會面安可知胡馬依北風越鳥巣南枝相去日已遠衣帶日已緩浮雲蔽白日遊子不顧返思君令人老歳月忽已晩棄捐勿復道努力加餐飯」 とある

※悠悠我心悲:悠々として、わたしの心は、強く心に思う(『詩經・王風・黍離』のような)亡国の愁いをもつ ・悠悠:『詩經』の『王風』の中の『黍離』「彼黍離離彼稷之苗行邁靡靡中心搖搖知我者謂我心憂不知我者謂我何求悠悠蒼天此何人哉」 からくる「黍離」は、亡国の愁いを謂う『詩經』には他にも「悠悠我思」や「我心悠悠」がしばしば出てくる「白雲千載空悠悠」 と時間の流れを表したり、「但去莫復問 白雲無盡時」 と無常を表したりする ・悲:物に感じて、強く心に思うこといたむ

※蒼天曷有極:青空は、いつか極まるところがあろうかこの世は、いつか終わることがあろうか『詩經』秦風の中の『鴇羽』「肅肅鴇翼集于苞棘王事靡 不能 黍稷父母何食悠悠蒼天曷其有極」 に基づく『詩經』の『鴇羽』の意味は、「野雁を見て王事としての兵役のために農業に従事することができなくて、父母に餓えが迫っていることの嘆きを、天に吐いている」ことで、内容とは直接の関係はない ・曷:いつ、何の時か上代の語彙で、時間をたずねる副詞 どうして…か、なんぞ、いづくんぞここは前者の意或いは、同じく『詩經』の王風の中の『黍離』「彼黍離離彼稷之苗行邁靡靡中心搖搖知我者謂我心憂不知我者謂我何求悠悠蒼天此何人哉」 の影響かも知れない

※哲人日已遠:聖哲が現れた(昔の)日々は、とっくに遠いものとなってしまったが ・哲人:文天祥がいう場合、孔孟よりも、彭咸や伯夷、屈原になろうこの句以降、東晉・陶淵明の『和郭主簿』「藹藹堂前林中夏貯清陰凱風因時來回飆開我襟息交遊閑業臥起弄書琴園蔬有餘滋舊穀猶儲今營己良有極過足非所欽舂 作美酒酒熟吾自斟弱子戲我側學語未成音此事真復樂聊用忘華簪遙遙望白雲懷古一何深」 の後半部分や前出・狄仁傑(?)の『歸省』に「幾度天涯望白雲…此志眷眷慕古人」 と感じが似る

※典型在夙昔:(人間のあるべき姿の)模範は昔にある *孔孟の教えを指すこのことを明の海瑞は「廣州西樵山蒼頡祠」で、「幹國家事讀聖賢書」 と言い切っている ・典型:模範見本ここは『楚辞』「懐沙」の末尾「世溷濁莫吾知人心不可謂兮知死不可讓願忽愛兮明告君子吾將以爲類兮」 に基いていよう『楚辞・懐沙』のこの部分の意は、死を決意した意になり、文天祥も、節義を通すために、死を選んだということを遠回しに言っている「類」は典型、模範、法の意「典刑」ともする ・夙昔:昔

※風檐展書讀:窓辺で(聖賢の)書をひろげて読んで ・風檐:〔ふうえん;feng1yan2○○〕風の吹き通う軒端 ・書:四書、聖賢の書君子が身につけておくべき学問 ・讀:よむ勉強する読んで勉強する日本語の「よむ」よりも「勉強する」の意が強い

※古道照顏色:昔の人の説いた、あるべき人の道が、(わたしの)顔を照らしてくる ・古道:昔の聖賢のおしえ聖賢が説いた道理ここでは、前出『楚辞』「懐沙」「知死不可讓願忽愛兮明告君子吾將以爲類兮」 に基づいた行動 - 死 を指していよう前出・狄仁傑(?)の『歸省』には「此志眷眷慕古人」 とある




責子 陶淵明 [エッセー]


責子 陶淵明

原文

白髮被兩鬢
肌膚不復實
雖有五男兒
總不好紙筆
阿舒已二八
懶惰故無匹
阿宣行志學
而不好文術
雍端年十三
不識六與七
通子垂九齡
但覓梨與栗
天運苟如此
且進杯中物

書き下し文
子を責む
白髮は兩鬢(りょうびん)を被い
肌膚(きふ) 復た実(ゆたか)ならず
五男兒有りと雖(いえど)も
総べて紙筆(しひつ)を好まず
阿舒(あじょ)は已に二八なるに、
懶惰(らんだ)なること故(まこと)に匹(たぐい)無し
阿宣(あせん)は行く行く志学なるも、
而(しか)も文術を愛せず
雍(よう)と端(たん)とは年十三なるも
六と七とを識らず
通子(つうし)は九齢(きゅうれい)に垂(なんな)んとするも
但(た)だ梨と栗とを覓(もと)むるのみ
天運 苟(いやし)くも此くの如くんば
且(しばら)く杯中の物を進めん

現代語訳通釈
白髪は両方の鬢を被い、
皮膚はもう色艶を失ってしまった。
男の子が五人いるが、全員が勉強嫌いときている。
長男の阿舒は十六歳になるが、類まれなる怠け者だ。
次男の阿宣はそろそろ十五歳になろうというのに、
文章学問をけ嫌いしている。
その下の雍と端は十三歳だが、「六」と「七」の区別もつかない。
末っ子の通はもうすぐ九歳になるというのに、
ただ梨と栗をねだるばかりだ。
天運がこんなものならばまあ、仕方ない…。
もう諦めて酒でも呑んでいよう。

解説
子供たちのことをブツブツいいながら一人酒を呑んでいる、その年老いた男の背中が浮かぶ。
子供達に学問をさせて、役人にさせて出世させる。そして、家名を上げさせる。それが、支那人の理想とするところであった。しかし、陶淵明は、学問に身を入れない子供達の現実の姿を受け容れ、一人一人に慈愛の目を注いでいる。
「二八」は「二かける八」で「十六」のこと。同じような、十六の事を「破瓜」とも言う。それは、、「爪」の篆書体を二つに割ればどちらも「八」になるから、そのように言う。
「志学」は『論語』にある「吾れ十有五にして学に志す」から、十五歳のこと。「肌膚」は 皮膚のこと。 「不復實」徒は、 色つやを失ってしまったという意味である。「紙筆」とは、 勉強を指す。 「懶惰」 とは怠けるさま。また、「垂なんとする」徒は、まさに~しようとしていると言う意味である。「苟」とは、かりそめにもと言う意味である。


山本五十六 [エッセー]



 山本五十六という人はいろいろな名言を吐いた。

 やってみせ、言って聞かせて、させてみせ、ほめてやらねば、人は動かじ。

 話し合い、耳を傾け、承認し、任せてやらねば、人は育たず。

 やっている、姿を感謝で見守って、信頼せねば、人は実らず。


 男の修行

 苦しいこともあるだろう。云い度いこともあるだろう。不満なこともあるだろう。腹の立つこともあるだろう。泣き度いこともあるだろう。これらをじつとこらえてゆくのが男の修行である。

 しかし、彼の発言には首を傾げるようなものもある。

「博打をしないような男はろくなものじゃない。」

 これは、発言の中身がおかしいと言うよりも、事態にそぐわなくなってきたのである。
 ある意味では理解できるのだが、賛同はしない。軍人やスポーツマンのように戦うことを職業としている人には、闘争心が必要だし、それを博打というもので表現するのもひとつの方法だという意味では理解できる。
 しかし、スポーツマンはやはり博打は良いない。なぜなら、子供のお手本であるからだ。一方では、ギャンブル依存症に罹患している人は、536万人もいるという事実に目を瞑ってはいけない。スポーツマンで闘争心が強く、しかもギャンブル依存症に罹患しているとなるとこれは悲劇である。マスコミからは叩かれ、将来は閉ざされる。