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酔生夢死の世の中を渡るには、それなりの覚悟と知恵がいる。そんな覚悟も知恵もなく歩んできた人生の好きなことを、好きなように書き散らしました。

アイヌ民族解放家 [エッセー]

遠星北斗


 死ね死ねと云はるるまで生きる人あるに 生きよと云はるる俺は悲しい 

 遠星北斗という人については、まるで知識がない。この辞世の考察の元になっている『辞世選任一首』(荻生待也編著)によれば、遠星という人はアイヌ民族解放家にして歌人であるということだ。
 
 仮にこの歌を生の最期の段階で詠んだ辞世だとすると、生の最期の段階にまで「生きよ」と云われるのは嬉しいことなのか、それとも悲しいことなのかという疑問が頭を過ぎったので、この歌を取り上げてみた。
 アイヌ民族解放家という特殊な立場故なのか、それとも人望の故に「生きよ」と励まされたのか。病気か何かで本人は「もう十分に生きた」と思っているのに、ただ「生きよ」と励まされたことに嫌気がさしたのか。

 死んで行くにしろ、生きて行くにしても、人の生は苦しみと哀しみに満ちている。だからこそ、今ここでの一時を笑って明るく過ごす必要があるのではないか。哀しみを抱えているのに哀しい顔をしたところで、どうにもならないのだ。それにしても、この生きることの哀しみとの根源は何なのであろう。私には永遠に溶けない謎である。


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